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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

2章.モンスターを率いる者

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14. 保護と案内

前話のあらすじ:
「あなたをひとりでなんて行かせられない……! せめてわたしの上半身を引き千切って持って行って!」
(大体合ってる)
   14


 おれは木々の隙間から、少し離れた場所にある小広場を覗き込んだ。
 そこでは二十名程の集団が休憩していた。
 学生服を着た少年少女が十名程。
 それに加えて、以前にグールとなって襲い掛かってきた兵士と同じ意匠の全身鎧に身を包んだ兵士がほぼ同数、あたりに注意を払いつつも休憩を取っている。

「……学生たちと、異世界人か」

 どちらかに会うだろうと想定していたが、まさか一緒にいるところに出くわすとは。
 この展開は、正直、少し予想外だ。
 とはいえ、驚き自体はさほど大きくない。考えてもみれば、これは十分に有り得る事態だからだ。

「どうもわたしたちより先に、この世界の住人たちに接触していた人たちがいたみたいね」
「だな」

 リリィの言葉におれは相槌を打った。
 いま注目すべきは、あの兵士たちがどのような立場にあり、おれと同じ転移者である学生たちと、どのような関係にあるのか、ということだ。
 それはつまり、おれたちがどのような関係を構築し得るのかということに繋がってくる。そういう意味では、観察によって得られる情報量が増えたので、予想を外したこの状況はむしろおれたちにとって好都合といえた。

「ご主人様。多分だけど、あれは『残留組』だと思う」

 服の裾を引いて、リリィがおれの注意をひいた。

「もしも『探索隊』のチート持ちなら、あんなふうにみんな疲れた顔をしているわけがないもの」

 言われて確認してみれば、なるほど、距離があるのでおれには表情までは見て取れないが、おれたちと同じ年頃の少年たちはぐったりとしている者が多いようだ。

「コロニー崩壊後の生き残り、か」

 自分のチート能力を自覚していない、加藤さんと同じ立場の学生たちだということだ。
 これほど残っていたのか、ということにまず驚く。次に、胸のなかにわずかだが安堵の気持ちが湧いてきたことを自覚した。
 生き延びた人間がいるということ。その事実にほっとする。
 このあたりは、加賀のときと同じだった。
 人間のことは信じられないし、目的がなければあえてあのなかに混じりたいとも思わない。優先順位は厳然としてリリィたちの方が上だし、敵対すれば容赦はしない。
 しかし、かといって、みんな残らず死んでしまえと思えるほど破滅的にはなれそうにない。
 中途半端といえば中途半端なのかもしれないが、おれはこれでいいと思っている。
 死んでいるよりは、生きているほうがずっといい。
 そうした当たり前の感性は、おれのなかでまだ息をしてくれていた。
 これはきっと大事なことなのだ。何故なら、人の感情を失っていけば、そのうちリリィたちのことさえも、何とも感じられなくなってしまいそうに思うから。

「……しかし、よく生き残っていたもんだな」

 ともあれ、いまはそのような感傷に浸っていていい場面ではない。
 そのあたりの心の動きは全部お見通しなのか、リリィはおれに合わせてきた。

「きっとこれまで息を潜めてこの森の中で隠れ住んできたんじゃないかな。そこをあの兵士たちに保護された」
「もしもそれが本当だとしたら、相当の幸運があって、優秀なリーダーに率いられてきたんだろうな」
「ひょっとしたら、チート持ちに守られていたのかも。コロニーに残っていた探索隊だって、全滅したわけじゃないでしょう」
「ああ。そういう可能性もあったか」

 リリィと話をしながら観察を続ける。
 広場では、数人のまだ元気の残っている学生が声を掛け合い、兵士たちとも会話を交わしているようだ。距離があるのでおれたちのいるところまで声は聞こえないが、少なくとも虐待を受けている様子はない。
 この分だと、彼らに接触することによる危険性は、そう高くはなさそうだ。
 だとすれば……たとえば、そう。彼らに人里まで案内を頼むことは可能だろうか?
 可能だとしたら、そのためにおれは何をすればいい?
 いざとなれば次の機会を待てばいいとはいえ、なるべくなら失敗は犯したくない。
 あそこにいる学生たちがどのような経緯でこの世界の兵士たちと行動をともにしているのか、是非ともそのあたりの情報がほしいところだった。そうすれば、交渉の余地も見えてくる。
 もしくは、このまま彼らのあとをつけていくという手もある。彼らとて、永遠にこの森のなかをさまよっているわけではないだろう。隠れたまま彼らについていけば、自然と人里へと辿り着くことができるはずだ。

