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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

2章.モンスターを率いる者

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15. 彼方と此方の大きなずれ

前話のあらすじ:

   ~こんなことになっている……かも~

あやめ(お、おもったよりゆれるよー。きもちわるくなってきちゃった……)
リリィ(大丈夫?)
あやめ(……む、むり。えろえろえろえろ(吐))
リリィ「ちょ、まっ……きゃぁあああ!?」
シラン「何事ですか!?」

大惨事。
   15


 深い森のなかに鎮座する砦は、角ばった多面体を組み合わせたようなかたちをしていた。
 その印象は一言でいって重厚だ。経過した年月が赤く表面を褪せさせて、もとある質量に時の経過という別種の重みを加えている。
 ここから見えているのは外周部分の、それも一部だけなのだろうが、それでも十分に巨大な要塞だということがわかる。
 てっきりおれは村や町に連れて来られるものと思っていたのだが……よく考えてみれば、異世界人のいうところの『樹海』のなかで、当たり前の村や町が成立するはずがない。
 冷たい金属で全身を鎧うだけでは足りていない。何千何万と煉瓦を積み上げて造りあげた頑丈な箱のなかに閉じこもらなければ、こんな場所ではきっと人は生きていけないのだ。

「転移者のお方々。あれなるが、我らがチリア砦となります」

 厳しく引き締められたシランの声色にも、いまは安堵の色があった。

「もう安心です。我ら騎士団は定期的に砦のまわりのモンスターを掃討しております。砦では受け入れの準備が整っているはずです。お方々の同胞も、到着を待ちわびていらっしゃることでしょう。さあ、参りましょう。砦はすぐそこです」

 軽くなった足取りで、学生たちはとめていた足を進め始めた。いつのまにか靴底の下にあるのは、曲がりなりにも道といえるだけの踏み固められた地面になっていた。

「おれたちの他にも、砦には転移者がいるんですか」

 興奮した様子で語り合う学生たちに便乗して、おれもシランへと問いを投げた。

「ええ。貴殿らと同じく、この森を抜けた幸運な方が一人」

 そう答えるシランの声に、陰りが落ちた。

「残念なことですが、自分の力でこの森を抜けることができたのは、貴殿ら二人を除外すれば彼だけということになります」
「おれとリ……水島さんを除いて、一人だけですか?」
「はい」
「しかし、此処には他にもたくさんおれと同じ学生たちがいますが」

 おれはあたりをやや浮かれ気味に歩く学生たちを見回した。シランの言い分が正しいなら、彼らは一体何だというのだろうか。

「彼らは貴殿のように独力でこの森を抜けたわけではないのです」

 一貫して誠実な態度でシランが答えた。

「我ら同盟第三騎士団は、この樹海の情報を集めるために、森のなかに前進拠点をいくつか抱えております。貴殿らの同胞たちは其処にお隠れになっていたのです。我らは四箇所の拠点を巡り、こうして貴殿らの同胞たちを我らの砦へとお連れしたというわけです」
「……なるほど」

 おれは相槌を打って頷いた。
 そもそも変だとは思っていたのだった。
 崩壊時点でコロニーに存在していた生徒の数は、八百名程度。
 そのなかで、何人が生きてコロニーを出られただろうか?
 百か? 二百か? あるいは、その倍も生き残れただろうか?
 いずれにせよ、コロニーから逃げ落ちた彼らにとって、モンスターの跋扈するこの森は、地獄の先に待ち構えていた地獄だったはずだ。これはおれ自身の経験から言えることだから、間違いない。実際、リリィに出会えなければ、おれは野垂れ死んでいただろう。
 おれのようなイレギュラーを除いたなら、それこそ全滅していたっておかしくはない。
 騎士たちに守られる学生たちを見付けた時に『これほど多く生き残っていたのか』と思ったのは、このあたりが理由だった。率直に言うのなら、この森のなかをさまよい、これまで生き残ってきたにしては、此処にいる生徒たちは少しばかり数が多過ぎたのだ。

「しかし、何があるかわからぬものです」

 シランはしみじみとした口調で言った。

「拠点というのは、我ら騎士団が樹海の深部を探る際の、言わば休憩所のようなところでして。見た目は単なる山小屋ですが」
「……」
「錬金術の粋を集めた貴重な結界石を設置しているため、モンスターを寄せつけません。そこにお隠れになっていたお陰で、転移者の皆様方はこれまで生きながらえていらっしゃった。何がどう役に立つかわからないものですね」

