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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

4章.モンスターと寄り添う者

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06. アケルの村々

前話のあらすじ:
ガーベラ中破撤退。
ローズ大破着底。
   6


 山麓にある村に着いたのは、昼下がりの頃だった。

 常にモンスターに脅かされるこの世界の集落は、対策に防壁と堀を巡らせてあるのが一般的だ。
 樹海を貫く街道沿いにあった開拓村は石造りだったが、それ以外の村落では、太い丸太を並べて立てて、荒縄で堅く縛ったものが主流である。

 帝国からアケルに場所が変わっても、そのあたりは変わらない。
 質素な木造の家々も、帝国で見たものより少しみすぼらしい感こそあるものの、ぱっと見の造りにそう違いはない。

 ただ、そこに住む人たちの見せた反応は、かなり異なっていた。

「おお、その鎧。もしや同盟騎士団の方ですかな?」

 応対に出てくれたのは、腰に使い込まれた剣を下げた年嵩の男性だった。
 彼はシランを見るや、相好を崩した。

「ええ。この村には、一夜の宿を求めてまいりました」
「なるほど。生憎、この村に宿を営む人間はございませんが、よろしければ、わたしの家を提供いたしましょう」
「本当ですか? それはありがたいです」
「いえいえ。しかし、同盟騎士団の方が、この村にいらっしゃる日が来るとは思いませんでした」
「突然の来訪で驚かせてしまって申し訳ありません」
「まさか、そんなことはありませんとも。光栄なことです」

 単に旅人を応対しているというだけではない。
 かなりの歓迎ムードだった。

 少し離れたところでは、他の村人たちもこちらを窺っている。
 どこか興奮した様子で、この場にいない村人を呼び寄せている声も聞こえた。

 帝国内では、まずなかった反応だった。

「同盟騎士団は、アケルでは有名なんですよ」

 うしろで見ていて少し面喰っていたおれに、ケイがこっそりと教えてくれた。

「これはアケルに限らずですが、騎士というのは名誉ある仕事とされています。特に、北域五国は尚武の気質の強いお国柄ですから、騎士団には人気があります。国内だと、王国軍のほかに王家が率いる護国騎士団がありますが、人類を守る防壁たるチリア砦に国を代表して派兵される同盟騎士団は、また一段違った存在として認知されているんですよ」

 常に生活をモンスターに脅かされているこの世界で、あえて森に踏み入って、命懸けでモンスターを駆逐する騎士団が花形の職業なのは不思議なことではない。

 また、この国では、シランがエルフであることもなんら問題ではないらしい。

 あの団長さんがお姫様をやっている国なのだ。
 さもありなん、と言ったところだろう。

 いまも楽しげなやりとりが続いていた。

「ところで、先程から気になっていたのですが……失礼ながら、あなたは騎士団副長のシラン様ではありませんか」
「……なぜそれを?」
「おお、やはりそうでしたか。そのお歳で、同盟騎士団に所属しているエルフの女性といえば、副長のシラン様以外ありえませんからな。このような辺鄙な土地までも、その噂話は届いております」

 どうやら同盟騎士団だけでなく、シラン自身も有名人だったようだ。
 ある意味、当然の扱いではある。
 なにせシランは、花形の騎士団でも、同盟騎士団という特別な集団で副長を務めており、実力は樹海北域で最高クラスというハイ・スペックな人材なのだから。

 とはいえ、当人がこれを当然のものとして受け止めることができるかというと、これがそうでもないらしい。

 考えてもみれば、チリア砦でずっと過ごしてきた彼女が故国に戻るのは、これが初めてのことだ。
 こんな扱いを受けるのも初めてのことなのだろう。

 うしろを振り返って、困ったような視線を向けてくる。
 それで、シランにかかりきりだった男も、おれたちのことがきちんと目に入ったようだった。

「シラン様、こちらの方々は……」
「『恩寵の血族』の方々です。わたしはいま、彼らの護衛をしているのです」
「なんと! それは、大変失礼をいたしました!」

 顔色を変えた男が、頭を下げた。

 恩寵の血族は、この世界に転移してきた来訪者……すなわち、伝説に名を連ねる勇者の血筋の持ち主だ。
 身分の高い者と交流を深める機会の多い転移者は、多く貴族階級を配偶者とする。

