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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
6章.人形少女の恋路
184/321

22. 人形少女の誓い

前話のあらすじ:


価値観のずれ。

辺境伯とルイスの正体。

   22   ~ローズ視点~



 マクロ―リン辺境伯領軍から逃れるために、村を離れたわたしたちは、エルフたちとともに逃避行のなかにあった。


 距離を稼ぐために、日が昇る前には出発する。


 体力の消耗を抑えるために黙々と、周囲に警戒を張り巡らせながら歩いていく。


「そろそろ休憩にしましょう」


 シランさんが休憩を提案したのは、昼過ぎのことだった。


 エルフたちは足をとめると、めいめい、投げ出すように地面に腰を下ろした。

 みんな疲れた顔をしていた。


 無理もない。


 生まれ育った村から逃げ出すだけでも精神的に厳しいものがあるというのに、敵には、この世界の正義の象徴ともいうべき聖堂騎士団が付いている。


 そんな心折れずにいるだけでも精一杯な状況で、夜と短い休憩時間を除いては、一日中歩き詰めだ。


 その夜にしたところで、危険な樹海ではそうそう休めない。

 体力の消耗は激しかった。


 なかでも一番、体調が悪そうなのはシランさんだ。


 彼女の場合は、ご主人様に引きずられて魔力欠乏に陥っている。

 それでも気丈にエルフたちに指示を出しているのは、そうしなければ集団を維持できないと知っているからだろう。


 無理をしている。

 ただ、それはかつてのように破滅的な性質のものではなかった。


「申し訳ありません、ローズ殿。みなの様子を見てきてもらえませんか」


 言うと、シランさんは地面に腰を下ろした。

 少しでも魔力の消耗を抑えるためだ。


 いまの彼女は、自分にできることを冷静に判断していた。


「それはかまいません。他にやることがあれば言ってください。シランさんに倒れられるわけにはいきませんから」

「倒れはしませんよ」


 わたしが気遣いの言葉をかければ、シランさんは気丈な笑みを見せた。


「あと『二日』の我慢ですから」

「そうですね。頑張りましょう」


 わたしは頷き、エルフたちの様子を見回り始めた。


 小さな村とはいえ、ふたつ分ともなれば、様子を見るにもそれなりに時間はかかる。

 途中、ロビビアやリアさんとも話をして、手分けして同行者の安否を確認した。


 聖堂騎士団の襲撃、辺境伯領軍の攻撃で大怪我をした者も多く、荷車で移動せざるを得ない者もいた。

 彼らには、必要なら傷薬や包帯を供出しなければならない。


 そうしながらも、周囲の警戒は忘れない。


 これまで辺境伯領軍の攻撃はなかったが、間違いなく追跡はされているはずだった。


 この大人数では、移動の痕跡を隠し切るのも難しい。

 徐々に追い付かれていると考えたほうが良いだろう。


 この状況を打開するための考えはあるが、そこまで落伍者を出さずにいくのが難題だった。


「おい、人形」


 そうして見回りをしていると、ベルタが声をかけてきた。


「スライムに声をかけてこなくていいのか。そろそろ、交代の時間だろう」

「あ。そうですね」


 気を回すことが多過ぎて、忘れていたのを教えてくれたらしい。


「ありがとうございます」

「ふん。礼などいい」


 そっぽを向くベルタに感謝を告げたわたしは、ロビビアとリアさんに声をかけたあとで、自分たちの車に向かった。


 車のなかには、ご主人様が寝かされていた。


 痛々しい姿に胸が痛む。

 けれど、わたしにできることはない。


「リリィ姉様。そろそろ交代です」

「うん。ありがとう、ローズ」


 ご主人様に回復魔法をかけていたリリィ姉様が、こちらに笑顔を向けた。

 疲れた笑みだ。


 手元の魔法の輝きが消え失せる。


「短い時間ですが、休んでください」

「うん。そうさせてもらうね。あとはよろしく……」


 そういうと、リリィ姉様はふらつきながら車を出て行った。

 魔力を回復させる一番早い方法として、スライムの姿に戻って、休息を摂るつもりなのだ。


