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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第一章 双子の少女

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第4話

「アルディス。ちょっとテッドたち呼んでくるから、ここで待っててくれる?」

「あー、……了解」

 それはつまりこのふたりが変なことをしないように見張っていろと言うことだろう。

 アルディスはもう一台の馬車へ駆けていくノーリスから視線を外し、ふたりの女の子を観察する。
 年の頃は七つか八つくらい。
 見るからに粗末な貫頭衣(かんとうい)に身を包み、アルディスのことが怖いのか、互いに身を寄せ合って震えていた。
 その目には明らかな警戒と怯えの色が見える。

 よく見ればふたりの容姿はそっくりだった。
 年の近い姉妹なのかもしれないが、おそらくは双子だろう。

 アルディスはふたりが商人の身内ではないかと最初は推測したが、すぐにその考えを振り払った。
 商人の身内にしては着ている服があまりにみすぼらしい上、その痩せこけた頬を見れば食事も十分に与えられていないことが容易に想像できたからだ。

「子供がいるって?」

 ノーリスに連れられて直ぐにテッドとオルフェリアがやって来た。
 ふたりは馬車の幌をめくって中をのぞくなり、「うわ、マジかよ……」「困ったわねえ……」とそれぞれ眉を寄せた。

 頭を抱える三人にアルディスが問いかける。

「どうするんだ、あの子たち? 街まで連れて行くにしても、歩いてもらわなきゃならんが……」

「待て待て、ちょっと考え中だ。はあ……、物人(ものびと)は良いとしても、よりにもよって双子かよ」

 テッドが頭を抱えながらため息を吐く。

物人(ものびと)?」

「そうだ。手足のところ見てみろ。腕輪と足輪があるだろう。あの造形は物人の円環だ」

 テッドの言う通り、ふたりの少女は四肢に同じ造形の円環を装着している。
 だがアルディスが浮かべた疑問はそれについてではない。

「物人ってなんだ?」

「はあ?」

 テッドだけでなく、オルフェリアもノーリスも信じられないものを見るような目でアルディスをとらえる。

「お前、それ本気で言ってるのか?」

「あはは、やっぱりアルディスって変わってるよね」

「んー、世間知らずだとは思っていたけれど……、正直ここまでとは思わなかったわ」

 三人からのひどい言われように、さすがのアルディスも不機嫌そうだ。

「で、結局物人ってのは何なんだよ?」

 つい言葉にトゲが出てしまうのは仕方ないことだろう。

「ごめんごめん。怒らないでよ。ちゃんと説明するからさ」

 ノーリスがあわててなだめる。

「先に言っとくけど、あんまり気分の良いものじゃないよ?」

 無言で頷くアルディスを見て、ノーリスは物人について話し始める。

「物人っていうのは金銭で売買される人間のことさ。何て言ったら良いんだろうね……、商人が扱う時の商品名みたいなものかな。親に売られた子供とか、借金が返せなくなって身を滅ぼした人間とか、罪を犯した人間、戦争で捕虜になった人間なんかが物人として売買される。物人は財産も持てないし、移動の自由もない。人として法の保護も受けられない。なんせモノだからね」

「奴隷みたいなものか?」

「まあ、近いかな。ただ、奴隷の方が少しはマシだろうね。最下層とはいえ奴隷という身分を持っているわけだし、一応人間として扱ってもらえる。もちろん主人の命令には従わないといけないし、社会的な権利はほとんど持っていない。でも主人の方針次第では財産を持つことも許されているし、家庭を持つこともできる」

「物人は違うのか?」

「物人は人間として扱われない。奴隷を殺せば殺人になるけど、物人は殺しても器物破損として罰を受けるだけだ。奴隷を虐待すれば悪評が立つけど、物人に傷をつけても食事を与えなくても、それは商品の管理が悪いという評価を受けるだけ。商人としては悪評が立つけどそれだけなんだ。あの子たちはまだ服を着せてもらっているだけマシな扱いだよ」

「……」

 テッドが説明を引き継ぐ。

「買い手が付けばその時点で奴隷身分になって、晴れて物人ではなくなるってえわけだ。奴隷になりゃあ、主人が許す範囲で人間としての扱いを受けられるようになる。そりゃあ奴隷だって決して幸せとは言えんだろうが、物人に比べればまだ良い方だろう。だがあいつらの場合は双子だからなあ……」

