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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

1章.ご主人様と眷族の彼女たち

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06. 静かな夜のまじわり

前話のあらすじ:
何か色々あってスライムが女の子になりました。
   6


 夜の静寂が小屋を包み込んでいた。

 小さな山小屋にはベッドは一つしかなかった。
 そこでは今、名前も知らない女子生徒が眠りについている。

 女子生徒は深い眠りで心と体に負った傷を癒しており、いまだに起きる気配はなかった。

 結果、せっかくの屋内ではあるが、おれは洞窟の中でそうしていたように、リリィの体をソファのように使って寝ていた。
 ちなみにローズは小屋の外で見張りをしてくれているので、この場にはいない。

 静かな夜だった。

 暗く沈みこむように見える小屋の中を、おれはぼんやりと眺めていた。
 何を考えるでもなく、ぼうっとして。

 そうして、どれだけの時間が経っただろうか。

「眠れないの?」

 声は背後から聞こえた。

 それと前後して、背もたれにしていたリリィの体の感触が変化した。
 スライムのリリィの体は、半流体のゲルが詰まったゴム製品のような感触をしている。

 それが、確かな芯のある、柔らかな存在へと変化したのだった。

 まぎれもなく、それは年頃の少女の肢体だった。

「……器用なことを」

 おれの尻の下にはリリィのスライムの体があり、床の硬さと冷たさを今でも遮断してくれている。それなのに、女の子の華奢な腕が首の背中から胸へと回された。つまり、リリィは体の一部だけを少女のものに変えているということになる。

 器用なことだと思うと同時に、何故そんな無駄なことをと思いもする。

 疑問を表情に出しつつ首だけで振り返れば、ほほが触れ合う距離に水島美穂の――違う、リリィの人間としての顔があった。

 その再現性は本物そのもので、産毛の感触さえ感じ取れた。

 ぞくっと背筋に快感が走った。

 まずいと思った。

 触れ合いというものは快楽だ。

 これまでの人生に匹敵する程に長く感じられた三日間の孤独と絶望を越えて、おれはそれを生まれて初めて思い知った。

 スライムの体でさえ、安心感と心地よさを感じ取っていたのだ。それが、女の子の体となれば、我慢が出来るものではない。

 別にいやらしい意味ではない。
 すがりつきたい、と思ってしまうのだ。

 多分、おれはいま追い詰められている。
 切っ掛けはやはり、夕方に初めて人を殺したことだ。だが、それはあくまでも単なる切っ掛けに過ぎない。

 下手に生活が安定してしまったのも悪かった。
 必死になっていれば忘れていられた。

 一ヶ月という時間が、その間に変わってしまったありとあらゆる要素が、おれという本来未熟でちっぽけなガキの精神を追い詰めようとしている……

 すがりつきたいという願望の勢いといったら、おれの理性を押し流すのに十分過ぎたのだ。

「やめろ」

 だから、おれがそう命令することが出来たのは、理性よりも感情的な問題だった。

 リリィの体は死んだ水島美穂のものだ。
 犯されて死を選んだ彼女の体を模している。

 そんな彼女をおれが穢すわけにはいかない。それは許されないだろう。

「どうして?」

 背後の感触が消える。背もたれにしていた体積がなくなったことで、おれはその場に背中から倒れ込んだ。

 衝撃を覚悟して強張った体は、しかし、リリィの弾力性のあるスライムの体によって受け止められる。

「ご主人様……」

 仰向けに倒れ込んだおれの足の間から、少女の裸体が生えた。
 リリィは四つん這いでおれの胸の上を進んでくる。重力に引かれて、少女の二つの膨らみが目の前で揺れていた。

