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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
5章.騎士と勇者の物語
148/321

21. 必要なもの

前話のあらすじ:


聖堂騎士団の脅威に対して、その身を犠牲にするシランの提案。

主人公の出す結論は……?

  21



「トラヴィスは『このままでは不利』、『ここは退く』と言っていたのですよね。だったら、『準備が整えばもう一度来る』はずです」


 ベッドに横たわったまま、シランは言葉を紡ぐ。


「あの場にいた聖堂騎士団は、全員ではありませんでした。本来、聖堂騎士団第四部隊は、二百名からなる部隊です。恐らく、手分けしてわたしの行方を追っていたのでしょう。わたしひとりだけが相手なら、自分が直卒する五十人でも十分だと、トラヴィスは判断していたに違いありません。ですが、その場には孝弘殿もいた。そのため、一度退いて十分な戦力を引き連れてくることにしたのだと考えられます」


 口を挟む余地はない。


 おれも同意見だった。


「リリィ殿やガーベラ殿といった、孝弘殿の眷属のことをトラヴィスは知っている口ぶりだったのですよね。であれば、孝弘殿の能力が、『韋駄天』優奈殿などのような圧倒的なものではないことも伝わっていると考えるべきでしょう。このまま聖堂騎士団が恐れをなして逃げ帰る、などということはありません。そして、一度退いたトラヴィスが再び来るということは、孝弘殿を……転移者ひとりを討つに十分な戦力が揃ったと判断したということ。聖堂騎士団は、歴史上、常に勇者とともにありました。転移者が持つ能力がどの程度のものであるかは、把握しているはずです。その見立てに、間違いはないでしょう」


