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昔、書いてた奴のまとめ 作者:無職童貞

異世界クラス転移もの

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002-2

区切れよ……(困惑)

前回までのあらすじ
馬鹿校から異世界転移した(大体あってる)
002 一寸先は闇、二寸先も闇。


「お待ちしておりました、勇者様方」

 少女の告げた言葉の真意が理解できなかった。勇者、とは一体、誰のことだろう。いや、違う、勇者様『方』と少女は述べた。つまりは複数形だ。さて、勇者とは何を指すのか思考してみる。

 例えばクラスの男子、椿と野原は学校の中で、十八歳未満はプレイ禁止のゲームの話題を普通に話す猛者だ、なるほど、勇者だ、確かに。他にも女子の在原と桑山はBLと呼ばれている薄い本を「ぐ腐ぐ腐」言いながら嘗め回すように閲覧する強者だ、なるほど、勇者なのかもしれない。確かに。いやいや、ここで我らが担任の菊池先生を忘れてはならない、去年の学園祭で嫌々と言いながらもセーラー服を着ていた。その上、鏡の前で一回転して、笑顔を作っていた光景と鉢合わせした時の僕のやるせなさと言えば何も言えなくなった。なるほど、彼女こそ勇者なのだろう、下手をすればコスパブと間違われるような事態でも勇気を振り絞った者、彼女こそ勇者だ。そう考えるとクラスのどいつもこいつも勇者っぽい行動を取っていたことを思い出す。

「どういうことだ、おらぁっ!」

 怒声をあげて、詰め寄るのはクラスの男子。喧嘩の速さならクラスでもトップクラスの猿渡だ。年下のような少女に近づいて、絡む姿もある意味、勇者なのだろう。僕だったら、警察おまわりさんが怖くて、できやしない。

 ギィンッ。

「ひぃっ」

 甲高い、金属音が鳴り響く。それと同時に猿渡が尻餅をついた。けれども、僕は猿渡が尻餅をついたという事実なんかよりも、音の正体である物体に目を剥く。

『槍』

 そう、まごうことなき凶器。間違いなく、人を殺せる得物。チンピラがもつバットや、家にあるナイフや包丁なんかよりも、もっと人を殺すために洗礼された金属。現実ではお目にかかることなんて出来やしない物体。性質の悪い冗談などではなく、意地の悪いジョークでもなく、ましてやお遊びやおふざけ、戯れなどで鳴らしたわけでもなく、明確な敵意と明らかな警告として、槍は猿渡に繰り出されたのだ。

 猿渡の恐怖はクラスメイトに伝染する。不味いと思った時には既に遅く、何人もの人間が悲鳴に怒声が部屋に響き渡る。恐怖の不協和音。耳にするだけで精神をガシガシと削っていく音に冷静になれるわけもなく、混乱は増す。

 まるで、パニック映画だ。パニックホラーでも、モンスターパニックでも構わない。そこに共通するのは『理解し難き何か』に恐怖しているだけ。かくいう僕も悲鳴を漏らさず、喚いたりもしないものの、堪え出そうな何かを必至に押さえつけるだけで、精一杯だった。

 ふと、原因の少女を見る。

 笑っていた。いや、違う。そんな生ぬるい笑みなどではない、嗤っていた、哂っていたのだ、僕達を僕達が慌てふためく姿を見て、まるで別の存在のように、高位にいるかのように嘲笑っていたのだ。

「どうやら、勇者様方は混乱している模様ですね。現在、お話はできそうもありません」

 人差し指を顎にあてて、思案する顔を浮かべる少女。違う、そうじゃない、彼女はきっと思案などしていない、元々、決まっていたことを決まっていたように、決まったが如く、口にしているのだ。つまり、元々「お話」などする気もないのだろう。

 カタカタとその醜悪な笑いを堪えもせずに続けている。けれども、僕は何か言わないといけない、引き止めなければならない、にも関わらず、カラカラと喉が渇き、上手く唾が飲み込めない、声の出し方を忘れたかのように金魚が餌を求めるように何度も口を開く。

「では、勇者様方、いつか、またお会いできる日を楽しみにしていますわ」

 槍を持った男たちを共に、少女は階段を登っていく。その時、ようやく声を発するために声帯を震わせてみるが、音が出ない。音が出ない!?

「ごきげんよう」

 階段が見えた扉が閉まる。完全に閉じ込められた。木で出来た扉を僕は慌ててかけよって何度も何度も叩き、鳴らす。それは恋人を求めるような叩き方でもなく、親友を訪ねる叩き方でもなく、ましてや殺人犯が殺意を持って訪れたような叩き方でもなく。ただ、ひたすらに助けを求めるかのように扉を叩く。

「おいっ! 待ってくれ、話を――」

 ガンガンと叩くが、一向に開く気配がない。それどころか、木製だというのにまるで石を殴っているかのような錯覚すら覚えてしまう。

「どいてろ、俺がやる」

 クラスの男子で最も腕っ節の強い後藤が僕の肩に手を置く。僕はさがり、何をするのか見ると彼の意が汲めた。腕を振りかぶって、思いっきり扉を殴りつける。

――ゴキリ。

「あ?」

 間の抜けた声だった。それだけでわかる、何が起きたか後藤自体が理解できていないのだ。僕だって理解し難い。黒板すらも砕いた後藤の右拳が明らかに折れているのだ。自分の殴った勢いがまるで殺しきれず、それでいて石でも殴ったかのように手首からぽっきりと折れている。

「ぁああああああああああああああああああああああっ!」

 後藤の絶叫が響き渡る。痛みで手首を押さえている。僕は慌ててかけより、後藤に声をかける。見れば脂汗まで浮かんでいた。

「大丈夫かよ!?」
「見て、わかるだろうがっ……」

 それでも後続の絶叫をあげなかったのは彼の意地だろう。今にも叫びだしそうなほどにまで苦悶に顔を歪めている。

「んだよっ、この扉っ、ぜってー、木じゃねぇだろ……」
「みたいだな……一旦、みんなの方にいこう。歩けるか?」
「あぁ……くそっ、いったい、どんな悪夢だ、こりゃあ」

 手首を押さえてよろよろと歩く後藤に続き、皆が集まっている方向に向かう。今は泣いている組と沈うつに沈んだ表情の組、励ます組と不気味に静かな組に別れていた。そこで、僕は背後の扉を見る。あの扉は異常だ、まるで軋む気配すらなかった。動いている様子すらもない。閉められたのだから、開くのも道理であり、ましてやあんな老朽化の進んだ木製の扉が頑丈なわけがない。音もまるで別の物体を叩いているような音だった。石でもなければ木でもない、何なのだろうか、アレは。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 三十分ほど経って、ようやく全員がまともに話し合いを出来る雰囲気となる。しかしながら、それでも最低限の精神状態。話し合いが出来るといっても言葉を選ばなければ再び、混乱を招くことになるだろう。けれども、そんな中でも数人ほど、不気味なほどに冷静な人間が居た。

 クラス内でも、その人間は五人。男子が内三人という偏り。二人は先ほど考えた勇者の二人、クラスでカードゲームをする男子、椿と野原。後、一人はクラス内でも若干、浮き気味の黄麻 銀之助。女子はオタク趣味の紫香楽 アリア。

 そして、神威 撫子。

「……」

 考えてみる。何故、彼らが事、ここに至って冷静になれたのかを。いや、そうじゃない。ここ、ここに至って冷静に、いや混乱から戻るのが早かった理由を。いや、もっと思い出せ、おかしかったのはリアクション。

 リアクションは三つにわかれた。泣く、もしくは怒るといった感情を爆発させたもの。もしくは僕のように茫然自失としたもの。そして、最後に何人かは「喜んで」いなかったか? 喜ぶ、待て。おかしいだろう。何故、喜ぶ必要がある。

 そっと、周りを伺うとはっきりとその違和感が抽出される。その五人は確かに異常だった。そして、その中で神威 撫子は除いていいだろう。喜びもしなければ、混乱もしていない。ただ、そこにいるだけ。そこにいつも通りの神威 撫子がいるだけなのだ。周りがどうなろうと、世界が終わろうと、死ぬ間際であろうと、神威 撫子はただ、そこに居るのだろう。

 ぶんぶんと首を振って、他の四人を見る。頬が緩んでるな……特に紫香楽は何が楽しいのか鼻歌まで歌ってやがる始末。元々、ハーフで欧州出身。幼い頃は海外で過ごした彼女は変な日本語を使う。それだけではなく、オタク趣味で日本人の気風と若干ばかり、ノリが違う。

 そんなわけで女子からは少しばかり敬遠されがちな立ち位置にある。ただ、見てくれだけは非常にいいのでオタク男子からの人気が非常に高い。うちのクラスだけでなく、オタクという種類のうちの学校の人種からは絶大な支持を受けている。

 髪はプラチナブロンドというのだろうか、それをツインテールにしているが、似合っている、似合っていないを話し合うと酷く似合っていない。顔立ちがよいので、その不似合いさが際立って見える。と、まぁ、これは私見ではある。一部の男子には非常にウケがよろしいので趣味の範囲だろう。本日もカラーコンタクトなのか赤と青のオッドアイになっている。