 おれは思わず沈黙していた。
 おれ自身が一夜を過ごした、あの山小屋のことを思い出していたせいだ。
 どうやらあれは彼ら騎士団のものだったらしい。
 結界石とやらはきっと、リリィやローズの山小屋への侵入を阻んでいたあの不思議な石のことだろう。あの場所にあったものは、リリィたちを小屋に招き入れるためにおれが砕いてしまったが……
 と、回想していたおれは、ふとマズいことに気が付いた。

「あそこに見える砦にも、その結界石とやらは使われているんですか?」

 場合によっては、リリィたちがあの砦のなかに入れないということになりかねない。
 そう思って内心でおおいに慌てたおれだったが、幸い、この懸念は否定された。

「いえ。それはありません。設置された結界石には、効果の及ぶ範囲に限りがありますから。せいぜい小屋程度の大きさを覆うのが限界なのです。あの要塞を覆うとなると、とてもではないですが、力不足です」
「ああ、そうなんですか」
「既に製法が失伝した希少なものでもありますし、その割に効力も限定的で、あくまでモンスターを遠ざけるだけ。侵入を完全に防げる類のものではありません。そもそも設置するための条件が厳し過ぎて、この土地では使えません」

 答えるシランに適当に相槌を打ちつつ、おれは胸を撫で下ろした。
 これは朗報だった。これから先も結界石がおれたちの邪魔になることは、そうそうなさそうだ。
 落ち着きを取り戻したおれは、浮かれた様子で周囲を歩いている学生たちのことを眺めた。

「何があるかわからない、ですか。本当にその通りですね」

 先程のシランの台詞を繰り返して、おれは溜め息をついた。

「彼らは幸運だったわけですね」
「どういうことでしょうか、孝弘殿」
「いや。だっていまのシランさんの話によれば、彼らは偶然、結界石が設置された山小屋に辿り着いて、偶然、そこを訪れたシランさんたちに助けられたわけでしょう。これはすごい幸運ではないですか」

 加えて言うなら、それは何処か、おれ自身の境遇にも似ていた。
 コロニーを落ちのびて、身も心もぼろぼろになって森を彷徨い歩いた末に、おれはあの洞窟に辿り着いた。そこで一度は生を諦めかけ、思いがけぬリリィとの出会いを果たしたことで、いまのおれは此処にある。
 ひょっとすると、おれは周りを歩く学生たちにシンパシーを感じていたのかもしれない。

「いえ、それは少し違います」

 しかし、おれの抱いた思いはシランによって否定された。

「我らは『生き残りがいるかもしれないから保護してほしい』と要請があって、山小屋へと赴いたのです。ですから偶然というわけではありません」
「要請された? それは一体どういう……?」

 シランの言葉に、おれは混乱した。
 此処は地球の、おれたちが住んでいた日本ではない。偶然の遭遇ならともかく、明白な意思を持った救助の手など伸ばされるはずがないし、そんな甘いことは望めない。そもそも、誰が救助要請などできるというのだろうか。
 疑問に囚われたおれの耳に、そのとき、わあと華やぐ歓声が届いた。

 顔の向きを前に戻してみると、砦の立派さに比べればちいさな鉄門が見えた。
 話し込んでいるうちに、おれたちは砦のすぐ近くまで辿りついていたものらしい。

 森のなかに鎮座する砦の周辺は、人の手が入り拓けていた。
 歩くおれの視界の左右から、木々が消えた。
 空が広い。
 これまでおれたちを包んでいた目に見えない何かから解放されたような、そんな気がした。

 此処は人の領域だ。それが肌で感じられる。
 残念ながら、おれにとってそれは気を抜く理由にはならなかったが。

 まだ少しだけ距離がある砦の前には、何十という騎士たちが踵を揃えて立っていた。
 おれはそのなかに、数人の学生服姿の少年少女の姿を見つけた。
 ……砦にまで辿り着いた学生たちは、一人だけのはずではなかったのだろうか。
 疑問に思ったおれは、すぐ近くを歩いていたシランにそのあたりを尋ねようとして、彼女が足をとめていることに気付いた。

