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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
6章.人形少女の恋路
194/321

32. 人形少女の奮戦

前話のあらすじ


人形少女の物量戦

   32   ~ローズ視点~



 どれだけの時間、戦い続けただろうか。

 もはや時間の感覚は失って久しかった。


 戦いは続いていた。


「シィ――ッ!」


 雨のように叩き付ける魔法と矢を掻い潜って、地面を蹴る。

 並んだ盾に斧を叩き付け、報復の刃を受ける。


 これ以上は無理だと判断すれば、手足をすげ変えて仕切り直しをする。


 その繰り返し。

 繰り返し、繰り返し、繰り返し……。


 体力に限界のある生身であれば、どれだけ強靭な肉体を持っていたとしても、とっくに膝をついていただろう。


 もう二十回は、敵の戦列を崩していた。


 けれど、それだけやっても、敵の数は減らなかった。


 実感を得るほどに削るには、そもそも、数が多過ぎた。

 また、倒した者の大半は命を奪うまでに至っておらず、どんどん戦線復帰してきていた。


 別に、それでかまわなかった。


 わたしの目的は、殲滅ではない。

 進軍の妨害と、時間稼ぎだ。


 敵軍は消耗している。

 兵士たちは怪我を負い、疲労を蓄積させている。


 死なないまでも、骨折したり気絶したりして、戦闘力を失った者も相当数出ているはずだ。


 時間稼ぎは成功している。

 単純にここで戦っている時間もそうだし、怪我をした兵士が進軍できるだけの応急処置を施すだけでも、相当の時間がかかるだろう。


 無論、こちらも相応に消耗してはいた。

 辺境伯領軍に当初の動揺はすでになく、戦いは激しさを増すばかりだった。


 スペア・パーツは消費され、残数は三十を切っている。


 とはいえ、これは逆に言えば、あと三十回は状態をリセットできるということだ。


 まだまだ戦いを続けることはできる。


 悪くないペースだと思う。

 ……いいや。はっきり言ってしまえば、思いのほか、良いペースだった。


 戦装『マトリョーシカ』による継戦能力の上昇は、期待以上のものだった。

 シランさんから教わった武術が、その効果を十全に発揮させていた。


 戦ってみて、確信した。


 非常に限定された条件下ではあるが――『十分な準備期間が与えられた』うえで『数で押してくる相手に対する長時間戦闘』に限れば、いまのわたしの戦闘適性はかなり高い。


 準備さえしてあれば、即時に回復可能な体。

 何本も用意してあるスペアの武具。

 豊富な使い捨ての魔法道具の数々。

 人形のこの身は息切れすることはなく、疲労を溜めることもなければ、怪我による体力低下もない。


 大軍との戦いにおいて、これ以上の適性を持つ者はリリィ姉様くらいの……いいや。可能性だけなら、もうひとりくらいいるかもしれないが、とにかく、この状況にわたしが大きな適性を持っていることは間違いない。


 これは仮の話ではあるが、わたしたちが万全の状態で辺境伯領軍と戦うことができたなら、正面から対抗することだって可能だったかもしれない。


 無論、ご主人様が倒れたうえ、村のエルフたちが同行しているために、リリィ姉様とガーベラが治療と防衛にかかり切りにならなければならない現状では、そんなの夢物語ではあるが。


 そんなことを考えられるくらいに、現状はうまく行っていた。


 あと少し頑張れば、辺境伯領軍が今日中にご主人様たちに追い付くのは難しくなるはずだ。


 あと少し、もうちょっと。

 それが終われば――終われば?