 僕は集まっている三人、椿、野原、紫香楽の方向へ向かい、声をかける。

「なぁ」
「な、何のごようですの、委員長!」

 紫香楽に声をかけると大声で返してきた。睨みつけるかのような勢い。そうだ、僕は何を血迷って、紫香楽に声をかけたのだろうか。僕は彼女に酷く嫌われているじゃないか。今更、思い出したところで後悔なんてものは後には立たない。後を絶たないわけでもあるが。

「いや、この状況でお前ら、よくヘラヘラしていられるよな……って思って」

 あ、駄目だ。何故か喧嘩腰の口調になる。意識して、言葉を選ぶべきだと、先ほど思ったばかりなのにどうして、こうも迂闊なのだろうか。

「い、いきなり何てことをいいますの、委員長! とんだ言いがかりですわ」
「そ、そうだ、委員長! アリア様になんてことを言うんだ!」
「あ、謝るんだな!」

 椿と野原のよいしょに気をよくしている紫香楽。そういえば、一部の男子からアリア様と呼ばれて神聖視されていたよな、こいつ。何で同級生に様付けされているのだろうか、考えても答えなどでるわけでもない。

「……あぁ、悪かったな。言いがかりだった。それより、何か知らないか?」

 心にもない謝意を口にして、かまをかけてみる。

「し、知りませんわ! わ、わたくしは「無能」ですもの!」
「そ、そうだ! 俺達は無能なんだから、知るわけないだろう!」
「そ、そうなんだな、おいら達は無能なんだから、知っているわけないんだな」
「お、おぉう、そ、そうか……そ、そりゃ、悪かったな」

 烈火の如く、言われて僕はひきさがる。何で無能を連呼して、こいつら、勝ち誇ってんだよ……怖いよ、逆に……

 溜息を吐きながら、女子達の最大グループの元に向かう。二十人近い大所帯であり、今も尚、めそめそと泣く声が響いている。三十分という時間を泣き続ければ、それなりに疲れないのか、と思わなくもないが、口には出すまい。そのグループの端で申し訳程度にボーっと立ち尽くす神威を盗み見る。けれども、失敗に終わった。

 完全に目が合い、そして、彼女はいつもの如く微笑む。まるで教室に居るかのようにいつも通り、何も理解していないとばかりに、何も変わっていないとばかりに。

「……」

 神威 撫子は壊れている。当たり前だ、おかしい。この状況下でどうして、そんなことができる。おかしい。どう考えても今は異常事態で、混乱して当然の筈だ。おかしい。何故、微笑んだりした。おかしい。お前が僕に微笑む理由などあるわけもないのに。おかしい。なんで、微笑んでくれるのか。おかしい。微笑まれる権利など、そんな瞳で見られる理由もあるわけないのに。おかしい。お前は壊れている。おかしい。あれ、床が近づいている。おかしい。神威を見ようとも首が動かない。おかしい、近づく床にがつんと顔からぶつかる。おかしい。息が荒い。おかしい。あぁ、そうか。おかしい。いつも通りだ。おかしい。何も変わらない。おかしい。いつも通りに「過呼吸」を起こしただけだろう。おかしくない。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「目、覚めたか?」
「ん……ぁ?」

 天井が黒い。いや、黒いわけではないのだろう、ただ、光が届かず闇の色が目に届いているだけの何てことのない話。けれども、普通に生きているだけで闇の色が真っ黒に染まるほどの場所をあまり知らない。星が見えないほど、街灯が届かないほど、文明の光が届かない場所を僕はよく知らないのだ。

「ひ……のきやま?」
「ん、桃香さまだ」

 後頭部に柔らかい触感。そして、目を開いたときに、檜山の顔がアップであり、さらには自分が横になっている体勢から、どういう状況なのかを察する。

「悪い、迷惑かけたな」
「うわぁ……膝枕されておいて、その言い草、ソラっち、マジで童貞こじらせてやがる」
「むしろ、逆だろ……」

 紳士だから慌てず騒がず。そういう発想ができないのだろうか。いや、まぁ。照れてはいるものの取り乱すほどでもないということだ。それに元々、感情を上手に表せない。だからこそ、無表情を作り上げなければいけないのだ。

「ん、でも、安心した」

 僕がゆっくりと起き上がると檜山は呟くようにそう言った。何がだろうか、安心するも何も、まだ見知らぬ場所なんだが。

「ソラっちでもパニックに落ちることあるんだって。逆にそれが、皆に安心感を与えたよな……」

 頬をポリポリとかきながら呟いていた。いや、僕がパニックに陥ったのは……と反論しても仕方がないだろう。

「ところで、皆は?」
「ん、どうやら、ここって他に四つ部屋があるみたいで、大きな部屋に集まってる」
「ん、そうか。誰かが纏めてくれてるんだな」
「きたむーが男子を仕切って、女はミヨ姉が仕切ってるから、何とか落ち着いた。ま、それでもあんたが倒れなきゃ、未だにここらでグズグズしてたんだろーけど」

 その言葉に僕は押し黙る。重かった。唯、ひたすらに重かった。重圧、重責。逃げ出したくなった、いなくなりたかった。理解できなかった、理解したくすらなかった。どうして、こんな状況下で僕に頼るのか。頭がおかしいんじゃないかとすら思える。

 北村でいいじゃないか。あいつはイケメンでカリスマ性があって、他人と仲良くできて、皆に人気があって、知識こそ無いかもしれないけれど、頭が悪いわけではない。むしろ、僕なんかよりもずっと賢い。

 仙道でいいじゃないか。人の上に立つのに何の違和感も無い彼女の何が不十分だというのか。彼女に従う人間の方が圧倒的に多くて、それこそ、僕なんかが居なくても機能する程度には皆まとまっているじゃないか。

 それに……お前でもいいじゃないか。檜山 桃香。お前は他人と仲良くなることが出来るスペシャリストだろう。少なくとも表面上では誰もお前に反対なんかしないさ。男子は言わずもがな、女子も、そう。

 なのに、どうして、僕に言う。その他大勢でいいじゃないか。委員長だってやりたくなかった、目立つことは何一つしていないのに。高校に入って、普通に過ごして、普通に生きて、普通すぎて、何の面白味もなくて、それでいて、そこで満足している僕に何で頼ろうとするのか。

「ほら、そらっち……?」

 彼女が振り向いた時、僕は駆け出した。どこへ逃げるわけでもない。どこかへ逃げ切るわけでもないのに、ただ全力で、逃げ出した。我慢が効かなかった。やっと、ようやく、普通になれたのに。普通であったのに。面白味もなんともない人間になれたのに。

 つまらない人生だと言われたかった。哀れみを受けたくなかった。不幸な人生だといわれたくなかった。不幸だったのかすら、わからない。幸せだったのかすら、理解できない。ただ、ただ最低で、最悪のあの場所から逃げる為に、決めた幾つもの決まりごとを丁寧に、慎重に、惜しみなく、力の限り、守り続けてきたのに。

 ノイズ。

 走る、走る、ハシル、は知る、は知、知、知らない、知ってはいない。何もわからない、何も助からない、誰も助からない、誰も助けれない、誰もかも助からなくていい。僕さえも、彼女さえも、消えてなくなってしまえばいいとすら思った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッ」

 気がつけば息切れを起こすほど、走っていた。壁などなく、奥行きすら見当たらない。闇がどこまでも広がっている、続いている。申し訳程度の蝋燭の灯りが部屋を照らしている。

 広すぎる。

 それが部屋の中の感想だった。いや、広いなんてレベルじゃないだろう。どれだけ走ったかはわからないが、少なくとも数分は走り続けて、端にすらたどり着けない。こんな広大な部屋はいまだ嘗て、体感したことすらない。

「喉、渇いたな……」

 流れ出る汗は止まることはなく、硬い石造りの床をゆっくりと歩きながら、息を整える。すると、今まで、端すら見えなかったのに、うすぼんやりとした壁が見えた。いや、待て、おかしい。

「あれ……ソラ? 桃香は?」

 仙道美代子が変な紋様の扉から出てきた。あぁ、なるほど、理解した。そういうことか、なるほど。

「悪い、一周してきた……」
「はぁ?」

 何言ってんだ、コイツ……とばかりに怪訝な視線を寄越してくる。僕もここに至ってようやく理解できたが、どうやらここは円形のようなのである。ただし、横幅がどれだけ広いのかはわからないし、軽く方向感覚すらも狂ってしまうほどには。

「ちょっと、探してくる……」
「ん、まぁ、それならいいんだけど。なんだっけ? ミイラがピラミッドになるだっけ?」

 仙道が色っぽい唇に人差し指をあてながら「ん~」と考えている。付き合いが長いせいか彼女が何を言いたいのか理解できた。

「ミイラ取りがミイラだろ……」
「あ、それそれ。二次災難に気をつけなさい」
「……」

 一見してみれば仙道は頭が悪そうには見えない姉御肌のキャラなのだが、クラスでは下から数えた方が早いくらいには脳たりんである。テスト前に勉強を教えてほしいと檜山とか、北村からせがまれた時に片鱗(本質はまだ見ていない筈だ)を見て絶句したレベルだ。