 姉様の本来の姿は大きいため、外に出る必要があった。


 わたしは、ご主人様の護衛を引き継いだかたちになる。


 ただし、もうひとつの役割である治療役については、代わりになることはできない。


 わたしは車の隅で膝を抱えて寝る真菜の肩を揺すった。


「起きてください、真菜」

「ふ、ぁ……ん。ろーず、さん?」


 真菜は珍しく寝ぼけた様子を見せた。


 こちらも疲れているのだろう。


 回復魔法を使えるのは、リリィ姉様、ケイ、そして、真菜の三人だけだ。


 残りのひとりのケイもまた、車内で死んだように眠っている。

 魔力を振り絞ったせいだった。


 真菜も同じように、少しでも魔力を回復させるために眠っていた。


 ご主人様に回復魔法をかける役は、この三人で回すしかない。

 本来ならもう少し余裕のあるかたちになるはずだったのだが、辺境伯領軍の攻撃のせいで、移動しながらという無茶な状況になってしまっていた。


 もともと、他のふたりとは比べものにならないくらいに、真菜の体は弱い。

 魔力量も少ない。


 現在の状況が大きな負担になっていることは間違いなかった。


「すみません、真菜。体が辛いとは思いますが、時間です」

「……ああ。そうでしたね。すみません」


 頭痛でもするのか、真菜はこめかみのあたりを押さえていた。

 立ち上がろうとして、その体がふらついた。


 わたしは肩を支えた。


「ありがとうございます」

「いえ」


 細い肩だ。

 ちょっと力を込めたら、砕けてしまいそうに思えた。


 けれど、いまは真菜に頼るほかない。


 ご主人様の枕元に、真菜が腰を落とした。

 その手が、回復魔法の白い光を宿した。


 そのときだ。


「……加藤さん。それに、ローズか」


 掠れた声があがった。


 思わずわたしは、腕を回したままだった真菜の体を抱きすくめてしまった。


 横になったご主人様の目が、薄らと開いていたのだった。


「ご、ご主人様! 目をお覚ましになったのですか」

「……ああ」


 はっきりとした答えがあった。

 わたしは真菜と顔を見合わせた。


 移動中、何度か目を覚ましてはいたのだが、はっきりと意識が戻ったのはこれが初めてだったのだ。


「おれは、トラヴィスと……あれは、夢だったのか? いや。違う。あれは……」


 曖昧な口調でつぶやきながら、ご主人様は上体を起こそうとする素振りを見せた。


「い、いけません、ご主人様。まだ無理はなさらないでください」


 わたしは慌てて押しとどめた。

 もっとも、そんなことをするまでもなく、ご主人様は満足に半身を持ちあげることができなかった。


 触れた体には、悲しくなるくらいに力がなかった。

 エドガールが用いた『霊薬』が、その体を蝕んでいるのだ。


 けれど、こちらに向けられた目は力を失ってはいなかった。


「……悪いが、状況を説明してもらえるか」


 わたしが体を支えながら水を飲ませたあとで、ご主人様は尋ねてきた。 


「ここはどこで……なにがあった? どういう状況だ……?」

「エドガールに襲撃されたのは覚えていらっしゃいますでしょうか。ご主人様は、エドガールの用いた勇者の遺産『霊薬』によって、お倒れになったのです」


 真菜には回復魔法に集中してもらったほうがよいので、必要ならフォローはしてもらうように頼んでおいて、わたしがご主人様の疑問にお答えすることにした。


「『霊薬』……?」

「騎士の祈りを込め、命を込めることで発動する魔法道具だそうです。『殉教者の矢』とも言います」

「なるほど。勇者に由来する毒物か。それで、おれは倒れたんだな……」


 受け答えは少しつらそうだったが、思考はしっかりとしているようだ。

 納得した様子で顎を引いたご主人様に、わたしは続けた。


「ご主人様が意識を失ったあと、わたしたちは村を出ました。いまは樹海を北の方角に向かっております。マクロ―リン辺境伯領軍が迫っていることを知らされたためです。辺境伯領軍について知らせてくださったのは、ディオスピロに駐留するアケル国軍のアドルフさんでした。偽勇者としてご主人様の討伐を謳った辺境伯領軍の兵力は約五千。その陣容をガーベラが確認しましたが、正面から攻撃を受ければひとたまりもないと言っていました」

