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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

1章.ご主人様と眷族の彼女たち

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05. 惨劇の山小屋

◆前話のあらすじ:
死んだと思ったか? 残念だったな、それは身代わりだ!

◆注意:
今回の話は、ちょっとしたグロ描写があります。
苦手な方は二個目の区切りまで読んだら、あとがきまでスクロール推奨。

◆感想より指摘がありましたので追記(12/16):
直接の描写はありませんが、本話には性的暴力要素があります。
その種の描写に拒絶感を抱かれる方は、上記の通りにスクロールをして、後書きにあるあらすじをご確認の上で、お読みになるか判断して下さい。
正直たいしたことありませんが、念のためです。ちなみに、以降の話にそうした描写が現れる予定はありません。拒絶感を抱かれる方は、このお話だけ飛ばして下されば幸いです。

◆具体的には、『空の境界』の『痛覚残留』が読めるなら余裕……と思います。あれに直接そうしたシーンの描写があったかどうか、忘れましたが。
『空の境界』がわからない人すみません。他にぱっと思い浮かばなかった。
   5

 さて。いつまでも寝転がってはいられない。

 戦いの喧騒はそれなりに遠くまで響いただろうし、そうなればおれたちの存在に気付くモンスターや学生たちがいるかもしれない。いずれも等しくおれにとっては敵だ。速やかにこの場を離れなければならない。

 疲れた体を引き摺って、おれは洞窟へと帰還した。
 戦利品は魔法のかかった木製の槍。モンスター・テイムについてのささやかな情報。そして、新たな仲間の存在である。

「それじゃあ、お前のことはローズって呼ぶことにする。これからよろしくな」

 かしこまるマジカル・パペットこと、ローズ。リリィが百合だから、二番目の仲間も花の名前をつけることにした。中性的というより無性的というべきモンスターに女の名前をつけるのはどうかと思ったのは以前と同じだ。まあ、本人も文句はないようだし、どうせ名前を呼ぶのはおれだけだ。問題はないだろう。

 流石に一日に二度も命のやり取りをする気持ちにはなれなかったので、おれは残りの時間を洞窟で過ごすことにした。人手が二人に増えたので、一人を護衛として残すことが出来る。

 食料の調達には、ローズにいってもらった。

 疲れた体をリリィの巨体をソファ代わりにして横たえ、うとうとしていると、ローズが帰って来た。彼女はリリィよりも俊敏だ。代わりに魔法は使えないが。

 鼠、トカゲ、リス。
 戦斧という武器の性質上、ローズの取って来た小動物は、どれも真っ二つになってひしゃげていたが、おれとしては腹に入れられれば何でもいい。全部、焚き火で焼き肉にした。

 正直、あまり味はよくない。
 だが、腹が膨れるだけでも文句は言えない。

 どうやら大型の動物はこの近くにはいないらしい。モンスターがいるので、みんな食べられてしまうのかもしれない。

 ちなみに、これはコロニーにいた頃に聞いた話だが、モンスターと普通の動物の違いというのは、魔力の有無であるそうだ。おれには魔力の有無というのが感覚的にわからないのだが、魔法を使えるようになるとわかるらしい。

 魔力を持つかどうかという差異は絶対的なものであり、体長五センチの鼠のモンスターに、体長三メートルを越えるただの熊が戦って勝つことは出来ない、そうだ。

 そうすると、図体が大きいだけの動物というのは生き辛い環境が出来あがっているものと考えられる。

 また、この魔力というものは、魂に宿っているのだという。
 モンスターと戦うと、この魔力をわずかだが奪うことが出来るらしい。大きな魔力を持つモンスターは強いが、その分だけ得られる魔力も多くなる。

 事実、チート能力者たちは、どんどんモンスターを狩って強くなっていっていた。いずれは、それ以外の者たちも彼らの補助を受けてモンスターを狩り、強くなって、自分の身を自分で守れるようにしようという話があったくらいである。それが実現する前に、コロニーはなくなってしまったが。