「あぁ、大丈夫だ。そっちこそ、何か困ったことはないか……」
「いや、もう困りすぎてどうにかなりそうだけど……」
「そうだよな……」

 ふと、思って訊いてみた。

「なぁ、トイレってどうしてる?」
「ん、それなら、穴があったわ……」
「穴……?」
「そう、穴。後、葉っぱ」
「……」
「そんな顔しないでよ……あたしだってショックだったんだし」
「いや、たくましいなって思って」
「先生が言わなかったら誰もできなかったわよ。流石裕子様様だよね」

 どうやら、菊池先生が発案のようだ。一体、どこに葉っぱがあったのか、どんな状況なのかはわからないが、どうやら、排泄に問題はないらしい。食事に関してはこれから、考えなければならないので、早いところ、檜山を連れ戻さなければならない。

 一周走ってみれば、逆に冷静になれた。彼女たちは恐らく、いつものくせで僕に頼ろうとしただけの話。これから突き詰めて、誰がリーダーシップを取るのか、話し合えばいい。そこで、北村とバトンタッチだ。委員長はあくまで委員長であって、リーダーなんかじゃない。

「んじゃ、探してくる」
「他に誰か呼んでこようか?」
「いや、すぐに戻るから。食事とかどうするか話あっててくれた方が……」

 恐らく僕の推論に大きなハズレはないであろう、この部屋の構造に納得して分かれる。大きく深呼吸をしながら、さて、檜山 桃香にどう謝ろうか考えていた。あれではちょっとした狂人である。

 我がことながら頭がおかしい。いや、そもそもそんなにメンタルが強いわけじゃないのに無理をした結果なのだろう。そう考えれば、委員長という役割すらもお役御免になりたいと思った。

 暗闇を歩いていると、ついぞ過去を振り返ってしまう。それは、僕と檜山が初めて会話した時のことだ。まるで走馬灯のように思えてくるのは不思議なことで、まだ誰かが死ぬわけもないのに思い出してしまう。

 僕と檜山桃香の出会いは同じ教室だったとしても。初めてお互いがクラスメイトだと認識したのはコンビニのゴミ捨て場だった。





Episode 檜山 桃香


 あたしと空洞 空の出会いは恐らく教室でもなければ、入学式を行った体育館でもない。だからと言って、高校入学前から知り合いだったかと聞かれればそんなことはない。多分、古今東西で男女の出会う場所として挙げられることもないような場所だろう。

 コンビニのゴミ捨て場。なんとも色気の無い場所である。

「……檜山?」
「んぐっ!?」

 コンビニの制服を着たソラを見た時、あたしは食べていたパンを喉に詰まらせた。そこから何か考えるそぶりをした後に。

「……いや、まぁ、何でもいいけど。それ、昨日のだぞ?」
「……道理で」

 その頃のあたしはかなり荒んでいた。両親の再婚を事情に家に帰らず、かと言ってそんな不良娘は財布の紐を親に握られていたためにまともな活動範囲なんて地元にはなく。かと言って、親友と呼べるような友人は少ない。

 とりあえず、幸せそうな奴を見れば苛々していたのでどいつもこいつも殴りかかっていた。六道一年の最高問題児。それが今年のあたしの最初に授与した名誉だった。それでも高校には休まずに行く。理由はよくわからない。ふけてもいいような気がしたし、退学になるのも怖くはなかった。なのに、寝に行くかの如く学校には行った(但し、遅刻していないわけではない)

「あんた、クラスメイトの……誰?」
「誰って……空洞。空洞 空」
「ふぅん……ま、いいや。そっちの方が新しいんでしょ、ちょうだい」
「ちょうだいってお前なぁ……はぁ、まぁいいか」

 溜息を吐きながら、そいつは仕事に戻っていった。さて、腹ごしらえもしたことだし、喧嘩の続きに行くか。そう思い、立ち上がった時、空洞が戻ってきた。

「ん、まだ、何かあんわけ?」

 ジロリと睨みつける。けれども、何ともない風に肩を竦められるだけだった。その時、あたしはぶん殴ってやろうかと迷ったが、結局のところ、あたしに対する何らかの用事の方に興味が向いたせいか、我慢した。

「いや、飲み物。お前、飲み物なしに食パン一斤食べるなんてどんだけだよ……」

 投げ渡されたのは缶コーヒー。それを受け取って、煙草に火をつける。その時、あたしは不良であったことを自分のことながら認めるし、煙草を吸うことが至極当然であったように感じる。ただ、まぁ。この火は直ぐに消されることになる。

「未成年は禁煙です」

 そう言いながら、空洞 空は自然体で、流れるようにあたしの咥えた煙草を奪い取り、灰皿に捨てたのだった。

「なっ、何すんだよ、てめぇ」
「怒るなよ、というか、お前が煙草吸うのが悪いんだろ? 身体に悪いってレベルじゃねーぞ。自己責任も取れないうちから吸ってんじゃねーよ」
「なっ――」

 その時、あんたはあたしの親か! と突っ込みそうになったが、コーヒーを貰った上にパンの貰い食いを見られたことをスルーされたことを思い出し、殴りかかるのを寸で止めた。ただ、それだとあたしの怒りも収まりがつかなかったので、突き飛ばした。

「てめぇ、あたしを舐めんなよっ」

 まさに捨て台詞。そんな台詞を吐き捨てながら、あたしは夜の田舎街を当てもないまま歩くことにしていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「てめぇ、あたしを舐めんなよっ」

 金髪を背中のあたりで一本にまとめたジャージの少女。檜山 桃香は僕を睨みながら、殴るのをやめて、去っていった。何が彼女の怒りの矛を納めたのはわからないし、その台詞って如何にもって感じだし、コーヒーはきちんと受け取っていくんだな、とか色々と思ったがそれでも思うだけで口に出すことはしなかった。

 ただ、乱暴に生きる檜山 桃香は檜山 桃香なりの問題を抱えていて、それと折り合いをつけるためにあのような生き方をしているんだろう。暴力的で、ぶつける場所を間違うことしか出来ない怒り。ただ、もったいないと思うのは何故だろう。

 それはきっと、彼女の容姿が優れていたからだろう。もっと、別のことに頑張れば、きっと、もっと幸せになれる筈なのに。多分、それがもったいないと思ったのだ。

 とても路地裏でゴミをあさって、パンを食べるような容姿じゃない。まるで野良猫のようだと思った。そう考えてみれば、案外、似合っていたかもなぁとか思ってしまう辺り、僕は少しおかしい。

 ただ、猫のような気紛れさを彼女は持ち合わせていることを僕は知らなかった。ただ、何度かコンビニで廃棄物を漁っている姿を目撃することになる。その度にコーヒーを投げ渡したり、煙草を取り上げたりといった行動をとるのは当たり前になっていた。そして、いつの間にか、勤務終わりにまでコンビニに一人で居座った彼女と会話することになる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~

「なぁ、何で、同じ雑誌を何度も繰り返し読めるんだよ……?」

 四時間ほど、コンビニに居座ったあたしは空洞のバイト上がりと共にコンビニを出る。空洞の働くコンビニは朝は忙しいくせに夕方から夜にかけてすこぶる暇なのだ。座り込んで読んでも注意する奴なんていやしない。そもそも、空洞自体が注意しないのでこいつは労働という奴を舐めてるな、うん。

「何、言ってんだ? お前、直ぐに暗記でも出来るのかよ……」
「いや、別に暗記するほど読むわけないし……むしろ、新しい発見をするわけでもないのに雑誌なんて繰り返し読む必要なんてあるのかよ」
「これだから、トーシローは……」

 肩をすくめて、浅い考えの空洞を笑う。何もわかっていない。雑誌を読むというのはそこに詰まった思いを読むわけであって、何度読んでも面白いものだ。

「えっ、そんな高尚な読み方してたのかよ……スマン、僕はてっきり、檜山のことを馬鹿だと思っていた」
「あ、あたしは馬鹿じゃねぇ! この前のテスト、あ、赤点だって、二つで補習回避したんだからな」
「……うわぁ」
「うわぁって何だよ! うちのクラスの半分以上が補習確定してるんだから、あたしは成績いい筈だ……」
「井戸の中で争うなよ……」

 手を額に置いて、やれやれと肩を竦める空洞。

「んじゃあ、聞くが、てめぇは赤点幾つだよ!」
「え、無いけど」
「なん……だと……?」

 嘘だろ? こいつ、平日全部コンビニで働いているのにどうして赤点ゼロなんだよ、おかしいだろ……カンニングだろうか。

「か、カンニング?」
「違ぇよ……というか、コース別で学年三位だぞ、僕は……」
「て、てめぇ、おりこうさんだったのかよ!」
「その言葉に酷く哀愁を感じる……」

 手の平で目を覆うように俯いている空洞。なんだ、こいつ。どうして、六道みたいな馬鹿学校に通ってんだよ。ヒッキーって奴だったのだろうか? いや、でもこいつ毎日学校に来てるし……イジメでもあっていたのだろうか。

「別におりこうってほどでも無いし。普通だろ、普通」
「普通……」

 ジロジロと空洞を見る。顔、うん、まぁ、悪くない。少し幼い感じだが、弟っぽいし、弟キャラって奴なんだろう。身長はあたしよりもかなり高いな……男子の中じゃ、普通くらいか……? ガタイは中々、出来そうだな。細マッチョってほどでもねぇけど。