「辺境伯領軍が……?」

「はい。恐らく、エドガールの襲撃もそれに呼応したものだったのでしょう。最初、わたしたちはご主人様が偽勇者であるという誤解を解こうと考えました。しかし、村にやってきたベルタにとめられたのです。それは無意味だと」

「ベルタがいるのか? ……いや。それはいい。それよりも、誤解を解こうとするのが無意味というのは、どういうことだ?」

「実のところ、アドルフさんから話を聞いた時点で、辺境伯領軍は思った以上に近くに迫っていたのです。具体的に言えば、隣の村までです」

「隣の……」


 ご主人様は顔を歪めた。


 嫌な予感でもしたのかもしれない。

 そして、それは正しかった。


「まさか……」

「はい。残念ながら、村は辺境伯領軍の攻撃を受けて、滅ぼされてしまいました。村から逃げてきたエルフの証言では、話し合いの余地すらなかったと言います。これでは、説得などできるはずがありません。ベルタの言い分は正しいものと考えて、わたしたちは急いで村から逃げ出しました」

「……馬鹿な。そんなの滅茶苦茶だ。おれたちのせいで、リアさんたちの村が攻撃されたっていうのか」


 さすがにショックを受けた様子のご主人様に、わたしは首を振った。


「わたしたちのことは口実だったのではないかというのが、シランさんを含めたエルフたちの考えです。実際、村を襲った辺境伯領軍の者は「邪悪なエルフを殲滅する」と言っていたそうです」

「エルフを精霊使い……というか、モンスター使い、人類の裏切者だと見做してか」

「そういうことになります」


 もともと、アケルの国民自体が、マクロ―リン辺境伯に対して良い感情を抱いていなかったのもあり、エルフたちは辺境伯領軍への怒りを燃やしていた。


 この逃避行がどうにか成立しているのには、その憤りが発奮材料になっている部分もあるかもしれないと、真菜は語っていたくらいだった。


 滅茶苦茶なことをしたマクローリン辺境伯への敵意が、ただでさえ結束の固いエルフたちを強くひとつに纏めているのだ。


 人は意思をひとつにしているときに、大きな力を発揮する。

 いまはどんなものでも、役に立つならありがたかった。


「不幸中の幸いは、村長であるメルヴィンさんが生きていたことです。村のエルフの大半を逃がしたあとで、メルヴィンさんは戦える村人たちの一部を指揮して抵抗したのですが、いよいよ村が滅ぼされるという段になって、乱入したベルタに命を救われたのだそうです。大怪我をしていますが、命に別状はありません」

「そうか。それは良かった。ベルタには礼を言わないとな」

「ベルタはその後も、わたしたちの護衛をしてくれています。また、工藤陸からの手紙も携えていました」

「……手紙?」

「それについてはわたしから」


 真菜が口を開いた。


「すみません。緊急事態でしたので、中身を読ませてもらいました」


 手紙には、ご主人様の世界の文字が読める真菜やリリィ姉様が目を通していた。


「それはかまわない。どんなことが書いてあったんだ?」

「工藤陸は、連絡を取り合おうという先輩の申し出を受け入れて、情報を交換しようとベルタに手紙を持たせたのだそうです。手紙には、偽勇者の正体について書かれていました。工藤陸の話によれば、帝国南部で噂話が流れている偽勇者の正体は、探索隊の離脱組だったということです。詳しい話は省きますが、どうも離脱組がモンスター討伐に失敗して、それが結果的に偽者の仕業と解釈されたということでした」

「……そうか」


 ご主人様は顔を顰めていた。


 言いたいことはあるのだろうが、現状では他にもっと大事なことがあると判断したのだろう。


 真菜も話を先に進めた。


「本物の転移者が偽者扱いされている以上、地域によっては、わたしたちも偽勇者と勘違いされる可能性があると書かれていました。もっとも、離れたアケルにいる先輩が偽勇者扱いされるとまでは、どうやら予想できなかったようですけれど」