 ふとした思考が、泡のように浮かび上がった。


 ああ、そうだ。


 予定していたよりも、余裕はあるのだ。

 だったら、あるいは、あるいはだが……。



 この状況から逃げ出すことも、可能なのではないだろうか。



 その考えは、甘美なものだった。


 わたしは決死の覚悟でこの場にやってきたけれど、別に死にたいわけではない。


 死にたくない。

 心の底から、そう思う。


 だから、考える。


 思っていたより、戦装『マトリョーシカ』を利用した戦いが効果的だったということは、敵を消耗させた時点でのこちらの消耗は少ない。

 また、逃げるときにも、その効果は期待できるだろう。


 やるべきことをやったあとで、この戦場から逃げ出せる可能性は十分にあった。


 すべての貯蔵を使い切ってもいい。

 大事な人たちのもとに帰るのだ。


 事情を知った姉様たちは怒るだろう。

 真菜には泣かれてしまうかもしれない。


 ご主人様は……どうだろうか。

 わたしたちにはとても優しくて、ある部分では甘くもある人だけれど、こんな勝手なことをしては、さすがに怒るかもしれない。


 酷く叱られてしまうかもしれない。


 ……ああ。

 それは、なんて幸せなことだろうか。


 もう一度、愛しい人に会えて、その人が自分のことを想って怒ってくれるのだ。

 こんなに幸福なことなんてない。


 謝りたいなと思う。

 許してもらえるまで、何度でも謝るのだ。


 そして、許してもらえたのなら伝えよう。

 やっと自覚できた、この想いを。



 そんな素敵な願望が胸に満ちて――その願望ごと、人形の身が砕け散る。



「ギィ!?」


 軋む悲鳴。

 激突から破砕に至る音の連なり。


 兵士と交戦中だったところに、凄まじい衝撃があったのだ。


 とても堪え切れずに、わたしはのけぞった。


 認識したのは、一抱えもある岩石だった。


 魔法だ。

 攻撃の魔法によって、岩石の砲弾を撃ち込まれたのだった。


「ギ、ガ……ッ」


 そのまま、背後に吹き飛ばされる。

 体が地面に叩き付けられる。


 その寸前、ぐるりと身を捻って、着地した。


「……危な、かった」


 寸前で防御に回した右腕が、粉砕されていた。


 もう少しで、体を砕かれるところだった。

 防御が間に合ったのは、ただ幸運であったからに過ぎない。


 即座に戦装『マトリョーシカ』を発動して腕を換装すると、手放してしまった斧の代わりを、エプロンのポケットから引きずり出した。


「いまのは……」


 思い出して、戦慄した。


 あの威力。

 そして、兵士たちと交戦中のわたしに命中させた精密性。


 面制圧の結果として当たったのではない。

 あれは狙撃だった。


 その意味するところは、明らかだ。


 わたしは自分の甘い願望が、たったいま砕かれたことを思い知った。


「……会わずにいられるかもしれないと思っていたのですが、残念です」


 恐れていたものが、ついにやってきたのだった。


「聖堂騎士団」


 兵士の列の一部が開けて、重厚な全身鎧に身を包んだ騎士の一団が姿を現していた。


   ***


「ここは我々に任せろ」


 現れた騎士の数は、二十ほどだった。


 大した数ではないが、彼らを一般兵と同じに考えることはできない。


 聖堂騎士団に所属する騎士たちは、いずれも勇者の末裔『恩寵の血族』だ。


 持ち合わせた才能を、幼少時からの訓練で磨き上げた戦闘のエキスパートたち。

 場合によっては、かつての勇者の能力さえ受け継いだ、最悪の敵だった。


 わたしは斧を構えて向き直った。


 まず逃げることを検討した。

 別にわたしは手柄や名誉のために戦っているわけではないし、なるべく戦闘を長引かせることを狙っている以上、強敵との戦闘は避けるべき事態だったからだ。


 けれど、すぐにその案は放棄せざるをえなかった。


 そのためには、周囲の兵士が邪魔だった。

 盾で壁を作る彼らは、二度、三度と攻撃を仕掛けなければ崩せない。


 その間、騎士に無防備を晒すのは論外だ。


 こうなる前に兵士との乱戦に持ち込めれば良かったのだが、このように先制攻撃を受けてしまい、捕捉された以上はどうしようもない。


 正面から戦うしかなかった。


「なかなか遭遇しないので、ひょっとしたら、聖堂騎士団はこちらの軍団には同行していないのかもしれないと思っていたのですが……それはさすがに、むしが良過ぎる話でしたか」