「ん、そういえば、最近、煙草を咥えることなくなったな」
「……高くなるし、金ねーし、それにそこまでして吸いたくもねーから、やめた」
「ま、そりゃ、そうだな」

 毎回、吸おうとして止められるのもめんどくせーという理由は別に言わなくてもいい。それだと、こいつのせいで止めたとか思われて、嫌だし。それに恩に着せられてもめんどくさい。

「これで不良少女が更生に向かうわけか……なんか、感慨深いな」
「べ、別に不良じゃねぇし!」
「いや、それは無理があるだろ……」

 呆れたような目で空洞が突っ込んできたが、自分で言って白々しいと思ったので言い返すことができなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 多分、これが一つのきっかけだったのだと、あたしの事ながら振り返る。空洞 空と檜山 桃香という関係性の一つの要因の出来事。きっと、ソラ自身はなんてことはないと言うだろう。その行動はきっと、空洞 空にとって何でもないことなのだろう。

 けれど、誰一人として、味方してくれなかった、あの時。差し伸べられた手を好きになれずに居るほど、無感情じゃなかった。ただ、どうしようもなく、情けなくて、誰も信じてくれないことに不貞腐れて。どうにでもなれ、どうとでもなれと自暴自棄になって。退学という事実が告げられて、母親が頭をさげている姿を見て、もう早く終わってくれとさえ思っている時。そいつは現れた。

「本当に申し訳ありませんでしたっ!」
「でもねぇ、お母さん。幾ら何でも、これは我々が庇いようがないですよ」

 新校舎の窓ガラスを割った犯人。あたし。以上。その事から退学のようです。そんなギャグのような事態に陥って、あたしはどうでもいいとすら思っていた。割っていないと言っても誰も信じてくれず、証拠がどうとか、目撃者がどうとか、どうでもいいことをつらつらと。

 割っていないし、やってない。あたしだけがそれを知っている。それでいいじゃない。あんたらが信じてくれようと信じてくれまいと、もうどうでもいい。犯人したければどーぞ、ご自由に。それで、あんたらの溜飲が収まるなら自由にどーぞ。というか、さりげなく溜飲とか難しい言葉を知っていることに我が事ながら驚く。ふふん、あたしは馬鹿じゃねーな。え? 詳しい意味? そこまでは知るかよ……

「失礼します」

 聞き覚えのある声が聞こえた。職員室に隣接している生徒指導室にまで声が聞こえた。いや、あいつが大声を出す姿なんて覚えがないし、コンビニでもやる気の無い「しゃーせー」という挨拶をするあいつの声を聞き取ったあたしの耳が異常なのかも知れない。病院いこっと。

「ん、空洞君か。今、職員室にお客さんが――」
「や、そのぉ……僕、今日、教室にギリギリで付いたので詳しい話を後で聞いたんですけど」
「ん? あぁ、窓ガラスの件かね」
「はい」

 詳しく聞きたいのに小声で喋っているせいか、聞こえない。何しにきたんだ、あいつ。あぁ、美化委員とかやってるから片付けとかだろう、ご愁傷様。あたしには関係ないし、知ったこっちゃない。そんなことを捻くれて考えていると、慌てて一人の教師が入ってきた。名前は忘れた。確か音楽の人。

「鳩山先生っ! え、えっと、こっちへ!」

 鳩山の野郎が連れて行かれた。はん、さっきから偉そうにうるせーんだよ。ハゲが。そんなんだから、ハゲるんだよ。

「ねぇ、どうして、窓ガラスを割ったりしたの? お年頃なの?」

 菊池のやつがとんでもない発言をしやがった。そんな年頃ねーだろ……というか、大体、あたしはやってねーっつーの。一度、言ったら覚えとけ、デカ乳が。あ、何か苛々してきたな……くそっ。そんなことを考えていると、今度は鳩山の奴が戻ってきた。

「ひ、檜山、も、もう一度、尋ねるがお前がやったのか?」
「あぁ? あたしはやってねーってさっきから、何度も言ってるだろうが……」

 吐き捨てるように言ってやる。何を今更、確認してんだ、うぜぇ。どうせ、あたしだろうが、誰だろうが、別にいいんだろ。

「そ、そうか。す、すまなかったな。授業に戻っていいぞ」
「あ?」
「い、いや、どうやら、勘違いだったようだ」

 プチリ。何かがキレた。あー、こりゃ、駄目だ。駄目駄目だ。とりあえず、もう駄目だ。手元にある、何かをとりあえず、掴み、投げる。

「んだと、もっぺん言ってみろ、てめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「「「ひぇっ!?」」」
「勘違いだと、てめぇらっ! あたしが散々、くそっ! うぜぇっ!」

 ボロボロと落ちる涙を制服の袖で拭く。何で泣いているのか理解できなかった。別にどうでもよかったのに、信じてもらえなくても平気だったのに、泣く理由なんて一つも無いのに。何かがストンと落ちるかのように。涙が自然に零れ落ちてくる。



「だ、誰かっ、檜山を止めろっ! ひぃぃっ」
「お、お母さん、止めてください」
「む、無理ですぅぅぅっ! うちの娘、暴れると手がつけらんなくてぇぇっ」
「男子、あっ! 空洞君! そんな嫌そうな顔をしないでぇぇっ」
「だって、そりゃあ、キレますよ……散々違うって主張したのに疑われて退学寸前なんてキレない若者でもキレますよ……」
「そ、そうだけどぉ! 君とわたしの仲じゃない、助けてよぉぉぉっ」
「唯の担任と一生徒なんですけど……はぁ……」



「待て、ハウスだ、ハウス」

 耳に入ったあいつの言葉。やる気のない。抑揚のない声。

「あたしは犬か、こらぁぁぁぁぁぁっ!」
「う、うわぁ、しまった。こっちに矛先が向いた……」
「待て、空洞 空! ぶっ飛ばす!」
「う、うああああ……と、とりあえず、逃げますっ」
「待て、こらぁぁぁぁっ!」

 誰もが授業を受けている中、あたしと空洞 空は校舎全体を使って追いかけっこをすることになった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ぜぇぜぇ、くそっ」
「体力なさすぎだろ……」
「う、うっせー」
「全く、もっと女の子らしい言葉遣いしたら、どうだ?」
「うっせぇ……」

 呆れたように見てくるソラにあたしはそう返すしかなかった。ただ、まぁ。疲れすぎて、どうでもよくなった。だけど、一つだけ。

「どうして、あんたはあたしを信じてくれたんだ?」
「はぁ? 自惚れんなよ……別に信じてねーし、信じてくれとも言われてないし。そんなハートフルストーリなんて誰も求めてないし」

 う、うぜぇ……なんて言い草だ。

「ただ、窓ガラスを割った奴らって馬鹿だったのか土足で入って、割ってたからよ、足跡くっきり残ってんだよ」
「……」
「流石にお前みたいなちみっこの足跡と……うぉあっ!?」
「誰がチビだ、おらぁっ!」
「や、やめろっ、言わない、もう言わないから」
「なら、よし」
「……まぁ、そんなわけで。これ、違うだろと突っ込んだだけ。いや、というか、ここの教師、マジで大丈夫か……? 入学してから散々にアホな部分見てきたけど、末期だろ……」

 あたしはこんなつまらないオチに対して何を言えばいいのかわからなかった。土足で証拠を残した奴らを馬鹿と呼べばいいのか、そんな事も確認せずにあたしを犯人だと言った馬鹿を責めればいいのか、目撃証言だけですべてを決めた教師どもを馬鹿にすればいいのか。というか、この高校、大丈夫かよ……

「なぁ、空洞 空」
「えぇぇっ……何故に、フルネーム……?」
「じゃ、じゃあ、なんて呼べばいいんだよっ!」
「別にそこまで強要しないけど……普通に空洞でいいんじゃね?」
「ソラっち」
「そらっち!?」
「うん、そうだな、ソラっちにしよう」
「やめろよ、そんなあだ名みたいな名前……」
「ふんっ、お前なんてソラっちでいいだろ。自由なんだろ?」
「まぁ、自由だけどよ……」
「なら、ソラっちだ。ソラっち」

 それが、多分、あたしと空洞 空との一幕。どうして、わざわざ、そのことを職員室に言いにきてくれたのか、聞いたこともないし、聞こうとも思わない。けれども、それでもあたしは空洞 空に恩義を感じている。恩義以上のものを感じている。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ふと、あの窓ガラス事件を思い出す。犯人は檜山に告白して三秒で振られた男。名前すらもう覚えていない。告発したのもその男子であり、そもそも深夜に窓ガラスを割っていたのにどうして目撃なんぞ出来るのか理解し難いような状況だった。本格的に六道という魔境に恐怖したのはあの辺りの時期だよなぁと思う。

 思い出し笑いを浮かべながら、暗闇を歩く。すると音が聞こえた。

 パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。

 機械のように一定の間隔で。まるで感情の篭っていない反射的な音。何かを叩きつけるかのような音だ。あいつ何をやってるんだ? そんなことを思いつつ、僕は声のする方へ歩く。

パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。

 近づくにつれて、何故か酷く呼吸が荒くなる。音がする。何か、音がする。音は何かを叩くように、音はまるで肉を叩いているかのよう。見なければいい。ここで引き返せばいいと脳裏に誰かが囁く。それで檜山が後で戻ってくるのを皆と待てばいいと。確かに名案だ、間違いない、それは素晴らしい案であるような気がする。

 音がする、臭いがする。



 檜山が居た。

パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。

 檜山が居た。ただ、檜山の他に何かが居た。見るな、見てはならない、このまま何も見なかったように引き換えした方がいい。それが名案だ。そう、それこそが最も賢いやり方だ。今の僕に考えうる最高の一案だろう。気づいてはならない、何も知ってはならない。この際、檜山には自力で帰ってきてもらおう。そうだ、こんな所で何かの練習がごとく、ひたすら機械的に、何かを叩いているのだろうか。それくらいの元気があるのなら、放っておこう。

 そういうことにしておこう。そういうことにしておいた方がいい、そうするべきだ、そうしなければ、そうして――そうして?

パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。

「ぎひっ、ぎひひっ」

 その何かは大きな赤い瞳を持ち、緑色の皮膚を持ち、子供くらいの身長でありながらも顔の大きさは大人よりも大きく、耳は長く、鼻は潰れていて、そして。そして? 男性の性器のようなものを檜山に性器と合わせて、ひたすらに腰を振っていた。

 つまり、檜山は犯されていたのだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~

 声を漏らすな、音をだすな。気づくな、下がれ。逃げ出せ、間に合う、ほら、今すぐにでも足を下げろ、一歩、踏み下がるんだ。考えてもみろ、あの檜山が犯されているんだぞ? そんな相手に僕が何をできると言うのだ。腕力とかそういう面で見れば確かに僕は檜山に優れているのかもしれない。けれども、こと喧嘩という面において、檜山は僕なんかよりも遥かに強いだろう。

 ならばこそ、ここは退くべきだ。進むなんてものは、助けようとするのは勇気でも何でもない。唯の自殺志願だ、自殺希望だ、自殺愛玩者、自殺好事家だ、自己を殺すためでしかない。あぁ、そうか。だったら。

 踏み出す。一歩。二歩、三歩、四歩。飛ぶ。横に飛ぶ勢いのまま、くっつける。斜め前から飛んできているというのに、何も気づいていない。だから、こそ。その額に僕の両足が思いっきり当たる。

「ぎひぃぃっ!?」

 間抜けな雄叫びだと思う。けれども、威力そこそこのドロップキックは緑の化け物を吹き飛ばす威力があった。そもそも、体重が違うのだろう、それこそ、かなりの威力になった筈だ。

「檜山っ!」
「……」

 声を出せないのか、それとも、声を出さないのか、それとも声の出しかたすら忘れてしまったのか。かけよってみる。どうするべきか、どうしようか。さっきの化け物はどうなったのか、見に行くべきなのだろうか。

「ぎ、ぎひぃっ……」

 ずりっ、ずりっと這いずってきた。よく見れば額が割れて、緑色の液体が漏れでている。あれは血……なのだろうか?

「ど、どうする、考えろ……」

 このまま放っておいて、逃げるべきか。檜山なら抱えて逃げ切るかもしれない。こんなわけのわからない状態で、わけのわからない化け物を相手になど、出来やしない。そう決めると檜山を抱えようとぐっと力を込める。

「……檜山、聞こえるか? このまま、逃げるぞ」
「……」

 答えはない。何故、僕が彼女の勝てなかったような化け物をドロップキック一撃で倒せたのか。まぁ、いい。そんなことを考えても仕方がないだろう。どっちにしろ、このまま逃げよう。どうやら、後ろの奴は立ち上がる気力もないようだ、ならば初めは走っておけばいいか……


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 一分ばかり、走ったところで歩きに変える。そして、十分ばかり歩いたところで、檜山を地面に下ろす。その時、膝を抱えていた部分に血の痕が付いていた。

「檜山、怪我……してるのか?」
「……」
「悪い、少し、確認するぞ」
「……」

 まるで人形のようだ。目は虚ろで、呼吸音もか弱いような気がする。壊れている……というよりも、何も見たくないと心を閉ざしているような気がする。あくまで気がする、程度でそんな知識は僕に無い。ただ、壊れた人間というものを間近で見た事があるので、それとは違うというのを漠然と感じていた。

「痛かったら痛いって言うんだぞ」

 そう言い聞かせて、幾つか身体の部分を押さえてみる。反応はない。血の量からしてみれば大怪我というわけではないのだろうが……そこで気づく。血と共に白い液体が学ランに付着していることに。垂れていたのは股からだ、つまりはそういうことなのだろう。

「……」

 ふぅーっと大きく息を吐く。薄情な話、その程度でよかったと溜息を吐いた。大怪我がなくてよかったという意味で、決して軽い話ではないのだが、今すぐに治療の必要がないとわかっただけでも精神的に楽になった。ただ、どうしてこうなったのか、悪夢にもほどがあると泣きたくなった。

 けれども、少なくとも。少なくとも、だ。檜山がこうなってしまったのは間違いなく、僕のせいだろう。僕が走り出さなければ、檜山がこんな目に合うことなんてなかった。言い訳ができるのなら、そもそもこんな所に居る意味がわからないし、檜山が追っかけてくる意味もわからないし、なんであんな化け物がいるのかもわからないし、わからないと知らないと思えば幾らでも理由などできる。

 けれども、けれどもだ。言い訳なんか出来る状況じゃないことを理解しなければならないのだろう。この状況で言い訳なんてしていれば、現実と直視しなければ、何が起こるのかわからない。一寸先も二寸先も闇なんて話ではない。闇だらけで、光が一瞬すらも入ってこない。

「とりあえず、檜山を運ばなきゃ……」

 再び、お姫様だっこと呼ぶには色気もない場所を歩き始める。よく見れば、檜山の目が少しだけ生気を取り戻してきたかもしれない。それが僕の希望的観測であることは重々承知であるし、むしろ逆なのかもしれないが、そうやってポジティブに考えることによって足取りが進む。

 無言で檜山と居るなんてことが酷く珍しいような気がする。すると今日は珍しいこと記念日なのだろうか。いや、もう珍しいとかそういう問題じゃない問題が幾つも転がりこんできているが、そもそも、そんな記念日にこんな事件が起こるくらいなら無い方がいい。

 それよりも急いでみんなのところに戻って、化け物がいたことを伝えないと。もし、映画とかだったら、たどり着いた時には既に全員が……なんてこともあり得るだろうが、葉っぱでケツを吹くような奴らだ、無事だろう。

「……ソラっち」

 その声がとても檜山が出したとは思えないほど、小さくか細い声音。薄暗い部屋の中、確かに耳にはっきりと届いた。

「檜山、大丈夫なのか?」
「ごめんなさい」
「何が……?」
「ごめんなさい……」

 ポロポロと泣き出しはじめた。滴は頬を伝わる。彼女が何に対して謝っているのか、理解できない。そして、彼女に謝られる理由もない。むしろ、僕が彼女に謝らなければならないのに。その事実を告げることができない、弱い自分が嫌になる。むしろ、詰ってくれたほうが遥かに気が楽で。こうなったのはお前のせいだと、告げてくれれば。そんなことすら思えてくる。

「檜山、いいことを教えてやろう」
「……」
「世の中にはな、なかったことにする、という考え方がある」
「……馬鹿じゃん」
「そう、馬鹿だ。けど、六道なんて馬鹿の集まりだろ?」
「……ん」
「なら、さっきのも忘れろ。ありきたりで、平凡だが、悪い夢だった、そう思え」
「無理だろぉ、あんなの、どう思えってんだよぉ」
「まぁ、味のある夢だと思えば」
「味がありすぎだろ……にげぇよ」
「まぁ、その苦味がわかったのなら、大人になっていくということだ。ほら、大人ってコーヒーのブラック好きだろ」
「苦味が違ぇだろうがよぉ……」

 ポロポロ、ポロポロと。

「や、まぁ。苦味が違うとしても、だ。大人になるっつーのは酸いも甘いも極めなきゃいけないらしいからな、苦味も経験してこそ、だ」
「全然っ、慰めになってねぇよぉ……」
「というか、僕に慰めを期待するなよ……人付き合いが下手すぎて、未だに近隣のおばさんに心配される僕だぞ?」
「んなこと、知るかよぉ、馬鹿ぁ」

 ポロポロ、ポロポロと。檜山 桃香は涙を零す。泣かせたのは僕だ。檜山 桃香という存在が涙を流すとき、いつも傍にいる、そんな気がしてならない。涙の跡すら、なかった彼女が今、泣いている。化け物に襲われても、尚、涙を零さなかった彼女が泣いているのだ。涙を零すことなく、心を閉ざして、耐え抜いた何かを僕が壊してしまった。