 せつせつと、シランは危険性を訴えかける。


「村の怪我人のなかには、動ける者、動かせる者もいます。子供たちだっています。孝弘殿には、どうか彼らだけでも引き連れて、お逃げ願いたいのです」

「……シランはどうするつもりだ。村に残ると言っていたが」

「トラヴィスの狙いはわたしです。わたしが残らなければ、孝弘殿たちは危険に晒されるでしょう」

「死ぬつもりか」

「どちらにせよ、わたしの体は、そう長くはもちません」


 横たわるシランの腕が震えて、少しだけ持ち上がった。


 けれど、ある程度以上の高さに持ち上がる前に、ぽすりと元の場所に落ちてしまう。


「また症状が悪化したことは、孝弘殿もお察しでしょう」

「……」


 実際、シランの体はこれ以上なく弱っていた。


 村が襲われたことで一撃。

 これだけでも、彼女の精神にとっては大きなダメージだったというのに、生き残った者さえ全員は守り切れないという現状が、更に追い打ちをかけているのだ。


 たとえばだが、ここで動かすことのできない村人たちを見捨てれば、おれとリリィたち、そして、シランをはじめとした一部のエルフたちは逃げられるだろう。


 しかし、ここで村人たちを見捨てた事実は、シランの心に致命的な傷を与えてしまう。


 症状は悪化して、彼女の心と体は限界を迎える。

 それは目に見える未来だった。


「どうせ先のないこの身なら、せめて時間稼ぎの役にくらいは立ちたいのです」


 魔力のほとんどを失い、まともに動くこともままならない状態でベッドに横たわっているシランの体から、強烈な気配が立ち昇った。


「孝弘殿のお陰で、最低限の魔力はあります。絞り尽くせば、短い時間であれば戦えるでしょう」


 確かに、いまのシランの魔力量であっても、一瞬で爆発させれば往時の戦闘力を発揮できるかもしれない。

 ただ、その生き着く先は破滅だ。


 ブレーキなしの暴走列車。

 一度走り始めれば、今度こそ、戻ってこられない。


 そして、シランはそのための切符をすでに握っていた。


「……みなの無念を、思い知らせてやります」


 表面だけ静かな声色。

 薄皮一枚下に感じ取れる凶暴な気配は、グールのものだ。


 ひとつきりの碧眼のなか、感情の炎が暗く揺らめいている。


 いまのシランなら、確かにグールと化して聖堂騎士と戦うことは可能だろう。

 同胞を無残に殺された膨大なまでの怒りが、彼女の胸の裡に燃え盛っているからだ。


 復讐心を武器に、その身をグールに変えて、シランは最後の戦いに挑もうとしている。


 それはまったく、騎士らしくない在り方だ。


 けれど、それも当然なのかもしれない。


 いまのシランは騎士ではなく……ただの女の子なのだから。


「確かに、シランが囮になれば、おれたちは安全に逃げられるのかもしれないな」


 彼女の熱に引き摺られないように、おれは努めて冷静な口調で返した。


「だが、そんなことを、おれが許すと思うのか?」

「……それは」


 シランの気勢が初めて揺らいだ。


 視線が逸らされる。


「もう先のないこの身が役に立てるのです。それでいいではありませんか」

「そんなわけがあるか。これは前にも言ったはずだぞ。迷惑をかけられようと、役に立たなかろうと、そんなことは関係ない。おれはシランに、ここにいてほしいんだって」


 アンデッド・モンスターとしての自分に苦しんでいたシランにかけた言葉は、嘘ではない。


 おれは身を乗り出して、シランの肩を掴んだ。

 逃がしていた目がこちらを向いた。


「戦えなくてもいいんだ。シランはもう騎士じゃない。ただの女の子なんだから」


 ともに戦う味方のために、力なき同胞のために、多くの人々が生きる世界のために。


 シランはずっと誰かのために戦ってきた。

 おれ自身、あのチリア砦の事件では、彼女の献身によって、十文字の脅威から守られた。


 その結果として、シランはアンデッドになってしまい、いまは騎士としての力を失ってしまっている。


 持てる力のほとんどを失ってしまった女の子に、戦いを任せるわけにはいかない。


 ここで決意を口にすることに、躊躇いはなかった。


「戦うのは、おれたちがやる」


 この村で聖堂騎士団を迎え撃つ。もはや、それしか道はなかった。


 シランと違うのは、おれはこれ以上、誰ひとり失うつもりはないということだ。


 ここで村を守り切りさえすれば、シランがこれ以上の精神的なダメージを被ることはない。

 精神に左右される彼女の肉体が、衰弱することもないはずだ。


「孝弘殿……」


 おれの覚悟の言葉はシランの耳にどのように響いたのだろうか。

 両肩を掴まれたまま、シランはしばらく無言でいた。


 片方だけの目が、引き寄せられるように、すぐ近くにあるおれの顔を見詰めていた。


 色を失った唇がわななき、不器用な笑顔が作られた。


「……ああ。孝弘殿らしいお言葉ですね」


 なんだか、泣き笑いのような顔をしていた。


