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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第一章 双子の少女

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第6話

「あー、夜が出てきちまったな。閉門までに間に合えば良いんだが」

 テッドが黒く拡がりつつある空を見上げてぼやいた。

 野営の後片付けをして双子の円環を取りはらったのは、早朝の夜が薄くなり始めたころ。
 それから一行はトリアへ向かって街道を歩いてきたのだが、予想通り幼い双子が足枷となった。

 いくら手足が自由になったとは言え、大人の、それも強靱な足腰を持つ傭兵たちの歩みについて行けるわけがない。
 合間合間で双子をアルディスが担ぎ遅れを取りもどすが、さすがに一日中抱えているわけにもいかず、結果として当初の予定よりも大幅に遅れが発生していた。

「見えてきたわ」

 フードに隠れた顔から汗のしずくをこぼしながら、オルフェリアが言った。

「ようやく着いたか」

 テッドもホッと息をつく。
 遅れを取りもどすために午後からは休憩の回数を減らし、少々無理をしながら歩いて来たのだ。
 その甲斐あって、何とか門限までにトリアへたどり着くことができた。

 それから三十分。
 アルディスたちがたどり着いた時には、門番たちが閉門の準備をしている真っ最中だった。

「ほら、早くしろよ」

 門番たちも早く仕事を終えて帰りたいのだろう。アルディスたちを急かして、通行証をおざなりに確認する。

 だがそれはアルディスたちに限っての話だった。
 門番は双子を目にとめるや否や、急に表情を硬くして高圧的な態度に変わる。

「おい、お前たちは双子か?」

 双子には馬車の積み荷から子供用の衣服をふたり分抜き取って着せている。
 物人であることを示す円環はアルディスが取り外し、ふたりが物人である事を記述した書類もすでに燃やした。
 多少汚れが目立ちはするものの、今の双子はただの一般人である。

 ところが門番にしてみれば、物人であるかないかなど何の関係もないらしい。
 汚らしいものを見るような目で幼い少女たちをにらみつけ威圧する。

「何とか言わんか!」

「まあまあ、門番さん。あれでもオレたちにとって護衛対象なんでね。あんまりきついこと言わんでもらえんかね?」

 テッドがとっさに機転を利かせて門番をなだめようとする。

「しかしだな――」

「今日もお勤め大変でしたねえ。さぞやお疲れでしょう。これ、少ないですが帰りに一杯引っかけてくださいよ」

 反対側からノーリスが門番の手に銀貨を握らせる。

「う、ううむ……、まあ仕方ない。くれぐれも問題など起こさんようにな!」

 そう言うと、門番はアルディスたちへ向けて追い払うように手を振る。
 そそくさと門を通り抜け、大通りに入ったところでノーリスが手のひらを上に向けて差し出してきた。

「アルディス」

 ノーリスの言わんとするところを察して、アルディスは自分の財布から銀貨を取り出し、その手に乗せた。

「双子をつれて歩くって事はああいうことだからね。変に抵抗して騒ぎを起こしたらまた敵を増やすことになるよ? まあ、それはそれで面白そうだけど」

「ああ、助かったよ。テッドもすまなかったな」

「良いって事よ。じゃあ、オレらは木材商のところへ報告にいくから、ここでな。また次の仕事が入ったら声かけるからよ」

「アルディス。……その、……色々言いたい事はあるけど、女手が必要になったら遠慮せず声かけてね。できる限りのことはするから」

「ああ、じゃあな」

 テッドたちが立ち去り、大通りに残されたのはアルディスと双子の少女たち。

 すでに夜は空の大半に拡がり道行く人もまばらだが、行く人行く人みな双子を見ては顔をしかめていく。
 そんな視線に苛立ちを感じながら、アルディスは双子を促して宿への道を歩き始めた。

 アルディスの常宿は大通りに面した出入りの便が良い場所にある。
 トリアにある宿の中では中規模の大きさで、相場よりやや安い部屋代と食事の量が多いことで客をつかんでいた。
 傭兵たちの間では料理の味がいまいちとの評判だったが、味にこだわりがないアルディスにとって大した問題ではない。

 双子の分、部屋代や食事代はかさんでしまうだろう。
 だが幸いにしてアルディスはお金に困っていない。
 延々と養い続けるわけにはいかないが、引き取り手が見つかるまでは面倒を見るつもりであった。

 とりあえずはさっさと睡眠を取りたい。ここ数日、野営が続いてあまり眠れていないのだ。
 双子には適当な食事を与えて、ベッドに潜り込もう。これからのことは一眠りしてから考えれば良い、そう思っていた。

