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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
5章.騎士と勇者の物語
147/321

20. 傷付いた者たち

前話のあらすじ:

聖堂騎士団を追い払う孝弘。

   20



「……ん」


 ふと、おれは目を覚ました。


 視界に映ったのは、素朴な内装の部屋だった。


 聖堂騎士団の焼き討ちを免れた家屋に、おれは滞在していた。


 時刻は夜明け前と言ったところだろうか。

 明るくなり始めた部屋のなか、ベッドに横たわるシランの姿が目に入る。


 と、視界にアサリナがにょろりと飛び出してきた。


「サマー?」


 ハエトリグサ状の頭部を傾げたアサリナが、耳を甘噛みしてくる。


 むず痒い感覚。

 反射的に身をすくめたところで、意識の歯車が噛み合った。


「……ん。ああ。そういうことか」


 立ち上がって、廊下に出た。


「あ。孝弘さん」

「おはよう、ケイ」


 廊下をこちらにやってきているところだったケイが、少し驚いた顔をした。


「食べるものを持ってきてくれたのか」

「はい。起きてるかどうか、様子を見てから声をかけようと思ってたんですけど……ひょっとして、起こしちゃいましたか?」

「いや。起こしたのは、アサリナだ。というか、正確には、起こしてくれたんだけどな。おれが寝ている間、なにかあっても大丈夫なように、周囲を警戒してもらってたんだよ」

「サーマー」


 どこか誇らしげに、にょろにょろと宙で身を躍らせるアサリナに苦笑する。


「それで、ケイが近付いてきたのにも気付けたってわけだ」

「なるほどです」


 おれはケイから食事を受け取った。

 状況を考慮したらしく、手でつまめるような簡易な食事だった。


「えと。まだ休んでいたほうがいいんじゃないですか」

「いや。食べられるときに食べておくべきだろう」


 この地方に独特の、芋の粉を原料にした饅頭を一口齧る。

 弾力のある生地を咀嚼して、水の助けを借りて呑み込んだところで、ケイの目の下にあるくまに気付いた。


「ケイこそ、大丈夫か? 寝ていないんだろう?」

「わたしは、戦いでは力になりませんから」


 少女らしからぬ、ほろ苦い笑みが浮かんだ。


「みなさんの手伝いしかできませんし、こういうときこそ頑張らないと」

「頑張っているのはえらいが、無理はするな」


 ぼさぼさになってしまった髪を整えるように、頭を撫でてやる。

 ケイは目を閉じて、しばらく為されるがままでいた。


「サマー?」


 アサリナが鳴いた。

 気配を感じて、おれは手を引っ込めた。


 廊下の向こうに、エルフの男性と何人かの子供たちの姿が現れた。


 おれと目が合うと、男性は子供たちを連れてこちらに来た。


「どうかしましたか、デニスさん」

「お休み中、申し訳ありません」


 村に住むエルフの男性、デニスは頭を下げた。


 デニスは、奇跡的に聖堂騎士の剣にかかることなく逃げおおせた村人のひとりだった。


 おれに、非常に協力的な態度で接してくれている人物でもある。


 彼のお陰で、村になにがあったのか、おおかたのところをおれは把握することができた。


 彼の話によると、村を訪れた聖堂騎士団は、まず村人たちを武装解除したうえで、一箇所に集めたのだという。


 程度に差こそあれ、老若男女問わずにアケルの人々は武装している。

 聖堂騎士との実力差は歴然とはいえ、それは決して無視できる戦力ではない。


 そのため、トラヴィスは警戒して、このような措置を取ったのだろう。


 遭遇した聖堂騎士団にシランとの戦闘以外の損耗がなく、村人たちの抵抗の痕跡がまったく見られないことは少し不思議に思っていたのだが、どうやら抵抗すら許されなかったらしかった。