 結果、恩寵の血族には貴族階級の者が多い。

 彼らのなかには、黄色人種の特徴を備えている者もいるため、この旅の間、おれは恩寵の血族と身分を偽ってきた。

 転移者とバレるよりは、まだしも面倒事が少なくて済むだろうという判断からだ。
 それに加えて、いまではもうひとつの理由が加わっていた。

「し、しかし、恩寵の血族の方々を泊められるような場所は、この村には……」
「それは気にしなくてもかまいません。屋根さえ付いていれば、どこか使っていないあばら家でもかまいませんよ」
「そ、そんな滅相もない! それでは、ご案内いたしますから、ついてきていただけますか」

 男の案内で、おれたちは村のなかに足を踏み入れた。

 ……胸のなかに、わずかな緊張があったことは否定できない。

 数歩足を踏み入れたところで、おれはうしろを振り返った。
 最後尾を、みつあみにした銀髪を揺らして、しずしずと歩くローズの姿が目に入った。

 彼女の役どころは、おれや加藤さんに付き従う侍女だった。

 身分の高い人間なら、身の回りの世話をする人間がいて当然。
 恩寵の血族なら、そうした人間を連れていても不審に思われることはない。

 と、シランからはお墨付きをもらっている。

 あの服自体、織ったのはガーベラだが、デザインは加藤さんとシラン、ケイあたりが相談して決めたものだと聞いていた。

 監修はシランがしてくれたので、体の大部分を隠すという要求を満たしたうえで、この異世界で不審に思われないような装いになっているはずだ。

 実際、誰もローズが人形の体をしたモンスターだとは気付かなかったようで、おれは胸を撫で下ろすことができたのだった。

「ローズさんは大丈夫そうですね」
「ああ」

 声をひそめて加藤さんとそんなやりとりをしつつ、広がる畑を左右に見ながら歩いていく。

 そうするうちに、おれは帝国で見た村々と違う点をひとつ、ここアケルの村に見出した。

 周辺の警備に当たっている村人は、当然、槍を携え、弓矢を背負って革鎧を身に着けているのだが、それ以外の村人たちも、老若男女問わず腰に短剣を刷いているのだ。

 農作業をしている村人でさえ、畑の脇に設えた雨避けに、一式の武具を揃えている。

 帝国でも武装している村人はよく見かけたが、さすがにここまでではなかった。

 これでは『村人が武装している』というより『戦士が普段農作業をやっている』というほうが余程しっくりくる。

 単純に村の規模が小さいことに加え、周辺の開拓が不十分なのでモンスターとの遭遇の機会が多く、戦力が不足気味だという事情もあるのだろうが、それにしたって、生活と戦いとの距離が近い。
 まるで生きることそのものが、戦いと背中合わせにあるかのようだ。

「なあ、ケイ。ここはアケルでも一般的な村落なんだよな」
「そうですけど?」
「なんか、妙に物々しくないか」
「ああ。初めて見ると、そう感じられるかもしれませんね。アケルでは、村落に住む農民に至るまで、みんなが戦士なんですよ。こうした在り方は、何百年も前、アケルに縁のあった勇者様のひとりがお伝えになったって言われています」
「帝国とは、また少し違うんだな。まるで、いつモンスターに襲われてもいいように備えてるみたいに見える」
「子供や老人がモンスターを倒すことは難しいですけど、喉元を喰い破られるのと引き換えに片目でも潰せれば、それだけ他のみんなの危険がなくなりますからね」

