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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

6章.

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23. 灯火の世界での攻防

(注意)本日2回目の投稿です。(3/19)












   23


 ――そして、おれは目を開けた。

 そこにあるのは、灯火の世界。

 どこまでも続く暗闇のなか、おれは灯火と化して浮かんでいる。
 灯火には、二重写しになって、自分自身の像が見えた。

 前にも来たことのある不思議な空間だ。
 おれと眷属たちだけが存在できる場所だった。

 だが、いまはそこに腐臭が漂っていた。

 堪えがたく、吐き気をもよおす悪臭が。

「お帰りなさい、真島孝弘。悪夢の世界にようこそ」

 暗闇の奥底から、トラヴィスの顔が現れた。

 酷い有様だった。

 深い裂傷に目は潰されて、顔の輪郭はどろどろに溶けている。
 元が端正な顔立ちだっただけに、その様はよりいっそうおぞましかった。

 出来の悪い粘土細工のように成り果てたその手は、おれの手首を掴んでいる。

 握る力は凄まじい。
 手首が、みしみしと嫌な音を立てていた。

「ぐ……」

 身の毛がよだつ。
 自分の根幹が脅かされる感触があった。

 思わず顔を顰めたおれを見て、トラヴィスが溶けた口元を大きく歪めた。

 笑ったのだ。
 悪意が滴り落ちるような表情だった。

「魂を侵される気持ちはどうですか」

 ……魂。

 そうか、ここにいるおれは魂だけの存在なのか。

 あまり驚きはなかった。
 すんなりと納得していた。

 これまでにあった出来事から、そんなところではないかと考えていたからだ。

 だから、重要なのはそこから導き出される現在の状況のほうだった。

 悪意を込めてトラヴィスが告げた事実からすると、おれは魂そのものを攻撃されていることになる。

 トラヴィスの『聖眼』にはそのような機能はないはずだから、これはローズから聞いた『霊薬』の効果だろう。

 およそ状況は把握できた。

 おれは吐息をひとつついてから、問い掛けた。

「……トラヴィス。お前、どうしてここにいる?」
「不思議ですか。わたしがここにいるのが」

 溶けた顔が、にたりと歪んだ。

「どうして自分が苦しめられるのか疑問ですか」

 どうやら、苦しむおれの姿を見るのが楽しいらしい。

「苦しいですか。辛いですか。惨めですか」

 かさにかかって、言い立ててくる。

「ああ。良いざまですね。あなたは……」
「勝手に勘違いして悦に入るなよ、みっともない」

 口を挟むと、トラヴィスが嘲笑を固まらせた。

 反撃が来るとは思っていなかったらしい。
 もっとも、トラヴィスに付き合ってやる義理は、おれにはなかった。

「おれは『どうしてお前がここにいるのか』って訊いたんだ。おれが魂だけの存在だってことは、お前もそうなんだろう。お前こそ、そのざまはどうしたんだ?」

 状況を把握したいま、予想することは難しくなかった。

「過去の勇者の遺物である『霊薬』……あるいは『殉教者の矢』と言ったか。騎士の祈りを込め、命を賭すことで発動する、特級の魔法道具だそうだな。お前がここにいるのは、その効力だ。だけど、だとするとおかしなことがひとつある。なにがあろうとも、お前が自分の命を捧げるわけがないことだ」

 たいした付き合いがあるわけでもないが、トラヴィスが自己犠牲精神とは無縁な人間であることくらいはわかる。

 それなのに、トラヴィスがここにいるのは……。

「お前、魂を引き剥がされたな?」

 おれたちとの抗争とは別に目を潰されていたことも、なにか関係しているのかもしれない。

 無論、詳しい経緯についてはわからないが、確かなことがひとつある。

 自分の立身出世のために他人を使い潰した男は、最後に使い潰されたということだ。

「……ぁあああ! 貴様!」

 トラヴィスが激昂した。

 思い付いたことを言ってみただけだったのだが、当たらずとも遠からずと言ったところだったのだろう。
 噛み殺さんばかりの表情だった。

「貴様! 貴様のせいだ! 貴様のせいで、わたしはぁああ――ッ!」

 少なくとも、この状況はトラヴィスの本意ではないようだ。

 とはいえ、だからといって、おれのせいというのは筋違いだったが。

「おれのせい? 馬鹿を言うなよ」

 身勝手な理由で攻撃を仕掛けてきたのは、トラヴィスのほうだ。

 反撃を受けて、その結果どうなろうと、そんなのは自業自得だ。
 責任転嫁も甚だしい。

 付き合ってなどいられなかった。

 だから――。

「……き、貴様!?」

 狼狽した声があがった。

 手首を握り締めて、のしかかるようにしていたトラヴィスを、おれがわずかに押し返したからだ。

「貴様……! どうやって!」
「……別に。不思議なことじゃない」

 すさまじい負荷があったが、表には出さない。
 鼻を鳴らした。

「『霊薬』は『騎士の祈り』を力とするものだそうだな。だけど、この分だと、そこが他のどのような念であっても『霊薬』は稼働するんだろう。たとえば、お前のような怨念であったとしてもだ。魂を込めて、その意志力を毒の刃と化す勇者の遺物。それが『霊薬』の正体だ」

