04. 洞窟の外へ
前話のあらすじ:
スライムが仲間になりたそうな目でこちらを見ているような気がしたが、うちのスライムは眼球とかないからやっぱり気のせいだった。
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力を手に入れた――のはいいが、それでも現状が非常に厳しいことは認識しなければならない。
既に三日、おれは碌な食べ物を口にしてはいない。
怪我が治って、体力の消耗がこれ以上抑えられたのは嬉しいが、このままではじわじわと真綿に首を絞められるように死んでいくだけだ。
「おい、リリィ。水と食料を確保しなくちゃいけないんだが、どうにかなるか?」
おれの問い掛けに、『是』との意思が返って来た。……成る程、これは便利だ。一種の思念に近いのだろうか。魔法のあるこの世界なのだから、魔法的なパスが構築されているのかもしれない。それが、おれたちの主従関係を構築している。
しかし、どうにかなるのか。
ほとんど丸投げ状態の質問だったから、無理だと返されると思っていただけに、これは嬉しい誤算といえる。
「それじゃあ、早急に用意してくれ」
嬉々としておれが要請すると、またも『諾』の意思表示。
そして、一本差し出された触手の先に水色の光が輝いた。
「へ?」
水属性の魔法が発動し、おれの頭の上で大量の水が生まれた。
ばしゃん。
「……」
おれは頭から水をかぶって、洞窟の中で前髪からぽたぽた水滴を垂らした。
リリィは半液体状の体を揺らしている。その姿は何処となく誇らしげに見えた。
「オーケイ。お前は優秀だよ、リリィ」
優秀なのは間違いのないことだった。
ただ、もう少しおれたちにはわかりあうための時間が必要なようだ。
まずは人間は頭から水を摂取することは出来ないということを教えることから始めようか……
***
「へっくしょいっ」
おれは焚き火で体を温めつつ、丸ごと一匹串に通したトカゲの丸焼きを頬張っていた。
水にぬれた衣服は渇きつつある。
薪となるような木材を持ってきて、トカゲを数匹狩ってきた優秀な相棒は、傍らで護衛の任務についていた。
腹は膨れた。水はいつでも呑むことが出来る。
となれば、次はこれからのことを考えなければいけない。
「まずは何をするべきか」
と口にして、最初に思いつくのは身の安全を確保することだった。
この場合、仮想敵はモンスターおよび、おれと一緒にこの異世界にやってきた学生たちだ。
リリィはとても優秀なモンスターだ。魔法が使えるというのがいい。得意魔法は水と風らしいが、スライムが魔法を使えるというのがまず規格外だ。これまでそんな話は聞いたことがなかった。
しかし、残念ながらリリィはあまり強力なモンスターではないようだった。
この森の中では、戦闘能力だけを見るのなら、下位の存在であるようだ。
とはいえ、それはリリィが単なる雑魚モンスターであることを意味しない。
パスによって把握した彼女――もう彼女と言い切ってしまうが――の性質からすると、リリィは名づけるのなら『ミミック・スライム』とでも言うべき存在だった。
特異なのは、その擬態能力である。
リリィは食べたものに変身出来るのだ。
何が出来るのかと尋ねた時に、トカゲに姿を変えた時には驚いたものだ。
そうした特殊な能力の反動か、戦闘能力自体はあまり高くないというだけのことなのだ。
リリィは十分に優秀だ。
だが、その運用はかなり難しいものと言わざるを得ない。
戦闘能力の高いモンスターを喰えば、彼女はそれに擬態出来る。だが、そのためには自分より強いモンスターを倒さなければならない。
ジレンマだった。
とはいえ、それはおれの眷族になる前の話だ。
おれの眷族となった以上、やりようはいくらでもある。
「よし、リリィ。これからおれは眷族を集める。力を貸してくれ」
眷族を増やす。そうして戦力を充実させる。
当面はこの方向でいこう。
一匹だけではおれを守りながら戦うことになるが、他に眷族のモンスターがいれば、どちらかを護衛にしておけばいい。単純に戦力が増えることもあるし、何より、力を合わせて格上のモンスターを倒すことが出来れば、それはそのままリリィの戦力強化に繋がるというのが大きい。