「どうする、ご主人様」
「……とりあえず、何時彼らとの接触があってもいいようにしておこう」

 どのような方向に転んでもいいように、態勢だけは整えておくべきだろう。そのための準備は、既に進めてあった。
 おれは手早くいま着ているガーベラ作の服を脱ぐと、先程ローズに見せてもらったばかりの肌着に袖を通した。
 そして、その上からジャージを着込んだ。

 これが準備のひとつ目だった。
 おれはモンスターを率いる自分の能力を隠すつもりでいるが、そうなると最初に問題になってくるのが服装だった。何故なら、これまで通りにガーベラ作の服を着ていては、おれと同じ転移者にその出所を勘ぐられる可能性があるからだ。
 かといってジャージ姿では、いざという時に心許ない。
 そのためにローズに用意させたのが、この肌着だった。これならジャージの下に仕込むことが出来るし、ある程度以上の防御性能を見込むことができる。

 おれは更に、ガーベラに用意させておいた細長い布を左腕に巻いた。
 当然、これは左手の甲に生えたアサリナを誤魔化すためだ。

「ゴシュ、サマ! サマ!」
「悪いな、窮屈な思いをさせる」
「サマ!」

 ガーベラの蜘蛛の糸で織られた布なので、これもそこそこ防御性能は高い。また、左腕には風船狐の逆襲を喰らった際に負った火傷跡が残っている。包帯を巻いていたところで不自然ではなかった。

「あとは剣だな」

 これも服装と同様に、『疑似ダマスカス鋼の剣』では不審を抱かれる可能性がある。
 だから、こちらもあらかじめ準備をしてあった。
 おれがローズに準備してもらっていたのは、通常のマジカル・パペットの剣の、剣身部分だけのハリボテだった。
 要するに、ガワを木剣に偽装した鞘だ。
 これに『疑似ダマスカス鋼の剣』の剣身を収めて固定することで、見た目はふつうのマジカル・パペット作の木剣になるという寸法だ。
 ……なんて簡単に言ってはいるが、勿論、こんなキワモノを準備することが出来たのはローズの腕があればこそだ。
 本人は道具にこうした細工を施すという発想がなかったらしく、おれの依頼にいたく感動した様子だった。
 褒められることによるくすぐったさより、居心地の悪い思いをしたことを覚えている。
 ローズにとって物を作ることはあくまで生態であって、本や漫画、ゲームなどに慣れた現代人であるおれがすぐに思いつけることでも、世紀の大発明と思えるのかもしれない。
 もっとも、おれがなんとなくのイメージで伝えた案を翌日にはいくつかのアイディアを加えてかたちにしてしまったあたり、応用力と実現力では足元にも及びそうにないが。
 ともあれ、コロニーでの通常装備はマジカル・パペットを倒して手に入れた武具類だったので、この偽装をしている限り不審に思われることはないはずだった。同様の細工はローズ謹製の黒盾にも施してある。
 あとは、適当に服と体を汚しておくことも忘れない。小綺麗にしているのも不自然だからだ。
 以前に加賀から手に入れたバックバッグを背負い、グールと化した兵士の形見である指輪も忘れずにジャージのポケットに移し替えた。これで準備はおしまいだ。
 おれと同行するリリィと加藤さんも準備を終えて、おれたちは再び人間たちの監視へと戻った。

「それにしても、随分と長いこと休憩を取っているな」
「衰弱してる学生に配慮してるんじゃないかな」
「かもしれないな。まあいい。その間に、おれたちもできるだけのことはしておこう」

 おれたちもこの時間を有効利用して、今後の行動についての打ち合わせをいくつか詰めておいた。
 状況が変化したのは、おれたちが彼らを発見してから数十分は経過したあとのことだ。

