表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/922

幕間 第九話 篠原隆雄(事故当時44)の場合

例によって非常に鬱な話です。短いですし、オース世界の重要なことも書いてませんので読み飛ばしても一向に差し障りはありません。気持ちが沈むような話が苦手な方は戻るボタンを押下することをお勧めします。

なお、今日はもう1話アップします。

 今日も今日とて変わりばえのしない退屈な仕事中、いつもと違うことが起きた。


 俺の運転する列車が事故を起こしたのだ。


 それも旅客運転中に路線バスと衝突するという最悪の事故だ。


 なぜ信号は停車を示す赤にならなかったのだろう?

 なぜ何重にも予備回路のある各種保安ブレーキが動作せず手動でないとブレーキをかけられなかったのだろう?

 いまさら思い返しても詮無いことではあるが、納得はし難い。


 踏み切りに進入してきたバスに気がついてブレーキをかけたが、時速70kmという高速で走っていた列車が完全に停止するにはあまりにも距離が短すぎた。

 バスの横腹に衝突し、その衝撃でバスの屋根の一部が剥がれて俺に向かって飛んできたのは、運転席から飛び出し、列車のフロントガラスに俺の頭が打ち付けられる寸前に見えた光景だ。




・・・・・・・・・




 ああ、俺はなんというひどい事故を起こしてしまったのだろう。なぜもう少し早くバスに、いや、遮断機が上がっていることに気がつかなかったのか。信号はいつもと変わらない青で、だから大した減速もせずに運行を続けたのだ。もう20年も運転士をしているから信号の見落としはありえない。これは自信を持って言える。


 だが、事故は起きた。きっと何十人という規模の夥しい死者や怪我人も出たことだろう。その保障で会社にも大損害を与えたことだろうし、ことによったら俺も刑事罰の対象になるかもしれない。これじゃ家族にも顔向けが出来ない……。まして事故死や大怪我を負った人達に対しては詫びる方法すら思いつきはしない。


 そうだ、事故とは言え俺は人殺しだ。大量殺人者だ。許されるわけがない。仕事は完璧にやっていたつもりだったが、経緯はどうあれ、俺の責任において発生した事故だ。


 ……しかし、苦しいな。……あ、こんなことを考えていられるということは俺は助かったのか?


 助かってしまったのか!?


 苦しい。


 あの様子じゃかなりの死傷者が出たのは確実なのに、列車の運転者である俺は助かってしまったと言うのか!?


 何という事だ!


 苦しい。


 許されないだろう!


 何故俺が助かるのか!?


 苦しい。


「ううううぎゃああぁぁぁぁ!」


 赤ん坊のような泣き声が出た。


 思い切り声を上げて泣いたのはいつ以来だろうか。


 今の俺に出来ることは泣く事くらいしかない。




・・・・・・・・・




 腹が減っては泣き、なにか飲ませてもらう。


 眠くなっても泣き、またなにか飲まされそうになるのを嫌がって泣き疲れていつの間にか寝てしまう。


 こんな日を幾日送ってきたのだろうか?


 もう嫌だ。


 毎日事故のことが頭をよぎり、苦しんで亡くなったであろう犠牲者を偲んでまた泣いてしまう。


 頼む、いっそ誰か殺してくれ……。




・・・・・・・・・




 目が見えるようになってきた。


 どうやら外国のようだ。


 そして、驚いたことに俺は赤ん坊になっていた。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 俺は、あの事故の責任を……。


 くそっ、どうやって責任を取ればいいんだ!?


 毎日毎日、事故の夢を見る。


 頭が変になりそうだ。


 いや、既に変になっているんだ。


 だから自分が赤ん坊になっているとか思えるのだ。


 そうだ、俺はもうとっくに狂っているんだ!!




・・・・・・・・・




 狂っているから母親面して俺の面倒を見ようとしている女も子供のように小さいのだろう。


 狂っているから今まで見たこともないような風景、家、物や道具なんかが想像されているんだ。


 そうだ、これは全て狂った俺の脳が見せている幻影でありまやかしだ!


 何もかもが狂っていやがる!


 何もかもが俺を嘲笑っていやがる!


 這いずる事しか出来ないのがその証拠だ。


 俺は事故で助かりはしたが、這うことくらいしか出来ない体になってしまったのだ。


 狂っているから俺の脳は俺の体を赤ん坊に見せて納得させようというのだろう。


 狂っているから言葉もわからず、看護婦を小さな女の子に見せているんだ。


 狂っているから医者も子供のように見えるんだ。


 笑いかけているように見せているけれど、本当は汚い言葉で俺をののしっているに違いない。


 たまに顔を出す知らない外国人は最初だけ俺に興味を示すがすぐに子供のように見える医者と看護婦との話に熱中する。きっとその正体はいつから事情聴取出来るようになるのか確認に来た警官だとか、会社の調査関連の人間だろう。


 あは……。


 あはは……。


 あはははは……。




・・・・・・・・・




 もう嫌だ。


 狂った頭には世界全てが狂って映る。


 死んだほうがいい。


 誰も殺してくれないなら自ら死のう。


 そうだ、事故死した犠牲者に死んで詫びるのだ。


 看護婦の監視の目をくぐりぬけ、建物の外に出るが、何というか、その……ものすごい田舎だった。


 しばらく建物の周囲を巡ってみると、建物の脇にマンホールのようなものがあるのを見つけた。蓋は木製だったが。半分ぐらい開いているので中を覗き込んでみるとやはりマンホールのようで、深い竪穴に見える。


 頭から落ちたら死ねるだろうか?


 試してみる価値はあるだろう。


 下水に落ちたとしても大怪我位するだろうし、夜には大きなドブネズミに齧られるかもしれない。


 苦しんで死のう。


 せめてもの償いだ。


 汚い下水でネズミに齧られるというのも、事故死した人達や、怪我をした人達からしてみればいくらかでも溜飲を下げる死に方だろう。


 大人の体であれば、この蓋のずれたマンホールの隙間に入ることは出来ないだろうが、入れないならまた別の方法を考えればいい。


 俺は蓋のずれたマンホールに飛び込んだ。


 するっと通れた。


 狂っているなら狂っているなりに自分の目算にあわせて光景が修正されていたようだ。赤ん坊に通り抜けられそうに見えていたが、あれは本当は大人の体でも通り抜けられそうな隙間だったのだろう。


 芸が細かい狂い方だが、もうどうでもいい。


 僅かな浮遊感の後、冷たい水に飛び込んだ感じだ。


 なんだ、マンホールじゃなくて貯水槽か何かだったのか。


 貯水槽だったら病院のものだろう。


 俺の死体で汚してしまうことになる。


 また迷惑をかけるのだ。


 だが、もういいや。


 このまま息を止めて……って冷たい水だな。このまま浮かんでいても凍死するかもしれない。


 目を閉じよう。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