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1. 護衛任務

新章開幕です。


よろしくお願いいたします!

   1



 イーレクス帝国の最大都市、帝都に鎮座する大神殿は、この世界を救い続けてきた勇者の偉業を今日に伝え、か弱い人々を教え導く聖堂教会の本部だ。


 透明感のある美しい彫刻を施された石造りの建物は、ここが神聖な場所であることを示している。


 大神殿でも教会関係者だけに足を踏み入れることを許される区画、吹き抜けのアーチの廊下を、聖堂騎士団第二部隊隊長ゴードン=カヴィルは歩いていた。

 この廊下は花と緑に溢れた中庭に面しており、天気が良ければ神聖さすら感じさせる美しい光景を見ることができる。


 しかし、生憎、ここのところは曇天の日が続いていた。


 それがまた気分を重くするようで、ゴードンは足早に歩を進めた。


 目的地の扉に辿り着く。ノックをして、応答の声を得て部屋に入った。


 太い眉がかすかに寄った。

 正面にある執務机に、目的の人物がいなかったからだ。


 動きをとめたゴードンに、応接用のソファとテーブルから声がかかった。


「こちらだ、ゴードン」


 呼び掛けたのは、この部屋の主、聖堂騎士団の団長であるハリスン=アディントンだった。

 二メートル近い巨躯がソファに沈んでいる。


 部屋には先客がいた。


 ひとりは細身の老人だった。

 神官の服に身を包み、ぴしりと背筋を伸ばしている。


 大神官ゲルト=キューゲラー。

 この世界で最も権威を持つ組織が聖堂教会である以上、この世界で最も高い地位にあると言っても過言ではない人物だった。


 そして、並んで座る彼らの対面にいるのは、ふたりの少年だった。


 そのふたりが何者であるのかに気付き、ゴードンはかしこまった。


「申し訳ありません。勇者様方との大事なお話を邪魔してしまいましたか」

「いえいえ。そんなことありませんよ。ぼくたちはちょっと、話を聞いてもらっていただけですんで。それも、もういい時間でした」


 にこにこと愛想よく、少年のひとりが応える。


「それじゃあ、河津さん。ぼくらはそろそろ行きましょうか」

「……そうだな、蛇岩」


 もうひとりの少年が頷き、ソファから立ち上がった。


 やや元気のない様子ながらも、口許に笑みを浮かべて頭を下げる。


「お話に付き合ってもらってありがとうございました」

「いいえ。迷いを払う助けになれたのならなによりです」


 ゲルトは聖職者らしい静かな口調で答えた。


「わたし以外にも、この神殿にはお力になれる神官は多くおります。朝日様の御心が安らかになれるように、彼らにお手伝いをさせてください」

「ありがとうございます」


 壁際に立っていた世話役の女性に先導されて、ふたりの少年が退室していく。


 それを立ち上がって見送ってから、ゲルトはハリスンに謹厳な顔を向けた。


「それでは、わたしも行こう。勇者様がたのお心の慰撫については我々の職分だ。お前は戦いにおいて勇者様をよく支え、お力になれるよう努めるように」

「承知しております」


 ハリスンに言い聞かせてから退室していくゲルトを、ゴードンは頭を下げて見送った。

 思わぬ先客だったが、なんとなく状況は把握できた。


 先日までゴードンは偽勇者探索の任務に就いていた。

 しかし、実際には偽勇者とされていた者たちは、大きなミスを犯した転移者だった。


 そうした何人かの転移者を、聖堂教会は保護し、精神的なケアを行っている。

 先程のはその一環だろう。


 世情に不安を与えないために、そうした情報はごくごく一部の者以外には伏せられていた。


 ゴードンもまた、知らなかったうちのひとりだった。


 しかし、現在は知っている。


 それが、目下の問題でもあった。


「さて。待たせたな、ゴードン」


 ハリスンがゴードンに声をかけた。


「例の報告だろう。聞かせてくれ」

「はい」


 ゴードンは頷き、報告を始めた。


   ***


「……そうか。状況はかんばしくないな」


 ゴードンが報告を終えると、ハリスンは眉を寄せた。


 報告した内容は、現在の帝国の人々の生活を簡単にまとめたものだった。


 各地にモンスターの討伐におもむいたゴードンの部下が、当地の教会に対して聞き込みを行った結果得られたものだ。

 情報量として十分なものとは言えないが、おおよその状況を測るには足りている。


 現在の帝国では、各地で人心に動揺が広がっていた。


 直接の原因となったのは、過去に例のない規模の勇者によって構成された組織、探索隊が一ヶ月ほど前に出した声明だった。


 声明の内容は、転移者のひとり真島孝弘を『偽勇者』として討伐の軍を出した辺境伯に対する抗議だ。

 それ自体、帝国中に大きな波紋を及ぼしていた。


 そのうえ、彼らは真島孝弘が『偽勇者』ではないと主張する際に、そもそも、『偽勇者』とはなんであったのか、各地で転移者が起こした不祥事についても説明した。


 実名こそ伏せられていたものの、ゴードンが先程の少年の事情を察することができたのは、これが理由だった。


 また、この声明が帝国中に広がったところで、北域五国のひとつアケルが呼応した。


 自国が真島孝弘と協力関係にあることを、広く世界に宣言したのだ。


 その声明のなかで、アケル王家は真島孝弘が辺境伯領軍による執拗な攻撃を受けたことを報告し、辺境伯領軍と聖堂騎士団第四部隊による襲撃から国民を守った彼と協力関係に至った経緯を示した。