 何が言いたいかというと、森に出てモンスターを探すのは、眷族を増やす以外にも、戦力増強に役立つということだ。勿論、安全を出来る限り確保した上での話だが。今日みたいな綱渡りは、もうごめんだった。

「よし。それじゃあ、そろそろ寝ようか」

 お腹がいっぱいになれば、眠気がやってくる。張り詰めていた精神が休息を求めていた。少し早いが、眠ることにしよう。仲間の存在があれば、安心して眠ることが出来る。

   ***

 それから数日が経過した。
 おれは洞窟に逗留し続けていた。

 生活は安定している。命の危機を覚えることはないし、食料についても確保出来ている。干し肉にして備蓄さえ出来ているのだから、状況は数日前と雲泥の違いと言える。

 洞窟の中にリリィの姿はない。彼女には周辺地域の調査に向かってもらっていた。

 ローズを残したのは、彼女にはやってもらうことがあったからだ。

「うん。良い出来だ」

 うやうやしくローズが掲げ持った木の盾を受け取り、おれはしげしげと観察した。

 ずっしりとした重さ。おれが手に持つ木の盾は、ローズが装備しているものよりも一回り以上大きく、おれの体を半分覆い隠せるほどだった。その反面薄く、木製であるために、おれの力でも無理なく持ちあげられるようになっている。それでいて鉄の強度を持つのだから、魔法というのは反則だとつくづく思う。

 大きさのせいで取り回すのは少し難しいだろうが、どうせおれの戦闘センスでは戦いになった時点でオシマイだ。身を守る壁のように使えれば、それで十分だった。

 これは新しくローズに作成してもらった、おれのための防具だった。

 マジカル・パペットには『道具作成能力』がある。
 当然、おれの眷族になったローズもこの力を持っていて、彼女が造った道具は全て魔法がかかった品物になるのだ。

 彼女は戦斧で豪快に木々を切り倒すと、ナイフでそれを実に器用に加工してみせたものだった。

 既に胸あてと下半身を守るプロテクターは作成済みだ。学生服にコレは正直どうかと思うが、ファッションに気を使うだけの余裕は今のおれたちにはない。
 武器は以前に倒したマジカル・パペットから奪った槍がある。だが、おれがこれを振るうことはないだろう。戦力外も良いところだ。

「ありがとう。引き続き、防具の作成を行ってくれ」

 おれの礼の言葉に、ローズは嬉しげな思念を返して、頭を垂れた。

 ちなみに、ローズは剣と盾以外を装備していない。これから造ってもらう防具類は、おれの防具のスペアであると同時に、ローズに装備させるつもりだった。

 そうこうするうち、リリィが戻って来た。といっても、その姿は以前のものとは大きく異なっている。

「おかえり、リリィ」

 振り返ったおれの視界に入ったリリィは、いまはローズと同じ、マジカル・パペットの姿をしていた。

 これがリリィのミミック・スライムとしての能力だ。

 実は、おれは倒したマジカル・パペットの残骸をリリィに食べさせておいたのだ。そうすることで、リリィは擬態能力でマジカル・パペットの姿を取ることが出来るようになった。この姿のままでも魔法は使えるので、戦力は増強したと言える。