「新手か」

 小道の向こうから十名ほどの兵士の集団がやってきていた。
 方角としては、おれたちがやってきたのと同じ『南』からだ。全員が徒歩での行軍だが、プレート・アーマーを身に着けているとは思えない健脚で近づいてくる。
 彼らはもともと広場で休憩していた一団に合流した。妙に長いこと休憩をとっていると思っていたが、この分だと、どうやらもといた集団は後続が追いついてくるのを待っていたものらしい。

「……ん?」

 鈍色の重装備の兵士の中に一人だけ、白地に黒い帯状の模様の入った鎧に身を包んでいるものがいることに、おれは気付いた。
 数人の兵士たちが彼のことを出迎えている。指示をもらっているようだ。ひょっとして彼がこの一団のリーダーなのかもしれない。
 なんてことを考えながら観察していたおれは、その直後にぎょっとした。
 白い兜をかぶった頭が何かを探すようにぐるりとあたりを見回したかと思うと、こちらをじっと見詰めたように思えたからだ。
 しかし、そんなまさか。こちらが見えるはずがない。
 おれたちはかなりの距離をとっているし、用心のために茂みに身を隠している。此方から広場にいる彼らが見えたとしても、向こうから此方が見えているはずがない……
 咄嗟にそう判断したおれの判断は、しかし、直後に覆されることになる。

「何者だ!」

 誰何の声が森を貫き、おれは心臓を突き刺されたような気持ちで身を竦めた。

「見つかった……!?」

 そんな馬鹿なと思うが、どうやらあのリーダー格の兵士は、おれたちが此処にいることを確信しているらしい。こちらに顔を向けたままで、腰にさげた剣を抜いた。

「総員、警戒せよ! 我らを狙うものがいるぞ!」

 森を貫く澄んだ声は、幼ささえ感じるほどに若い。ひょっとしたらおれたちと同年代か、それより年下かもしれない。
 そんな彼の警告の叫びが引き金となって広場に慌ただしい動きが生まれた。
 おれたちと同じ転移者は悲鳴をあげてひとまとまりになり、そのまわりを兵士たちが固めていく。
 すぐに円陣が出来上がった。
 見たところ、どうやら専守防衛の構えらしい。これはきっと、足手まといである学生たちをたくさん抱えているためだろう。
 すぐに剣を掲げてこちらに突っ込んでくる様子がないのはおれたちにとって幸いだが、何時までもこのままでいてくれるとは限らない。
 おれの腕にくっつきながら広場を監視していたリリィが、抱きしめる腕に少し力をこめてきた。

「どうする、ご主人様?」
「……見つかってしまった以上、出て行くしかないだろうな」

 こっそりと人里までついていくという選択肢は、残念ながらこれでもう潰れてしまった。
 もう一つの選択肢――彼らに人里まで連れていってもらうように交渉するにしても、多少なり様子を見て情報を集めたかった。しかし、これも仕方がない。諦める。
 どうせ何処かで決断は必要だったのだ。それがいまこの場面であったというだけこと。そう腹をくくるほかないだろう。

「おれと同じ転移者もいるようだし、十分に交渉の目はあるだろう」

 勿論、最悪のケースとして、彼らが剣を向けてくることも想定している。
 おれと同じ転移者と一緒にいるとはいえ、おれたちのことも同様に受け入れてくれるとは限らないからだ。
 事前の打ち合わせでは、風向きがおかしくなった時点で突入してくるようにとガーベラに話を通してある。ガーベラなら簡単に敵を蹴散らすことができるとは思うが、そこは念を入れて、場を混乱させたら一目散に逃げるつもりだ。逃亡のフォローはローズに頼んでいる。
 その点も込みで、おれはこの場に残すかたちになる仲間たちに声をかけた。

「ローズ、ガーベラ。短い間だが、お別れだ。あとは打ち合わせ通りに」
「了解しました。ご無事をお祈りしております」
「主殿のことは頼んだぞ、あやめ」

 ローズは頭を下げ、ガーベラに撫でられたあやめは、くぅと鼻を鳴らしてリリィがまくりあげたジャージの下の空間へと潜り込んだ。
 これで出発の準備は整った。
 何か見落としはないだろうか、とおれは状況を最後に一度見直して確認する。
 いくら警戒しても、し過ぎるということはなかった。仲間たちのためにもおれは死ぬわけにはいかないし、仲間たちを生き延びさせなければいけないのだから。
 だからおれは、事前に考えられるだけのことを考えた。準備もしてきた。あとはもう、その場その場で最善を尽くすだけだ。