「シランさん?」
「……まさか」

 一歩行き過ぎたところでおれが振り返ると、呻き声をあげたシランが上空を振り仰いでいるところだった。
 自然とおれもそちらに視線をやった。黄色い光がちかちかと瞬いていた。
 シランの肩の上あたりをふわふわしていた例の謎の生物が、せわしなく短い手足を動かして、ぐるぐる回転していた。その仕草は何かを訴えかけているようだが、生憎、おれにはコレが何を言いたいのかわからない。
 しかし、シランは違ったらしい。

「総員、剣を抜けぇ!」

 シランの警告が森を貫いた。
 何事かと尋ねるより、状況が動くほうが早かった。その次の瞬間、いまおれたちが抜けてきた森の木々を押し倒して、巨大な緑色のイモムシが姿を現したのだ。

「うわぁああ!?」
「きゃあぁああ!」

 体長は三メートルを超える大型のモンスターだ。
 それも、五体。がちがちと顎を鳴らして突進してくる。
 学生たちが悲鳴をあげて、騎士たちは慌てて剣を抜いた。

「な、何故、砦の近くでこれほどの数のグリーン・キャタピラが……!?」

 騎士の一人が動揺した様子で叫んだ。
 そういえば、さっきシランは『騎士団は定期的に砦のまわりのモンスターを掃討している』といっていた。ふつうはこんな場所で、これほどの数のモンスターに出遭うことはないのかもしれない。

 そんなことを考えながら、おれは偽装した木剣を抜いていた。
 このあたりは、もはや反射だ。背中の盾を装備する余裕はないものと判断し、すぐ隣にいたリリィと目配せを交わす。まずは周囲の状況の確認からだ。
 そう思ってあたりを見回したおれは、唖然とした。

「……は?」

 周囲にいる学生たちが、みんなパニックに陥っていたのだ。
 目と鼻の先にある砦の方へと逃げ出して、焦りのあまり周囲の確認もせず互いにぶつかり転倒する者。彼らなんかはまだマシな方だ。
 進路にいる者を押しのける者、腰を抜かす者、騎士に縋りつく者、それどころか傍にいた者を蹴り倒している大馬鹿者さえいる始末だ。

 ……何だこれは。
 こんなことで、こいつらはこれまで生き残ってきたとでもいうのだろうか。

 確かシランの話によれば、彼らは自力で森を抜けたわけではないということだった。彼らは山小屋に隠れ住んでいて、シランたち騎士団が助けにくるまでじっとしていただけだ。
 しかし、少なくとも安全地帯に避難する前、あの崩壊するコロニーで起きた地獄を彼らは生き延びてきたはずなのだ。それなのに、どうして……
 これではおれたちも迂闊に逃げられないし、騎士たちの戦いの邪魔になる。パニックというのは伝染するもので、彼らのせいで騎士たちも浮足立っていた。
 足を引っ張るどころの騒ぎではない。これは明白に自殺行為だった。

「うろたえるな!」

 唯一、冷静さを保っていたシランが部下を叱咤した。ただ、彼女の口調にもやや苦いものが混じっている。状況のまずさを理解しているのだ。

「防御を固めろ! くるぞ!」

 きしきしと顎を鳴らして、グリーン・キャタピラが襲いかかってきた。
 見た目は大きなイモムシなので鈍重なイメージがあったが、むしろこれは巨牛の突進に近い。
 シランの叱咤により我に返った騎士たちは、学生たちの壁となるべく、辛うじて盾を手にして身構えた。
 しかし、おれの目にはどうしても彼らの背中が頼りなく見えた。
 それはひょっとすると、無意識のうちに彼らの背中をローズあたりのそれと比較してしまっていたからかもしれない。
 こんなことで、果たして防ぎきれるのか。

 不安を胸におれが見守る先で、五体ものグリーン・キャタピラと全身鎧の騎士たちが激突した。
 いいや。その寸前のことだった。

 事態は思わぬ展開を見せる。

「――任せて」

 涼やかな声が、おれの耳に届いた。
 そのときには、全てが終わっていた。

「な……っ!?」

 ずたずたに引き裂かれて、青い体液を撒き散らしながら逆方向に吹っ飛ばされていくグリーン・キャタピラの最期を、気付けばおれは呆然と見守っていたのだ。
 一瞬のうちに戦闘は終了していた。
 時間を切り貼りしたみたいに、結果だけがおれの目の前にあった。