 そうしてシランが口にしたのは、予想もしない問い掛けだった。


「どうして孝弘殿は、そうまでしてくれるのですか」

「……なに?」


 戸惑うおれに、酷く真摯な言葉が重ねられる。


「わたしが犠牲になれば、孝弘殿が危険を冒す心配は少なくなります。なのに、どうして?」


 その言葉には、なにかを期待するような響きがあった。

 甘えるようにこちらを見る視線が、歳の割に大人びた雰囲気のある彼女に、珍しく幼さを感じさせた。


 騎士の凛とした姿とはまったく違う、女の子としての一面。

 その可憐さに、どうしようもなく意識を奪われる。


 掌が掴んだ少女のひやりとした肩が、そこにある体が、いっそう存在感を増して感じられた。


 ひたむきな瞳に、視線を絡めとられた。

 甘く心が痺れる。


 少女が抱く、なにか特別な感情に、おれは触れたような気がして……。


「おれは――……」

「いえ。これも、以前に言ってくれましたね」


 おれの返答が形を成す前に、シランは口を開いていた。


 苦笑交じりの、生真面目な口調だった。


「仲間だから。わたしのことを仲間だと、そう思ってくれているのでしたね」

「あ、ああ。シランは、大事な仲間だよ」


 それは事実だったから、おれは頷かざるをえなかった。


 けれど、それが先程口にしようとしていた言葉と同じものだったのかどうかは、いまになってはわからなかった。


 大きな眼帯で覆われたシランの顔に、眉を下げた微笑みが浮かんだ。


 その表情に、先程垣間見えたように思えた、特別ななにかはない。

 ただ、尊敬する存在に向ける全幅の信頼があった。


「光栄なことです。わたしも、孝弘殿のことは大切な仲間だと思っています」

「……ありがとう」


 おれも笑みを返した。

 それが自分にとって心の底から嬉しい言葉であることだけは、確かだったからだ。


 ベッド脇に膝をついていたおれは、ゆっくりと立ち上がった。


「あとのことは、おれたちに任せてくれ」


 言葉を残して、部屋を出た。


 後ろ手で扉を閉める。目が合った。


「旦那様」

「サルビア?」


 いつの間に実体化していたのか、廊下の外でサルビアが待っていた。


 呆れたような視線だった。

 溜め息をつかれた。


「旦那様もシランさんも、少し真面目過ぎるわね」


 おれは酷く困惑した。


   ***


 シランと話をしている間は大人しくしていたアサリナが、嬉しそうにサルビアにじゃれついた。


 おれの身の裡に宿る者同士のシンパシーでもあるのか、このふたりは仲がいい。


 アサリナに絡み付かれたサルビアが、声をかけてきた。


「旦那様は、聖堂騎士団と戦うつもりなのね」


 どうやら彼女は、状況を確認するために出てきたらしい。


「この村で待ち構えて、聖堂騎士団を迎え撃つ……聖堂騎士団や、ひいてはその背後にいる聖堂教会を敵に回すことになるのね」


 普段は穏やかな彼女だが、さすがに緊張を隠せない様子だった。


 ただ、少しその認識は間違っていた。


「いや。まだ聖堂騎士団が敵になると決まったわけじゃない」

「どういうことかしら」


 サルビアは首を傾げた。


「実際、聖堂騎士団は村を攻撃したわけでしょう?」

「違う。村を攻撃したのは、トラヴィスとその一党であって、聖堂騎士団そのものじゃない」


 これは、シランとの会話から考えられることだった。


 無論、トラヴィスたちを退けることで、聖堂騎士団との関係が悪化してしまう可能性はある。


 だが、シランの話を聞いた限りでは、聖堂騎士団自体はトラヴィスの卑劣さとは切り離して考えるべき存在のようだ。

 対話の可能性は、少なくとも、トラヴィスを相手にするよりはあるだろう。


 もっとも、それらは全てトラヴィスを退けることができてから考えるべきことだが。

 まずは目の前の問題をどうにかしなければ、どうしようもないのだから。


「聖堂騎士団は強大だ。敵対視されてしまえば、正直、おれたちに勝ち目はないだろう。だが、トラヴィスとその一党が相手なら、話は別だ」

「なるほど」


 頷いたサルビアが、小さく眉を寄せた。


「それでも、敵は聖堂騎士団二百名よ。そのうえ、こちらは最大の戦力であるガーベラさんを封じられているわ」

「それも違うな。最大の戦力を封じられているのは、奴らも同じことだ」


 確信を持って、おれは答えた。


「あのガーベラを衰弱させたんだ。トラヴィスの『聖眼』が恐ろしく凶悪な能力であることは、認めざるをえない。だが、それも絶対じゃない。なぜなら……あの場面、あいつはおれたち全員を『聖眼』で弱らせてしまわなかったからだ」

「ええと……? どういう意味かしら」

「考えてもみろ。ガーベラを弱体化させた力だぞ。間違いなく、おれたちにも効く。効かないわけがない。おれたち全員を弱体化させてしまえば、わざわざ撤退なんてしなくても、あの場で殺してしまうことは可能だったはずだ。違うか?」