加えて、おれは焦ってもいた。おれのチート能力は『モンスターを眷族にする力』――言うなれば、『モンスター・テイム』だ。
これは、こと戦闘面においては、他のチート能力者に劣っていると考えられた。
何故なら、おれがコロニーから逃げ出す前、チート能力者はこの森のモンスターなんて軽く蹴散らしていたからだ。
おれの直接戦闘能力は、あくまで従えたモンスターに依存する。
そう考えると、戦力はかなり心もとないと言わざるを得ない。
質は数で補わなければならない。
戦力増強は急務だった。
不安がないわけではない。だが、やるしかなかった。
「心配するなって。そう簡単にやられたりしないさ」
おれの胸中の不安を読みとったのか、リリィがその二メートルを越える巨体を近づけてきたので、おれはつるつるとした表面を掌で撫でた。
パスが出来ている以上、おれの感情はある程度彼女に伝わるし、それに対して心配してくれている彼女の感情もまた、おれに伝わってくる。
おれの眷族となったリリィは、おれのことを真摯に考えてくれているようだった。
それがチート能力によって造られた意識だとしても、おれはそれが嬉しかった。
温かな気持ちが胸に満ちた。
一人ではないと思えた。
人間と一緒では、こうはいかない。
奴らは究極のところで、何を考えているのかわからないからな。
「しばらくは雌伏の時だ」
ぽよぽよとリリィの弾力を愉しみつつ宣言する。
今は逃げ回っていても良いから、とにかく力を蓄えるのだ。
「問題は……モンスターを相手にした時に、おれのチート能力が必ずしも発動してくれるのかどうか、いまいち確信を持てないってことだな……」
自分自身の得たチート能力について、異世界転移した学生たちはみんな自然とそれがどのようなものか把握していた。
おれだってそうだ。
だから、おれがリリィとのことに関して不安を感じることはない。
そんなおれが遭遇したモンスターをテイム出来るかどうか確信を持てないということは、それはつまり、上手くいくかどうかわからないということだと判断出来る。
「とはいえ、此処で穴熊を決め込んでいても先がない」
ある程度、積極的に動く必要があった。
***
リリィを連れて洞窟を出ると、むっとした森の香りが鼻腔をついた。
ここ一ヶ月で嗅ぎ慣れた香りで、此処数日は忘れていた匂いだった。おれの鼻は、鼻血で塞がって駄目になっていたからだ。
おれたちは周囲の探索を始めた。
おれがいたのは、小高い丘の山腹にひらいた、小さな洞窟の中だった。周囲には鬱蒼とした木々がしげっており、見晴らしが悪い。逆に言えば、此処は見つかりづらい場所だということだ。
おれたちは慎重に周辺の森の探索を進めていった。
「……いた」
探索を初めて一時間くらい経っただろうか。おれたちはモンスターに遭遇した。
木製の等身大人形が、森の中をうろうろしている姿があった。
マジカル・パペットとおれたちが呼んでいたモンスターだ。この森の中では、もっとも一般的なモンスターと言える。
マジカル・パペットの特徴は武器作成能力だ。彼らは各々、木製の武具・防具を装備している。それらは全て木製なのだが、魔法的な力によって強化されており、驚いたことに鉄よりも頑丈だ。
実はこの武具類は、異世界転移したチート能力者たちの主用武器でもあった。
チート能力者たちが一番困ったのが、武具の入手だった。いつまでも素手でモンスターと戦っていたくはないが、武具を手に入れるルートがない、というわけである。
テレビゲームなら敵モンスターを倒した際に、レアドロップで武器を手に入れることだって出来ただろうが、ここは現実の世界。そのような都合のいいことは起きない。
だが、マジカル・パペットは、うまく倒せば彼らが使っていた武器を強奪することが出来た。結果、コロニー周辺のマジカル・パペットが狩り尽くされる勢いで武具の収集が行われたと聞いている。
その生き残りか。
「幸先がいいな」
おれは隣にいるリリィの体をぽんと叩いた。
「武器が手に入るぞ」
マジカル・パペットは槍と丸盾を装備していた。今のところ、おれとリリィは無手だ。リリィに武器が使えるのかどうかは知らないが、道具の類は持っていて損になるものでもないだろう。
あとは、眷族になってくれるかどうかだが……