 思わずくらりときてしまったおれを責める者はいないはずだ。……ああ、いや。違う。責められるべきだ。何を衝動に突き動かされそうになっているんだ。馬鹿。

「わたしはご主人様を癒したい。ねえ、ご主人様」
「やめろ、と言った」

 快楽に流されそうになる体とは裏腹に、おれの心には不快感が宿っていた。
 それが、強張った声に表れる。

「おれはその体を『使う』つもりはない」

 本来なら、こうして裸体を見詰めていること自体、やってはいけないことだ。
 そう思う。

「やめろ」

 言って、静かにまぶたを下した。
 明確な拒絶を示し、命令を下した。これで、眷族であるリリィは引き下がるはずだった。

 そのはずだったのだ。

 擬態したモンスターの……少し興奮した少女の息遣いが、耳に届いた。

「かわいそう、ご主人様。自分を、責めてるの?」

 顔の前面が、柔らかな感触に包まれた。
 リリィがおれの頭を、豊かな胸元に抱きこんだのだとわかった。

「わたしは、ご主人様を助けたい。わかるよ、ご主人様は傷ついてる。この子のために……わたしのために、傷ついている」
「……リリィ?」

 何かが、おかしい。
 そうと気づいたおれに、リリィは続ける。

「わたしは『今度こそ』大切だと思える人にわたし自身を捧げたい。それが、わたしのささやかな願い『だった』。それが大切な人の助けになるのなら……ああ、それはわたしの幸福だよ。そして、『今のわたし』にとって一番大事なのは、ご主人様、あなたなの。だって、わたしはあなたの眷族なんだから」

 熱に浮かされたように、リリィは支離滅裂とも取れる言葉を口走っている。

 おれは思わず目を開けてしまった。

「……ぁあ」

 愛おしげに、胸に抱いたおれのことを見詰める少女の眼差しがあった。

 そこにいるのはリリィだった。水島美穂ではなかった。
 だが、いまわの際に彼女が抱いた願いが、無念が、確かにリリィの中にあることが、パスで繋がっているおれには感じ取れてしまう。

 何故だ。

 死んだ彼女が抱いていた感情その他は、リリィに影響を与えないはずだ。
 リリィが取り込んだ記憶や思い出というものは、今や単なる記録に過ぎない。そうするように、リリィは取捨選択をしているはずなのだ。

 それがこうして発現しているということは……

 ……畜生。
 そうか。そういうことか。

 何てことはない。

 これは、おれのせいなのだ。

 無意識にせよ、死んでしまった水島美穂の無念を晴らしたいと、おれは考えていたのだろう。そうした願いはパスを通してリリィに伝わり……当然、リリィはそれを叶えようとする。彼女はおれのチート能力が作り出した眷族なのだから。

 それが、このようなかたちで発露した。
 リリィはリリィのままで、しかし、その願いは水島美穂のものだ。

 いいや。それも違う。既にその二つはわかちがたいものだ。その全てを含めて、リリィという存在なのだ。

「愛しています、ご主人様。どうか、わたしをもらってください」

 リリィが告げる。愛おしくも熱っぽく、少女らしい熱情を込めて。

「……」

 おれはどうするべきなのだろうか。

 おれは水島美穂に対して責任を負っている。
 眷族であるリリィに対しても、責任を負っていると言える。

 だから彼女を抱くべきなのか。
 しかし、そうした責任感で彼女たちの想いに応えることは、むしろ不誠実ではないのか。

 ……それも、違う。
 そうじゃない。

 目の前を見ろ。

「ご主人様……」

 切なげに睫毛を震わせる女の子が、不安そうにおれの答えを待っている。

 その美しく儚い肢体は、腿から下がスライムの体の中に溶けており、おれがベッドにしているスライム自体が彼女自身だという非常識極まりない状況だが……彼女は確かに女の子だ。

 誰が否定しようとも、そんなのは関係ない。他の誰でもない、このおれがそう感じているのだから。

「……」

 これは間違った選択、かもしれない。
 これは許されないこと、かもしれない。
 それ以前に、モンスター相手になんて異常で狂っていることかもしれない。

 だとしても、やるべきことはある。
 応えなければいけない想いがある。

 何よりもおれの心がそうしたいと告げている。

「……大事にするから」

 ほとんど意識せずに口にした誓いの言葉は、のしかかってきた少女の唇の中に消えていった。

   ***

 起きた時に、目の前に女の子の顔があるというのは、なんと幸せなことだろうか。

 勿論、リリィのことだ。
 彼女は優しげな微笑みを浮かべておれの目覚めを待っていた。その顔を見て、おれはもうそれが水島美穂だとは思わなかった。

 おれはパスを通じて、彼女の中から水島美穂がいなくなっていることを感じ取った。それは悲しいことだったが、恐らく、その方がいいのだろうと思った。

 目の前にいるのはリリィだ。それでいいのだ。

「おはよう、リリィ」

 もう取り繕っても仕方がないので、おれは彼女の顔を抱きよせてキスをした。

 相変わらず、彼女は彼女自身であるスライムから『生えていた』が、そんなことは気にならない。ベッドがあれば、もう少しノーマルな状況になるが、今は別の人間が使っている以上、それは言ってもどうしようもないことだ。

