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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

6章.

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202/210

40. 正義の証明

(注意)本日2回目の投稿です。(7/18)












   40


 真島孝弘の襲撃から数日後、ルイス率いる辺境伯領軍は、本隊と別動隊とが合流したうえで、元は『霧の結界』に覆われた地域に野営地をかまえていた。

 ルイスがその報告を受けたのは、大きな損害を被った軍を立て直すために、野営地のなかを精力的に動き回っている最中のことだった。

「……馬鹿な」

 ルイスは伝令からの報告を聞いて、呻き声をあげた。

「アケル王家が真島孝弘を受け入れただと?」
「はい。そのような声明を寄越してきました。我らが無辜の国民を攻撃したと抗議するとともに、彼らを守った真島孝弘を受け入れるとのことです」

 伝令の言葉に、ルイスに付き従っていた部隊長クラスの部下たちが、表情を硬くした。

 いまの報告はつまり、アケルという国が敵に回ったことを意味していたからだ。

「送ってきたのは、フィリップ=ケンドール第二王子。彼は我らに国外退去を求めています」
「あの男か……」

 辺境伯領軍に拘束されていたフィリップは、霧の幻術によって起こった混乱に乗じて逃げ出していた。

 そのまま樹海で果てる可能性も大いにあったが、彼は死に物狂いで軍に合流した。

 そして、辺境伯領軍の行状を告発したのだった。

 王家の一員であるフィリップを拘束したこと。
 そのうえで、罪のない開拓村を攻撃したこと。
 村から逃げ出したエルフたちを執拗に追い立てたこと。

 これらの事実が公表された。
 辺境伯領に対して歴史的に反感を持ち、今回の軍の越境についても不満を抱いていた民衆の怒りは、あっという間に燃え広がった。

 その一方で彼らの怒りは、すでに『偽勇者』であり『モンスター使い』として喧伝されてしまっていた真島孝弘への同情と支持に繋がった。

 本来なら、モンスターを率いる能力を持つ真島孝弘を受け入れるためには、たとえアケルであっても相応の時間が必要とされるはずだった。
 しかし、辺境伯領軍から開拓村のエルフたちを守ったことで、結果的に彼はアケルの人々から支持を得ることになった。
 辺境伯領軍にとって、これは皮肉な結果というほかないだろう。

 フィリップによる真島孝弘一行と開拓村のエルフたちの受け入れはスムーズに進められ、アケルの王家と軍は辺境伯領軍への退去要請を突きつけたというわけだった。

 厄介なことになったと、ルイスは歯噛みした。

 もともと、こうした事態はルイスの危惧していたところでもあった。

 まったくルイスには理解できないことだが、アケルではエルフも国民として扱われている。
 辺境伯領軍の行状が知られれば、怒りを買うことはわかっていた。

 だからこそ、手早くことを済ませるつもりだった。

 しかし、いまやアケルの王家と軍は、事態を正確に把握するところとなった。

 ひとまずは国外退去の要請だけで済んでいるものの、これを無視していれば、アケルの軍は戦力を工面したうえで、さらに強硬な手段に出る可能性もあった。

 常に余裕のないアケルの軍に動員可能な兵力を考えれば、それ自体の脅威は大したことはない。
 だが、真島孝弘の眷属を補助するかたちで編成されれば、話は別だった。

 対するマクロ―リン辺境伯領軍はといえば、霧の魔法で樹海を彷徨う羽目になった兵士たちの半分以上を回収し、数のうえでは四千以上の戦力を揃えていた。

 とはいえ、状況はそう芳しくない。

 本隊に組み込まれていた兵士たちは怪我と疲弊が激しく、まともに戦えるようになるには十分な休息が必要だった。
 実際に動けるのは、大半が別働隊として働いていた兵士だけということになるだろう。

