第三十話 鍛冶の開始
7歳になったばかりの俺は、今日も今日とてプロテクターの改良と新製品の開発を行っていた。プロテクターは自分で言うのも何だがかなり出来はいいと思っていただけに、両親や従士達から出た改善要求はかなり厳しいものであった。
改善要求は以下の通りだ。
1.蒸れるため、空気の流動が可能になるように
2.重量の低減
3.体積の減少
4.硬度が高いため、もう少し柔軟性を
5.防御力の向上
はっきり言って無茶苦茶だ。
要望は理解出来るが、こんなの現代日本の技術力や工作精度があったって無理だ。
だいたい、矛盾しすぎだっつーの。
ゼロ戦を作った例の技師の悩みがほんのちょっとだけ解った気がした。
取り敢えず最初の蒸れ対策から始めてみる。
まぁこの改善要求の中では妥当だろうし、無理もないと思う。
戦争状態だといつも装着しっぱなしに近い状態だったらしいし。
蒸れると辛いもんな。
なお、これについては従士達が現地改修である程度の目星をつけていてくれた。
また、革鎧の上に装着するタイプのプロテクターを使っていた従士からは蒸れについては大腿部以外何の不満も出なかったことを付け加えておこう。
もう上半身は全部革鎧の上でいいんじゃね?
胸部や腹部、大腿部などのプレートは板状に作ってあるが、もちろん体の肉付きにあわせている。
例えば胸部や腹部は外側部分は昔の仮面ライダーのように筋肉状にプレート形状を整えているが、内側は外側の形状に合わせて凹ませたりはしていなかった。
もちろんある程度の凹みは作ってあるが、プロテクターをひっくり返して見てみると装着者の体型に合わせて凹みを作っていた。
このため、互換性などはあまりない。
しかし、体型にフィットするため無理のない可動範囲を作れていると自負していたのだ。
勿論、短時間であれば全く問題はなかった。
むしろ、変に遊びを作ったほうがフィットしていないので装着に違和感があると言われていたのだ。
だが、この体型に合わせた凹みが問題だったようだ。
鎧下を着用してその上にプロテクターを装着しているとはいえ、鎧下程度の厚みの生地だと密着しすぎて通気性が確保されないので1時間もすれば汗びっしょりで不快感がこの上なかったそうだ。
こんな簡単なことに気づかなかった俺も俺だが、最初に皆も言ってくれよ、とは思った。
でも、革鎧と比べても体にフィットして使いやすかったので、大した問題では無いと思っていたようだ。
まぁこれも実戦証明と言えばそう言えなくも無い。
これを現地改修したものは主にシャルが作り始めたらしい。
やはり女性だけあってそのあたりは気になるのか。
それとも他の人間が異常に我慢強かったのかな?
シャルはプロテクターの裏に補修用で持っていった細いゴムバンドを貼り付けることである程度の通気性を確保したらしい。
ゴムバンドがあまり広くなく、量も適量であれば確かにプロテクターのプレート部分と体の間に隙間が空くので通気性は確保できるだろう。
しかし、ただゴムバンドを貼り付けただけなので大した効果は無かったようで、やはり蒸れて厳しかったそうだ。
そのため、プロテクターを体に固定するゴムバンドを緩めておき、戦闘時に誰かに背中の部分を締め直してもらうほうが簡単で効果的だったようだ。
うーむ、だとすると普段はゆるゆるの状態でサッと締められるバンドを考えたほうがいいのか?
でもそれだと戦闘が長引いたりすると結局は同じだしなぁ。
バンドはバンドで考えるとして、まずはプレート部の空気流出入用の空間を作ることが本道だろう。
何ヶ月か試行錯誤してプレートの内側に大きな溝を掘るようにしてみた。
その分防御力が落ちては意味が無いので、溝というか、突起の分だけ嵩も増えたし重量も増えた。
だが、溝だけでは換気に不十分ということも判明し、プレートの外側に近い部分にいくつか換気用の穴を開けることで対応できた。
穴は脇の下に近い部分と脇腹に近い部分に空けた。
両親と従士達で装着しっ放しのテストを繰り返してやっと完成したと言ってもいい。
まだ充分に換気できる前の段階のプレートを装着したまま農作業や開墾をして貰った事は忘れない。
彼らの恨みがましい目つきも忘れない。
……しょうがねーじゃんか。
残った項目のうち2と3にあたる軽量化と小体積化についてはもうね、無理だよ。
5の防御力とトレードだし。
これを解決するのはゴムやエボナイト以外の新素材を作る必要がある。
軽量化については穴を増やすことでいくらか対応は出来そうだけどね。
穴くらいだと雀の涙程度の重量低減にしかならないだろうし。
4の柔軟性の向上についてもそれだけ取れば可能だがエボナイトの硬度を落とすだけなので、こちらも5の防御力の向上とはトレードの関係になる。
だいたい、最初に作るときに防御力の検証とか言ってさんざん試し切りとか試し突きとかしたじゃんか。
それで決まった厚さだぞ?