「……悪い、僕のせいだ」
「違ぇ」
「だって、あの時、僕が走らなかったら……」
「違ぇって言ってんだろっ!」

 怒鳴られた。しかし、檜山の涙はとまっていた。

「あたしが弱かったからだ! あたしがあんな変な化け物に遅れをとったからだ!」
「……」
「これ以上、あたしを惨めにさせんなよ」
「……ん、わかった」

 何もわかっちゃいなかったが、それ以上、僕は聞くことも出来ずにわかったふりをして頷いた。このどうしようもない事態で、どうしようもない場所で、僕は未だにそんなことを続けていた。わかったふりなど、一番、愚かしい行動だと、身をもって知っていた筈なのに。それでも、僕は気づいたフリ、わかったフリをして、いつだって問題を先送りにしてきた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……っと、この紋様だっけか」
「違ぇ、そっちじゃねぇ、あっちだ」

 顎でくいっと示されて、僕は無言になる。何故、檜山が覚えていて、僕が覚えていないのか。テストの点なら上だけど、頭の出来はもしや、檜山に負けているのかもしれない。いやいや、まさか……まさか、そんな……

「お、おい、何で、そんな顔が真っ青なんだよ」
「ナンデモアリマセン」
「?」

 深く考えたら負けなような気がして、考えるのをやめる。それに紋様いっても、僕の場合はちらっとしか読めてなかったし、しょうがないよね。そう、しょうがないのだ、僕の頭が悪いわけではない。

「……もしかして、こういう模様に心当たりがねぇのか?」
「模様?」
「あぁ、だって、これ……『ゲーム』や『漫画』でよく見る武器屋の看板と同じじゃねぇか」

 そう言われるとそうなのかもしれない。いや、わからんけど。そもそも、ゲームや漫画ってかなり縁遠い存在である。本自体を読む習慣もないし、漫画も雑誌も読む習慣もない。つまり、こういう事柄において、まったくと言っていいほどに無力なのだ。

「そ、そうなのか……」
「え、えぇっ……マジか、そらっち、マジなの? 冗談とかボケとかじゃなくて?」
「この状況下で冗談を言えるほど、僕は図太い神経をお持ちになってはおりませぬ」
「あたしでも見覚えがある程度に常識だと思うのに」
「いやいや、そんな常識ねぇから」

 指示された模様を見る。よく見れば家の形に見慣れぬ文字が書かれていた。少なくとも英語圏内ではない。まったくの見覚えのない文字だ。

「あぁっ!? もしかして、これってINN的な文字が書かれているのか!?」
「だと思うけど、というか、皆と話し合ってそういう結論が出た」
「お前ら、天才かっ……」
「むしろ、そこまで驚かれるほうが、驚くから」
「と、なると、皆が集まっているのはホテルか」
「ホテル……」

 何故か胡乱気な視線を貰う。何もおかしいところなんて無いと思うけど、えっ、変なこと言ったかよ、僕。とりあえず、安全地帯にたどり着いたので、檜山を下ろそうとする。けれど、何故か首をガッチリとホールドされた。なんだ、こいつ……

「何やってんだ」
「あ、いや、その何でもねぇ……」

 なら、さっさと降りろと視線で訴える。通じたのか渋々といった表情で地面に降り立つ檜山。だから、何でそんな恨みがましい視線を投げてくるんだよ。

「檜山、襲われたこと……どうする?」

 デリカシーが無いかもしれないが、この状況下で報告しないという手は打てない。下手をすれば第二の被害者が出るかもしれないのだ。だからこそ、檜山 桃香に尋ねる。どうするのか、と。僕が伝えるのか、それともお前が伝えるのか、と。

「……」

 痛いほどに唇を噛み締めている。悲痛というよりも憎悪。けれども、はっきりとした意思を示して。

「あたしが皆に言う」
「ん、わかった。ありがとう」

 そして、僕はホテルのマークと判断された場所の扉に手をかける。ノブも何も無い、石材で出来た扉はゆっくりと開いていった。そして、扉の先では――

 ウトウトと立ちながら舟を漕ぐという器用な真似をしている仙道 美代子が居た。こいつ、神経図太すぎんだろ……


~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ランプやシャンデリアのついたロビーでそいつは寝ていた。

「ね、寝てなかったから、あたしが寝るわけないでしょう?」
「いや、完璧に寝こけてたろ、ミヨ姉」

 容赦ない檜山の突っ込みにしゅんとなる仙道。僕としては「まぁ、色々あって疲れているから」とフォロー出来る範囲なのだが、する理由がないので静観する。

「とりあえず、少し、外のことで話がしたいんだが――」

 ホテルの中を見渡すと幾つもの部屋に分かれている。確か、話じゃ四つだと聞いていたんだが……いや、まぁ、深く考えても仕方がない。

「なぁ、ミヨ姉よぉ、何で、こんなに部屋が増えてるんだよ……」
「いや、なんか増えたのよ」
「部屋って増えるものなのかよ……」

 げんなりとしつつ、呟く。

「まぁ、部屋の数は四十あるから、それぞれが好きな部屋を選んで寛いでるわ。まぁ、ベッドは硬いし、布団は薄いからかなり寝心地悪いけどね……」
「寛ぐって、お前ら……」

 僕は額に手をあてて、こいつら本当に状況をわかっているのか、と尋ねたくなる。まぁ、適応能力云々を話すよりもそれより、もっと早く話すべき事柄がある。

「どこか、全員で話し合えるとこ、ないのか?」
「外じゃ不味いわけ?」
「あぁ、外は不味いと思う……」
「思う?」

 いや、確証などないけれども、外で檜山が襲われたという事実を鑑みても外で話すなんてことはやめておいた方がいいだろう。話し合う事柄は衣食とこれからのこと、そして化け物の話だ。

「そういえば、後藤はどうしてる?」
「部屋で休んでいるわ。手首のことなんだけど、結構ポッキリいってるみたい」
「だろうな、明らかに変な方向に曲がっていたから」
「何か、用事?」
「あぁ、少し話をしておきたいと思ってな」
「相変わらず、ね」

 何故か仙道が不思議な物体でも見るかのように僕を見てきた。相変わらず? 意味がわからないんだが……

「後藤とまともに話すのなんてソラくらいなものよ」
「そうか……?」
「あぁ。あたしでも、ちょっと後藤には近寄りがてぇな」
「なんでだよ……」

 いや、確かに暴力事件とか度々、起こすけど。あいつは面倒見の良い妹思いのいいお兄さんである。というか、シスコンを軽く拗らせてヤバイというのは僕談。あいつの家に招待された時、あいつの下の妹(小学三年生)に『将来、あたしがソラさんのお嫁さんになってあげるから』と言われた時は殺されるかと思った。

「とりあえず、全員で一回話し合いたい。この状況で誰が指揮をとって、どう動くべきなのか、それと外の様子もチラッとだが話し合わなきゃならないから」
「んー、じゃ、あたしが女子集めるわね」
「いいのか?」

 仙道が進んで協力してくれるなんて思わなかったから、少しばかり驚く。

「いや、その反応は傷つく」

 ジト目で睨まれて、僕は黙る。

「あたしって甲斐甲斐しく尽くすタイプだから」
「そうな」

 顎をくいっと持ち上げられそうになるが、今朝方あったばかりの出来事なので避けるのは容易く問題ない。というか、僕に甲斐甲斐しく尽くしても意味がねーだろ。

「というかリーダーはソラっちじゃねぇのかよ」
「何でだよ……こんな所で委員長なんて肩書き意味ないだろ……北村とか仙道とか、それにお前とかの方がよっぽど向いていると思うけど」
「あたしはリーダーなんて柄じゃねぇし」
「あたしもパスするわ」

 協力的だと思ったのは束の間だった。なんで、こんなにめんどくさがるんだよ……ということは北村かな。後藤の奴も喧嘩は強くても、こういうことはしたがらないだろうし。

「多分、きたむーもしないと思う」
「何でだよ……あいつ、合コンとかでいつも仕切ってるんだろ? なら、適任じゃねぇか」

 自分で言ってて無茶苦茶だと思った。合コンとこの状況を同じだと思う僕の頭は少しばかり異常をきたしているのかもしれない。螺子を締めなおさなければ。

「それはてめーがいかねぇからだろ」
「別に僕は仕切りやじゃないんだが……」
「別にあたし達は誰もそう思ってないわよ。仕切り屋って意味じゃ紫香楽がいるわけだし」

 紫香楽の名前を出した途端に檜山も頷いた。まぁ、僕も彼女がそういう種族だという意味では反論など出ない。何せ、一学年時、自主的にずっと委員長を務めていた彼女だ。自己顕示欲は決してないわけではないだろう。

 いや、彼女が「やっている」事を考えれば自己顕示欲はかなり強い。紫香楽アリアファンクラブだったり、コスプレ同好会だったり。自分を前面に出すことを何より愛する彼女が「リーダー」という肩書きに興味を示さないわけではない。

 なればこそ、今朝方に彼女が呟いた、自分を「無能」だと言い放ったことに僕は驚いた。決して、普段の彼女ならばそのようなことは口に出すことすらしなかっただろう。そもそも、椿も野原も自分に対する評価は低くないほうだ、わざわざ自分で無能認定するような人間ではなかった筈だ。閑話休題。

「んじゃ、ま、後藤のところ言ってくる。部屋は?」
「右側から回って、部屋番号がXっぽい文字とIっぽい文字の部屋だったわよ」
「了解」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「後藤」