 樹海で逸れたオットマーとは連絡が取れておらず、追跡部隊と一緒に行動していた聖堂騎士たちも一時的に引き上げている。

 戦力は半減してしまっているのが現状だった。

 たった数日で、状況は大きく変化してしまっていた。

 その事実を重く受けとめ、ルイスは考える。

 しかし、それでも……と。

「どういたしましょうか、ルイス様」

 部下のひとりの言葉に、ルイスはしばし考え込んだあとで返した。

「世界の敵を許すわけにはいかない」
「……アケルとことをかまえるということですか」

 続けて部下が尋ねた。
 緊張のせいか、その声は平坦なものだった。

 しかし、ルイスは迷いなく頷きを返した。

「もともと、マクロ―リン様はそのつもりだった。無論、わたしもだ」

 語る口調は揺るがない。
 そこには確かに、信念と呼ばれるものがあった。

「状況が悪化したからと言って、引っ込めるようなものを正義とは言わない。たとえなにがあろうと、正義は貫かれなければならないのだ」
「ルイス様……」

 断固として揺るがない上官の態度を見て、部下たちの表情にも光が差した。

 さもありなん。彼らもまた、ルイスと志を同じくする者たちだった。

「……わかりました! やってやりましょう!」
「我らの意地を見せてやりましょう!」
「決して正義は負けません!」

 精強な辺境伯領軍。
 その強さの本質は、潤沢な資金でも練度でもなく、志の高さにあった。

 少なくとも、辺境伯領の価値観のなかにあって、彼らは善良で、献身的で、高潔でさえあった。

 だからこそ、とまらない。

「みんな、よく言ってくれた。時間が経てば、アケルの軍は戦闘の準備を進めるだろう。そうなる前に、我らは真島孝弘の滞在する町に攻撃を仕掛ける!」

 ルイスは高らかに宣言した。

 それはアケルへの宣戦布告だった。

 彼らが人と認めている、エルフ以外の人間とも殺し合うということだった。

 この場にいる全員、それを理解していた。

 人間のために、人間と戦うのは矛盾した行いだ。
 それは自覚していたし、叶うなら避けたいことだと考えてもいた。

 しかし、それでもだ。
 彼らはその犠牲を『覚悟』していた。

 正義のために自分自身を犠牲にすることを覚悟しているのと同様に、そうして戦うことで出る他人の犠牲もまた必要なものとして覚悟しているのだ。

 ゆえに、とまることなどありえるはずもなく――彼らをとめたのは、まったく別の要因だった。

「……なるほど。意志は固いというわけか」

 ルイスはぞくりと背筋を凍らせた。

 先程、彼に質問をした部下が、冷たい声をかけてきたからだ。

 いや。いまの声は、彼の知る部下の声ではなかった。
 もっと年若い、まるで虫かなにかのように感情の欠けた少年の声だった。

 事実、そこにいる人物の姿は、背の高い少年のものに変わっていた。
 衣服さえも、異世界のものになっていた。

「何者だ!」

 ルイスは腰の剣を抜き、部下とともに少年から離れた。

 少年の顔がルイスに向けられた。
 精悍な顔立ちに不似合いな、無機質な顔だった。

 同じ人間とは思えない。

 事実、彼は人ではなかった。

「おれはアントン。正確には、その分体だ」
「そして、ぼくがその主です」

 続けて、もうひとり。
 その場に、少年の形をした絶望が足を踏み入れる。

「初めまして。ぼくは工藤陸といいます」

 辺境伯領軍の兵士の装いを身に纏った少年だった。

 兜を脱ぎ捨てたことで、戦いとは無縁そうな線の細い顔立ちが現れる。
 だが、その存在の危険性は、見た目から測れるものではなかった。

「工藤陸……『魔軍の王』か!」

 ルイスが目を剥くと、工藤陸は肩を揺らした。

「そのように名乗った覚えはありませんが、そう呼ばれることはあるみたいですね。まあ、よいでしょう。『魔軍の王』工藤陸。魔王を自認するぼくにとっては、そう悪い二つ名ではありません」