 込めた魂が強力なものであるほど持続性は上がり、対象への攻撃的な意志を持つほど威力が増す。

 その点、トラヴィスを生贄に選んだ人間は、よくわかっている。

 何十、何百という他者を踏み躙り、食い物にする捕食者としての心。
 トラヴィスという男が、良し悪しは別にして、特級の精神力を持っていることは間違いない。

 加えて、おれに反撃され、破滅したことへの恨みと怒りの念は強烈なものだ。
 そうした負の感情が、対象を蝕む『霊薬』の力の源泉になっているのだった。

 恐らく、『霊薬』としての効果は、過去、類を見ないほどに性質の悪いもののはずだ。

 対象者はひたすら堪えるほかになすすべはない。
 普通ならば。

「魂に作用する勇者の力と、他者を踏み躙る魂。確かに『霊薬』トラヴィスは凶悪だ。だが……」

 おれは正面から、トラヴィスの顔を睨み付けた。

「それらに対抗するものを、こちらも持っていれば、話は別だろう?」
「貴様……」
「能力を深めることによる『魂の変質』。前からシランに指摘されていたことだが、言い換えれば、おれの能力は魂に作用しているということだ」

 そもそも、魂なんてものを攻撃する『霊薬』トラヴィスには、本来なら一方的に蝕まれるだけのはずだ。

 それを認識できている時点で、おれの能力によって作られたこの灯火の世界は、そうした性質を持ち合わせていることになる。

「だ……だからどうしたというのです!」

 トラヴィスが表情を引き攣らせた。

「その程度で、わたしを打ち破れるとでもいうつもりですか!」

 のしかかる圧が強くなった。

 それはつまり、トラヴィスに消耗を強いているということでもある。
 悪い状況ではない。

 付け加えれば、これで終わりでもなかった。

「は、はは……はははははっ! 少し驚かされましたが、所詮、あなたはそこどまりです」

 優位を取り戻したことで、トラヴィスの怨霊が嗤った。

「わたしを打ち破ることなどできはしない!」
「……ああ。その通りだ。分くらい弁えてるよ」

 トラヴィスの言い分を、おれは否定しなかった。

「おれの力なんて、ここどまりだ」

 静かに認めた。

 そんなの言われるまでもなかった。
 とうの昔に知っていることだった。

 だから、こう言い返すこともできた。

「それがどうしたっていうんだ?」
「な……!」
「そんなの、どうだっていいことだ」

 おれはそう言い切れた。

 なぜならば……。

「悪いけどな、この力は、おれひとりで戦うためのものじゃないんだよ」


「その通りよ、旦那様」

 落ち着いた声が、暗闇に響く。
 次の瞬間、灯火の世界に白い霧が満ちた。


「なに……!?」

 これは予想外だったのだろう。
 トラヴィスが状況を把握するより前に、薄らとした霧が渦を巻き、無数の蔓に姿を変えた。

 四方八方から伸びる蔓が、瞬く間にトラヴィスの体に巻き付いた。

「こ、これは……?」

 トラヴィスが溶けた顔を唖然とさせた。

「よくやった」

 おれは労いの言葉を口にした。

 トラヴィスが憎々しげな目を向けてきた。

「まさか、これは貴様の眷属の……」
「ああ。そうだ」

 頷いた。

「サルビアとアサリナ。ふたりとも、おれと一体になっているせいで、ここで一緒に蝕まれていた。だから、逆におれが反撃するときには、こうして力を貸してくれることもできるわけだ」

 殴られる距離にいるのなら、殴り返すこともできるのが道理だろう。

 ましてや、ここはおれたちの世界だ。

 勇者の遺物を用いたトラヴィスに対抗するために、サルビアとアサリナのふたりは、力を合わせる方法を選んだ。
 それが、この蔓なのだった。

「サルビア。アサリナ。力を貸してくれ」
「もちろんよ、旦那様」
「サマッ!」

 求めれば、力強い声が返ってくる。

「旦那様から、離れなさい!」
「サマ――ッ!」

 おれからトラヴィスを引き剥がそうと、蔓が力を加え始めた。
 それに合わせて、おれも全力で抗った。

「剥がれ落ちろ、トラヴィス……!」

 全身全霊を振り絞る。
 歯を食いしばって負担に堪える。

 現実世界では、ローズたちも頑張っているのだ。
 だったら、おれも戦わなければならなかった。

「ここは、おれたちの世界だ。おれたちの世界から出ていけ!」

 トラヴィスの腕がわずかずつ引き剥がされていった。

「旦那様、頑張って!」
「サマー!」

 暗闇に響く声に後押しされる。

 トラヴィスの存在が揺らぐ。
 この世界から剥離する。

 あと少し。
 もうちょっとで……――と、そのときだった。


「……く、くくくっ」


 灯火の世界に、嗤い声が響いたのだ。

「くふっ、ふふふ」

 トラヴィスが笑っていた。

 特有の嫌らしい笑い方だった。

 無視しても良かった。

 けれど、なぜだろうか。
 おれはそこに不吉な空気を嗅ぎ取っていた。

「なにがおかしい……?」
「いえなに。まさか、こんなことになるとは思いませんでしたよ」

 不気味なくらいに静かに、トラヴィスはつぶやいた。
 こうしているいまも引き剥がされそうになりながら、余裕を取り戻していた。

「さすがは数々の危機を乗り越えてきただけのことはあります。……ですが、いいのですか?」

 なにがトラヴィスを余裕ぶらせているのか。

 嫌味たらしい口調で問い掛けてくる。

「自分の内側だけに集中しているうちに、取り返しのつかないことになっているかもしれませんよ?」
「なにを……」

 と、言いかけて、気付いた。

 というより、届いたと言うべきか。

 暗闇が震えていた。

「これは……?」

 どこにいようと感じ取れる。
 たとえ、このような特殊な場所にいようとも。

 おれたちは繋がっているのだから。

「みんな……?」

 それは、パスを介して届いた眷属たちの動揺だった。
◆さらにもう一回更新します。
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