 残念ながら、武具・防具作成能力は、オリジナルより低いようなので、リリィには偵察に向かってもらっていたのだった。まあ、あえてローズの仕事を奪うこともないだろう。

「ん?」

 パスを通じて、何か言いたげな雰囲気がリリィから伝わって来た。

「どうした、リリィ。何か発見したのか?」

 今度は肯定の意思表示。

 ちなみに、このパスを通じた思念のやり取りは、お互いに感情が伝わったり、意図するところが漠然とわかるだけで、会話ほどの情報量は持っていない。

 そのため、情報伝達手段としてはお世辞にも優秀とは言えない。このあたりは、おいおい対策を取って行く必要がある。

「わかった、行こう。ローズ、準備をしてくれ」

 おれたちは完全装備で洞窟を出た。

 いったいなんだろうか。

   ***

 久しぶりに洞窟の外に出たおれは、一時間くらい森を歩いて、リリィによってその場所に案内された。

 そこには、おれと同じ学校の、異世界からやってきた学生の姿があった。

 おれはあらかじめ、学生たちの姿を見かけたら、最優先で報告するようにリリィに言っておいたのだ。

 リリィはきちんと務めを果たしてくれた。
 結果として、数日前のコロニーの崩壊から、初めておれはおれ以外の学生の姿を目にすることが出来た。

 それは、死体であったけれど。

「……水島美穂、だったか」

 一応は知り合いといえる女子が、森で一人寂しく死んでいた。

 知り合いが死んでいるという事実を、どう呑み込んでいいものかわからず、おれは気付けば下唇を強く噛み締めていた。

 少し幼い印象こそあるが、水島美穂は十人いれば十人ともが美人だと認めるような少女だった。吹奏楽部に入っていて、肩に掛かるくらいの亜麻色に染めた髪がとても似合っていた。

 彼女の死体がこうしてモンスターに喰われずに残っているということは、彼女は死んであまり時間が経っておらず、また、その死亡理由はモンスターによる殺害ではない、ということが推測された。

 彼女は布切れのようにぼろぼろになった制服を着ていた。
 よく見れば、体についたあとから、どうやら性的な乱暴を受けたらしいことがわかった。

 絶望した彼女は隠し持っていた刃物で喉を突いたのだろう。ぎちぎちに固まった筋張った手には、今もナイフが握りしめられていた。

 あるいは、己の尊厳を守るために自死したあとで、死姦されたのかもしれない。いずれにしても、おぞましいことだった。

 水島美穂の整った顔には、はっきりと絶望が張り付いていた。

 おれと同じ二年生の中で、ルックスでは上位五番には入る美少女だったから、こうした結果は仕方のないことなのかもしれなかった。

 ――ありがと、力仕事だとやっぱり男の子は頼りになるね。真島君って、真面目だから助かっちゃう。
 ――別に言いつくろわなくてもいいぞ。つまらないって言いたいんだろ。
 ――ううん? そうかな。わたしはそうは、思わないけどなぁ。