 宿屋の女将から退去を言い渡されるまでは――。

「出て行っておくれ」

 四日前、宿を出発するときには愛想も良かった女将は、アルディスが双子をつれて帰って来るなり迷惑そうな表情を隠しもせず言った。

「どういうことだ? これまで宿代の支払いを遅らせたことはないし、代金はいつも前払いしている。突然出て行けはひどいだろう」

 それまでとは百八十度変わった女将の応対に、アルディスは眉を寄せて問いただす。

「それはこっちのセリフだよ。それ、双子だろう?」

 女将はアルディスの後ろに立つ双子をあごでしゃくりながら言う。

「だからなんだ? ふたり分の代金も追加で支払うと言っている」

「代金の問題じゃないんだよ。双子が泊まってるなんて知れたらこっちは商売あがったりだよ! あんたうちに恨みでもあるのかい!」

 もはや話が通じる状態ではなかった。
 宿を引き払うか、それもと双子をどこかに捨ててくるかの二者択一を迫られたアルディスは、仕方なく出て行くことにした。

 すでに空は夜が一面に拡がっている。
 いくら街中といえど幼い子供ふたりをかかえてうろつくわけにもいかない。
 アルディスは双子をつれて周辺の宿を片っ端から訪ね歩くが、どこへ行っても双子を忌諱(きい)されまともに取り合ってもらえなかった。

(まさかここまでとは……)

 人々の双子に向ける嫌悪感が想像していたよりもずっとひどいことに、アルディスの気持ちが沈む。
 だがオルフェリアの話を聞いてしまった以上、双子を見捨てることなど彼にはできなかった。

 双子を泊めてくれる宿を探すうちに、アルディスたちはほとんど裏通りと言ってもおかしくない場所に行き着く。
 表通りからずいぶんと離れ、宿が立ち並ぶ通りの華やかさからはほど遠いそこは、街灯の明かりもほとんどなく静かで寂れた雰囲気を感じさせた。

「ちょっとそこのお兄さん! そう、あなた!」

 歓楽街の賑わいとは無縁の通りで、突然女性の声がかかる。
 アルディスは一度ゆっくりとあたりを見回したあと、その声が自分にかけられたものとようやく気づいた。

 アルディスに声をかけてきたのは二十代半ばの女性だった。
 (とび)色の髪を結わえ、その上から三角巾をかぶっている。
 細身ですらりとした体型の、見るからに快活そうな印象を与える外見。
 着ているワンピースは華美なものではなかったが、清潔感にあふれていた。

「もしかして今夜泊まる宿をさがしてるんじゃない?」

「……どうしてそう思う?」

「そりゃ、こんな時間にこんな場所をうろついてりゃ、わかるわよ。日中ならともかく夜にこの辺をうろつく人なんてほとんどいないし、泊まる宿が決まってるんならとっくに宿に戻ってる時間じゃない」

 このあたりは貧しい民家ばかりで、歓楽街のように夜開いている店はない。
 加えてアルディスのように荷物一式を持ち歩いていれば、行くあてを求めてさまよっているのだろうと容易に推測できる。そう女は言った。

「うちはすぐそこで宿屋をやっててね。今なら空き部屋があるからすぐに入れるよ。どうだい?」

 髪色と同じ瞳を向けながら女が売り込んでくる。
 宿を探し回っていたアルディスにとっては渡りに船と言うべきだろう。
 だが――。

「泊めてくれるのはありがたいが、この子たちが一緒でもかまわないのか?」

 そう言ってアルディスは後ろをついてきていた双子へと視線を向ける。

「別に子供が一緒だって――」

 言いかけて女が言葉をなくす。
 アルディスの視線を追い、双子をその目に捕らえた瞬間、沈黙の魔法にかかったかのように口をパクパクと開閉させて絶句した。

「……………………もしかして双子?」

「そうだ。この子たちが一緒でも泊めてくれるのか?」

「え、あ、うー……」

 それまでのシャキシャキした口調とはうって変わって、意味のなさない音を口から吐き出しながら、女が頭を抱えはじめる。

 だがこれまでの宿屋と違い、即答で断られるようなことはなかった。
 よほど客が少なくて困っているのだろう。女の中で双子を泊めたくないという思いと、それでも部屋を埋めたいという思いがせめぎ合っているに違いない。

「うーん……、お兄さんって傭兵さん?」

「まあな」

「その子たちも傭兵なの?」

「いや、違う」

 それからしばらく頭を抱えていた女は、自分を納得させるように大きく頷くと、アルディスに向けて交渉をはじめた。

「条件があるんだけど、それをのんでくれるなら泊めても良いわ」

 泊めても良い、と途端に恩着せがましくなったのは、やはり双子の扱いがひどい世界ならではだろう。

「条件?」

「そう。まず双子であることは誰にも言わないこと。双子を泊めてるなんて事が分かったらお客が寄りつかなくなるわ。次に、その子たちを同時に部屋から出さないこと。同時にふたりを見られさえしなければ、双子かどうかなんて他のお客にはわからないから」

 アルディスはふたつの条件を頭の中で反芻(はんすう)する。

 ひとつ目の条件は特別問題ない。どのみち双子の存在を言いふらしたいわけではないのだ。
 問題はふたつ目の条件だが、許容できる範囲だろう。
 仕事に連れ出すつもりなど元からなく、双子が自分から外に出たがるとも思えなかった。
 ここに来るまでふたりとも全く口を開かなかったが、アルディスの言うことには素直に従うし、物人の円環という枷がなくなった今でも逃げ出す気配は全く見られない。

