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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第十章 学園の異端児

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第112話

 そしてやって来た試技(しぎ)当日。
 学園の敷地内に(しつら)えられた試技場は人であふれかえっていた。

 もともと学内の実技や訓練だけでなく、学院との交流戦などイベントでも使用される試技場には観戦用のエリアも用意されている。
 もちろん娯楽施設というわけではないので、観戦用エリアと言ってもイスが並んでいたりはしない。
 試技場の中心から離れるに従って傾斜がつけられ、適度な段差が(もう)けられている程度だ。
 観戦者はその段差に腰掛けたり、持ち込んだ折りたたみのイスへ座って見下ろす形となる。

 試技場の中心は直径五十メートルの円形状に整えられた広場となっていて、その周りを三メートルほどの高さで揃えられた壁が囲む。

「へえ。試技場の中って、こんな風になってたんだな」

 試技場を見回したライがキリルの隣で感心していた。

 しかし当のキリルにはそんな余裕もない。
 まさかこれほど大げさなことになるとは思っていなかったからだ。

 伯爵子息との試技を行うこと自体、キリルにとって本意ではない。
 ましてやほとんど見世物状態と言って良いこの光景。
 もともと乗り気ではなかったキリルの気分は底なしに落ちていくばかりである。

「なんでこんなことに……」

 ここのところ、何度目になるかも分からないボヤキが口をつく。

「仕方ないでしょう。方や講師陣も一目置く天才。方や学園で最も高貴な身分の伯爵子息。それがお互いの主張を賭けて真っ向から試技で決着をつけるとなれば、嫌でも注目を浴びるわよ」

「いや、勝負を持ち出したのもそれを受けたのも僕じゃないんですけど」

 身分を(おもんぱか)って、やや控えめにキリルが抗弁(こうべん)する。

「たとえあの伯爵子息が口を出さなくても、いつかはきっとこうなってるわよ。一番面倒そうなのを最初に片付けられるのだから良いじゃない。伯爵子息を叩きのめしておけば、あとは勝手に萎縮(いしゅく)してくれるわ」

 貴族の令嬢とは思えない乱暴な物言いでエレノアが断言した。
 その口ぶりはまるでこの事態を望んでいたかのようである。

「……まさかとは思いますけど、最初からこの――」

「両者! 中央へ!」

 真意を問おうとしたキリルの声は、審判役の合図によってかき消される。

「ほれ、キリル。審判が呼んでるぞ」

「こうして舞台は整えたんだから、意地でも勝ってきなさい」

 無責任な事を言う付き添いふたりに(うなが)され、キリルは渋々と試技場の中央部へ足を進めた。

 中央で待っているのは対戦相手の伯爵子息リオンと審判のふたり。
 歩み出たキリルに向けて試技場全体から視線が集中した。

 観客のほとんどは学園の生徒だが、中には学外の人間と思われる姿がちらほら見える。
 たかが初年度生同士の試技がここまで注目を浴びているのは、キリルの対戦相手が伯爵の息子であるという点もさることながら、審判を務めている人物によるところも大きい。

 審判役となる人物が燃えるような赤い瞳でキリルを一瞥した。
 彼女は数々の遺跡発掘で功績のある高名な探索者だ。
 その名声はもちろんのこと、探索者にしておくのはもったいないほどの美貌を持ち、市井だけではなく貴族たちの中にも信奉者が多い。

 性格は清廉かつ苛烈。
 曲がったことが嫌いで、たとえ相手が貴族であろうと容赦しない事から敵は多く、同時に味方も多かった。

 融通が利かないのは玉にきずだが、それ以上に公正明大であることは万人の知るところである。
 審判役としてこれほどふさわしい人物は居ないだろう。

 なぜ彼女がこんな学生同士の試技で審判をやっているのか。
 その答えをキリルはエレノアから明かされていた。

『貴族なんて、自分が勝って当たり前だとか思っている人間が多いのよ。もちろんそうじゃない人も居るけれど。少なくともあの伯爵子息は平民に負けて素直に結果を受け容れるほどの器量はないでしょうね。試技の後で判定に難癖をつけてくるかもしれないし、もしかしたら審判を買収しようとするかもしれない』