 水島美穂はチート能力を持っていない、コロニー残留組の一人だった。一度だけ、おれはコロニー建設の作業中に、彼女と会話をする機会があったのだ。

 おれのような、目立たない男子生徒の名前を覚えていたことに、驚いたことを覚えている。
 明るい笑顔を覚えている。

 彼女は数日前まで、確かに笑っていたのだ。

「リリィ」

 おれは無感動な声で命じた。

「こいつを喰え」

 リリィはただちに命令に従った。

 マジカル・パペットの姿から本来のスライムの巨体に戻ると、半液体状の体が穢された少女の体に覆いかぶさった。

 透明な体の中で、水島美穂という存在が無残に溶けていくのを、おれはじっと眺めていた。

「……」

 眼球の白も、内臓の赤も、脂肪の黄色も、骨の白も、その他のグロテスクな諸々も含めて全て、おれが覚えておかなければならないものだった。

 時間は掛かったが、水島美穂の体は完全に消化された。
 気付けば、日が傾いていた。

 森の中では夕日は見えない。ただ、空が赤く染まり、黒と赤の混じり合った不気味な色合いに、全ての景色が染まるだけだ。

 その中に、真っ白な少女の裸体があった。
 皮肉なくらいに、美しい肢体だった。そこには生前につけられた穢れは一つもない。

 新生という単語が頭に浮かんだ。
 おれはそれを掻き消した。これはそんなものではない。

 そんなものではないのだ。

「取り込み完了したよ、ご主人様」

 初めて聞いたリリィの声は、当たり前のことだが、水島美穂のものと同一だった。

 喋り方も、恐らくだが、水島美穂のものを流用しているのだろう。記憶にあるものとほとんど同じだ。

 違いといったら、それこそ、おれのことをご主人様と呼ぶことだけ。
 それこそが、絶望的なくらいに大きな埋められない差異だった。

 それも当然のことだった。彼女は水島美穂ではない。その皮をかぶっただけのモンスターなのだから。

 そして、きっとおれもまた、人間の皮をかぶったモンスターなのだ。そうでなければ、こんな残酷なことを躊躇なく行えるはずがない。

 ――そう。おれは水島美穂の死体を利用することにしたのだ。

 水島美穂はおれと同じ異世界転移者だ。イコールでチート能力者だということになる。
 数日前までのおれと同じで自分の力に無自覚なだけのことで、彼女だってその体に常識外れの力を備えているはずなのだ。

 それをリリィに擬態させる。
 醜悪な行いであり、許されざる所業であることは自覚している。

 しかし、この世界で生きると決めたおれには、そのために最善を尽くそうと覚悟していた。

 それが付き従ってくれているリリィとローズに対しておれが果たすべき責任でもあった。

 そのために行う最善が、人間として最悪の行いだったというだけのこと。
 吐き気さえ感じるが、それを呑みこむ度量が、今のおれには求められているのだ……


「その体のスペックは把握したか?」
「スペック?」
「その体には、特別な力があるはずだ」

 おれの言葉にリリィは首を傾げた。まあ、本人だってわからなかった秘められた力なのだ。借り物では把握に時間が掛かるのも無理はない。
 最悪、おれの推測が間違っている可能性もあるが。

「わからないならそれでいい」

 人間の姿をしているというのは、それだけでも便利なものだ。

 問題は戦闘能力だが、リリィは別の姿をしている際にもモンスターとしての力を発揮することが出来る。たとえば、マジカル・パペットの姿で彼女本来の力である魔法を使うようなことも出来るのだ。厳密には、リリィの擬態は、『姿形』と『技能』とを別々に模倣することが出来るということになる。

 勿論、『姿形』のせいで出来ないことは出来ないが。たとえば、マジカル・パペットの姿で、本来のスライムの最大の力である捕食能力を発揮出来ないように。

「ご主人様の役には立てると思う」
「ならいい」

 おれは踵を返した。あまりこの場所に長居したくなかったのだ。
 だが、後ろからリリィの声がかかった。

「あ、ご主人様。もう一つ伝えなくちゃいけないことがあるんだけど」
「何だ?」
「近くにね、他にも何人かご主人様や、この子と同じ人間がいるの。多分だけど、この子を殺した――というか、この子が死ぬ原因になった人たちだと思う」

 おれはぴたりと足をとめた。
 体半分だけ振り返って、尋ねる。

「本当か? どうしてわかる?」
「だって、わたし、この子の記憶があるから」

 あっさりと告げられた言葉に、気が遠くなった。

「それは……本当か?」
「うん。ああいや。厳密には違うかも。これは、そう、記録かな? 覚えているっていう意味では、同じだけど」
「ああ。それで、水島美穂と同じ口調で、喋ることが出来るのか」

 ミミック・スライムとしてのリリィの能力は、考えようによっては凄まじい能力かもしれない。
 勿論、リリィの道具作成能力がローズに及ばなかったように、ある程度の劣化や欠損はあるのだろうが、かなりの部分を水島美穂から受け継いでいるように思える。
 完全な擬態は、ほとんどその存在の剥奪に等しい。

 おれの頭がくらくらとしてしまったのも、仕方のないことだと思う。
 おれは、おれが考えていた以上に残酷な行いを、水島美穂に対して行ってしまったのかもしれない。

「どうするの、ご主人様」

 惜しげもなく美しい体を晒しながら、溶けるような赤く黒い景色の中で、水島美穂の姿をしたリリィが尋ねてくる。

「そうだな」

 聞かされた事実は事実として重要ではあるのだが、今はそれを考え、思い悩むよりも前にやるべきことがある。

 水島美穂を死に追いやった最低最悪の卑劣者たち。
 彼らが生きていることは、おれが彼女にやってしまった諸々を全てひっくるめても尚、許されざることであるようにおれには思えた。