と言っても最も厚い部分で4㎝くらいだし外周部や薄いところは1㎝程度しかないのでもう少しエボナイトの量を減らして硬質ゴムの部分を増やせばあまり防御力を落とさずに柔軟性を担保できるかも知れないな。
表面をエボナイト、裏面を硬質ゴムの積層構造にしていたが、エボナイトは表面全体ではなく胸や腹の正面部分など、重要な内臓のあたりだけにすればいいのか。
硬質ゴムのプレートの表面の一部にエボナイトのプレートを追加ではめ込むようにすればいけるんじゃないだろうか?
硬質ゴムと言っても素材の密度は高いのである程度の防御力は残せるしな。
……だとすると槍などで突かれたときに穂先が変に滑らないようにエボナイトプレート表面にわざと溝でも作るのもありかも知れん。
露出した硬質ゴムの表面は下手にいじらないでそのままでもいいだろう。
そうすれば突かれても穂先が滑る先を特定しやすいし、滑った先だけを厚くするかその部分だけでも金属プレートをはめ込んでもいいかも知れない。
あ、表面のエボナイトプレートは部分的じゃなくて全面でもいいのか、部位によって厚さを変えればいいか。
とにかく鎖帷子などの金属製の鎧より軽ければあまり問題はないのだ。
今でも金属鎧と比較すれば比べ物にならないほどには充分軽いのだし防御力も金属鎧よりちょっと落ちるくらいだ。
あとは多少重量が増えるが鎖帷子をほぐして数㎝おきに鎧のプレートの中に鎖を入れるのも手かもしれない。
または、今魔法で作っている金属を貯めてなんとか針金を作って金網を埋め込んでもいい。
魔法で取り出している鉄は別のことに使いたいので出来ればそこまではやりたくないが。
・・・・・・・・・
ところで、プロテクターの改良なんかよりずっと重要なことをいくつか忘れていた。
農耕と鍛冶だ。
約束通りヘガードは農耕馬を購入してくれた。それも一気に3頭もだ。
おかげでゴムノキを新規に植える開拓地の開墾はものすごい速さで進んでいる。
一体いつごろ種を植えたらいいのかわからないので今までに収集した種を毎月3つづつ植えている。
去年の11月頃からまきはじめたのだが、まだ1つも芽は出ていない。
まぁこれは最長でも1年で解決するはずなのであまり問題視はしていない。
それよりも3頭の新規農耕馬を全部開墾に充て、今までいた荷馬車用の2頭を通常の耕作に充てる決断をした両親は手放しで褒められるだろう。
馬を貸し出すに当たって決めた料金は有名無実化しており、貸し出しの順序は従士長のベックウィズが管理している。
村民達に公平に貸し出すのかと思いきや、耕作の進捗状況などを見ながら調整しているらしい。
開墾の賦役などで働き手が少なくなって、進捗状況が悪い畑を優先してるようだ。
結果としてほぼ横一列の耕作状況を作り出せたらしい。これはベックウィズだけが褒められる状況ではない。
ゴムが金になり、村に外貨を呼び込むことが出来ることがわかり、心に余裕の出来た両親の指示のたまものかとも思ったが、なんと、それを進言したのは兄のファーンだそうだ。
流石俺の兄貴。イケメンなだけある。
既にファーンは13歳になっており、成人する一歩手前だ。
来年、14歳になってからウェブドス侯爵の騎士団に入団することも決まっており、バークッドのエリートコースまっしぐらだ。
この様子だと、騎士の叙任を受けて親父から士爵を継いでも上手くやっていけることだろう。
「どうすればもっと村が良くなるか、発展するか良く考えればおのずと答えは出る。ゲロ吐くくらい考えればそうそう間違うこともない」
ファーンはこんなイケメンな事をさも当然であるかのように言って笑っていた。
ゲロのくだりはどうかと思うが、うちの兄貴まじイケメン。
でもこういう考えが自然と出来るように教育した両親はもっと凄いのかも知れない。
ファーンの言葉を聞いて呆然とする俺に、今度は姉のミルーが言う。
「そうよ、兄様は父様の後を継ぐんだから、今からいろいろ考えておかないといけないのよ。私達は兄様の決めたように動けばいいのよ」
……ミルーは流されやすいタイプか?
