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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第十章 学園の異端児

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第111話

「ということで五日後、なぜだか僕が代表して戦うことになってしまいまして……」

「そりゃあ……、災難だったな」

 弱々しく経緯を話すキリルへ、アルディスが苦笑しながら答える。
 本人が望んでもいないのに伯爵の四男と戦うはめになってしまったキリルは、いつものようにアルディスの家へとやってくるなり泣き言を口にした。

 すでに魔術師課程どころか戦士課程にまで話は広まっており、今さらキリルが何を言っても予定は覆りそうにない。
 嘆いたところでどうにもならないのだが、だからといって納得できるわけではない。
 アルディスに向けられているのは、誰かにその不満を聞いて欲しいという欲求だった。人はそれを愚痴(ぐち)と呼ぶ。

「まあ、戦うといっても『試技』ってことは生き死にがかかってるわけじゃないんだろう? 勝ち負けは気にせず、ちょうど良い訓練だと思ってもっと気を楽に持ったらどうだ?」

「約一名ほど、勝ち負けにこだわる人物がいまして……」

 キリルはふんわりとした薄い飴色髪の隙間からこちらを睨んでくる、ダークグレイの瞳を思い起こしてげんなりする。

『良い、キリル? これは現実を見ようとせず安穏(あんのん)とあぐらをかいている貴族と、自らの手で道を切り開こうとする私たちの戦いよ! あなたはその代表なの! 絶対に、絶っ対に負けちゃダメよ!』

 負けを許してくれそうにない子爵令嬢の言葉を思い出して、キリルがうなだれる。

「相手も同じ初年度生なんだろう? 『火球(グライスト)』や『岩石(デッセル)』の応酬程度なら、お前の実力で苦戦する相手とも思えないが?」

「でも相手は特殊な魔術の使い手ですし……」

「特殊な魔術?」

 アルディスが興味深そうな表情を見せた。

「クラッセル伯爵家に先祖代々伝わる門外不出の秘伝がある、というのは結構有名な話ですよ? リオン様は四男ですが、間違いなくその魔術も継承しているでしょうし」

「どんな魔術なんだ?」

「上級魔法である『烈迅の刃スティ・グロール・エルメート』に匹敵する威力を持った風属性の魔術らしいです。ただ、その詠唱が極端に短いそうで、初級魔法並の早さで繰り出すとか」

「ふうん。初級魔法並に、ねえ……」

「先手を取られれば、防戦一方になりかねないですし……」

 どうしたものかとキリルは頭を抱えた。

 魔術師課程の初年度生は、座学を中心として講義が組まれている。
 数少ない実技の講義では、基礎体力作りや初級魔法の制御などがその主目的とされていた。
 そのため年次が上がるまでは、どれだけ強力であろうとも特殊な魔術を()かす機会はない。

 リオンのように、実戦向きの特殊な魔術を持った人間は、実技の講義が増えて行くにつれて実力を発揮できるようになる。
 それが現在の学園における実情であった。
 リオン自身が『実際に戦えば強い者が勝つ』と言ったのは、決して根拠のない妄言(もうげん)ではないのだ。

 確かに扱うのが初級魔法どまりの初年度ではキリルの方が良い評価を受けている。
 しかしこの先、実践的な講義が増えていけば、次第にリオンの持つ特殊な魔術は絶大な威力を発揮することだろう。
 詠唱にじっくりと時間をかけられる今の基礎的な実習と違い、詠唱の早さが勝負の行方に大きく影響する実戦形式の試技になれば、相手の優位性は論ずるまでもない。

 アルディスのように無詠唱で魔法が使えれば、と益体もない思いがキリルの脳裏をかすめる。

 四年前。アルディスと出会ったばかりのキリルは、無詠唱で魔法を使う彼を見て、魔術師というのはそういうものなんだと思い込んでいた。
 しかし学園に入学して魔法学を習うにつれ、それがいかに常識外れの事であるかを知る。