「それは……」


 口元に手を当てて、サルビアは考え込む。


「……確かに。言われてみれば、妙ね」

「加えて言えば、たとえ撤退するにしても、弱体化させておくに越したことはないはずだ。そうしない理由がない。だが、奴はそのまま撤退した」


 サルビアの目に理解の光が灯った。


「トラヴィスには、もうこれ以上は『聖眼』が使えなかった?」

「そういうことだ」


 そもそも、強化や弱体化というのは、かけ続けていなければ効力が持続しない。

 その原則は、トラヴィスの『聖眼』も変わらないはずだ。


 樹海の白い蜘蛛は甘くない。


 勇者そのものならともかくとして、その末裔に過ぎないトラヴィスでは、ガーベラと同時に別の対象にも術をかけることは困難だ。


 これは実際、当事者の一方であるガーベラにも確認を取っていることだから間違いない。

 少しでも力を緩めれば、白い蜘蛛は拘束を引き千切るだろう。


「トラヴィスは『恩寵の愛し子』の二つ名持ち。聖堂騎士の最大戦力のひとりだ。見方を変えれば、いまの状況は『ガーベラがあいつらの切り札を封じてくれた』とも言える。もちろん、あいつが迷わず自分の力を行使したのは、ガーベラをこちらの最大戦力だと知っていたからこその判断だったんだろうが……それでおれたちに勝てると思っているのなら、勘違いの代償を払うことになるのはあいつらのほうだ」


 おれはとめていた足を進め始めた。


 みんなと相談して、襲撃に備えないとならない。


 サルビアと別れたおれは、パスを通じて一番近くにいる眷属のもとに向かった。


 覚悟は決まった。

 勝算はある。


 あと、必要なものがあるとすれば……。


「ローズ。入るぞ」


 ノックをして部屋の扉を開けると、ローズと加藤さんがこちらを振り向いた。


「ああ、ご主人様。お目覚めになったのですね。おはようございます」

「ローズ……?」


 少しだけ、驚いた。


 もともと部屋に置いてあった家具は片付けられて、広い空間が作られていた。


 部屋の中央に座り込んだローズの目の前には、右腕ばかり十本のスペアが並べられていた。

 丁度、メンテナンスでもしていたらしい。


 それだけではない。

 他にも様々な物品が並べられていた。


 どれも彼女が作った武具や魔法道具である。


 なんのために彼女がそうしているのかは、決まり切っていた。


「ご主人様がお休みの間に、戦う準備は進めておきました」

「ローズさんが、先輩ならそうするからって」


 手伝いをしていたのか、腕に模造魔石を抱えた加藤さんが言った。


 ローズの整った顔が、真っ直ぐにこちらを見上げた。


「わたしだけではありません。姉様たちも、各々できることを始めています」

「……そうか」


 ふっと笑みが出た。


 膝をついて彼女に目線を合わせると、その手を取った。

 作業のために、手袋を脱いだ剥き出しの人形の手を、両手で包むようにする。


「ありがとう」

「はい」


 本当に嬉しそうに、ローズは頷いた。


「加藤さんはいいのか?」


 おれは、淡い笑みを浮かべて親友を見守る少女に視線を移した。


「まあ、本音のところとしては、先輩にはご自分の身の安全を最優先してほしいところですけれど……」


 幼さの残る顔立ちに、大人びた苦笑が過ぎった。


「先輩は、この世界にローズさんたちと一緒に生きる場所を作ると言ってましたよね。その目的のために、ここは退いてはいけない場面なんだと思います」


 落ち着いた口調で、加藤さんは語った。


「リアさんやヘレナさんは、先輩たちを受け入れてくれています。他のエルフの皆さんもです。シランさんやケイちゃんという橋渡しをしてくれる存在、立場ある同盟騎士団団長の支持……多分、こんな機会は二度とありません。ここで、味方になってくれるエルフの村を守ることには、大きな意味があります」


 理性的に語った彼女は、最後に、にこりと笑みを浮かべた。


「どうか先輩の思うようにしてください。」


 加藤さんもまた、おれの背中を押してくれていた。


 みんな、おれのことを理解してくれている。

 それが嬉しく、なにより頼もしかった。


 ならば、もはや憂いはない。


「戦おう、トラヴィスたちと」


 おれたちは早速、迎撃の準備を整え始めた。

◆お待たせしました。


反撃を決断した主人公たちが動き出します。

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