「それはそうだな。なにもかもが滅茶苦茶だ」

「そうですね」


 真菜は頷き、眉根を寄せた。


「それにしても、少し度が過ぎる気がしないでもないですが」

「真菜?」

「……いえ。なんでもありません」


 わたしが首を傾げると、真菜はかぶりを振った。


「ローズさん、続きを」

「あ、はい。わかりました」


 なにか気になったことがあったようだが、確かにいまは説明することが優先だった。


「ええと、ご主人様。とにかく、わたしたちはエルフたちと一緒に、村から逃げ出したわけです。これが、三日前のことになります」

「三日も……」


 ご主人様は軽く目を見開いた。


「よく追い付かれなかったな」

「そのあたりは、真菜に手段を講じてもらいました」

「どうしたんだ?」

「わかりやすく言えば、身代わり作戦です。わたしたちが逃げる準備をして、村を出て、辺境伯軍がやってくるまでの間、ガーベラとあやめには別行動を取ってもらいました。ガーベラには近隣のモンスターを捕獲して村に集めてもらい、あやめには辺境伯軍がどれだけ近付いてきているのかを確認してもらったのです」


 モンスターの捕獲は、強大な単独戦闘能力を持ち、他者を捕獲することに長けたアラクネのガーベラだからできたことだった。

 また、リリィ姉様が動けない現状、小さな体であるために敵に見付かりづらく、嗅覚に優れたあやめの働きも必須のものだった。


「あとは辺境伯軍がやってくるタイミングを見計らい、集めたモンスターを解き放ちました」

「村に放ったモンスターと、辺境伯軍を噛み合わせたわけか」


 ほうと、ご主人様が息をついた。


「足留めができるうえに、おれたちの戦力は傷付かない。さすがは加藤さん、頼りになるな」

「本当に。容赦がないのが素敵だと思います」

「……褒めてくれているのはわかるんですけど、その表現はちょっと複雑です」


 なぜか眉尻を下げた真菜だが、実際にその働きは称賛に価するものだった。


 今回の策は、その場で思い付いたのではなく、真菜はだいぶ前から――それこそ、こんなふうに辺境伯領軍の攻撃がある前から、もしも何者かに襲撃を受けた場合のことを考えていたらしい。


 想定していたのは聖堂騎士団の襲撃だったようだが、いくつか考えておいた策のひとつが嵌まったかたちだった。


 ちなみに、他にも、うまいこと繁殖した群青兎の巣穴の近くをすり抜けることで、追ってきた辺境伯領軍と戦わせるという案もあったのが、こちらは村のエルフの集団と同行している以上、リスクが大きいため断念している。


 いまの自分たちにできるベストを尽くしたかたちだった。


「辺境伯領軍は、村に集められたモンスターを攻撃して、時間をロスしました。もともと、ベルタが知らせてくれたお陰で早く村を出られていたのもあり、かなりの距離を開けたはずです」

「そうか。それはなによりだ。よくやってくれた」


 ご主人様はそう褒めたあとで、心配そうに眉を寄せた。


「だが、これからのことは大丈夫なのか。いつまでも逃げ続けてはいられない。あてはあるのか? ……いや待て。さっき、北に向かっていると言っていたか」


 言いながら、気付いたらしい。

 目を細めたご主人様に、わたしは頷いた。


「お気付きになられましたか。そうです。方法がひとつだけあるのです」


 わたしたちは、ただ闇雲に逃げているわけではなかった。


 目的地があった。


 提案したのはロビビアだった。

 普段なら意外だが、今回に限っては必然と言ってもいい。


 なぜなら、そこは彼女にとって最初に思い付く場所だからだ。


「アケル北部の昏き森……正確に言えば、その周辺を覆い尽くした『霧の結界』が目的地になります」

「……なるほど、考えたな。あの霧は迷いの魔法がかかっている。大軍の統制なんて取れない。取れたとしても、逃げる相手の追跡は困難だ。それに対して、おれたちにはロビビアがいる」

「そうです。あの霧は、ドラゴンにだけは効果が及びません。あのなかでなら、わたしたちが辺境伯領軍に捕まることはないでしょう」

「そこまで逃げられるなら希望はあるか。『霧の結界』に辿り着くまでどれだけかかる?」

「急げば、二日です。多少の無理をすることにはなりますが、明後日のお昼頃には辿り着くことができるでしょう。現在は、他の村に被害が及ばないようにルートを選んで、樹海を進んでいるところです。このままいけば、恐らく、辺境伯領軍に追い付かれる前に逃げ込めるはずです」