 何が起こったのかまったく理解できない。
 だけど、誰がそれをやったのかだけは、はっきりしていた。

 とん、と。
 ほんの一瞬前まで影も形もなかったセーラー服姿の少女が、地面に降り立ったのだ。
 彼女が現れたのは、モンスターに立ち向かおうとしていた騎士たちを守る位置だった。それはすなわち、彼女こそが目の前の信じがたい光景を生み出した張本人だということを意味している。

「もう大丈夫よ」

 腰まで伸びる艶やかな黒髪をなびかせて振り返った少女が、にこりと笑った。
 それは不安をみんな包み込んでしまうような、温かな微笑みだった。

   ***

 突然の少女の登場に、その場にいる全員が固唾を呑んでいた。
 それはおれだって例外ではなかった。
 むしろおれこそが一番衝撃を受けていたかもしれない。

 現れた少女の手には、精緻な意匠を施された細身の剣が握られていた。きっとそれが突進してきた五体のグリーン・キャタピラをずたずたに引き裂いたものなのだろう。
 だが、それはあくまでも推測でしかなかった。
 目の前で起こった出来事だというのに、グリーン・キャタピラに対する彼女の攻撃は、おれの目に一切映らなかったのだ。
 信じられないことだった。
 おれは魔力による身体能力強化を習得している。これは感覚器官も強化されるため、ファイア・ファングの疾走くらいなら、いまのおれは目で追うことができる。
 人間の感覚というのは運動機能よりもだいぶ優秀にできている。対応出来るかどうかはまったく別の問題として、たとえ相手があのガーベラであろうとも、いまのおれの目にその動きがまったく映らないということはない。

 しかし、目の前の彼女の動きは、誇張抜きで見えなかった。
 黒い影が見えたと思った時には、もはや全てが終わっていた。それはつまり、あのガーベラと比べてさえ、彼女が圧倒的に速いことを意味している。

 有り得ない。常識外れにしても程がある。生きている時間軸が違っているとしか思えない。
 理不尽でさえあるその強さは、ただそれだけで彼女の正体を暗示していた。

「……チート持ち」

 誰かの喉から漏れたその単語を聞いて、彼女はにこりと微笑んだ。
 そうすると、やや鋭い顔立ちをした少女の印象が一気にやわらかいものになる。リリィの笑顔に慣れているおれでさえ危うく見惚れてしまいそうになるほどに、それは魅力的な微笑みだった。

「おいおい、飯野。一人だけ格好のいいところ見せるなんて酷くないか」

 そんな少女に向けて、親愛のこもった文句が投げ掛けられた。
 振り返れば、砦の方から学生服姿の少年が二人連れでやってくるところだった。
 学校帰りの学生とも見えるその姿のなかで、それぞれの手に握られた幅広の直剣と、煌びやかな宝玉が象嵌された戦杖だけが異彩を放っている。
 細剣を柄におさめた少女は、微苦笑を浮かべて彼らに応じた。

「文句を言われてもなぁ。一刻を争う事態だったでしょ。みんな足が遅いんだし、わたしが動くのが一番てっとり早いよ」
「お前に比べたら、みんな亀みたいなものじゃないか」

 二人は自然体で会話を交わしていた。
 いきなり現れておいて、彼らは既にこの場における主役となっていた。
 学生たちと騎士団とを問わず、全員が彼らの一挙手一投足に注目していた。
 おれたちが目の当たりにしたあの光景には、そうせざるを得ないだけの絶大なインパクトがあったのだ。
 そんなおれたちの様子に、彼らも気付いたらしかった。

「そんなことより、十文字くん。みんな、ぽかんとしてるよ。まずは自己紹介をしないと」
「ああ。そういや、そうだな」

 少女が言うと、直剣を持った男子生徒――いかにもスポーツマンといった雰囲気の、背の高くがっしりした少年は頷いて、自分たちに集まる視線を見返した。

「初めまして。おれの名前は十文字達也。そして、こっちは飯野優奈と渡辺芳樹。全員、探索隊所属だ」

 彼が視線で示した先で、先程グリーン・キャタピラを一蹴した少女、飯野が少し恥ずかしげに肩をすくめながら軽く手を振り、小柄な男子生徒である渡辺は手にした戦杖を持ち上げて応えた。