「……よし、行こう」

 ――そう。それだけだと思っていた。
 しかし、完璧な準備なんてものは有り得ないものだ。どんなに備えていても見落としは有り得る。それはもう、不可抗力として。
 ひとつのアクシデントが起こったのは、このときだった。

「加藤さん?」

 背後でローズが不審そうな声をあげた。
 どうかしたのかと反射的に振り返ると、その場に立ち尽くす加藤さんの姿が目に入った。
 事前に話をしていた通り、彼女はおれと一緒に彼らのもとへと向かおうとしていた。しかし、その一歩目を踏み出したところで、何故か彼女は足をとめてしまっていたのだ。

「ぁ、え……?」

 それが、何故なのか。その理由がわからなかったのは、本人も同じだったらしい。不思議そうな声が、少女の喉から漏れた。
 すぐにそれは、苦しそうな喘鳴に塗り潰された。
 おれのことを見つめる加藤さんの顔は、真っ青になっていた。
 ……いや。違う。
 すぐにおれは自分の勘違いに気付いた。
 加藤さんはおれのことを見ているわけではなかった。おれの肩越しに、これから接触を図ろうという人間たちのことを見詰めて、彼女は凍りついてしまっていたのだ。

「……あっ」

 小さな悲鳴を漏らした加藤さんの体が、ふらりと揺れる。

「加藤さん!」

 真っ先に彼女の様子がおかしいことに気付いていたローズが、あわや崩れ落ちるところだった小柄な体を後ろから抱きとめた。
 その身に何が起こっているのか、明らかに加藤さんの様子はおかしかった。
 細かく全身が震え、呼吸が不規則で、瞬きが不自然に多い。どうにか立ち上がろうとしているようだったが、足腰に力が入っていない。
 いまの彼女はちょっとでも動かせば砕けてしまう雪像のようだった。
 何らかの疾患による発作だろうか? ……いや。それにしてはタイミングがおかしい。
 どちらかというと、加藤さんの様子はパニックの寸前のように見えた。
 恐れ、怯え、恐慌している。そこに、いつもの聡明な彼女の姿はない。

 どうしてこんな風に……とおれは考えてすぐ、倒れる寸前に加藤さんが目にしていたものを思い出した。
 大勢の人間。とりわけ、そのなかの半数以上を占める男たち。
 変調の理由として、これほどわかりやすいものもないだろう。
 加藤さんはこの異世界にやってきて、とても酷い目に遭っている。
 この場面で彼女が怯えても何らおかしなことはないし、これはむしろ予測していて然るべき事態だといえた。

 それでは、何故おれはこうなることを予測できなかったのか。
 そもそも、加藤さん自身すらそれを予期していなかったのか。

 簡単なことだ。他ならぬおれに対して、加藤さんがこれまでこうした態度を見せたことは、一度だってなかったのだ。

「ごめ……なさ、い。せん、ぱい」

 こんなふうに脆くも震えるちいさな少女を、おれは知らない。
 彼女はおれに怯えることも、恐れることもなかった。おれが大丈夫なのだから、他の人間についても問題はないだろうと、そう認識していた――というより、問題があるんじゃないかなんてこと、疑いさえしなかった。
 こうなってしまってから思い返してみれば、これまでの状態の方が、余程に奇妙なもののように思えてくる。

 どうして彼女はおれのことを……いや。いまはそんなことを考えている場合ではない。

 思考を打ち切り、おれは加藤さんの状態を確認した。
 蒼褪めた彼女は、唇まで紫にしていた。呼吸さえ、うまくできていないのだ。
 このままではいけない。

「ローズ」

 おれは加藤さんのことを抱きかかえるローズへと視線をやった。

「加藤さんのことを連れて、すぐにこの場を離れてほしい」

 早急に加藤さんを落ち着かせなければならない。
 そのためには、まずこの場所から彼女を移動させる必要があった。
 歩けない彼女を移動させてやるその役目は、ローズに頼むのが妥当だろう。友人であるローズなら、加藤さんも安心して身を任せることができるだろうから。

