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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第一章 双子の少女
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第5話

 翌朝、野営の後片付けをしたアルディスたち。


「夜までには街へ入りたいんだがなあ」


 テッドの視線は双子に向いている。

 強面(こわもて)の大男に睨まれて――本人は睨んでいるつもりなどないのだが――まだ幼い少女たちが顔を強ばらせた。


 もともと歩幅の小さな少女たちだが、それ以上に問題なのが手足につけられた物人を表す円環だ。

 手と足に左右それぞれつけられた円環は、互いに短い鎖でつながれている。

 逃亡防止や持ち主への反抗防止という意味でも、物人たちは手足の自由を奪われているのだ。

 必然的に歩幅は小さくなり、ただでさえ遅い歩みをさらに遅れさせる事となる。


「つっても、あのなりじゃあオレらの足についてくるのは無理だよな」


 暗にアルディスへふたりを背負えと、テッドが目で伝えてくる。


「可能な限り自分の足で歩いてもらうつもりだ」


「だからあんな足枷つけたままでどうやって――」


「外す」


 大したことではないといった風にアルディスが口にした言葉で、一瞬三人があっけにとられる。


「あのね、アルディス。そんな簡単に外せるなら物人はみんな今頃逃げてるわよ? 物人を逃がさないための円環なんだからね……、って聞いてないわね」


 オルフェリアが止める間もなく、アルディスは双子に近寄っていく。


 少女たちは相変わらずアルディスたちに怯えているが、かといって逃げ出すでもなく、ただ体を寄せ合っているだけだ。

 逃げたくても逃げられない自分たちの立場を身に染みて知っているのだろう。


 アルディスは改めてふたりの容姿を観察する。

 共に顔が隠れるフード付きの服を着ており、今もアルディスたちの視線から逃れるように顔をうつむかせている。

 細い手足と()せこけた頬。フードの隙間からのぞくプラチナブロンドの髪は、薄汚れてくすんだ色に見えた。

 やや青みがかった浅緑(あさみどり)色の瞳が、様子を窺うようにアルディスを見ている。


「そこに座って」


 冷たいアルディスの言葉に、怯えながらも素直に従う双子。

 年端(としは)も行かない少女たちが疑問を口にするでもなく、反抗するでもなく、唯々諾々(いいだくだく)と言われたままに従うというその事実が、彼女らのおかれていたこれまでの状況を物語る。


 表情に出さず、それでも心を痛めながら、アルディスは少女たちの手足にはめられた円環をつぶさに観察する。


(破壊するのは容易い。しかし当然それは想定済みか……。仕組みはそこまで複雑じゃないが、……ああ、なるほど、確かにこの世界の魔術師には解除できないな)


「どうなの? 外せそう?」


 魔術師の端くれとして、純粋に興味が湧いたのだろう。オルフェリアがアルディスの後ろからのぞき込んできた。


「手足全ての円環が連動してる。どれかひとつでも外すと、残りが発火する仕組みだな」


 発火と言えば大したことがないように聞こえるが、実際には手足が炭化するほどの高温だ。なまじ致命傷で無い分よけいに(たち)が悪かった。


「安全に解除するつもりなら、四つ全てを同時に解除する必要がある」


「四人の魔術師が必要ってことかしら?」


「いや、単純に四人いれば良いというわけでもない。解除にあてる魔力の質が異なればどう調整したところでタイミングにズレが起こる。千回も繰り返せば一度や二度、偶然タイミングが合うこともあるかもしれないが、狙ってやるのは無理だろう」


 それでは実質的に解除は無理と言っているのも同然である。


「結局解除できないって事でしょ?」


「そうでもない。魔力の質がことなるというのが問題なら、一人で四つの円環を同時に解除すれば良いだけの話だ」


「できるわけないでしょ、そんな事。ようするに一人で同時に四つの解除魔法を唱えろって言うことじゃない。そんなの王国でも指折りの魔術師にも無理よ!」


(そりゃそうだろう。この世界の魔術師には、な)


 しかめっ面のオルフェリアを放置して、アルディスは少女に足を抱えるようにして座らせる。

 手足の円環がひとところに集まったところで手をかざした。


(式の解析……トラップ解除……発動合わせて……今!)