「まぁでも、兄様がいるから私達は好きに出来そうよね」
と俺に耳打ちしてくる。
あ! わかっててやってるのかぁ。
そう言えばミルーは未だにシャルやヘガードに冒険者時代のエピソードを聞きたがっている。
やっぱり幼少期の憧れは消せないらしい。
最近は魔法だけでなく、剣の修行も本格的なものになってきており、一昔前のファーンのように子供とは思えないほどの剣を振るう。
ひょっとしたら純粋な剣技だけだと俺達兄弟の中で一番強いかもしれない。
今でこそ体格の問題でファーンに一歩譲っているようだが、身のこなしや剣の技自体は既に従士にも引けは取らない。
俺はと言えば……まだ素振りだけだよ。悪かったな。
ちょっとだけコンプレックスが無いわけではないので、竹刀、というか木銃を作った。
勿論、過去に俺がまともに訓練した銃剣道と銃剣格闘のほうが使いやすいからだ。
まわりからはいびつに曲がった短槍、というふうに見られている。
いいんだよ、この形で。
だいたい剣と言っても鋳造の剣なので切れ味は悪いし剣自体のリーチはいいとこ70㎝くらいだ。
短めだとはいえ槍のがいいに決まってるだろ。
日本刀だって普通のは60~70㎝くらいだったというから、槍でいいのだ。
そういえば、間者を殺して奪ったブロードソード、どうしようかな?
潰して何か役に立つものでも作るか? でも、勿体無いよなぁ。
鍛冶のほうはヘガード自ら俺に教えてくれた。
ヘガードも昔武具の修繕でちょっと齧った位らしいので、本当に基礎的な部分くらいだが、それでも先達が誰もいないよりは全然ましだ。
鍛冶は俺のほかにドワーフのアルノルト・フリントゲールも一緒に習った。
親父のゲルダンは鍛冶が全く出来ないのにアルノルトには才能があるらしく、俺より上手に鋤や鍬を補修出来る。
いままでは月に一度くらいドーリットまで誰かが纏めて補修に行っていたのでこれも村の発展要素ではあるのだろう。
鍛冶のおかげでアルノルトはゴムの製造からは外れ、代わりにジョッシュという、まだ14歳の従士の息子が加わった。
ジョッシュはファーンと歳が近いこともあって親しく付き合っているようだし、いいんじゃないかな。
俺は貯め込んだ鉄を鍛えることに夢中だ。
いままでちまちまと貯めていた鉄は1㎏ちょっとの量がある。
小刀くらいは充分に作れる量だし、30㎝程度の銃剣を作るには多いくらいだ。
燃え盛る炭に石の鍋を乗せ、さらに火魔法で温度を上げてやれば鉄が融解するくらいの温度はすぐに出せる。
それより、鍛冶設備で購入した耐火煉瓦や石鍋が割れないように温度を上げ過ぎないように注意を払うのが大切だ。
確か、炭素を加えれば鉄は鋼になって硬度や靭性も増すはずだ。
俺の場合、土から魔法で鉄だけを取り出しているので製錬や精錬は必要ない。
二本の失敗作を経て何とか短めの銃剣らしきものを鍛えられたのが僥倖だろう。
尤も、実際に鍛えたのはアルノルトだが。ガキの俺に出来るわけ無いだろ?
アルノルトやヘガードはハンマーで鍛えるという概念を知らなかったので説明に苦慮したが、魔法の通りを良くすると言う俺の適当な方便に渋々ながらも協力してくれた。
そりゃそうだ。この世界では分子間結合や結晶化した分子圧着なんか誰に説明しても理解されないだろうし、信じて貰えないだろう。
そもそも、ハンマー自体は熱である程度軟らかくなった農機具の形状を叩き直す以外に使わないのだ。
まぁ、本来は製鉄時に取れなかったリン分などの不純物を叩き出すのが主目的の「鍛え」なのであまりかんかんやっても意味は薄い。
適度な炭素を加えられて叩く事による鉄の結晶の結合ができればそれでいい。魔法万歳!
銃剣なので日本刀のように反らせる必要も無い。
鋒両刃造を真似して途中まで両刃にした。
本当は鎧通しのように厚さ1㎝くらいにしたかったのだが、二本分の失敗で鉄が足りなくなってしまったための苦肉の策だ。
地味に痛い。
それでも峰の厚さは6㎜程確保出来たので、刺突に使う分にはいいだろう。
刀身は30㎝程、本来は柄の付くはばき以降の柄頭までの茎は12㎝程、重量400gほどの64式銃剣状の直刀だ。
柄を造り、目釘を嵌めて革紐を柄巻として巻けば、見た目だけはそれなりになった。
柄を外して銃のようにちょっと曲がった1mほどの柄に取り付ければ64式小銃と同じ感覚で使えるだろう。弾倉は無いので弾倉を使った殴打は出来ないけど。
柄は槍にも使われる頑丈な樫の木を魔法で乾燥させ、エボナイトと併せて作った。
本当はもっと手軽に取り外しの出来る着剣装置もつけたかったが、難しいので諦めた。
弾倉抜きの64式セットで俺もミルーやファーンに対抗できる、と思っていたが、自分の体の大きさを忘れていた。
俺にはでかすぎる。
こればっかりは体が大きくならないと無理だ。ちくそー。
当面物置の肥やしだな。当然の如く皆に馬鹿にされたし。覚えてろ。体に合うちっさいの作ろうかな。
もっと食って運動してでっかい男になってやる。
あ、物理的にも精神的にもね。