 しかし、それは村人たちに違和感を覚えさせる行動でもあった。


 樹海と隣り合わせにあり、常に命の危機にあるアケルの民、なかでも開拓村の住人たちは、危険にとても敏感だ。


 聖堂騎士団の要請に従わないわけにはいかないが、そのまま従うのは危険だと感じたのだろう。


 彼らは咄嗟に、子供たちを家に隠した。


 その指示を出したのは、村長を務めるシランの叔父だった。


 子供たちのなかには、隠れていた家屋を焼かれてしまい、命の危うかった者もいたが、おれは『霧の仮宿』の感知能力を駆使することで、彼らをひとりひとり助けて回った。

 ここにいる子供たちは、そうして救い出した子供たちの一部だった。


 その一方で、隠していた車から呼び寄せたローズたちには、まだ息のある村人たちを回収するように指示を出した。


 そうして集められた村人たちに、リリィが魔力の続く限り、回復魔法をかけ続けた。


 手の空いたところで、おれたちも彼女を手伝うために、止血などに奔走した。


 人の命がかかっていた。

 恐ろしく慌ただしい時間が過ぎた。


 ひとまずの治療を終えたときには、日はとっぷりと暮れていた。


 リリィの魔法によって、繋がれた命があった。

 けれど、そうでないものもいた。


 また、辛うじて命を繋いだ者のなかにも、まだ予断を許さない状態の者がいた。

 ここ一日二日が峠だろう。


「た、孝弘様」


 子供たちのひとりが声をかけてきた。

 みんな十歳前後の、ケイと同じか少し幼いくらいの子供たちだ。


「なんだ」


 お互いに目配せをして、こちらをうかがうような、おどおどした目をする。

 なんとなく、昔のケイを思い出させる反応だった。


「子供たちが申し訳ありません、孝弘様。シランお嬢様の様子は、いかがですか?」


 なかなか言いたいことを口にできない子供たちの様子を見かねたのか、デニスが口を開いた。


 どうやら彼らは、これを訊きに来たらしい。


 残念ながら、良い返事をしてやることはできなかった。


「……まだ目を覚ましません」


 さっき出てきた部屋の扉を振り返る。


 おれは、現在のシランの体の状態を一番よく把握できるし、不具合に対処もできる。

 なので、休息している間も彼女についていたのだが、倒れてから半日経ったいまも、彼女は魔力切れで意識を失ったままだった。


 目を覚まさないシランの口に、おれは何度か自分の血液を含ませており、わずかながら、魔力は回復していた。

 いずれは復調すると信じたいが……。


「さようですか」


 デニスは溜め息をつくと、深く頭を下げた。


「孝弘様。聖堂教会に異端認定された以上、我らが縋れるものは他にありません」


 悲痛な声だった。


「どうかシランお嬢様のこと、よろしくお願いします」

「それは……はい。できることはやるつもりです」


 おれが応えてやると、デニスは心労でやつれた顔を上げて、少しだけ笑みを浮かべた。


 こんな気休めみたいな言葉でもかまわないくらい、追い詰められているのだろう。

 また、心の底から、シランのことを心配してもいるのだろう。


 そんなエルフの姿に、ほっとしたものを感じた。


 ひとつ、おれには懸念していたことがあったからだ。


 聖堂騎士が標的にしていたのがシランであった以上、村の住人から彼女を糾弾する者が現れるのではないかと、おれは危惧していた。


 もちろん、本当に悪いのは、村を攻撃した聖堂騎士団であり、シランは被害者だ。

 この件について、シランに責任を問うのは酷と言える。


 しかし、たとえ理不尽であっても、得てして人はそうした行為に走りがちなものだ

 追い詰められた人の弱さは、そうした部分にこそ現れうるものなのだから。


 けれど、おれの懸念に反して、デニスを含めたわずかな村の生き残りたちは、シランを責めなかった。


 本当に一切、そうしたことはなかった。


 それで、気付いた。


 シランのせいで自分たちが、ではない。

 シランを含めた自分たちが、攻撃を受けた。


 エルフたちの認識は、おおよそ、そんなところなのだろう。


 つまるところ、彼らは家族だということだ。


 モンスターを引き連れているおれに対して、こうして好意的に接してくれているのも、彼らの命を救ったことに加えて、家族であるシランやケイとの関係がまず前提としてあることが大きい。


 開拓村のエルフの一族は、絆の大切さを知っている。


 彼らは蹂躙される弱者だったが、同時に強い心の持ち主でもあった。

 こんな彼らに囲まれて生まれ育ったからこそ、シランの高潔さは育まれたのかもしれない。


 そんな彼らは、いま、危機に瀕している。


 デニスたちと一緒にケイが去ったあと、シランの眠る部屋に戻ったおれは、これからのことに思考を巡らせる。


 幸いなことに、いまのところ、聖堂騎士団の襲撃はない。


 眠りに就くまでは、ずっとおれが霧の魔法で周囲を警戒していたし、疲弊してしまって仮眠を摂るように勧められたあとは、精神的に復調したリアさんと、魔力の回復がてらリリィが一緒に、村の周囲を警戒しているはずだった。