 表面上は愉しそうに、目は冷たく凍らせたままで、工藤陸は認めた。

 その冷えた視線を見るまでもなく、彼がなにをしに来たのかは明らかだった。

「……くっ。同じモンスター使い同士、救援にきたということか」
「まあ、そんなところですね。先輩を殺させるわけにはいきませんから」

 先程まで真島孝弘に攻撃を仕掛けようと気炎をあげていた辺境伯領軍は、たった数秒のうちにただならぬ緊張のなかに叩き込まれていた。

 誰にとっても『魔軍の王』の登場は不意打ちだったのだ。
 この展開を読んでいた者は、恐らく、ベルタくらいのものだっただろう。

 実のところ、数日前に彼女が言っていた『状況の変化』とは、このことだった。

 辺境伯領軍は時間をかけ過ぎた。
 あるいは、真島孝弘とその眷属たちはよく持ちこたえた。

 自分の主のことをよく理解していたベルタは、いずれ真島孝弘が危機に陥っていることを知れば、主がなんらかのかたちで手を打つだろうと予想していたのだ。

 もっとも、大胆にも敵陣の真ん中に突っ込むとまでは考えていなかったが。

「一番危うかったそのときに助けになれなかったのは残念ですが、さすが先輩、無事に切り抜けたということで安心しました。あとは、ぼくが引き受けましょう」

 工藤陸は不敵に言い放つと、表情を消した。

「正直なところ、ぼくは少し腹が立っています。先輩を殺しかけた報い、存分に受けてもらいましょう」
「……っ! 汚らわしい魔王が!」

 無論、ルイスも言われるがままではない。
 屈辱に歯を食いしばり、怨敵を睨み付けた。

「我らを舐めるな!」

 真島孝弘と同じく、工藤陸もまた許されざる世界の敵だ。

 たとえ、この場で命を失おうとも倒さなければならない。
 ルイスは即座に覚悟を決めていた。

「総員に伝えろ! 『魔軍の王』工藤陸は、ここで打ち倒す!」

 指示が下れば、あとは早かった。

 その場に集まっていた部隊長たちは、自分の部隊に指示を出すために駆け出した。
 近くにいた兵士たちから順番に、命令を受けて武器を手にしていく。

 ルイスのもとには、本陣に備えていた兵士たちが集まり始めた。
 先日までは追跡部隊として働いていた騎士たちも駆け寄ってくる。

 精強で知られる辺境伯領軍ならではの、迅速な対応であり――しかし、それらすべてはすでに手遅れだった。

 野営地のそこかしこから悲鳴があがり始めたのだ。

「どうした、お前たち? いったい、なにを……?」

 ルイスは最初、不審を抱いた。

 戸惑いつつも周囲を確認し、やがて兵士がなにかを見ていることに気付いた。
 そして、彼らが見ているものに視線を向けた。

 その目が限界いっぱいまで見開かれた。

「なんだ、あれは……!」

 ひとかどの将であるルイスをして、絶句して凍り付く。

 彼が見たのは、こちらに向かってくる『黒い波』だった。

 ありえないことだった。

 この地は海岸線からは遠く、氾濫に気を付けなければならない大きな河なども特にない。
 しかし、黒い濁流としか見えないものは、確かに平地をこちらに向かってきていた。

「馬鹿な……!」

 本陣にいたルイスたちが気付いたときには、広く展開した辺境伯領軍の野営地の近くまで、黒い波は迫っていた。
 野営地にあるなにもかもが、端から呑み込まれていく。

 ルイスはすぐに腰に下げた望遠鏡を手に取ると、それを覗き込んだ。
 そして、『黒い波』の正体を見極めると、押し殺した呻き声をあげた。

「『トリップ・ドリル』だと……!」

 それは、群れを成して地上を回遊する魚型のモンスターの名だった。

 その群れはあまりにも大規模なものであるため、たとえ勇者であろうと手を出すことはできない。
 もはやそれは自然災害のようなもので、集落は必ずその経路を避けて作られる。