 コンコンとノックをしていると、後藤が扉を開いた。

「んだよ、空洞か」
「誰だったら、嬉しいんだよ」
「妹」

 ぶれない。流石、すぎる……いや、確かに可愛い妹を二人も持っている身としてはそれは至極当然の答えなのだろうが……いや、至極当然なのかよ。無理だろ、部屋に尋ねてきて欲しいランキングで問答無用で一位に妹なんて状況、絶対におかしいよ。

「手首はどうだ?」
「ん、問題ねぇ」

 プラプラと見せてもらえば、何故か右腕を吊るすようにギブスができていた。部屋を見ればベッドの足が折れていたり、シーツが破れていたりしている。おい、こいつが天才なのかよ……呆れたような目で見ても、きょとんとしている。お前、適応能力高すぎだろ……

 部屋は窓はないが、蛍光灯ではないがシャンデリアのような豪華な電灯のおかげでかなり明るい。勿論、消してしまえば、光の届かないせいで真っ暗になるのだろうけれど。

「んじゃ、お邪魔していいか」
「まぁ、入れ」

 部屋を通されて、中を見る。壊れたベッド、破れたシーツ。机と椅子は普通。なんか下手をすれば廃墟のような気がしなくもない。

「全部の部屋、こんな感じなのか?」
「や、見てもねーし、知るかよ」
「そうだな、わざわざ、お前が誰かの部屋に行く想像が尽かんよ」
「まぁ、そうだろうな」

 カカッと嗤って、どさりとシーツに座り込む。部屋が余っているのだから、別の場所に行けばいいのに、と思わなくもない。

「んで、話って何だ」
「いや、気になったことがあってよ」
「ん?」

 さて、どう切り出すべきか、と頭を悩ませる。色々と隠して話せばいいだろうと結論を出し、話の筋道を組み立てて、口を開いた。

「もし、喧嘩とかで檜山が勝てない相手に僕が勝てると思うか」
「無理」

 即答だった。いや、まぁ、自分で言ってみて、無理だと思うけど。それでもそんなに即答されると男として、何だか凄く情けない。

「まぁ、無理っつーのも、アレだ。檜山は今、大人しいけど、一年の時にテッペンとるために行動していたような女だぞ? アレに勝つとか、結構な化け物だと思うけど」
「いや、まぁ、そうなんだけどさ。仮にだぞ? 檜山をねじ伏せるような相手を僕が沈めたと言えば驚くか?」
「ん……まぁ、驚くが。状況にも寄るな。例えば、完全に不意打ちとかでバッドで殴りかかるとかだとあり得なくもない。檜山は喧嘩スタイルで言えば手数の多さが強さだからな、後は喧嘩慣れした強さだ。だから、正面で堂々と戦うんじゃなくて、背後からやっちまえばおめーでも勝てるよ」
「……バッドじゃなくて、ドロップキックとかだったら?」
「言っとくが、ドロップキックって相当危険な技だぞ? 真面目な話、コンクリを挟んで、その上で完全不意打ちのドロップキックをかまされれば、そりゃあ、勝てるに決まってんだろ」

 そうなのか……? けど、後藤の奴が言うのだから間違いはないのだろう。

「特にアスファルトの上でドロップキックなんか食らわせられたら、最悪だろ。頭を打てばよくて怪我、普通で大怪我、悪くて死亡なんてレベルの技だぞ? そもそも、身構えてない時におめーのドロップキックなんて喰らったら俺でも困る。不意打ちのドロップキックなんざ通り魔と大差ねぇからな」
「はぁ、成るほど……」

 そう考えてみると納得ができる。決して、僕が強かったわけではないのだ、問題は凶器である。あの化け物は見た目通りそこまで重くなく、体重差で圧倒的なまでに僕に利があった。だからこそ、ドロップキックをかました後、凶器となる石の床で頭を割ったのだ。人間の子供に公園でドロップキックをかましたら、どうなるか。簡単である、捕まる。そういうことだ。

 いやいや、そういうことじゃなくて。破壊力という点に関しては檜山の一撃よりも遥かに重い一撃だったのだ、そう考えてみれば納得もいく。ただ、僕は二度と化け物と退治したくはないなぁ、と思った。

 何せ、正面から檜山を組み伏せて犯していたのだ。そんな相手に二度も同じ手が通用するとはとてもじゃないが、思えない。

「ん、ありがと、なんか色々、納得できた」
「んぁ?」
「あ、これからの方針をどうするのか、皆で話し合うんだが……」
「お前に任せる」
「任せんなよ……」

 どいつもこいつもめんどくさがりやがって……

「一応、出席だけはしとけ。なんなら、寝ててもいいから」
「わかった、わかった」
「ったく、誰がリーダーになるかはわからないけど、同情だけはするよ」
「リーダーって、お前……」

 あからさまに『コイツ、何言ってやがんだ……?』と僕を見てくる。

「いやいや、僕がリーダーなわけないだろ……何をどう思って、僕を推すのか理解できねぇよ」
「むしろ、お前以外に誰がリーダーになれるのかわからねぇよ……あんな馬鹿共を纏めれるのはお前くらいだろうが」
「纏めれるかよ……北村とか適任だろ」
「いや、北村の奴は……まぁ、おめーがそれでいいなら、それでいいがよ」

 ボリボリと頭をかくながら、何か言いたいのか口をモゴモゴと動かしているのだが、結局「何でもねぇよ」と言った。僕は曖昧に頷き、部屋の外に出る。そして、各部屋をノックしながら、歩き男子を集めて、どこに集合するのか考える。すると、向こう側から女子を引き連れた仙道と遭遇した。

「なんか大きな部屋があったし、そこで話ができると思うわ」
「ん、じゃあ、行くか」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 会議は踊る、されど進まず、そんな言葉がある。今の政治のような言葉だと、昔、誰かが言ったのを聞いた。まぁ、早い話が何の実りも無い話し合い。そういうことであろう。さて、六道の誇る商業科二年A組で会議をすればどうなるか。会議で踊る、されど進まず。こうなる。いやいや、流石にそこまでの馬鹿はクラスに二、三人ほどしか居ない。

 まぁ、在籍するだけでも問題なのだが、実りのある会議など夢のまた夢。そもそも会議なんてものではなく「かいぎ」と平仮名表記にするか「おはなしあい」とするか、それとも「OHANASHI」というべきなのかは非常に迷うところである。そんなわけで、議長を務める人間に膨大なストレスをかけることから、二年A組(旧一年A組)は問題の学級であることはお察し頂きたい。

 そのせいで、去年の三月。紫香楽アリアは入院した。胃潰瘍である。その後釜についた僕は何故か彼女に敵視をされ続けている。まぁ、凡人の分際で、とかそれに近いようなことを思っているのだろう、一度だけ面と向かって「空洞のくせに!」などと言われた。お前何者なんだよ、と。

 けれども、そんな僕が紫香楽アリアを嫌っているかと言えば、そんなことはない。好意は無いにしても彼女が一年間も委員長を務めたという実績は褒めるべき美点であり、尊敬するべきに値する箇所でもある。ただし、一年次に実りのある会議や話し合いが出来たかどうかは別問題であるのだが。

「んじゃあ、このホテルの一室、ここで話し合いたいと思うんだが」

 その瞬間、きょとんとしていた。僕じゃない、僕を除くほぼ全員が、だ。あろうことか、担任の菊池先生まできょとんとしている。そして、何故かじわじわときたのか誰かが「ぷふーっ」と噴き出して、笑い声が次々とあがる。解せぬ。

「……何で、僕笑われてるんだよ」
「そりゃ、ソラっちが真面目な顔でホテルとか言えば笑うに決まってんだろ」

 呆れたように僕を見てくる檜山。おかしい、どの部分に笑うべき箇所があるのか、わからない。この笑いは月極駐車場を「つききわめちゅーしゃば、意味は必殺技です」と言い放った仙道の笑われ方と酷似している。ちなみに僕は笑えなかった、あまりの恐怖に震え上がった。男子の誰かが「姉御、それげっきょくちゅうしゃじょうって読むんだぜ! 意味は必殺の駐車場のことだ!」と追随した時には天を仰いだものだ。

「ソラ、ここはホテルじゃなくて宿屋よ」
「一緒だろ……」

 お姉さんぶって僕に間違いを指摘する仙道に僕はついぞ突っ込む。なんだ、こいつら。間違いじゃないだろ……

「様式美って奴よ」
「知らねぇよ、そんな様式美」

 ハァと溜息を吐き、切り替えて、話を進めることにする。

「まず、問題点をあげるとすれば――」
「あ、それ、メモった方がいいー?」

 女子の花畑が能天気に尋ねてくる。

「別にメモらなくていいから」
「はぁいー、わかったよぉー」

 間延びした声音のせいで、やる気がさがる。なんと言うか、緊張感というものをこいつらから感じない。大物なのか、馬鹿なのか。九割九分九厘、馬鹿であろう。

「まず、大きな問題点。ここはどこなのか。次にこれからどうするべきなのか。最後にどうやって生き延びるのか、だ」
「ちょっと、待って。覚えられないわ。ソラ、ゆっくり言って」

