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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第十章 学園の異端児

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第110話

 静まりかえった講義室の中。
 声の主に気付くとキリルは慌てて立ち上がり、機先(きせん)を制して謝罪した。

「申し訳ありません。うるさかったでしょうか?」

「誰が口を開いて良いと言った、平民?」

「うっ……」

 見下すような目を向けてくるのはキリルたちと同年代の少年だ。
 ()れぼったい頬と鼻のそばに点在するそばかすが悪い意味で目を引いた。
 キリルと同じ魔術師課程に所属する生徒のひとりである。

 この学園で彼の名を知らない者はいない。
 なぜなら、現在学園に所属している貴族子弟の中で、最も爵位の高い家の子が彼だからだ。

 決して美男子とは言えない顔立ちだが、身につけているものはどれも高価そうに見え、一見して貴族の子弟であることがわかる。
 周囲には数人の取り巻きが侍り、彼同様にキリルたちへ向けて非友好的な視線を向けている。

 威圧的な態度をとる相手に言葉を封じられ、たじろぐキリルを(かば)うかのようにエレノアが立ち上がって口を挟んだ。

「リオン様。同じ魔術師課程のクラスメイト相手にそのような物言いはどうかと思いますが?」

「君は黙っていたまえ!」

 子爵令嬢であるエレノアに対しても容赦のない言葉を浴びせる彼の父親はクラッセル伯爵。
 リオンと呼ばれた彼はその四男である。

 一喝されたエレノアは反射的に言い返すのをぐっとこらえたが、その目が冷ややかに細められていることをキリルは視界の端で捕らえていた。
 冷ややかな視線を向けられた当の少年は、すでに矛先をキリルに向けている。
 エレノアの表情に気付かないまま苛立(いらだ)たしそうに声を荒げはじめた。

「先ほどから聞いていれば、貴族の令嬢に対して礼を失するにもほどがある! あげくの果てには名を呼び捨てるなど……、立場をわきまえろ!」

「お前さんには関係無い話だろう」

 相手が貴族だからと失礼のないように席を立ったキリルとは全く異なる理由で、ライが席を立つ。
 その目は挑戦的な光を帯び、相手が貴族であることなど意にも介していない様子だった。

「ちょっと……ライ、やめなよ」

 止めようとするキリルの声を無視して、ライがリオンと呼ばれた少年に食ってかかる。

「貴族様だかなんだか知らないが、人様の交友関係に横から口を出すのは余計なお世話だ。第一、本人が構わないって言ってんのに、他人がどうこう言う問題じゃないだろうが」

 挑みかかるかのようなライの物言いに、キリルが冷や汗をかく。

「貴様、リオン様に向かって何という口のきき方だ!」

 ライの無礼に少年の取り巻きたちが気色(けしき)ばんだ。
 一斉に非難の声がライを集中砲火にさらす。

 その援護射撃を受け、リオンと呼ばれた少年はさらに語気を強めて言葉をぶつけてきた。

下賤(げせん)の民が同類と徒党を組むのはお前たちの好き勝手だ。せいぜい平民同士で馴れ合えば良い。だがそこにエレノア嬢を巻き込むな! 彼女はお前たち平民が気軽に声をかけて良い相手ではない! そもそもお前たち平民が貴族と同じ部屋に居ることすら本来ならば許しがたい行為だ!」

 エレノアがある意味貴族らしくない変わり者であるのと対照的に、この少年は貴族の身分をかさに着て威張り散らす典型的な『民衆の嫌う貴族』だった。

 平民出身の生徒のみならず、貴族出身の生徒にすら顔をしかめている者が居る。
 貴族だからといってこの少年と同じ価値観の者ばかりではないことに、キリルは自分の置かれた状況も忘れてホッとした。

「エレノア嬢、君にも問題がある。平民相手に名を許すなど、君には貴族としての誇りがないのか!?」

 その矛先はエレノアにも容赦なく向けられる。
 リオンの価値観では、平民相手に呼び捨てを許すエレノアの存在自体が許せないのだろう。

「私にも誇りはありますわ。ただし、リオン様の考える誇りとはずいぶん違うかもしれませんが」

 だがエレノアは一歩も引かず、真っ直ぐに相手の目を見て答えた。

「立場の違いを理解させるのも貴族のつとめだ。我々は生まれながらに平民の上へ立つ者であり、下々の者を上手く使いこなさなければならない。平民と馴れ合うのはヤツらの増長を招くだけだぞ」

「『生まれながら』にですか……? 失礼ながら、リオン様はいささか貴族というものに幻想を抱いてらっしゃるようで」

「幻想だと?」

 聞き捨てならないとばかりに、顔をしかめるリオン。

「貴族だろうと平民だろうと、手足があって口から食事をし、刃物で切られれば血が流れ、いずれは皆死んでいく身です。大した違いなどありませんわ。たまたま生まれが貴族の家だからと、それをもって誇りとするのは少々短絡的な考えのように思えますが」

 どうも話の流れがおかしな方向へ移っていく。
 キリルやライに向けられていた敵意の矛先が、いつの間にかエレノアへと転じていた。

「……君は私が愚かだとでも言いたいのかね?」

「これは失礼いたしました。失言でしたわ」

 冷ややかな笑みを浮かべながら、エレノアが形だけの謝罪をする。

「爵位を持つのは貴族が平民よりも優れている証。有能な者がそうで無い者を使うのは当然のことだ」

「有能な者が他の者を導く、それについては同意いたします。ですが爵位を持つだけで優れているというお考えは賛同いたしかねますわ」

「子爵令嬢ごときが、伯爵の息子である私に楯突こうというのか?」

 リオンの声が怒気をはらむ。

 エレノアはミルメウス子爵家の長女であるが、嫡子ではない。
 もちろん、嫡子ではないということならリオンも同様の立場である。

 だがここで物を言うのはそれぞれの家格と爵位。
 相手は四男とはいえ伯爵の息子。
 一方のエレノアは子爵家の娘であった。

 通常の令嬢ならば決して口答えなどせず、素直にリオンの言い分を受け容れるだろう。
 だがこの場に居る大部分の人間にとっては不幸なことに、エレノアは普通の令嬢ではなかった。