 でも彼女なら大丈夫、とエレノアは断言した。

 筋が通らないとなればどんな大貴族相手でも遠慮なしという評判の女探索者は、伯爵家から圧力をかけられても決して買収などされないだろう。
 加えて実力も名声も確かな人物だ。その判定に疑問を差し挟む者はいないはずだ。
 だからこそ、エレノアは伯爵子息に先んじて審判役を推薦したのだという。

 もちろん高名な探索者である以上、彼女も忙しい。
 本来ならば学生同士の試技で審判を請け負う暇はないはずだが、エレノア曰く『頭を下げ、請い願い』、何とか承諾してもらったのだという。

 父親であるミルメウス子爵が力添えしてくれたのならまだしも、エレノア自身が探索者の元へ出向いて頼み込んだという話を聞いて、キリルは妙にフットワークの軽い貴族令嬢がいたもんだと間の抜けた感想を抱いた。

「伯爵家の人間を待たせるとはどういう了見だ? 平民に礼儀を求めても無駄なことだとは分かっているが、無礼にもほどがあるのではないか?」

「はあ、すみません」

 近づくなり尊大な態度で遅れを(とが)めた伯爵子息リオンは、大人しく謝罪を口にしたキリルを見て調子にのる。

「だいたい、考えてみればどうして私がキサマのような下賤(げせん)(やから)と同じ場に立たねばならんのだ。本来ならキサマが頭を下げて許しを請えばそれですむ話だろうに。今からでも遅くはない。この場で頭を地にこすりつけて謝罪し、学園から去るというなら許してやってもいいぞ」

 その見下した態度にはキリルも腹立ちを覚えるが、かといって相手を(あお)りたいわけでもない。

「えーと……。そうはおっしゃられても、こちらにも事情がありまして……」

 主にどこぞの子爵令嬢が納得しないことは明らかである。
 控えめに申し出を断るキリルであったが、反論したという事自体がリオンには許せないのだろう。

「平民の分際で伯爵家に楯突くつもりか!」

 瞬時に激昂(げきこう)してキリルへ詰め寄ろうとしたリオンを、審判が身振りで押しとどめる。

「言葉も武器のひとつであることは認めますが、試技開始前の過度な挑発は控えてください。これ以上はペナルティの対象とします」

「なんだとキサマ! 私が伯爵家の者と知っての言葉か!?」

 矛先を審判へ向けたリオンに、女探索者はすまし顔で答えた。

「ええ、存じ上げておりますとも。クラッセル伯爵家の四男、リオン殿ですね。で? それがどうかしましたか?」

「知っていてその態度か!」

「今のあなたはこれから戦う試技者のひとり。私はその審判。それ以外に何を加味する必要があるのですか? 私はただ審判としてあなたに接するだけです。これだけ言っても態度を改めないなら、今この場で失格にするだけですが?」

「く……、覚えておけ……!」

 さすがに失格は避けたいのだろう。
 憎々しげに審判を睨みながらも、リオンは引き下がった。

 キリルは内心ほっとする。
 確かに審判を彼女に頼んだのは正解だろう。
 身分を振りかざしたリオンに口を噤むような人物が審判役では、まともな判定は期待できない。

 リオンから今にも食いかからんばかりの視線を浴びながらも、審判の女性は何事もなかったかのように口を開く。

「双方ルールは理解していると思いますが、念のため説明しておきます」

 審判役の確認にキリルとリオンは無言で(うなず)く。

「試技の時間は十五分。勝敗は試技用護符を(もち)います。この護符は身につけている者の体を障壁で防御してくれますが、ある一定以上の負荷を短時間にかけると効果を消失するよう作ってあります。いずれかの護符が無効化した時点をもって勝敗は決します。無論、護符の効果を失った方が負けです」