「出てこられなかったのは、きみがうまくやったからだ」


 騎士のひとりが言葉を返した。

 反応は期待していなかったので、少し意外だった。


「予想だにしない攻撃で、こちらの対応を遅れさせた。そのせいで、情報伝達に乱れが生じた。結果、移動し続けるきみを補足するのに、ずいぶんと時間がかかった」


 平坦な目付きの男だった。


 このように好きに喋っているところを見ると、彼がこの場にいる聖堂騎士の指揮官なのだろう。

 さっきの「ここは任せろ」という声も、思い返せば彼のものだった。


「まさか単身、突っ込んでくるとは思わなかった。美しい献身だな」


 言葉ほどは、声に感銘の色はなかった。


 淡々としている。

 わたしが言うのもなんだが、人形のような男だった。


 覇気がない。


 ただ、だからといって、気を抜ける相手ではなかった。


「奮戦は見事だったと言っておこう。悲しいことに、それもここまでだが」


 男の言葉に応じて、騎士のうち半数が前に出た。

 残りの半数は、前衛に補助魔法をかけ始める。


 聖堂騎士団得意の戦術だ。


 以前の開拓村の防衛戦では、これを避けて、戦装『ファイアーワークス』で迎撃を行なった。


 しかし、今回はそうはいかない。


「行け」


 人形のような男が後衛から下した命令に従い、騎士たちが襲い掛かってきた。


 シランさんのような例外を除いては、この世界で最高級の騎士の動き。

 この戦場で初めて会いまみえるものだった。


「……くっ」


 飛び込んできた騎士の一太刀を、わたしは斧の柄で防いだ。


 時間差を付けて、側面に回り込んだ別の騎士が剣を突き入れてくる。


 飛び退いて躱し、そこで右腕に衝撃。


 三人目の攻撃だ。

 斧を持った右手首を斬り飛ばされた。


 やられた。

 すぐに換装する――その直前に、身を屈める。


「喰らえ!」


 薙ぎ払いが、頭の上を通り過ぎた。


 右の手首から先を失ったため武器はなく、体勢を整えている時間もない。


 前に出た。


 薙ぎ払い攻撃を仕掛けてきた騎士に、下から押し上げるように体当たりをする。

 浮き上がった騎士の体を振り回して、追撃をしようとした騎士に押しやる。


 そこでようやく、右腕を換装。


 武器を取り出す暇はない。

 素手で目の前の騎士の喉を突いた。


 げっと声があがった。


 だが、それだけだ。

 普通の人間なら首の骨を折るくらいに強く突いたが、ダメージは小さい。

 身体能力強化の補助魔法の恩恵によるものだった。


 怯んだ騎士と交代で、挟み込むようにふたりの騎士が攻撃を仕掛けてくる。


 いまのわずかな攻防の間に、わたしはエプロンのポケットに左手を突っ込んでいた。

 取り出したナイフを、一方の騎士に投げ付ける。


 ナイフ自体は回避されたが、柄尻の模造魔石が爆発する。

 背後からの爆風で、騎士の体勢が崩れる。


 追撃のチャンスだが、それはできない。

 もう一方から迫っていた騎士が剣を突き込んできたからだ。


 避けようとしたが、速い。


「ギィ……ッ」


 分厚い剣身が、よじった脇腹に突き立った。


 まずい。

 胴体は戦装『マトリョーシカ』の仕込みができていない。


 即時回復ができないため、許容できないレベルの攻撃は、手足を犠牲にして誤魔化してきたのだが、ここでついに直撃を喰らってしまった。


 さらに、追い打ち。

 左の脚が太腿から、繋いだばかりの右腕が肘から吹っ飛んだ。


 動きがとまったところで、後衛から岩石の弾丸を撃ち込まれたのだ。


 左足一本分の支えを失った体が傾く。

 騎士たちが迫ってきて――


「まだッ!」


 ――口のなかに含んでいたものを、わたしは鋭く吐き出した。


 小型の模造魔石だった。


 わたしは別に、声帯と口で言葉を作っているわけではない。

 訓練をすることで、見た目に違和感なく口を動かせるようにしただけで、のっぺらぼうのときだって話をしていた。