 ただ、このままずっと襲撃がないと考えるのは危険だろう。


 これからどうすべきか。

 そんな考えに囚われたところで、声をかけられた。


「……孝弘殿」


 ベッドで横になっているシランの目が開いていた。


 おれは一瞬、息を詰める。


「シラン!? 目が醒めたのか!?」

「……はい」


 昨日、魔力切れで意識を失ってから、初めての目覚めだった。


「ここは? いえ。わたしはどうなって……」


 一度、目を閉じて、なにかを思い出す仕草をする。


「……そうでした。村が襲われているのを見て、それで」

「覚えているのか」

「我を失ってしまい、暴走したところまでは。察するに、魔力切れで動けなくなったのですね」


 戦う力を失っても、騎士として培った経験までが失われたわけではない。

 意識を取り戻してすぐだというのに、シランは冷静だった。


「わたしはどれくらい、眠っていましたか」

「半日くらいだ。よかった、目が覚めて」


 シランの傍に歩み寄ったおれは、膝を折ってその顔を覗き込んだ。

 そうでもしないと聞き取れないくらいに、いまのシランの声は弱々しいものだったのだ。


 目を覚ましはしたものの、衰弱していることは間違いなかった。


「血は……要るか?」

「いいえ」


 おれの申し出を、シランは拒んだ。


「ありがたいお話ですが、あまり意味がありません。孝弘殿も、それはおわかりかと思いますが」


 弱々しくはあったものの、静かに諭すような口調だった。


 感覚的に、彼女が言っていることが正しいのは理解できた。


 もともと、シランの体は魔力を受け入れる容量が少なくなっていた。

 現在の彼女の体は更に症状が進んで、ほとんど魔力を受け付けなくなってしまっている。


 アンデッド・モンスターの特性である、精神に左右される体。

 その体を維持することさえできないくらいに、彼女の精神は打ちのめされてしまったのだろう。


 器にひびが入って、底に少ししか水が溜まらなくなってしまっているのだ。


「……村はどうなりましたか」


 そんなふうになっても、最初に口に出たのが他人を気遣う台詞だったから、それに応じないわけにもいかなかった。


「これは聞いた話だが――」


 村の生き残りであるデニスからの話も含めて、シランが我を失ってからのことを、おれは語って聞かせた。


「――というわけだ」

「そうですか。聖堂騎士団は、わたしを追って……」


 シランは思わしげに黙り込んだ。


 彼女にとっては辛い出来事だろう。


 けれど、状況は待ってくれない。


「シランの意見が聞きたい」


 シランは同盟騎士団で副長をしていた経験があり、多少なりとも聖堂騎士に関する知識もある。

 その意見には、大きな価値があった。


「これは、聖堂騎士団の総意だと思うか?」


 おれが尋ねると、シランは横たわったまま視線を伏せた。


「確かなことは言えませんが……さすがにそれはない、と思います」

「理由を聞いてもいいか?」

「あまりにも、手口が乱暴過ぎます。直接、お会いしたことはありませんが、聖堂騎士団団長のハリスン=アディントン様や、副長であるゴードン=カヴィル様の評判は聞いたことがあります。どちらも騎士として、高名な方でした。それに……」


 シランはなにかを思い出すように、ゆっくりと瞬きをした。


「これは同盟騎士団にいた頃に聞いたことですが、団長は彼らと面識があったそうです」

「団長さんが?」

「何年か前に一度、聖堂騎士団の第一部隊が、チリア砦を訪れたことがあったのです。まだ兄が存命の頃でした。団長は彼らのことを高く評価していました。あれこそが騎士だと。いたずらに、民に剣を向けるような人物だとは考えられません」

「なるほどな」


 考えてもみれば、一部を見ただけで、聖堂騎士団という存在そのものにレッテルを貼りつけてしまうのは、いささか早計ではあったかもしれない。


「そうすると、今回の一件は、トラヴィスの独断と考えるほうが自然か」

「わたしはそう思います」

「そうか」


 おれは眉を顰めた。


「となると……攻撃をやめるように、奴らを説得することは難しいな」

「そういうことになりますね」


 シランも同意を示した。


「孝弘殿の話を聞く限り、『聖眼』のトラヴィスは、義憤によって今回の行動に出たわけではありません。『韋駄天』優奈殿のときのように、誤解を解くことで和解するのは難しいでしょう」


 たとえば、今回の一件が、聖堂騎士団がおれを危険な存在と見做していたために起きていたのだとすれば、飯野のときのように和解の目もあったかもしれない。


 しかし、トラヴィスが悪意によって動いているとすれば、そうはいかない。

 おれがいくら自分は邪悪な存在などではないし、アンデッドであるシランもまた危険な存在ではないと主張したところで、無駄だろう。


 彼らは『邪悪なモンスター使いと醜悪なグールを討伐する』という大義名分を掲げている。


 その大義名分こそが大事であって、事実がどうであるかは、どうだってよいのだ。


 村を襲ったのも、そういうスタンスなら納得がゆく。


 おれに協力しているのならよし。

 協力していないにしても、死人に口なしということだ。


「かといって、逃げることもできないな」


 別の方向を検討して、それもまた放棄する。


「生死の淵を彷徨っている村人が、まだ何人もいるんだ」


 絶対安静の彼らを移動させることは難しい。


 ましてや、逃避行など考えられるような状況ではなかった。


「迎え撃つしかない、か……」


 戦いは不可避のものであるようだった。


 おれは拳を握り締める。


 しかし、そんなおれとは違って、シランは落ち着いていた。

 不自然なくらいに。


 まるで、ある種の覚悟を固めているかのようだった。


「いいえ。戦いを避ける方法もあります」


 力を失った声だが、その目にはまだ光があった。


「ひとつお願いがあります」


 シランは言った。


「わたしが村に残ります。孝弘殿は、動ける村人を連れて、逃げてください」


◆次の話も一緒に投稿したほうがいいかな、と思っていたのですが、


予約日を設定していたことを忘れていて、

気付いたら更新されていました。まる。


orz


次話をお待ちいただければ幸いです。

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