「決まってるだろ」

 おれは吐き捨てるような口調で答えた。

「責任は取らなくちゃいけない」

 おれは水島美穂を殺した人間を殺す。

 仇打ちだとか、そういった意識はない。
 もともと、それほど親しくない間柄だ。彼女のことを哀れだとは思うし、加害者に対しては腹立たしさや気分の悪さを感じはするが、感情はそこまでで停まっている。

 だから、そう、これは単に責任を取るというだけのことだ。
 水島美穂という少女を穢したのは、おれだって同じなのだから。

   ***

 目指す場所は水島美穂の死亡場所からそう離れていないところにあった。

「……どういうことだ?」

 魔物の跋扈する危険な森の中に、ぽつんと山小屋が建っていた。
 あからさまに怪しい。何故、こんな山小屋があるのか。魔物に破壊されてしまっていないのか。そもそも、建築途中で邪魔が入りそうなものだが。

 怪訝に思いつつも、おれは山小屋へと向かっていく。すると、ふとリリィとローズがその場で立ち止まった。

「どうした?」
「これ以上、近づけない」

 そう言うリリィから詳しい話を聞いてみると、どうやらあの小屋にはモンスターを寄せつけない仕掛けがあるらしいことがわかった。

 否応なく、おれは一人で小屋へと向かった。どうせ近くに魔物はいないのだから、問題はないだろう。

 小屋の中からは、へらへらと笑う男の声と、女のものであろう悲鳴が聞こえた。どちらも歳若い。おれと同じ、異世界からの学生たちなのだろう。

 どうやら盛っているらしい。

「水島美穂だけじゃなかったってことか」

 不思議なくらいに、おれの心は動かなかった。
 丁度、それは犬が盛っているのを見ている気分に似ていた。

 ああ、つまり、おれは彼らを同じ人間とは思っていないのだ。

 おれは人を人とも思わないモンスターかもしれないが、彼らは人間以下の畜生でしかない。安心した。心の底から安心できた。

 これで、彼らを殺すことに躊躇しないで済む。

 おれはリリィに予め聞いていた『一番嫌な感じがする場所』を調べた。……しかし、おれたちの間にはパスがあるし、それはそれで便利なものなのだが、やはり会話が出来るというのは大きい。情報の確度が段違いだ。

 調べると、地面に綺麗な透明な石が埋まっているのを見付けた。なかに何やら精緻な文字が刻まれている。察するに、魔法的な品物なのだろう。この小屋の本来の持ち主のものだと考えれば納得がいく。

 これは地味に重要な事実を示唆している。
 この世界には、おれたち異邦人以外の人間がきちんと存在するということだ。

 考えてみれば、第一次遠征隊の連中も、こうした『人間の痕跡』を見付けたからこそ、森を抜けて人間の住む街を見付けようという思い切った行動に移れたのかもしれない。

 この世界の人間たちは、おれたちの預かり知らない原理でもって、モンスターを退けるような仕掛けを作っている。素晴らしいことだ。残念ながら、おれには素養がないからその価値も原理もわからないが。

「えいやっと」

 わからないからこそ、何の躊躇もなくそれを砕くことが出来る。

 ひょっとしたら酷く高価なものなのかもしれないが、おれにとっては邪魔な品でしかない。どうせこれから先もモンスターと一緒にいる以上、おれはこれを使えない。使い方もわからない。壊しても惜しくもなんともなかった。

 さて、これで山小屋の中にいる人間たちの辿る運命はきまった。
 彼らはもう、このモンスターの跋扈する世界で縋るべきものを失ったのだ。

 だから、あえて此処でおれが手を下す必要はない。
 必要はないが、此処で結末を他者の手にゆだねるというのも、無責任というものだろう。

「襲われている人間以外は皆殺しにしろ」

 やってきたリリィとローズにそう命ずることに、おれは何の痛痒も感じなかった。

 本当なら魔法を小屋の中で炸裂させたいくらいだったが、襲われている人間がいるようなので、それは出来なかった。おれは人間が嫌いだ。大嫌いだ。だが、何も悪いことをしていない、むしろ被害者でしかない女の子を殺すような真似が出来るはずがない。