 そもそも詠唱なしに魔法を使うという考えそのものが、世迷い言として受け取られてしまうのだ。
 親友のライですら「話としては面白いけどな」と本気にしてくれなかった。

「キリル、キリルー。魔術って魔法とは違うのか、です?」

 横で話を聞いていたリアナが疑問を投げかけてくる。
 首を横に傾けて、キリルの顔を下からのぞき込んでいるリアナの髪が、重力に引かれてさらりと下に流れ落ちた。

「うーん、そうだねえ……。似たようなものだけど、一応別のくくりになってるみたいな感じかな」

 ひとまず愚痴を横に置き、キリルは双子へ向けて優しい口調で説明を始めた。

「魔術にも魔法にも、同じような効果をもたらすものはあるんだ。火の玉をだしたり風を吹かせたりね。ただ魔術というのは一部の人にしか扱えないんだ。魔法と違って、特定の人にしか使えないのが魔術だよ。アルディスさんの剣魔術なんかがそうだね」

 無論魔術も他人へと指南することはできる。
 しかし強力な魔術や特殊な魔術は、優位性を保つためにその技術を自分で抱え込む場合や、一族、門下のみで秘伝とする場合が多い。
 クラッセル伯爵家の場合は典型的な例だ。

 一方で他人へ指南することができない魔術の場合もある。
 個人の力量による制限や特殊な事情により、どうやっても本人にしか使えない魔術も存在するのだ。
 そういった固有の魔術を持つ者は俗に『唯一の所有者(ユニ・ホルダー)』と呼ばれていた。

 それ以外にも偶然の産物として生まれ、再現性の無いものも総じて魔術と呼ばれる。

「逆に魔力さえあれば誰でも使えるようにしたものが魔法だよ。魔法の詠唱や発動の仕方は教えてもらうことができるし、きちんと手順を踏めば、誰が使っても同じ効果を発揮するんだ」

 厳密には属性による向き不向きもあるため、『全ての魔法が誰にでも』というわけではない。
 だが発動のために必要な詠唱や手順が確立され、広く知られているという点が魔術とは大きく異なる。

 もちろん広く知られているとはいっても、学園のように魔術師課程のある教育機関でなければ学ぶことは困難だし、魔力がなければそもそも習得はできない。
 また、魔法の効果は同じでも威力まで同じとは限らない。
 例えば火の玉を飛ばして攻撃する『火球』の魔法ひとつとっても、術者の魔力によってその威力は大きく変わる。
 魔法を学び始めた初心者の『火球』は木の幹に焦げ跡を作る程度の威力だが、熟練の魔術師が使う『火球』は樹木丸ごと二、三本吹き飛ばすほどの威力をもたらす。

 端的(たんてき)に言えば手順が確立され、正式に魔法のリストへ掲載されたものが『魔法』、そうでないものは『魔術』と言えるだろう。
 ある意味全ては魔術であり、魔術の中で広く一般に習得方法や扱いが知られているものを魔法と(しょう)しているだけで、本質的には同じものである。

「じゃあキリルは魔術使えないのか、ですか?」

「今のところ僕が使えるのは魔法だけかなあ」

 いずれ独自の魔術を編み出す日がくるかもしれないが、少なくとも学園では魔術を教わることなどない。
 当面は魔法の習熟に励むことになるだろう。

「アルディスは魔術使えるのだな、ですね?」

 フィリアがアルディスの背中に覆いかぶさるような格好でしがみついた。
 言いながら両腕をアルディスの胸に回し、力任せに引き倒そうと試みているが、十二歳の少女に彼の体を揺るがすほどの力はない。

「ああ」

 フィリアに対して短く答えると、アルディスはプラチナブロンドのさらりとした髪をやや乱暴になで回した。

 当然アルディスは魔術を使える。
 他に使い手の居ない『剣魔術』など、魔術の最たるものだ。
 ところが、フィリアからの問いかけに答えた後のアルディスは「しかし」と、少し難しそうな表情を浮かべた。

