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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
6章.人形少女の恋路
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31. 人形少女の戦い方

前話のあらすじ


ローズ「どーん」



   31   ~ローズ視点~



 巨大な半月状の刃を持つ戦斧を握り締めて、わたしはひとり敵軍のただなかに飛び込んだ。


 周りはすべて敵しかいない。


 大軍にぽつんとあいた針の穴。

 それが自分の立ち位置だ。


 覚悟はとっくに済ませている。

 この期に及んで後退はない。


「……物量戦ですね」


 雲霞のごとき敵軍を眺めて、つぶやきひとつ。

 怖じることなく、踏み入った。


「押し通ります!」


 斧を振るって、敵兵を薙ぎ倒す。

 前に道を切り開く。


 悲鳴と怒号が交錯した。


「くそっ、なんだあいつは!」

「すごい力だ! 見た目に騙されるな!」

「眷属と言っていたぞ!? あれがモンスターなのか!?」


 信じられないらしい声があがるが、その通りだ。


 わたしは、モンスターだ。

 この身は人の姿を模しているだけで、本質は怪なる人形である。


 仲間内では特別に力のあるほうではないけれど、それでも人間に比べれば、素の腕力は強い。


 もっとも、ただそれだけだと考えているのなら、それは大きな間違いだが。


「シィ――ッ!」


 気合い一閃、斧を繰り出す。


 常に重心を意識して、踏み込みと合わせて、全身で斧を振るう。

 武器の重さを遠心力に換えて、思い切り叩き付ける。


 武芸百般のシランさんから手ほどきを受けたのは、なにもご主人様だけではない。

 さいわいなことに、わたしの肉体運用は人間のものに近く、武術を身に着けることが可能だった。


 無論、シランさんのような繊細な剣技には遠く及ばないものの、基本を押さえているだけでも、まったく話は違ってくる。

 腕だけで振るっていたときとは比べものにならない威力のこもった一撃は、胸当てくらいなら易々と砕くことができた。


 盾で防御されても、関係ない。

 思い切り叩き付けて、その隣にいた数人ごと、一度にまとめて薙ぎ倒してやる。


 呻き声を背後に残して、わたしは次の敵兵に襲い掛かる。


 倒した兵士に、とどめは刺さない。

 そのために足をとめてしまえば、あっという間に周囲を敵に囲まれて、圧し潰されてしまうからだ。


 わたしは状況を楽観視していなかった。


 敵は辺境伯領軍。

 いくらかを別働隊に割いているとはいえ、その兵力が膨大なことは変わりない。


 さっきの突撃は派手だったが、実際に削れたのは、せいぜい二十名くらいのものだろう。

 敵の正確な兵力は把握できていないが、その総数に比べてしまえば、損害なんて微々たるものだ。


 けれど、それでもかまわない。


 そんなこと、やる前からわかっていた。

 だからこそ、可能な限り派手に突っ込んだのだ。


 あれは、敵を動揺させるのが目的だった。


 その目的は果たされている。

 敵の動きは精彩を欠き、対応は遅れ気味だった。


 この隙に、なるべく長いこと、戦場を引っ掻き回すつもりだった。


 わたしがここで長く足留めをしていればしているほど、ご主人様たちが逃げ切れる可能性は高くなるはずだからだ。


 結果的に、敵にとどめを刺すことができずにいるが、これも問題はない。


 たとえば、百人いる兵士のうちひとりが犠牲になったところで、集団は機能するだろう。

 けれど、三十人が怪我をすれば、立て直しにはそれなりに時間がかかるはずだ。


 現状も同じことが言える。


 極少数の敵に致命傷を与えるために足をとめるよりは、多くの敵に怪我を負わせたほうが、今後のことを考えれば効果的な一面もある。


 足留めのことを考えても、とにかく、長く戦い続けることだ。

 相手が死なずとも、こちらも死なない状況を作り続ける。


 それだけを自分に言い聞かせて、戦列を蹴散らす。


 すると、こちらに突っ込んでくる一団が見えた。


「これ以上、好きにはさせん!」


 正面切って走ってくる男が叫んだ。


 この男が一団を率いているのだろう。

 部隊長といったところだろうか。部下を率いて、果敢に攻めかかってくる。


「ここでとめるぞ!」

「いいえ。押し通らせていただきます」


 良い気迫だが、こちらもとまるわけにはいかない。


 斧を握っているのとは逆の手で、エプロンのポケットから一本のナイフを取り出した。


 迫りくる敵に、取り出した勢いのまま投げつける。

 これもまた、シランさんから教わった投擲の技術によるものだった。