「無事に森を抜けられたようで、何よりだ。それと、騎士団のみなさん。おれたちの要請に応えてくれて、ありがとう。お陰でおれたちは学友を失わずに済んだ」

 ……そういうことか、とおれは胸のなかでつぶやいた。
 おれはようやく現状を把握しつつあった。
 たとえば、飯野優奈。彼女の名前には聞き覚えがあった。
 チート能力者には、身体能力・魔力に優れた『ウォーリア』から、おれのように自分自身で戦う力はないが固有の能力を持っている者まで、様々なタイプが存在する。
 しかし、そのどちらをも兼ね備えている者というのは意外に少なく、十指に満たない。
 飯野優奈はその例外だ。
 ――『韋駄天』の飯野優奈。
 残留組にまで響いていた彼女の武器は、その速力だ。彼女は速い。とにかく速い。超人揃いの探索隊のなかでも、彼女に追いつける者は誰一人としていなかったと聞いている。
 実際、目の前で見れば、その速力は圧倒的だった。
 そんな有名な彼女だからこそ、彼女が精鋭揃いだった第一次遠征隊に参加していたということを、残留組であるおれでさえ聞き知っていた。

 第一次遠征隊。
 探索隊に所属するチート能力者から構成され、この世界の情報を求めるためにコロニーを出て東の地へと出発し……結果としてコロニーに駐留する探索隊の弱体化を招いて、コロニー崩壊の引き金ともなったあの一団は、当初の目的通り、この異世界の住人たちに接触を果たしていたらしい。
 シランは学生たちを保護した経緯を『偶然ではない』といっていた。『生き残りがいるかもしれないから保護してほしいと要請された』のだと。その要請をしたのが、第一次遠征隊――すなわち、目の前にいる彼らなのだ。
 それはつまり、此処にいる学生たちは全員、彼らによって命を救われたということだ。
 いまもまた、彼らは迫り来るモンスターを鎧袖一触に蹴散らして、脅威を排除してみせた。
 そこに危うげなど一切ない。力ある者が、その力を正しく使った結果があるだけだ。

「ここでみんなに会えて、嬉しく思う。これからは何も心配することはない。おれたちがいるからには、もう大丈夫だ」

 十文字のその台詞は、自分は誰かを守る側の人間なのだと確信したものだった。
 各々見せている態度こそ違うものの、探索隊の三人は全員がある種の自信に満ちていた。
 自分の力に、意思に、存在に、彼らは確信を抱いている。

 その在り方は、まるで物語のなかに生きる英雄のようだった。

 ……馬鹿な。
 そんなわけがあるか。
 彼らが英雄であるはずがない。
 あれはただの学生だ。おれたちと変わらないティーンの少年少女でしかないのだ。

「あとは全部おれたちに任せていればいい。安心してみんなは休んでくれ」

 だから、こんなことを言われたところで、安心なんてできるはずがなかった。
 そもそも、全てを任せたその結末がコロニーで起きたあの惨劇なのだ。
 おれはあの地獄を忘れない。
 忘れたことなんて一度もない。
 あの原因となったのも、目の前にいる彼らと同じチート能力者なのだ。彼らは決して聖人ではない。欲に駆られて間違うこともある、汚さを抱えた未熟な年少者の集団なのだ。

 ……なのに、これはどういうことだろうか。
 わざわざあたりを見回すまでもなく、この場の空気は彼らの英雄然とした振舞いを肯定していた。
 これで身に降りかかった不幸の数々は終わったのだと、もう危険は永遠に遠ざけられたのだと、安心し切って弛緩している。
 学生たちも、騎士たちも、それを口にした探索隊の三人自身も含めて、誰一人としてそれを疑問に思う様子はない。
 例外はおれ一人だけだった。