 どちらかといえば、落伍者を出さないように気を付けることのほうが優先だった。


 もちろん、気を抜くことはできないが、絶望的な状況というわけではない。


 それはわかったのだろう。ご主人様は深く安堵の吐息をついた。


「……そうか。良かった」


 言ったところで、ご主人様は何度か強く目を瞑った。


 目の焦点が微妙に合っていなかった。


 安心したせいで、疲れが出たのだとわたしは察した。


「お疲れでしょう。無理はなさらないでください」


 起きていたのは短い間だが、その身は毒に蝕まれている。

 体力なんてゼロに等しい。


 現状について他に話をすることはあったし、他のみんなとも言葉が交わせれば良かったのだが、こればかりは仕方なかった。


 次の機会を待つべきだろう。


「ご心配はなさらないでください、ご主人様。『霧の結界』で時間を稼げば、状況は変わるはずです」


 ご主人様に安心して眠っていただくために、わたしは言葉を重ねた。


「現状では身動きが取れないアケルの軍にも、いずれは開拓村での出来事が伝わります。シランさんの見立てでは、自国民が理不尽に殺されたとなれば、アケルとしても黙っていないだろうということです。聖堂騎士団がいる以上、積極的な攻勢には出られないにせよ、わたしたちを保護する方向で動いてくれる可能性はあります」


 そうでなくても、『霧の結界』に逃げ込みさえすれば、ゆっくり対策を立てることは可能なのだ。


「お休みください。その間のことは、お任せを」

「……わかった」


 そう言ったときには、ご主人様はすでにまどろみかけていた。


 その唇が、輪郭の不明瞭な声を紡いだ。


「眠ったら、また……いや。おれも、戦わなきゃ……だな」

「……ご主人様?」


 よくわからない台詞だった。


 けれど、どういう意味なのか話を聞く時間はなかった。


 ご主人様は、もう半分以上、眠りのなかにいたからだ。


「なあ、ローズ……ちょっとでいい。手を握っていてくれないか?」


 まぶたを閉じたまま、ご主人様は、うわ言のように言った。


 体が弱れば心も弱るというし、不安なのかもしれない。

 あるいは、それだけではないのか。


 いずれにしても、拒否などするはずがなかった。


「わかりました」


 わたしはご主人様の手に触れた。


 すると、わたしよりも一回り以上大きな手が、わたしの指先を掴んだ。

 指の間を指で割るようにして、しっかりと手と手が繋がれた。


 躊躇いつつも、こちらからも握り返した。


 こんなときだというのに、わたしの胸のなかに生まれたのは喜びだった。

 求められることが、ただただ嬉しかった。


 喜びが膨れ上がって、なにか大きな衝動に変わった。


 まだわたしには、それがなんなのかわからない。

 だから衝動は行き先もなく、ほんの一瞬、どうしようもなく全身を震えさせた。


 戸惑うほどに強くて原始的な感情のうねりをやり過ごす。

 すると、代わりに別の衝動が沸き上がった。


 今度は、それがなんなのかわかった。


 強烈なまでの庇護欲。

 盾として在る、わたしの存在理由だった。


「ご主人様……」


 目の前で、弱り切ったご主人様の姿。

 傍にいたのに守れなかった悔しさ。不甲斐なさ。

 出会いと、これまでの日々。


 そして、まだ名前を付けることのできずにいる、ご主人様へのこの想い。


 ありとあらゆる感情が綯い交ぜになって、シンプルな決意に帰結する。


「なにに代えてでも守り抜きます、ご主人様」

◆ローズ視点でまず一話。

現状と決意。


◆活動報告で、ツイッターで話題になっていたのを紹介。


『モンスターのご主人様』の読者さん脳内ボイス

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/316835/blogkey/1661594/


診断メーカー:モンスターのご主人様10連ガチャ(二次創作的な。)

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/316835/blogkey/1668931/


◆もう2話分、更新します。

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