 とはいえ、扱いなれた斧とは違って、付け焼き刃。

 射程は短く、真っ直ぐ飛ばせれば上出来という程度のものでしかない。


 投げ付けたナイフは、先頭の男が掲げていた盾に弾かれた。


「こんなもの!」

「効かないでしょうね」


 あんなナイフで敵の一部隊をどうこうできるとは、こちらも最初から考えていない。


 だからこそ、仕込んであった。


 弾かれたナイフの柄尻。

 そこに埋め込んでおいた模造魔石が強く輝きを放ち、砕け散る。


「うおぉ!?」


 どんと大きな音を立てて、爆発した。


「出し惜しみはなしです」


 これもまた、戦装『ファイア―ワークス』の派生形だった。


 模造魔石を使い切りにすることで、瞬間的な高出力を実現している。

 大量の模造魔石を連結させたわけではないので『ファイア―ワークス』に比べて威力は劣るが、その分だけ取り回しはしやすい。


 使いどころによっては、それなりの効果が見込める。


 先日の『ファイア―ワークス』で模造魔石の残りが心許ないので、本数はあまり用意できなかったが、出し惜しみはしないと決めていた。


 小規模な爆風に煽られた男と、その部下たちが体勢を崩した。


 そこにわたしは、吹き付ける風に髪をなびかせながら突っ込んだ。

 先頭の男を蹴り倒し、続く兵士たちを薙ぎ払いながら進む。


 突破する。


 その先で――わたしは、苦い笑みを浮かべた。


「……これが、辺境伯領軍というわけですか」


 こちらに向けて並べられた、槍の穂先があった。


 一部隊がずらりと戦列を整えて、壁を作っている。

 これまでとは違い、戦う準備を整えていた。


「う、ぐ……行かせるな!」


 先程、蹴り飛ばした男の声が聞こえた。


 どうやら彼の部隊がわずかに時間を稼いでいる間に、友軍が槍衾を作り上げたものらしい。

 思った以上に対応力が高い。


 戦列を整えられてしまえば、突破は難しくなる。


 とはいえ、ここでとまれば、敵に更なる余裕を与えることになるだろう。


「突っ込みます」


 他に手はなかった。


 先程と同じナイフを投げつけ、模造魔石を爆発させる。

 二度目ともなれば敵も予想しており、その分だけ効果は下がるが、ないよりましだ。


 爆風を目晦ましに、正面から激突する。


「うっ……」


 斧の一撃は前列の一部を薙ぎ倒したが、そこで足がとまった。


 再度の攻撃を試みるが、鋭い穂先が無数に突き込まれる。


 避け切れる数ではない。


 両腕で咄嗟に受け止める。

 勢いよく穂先が肌にめり込んだ。


「突き殺せ!」


 このままではまずい。


「くっ」


 思い切り体を捩じった。

 ずるりと穂先が体から引き抜けた。


 人形の体から血が流れることはなく、砕けた欠片がわずかに零れ落ちる。


 槍の間合いから逃れるために、その場から下がる。

 この戦いが始まってから初めての後退だった。


 直後、うしろから声がした。


「もらった!」


 先程、突破した部隊のうち、無事だった者が追いすがってきたらしい。


 対処する時間が惜しい。


「邪魔です!」


 手札をもう一枚切ることにする。

 駒のように振り返りざま、エプロンのポケットから取り出した球体を放り投げた。


 人の頭くらいの大きさの、白い球体だった。


 これもまた、無数に製作した魔法道具のひとつだ。

 内部には、風属性の模造魔石を仕込んである。


 兵士たちの頭上で、魔法道具が炸裂した。


 勢いよく、白いものが撒き散らされた。


「うおっ!?」

「な、なんだ、これ?」


 べたべたと兵士たちの体に絡みついたのは、蜘蛛の糸だった。


 この魔法道具は、ガーベラの蜘蛛の繭を加工したものだ。

 内部に風属性の模造魔石が仕込んであり、発動すると蜘蛛糸を撒き散らす仕組みになっている。


 ある程度以下の相手にしか通じない、ただの足留めだが、この場面では有効だ。


 追手の足が鈍ったのを確認して、さらに半回転。

 もう一度、眼前の部隊に向き直る。


 再度の突撃。


 薙ぎ倒し、悲鳴をあげさせ、報復の槍を身に受けて、引き下がる。


「まだ……まだ!」


 三度目。

 戦列が崩れた。


「これ……で!」


 人の壁を食い破る。


 確かな手応えを得て、前に。

 けれど――。


「……まあ、そう来るでしょうね」


 ――その先には、また別の部隊が待ち構えていた。


 戦列を食い破られようと、それは全体のごく一部に過ぎない。

 何事もなかったかのように、辺境伯領軍はそこにあった。


 これが数の力だった。


 海にコップ一杯のインクを垂らすようなものだ。


 奮戦の熱は虚しく消え去り、あとには何も残らない。

 冷ややかな徒労感が心を打ちのめしにくる。