 たまに逸れた群れの一部が経路を外れて集落を襲うこともあるが、一部とはいえ、その数は通常手に負えるレベルではなく、壊滅的な被害が出ることがままあった。

 この群れの規模はそれほど大きなものではないが、それでも千に近いだろう。

「こんなものを『魔軍の王』は従えているというのか……?」

 愕然とするルイスに、工藤陸はにこりと微笑んでみせた。

「紹介しましょう。ぼくの切り札のひとつ、グスタフです。もっとも、これは群体としての名前になりますが」

 実際には、ルイスの認識は少し間違っており、工藤陸はこの群れの全体を従えているわけではない。
 彼の力にも限界はあるからだ。

 しかし、全体を支配する必要はそもそもない。

 工藤陸の支配下にあるのは、先頭の数十ほどだけだ。

 トリップ・ドリルは集団で移動する際、基本的に前のものを追っていく。
 大きな群れから数十を支配して引き離せば、その後続の一部を誘導することが可能だった。

 群れを完全に支配しているわけではないため、投入のタイミングが難しいが、うまく敵にぶつけられれば破壊力は他の追随を許さない。

 勇者の数人を相手にしても蹂躙が可能な、まさに奥の手だった。

「あ……あ……」

 有効な指示を出すこともなく、ルイスは立ち尽くした。

 出せるはずがないのだ。
 こんなもの、どうしようもない。

 それでも、立っていられるだけましだろう。

 あまりに絶望的な蹂躙の様を目の当たりにして、部下のなかには膝を屈してしまっている者も少なくなかった。

 これが彼らの終わりだった。

「……我らが、負ける?」

 ルイスは震える声を絞り出した。

「負ける? 負けるだと? ……馬鹿な。正義は負けない。そんなこと、あっていいはずがない!」

 拳を握り締めて、怒気も露わに叫んだ。

「我らは正義ではなかったのか!?」

 信仰に生きる多くの者がそうであるように、彼は純粋だった。
 純粋に己の正義を信じていた。

 そして、そんな彼の魂の叫びを、工藤陸は否定しなかった。

「ええ。そうですね、あなたは正義です。それは、このぼくが保証しましょう」

 優しくさえ感じられる口調で、工藤陸は告げた。

「なぜなら、魔王であるぼくは悪です。紛れもない、絶対の悪です。それに敵対した結果殺されるのなら、あなたがたは正義だということでしょう?」
「……っ!」

 ルイスの喉が奇妙な音を立てた。

 真島孝弘やローズとは違って、工藤陸はルイスの正義を肯定していた。
 受け入れていた。

 そのうえで、蹂躙すると宣言したのだった。

「あぁ……ああああああ!」

 堪え切れず、ルイスは絶叫した。

「お前はこの世にあってはならない! ここで殺す! 総員、わたしに続けぇ!」

 ここで前に出られたことが、ルイスの非凡さの表れだっただろう。

 実際、もはや逃げられないくらいに『グスタフ』の波は近付いていたが、この瞬間だけなら工藤陸に攻撃を仕掛けることは可能だった。

 ここまで侵入してきたせいで、アントンの分体を除けば、周りに配下のモンスターたちの姿もない。
 たとえ、蹂躙されてしまったとしても、その前に工藤陸を殺すことさえできれば、ルイスの正義は完遂される。

 そして、そんな指揮官の行動は、壊死していた兵士たちの精神を蘇らせた。

「お、おおぉおおおお!」

 兵士たちが鬨の声をあげて突撃を敢行する。
 騎士たちに至っては先行するルイスを追い越して、先んじて工藤陸に突撃をかけた。

「このっ、人類の敵め……! 死ぬがいい!」

 その場にいるのは、工藤陸の他にはアントンの分体だけだ。

 邪魔をする時間は与えないとばかりに、騎士たちは工藤陸に殺到する。

 もっとも、そう焦る必要はなかったかもしれない。

 攻撃を受ける主を、アントンは助けようともしなかった。
 ただ、感情のない目で事態を見詰めていて――

「なに……!?」

 ――攻撃を打ち込んだ騎士が、驚愕の声をあげた。

 工藤陸の着ている服の袖口から飛び出した、緑色をした泥のようなものが剣を受け止めたからだ。

「そのままとめておきなさい、ツェーザー」

 その場から一歩も動くことなく、工藤陸は指示を下す。

 剣を打ち込んだふたりの騎士が焦った声をあげた。

「なっ、抜けない……!?」

 彼らの剣は緑の泥に埋まってしまい、びくとも動かなくなっていた。

 顔を引き攣らせた騎士たちに一瞥をくれて、工藤陸は告げた。

「それでは次です。フリードリヒ、展開」

 命令に従って、工藤陸の背中から伸びるものがあった。

 四方に展開された石の羽だ。
 蜻蛉のものに似た二対の羽だった。

 それは、本来なら『ファイア・ドラゴンフライ』という名のモンスターのもので、羽の色は透き通った赤色だ。
 しかし、現れたそれは四色で、その質感もむしろ『エレメンタル』と呼ばれる系列のモンスターのものに近かった。