「伯爵なのはリオン様のお父上であって、あなたご自身が爵位をお持ちというわけではありませんわ。王国法に基づいて言うならば、私もリオン様も自身は何の権限も持たないただの被扶養者に過ぎません」

「なんだと!」

 エレノアの言葉に、思わず声を荒げるリオン。

「リオン様。先日受けた定期考査の点数はいかほどでしたか?」

「それがこの話と何の関係がある!」

 激昂(げきこう)するリオンの言葉を軽く受け流し、エレノアはキリルを一瞥(いちべつ)する。

「ここに居るキリルは九百三十七点を取って初年度生全体では三位の成績を収めていますが、ご自身で『優れている』とおっしゃったリオン様の点数はいかほどで? ちなみに私は八百九十点でした」

「ぐっ……!」

 リオンが言葉を詰まらせる。

 キリルもエレノアも、入学してから常に成績上位者のリストへ名を連ねていた。
 キリルはもちろんのこと、エレノアの八百九十点という成績も十分優秀と言って良い。
 事実、彼女よりも上位に位置する生徒は数えるほどしかいない。
 そしてその数えるほどしかいない生徒の中に、リオンの名前は入っていなかった。

「また、実技においてもキリルの評価は百点満点中の九十七点。さて、リオン様の評価は何点ですか?」

「そ、それは……」

 リオンという少年も決して無能ではない。
 もともと優秀な魔術師を輩出する家系であり、学園入学前から英才教育を受けていることもあって、優秀な成績を収めている。

 だがそれはあくまでも普通の学生たちに比べればの話。
 キリルがそれ以上に優秀であっただけのことだ。
 単に比べる相手が悪い、とも言えた。

「リオン様ご自身が先ほどおっしゃったように、優れた者がそうで無い者の上に立つとするならば、このキリルこそが私やリオン様の上に立つ人間ということになりますが?」

「暴論だ!」

 貴族の存在意義を真っ向から否定するエレノアの言葉に取り巻きたちが騒ぎ出すが、彼女はそれに涼しい顔で反論する。

「はて? 貴族というだけで優れている、という論法よりは道理にかなう話だと思いますが?」

「ふ、ふざけるな!」

 エレノアの口から放たれる現実離れした論理に、短い時間とはいえ呆然としていたリオンが我に返って声を張り上げる。

「実技の評価など机上のものだ! 教科書通りのことをどれだけ忠実に成そうと、実際に戦えば強い者が勝つ!」

「おや? つまり実戦ならばリオン様は勝てる、と?」

「当然だ!」

 言葉を交わす度に勢いづくエレノアとヒートアップしていくリオン。
 自分たちを置き去りにして応酬を続けるふたりに、キリルもライもあっけにとられていた。

「口でおっしゃるだけならば、それこそ机上の空論ですが?」

「ならば実際に力の差を見せつけてやれば納得するだろう! キサマらの思い上がりが愚者の妄言であると、その身にしかと教え込んでやる!」

「その勝負、(つつし)んで承りましょう!」

 講義室がざわめきに包まれる。
 あろうことか、紳士たるべき貴族の子弟が令嬢に対して勝負を挑み、令嬢の方も迷う素振りすら見せず受けて立つと言うのだ。

 とんでもない事になったと動揺するキリルは、続くエレノアの言葉でさらに慌てることとなる。

「キリルの実力、存分に知るが良いでしょう!」

「は?」

 キリルは自分の耳を疑った。

「キリルが勝ったら、金輪際私たちの交友関係に口をださないでくださいまし。たとえキリルとライが私の名を呼び捨てにしても、一切の干渉をしないでいただきます!」

「その減らず口、二度ときけなくしてやる! 首を洗って待っていろよ!」

 最後に混乱するキリルへ鋭く人さし指を向けて言い放つと、リオンは取り巻きを引き連れて自分の席へと戻っていった。

「いや、ちょっ!? 待っ――」

 突然のことに思考が停止したキリルの肩に、左右から別々の手がかけられる。

「キリル、絶対に勝つのよ!」

「おーし、キリル! 正式な勝負なら相手が貴族だろうが構うことはない。ぶっとばしちまえ!」

 やってやれ、と言わんばかりの表情を向けてくる子爵令嬢と戦士課程の友人。

「えー!? な、なんで僕が!? 勝負を受けたのはエレノア様じゃないですか!?」

「何を言ってるのよ。女性にそんな危険な事を押しつけるつもりなの?」

「いや、そもそもエレノア様があんなに挑発しなければ、こんな事には……。ラ、ライ! こういうことはライの方が適任だよね! 僕の代わりに――」

「戦士課程の俺が戦っても、向こうは納得しないだろ。同じ魔術師同士じゃないと、負けを認めそうにないぞ? あの様子じゃあ」

「そ、そんなぁ……」

 うなだれるキリルへ時間切れを告げるように、講義開始の鐘が響きわたった。
おかげさまで重版しました!
スニーカー文庫より発売中!

大幅加筆……というか3分の1は書き下ろし。
Web版とは少し違う展開になっています。

さらりと流されたあのキャラが、書籍版ではアルディスの前に立ちふさがる!
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