「双子だと問題があるのか?」

「なんだ? それも知らねえのか? 物人も()み子も知らねえなんて、お前どんな田舎で育ったんだ?」

「知るかよ。俺がいた場所じゃあ、物人なんてのも双子がどうとかっていうのも聞いたことがない」

「ねえ、アルディス。あなたこの国で双子を見かけたことある?」

 唐突にオルフェリアが横から問いかける。

「双子を……?」

 アルディスは記憶を掘り起こす。この国――いや、この世界に来てから一年間の記憶を。

「そう言われてみると、双子を目にしたことはないな。……でもたまたまだろう? 双子なんてそうポンポン生まれるものでもないだろうし」

「そりゃあ、人口百人くらいの田舎ならいないかも知れないけど。トリアくらい大きな都市で全く見かけないのはおかしいと思わなかったの?」

「……」

「双子ってね、忌み子なのよ。女神に仇なす邪神の使徒と言われているわ」

 女神、と聞いた途端にアルディスの目に殺気が宿る。

「おいおい、あんまり怖い顔すんなよ。ほんとお前女神のこと嫌いなんだな」

 一瞬で変わったアルディスの様子に、ためらいながらもテッドが言葉をかける。

「周りに俺たちしかいないから良いけど、街中では気をつけろよ」

「あ、ああ……すまん」

「特に教会関係者に見られたら事だよ? 教会に目をつけられてるのも、神父の前で女神を批判するようなこと言ったからなんでしょ?」

「ノーリスの言う通りよ。あなたは女神になにか思うところがあるのかもしれないけれど、白昼堂々と批判するのはやめた方が良いわ」

「わかった……、心しておく」

 オルフェリアはアルディスの返事を聞き、安堵の息を吐くと忌み子のいわれについて話しはじめた。

「かつての神界戦争において、最後まで女神を苦しめたのが邪神グレイス。その邪神の尖兵(せんぺい)として女神を苦しめ、唯一傷を負わせたのが双子の悪魔だったらしいわ」

 双子の悪魔、と聞いた瞬間にアルディスの拳が強く握りしめられる。

「教会にしてみれば、女神を傷つけた悪魔に連なるものとして、双子は生まれながらに許されざる罪を背負っているそうよ」

「オルフェリアは……、それが本当のことだと思っているのか?」

 絞り出すような声でアルディスが問う。

「真実かどうかなんてわからないわ。はるか神話の時代に起こった出来事を、見聞きした人間なんてどこにもいないのだから。ただ……」

「ただ?」

「双子が生きて行くのにこの世界は厳しすぎる、それは事実よ」

「実際、双子ってだけで生まれてすぐに処分されるなんてのはよくあることだ。地域によっちゃあ片方だけ残して育てるってところもあるらしいがな。周囲からは(さげす)んだ目で見られ、教会で祝福も受けられず、病気になっても医者は治療してくれねえ。当然まともな仕事にもつけねえ。当の本人たちよりも、親の方が先にまいっちまう場合もあるらしい。大方あの子たちもそのクチだろう。親を亡くしたか、それとも売られたか……」

 テッドの目にはかすかな憐憫(れんびん)の情が浮かんでいた。

「どっちにしてもほとんどの双子は子供の頃に死んじまう。運良く生きのびられても、行き着く先は物人か良くて奴隷。そうでなけりゃ無法者になるしかねえ」

「んで。どうするの、テッド? いつまでもここへ留まるわけにもいかないんじゃないの?」

 ノーリスの言う通りであった。
 いくらアルディスたちに非がないとは言え、それを証明する人間はいないのだ。
 死体がそこら中にあふれている中、端から見ればアルディスたちこそが野盗と間違われてもおかしくない。

「しゃあねえ。とりあえず場所を移すか」

 アルディスたちはひとまず死体の後始末をし、持ち出せるだけの品を運び出す。

「ノーリス。なんか身元が分かるようなものあったか?」

「んー、どうやら王都に店を構える商人みたいだね。トリアにある商会へ納品しに行く途中だったみたい」

 商人の懐や馬車に残された書類を確認していたノーリスが、そう結論付ける。

「だったら遺品持って帰っても意味ねえか……。オルフェリアの方はどうだ?」

「織物とか衣服がほとんどみたい。持ち出せるのは一部だけね。嵩張(かさば)りすぎるわ」

「かーっ、ついてねえな。馬が無事だったら丸ごと持って行けるのによ!」

 その晩、アルディスたちは街道から少し離れた窪地で火をおこし、一晩を明かすことにした。
 幸い馬車の中に薪や道具が積んであったため、予定外の野営にも困ることはなかった。
 空を見上げればすでに夜は拡がりはじめている。