「承りました」

 ローズの対応は早かった。
 細かく震える加藤さんを、壊れ物を扱うように丁寧に抱きかかえる。
 ローズにはこのまま加藤さんを連れていってもらう。当然、加藤さんがおれたちに同行することは出来なくなったが、これはもうどうしようもないことだ。

「ご、ごめ、なさ……先輩。ごめん……なさい」

 うわ言のように加藤さんは謝るが、これを責めても仕方がない。

「気にするな。この程度のフォローをしてやるくらいなら、どうってことはない」
「先輩……」

 軽く笑いかけてやってから、おれはローズへと視線を向けた。

「加藤さんのことは任せたぞ、ローズ」
「了解しました」

 加藤さんを抱きかかえたローズと、それを見守るガーベラとが森のなかに消える。
 おれとリリィ、ジャージをめくりあげて顔をのぞかせるあやめだけが、その場に残された。
 おれの服の裾を、リリィがきゅっと引っ張った。

「ご主人様」
「ああ。大丈夫だ、わかってる」

 おれはひとつ深呼吸をして、気持ちを切り替えた。
 加藤さんの体調は気がかりだが、おれたちにはやるべきことがある。
 予定とは少し違ってしまったが、やることは変わらない。
 人間たちに接触して、人里までの案内を交渉し、可能であるのなら物資を調達して、加藤さんを預けられる先を見つける。

「それじゃあ、おれたちも行くとするか」
「うん。ご主人様」
「くう」

 頷き合い、寄り添いあって、おれたちは人間たちのもとへと歩きだした。

   ***

 なるべく音を立てて、騒々しくおれたちは森を掻き分け歩いていく。
 これは、こっそりとその場を離脱したローズたちの動きを誤魔化すためというのもあるし、おれたち自身が彼らに近づいていっていることをアピールするためでもある。

「剣を降ろしてくれ! おれたちはモンスターじゃない!」

 向こうからこちらの姿が見える前に、声を掛けることも忘れない。
 誤解から攻撃を受けてはたまらない――というか、こちらが全員、モンスターではなく人間なのだと誤解してもらわなければ困るのだ。
 そのためには、声掛けがもっとも有用だろうということは簡単に推測ができることだ。何故なら、ほとんどのモンスターは明確な意思を持たず、よって人語を解することもないはずだからだ。
 とはいえ、あくまでそれが推測であることには違いない。何か見落としや、おれの預かり知らない事情がある可能性は否定できず、魔法のひとつでも飛んでくることもあるかもしれない。
 神経を張り詰めさせて歩く道のりは、心臓と胃を同時に握られている心地がする。踏み出した足のすぐ隣が崖であるような緊張感。隣を歩く同行者である彼女の足音がなければ、眩暈を起こしてしまっていたかもしれない。
 幸い、おれの立てた推測は正しかったのか、おれたちが十分に近づくまで、円陣を組んで待ちかまえる人間たちからの攻撃はなかった。
 おれたちが森のなかの小広場に姿を現すと、学生も兵士も分け隔てなく、ざわめきが広がった。

「まさか、人間……?」

 誰かがぽつりとつぶやいた。
 おれはすかさず、それに乗っかった。

「ああ。おれたちは人間だ、敵じゃない。剣をおろしてくれないか」

 この呼び掛けによって、兵士たちがこちらに向けた剣の切っ先に、迷いが生まれた。
 ……よし。これで第一段階はクリアだ。とりあえず、話し合いをする余裕くらいは勝ち取れた。

「お前たちの代表と話がしたい。代表者は誰だ」

 変におどおどして疑いを抱かれてもつまらない。堂々と、を心がけながらおれは問いを投げた。そのための勇気は、寄り添うリリィが分け与えてくれる。
 ざわめきが更に広がり、学生たちの視線が一箇所に集まった。

「わたしです」

 注目を集めつつ歩み出てきたのは、案の定というべきか、最初におれたちの存在に気付いた白兜だった。
 彼は剣を鞘におさめると、ひとりおれたちの方へと歩み寄ってくる。
 思ったより、かなり小柄だ。グールになった兵士たちはどれもおれよりがっしりした体つきをしていたものだが、彼はおれよりも背が低いくらいだった。顔立ちは見えないが、やはりおれとそう歳は変わらないか、ひょっとしてこれは年下かもしれない。