「ある程度予想はしていたが、やっぱり学園ではそう教えてるのか……。だから誰も彼も同じ術を繰り出すし、似たような戦い方しかしないんだな」

「え? どういう意味ですか?」

 予想外の言葉に、思わずその真意を問うキリル。

「俺に言わせればキリルや他の魔術師が使っているのは全て『魔術』だ。『火球(グライスト)』も『煉獄の炎フェルノ・レスタ・ガノフ』もな」

「でも、『火球』も『煉獄の炎』も(れっき)とした魔法ですよ?」

「魔法というのは現象を導き出す術じゃあない。魔力を理解し操る為の法則だ」

「は、はい?」

 言っている意味が理解できず、目を丸くするキリルに向けてアルディスが話を続ける。

「どうすれば魔力を操れるのか、魔力をどう動かせばどんな結果が生み出されるのか。法則さえ理解すれば、あとは魔力を使って火だろうが氷だろうが自在に操れる。魔力を法則に従って操った結果、生み出される事象が魔術。少なくとも俺はそう教えられたぞ」

 思いもよらぬアルディスの説明に、思考がついていかないキリル。

「ちょ、ちょっと待ってください! 何を言ってるんですか、アルディスさん!?」

「簡単に言うと、魔法は『理解するもの』。魔術はそれを『具現化したもの』だ。逆に言えば魔法を理解していないからこそ、決まり切った詠唱と手順を踏まなければ術が使えないし、応用も()かないんだろう」

 キリルは言葉を無くした。

 学園で学んだ魔法史によれば、現在の魔法体系が整えられたのは千年以上も前のことらしい。
 それから長い間、魔法学はじわりじわりと一歩ずつ進んでは時に後退し、ゆっくりとその技術を進歩させてきたはずである。
 一介の学生であるキリルに判断することは難しいが、もしもアルディスの言っていることが事実だとすれば魔法に対する考え方が根底から覆る。
 場合によっては、先人たちの歩みが完全に方向違いの努力であったとされかねない考えだろう。

 だけど、とキリルは思う。
 それが本当ならアルディスの魔法が奇妙なのも頷ける。
 剣魔術という魔法史にも記されていない特殊な魔術が使えることも、そして詠唱なしで魔法が使えることも、だ。

「魔法を理解しなくても術を発現できるようになれば、より魔術の扱いが容易になる。つまり魔術師を多く輩出(はいしゅつ)できる。柔軟性と個々の質よりも、数を揃えることに重点を置いた結果がもしかしたら今の状況なのかもしれないな」

 アルディスは現代の魔法に対する定義、その経緯を彼なりに推測した。

「あ、あの……。アルディスさん」

「なんだ?」

「その話が本当なら、もしかして無詠唱で魔法を使うのって……。アルディスさん以外にもできるって事ですか?」

「できるさ。現にネーレは詠唱なんて無くても魔術使ってるし」

「ええっ!?」

「なんだ。知らなかったのか」

「……ネーレさんが魔法使えるなんて、今初めて聞きました」

 立て続けでもたらされる未知の情報に、キリルが困惑の表情を深めていく。
 だが戸惑いの気持ちを押しとどめながらも、ふとある考えが頭をよぎる。

「その無詠唱魔法って、僕にも習得できるでしょうか?」

 自分が今直面している難問に、一筋の光明(こうみょう)が差し込んだような気がした。

「五日後の勝負までに――」

 だが現実は甘くない。
 キリルの目論見(もくろみ)はもろくも崩れ去る。

「いや、さすがに五日程度の時間で習得するのは無理だぞ。普通は二、三年かかる。キリルの場合は実際に魔術を使っているという経験があるから、もっと短くてすむかもしれないが……。それでも一年以上はかかると見た方が良い」

「そう、ですか……」

 ガックリとうなだれるキリルを慰めるように、アルディスは助言めいた言葉を贈る。

「別に無詠唱で魔術が使えなくても戦いようはあるだろう。いくら相手が特殊な魔術を使えるからといっても、実戦経験も無いひよっこなのはお互い様だ。どうせ足もともおろそかなんだろうし、引っかけて転がしてしまえば主導権を握れるんじゃないか?」

 ガックリと肩を落としたキリルへ、両隣から励ましの声がかけられた。

「がんばれキリルー、です」

「負けるでないぞキリル、です」
2018/01/14 脱字修正 扱ないんだ → 扱えないんだ
2018/01/14 表現修正 掲載されたものを → 掲載されたものが
おかげさまで重版しました!
スニーカー文庫より発売中!

大幅加筆……というか3分の1は書き下ろし。
Web版とは少し違う展開になっています。

さらりと流されたあのキャラが、書籍版ではアルディスの前に立ちふさがる!
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