「おはよ、ご主人様」
「おはよう。……ローズも、その、おはよう」

 おれがぎこちなく挨拶をすると、何時の間にか小屋に戻ってきていたローズは、のっぺらぼうの顔をこちらに向けて一礼した。

 おれは全裸だった。そして、リリィの人間部分も裸だった。
 抱き合ってキスをして、その体勢のままでローズの存在に気がついたのだった。

 ……ものすごく、気まずい。あれだ、母親に同衾を目撃された息子の気持ちみたいな。おかげで盛り上がりかけていた気持ちが萎えたのは、良かったが。

 流石に朝から盛るわけにもいかないだろう。

 おれは濡れた布で軽く体を清めたあとで、服を着て小屋の外に出た。扉は開きっぱなしにして、空気を入れ替える。あれだ、臭いとか諸々残っているのも気まずい。

 とはいえ、リリィはおれの腕を胸元に抱きこんで満足そうに寄り添っているので、今更取り繕ったところであまり意味はなかったかもしれないが。

 ちなみに、彼女は昨日の学ラン姿から、小屋にあったジャージに着替えている。殺害した男子生徒のものらしく、女子の姿を借りている彼女では少し袖が余ってしまっていた。出元を考えると多少不愉快な気持ちもするが、昨日のうちにちゃんと洗濯したので、衛生上の問題はないだろう。

 気持ちの問題は残るが。
 うん。やっぱり、早めに服は調達するようにしよう。具体的な考えがあるわけではないが。

 しばらくしておれたちは小屋に戻ったが、女子生徒は起きていなかった。

 さて、どうしたものだろうか。
 おれはいつのまにかローズが用意した、丸太をぶった切って造ったテーブルと椅子とにかけながら、これからのことを考えることにした。

 方針に関して変更はない。
 姿を隠しつつ、力を蓄える。これからもどんどん眷族を増やしていく。そうすることで、この世界で生き抜く力を手に入れる。おれの力が眷族の力に依存する以上、モンスターを従えることは必須事項といっていい。

 問題は保護してしまった女子生徒のことだ。

 おれ自身の感覚を信じるのなら、モンスター・テイムには、おれがその場にいることが必要だ。これまではリリィやローズに周辺地域の探索をしてもらっていたが、それでは眷族を増やすことは出来ない。

 更なる眷族を手に入れるために、おれは外にでなければならないのだ。

 だが、この場に女子生徒がいる以上、彼女にも護衛の手を割かなければならないだろう。

 おれの手持ちの戦力はリリィとローズの二人きりだ。おれ自身が足手纏いである以上、戦力の分散はダイレクトに安全性の低下に繋がってくる。実際、ローズを眷族にした際には、リリィと二人きりだったため、おれたちは命の綱渡りをしなければならなくもなったのだ。

 彼女を助けたのは成り行きだ。あの場で彼女を見捨てる選択肢は、おれにはなかった。何故なら、彼女はあの崩壊の日に虐げられたおれ自身だったからだ。

 そもそも一度は助けておいて、手に余るからと見捨てるのは、彼女を襲った男子生徒たちにも劣る卑劣な行為だ。そうした瞬間に、おれを痛めつけてくれたあいつらと同じところまで墜ちてしまうだろう。

 それは出来ない。絶対に出来ない。
 それだけは嫌だった。

 となると、やはり戦力分散の愚は承知の上で動くしかないのだが……

「うぅん」

 女子生徒が目を覚ましたのは、おれがそんなことをつらつらと考えていた時だった。

 刺激するのもどうかと思い、見守っていると、彼女はゆっくりと身を起こした。

「目が覚めたか」

 おれは少し離れた場所から、丸太を切り倒した椅子に腰かけて声をかけた。

 女子生徒は随分と小柄だった。顔立ちは幼い。おれよりも年下の、恐らくは一年生なのだろう。肩くらいまでの髪をおさげにしており、それが更に歳の印象を押し下げていた。同年代で比べてもなお幼いと思える顔立ちは、愛らしく整っている。