とりあえず、念のために、戦闘になることを念頭にいれて行動をすることにする。
まずおれたちはマジカル・パペットの進行方向へと回り込んだ。
こちらから先に見付けられたのは、運が良かったと言える。これでアレがおれの眷族になってくれないモンスターだとしても、不意打ちを喰らうことだけは防ぐことが出来る。
戦闘を考慮に入れるのなら、綿密な計画を立てた上で行動するべきかもしれないが、おれにはそんなスキルはないし、幸か不幸か、おれの持つ手札はあまりに少な過ぎて計画を立てるだけの余地がなかった。
出来ることといえば、覚悟を決めることくらい。
おれは奥歯を強く噛み締めて、恐怖心を押さえつける。
……さあ。作戦開始だ。
「おい、そこのお前! こっちを見ろ!」
隠れていた場所から飛び出し、大声をあげて注意をひく。
マジカル・パペットがこちらを向いた。
「――ッ」
その瞬間、悟った。
これは駄目だ。
おれの感覚は『アレは従えられない』と告げていた。
さっきちらりと姿を確認した瞬間、嫌な予感はしていたのだ。ああ、くそ。あそこは自分の感覚を信じるべき場面だった。
これで戦闘は避けられない。
マジカル・パペットが猛然と駆け出し始めた。
「……ぐっ」
これは、きつい。
戦えば絶対に敵わない相手が、肉薄してくる恐怖。
怯えをぐっと奥歯で噛みつぶす。そのための力を、多分、人は信頼と呼ぶのだ。
「リリィ!」
飛び掛かって来ようとするマジカル・パペットを、横合いから飛んできた水の弾丸が打ち抜いた。
砕ける木片。片腕が宙を飛ぶ。
水弾が飛び出してきた灌木から続けて飛び出してきたのは、身を潜めていたリリィの巨体だった。
リリィはあまり動きの速くないスライム系統のモンスターではあるが、不意打ちを喰らって動きをとめた相手を襲うことは難しくない。
半液体状の体が、マジカル・パペットの木製の体にのしかかる。
ぎしぎしとマジカル・パペットの傷ついた体が軋む。
「よし、とった!」
と、快哉をあげたおれだったが、そう簡単にいくものでもなかった。
マジカル・パペットが、魔法攻撃を受けても手放さなかった槍を、リリィの体に突き立てたのだ。
「ああっ!?」
ずぶり、と穂先が透明な肉に刺さる。液体がびゅっと飛び出し、パスを通じて伝わってきたリリィの苦痛が、おれの意識を引っ掻いて不快な感覚を残した。
「リリィ!」
二度、三度。更に穂先がリリィの体を抉る。押さえつけながらでは、魔法を行使することが出来ないのか、リリィは何度も攻撃を受けた。そのたびに、彼女の体からは血液のように体液が噴き出した。
やはり、リリィはあまり強くない。
触手をマジカル・パペットの腕に巻き付けて妨害しようとしているが、じりじりと穂先は彼女の体に突き刺さっていく。少しずつ、マジカル・パペットの木製の体は消化液に侵されている。だが、状況は予断を許さなかった。
これをただ見ていられるはずがなかった。
「この野郎! さっさとくたばれ!」
もつれあう二体のモンスターに、怒声をあげておれは駆け寄った。
リリィはおれにとって、唯一の戦力だ。これを失っては、此処から先が立ちゆかない。――そういった理性的な判断とはまた別に、おれの中には彼女という相棒を失うことに対する、純粋な恐怖が存在していた。
独りぼっちはもう嫌だ。
孤独には堪えられない。
リリィは絶望とともに幕を下ろすはずだったおれの人生に与えられた、最後の希望なのだ。
失うわけにはいかなかった。
「うおおおおおっ」
おれはリリィを傷つける槍に組みついた。
リリィの力と、微力ながらおれの腕力。
この二つが合わさって、ようやく、槍の動きがとまる。
先制攻撃で片腕を吹き飛ばしていなければ、此処で終わっていたかもしれない。まだ運は残っている。この運を先に繋げることが出来るかどうかは、おれたち次第だ。
「このっ、このっ……死ね、死ね、死ねぇええ!」
がんがんとマジカル・パペットの頭を蹴りつける。
畜生。駄目か。まるでダメージが通っている様子がない。
リリィの消化液によって、少しずつだが、マジカル・パペットはダメージを負っている。このままの均衡を保つことが出来れば、おれたちの勝ちだ。
だが、この均衡を保ち切れるのか……?