 口内に武器を潜ませておくことは、可能だった。


 わたし自身も巻き込む形で、吐き出した模造魔石が爆発する。


 ごろごろと転がって、わたしは窮地を脱した。


 全身から細い黒煙をあげつつも、身を跳ね起こす。

 そこには、爆発に巻き込まれまいと足をとめ、たたらを踏む騎士の姿があった。


 左脚と右腕は換装済みだ。

 襲い掛かる。


「この野郎!」


 騎士は素晴らしい反射速度で、迎撃の剣を振るった。


 魔法で強化された一撃を、左腕を犠牲にして受け止める。


「なん……っ!?」


 剣身を握り締め、引き寄せるようにして前へ。


 新たに取り出したナイフを、目を見開く騎士の喉に突き込む。

 短い悲鳴をあげて、騎士が背後に倒れ込んだ。


「やっ……た」


 これで、ようやくひとり。

 あれだけの攻防を経て、やっとだ。


 達成感を得る余裕はない。

 わたしは一撃で使い物にならなくなった左腕を換装すると、新しい斧を取り出した。


 およそ、彼我の戦力差は把握できた。


 一歩間違えれば戦闘不能に陥る攻防をやり切って、ひとりの敵を倒せる程度。

 それも、多大な消耗と引き換えだ。


 聖堂騎士団は、やはり強い。


 ひとりひとりが保有する戦闘力は、一般的な兵士を凌駕している。

 魔法の補助を受けたいま、わたしとほぼ同等か、それより上の戦闘能力の持ち主と考えていい。


 かろうじてわたり合えているのは、手足を犠牲にできる特性のお陰だった。


 とはいえ、このままでは、凄まじい勢いでスペア・パーツを消耗してしまうだろう。


 わたしの貯蔵が尽きるのが早いか、敵が全滅するのが先か。


 どちらにしても、わたしに先はない。

 やはりご主人様にもう一度会うことはできないらしい。


 残酷な夢を見たものだった。


 わたしは自嘲し、すぐに気持ちを切り替えた。


 最初から覚悟はしていた。

 わたしの戦闘能力に持続力はあっても、リリィ姉様やガーベラほどの爆発力はなく、聖堂騎士団が出てきた時点で、こうなることはわかっていた。

 叶わない夢に落胆はしても、ショックは受けないし、戦意になんら曇りはない。


「かくなるうえは、ひとりでも多くを道連れにするだけです」


 斧を手にして足を肩幅に開き、なにがあっても対応できるように油断なく敵を見据える。


 そんなわたしに、声をかけてくる者があった。


「……なるほどな。思った以上に強いものだ」


 先程の人形のような男だった。


 部下に攻撃を指示することなく、平坦な目をこちらに向けている。

 それどころか、騎士たちはやや距離を取っていた。


 まるで、出番を譲るかのように。


「警戒すべきは蜘蛛。スライム。あとはドラゴン。そのように聞いていた。思わぬ強敵だ。下手をすれば、相打ちに持ち込まれかねない」


 こちらを認めるような言葉を淡々と続ける。


 その物腰に、なぜだろうか、わたしは不吉なものを感じた。


 男の纏う雰囲気に、思い出すものがあったのだ。


 これは、そう。

 飯野優奈や深津明虎といった、転移者たちにも似た底知れない魔力の高まり――。


「こちらも手札を切らなければならないか」


 ――それはすなわち、世界を救う勇者の御業の再現。

 その力を受け継いだ彼らは、『恩寵の愛し子』と呼ばれる。


 男は腕を伸ばすと、地面に手をかざした。


「『天使人形』」


 地面から光が立ち昇った。

◆数の力に、別種の数の力をぶつけるローズの奮戦。

これまで蓄えた物量があればこそ対抗できましたが、それは無限ではありません。


彼女はもともと、自分の末路を覚悟して戦場に望みました。


そのときは近付いていますが、果たして……。


というところで、次回をお待ちください。



ちなみに、最後の『天使人形』は前にも一度出てきています。

シランの開拓村での遭遇ですね。けっこう時間があいてしまいました。再登場です。

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