「ああ、待て」

 正面から突っ込もうという仲間たちをとめる。

「手足を引き千切って動きをとめたら、とどめはリリィが刺せ。余裕があればで構わないから」
「うん? ……うん。わかった」

 こんなことに何の意味もないかもしれない。
 水島美穂がそれを望むかどうかもわからない。

 だが、そうしてやることだけが、死んでしまった彼女におれが出来る唯一のことだった。

   ***

 おれたちが小屋に侵入すると、男子生徒たちは驚愕の目を向けた。無理もない。死んだはずの水島美穂が無傷で現れたのだから。

 ちなみに、水島美穂をこれ以上辱めるわけにはいかないので、おれの着ていた学ランの上着を貸しておいた。おれの学生服は片腕がなくなってしまっているが、少女の華奢な体を隠す程度の役には立つ。

「やれ」

 おれの命令に応え、猛然とローズが駆け出した。
 少女に襲いかかっていた少年が振り返ったところを蹴り飛ばす。狙ったわけでもないだろうが、股間のものが潰れて男子生徒が奇妙な悲鳴をあげた。

 他の男子生徒は硬直している。まさかモンスターが、この山小屋に現れるとは思っていなかったのだろう。
 此処は彼らの楽園だった。

 今となっては屠殺場だ。

「いくよ」

 リリィが突っ込むと、おれが渡しておいた木槍を振り回した。

「ひぎゃああああ」

 男子生徒たちは反応さえ出来ず、両手両足をぶった切られて床に転がった。
 血液が間欠泉のように噴き上がり、阿鼻叫喚の地獄が生まれた。

 そんな血しぶき舞い散る小屋の中をおれは進んで行き、シャツを脱ぐと、裸の女子生徒の体にかけてやった。
 女子生徒は年下のようだった。綺麗な顔立ちをしていたが、今は色々なもので汚れている。憔悴もしている。

「あなたは……」
「安心しろ。おれにはお前を傷つける意思はない」

 彼女はおれのことを見上げていた。奇妙な色が、その双眸に宿ったように見えた。

 だが、おれがその意味を読みとるよりも前に、少女はがくりと意識を失った。色々と限界だったのだろう。

 後ろ手で縛られていた彼女の腕を解放してやっている間に、一人、二人とリリィが男子生徒にとどめを刺していった。
 命乞いが惨めったらしく、悪党の最期にふさわしかった。

「痛ぇ、痛ぇよぉ。な、何で……何で、お前が生きてるんだよぉ! あああああ……っ!」

 最後に残った男子生徒が喚き立てた。

 リリィは構わず、おれが貸した槍を振り上げた。ここまで抵抗らしい抵抗はなかった。当然だった。彼らは弱い者をいじめるだけの小悪党でしかないのだから。

「リリィ待て。そいつには聞きたいことがある」

 リリィが振り返って手をとめた。おれは彼女から槍を受け取ると、男子生徒の頭を、前髪を掴んで持ちあげた。

「痛ぇ。助けて。頼むよぉ。ああ。痛ぇ。痛ぇえええ」
「助けてほしければ答えろ」

 痛々しい男子生徒の有り様だったが、おれは何とも思わなかった。

「お前たちは三人きりか? 他に仲間はいないか?」
「いねえよぉ。おれたちは、三人だけだよぉ。……あああっ、痛い。痛いぃいいいい!」

 仲間はいないらしい。それなら良かった。最悪のケースとして、チート能力者の仲間がいる可能性も考えていたのだが、取り越し苦労だったらしい。

「痛いんだよぉ。こ、答えただろ、助けてくれよぉ」
「そうだな」

 おれは男子生徒の顔を覗き込むようにして視線を合わせて頷いてやると、槍の穂先を男子生徒の喉に突き入れた。

 ぐべ、とか、げぎゃ、とか聞こえる悲鳴があがった。

「まあ、せいぜい苦しんでくれ」

 男子生徒は信じられない、とでもいうように目を見開いていた。おれはじっくりとその絶望の表情を見詰めてから、穂先を抉るように動かした。
 男子生徒の目から光が失われていった。