 さらに、少しずつ、敵軍から最初の一撃で与えた動揺がなくなってきていた。


 今度は少し、待ち構える部隊までの間に距離がある。


 偶然、ではないのだろう。

 この開けた空間を抜けなければ、攻撃できない。


 わたしは全速力で駆け出した。

 けれど、どうしても数秒の時間がかかってしまう。


 この開けた空間に、わたしだけ。


 敵がこのチャンスを逃すわけなかった。


「放てぇ!」


 後衛から魔法と矢が飛んできた。


 読んでいたが、どうしようもなかった。

 避け切れない。


「ギィ……!」


 矢が全身に突き立ち、魔法の直撃までもらった。


 咄嗟に身を庇った左腕から、嫌な音がした。


 かろうじて、走る足はとめずにいられた。


 無理矢理に魔法と矢の雨のなかを掻い潜り、斧を敵の戦列に叩き付ける。


「怯むな! 突き殺せ!」


 槍の反撃がくる。

 損傷する。


 部隊に指示を出していた男が笑った。


「ずいぶんと手こずらせてくれたが、ここまでだ!」


 そう言われてしまうのも、仕方のない状況ではあった。


 槍を受け止めた腕が、がくがくと震えていた。

 力がうまく入らない。


 焦げた長手袋の下、左腕は酷く損傷し、ひび割れていた。

 指はいくつか落ちて、満足にナイフも握れない。


 右腕はまだましだったが、いまの攻撃で肘の球体関節に、槍の穂先がめり込んでいた。


 これでは、武器を振るえない。

 戦えない。


 諦めるしかない。


 普通なら――人間なら、そうだっただろう。


「まだです」


 けれど、この身は人形にして盾だ。

 少女にして怪物だ。


 だから、こんなところでは終わらない。


 終われない。


「今日のわたしは、出し惜しみなしですよ」


 愛しいあの方のために。

 すべてを出し切って、為すべきことを為すと決めているのだ。


 この身が木屑と化すそのときまで、戦い続ける。


 そのための、これが切り札だ。



「戦装『マトリョーシカ』」



 それは、少女を模る人形の名を与えた魔法道具。

 すなわち、人形であり、少女であるこのわたし、そのものを魔法道具と化す魔法道具――。


「――換装」


 腕に突き立った槍の穂先を引き抜いて、その場を飛び退くと、魔力を駆動させる。


 途端、ひびが入り、損傷した腕が割れた。

 もともと定められていたように、二の腕から、ふたつに分かれる。


 割れた腕の内側には、模造魔石が仕込んであった。

 刻まれた効力は『収納』だ。


 ふたつに割れると同時に、模造魔石の効力は失われ、収納されていたものが飛び出す。


 スペアの腕が。


「再接続」


 がちりと音をたてて、肩から腕が繋がれる。

 繋がったばかりのその手で、割れた腕と一緒に地面に落下する途中だった斧を掴んだ。


 指先の感覚、腕の振り、ともに問題なし。


 万全の状態で、わたしは斧をかまえる。


「換装終了。戦闘再開します」


 対峙する兵士たちが、呆然とこちらを見ていた。


 当然の反応だろう。

 消耗させたはずの敵が、一瞬で万全の状態に戻ったのだから。


 唖然とした彼らに対して、わたしは微笑みを向けてみせた。


「申し訳ありませんが、こういう体ですので。まだ終わりではありませんよ」


 この身は、ご主人様をお守りする盾だ。

 そのためになら、木屑になってもかまわない。


 そう思い定めて、ここまで来た。


 この魔法道具は、その誓いを現実のものとするものだ。


 具体的には、内部空間をいじる魔法の道具袋の模造魔石を利用している。


 袋のなかに袋を入れておく入り子構造自体は、これまでずっと利用してきたものだ。

 この形に応用するのに少し時間がかかったが、どうにか実用段階には達していた。


 その結果が、この『瞬間的な復元能力』だった。


「この身は主を守る盾。たとえ何度砕かれようとも、戦い続けましょう」


 最初から、わたしは言っていた。

 これは『物量戦』なのだと。


 スペア・パーツの保有数は、両腕、両脚ともに百以上。

 千の兵士が立ち塞がるのなら、百度この身を新生して立ち向かおう。


 肉体的な疲労は人形の身にはなく、ご主人様のことを思えば、心が折れることもありえない。


 戦いはまだこれからだった。

◆前にも報告していたシランのブレザー姿『とか』は、ご覧になっていただけましたでしょうか。


ローズ、ガーベラのブレザー姿も収録されている9巻が発売中です(特に意味のない叙述トリック)。人形少女とアラクネのブレザー姿ですよ!


◆そのローズですが、割にえぐい戦い方で辺境伯領軍に挑みます。


HPを削ると規定回数、完全回復してくる感じですね。

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