 審判が紐がつけられた護符を取り出し、キリルとリオンへそれぞれ一枚ずつ手渡す。
 キリルは護符を受け取ると、紐を服の一部に結んで固定する。

「護符の効果が失われた相手に対する攻撃は禁止です。勝敗が決した後の攻撃は即座に反則負けと見なします。実戦ではともかく、試技においては無用な追い打ちなど考えないように」

 護符の効果が失われると、周囲一メートルほどの範囲へ光の粒が拡がる仕組みだ。
 たとえ懐に入れたままであっても、護符が無効化されたことは一目瞭然であろう。

「観客席とは防御障壁で隔てられていますが、意図的に観客席へ向けた攻撃を行うことは禁止されています。また、外部からの支援を受けることも同様に禁止されます。攻撃に用いる魔法の種類は一部を除いて制約を受けません。一部というのは、毒、呪い、それに準ずるものです。武器にこれらの効果を施した物も使用は禁止です。以上ですが、よろしいですか?」

 ルール自体は事前に聞いていた通りだ。
 不服がないことを態度で示す。

「それでは双方、立ち位置についてください」

 審判の言葉を受けて、キリルは試技場中央に記された立ち位置へと移動するも、そこで首を(かし)げることになる。

「あれ?」

「どうかしましたか?」

 思わず声をもらしたキリルへ、審判役の女性が訊ねた。

「あ、その……。立ち位置ってここであってます?」

「ええ、間違いありませんよ」

 地面に記されたラインへと立つキリル。
 それと対峙する相手も同じようにラインの上に立っている。

 だがその距離はキリルが考えていたものよりもずっと近かった。

「本当にこの距離で良いんですか?」

 審判役の女探索者が目を細める。
 キリルの言わんとするところを理解したようだが、ただ首を縦に振るだけで、それ以上を口にはしない。

 一方で、この場に立つもうひとりの人間はその意味を曲解(きょっかい)して口角を上げた。

「なんだ平民。今頃になって怖じ気づいたか? この距離で攻撃魔法を食らうのが怖いなら、さっさと負けを認めて降参しろ」

「え、いや……。間違ってないなら問題ありません。ここで大丈夫です」

 キリルが審判に確認をした理由。
 それは対戦相手との距離がわずか二十メートルほどしかなかったことだ。
 実習で魔法をぶつける的までの距離が同じく二十メートルであることを考えると、学園ではその間合いを戦闘時における適正距離と考えているのだろう。

 だがそれは一般的な魔術師にとってのことだ。
 森でアルディスに鍛えられているキリルにとって、二十メートルというのは決して長い距離ではない。
 比較的足の遅い双剣獣ですら、こちらが攻撃魔法をひとつ唱える間に襲いかかってくる距離だ。

 極端な言い方をすれば、キリルにとっては近接戦闘を行う覚悟が必要な距離である。
 森では獣から逃げつつ、足止めの為に魔法を放っている。
 それを当たり前に行っているキリルならば、逆に距離を詰めつつ魔法を放つことも可能だろう。

「この距離だったら……」

 誰の耳にも届かないような小声でキリルがつぶやく。

 さすがの鬼教官も試技前日ということで、昨日は訓練を休みにしてくれている。
 そのため体調には不安もない。

 アルディスの言っていた『足でも引っかけてやれ』という言葉を思い出して、試技開始直後の流れを組み立てる。

「それでは――試技開始!」

 キリルの考えがまとまったのと、審判が開始を告げたのはほとんど同時だった。
2018/01/14 不要箇所削除 『こちらで用意した護符は身につけていますね?』
2018/01/14 話数修正 113話 →112話
2018/01/14 誤字修正 公正明大 → 公明正大
2018/01/14 誤用修正 平民に礼儀を質しても → 平民に礼儀を求めても
2018/01/14 誤字修正 以上ですが、良ろしいですか? → 以上ですが、よろしいですか?
※感想欄でのご指摘ありがとうございます。

2018/02/11 修正 この一週間 → ここのところ
おかげさまで重版しました!
スニーカー文庫より発売中!

大幅加筆……というか3分の1は書き下ろし。
Web版とは少し違う展開になっています。

さらりと流されたあのキャラが、書籍版ではアルディスの前に立ちふさがる!
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