 おれたちが警戒していることに配慮したのか、二メートルほど離れて、白兜が足をとめる。

「……?」

 ふと、その肩の上あたりの空中に、光るものが見えた気がして、おれは目を細めた。
 それは、黄色くぼんやり光るふわふわした球体だった。
 大きさは握り拳よりひとまわり小さいくらいだろうか。粘土で作ったいい加減な人形のような手足がついており、眼球らしきくぼみがふたつ輝いている。
 ……なんだ、アレ?
 異世界の生物だろうか。ひょっとして、モンスター? ……その割には、危険な感じはなく、ゆっくりと旋回しつつただただ浮かんでいるだけだが。
 素早く他の兵士たちにも視線をめぐらせるが、こんなものが憑いている人間は他にいない。とすると、これが異世界人のスタンダードというわけでもなさそうだ。
 本当に、何なのだろうか。
 気になる。だが、いまは目の前の彼に集中するべきだろう。
 ひょっとして危険なものである可能性もないではないから、存在を頭の隅にだけ置いておくことにして、おれは視線を白兜に移した。

「呼びかけに応じてもらって感謝します。それと、物影からうかがうような真似をしてしまって、すみません」
「いえ。完全武装した我らの有様を見れば、警戒心を抱くのは当然というものでしょう」
「ご理解に感謝します。おれの名前は真島孝弘。こちらは水島美穂といいます」
「わたしの名はシラン。この騎士団で、副長をしている者です」

 白兜、もといシランが軽く目礼した。
 そこで、おれはふと自分の勘違いに気付いた。
 彼は――彼女は、女だ。先程の誰何の声は厳しく、また、低く抑えた喋り方をしていること、兜の下からの声なので少しくぐもって聞こえたので勘違いしたが、近づいて言葉を交わしてみれば、声の響きには明らかに女性特有のやわらかさがあった。
 彼女はすっと頭を垂れた。手先まで神経の行き届いた仕草は、軍人――いや、彼女のいうところに従うなら、騎士としてのものだろうか。

「異世界よりまかり来た稀人のかたとお見受けします」

 まかり来た……とは、また大仰なことだ。大時代的なのは、彼女の性質かそれとも異世界人特有のものだろうか。
 いずれにせよ、言っていることは間違っていない。おれは頷き、こちらからも尋ねた。

「はい。その通りです。見たところ、あなたはおれと同じ転移者と一緒にいるようですが、おれたちの事情については御存知と考えていいのでしょうか」
「はい。今日までよくぞご無事でいらっしゃいました」

 その言葉には隠すつもりのない安堵が含まれていた。
 これが見せかけでないのなら、彼女たちにはおれたちに害を加える意図はないようだ。
 それどころか、どういうわけかおれたちの無事を喜んでいる気配さえあった。
 それが証拠に、シランは続けてこんな申し出をしてきたのだ。

「さぞや大変だったことでしょう。我らはいま、貴殿の同胞らを我らの居住区まで招待するところです。差し支えなければ、貴殿も我らとともにお越しいただけないでしょうか」
「それは……願ってもないことですが」

 おれは少し戸惑った。
 人里までの案内は、もともと此方から頼むつもりだった。どう切り出そうかと思っていただけに、この展開は文句なしの好都合だった。
 ちょっとばかし、座りが悪く思えてしまうくらいに。

「いいんですか。おれたちみたいな得体の知れない人間を、あなたたちの住処まで連れ込んでしまって」

 常識的に考えるのなら、異世界からやってきたなんて人間は、お花畑の住人でしかないだろう。
 この世界でそのあたりの常識がどうなっているのかは知らないが、仮に異世界転移がよく知られている現象であるのだとしても、おれたちが異邦人であり、異分子であり……言い換えるのなら、警戒すべき不審者であることには変わりない。