 確認だが、と切り出してアルディスが女にたずねる。

「食事や体を()く湯は部屋に持ってきてもらえるのか?」

「構わないわよ。手間賃はいただくけど」

「俺は仕事柄、何日も宿に戻らないことがある。その際にこの子たちの世話を頼んでも良いか?」

「うーん……、別料金になるけど良い?」

「それは構わない。部屋代と食事代はいくらだ?」

「普通は三人部屋の部屋代が銀貨一枚。食事が一食小銅貨五枚だけど……。こっちもリスク背負うんだから部屋代は銀貨二枚もらうわよ」

 完全に足もとを見た値段設定だったが、元値を正直に明かすところへアルディスは好感を持った。
 もともと荒くれ者が多い傭兵を泊めてくれる宿自体が少ないのだ。
 他にあてもない以上、割高だろうがなんだろうが、実はアルディスに選択の余地はない。

「ひとりずつベッドは必要ない。ふたり部屋で十分だ。食事は朝晩三人分。この子たちには昼も合わせて三食だ」

「それなら部屋代は銀貨一枚と銅貨四枚で良いわ。食事代と合わせて一日あたり銀貨一枚と銅貨が……八枚ね。お湯は桶一杯で一回ごとに銅貨一枚。食事を運ぶ手間賃は小銅貨五枚。留守の時の世話は……世話と言っても時々見に行くくらいしかできないから銅貨一枚ってところでどう?」

「それで良い。とりあえず十日ほど頼む」

 アルディスひとりの時は一日銅貨六枚ですんでいたものが、一気に銀貨二枚近くにまでふくれあがってしまった。

(それくらいで干上がるほど懐が寒いわけじゃないが……)

 女の強気な金額設定に多少の不満は抱きつつも、一応は身を落ち着ける場所が確保できたことにホッとする。アルディスもさっさと温かいベッドに潜り込んで、寝てしまいたいのだ。

「決まりね。じゃあ、こっちについて来て。正面入口から入ると他のお客に見られるし、裏口に案内するわ」

 アルディスは気が付かなかったが、どうやら女が声をかけてきたのはほぼ宿の真ん前と言っていい場所だったらしい。
 パッと見たところちょっと大きめの民家にしか見えない入口には、確かに『止まり木亭』と小さな看板が掛かっていた。
 女に声をかけられなければ、間違いなく気づくことなく通りすぎていただろう。

 女の案内でアルディスたちは人目を避け宿の裏口に回る。
 裏手に回るとなおさら民家にしか見えない建物に勝手口から入り、そのままふたり部屋へと通される。

「本当はカウンターで手続きしてから来てもらうんだけどね」

 部屋で受付をすませ、十日分の部屋代と食事代を前払いしたアルディスは、さっそく夕食を部屋へと運んでもらう。

「あ、そうそう。私、カシハっていうの。この宿は私と父さんふたりでやってるのよ。父さんにはアルディスさんのこともちゃんと話しておくから、明日にでも顔見せておいてね」

 そう言って部屋を出て行った。
 部屋に残されたのはアルディスと双子、そして三人分の食事。唯一の光源であるロウソクの炎がゆらゆらと室内を照らしていた。

「暗いな」

 アルディスがつぶやくなり、部屋の中がロウソクの炎など比べものにもならないほど明るい光で満たされる。
 光の光源は突然どこからともなく現れ、天井付近に張りついた光の球だ。
 掌より少し大きいくらいで、ロウソクの頼りない光をかき消すほどまばゆい光を放っていた。

 それまでほとんど感情を顔に浮かべなかった双子が驚きのあまり身をすくませる。
 次いでふたりそろって天井を見上げ、宙に浮かぶ不思議な光に目を瞬かせていた。

「温かいうちに食えよ」

 アルディスをまだ警戒しているのだろう。
 部屋のすみで身を寄せてこちらを伺う双子へぶっきらぼうに告げると、アルディスはイスに座って食事をはじめた。

 フードを外した双子の髪は思ったよりも短い。うなじと耳があらわになるショートカットの髪は、積み重なった汚れで本来の輝きを失っていた。

 スプーンでシチューをすくい、美味いとも不味いとも言わず黙々と口に運んでいく。
 五分もせずに食べ終わるが、困ったことに双子は全く手をつけないでいる。
 それどころかテーブルに近づく気配すら見えず、アルディスが食べている間もずっと部屋のすみでうずくまったまま、こちらの様子を伺うだけだった。

「食わねえのか?」

 アルディスが声をかけても反応はない。視線はこちらを向いているし、声も聞こえているように見える。だがふたりから言葉の返ってきた試しがないのだ。

「俺はもう寝るからな」

 仕事に加え、宿探しで余分に疲れたアルディスは、早々にベッドへと潜り込んで眠りはじめた。
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