 なんでもないことのようにケイは言うが、その内容はなかなか壮絶だ。
 尚武のお国柄と言っていたが、なるほど、納得だった。

 そんな話をしているうち、他の家より幾分大きな平屋に着いた。
 男の家族と一言二言挨拶を交わしてから、部屋まで案内される。

「夕飯になりましたら、またお呼びいたします」

 提示された宿代を渡すと、男は緊張した様子で言った。

「部屋は余っておりますので、旦那様は奥様と、シラン様は妹様と、ご一緒にお使いください」

 言い残して、そそくさと男は去っていく。

 恩寵の血族とは貴族階級の人間であり、同時にこの世界で信仰に近い尊敬を集める勇者の末裔でもある。

 畏れ多いとでも言いたげな男の態度は苦笑を誘うものだったが、それよりおれはその奇妙な物言いが気になった。

「旦那様……と、奥様?」

 なんの話だろうかとみんなの顔を振り返ったところで、加藤さんと目が合った。

「あ」

 多分、男の勘違いに気付いたのは同時だった。
 なにかに気付いた顔になった加藤さんは、みるみるうちに赤面した。

 無理もない。

 ――この一行で男はおれひとり。
 ――シランとその妹であるケイ、侍女の格好をしているローズを除けば、誰が残るのか。

 あとは簡単な引き算である。

「あー……悪い」
「いえ……」

 朱が差した顔を伏せた加藤さんは、おさげにした髪を忙しなく撫でた。
 落ち着かない空気が流れる。

「……それじゃあ、部屋に入るか」

 おれはみんなを促すことにした。

「それにしても、シランは有名人なんだな」

 全員で部屋に入ったところで、変な空気を早く払拭したいのもあって、おれから率先して口を開いた。

「少しびっくりした」
「わたしもです」

 ケイと並んでベッドに腰を落ち着けたシランが、苦笑を漏らした。

「わたしもこの国の出身ですから、同盟騎士団がどのような目を向けられているのか、知っていたつもりではあったのですが……」
「やっぱり、シランも子供の頃から騎士に憧れていたりしたのか」
「ええ、まあ。わたしの場合は、もう少し具体的でしたね。兄様が騎士団で副長をしていましたので」

 懐かしげな顔をして笑う。

「この国で生まれた子供の大半は、一度は騎士に憧れるものなのです。わたしも、必ず騎士団に入るのだと心に強く誓っていました」

 語るシランの顔に、ふっと陰が落ちた。

「……しかし、あのように同盟騎士の来訪を喜ばれてしまうと、騙したようで少し悪い気もしますね。軽々に吹聴していいことではありませんから黙っていましたが、団長が捕まってしまったいま、同盟騎士団は事実上解散状態です。いまのわたしが騎士と名乗れるかといえば、微妙なところでしょう。それを、あの御仁は知りません」
「シラン……」
「詮ないことを言いました」

 シランはかぶりを振った。
 切り替え早く、実直な青い隻眼がおれを向いた。

「そんなことよりも、孝弘殿。物資の調達と、それに近辺の情報収集も行うのでしたよね」
「……ああ。ここが目的地のディオスピロの近くかどうか確認しないといけないからな」
「でしたら、あまり時間がありませんね。日が落ちる前に、交渉を終わらせてしまいましょう」

 シランはてきぱきと動き始める。
 そうした仕草からは、先程のことを気にしている様子は見受けられないが……。

「なあ、シラン」

 部屋を出ようとするシランに、おれは声をかけた。

「たとえ騎士団が解散してしまったとしても、シランが騎士であったことも、そこで為し遂げてきたこともなくなるわけじゃない。あの人を騙したことにはならないんじゃないか」
「……孝弘殿」

 ちょっと驚いた顔をして、シランは振り返った。
 半分眼帯で隠された顔に小さな笑みが浮かんだ。

「ありがとうございます」

 先に立って歩く彼女を追いかけ始めると、手を握られた。
 見下ろした先に、嬉しげな顔をしたケイがいた。

 おれは笑みを返して、シランを追いかけた。
◆ちょっと短いですが、一度、ここで切ります。
もう一度、更新します。
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