「もちろん、構いません」

 だからおれは裏を疑ったのだが、シランは誠実そのものの態度でおれたち転移者の訪問を歓迎してみせた。
 そこには、そうすることが当たり前だという空気さえ漂っていた。

「貴殿ら稀人の方々は、我らにとって賓客ですから」
「賓客……?」

 その台詞を聞いて、何故か、背筋がぞわりとした。
 これは別に、言葉の裏にある悪意を読みとったとかいう話ではない。
 あくまでシランは誠実な態度でおれに向き合っており、少なくともおれの目から見てそれは偽装とは思えなかった。
 だから、おれが感じていたのは、もっとロジカルな部分……互いの会話の間にある認識の齟齬だった。
 たとえば、おれは自分のことをこの世界における侵入者だとさえ思っているのに、相手からは賓客という単語が出てくる。
 お互いの認識にズレがあるのだ。話が噛み合わないのはそのせいだった。

 相手は異世界人なのだから、そんなの当然だ……といってしまうのは簡単だが、状況を把握できていないというのは座りが悪いし、何より危険なことだと思えた。たとえ、現状ではそれが好都合であったとしても、何がどう転ぶのか予想が出来ない。

「すみませんが、シランさん。おれたちが賓客というのは、どういうことでしょうか」
「それは……」

 おれの問いに答えかけて、シランはそこで何かに気付いたように言葉を切った。
 ……しまった。気が急いたか。
 己の性急さに舌打ちをしたい気持ちになったおれだったが、シランは別におれに対して不快感を抱いたわけではなかったらしい。

「申し訳ありません、孝弘殿。お話をする前に、そろそろ移動せねばなりません。あまりひとところに留まると、ここ『樹海』のなかでは命取りになりかねませんから」

 そう言ってシランはかっちりと踵を揃えて頭を下げる。
 そうした態度には、ただ誠実さがあった。

「わからぬことばかりで不安もおありだと思いますが、まずは我らについてきてはいただけないでしょうか。目的地にはすぐに到着いたします。説明については、そのあとで」

 シランが頭を上げた。白い兜の下から、真っ直ぐな視線がおれのことを見つめていた。

「……。わかりました」

 いまはあまり無理に答えを得る場面ではない。
 そう判断し、おれは彼女の申し出を受け入れた。

 おれの内心を知らないシランは、兜の下で笑ったようだった。

「それではこちらにお越し下さい。我らは貴殿らを歓迎いたします」

   ***

 自己紹介もそこそこに、おれたちはすぐにその場を移動し始めた。
 騎士団というからには騎士なのだろう全身鎧の男たちが半数ずつ前後を守り、森の小道を進んでいく。
 この集団を率いるシランは、前方の騎士たちの少し後ろを歩き、全体を統率していた。
 彼らに守られるかたちになった学生たちは、おれとリリィも含めて十五人。
 もともと学生たちはいくつかのグループを作っていたものが合流したらしく、もとのグループごとに何人かがまとまって行動していた。お陰で、おれとリリィが一緒にいるのが不自然ではないのは都合が良かった。

「これまで、この森のなかをずっと彷徨ってたんだって? よく生き延びられたなぁ」
「よかったわね、もう大丈夫よ」
「あいつらが守ってくれるんだってさ。おれたちは助かったんだよ」
「一時はどうなることかと思ったけど、ホント助かったよねぇ」
「というか、水島さんじゃん! よかった生きてたんだな!」

 少しやつれた様子のある学生たちは、合流したおれたちに温かい言葉をかけてくれた。
 ほとんど名前だけの自己紹介をしただけで出発することになったので、個々人のパーソナリティまでは把握できなかった。しかし、それでも記憶に残る者はいた。

 ひとりはおれより年上らしい学生服の少年だ。名前は三好太一というらしい。
 もともと、彼の同行者は男子生徒が二人と女子生徒が一人だったらしいが、それ以外の者にも分け隔てなく声を掛けている。
 言うなれば、クラスに一人はいるまとめ役といったところだろうか。実際、彼の同行者はクラスメイトであるらしい。