 炎の赤。風の緑。水の青。地の黄色。
 輝く羽から魔力の気配が立ち昇る。

 これこそが『蟲毒』により生み出された結晶『エレメンタル・ドラゴンフライ』のフリードリヒ。
 工藤陸が自身のために用意した攻撃手段だった。

「発射」

 乱れ咲く魔法の乱舞。
 攻撃を仕掛けようと近付いてきていた者は、残らず薙ぎ払われた。

 あとには、勇敢な騎士と兵士だったものが倒れ伏す光景だけが残った。

「……慣らし運転の相手としては、悪くありませんでしたね」

 工藤陸は目の前の惨状を見渡した。

 わざわざ彼が敵地の真ん中にやってきたのは、新しい力を試すためでもあったのだ。
 結果は上々。期待通りの成果を確認する。

 その視界に、動く者があった。
 血塗れのルイスだった。

「が……ぐぁ」

 彼も魔法攻撃に巻き込まれていたのだ。
 どうにか生きていたのは、部下が彼を守ったことと、幸運の結果だった。

「しぶといですね」
「……貴様ァ!」

 ルイスは焼けただれた手で剣を握ると、工藤陸に襲い掛かろうとした。

 執念だけがルイスを突き動かしていた。

 その前に影が立ち塞がった。
 工藤陸の影に潜んで、万が一に備えていた影絵の少女、ドーラだった。

「もう終われ」

 ドーラは両腕を刃に変えるとルイスを斬った。

「あ……がぁ」

 体の前面がおびただしいまでの血に染まる。
 致命傷だ。それでも、ルイスは倒れるのを堪えようとした。

 しかし、執念もそこまでだった。

「マク、ロ―……リン、様。わた、しは……正義を……」

 最期に口にしたのは、敬愛する主の名。
 ルイス=バードは地に沈んだ。

 こうして、アケルに派兵された辺境伯領軍は壊滅したのだった。

   ***

 その後、すぐにトリップ・ドリルの大群があたりを蹂躙し始めた。

 被害を受けていなかったのは、工藤陸の周りだけだった。
 トリップ・ドリルの大半は支配下にはないので、彼も攻撃の対象になるのだが、近付いたものだけを即座に支配して他所に向かわせることで、やり過ごしているのだった。

 辺境伯領の兵士や騎士は、みんな逃げるか倒れるかしてしまった。
 もはや危険はないと見て、ドーラが主に視線を向けた。

「王よ。お怪我がないようでなによりです。これで辺境伯領軍も終わりですね」
「ええ」

 配下の言葉に、工藤陸は鷹揚な頷きを返した。

「とはいえ、すべてがこれでおしまいというわけにはいかないでしょう。これからどうなるか。聖堂騎士団や、辺境伯……あるいは、それ以外も。状況はまだ大きく動くでしょうね」

 冷たい目には、なにが映っているのか。
 終わってしまった場所から、魔王が歩き出す。

「ぼくも動きましょう。目的のために――」

   ***

「――なんですと?」

 マクロ―リン辺境伯領最大の街、鉱山都市ヌルヤス。
 その中央に座すヌルヤス砦の一室で、辺境伯グラントリー=マクローリンは思わぬ来客を迎えていた。

 ソファに座った来客のひとりは少女だ。

 長い髪と意志の強い顔立ち。
 いまは緊張した面持ちで、事態の推移を見詰めている。

 もうひとりは少年だった。

 整った顔立ちに、均整の取れた長身。
 辺境伯に対する態度は、堂に入ったものだ。

「ですから、抗議をしにきました」

 静かでありながら断固としたものを感じさせる口調で少年が言う。

 目の前にいるのは、この世界で最高クラスの権力者のひとりだ。
 それに対して、丁寧な口調とはいえ、堂々と物を言ってみせる。

 それが許される立場に少年はいた。

 この世界で勇者として敬われる転移者を百人も集めた規格外の組織、探索隊。

 そのリーダー、『光の剣』中嶋小次郎。
 そして、『韋駄天』飯野優奈。

 このふたりが、この場に顔を揃えていたのだった。

「こっちにいる飯野から、話は聞きました」

 視線で隣に座る少女を示して、中嶋小次郎は話を進めた。

「『偽勇者』真島孝弘を討伐するために軍を差し向けたと」
「ええ。それで、抗議というのはその一件についてでしょうか。でしたら、いくら勇者様の言葉だとしても聞くことはできませんな」

 はっきりと辺境伯は言ってのけた。

 以前に飯野優奈が抗議をしたときと同じだった。
 取り付く島もない。

 これが勇者個人からの要請であれば、結果は同じだっただろう。

「勘違いしないでください。これは探索隊としての抗議です」

 中嶋小次郎の言葉に、初めて辺境伯に反応があった。
 穏やかな皺が震える。

「それは、どういう……」
「探索隊は勇者の一団として、帝国で名が知られています。おれたちは、そのための努力をしてきました。様々な貴族たちとのパイプもあります。すでに複数のルートから、真島孝弘の件については不当であることを広く伝えるように頼んであります。聖堂騎士団にも、近いうちに貴族経由で話がいくでしょう」

 ひとりの個人が抗議をしたところで、それは勇者という立場に拠ったものでしかない。
 相手がそれを尊重して要求を呑んでくれればいいが、我を通してしまえばそれで終わりだ。

 けれど、これは違う。

 探索隊という世界ですでに大きな支持を得ている組織から、立場ある辺境伯への要請だ。
 それも、探索隊は広く世論を巻き込んでいる。

 無視できない状況を作り出して、中嶋小次郎は要求する。

「辺境伯。真島孝弘と和解するために、対談の席を設けてください」

 状況が動き出そうとしていた。
◆これにて、第6章は閉幕となります。
予定していたより長い章となりましたが、楽しんでいただけたでしょうか。

新章の更新は、1,2週間ほど、話をまとめてからになると思います。
お待ちください。

書籍のほうでもコミカライズが決定するなど動きがありましたが、
これからも『モンスターのご主人様』をよろしくお願いいたします!
+注意+
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