弱気な考えが浮かんでくるのを、おれは必死に掻き消した。
大丈夫だ。
絶対にいける。いけるに決まってる!
思った以上にリリィの腕力が弱かったという誤算があったものの、それでも、ややこちらが有利だ。
そうであると信じる。
此処が正念場だ。
「……あ」
そう考えたおれは、その場で凍りついた。
立ち並ぶ木々の向こうに、新たなマジカル・パペットの姿があったのだ。
斧と盾とを持って戦士風の装備をしている新手のマジカル・パペットは、目鼻のついていないのっぺらぼうな木製の顔を、もつれあうおれたちの方へと向けていた。
「嘘だろ……」
一瞬で喉が干上がった。
何てタイミングの悪さだ。
おれも大抵、運が悪いと思っていたが、それにしたってこれは酷い。
おれたちには新手に対応出来るだけの余裕がない。
リリィは今相手をしているマジカル・パペットを離すわけにはいかない。おれが槍を手放して相手をしようにも、ただの人間でしかないおれでは戦力差があり過ぎて時間稼ぎもままならない。だったら逃げるか? いや、無理だ。リリィは足が遅いし、おれだって全力疾走しても逃げ切れる相手ではない。
どうする?
どうすればいい?
答えを出せないうちに、新手のマジカル・パペットが駆け出した。
くそ。おれたちが押さえているやつよりも、速い。
瞬く間に、十メートル以上あった距離が縮まっていく。
「リリィ! 迎え討て!」
おれの指示に従い、リリィが触手の何割かを差し向ける。
結果的に言えば、これは悪手だった。
「うわっ」
ゆるんだ力を振りほどき、これまで押さえつけていたマジカル・パペットが槍をリリィの体から引き抜いた。
「う、わあああ!?」
槍を掴んだままだったおれは、その勢いに引き摺られて地面に倒れた。
思わず閉じたまぶたを持ちあげると、木製の槍の穂先が落ちてくるところだった。
のしかかるマジカルパペットの、のっぺりとした顔がおれを見下していた。
リリィが触手をからめるが――間に合わない!
どがん、と音がして、頭部が粉砕された。
木っ端微塵に砕かれた断片が、地面に散らばった。
一個の命が消え、戦いの喧騒が静まった。
「……。何、が?」
おれは、顔の数センチ右側の地面に突き刺さった穂先に冷や汗を流しながら、今見た光景を理解しようとした。
一撃で、木っ端微塵に粉砕された――槍を持ちのしかかってくるマジカル・パペットの頭部、という衝撃の光景を。
何かが飛んできた、というのはわかった。
だが、そこまでしかわからない。
めりめりと何かが拉げる音が聞こえた。
そちらを見てみると、木々の一つに突き刺さった巨大な戦斧が見えた。
半ばまで切り取られた木が、どうんと腹に響く音をたてて倒れる。
「……」
おれは上半身を立てた。すぐに白い光がまぶしく体を包み込み、転んだ時におれの負った小さな傷を癒していった。リリィの回復魔法だ。どう考えても、おれよりも自分自身を回復させるべきだと思うが、そう言い聞かせるのは後でいい。
そして、おれの傍には――片膝をついてかしこまる、斧と盾を持つマジカル・パペットの姿があった。
今は、斧は持っていないが。
「……驚かせるなよ」
おれがぼやくと、困惑したような気配がマジカル・パペットから伝わってくる。
それは、リリィとの間に感じたのと、同じ類の繋がりだった。
どうやら眷族になってくれるモンスターは、ちらりと見ただけでわかるものらしい。……ちゃんと、落ちついてさえいれば。この情報も、大きな収穫と言えるだろう。
おれはばったりとその場に倒れ込んだ。
どうやらおれは、最初の修羅場をくぐり抜けることが出来たらしい。
そして、それだけでなく、心強い仲間をも手に入れたらしかった。
◆ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
◆とりあえず、今日中に六話まで投稿予定です。
◆何故なら、ヒロインとのxxxなシーンがそのへんだから。タグは早めに回収すべきかなと。