 やはり何かがおかしい。
 ずれている。齟齬がある。乖離している。
 ……それとも、これはおれの方がおかしいのだろうか。

「真島くん」

 気遣わしげにリリィがおれの名前を呼んだ。
 いまとなっては、傍らに寄り添う彼女の温かさだけが、おれの正気の証明のように感じられた。

   ***

 保護された学生たちの一員として、おれたちは無事に砦へと招きいれられた。
 探索隊の三人は砦に戻って来たシランと話があるとかで別行動になった。
 騎士たちとも別れ、学生たちだけが部屋へと案内された。
 赤茶けたレンガの通路を案内をしてくれたのは、騎士たちとは身につけている装備が違った男性だった。鎧は胴体を守るだけのもので、おれと同じように丸盾を背負っている。移動中にちらっと見ただけだが、歩哨として働いている者は槍を持っていた。所属が違うのかもしれない。
 一人に一部屋が与えられるという話だったが、おれはリリィと部屋を同じにしてもらうことにした。身の安全を考えれば、これはおれたちにとって当然の選択だった。
 知らない場所に来て不安なのか、数人で部屋を利用したいという者は他にもいたので、おれたちだけが目立つということはなかったのは幸いだった。

 案内された部屋は、ベッドと机が置いてあるきりの簡素なものだった。
 ひとつきりの窓には木枠が嵌っていた。驚いたことに壁際には照明装置があり、部屋を明るく照らしていた。
 調べてみると、電灯や松明の類ではなく、握り拳サイズの石が嵌めこまれていた。どういう原理なのか、石自体が発光している。魔法の道具だろうか。どうやらこの世界では、おれたちの世界とは違った技術が発達しているらしい。
 一通り部屋を調べ終えた頃に、案内をしてくれた男性が再びやってきた。
 水の入ったタライと布や服を持ってきてくれた彼は、おれたちが異世界からやってきたことを知っているからか緊張した様子だった。
 到着した転移者のために砦では歓待の席を設けてくれていることと、その準備が出来たら呼びに来る旨を伝えて、男は去っていった。

 おれは濡らした布で体をよく拭ってから、ジャージを洗って服を着替えた。
 渡された服は藍色の長袖のシャツとズボンだった。この砦にいるガタイのいい男性用に縫製されたものらしくサイズがやたらに大きくて、華奢なリリィが着たらチュニックみたいになってしまうだろう。
 正直、着心地はあまり良くない。探索隊がこの異世界にやってきてまで学生服を着用していたのは、このあたりが原因なのかもしれない。
 正直、ガーベラの服が懐かしいが、文句を言っても仕方ない。肌触りに閉口しつつも服を着替えた。余った袖は手首までまくって、だぼつく腰のあたりは用意されていた帯で留める。持ってきた武具は取り上げられなかったので、その上から身につけていく。

 身だしなみを整えてから、おれはふたつあるベッドの一方に腰をおろした。
 ふう、と溜め息が出た。
 これまでの展開は、怖いくらいに順調だった。色々と考えて準備をしていたことが、馬鹿みたいに思えるくらいに。
 ただ、それもすべては、おれの感じているこの『ずれ』が原因だとわかっているだけに、おれは素直に喜ぶことができなかった。

「疲れてるの、ご主人様?」

 それまで念入りに部屋を調べていたリリィが、おれの前に立った。こちらの顔を覗きこんでくる。

「……ご主人様はやめろ。誰が聞いてるかわからない」
「声量に気をつければ、部屋のなかでくらいはいいじゃない。防音はしっかりしてるみたいだし。それこそ、あやめなんて部屋のなかでしか自由にできないんだよ?」
「それは、確かにそうだが」

 おれの返事を聞いたリリィは、ジャージの前のファスナーを下げた。
 服の下では胸から腹にかけてが半液体状のスライムの体組織になっており、大きな空洞があいている。そこで丸くなっていたあやめが頭をあげた。
 もしもこの部屋が何らかの手段で監視されていたら、隠し事はこれでいっぺんにアウトなわけだが……まあ、そこまでいくと考えすぎか。
 知識のないおれには、魔法的に可能な手段なんて判別がつかない。考え始めればそれこそ、リリィのジャージの下に隠れているのだって大丈夫なのか、なんて話にもなってくる。