 これがおれの初めての殺人だった。

 こうして異世界に転移してから、いつかこの日がくるのではないかと思っていた。
 終わってしまえば、呆気ないものだった。

 だが、何事も終わってからの方が大変なのだ。
 おれは溜め息をついた。

「リリィはこいつらの死体を片付けろ。適当に森の中に放っておけばそれでいい」
「食べないでいいの?」
「……こいつらの残滓がお前に残るっていうのも気分が悪い。やめておけ」

 彼らもチート能力者だ。己の力を把握できていなかったとはいえ、最期の時まで隠れていたその力は、相当なものだろう。
 リリィが彼らの死体を取り込めば、その力を手に入れることが出来る。

 とはいえ、それは水島美穂に対する裏切りとも思えた。
 彼女もリリィの中で彼らと一緒になるのは嫌だろう。おれも嫌だ。リリィが穢れるような気がする。

 付け加えるのなら、彼らの要素を取り込んだことで、リリィが変質してしまうのではないかという懸念もあった。『記録』という単語を使っていたことを考えると、彼らの思いや人格というものは、切り離されたかたちでリリィの中に保存されるのだろう。だが、それでも不安は残る。不安要素は排除するべきだった。

「ローズはこの子のことを頼む。体を清めてやってから、ベッドで寝かせてやってくれ」
「ご主人様はどうするの?」
「おれは……この惨状をどうにかしないとな」

 小屋の中は血まみれだった。名前も知らない被害者の女子生徒のことを考えるのなら、これは綺麗にしておくべきだろう。おれ自身だって、こんな状態で寝るのは嫌だ。

 こんな血まみれの、惨劇のあった場所では。

「……」

 不意に鈍い頭痛がして、おれは頭を押さえた。

 こと切れた男子生徒たちの虚ろな目が、おれのことをじっと見詰めているような気がした。
 勿論、こんなのは錯覚だ。

 おれの弱った心が見せる、幻だ。

 ……いや待て。おれは弱っているのか。

「大丈夫、ご主人様?」
「……大丈夫だ」

 大丈夫でなければならない。おれはこんなところで潰れるわけにはいかないのだ。
 それが、リリィとローズを従え、水島美穂の体を利用し、男子生徒たちを虐殺したおれの負った責任というものだ。

 それが出来ないのなら、あの洞窟で果ててしまえばよかったのだ。

「大丈夫だ」

 おれは血染めの小屋を綺麗にする作業に没頭した。
 まるで何かから逃げるようだと、自分でも気がついていた。


◆ここまで読んでいただきありがとうございます。

◆グロ描写なんかは、どれくらいが大丈夫なのか恐る恐るな部分があります。なろうのラインがわからない。
だがしかし、『Re:ゼロ』とか『名前のない怪物』とか見てみると、いけるとこまでいって良いんじゃないかと思える不思議。
やめて、それはいばらの道よ!

◆飛ばした方のために(ちゃんと真面目な)本話のあらすじ:
リリィの案内に従って辿り着いた場所には、一人の女子生徒の死体があった。
乱暴されて自殺した彼女・水島美穂を、主人公はリリィに食べさせる。
擬態能力によって水島美穂の姿かたちと記憶を得たリリィは、水島美穂の死の原因である男子生徒たちが、とある山小屋にいることを主人公に告げる。
山小屋にあった魔物避けの結界らしきものを解除した主人公は、無防備になった彼らを皆殺しにし、水島美穂同様に彼らに乱暴されていた少女を発見し、保護したのだった。
+注意+
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