 ただし、今は暗く表情に陰りが見えた。それは当然のことだったが。

「あなたは……わたしを、助けてくれた人、ですよね?」

 それでも、思ったよりも落ちついている。記憶もしっかりしているらしい。最悪、おれの顔を見た途端に悲鳴をあげて怯えられるという可能性も考えていただけに、多少拍子抜けしたところもあった。

 おれが自己紹介をすると、少女は『加藤真菜』と名乗った。
 予想通り、おれより一つ年下の、一年生だということだった。

 自己紹介が済むと、彼女はぺこりと頭を下げた。

「……あの、ありがとう、ございます。わたしを助けて、下さって」
「気にするな」

 実際、おれの感覚としては、彼女を助けたつもりはない。

 おれは死んだ水島美穂に対して義理を果たしただけで、加藤真菜がこの場にいたかどうかは、男子生徒たちを皆殺しにした結果とは何の関係もないことだった。

 言ってしまえば、おれが助けたわけではなくて、彼女が結果的に助かっただけのことなのだ。運が良かった――という言葉は、流石に彼女の気持ちを考えると口に出すのは憚られたが。

「加藤さんが死なずに済んで良かった」
「はい、ありがとうございました」

 加藤さんは頭を下げる。

「よければ、体を清めるといい。水は用意出来るから。その間、おれは外に出ておくことにしよう。元々、そのつもりだったからな」
「どういうこと、ですか?」

 相変わらず、陰鬱な声で加藤さんは尋ねてきた。

「おれがモンスターを従える力があることは、そこにいるローズを見てもらえばわかると思う。実は……」

 と、おれは自分の抱えている事情を語った。戦力を揃えようと思っていること、そのためには、おれが森を探索しなければならないこと、そして、加藤さんを此処に置いていく際にはローズを護衛として置いておくということ。

 語らなかったのは、リリィがモンスターだということくらいだ。
 これは念のためだ。伏せておける情報は伏せておいた方がいい。

 おれは加藤さんを保護したが、別に彼女を信用しているわけではない。
 あえて嘘八百を並べることをしなかったのは、加藤さんが生前の水島美穂を知っている可能性もあったからだ。

 べったりとおれにはりつき、おれのことを「ご主人様」と呼ぶリリィに関して、加藤さんの方から何か尋ねてくることがあるかもしれないと思ったが、意外なことに、それはなかった。お陰で、黙秘をしなくてもよくなったのは、都合が良かったが。

 加藤さんが尋ねたのは、また別のことだった。

「つまり、わたしは……お荷物、だということですか」
「言い方は悪いが、そういうことになるな。でも安心していい。おれは加藤さんを見捨てたりはしないから。最低限、安全なところまでは連れていくつもりだ」

 おれとしては、これが最大限の譲歩だった。おれだって余裕があるわけではないのだ。こちらから出来ることはあらかじめ提示しておいた方がいい。勿論、加藤さんを安心させようという意図もあっての発言ではある。

 だが、加藤さんは首を横に振った。

「お気持ちは嬉しいですが、わたしからも……お願いがあります」
「お願い?」
「あなたが森に行く際には……わたしも、連れて行ってほしいんです」

 おれは驚いて加藤さんの顔を見返した。

「駄目、でしょうか?」
「……」

 死んだ魚のような目だった。
 自分から何かを言い出すような精神状態ではないのは、一目見ればわかった。

 何を考えているのか。
 咄嗟にそう考えてしまうくらいには、不自然な発言だった。

 とはいえ、何かをしようという気力もないということは、よからぬ考えを巡らせるだけの余裕もないということだ。

 ……考え過ぎか。

 それに、申し出自体はおれにとって好都合なものだ。おれだって、好き好んでローズという戦力を別に置いておきたくはない。

「お願いします」

 頭を下げられる。

 断る理由はない、か?

「わかった。だが、無理はするな」
「ありがとう、ございます」

 結局、おれは彼女の願いを了承した。

 加藤さんはもう一度、頭を深々と下げた。
 ゆっくりと上げた顔は、ほんの少しだけ微笑んでいるように見えた。


◆ここまで読んでいただきありがとうございます。
グロ描写に引き続いて、とかく匙加減が難しいですね。というか、わからない。

◆ここからちょっとずつ、明るいやりとりもいれていけたらなと思う次第。今回の朝ちゅんみたいな。

◆モンスターがヒロインというイロモノ成分が混ざった本作。ご期待に叶うものが書けていればいいのですが……

◆次回更新は12月18日(水)となります。
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