「……わかった、リリィ。おれたちだけのときには、これまで通りにしよう」
「うん」

 結論を待っていたあやめが部屋の床に下りると、ベッドの上に寝そべるおれのところにやってきた。
 どうやら構ってほしいらしい。彼女自身の体躯と同じくらいにおおきくふくれた尻尾が、ふわふわ揺れていた。
 なんとなく手を伸ばして喉の下を撫でてやると、あやめは気持ちよさそうに目を細めた。
 悪戯心を出しておれが手をとめると、あやめは前脚を使ってかりかりと手を引っ掻いてくる。爪を立てているわけではないので痛くはない。
 催促に従って、もう一度撫でる。毛の方向に沿うように、あるいは、逆らうように。
 あやめの毛並みはやわらかい。定期的に水浴びをしているし、たまにガーベラがローズに作ってもらった櫛で梳いてやっているお陰だろう。
 おれが撫でるのをやめると、かりかり、かりかり。それでも撫でてやらないと、両手でぐいぐいとおれの手を引き寄せようとする。
 必死な仕草がいじらしい。なんというか、癒される。
 くうくう情けなく鼻を鳴らすので、そろそろ意地悪はやめてやる。ついでに、左手の包帯も取っ払った。アサリナがにょろにょろと伸びて、あやめに巻きつき始める。

「ご主人様」

 年少組の戯れを見ていたおれの腕に、服を着替えたリリィが抱きついてきた。
 悪戯っぽく笑ったリリィの唇が、おれの頬に触れる。小鳥が餌を啄ばむように、あるいは、それこそ気を引こうとして甘く手を引っ掻く子狐のように。
 そうすることで彼女が何を催促しているのかは理解できたので、おれは素直に口をひらいた。

「ちょっと話を聞いてもらえるか?」
「もちろん」

 おれはリリィに、これまで人間たちに合流してから感じてきたことを伝えることにした。
 リリィは最後まで大人しくおれの話を聞いていた。
 おれ自身、話をしているうちに状況を整理することができた。
 おれのなかにある違和感を一言にまとめるなら、こうなる。

「要するに、みんな簡単に相手を信じすぎなんだと思う」

 シランたち異世界の騎士団からすれば、おれたちは不審な異邦人。信じる理由は何ひとつとしてない。探索隊に要請されたから危険な森のなかへと命がけで救助に向かったという話だが、そもそもそんな義理は何処にもないはずなのだ。
 そして、保護された学生たち。彼らはコロニーで起きたあの地獄を知っているはずだ。なのに、どうしてああも簡単におれたちのことを受け入れたのか。まるで疑うということを知らないかのように、彼らはおれたちに好意的だった。

「確かにおかしいね」

 おれの話を最後まで聞いていたリリィもおれの意見に同意した。

「確かにわたしも、ご主人様のいうような『ずれ』を感じたよ。多分、わたしたちの知らない事情が何かあるんだと思うの」
「だとしたら、早いうちにシランさんあたりに尋ねてみないとな」
「うん。そうだね。ただ……」

 リリィは頷き、しかし、そこで躊躇うように言葉を選んだ。

「それって都合の悪いことなのかな?」
「え?」

 リリィの問いかけは、おれが考えもしなかった部分を突いていた。

「さっきご主人様は『簡単に相手を信じ過ぎている』っていったけど、それってわたしたちにとって都合の悪いことじゃないよね。実際、此処までは順調なわけだし」
「……それは」
「どんな裏があるのかわからないから、念のために事情を確認することは必要だと思うんだよ? だけどさ、ご主人様が気にしているのは、そこじゃないよね」

 こちらを見上げて首を傾げるリリィと目を合わせて、おれは言葉に詰まった。
 彼女の指摘は的を射たものだった。
 順調なのだから、そこは素直に喜んでおけばいいのだ。裏を疑うのは、それとまた別次元の問題だ。
 それなのに、おれは喜べないでいる。それは、何故なのかといえば……

「わたしからは、なんだかご主人様が、『ずれ』そのものにショックを受けているように見えるんだけど……」

 おれの顔を覗きこんでリリィが言葉を連ねた。
 そのときだった。

 部屋にノックの音が響いたのだ。
◆予定より一日遅れました。申し訳ない。
一気に二万五千文字くらい先まで投稿しようとしたけど、うまくまとまりませんでした。
時間掛けた方がよさそうなので、分割次話で。

◆次回更新は4/26(土曜日)を予定しています。
+注意+
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