 普段であれば、帝国の属国であるアケルはそれほどの影響力を持たない。

 しかし、これは探索隊の声明に呼応したものであり、その宣言は世界を揺らすだけの力を持っていた。


 現在、マクローリン辺境伯には、帝国各地の領主から非難が集まっている。

 帝国南部の雄であるマクローリン辺境伯に対して、南部の貴族からも責任を問う声があがっているといえば、その影響の大きさがわかるだろう。


 その一方で、辺境伯に味方をする声もあがっている。


 思想や立場の近い貴族が辺境伯を応援するのは当然のことだが、それも平時であればの話だ。

 絶対の正義であるはずの勇者の声明に対して、反論するような声があがるのは、異例と言っていい。


 どうしてそのようなことになったかといえば、その原因はひとえに聖堂騎士団第四部隊の存在にあった。


 真島孝弘の討伐に際しては、聖堂騎士団第四部隊トラヴィス=モーティマーが協力関係にあった。


 勇者が正義の象徴であるのなら、聖堂騎士団もまた同じだ。


 その両者の主張が食い違ったものである以上、貴族たちの対応は混乱したものにならざるをえなかったのだ。

 なにより、素朴な生活を続け、純粋に勇者と聖堂教会を信じていた人々の戸惑いは大きなものだった。


 少なくとも記録にある限りでは、勇者と聖堂教会の両者の主張が食い違うような事態は、これまでになかった。

 正義は絶対のものだった。


 しかし、いまはそうではない。


 いったい、なにを信じればよいのか。


 そんなことを考えなければいけないのは、この世界の住人にとって生まれて初めてのことだった。


「モンスターによる被害も懸念されるか」


 ハリスンは手にしていた書類を机の上に置いた。


 一番上にあるのは、各地のモンスターの被害状況についての報告の一部だ。

 当地に赴いた騎士の報告として『おり悪くモンスターの活動の活発化が確認されており、昨今の世情の不安が、対応に悪い影響を及ぼすことが懸念される』と書かれている。


「世界は大きく揺れているな」


 ハリスンのつぶやきには無念の色があった。


 ゴードンは拳を握り締めた。


「……トラヴィスの一件がなければ、このようなことには」


 現在の状況の直接の原因は、真島孝弘の存在と、彼を擁護する探索隊の声明、協力体制を取ったアケルの証言などが挙げられる。

 しかし、それらは本質的な原因ではない。


 彼らはただ生きるために抗い、同胞に手を差し伸べ、正当な権利を要求しただけだ。


 原因の大元は、マクローリン辺境伯にある。

 そして、状況をややこしくしたのは、トラヴィスだ。


 特に、正義感と善意で動いた前者と異なり、功名心でしか動いていない後者の罪は重い。


「このようなことになるのなら、いっそこの手で……」


 聖堂騎士団第四部隊隊長トラヴィス=モーティマーの存在は、心ある騎士たちにとって、腹に据えかねるものだった。


 だが、糾弾するに足るだけの証拠はなかった。

 公正であろうとすれば、十分な成果をあげるトラヴィスの栄達をとめることはできなかったのだ。


 とめる方法は、殺すしかなかった。


 無論、そんなことをすれば身の破滅だ。

 騎士の名誉も命も失い、死罪となっただろう。


 しかし、そうとわかっていても行動すべきだったとゴードンは悔やんだ。


 少なくとも、そうすれば、なんの罪もないエルフたちが殺されるようなことはなかっただろう。


 拳を震わせるゴードンに、ハリスンは声をかけた。


「よせ。そのようなことで、お前を失うわけにはいかなかった。トラヴィスの勝手を許してしまったのは、わたしの責任だ。わたしこそが、あの男を殺してでもとめるべきだった」

「団長!」


 とんでもないとゴードンは声をあげた。


「そんなことはありません! あなたは聖堂騎士団にとって、なくてはならない存在なのですから!」


 世界を維持するために、己のすべてを捧げた偉大な騎士。

 ハリスン=アディントンの存在なしに、いまの聖堂騎士団は立ち行かない。


 実際、手段を選ばないトラヴィスが第四部隊の隊長どまりだったのは、さすがの彼もハリスンを引き摺り下ろすことは不可能だったからだ。


「ゴードン。お前がそう言ってくれるのは嬉しい。わたしは団長として、現状を打破するために責任を果たそう」


 ハリスンは好ましげに笑い、表情を引き締めた。


「お前もそのように悔やむくらいなら、己の責務を果たすために尽力してほしい。忘れるな。転移者の末裔たる我らは、本来、この世界を構成する一員ではない。我らにとって、世界の安定を担うことこそが務めなのだ」

「無論です」

「それでは、早速だが、命令だ」


 机の引き出しから、ハリスンは書類を取り出した。


 内容に目を通したゴードンが、驚きの声をあげる。


「……『帝都に招待する真島孝弘様の護衛任務』ですか」

「ああ。こうなれば、もはや我々が介入しなければ事態は収まらない」


 重々しい口調でハリスンは告げる。


「強情な辺境伯も、探索隊と聖堂教会の連名であれば、会談を拒否できまい。これはゲルト様とも話し合って決めたことだ。あとは、孝弘様に会談に出ていただけるかどうかだが、アケルの主張を聞く限りでは、彼は誠実なお方だ。誠意を見せれば来てくださるだろう。説得には、すでに動いている。だから、お前には彼を迎えに行ってほしい」


 強い眼光がゴードンを見据えた。


「お前であれば任せられる。頼まれてくれるな?」

「無論です! この命に代えましても、任務を無事に果たしましょう!」


 どんとゴードンは自分の胸を叩いて請け負った。


 これは、世界の安寧を守るために重要な任務だ。

 必ずや遂行してみせる。


 己の責務を果たすために、ゴードンは部下たちのもとへと向かうのだった。


◆新章開始です。


最初は聖堂騎士団の話でした。


まだ更新します!

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