 火を囲むのはアルディス、テッド、オルフェリア、ノーリスの四人。そしてかすかに明かりが届くところに肩を寄せ合いうずくまるふたりの物人。

「結局連れてきたのか……」

 テッドが物人とアルディスを交互に見てため息をついた。

「置いて行くわけにもいかないだろう」

 眉をしかめて言うアルディスに、ばつが悪そうな顔でテッドが応える。

「そりゃたしかに置き去りにするのは寝覚めが悪いが……、双子だしなあ。普通の物人ならトリアで売っちまえばいいけど、双子じゃ買い手なんてつかねえだろうし……」

「買い手がつかないとどうなるんだ?」

 アルディスの問いに珍しく口ごもったテッドは、不機嫌そうに言った。

「売れない商品は……廃棄処分だろうな」

「殺すのか?」

「……殺しはしないだろうが、……まあ似たようなもんか。間違いなく言えるのはろくなことにはならん、ということだけだ」

「例えばどんな?」

 追求するアルディスに、横からオルフェリアが口を挟んだ。

「聞かない方が良いわ。気持ちの良いものじゃないもの」

 ()に落ちないといった顔のアルディスをよそに、ノーリスがテッドに向けて言う。

「で、結局連れて行くの? 正直足手まといじゃない? 子供ってだけでも面倒なのに、物人だから歩くのも不自由だし。トリアまで連れていってもどうせ二束三文でしょ?」

 それはもちろんテッドも分かっている事にはわかっていることだろう。
 子供の物人でしかも双子。売れたとしても得られる金は微々たるものらしい。
 だったら商品の衣服でも持ち帰った方がよほど利益になる。
 実際、ノーリスの言うように足手まといであることは確かだ。

「食糧や水を持たせて、自分たちだけでトリアまで行ってもらったら?」

 だがさすがにノーリスが主張するほど冷徹になれるわけではないようだった。
 テッドが苦虫をかみつぶしたような顔で無言をつらぬく。

 テッドにもオルフェリアにもおそらく少女たちを哀れむ気持ちはあるのだろう。
 双子でさえなければ当然のようにトリアまで連れて行ったのかもしれない。

「あのふたりは俺が連れて行く」

 テッドの頭を掻いていた手が、オルフェリアの眉間を揉んでいた指が、新たに薪をくべようとしていたノーリスの手が、アルディスの言葉によって凍りついたように止まる。

「あのなあ、アルディス」

「馬車から得た商品の分け前は放棄する。遅れの原因になるようなら俺が担いでいく。それで文句はないだろう?」

 テッドの言葉を途中でさえぎり、アルディスが言った。

「そりゃそうだが……」

 その提案自体に否はない。分け前が減らず、歩みにも影響がないのなら反対する理由のほとんどはなくなる。

「それで、お前に何のメリットがある? 見ず知らずの物人、しかも双子だ。連れていってもろくな金にはならねえ。そもそも街に入れてもらえるかどうかも分からんぞ?」

「メリットはない。ただオルフェリアが言っていたことが本当なら――」

 自分があのふたりを見捨てるのは無責任に過ぎる、と心の内でつぶやいた。
 目を閉じて沈黙するアルディスにオルフェリアが問う。

「本当なら?」

「いや、何でもない。ただのきまぐれだ」

 言葉を(にご)したアルディスに、テッドは諦めたらしい。

「わかったよ、好きにしろ。俺だって好き好んであいつらを見捨てたいと思ってるわけじゃねえ」

「悪いな、テッド」

「だけど街まで連れて行ったとしても、テッドの言う通り入れてもらえるかわからないわよ?」

「その時は夜にこっそり忍び込む」

「あはは。やっぱりアルディスって面白いね! じゃあ、その時は僕も手伝ってあげるよ!」

 愉快そうに笑うノーリスとは対照的に、テッドとオルフェリアは呆れ顔を隠そうともしない。それは言い換えれば『諦め』の心境なのだろう。

 双子はアルディスたちの話にも全く反応せず、互いを抱きしめ合って様子を伺うばかりだった。
 やがて空の半分以上に夜が拡がった頃、さすがに張りつめていた気持ちも疲れにあらがえなかったのか、ふたりそろって静かに寝息を立てはじめた。
2016/12/20 誤用修正 置き去りにするのは目覚めが悪いが → 置き去りにするのは寝覚めが悪いが
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