 カチリ、と小気味よい音を立てて少女の手足から四つの円環が外れる。


「へ?」


 オルフェリアが間抜けな声をもらした。


「え? ちょ、ちょっと待って! アルディス? 今何したの? 何で円環が外れてるのよ!?」


「オルフェリア、うるさい。次はおまえだな、同じように足を抱えて座れ」


 オルフェリアの動揺にも我関せず、アルディスはもうひとりの少女も座らせて円環を解除する。

 円環を外された双子は、拘束するもののなくなった手首をしきりにさすり、不思議そうな目で自分の手首とアルディスを交互に見ていた。


「心配すんな。もうあんな物、つけさせはしない」


 安心させようとアルディスは口にするが、すぐに双子は距離を取って互いに身を寄せ合った。


「ま、そうそう(なつ)いてくれるわけもないか」


 独り言をつぶやくアルディスの横では『白夜の明星』のメンバーが勝手にアルディスを評していた。


「お前、ホント何でもありだな」


「あはは、やっぱりアルディスって面白いよね! 見てて退屈しないや!」


 約一名、執拗(しつよう)に食い下がる赤毛の魔術師をのぞいては。


「ちょっと! アルディス! 今のどういうこと!? ちゃんと説明してよ、ねえ!」


 魔術師のオルフェリアにとって、アルディスがやったことは「すごいな」ですませられる事ではないらしい。

 納得できる説明を聞くまでは逃がさないとばかりに、アルディスの両肩をがっしり捕らえ、その体を前後にゆすっていた。


「わかった! ちゃんと説明するから、やめろ!」


 知識欲というものは魔術師という人種にとって正気を失わせるに値するものらしい。

 猫がマタタビで我を忘れるように、魔術師はその探求心により理性のタガがはずれるものと相場が決まっていた。


「別に特別なことをしたわけじゃない。四つ同時に解除しただけだ」


「それのどこが『特別じゃない』のよ! イレギュラーにもほどがあるでしょ! 四つ同時に解除魔法なんて使えるわけないわ! 第一、あなた詠唱もしてなかったじゃない!」


 そこがアルディスとこの世界の魔術師を大きく(へだ)てる認識の差であった。


 アルディスに言わせればこの世界の魔法は魔法ではない。

 そもそもアルディスは魔法を使っている意識がないのだ。


「魔法を使うのに詠唱が必要だなんて誰が決めたんだ?」


「え? そりゃ、魔法を学ぶときにそう教えられるし……」


「俺に言わせりゃ、そんなのは魔術師たちの勝手な思い込みだ」


「でも……、詠唱がなければどうやって魔法を使うっていうのよ?」


「剣士が剣を振るうのに、いちいち『袈裟懸(けさが)けからの脳天突き』とか『左()ぎのフェイント』とか言葉を口に出すか?」


「魔力を使う魔法と自分の体を動かす剣術は全然違うでしょ」


「そうか? じゃあ聞くが、自分の体を動かす時はどうするんだ?」


「それは……、動かそうと思えばそれで動くじゃない」


「じゃあ、『動かそう』と思った時、どういう仕組みで体が『思った通りに動く』のか説明できるか?」


「それは……」


 思いもよらなかった問題提起にオルフェリアが口ごもる。


「ふうん、面白え」


 考え込んでしまったオルフェリアの代わりにテッドが口を挟んできた。


「オレも剣士の(はし)くれだから、今の話はちょっと考えさせられるな。自分の体が自分の意思で動かせることに疑問を抱いているやつなんて、オレを含めてほとんどいやしねえだろう。確かに言われてみりゃあ、体が動くなんて当たり前にしか思ってなかったが、『どうして動く?』って言われても、『そういうもんだ』としか答えようがねえもんな」


「そういうこと。自分で動けない樹木や岩石から見れば、俺たち人間が動き回ってるのなんか摩訶(まか)不思議な妖術に感じられるんじゃないか? もっとも、樹木や岩石に自我があればの話だけど」


「つまり」


 と、それまで聞きに徹していたノーリスが言う。


「アルディスにとって無詠唱で魔法を使うのは、僕らが走ったり跳んだりするのと同じくらい自然なことなんだ?」


「まあ、おおざっぱに言うとそんなところだな」


「無詠唱だから同時に魔法を四つ使うことも簡単、と?」


「簡単とは言わないが、可能だ」


「あはは。やっぱりアルディスと一緒にいると退屈しないや! テッド、これは是が非でも『白夜の明星』に入ってもらわないと! こんな規格外なの、よそに取られるのはもったいないよ!」


「お前に言われなくてもわかってる。アルディス、昨日も言ったが『白夜の明星』に入ること、本気で考えてくれ。お前がその気ならオレたちは大歓迎だからな」


「ああ、考えとくよ」


「あと、ノーリス、オルフェリア。このことは他言無用だぞ。またアルディスが余計なもめ事を引き寄せかねんからな」


「ん、わかった」


「……わかったわ。というか言ったところで正気を疑われるだけだと思うし」


「よし、じゃあさっさとトリアへ向かうぞ。アルディスは双子の面倒きっちり見とけよ」


 そうしてアルディスたちはトリアの街へ戻るべく、双子を連れて街道を北東へ向け歩き始めた。


2017/11/01 誤字修正 伺う → 窺う

2018/07/16 誤字修正 飛んだり → 跳んだり

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