 あとひとりは、悪い意味で記憶に残った。
 おれよりも年下らしい彼の名前は坂上剛太。名前を教えてくれたのは本人ではなく、やや苦い顔をした三好だった。
 わかりやすくいえば、坂上は『不良』だった。汚いまだらな金髪を掻きむしっては、あたりに険のある視線を向けている。その視線がリリィに向いた時に、口元にいやらしげな笑みを浮かべたのは……まあ、そういう意図なのだろう。リリィが擬態する水島美穂の美少女ぶりは、この集団のなかでも頭ひとつ抜けている。
 そんな坂上の同行者は一人。気の弱そうな小柄な男子生徒だ。どうやら坂上の分の荷物も持たせられているらしく、大きなリュックを背負ってよろよろ歩いている。
 こういった場所でも、ひとはひとを虐げるし、理不尽はまかり通るものらしい。
 三好を含めた学生たちが、坂上の存在を苦々しく思っているらしいことは表情と視線と言動とが物語っていた。
 まあ、気持ちはわかる。おれも見ていて気分がよいものではない。
 彼らを見ていて自然とおれが思い出していたのは、いまはもう遥か昔のことに感じられる、転移前の学校での生活だった。
 学年こそバラバラだし、シチュエーションは森のなかに移っているが、これは日本中の何処にでもあり得る教室の光景そのままだ。

 とはいえ、それも、学校一つ分の学生たちがまるまる転移してきた現状を思えば、当然のことなのかもしれないが。

「真島くんと水島さんは疲れていないか」
「はい。ありがとうございます」
「三好さんこそ少し疲れているんじゃないですか?」
「はは。女の子に心配されるとはね。おれはこれでも陸上の長距離やってるんだ。そう簡単にはへばらないよ」

 たまに励ましの声を掛けあいつつ、学生と騎士とを含む三十人規模の集団は、黙々と獣道を進んでいく。
 雑談がないのは、疲労が大きいからというのがひとつ。
 森のなかを歩きながら、あまりぺちゃくちゃとお喋りをするのは賢くないからというのが、もうひとつ。あまりうるさくしていると、何時モンスターに嗅ぎつけられるかわからないというのは、小さな子供にでもわかることだろう。

「……」

 そんな学生たちの一員として、無言で歩を進めながら、おれは違和感を覚えていた。
 何かが致命的にズレている。そんな気がしてならなかった。
 それはさっきシランとのやりとりで感じていたものと、本質的には同じもののように思われた。

 いまのおれには、なんだか自分自身が世界の異物になってしまったかのようにさえ感じられたのだ。

 もちろん、言うまでもなくおれはこの集団の異物だ。
 それが証拠に、この集団に混じったそのときから、おれはリリィと寄り添ったまま離れていない。傍からはどう見えているのか知らないが……やや嫉妬めいた湿っぽい視線を時折感じることから、大体どう見えているのかは想像がつくが……実際のところ、これは護衛対象と護衛としての距離感であり、彼らへの警戒心の表れだった。

 だからおれが異物であることは確かなのだが……その一方で、その自覚があればこそ、それ自体がこの違和感の正体ではないこともわかっている。
 おれのなかにあるこの異物感の由来は、もっと別のものだ。
 それが何かは、まだわからないが。

「『真島くん』」

 考え込むおれの手を、リリィが握った。
 気遣いの視線がおれのことを一心に見つめていた。
 同時に嫉妬の視線もいくつか集まるが、まあ、これはどうでもいい。

「大丈夫、真島くん?」

 今回、リリィはおれのことを『ご主人様』とは呼んでいない。あくまで水島美穂として振舞っている。
 ただ、それでおれたちの関係性が変わるわけでもない。

「ああ、大丈夫だよ」

 少なくとも、彼女だけはおれと同じ場所に立っていてくれている。
 その確信があるからこそ、おれは同じ転移者たちに対して覚えている違和感……もっというなら、気持ちの悪さをぐっと呑み込んで、足を前へと進めていった。
 やがておれたちは少し傾斜した斜面を昇り始めた。山という程は大きくない、森のなかの丘陵地を歩いて行くと――唐突に、視界がひらけた。

 おぉ、と誰ともなく歓声があがった。
 ずっと視界を覆っていた森が、そこだけなくなっていた。
 代わりにあるのは、何万という煉瓦で構築された建造物の姿。

 深い森を切り取って、年月を経て茶けた壁面を晒す巨大な砦が鎮座していた。
◆いまだかつて此処まで猟奇的な前話のあらすじがあっただろうか。
コメディ部分なのにね。

◆次回更新は4/19(土曜日)を予定しています。
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