 おい、仙道。お前は黙ってろ、進まない。仙道の嘆願を無視して、話を進めることにする。

「まず、ここがどこなのか、ということだ。これについて、何かしら心当たりがある奴は居るか?」

 まったくもって無音。当たり前だよな、そもそも僕達は朝、登校して、何が起こったのかも誰一人理解していない。だからこそ、期待していなかった。

「よし、ならば次だ。これからどうするべきなのか。これは絶対に必要な話し合いだ」

 最初に手を挙げたのは後藤だった。

「ぜってぇに帰る」
「ん、だな」

 後藤の発言に殆どの人間が同意する。当たり前だ、ここがどこなのか知りもしないが、少なくとも僕達の住んでいた場所ではない。

「その為には、必要なもんがある。皆を纏める指揮役。リーダーだ。それを決めていきたい。一応、委員長ということで、この場を開かせて貰ったが、適任が別にいると思うから……って、おい、なんだ、その目は!」

 全員が「え、本気でこいつ、何を言っているわけ?」とばかりに僕を注視してきた。僕を嫌っているあの紫香楽ですら、そんな目で見てきている。こともあろうか、菊池先生まで見てきている。

「いや、ちょっと待ってくださいよ、皆さん。待て待て。やだぞ、めんどくさいからってそんな役割を僕に押し付けられても」

 こいつら、自分達の命がかかっているかもしれないという状況をわかっているのだろうか。学校で学園祭でのリーダーを決めるとかいう問題じゃないんだぞ。

「別にメンドクサイだけじゃねーし」「そうそう」「空洞くんなら安心だよー」「というか、俺はてめぇ以外に言う事聞くつもりはねーよ」「空洞殿が適任でござる」「おじゃるおじゃる」「ぐふふふ、空洞×男子十人」「邪道ですの! 空洞×北村がジャスティスですの!」「というか、こんなのを話し合う必要あるわけ?」「ないない」「あれじゃない? 嫌々やってますよーというフリ」「あぁ、なるほど」「かっわいいんだー、ソラちゃんはー」「なんで空洞の好感度が上がっているんだ! おかしいだろ」「流石忍者汚い!」「ふっ、試させてもらうぞ、貴公の力を!」「あやー、また中二ちゃんが暴走しているよー」「さっきまで泣いてたのにねー」「ねー?」「泣いてないし! 泣いてないもんね!」「……ぽっ」「おい、なんで神威さんの頬が赤くなってんだ!」「なんだとぅ! 空洞、どういうことだ、こらぁぁっ!」「……ぽぽぽっ」「えぇーっ!? もしかして、神威さん、空洞くんに興味あるわけ?」「……はい」「「「きゃーっ」」」「あの高嶺の花が空洞と!?」「タイマン張れ、空洞!」「うっさい、男子!」「男子うっさい!」「う、うるさくねーし!」「おじゃおじゃ」「えぇっ、あたしも空洞ちゃん、狙ってたのにぃ」「オカマは帰れ!」「誰がオカマじゃ、こらぁっ! 乙女と呼びなさいよ!」「お、おい、近づくな」「さ、猿渡、お前が言い出したんだろーが」「えぇっ!?」「こ、こら、静かにしなさーいっ! 空洞くんが真っ白になってるわよーっ」「裕子ちゃん、うっせー! これは重要なことなんだよ!」「えぇっ!? 先生にうるさいって言ったの!? 言ったわけ! 廊下に立たせるわよっ!」「授業中じゃありませーん」

 騒ぎ出す面々。というか、さりげにタイマンの申し込みやら、女子の視線やらが酷く集まっている。あと、神威撫子の爆弾発言に僕は大きく溜息を吐きたい気持ちになる。それでも紛糾する場の中、一縷の望みをかけて菊池先生を見る。

「え、な、何かな」
「いや、先生が一番、年上なんだから、皆をひっぱってくれても……」
「だ、駄目だよ! 今、ここで年とかそういうのは関係ないんだから! むしろ、年下で頼れる男の子ってポイント高いと思うな! な!」

 その発言を受けて、男子の何人かが考えてくれないかなぁと思い、視線をずらすと「無理、無理」と手を横に振っていた。アピールチャンスじゃねぇか、もっとやる気出せよ……と、最後に僕は何故か最も大人しい紫香楽に目をやる。

「紫香楽は僕でいいのか?」
「えぇ。問題ありませんわ。他の皆様に比べたら、多少はマシという話でしょう」
「いや、いつもなら、お前、やりたいとか言うじゃん」
「わ、わたくしが目立ちたがりみたいな言い方をしないでくださいまし!」

 えぇっ……自覚ないのかよ……

「そ、それに、わたくしは「む・の・う」ですわ! リーダーなんてとても出来るものではありませんの!」
「そうだ、そうだ! アリア様は無能であられるぞ!」
「アリア様は無能なんだな! リーダーなんてやってられないんだな!」

 おい、紫香楽。手下共に無能扱いされてんぞ。あ、やっぱ、若干、いらっとしてるんだろうな。頬がピクピクと痙攣している。それにしても、何でこいつらは無能と言い張っているんだろうか。

「ん……あっ!?」

 そこで、何かに気づいたかのような声を出したのは小堂 祥子である。どちらかというとオタクコミュニティに属していて、内気な性格の少女だ。喋り方も、なんというか独特であり、悪くいえば変である。前髪をおろし、肩までの濡れ場色の髪、特に弄っている様子は見受けられない。前髪で顔は上手く見えないが、かなりの美少女である。身長は高くもなく、低くもないといったところだ。

「ふ、ふひっ、空洞殿」

 騒いでいる面々を無視して、ちょこちょこと小動物のように歩いてきてこちらに近づいてくる。僕の耳元に手をあてて、内緒話をするかのように話かけてきた。

「お、恐らく、彼女達は、無能と言い張っている理由がわかるでござるよ」
「……マジか」
「ま、マジでござる」

 こくこくと頷く小堂。席を立ち、少し離れて小堂の話を聞くことにする。そして、話を聞き終えた時、僕は聞かなきゃよかったと後悔に苛まれるのだが、それでも知らないでいるよりかは遥かにマシな状況であり、それと同時に何が起きているのか、ようやく人並みに理解し始めることとなる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「恐らく彼女達は自分達を勇者と思っているでござるよ
「創作物ではかなりありがちな話になるでござるが、
「異世界召還というファンタジー小説がそこそこ存在するでござる。
「展開というのは、異世界に呼ばれた勇者が世界を救うという類のお話でござる
「その中にも幾つか、複数の展開があって、
「成り上がり系というものが存在するでござる。
「これは召還された勇者が『無能』であることが割と条件にあがるでござる。
「無能ゆえに周りから虐げられて、下に見られて
「そこから徐々に成り上がり、最終的には世界を救うという展開でござる。
「この場合「複数の勇者」が居るというのがミソでござる
「比較対象があるからこそ、下に見られるということでござる。
「つまり、彼女達は自分がその成り上がり系の勇者だと思っているでござる
「あの御姫様っぽい女性の発言を、空洞殿は覚えているでござるか?
「拙者の聞き間違いでなければ、勇者様方と言ったでござる
「つまり、彼女がここに拙者方を呼び寄せた張本人である可能性が高いでござるよ
「そうでござる。万が一、にでもござるが。
「創作物的な展開と同じならば
「拙者らは異世界に召還された、ということになるでござる。
「異世界なんてあるのかと聞かれても、そんなの拙者だってわからないでござるよぉ
「というか、あの状況でそんな考えを持てるお三方の方が凄いでござる
「や、わざわざ念を押されても真似するわけないでござろう……
「そういうわけでござるから、わざわざ自分を無能と言っていると思われるでござる
「無能が覚醒するというお話は割りとありがちでござるよ
「しかしながら、あくまでそれはお話であり、創作物でござる
「拙者達は現実を生きるものでござるから、二次元は二次元、三次元は三次元。
「きちんと割り切らなければ社会で生き残ることすらできないでござる……
「だから、拙者も空洞殿に従いたいと思うでござるよ。
「別に、その手のジャンルは得意ではないでござるから、余り力になれないかもしれないでござるが……
「う、うん、む。そ、そうでござるな。拙者も出来ることがあれば頑張るでござる
「それにしても、空洞殿は相変わらず……ふふっ
「や、やめるでござる! 髪を乱すなでござるよーっ!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そんなわけで紫香楽達がどういう心境なのか漠然と理解した。というか、あいつら、こんな状況で自分達が無能であり、覚醒する勇者だと思い込んでいる。馬鹿じゃないのだろうか。いや、馬鹿なのだろう、馬鹿だ。頭が痛い……

「……はぁ」
「溜息は幸せが逃げるでござるよ」
「幸せ、ねぇ」

 この状況で幸せになれるのなら、幾らでも溜息を我慢するが、とてもそうとは思えない。ならば、溜息くらいは吐くのを許されるだろう。

「そうだ、小堂。一つ、聞いていいか」
「拙者にわかることなら、勿論聞いてほしいでござる」
「あのな、緑の皮膚をもった化け物について聞きたいんだが……あれだ、コンビニとかの一番くじでフィギュアになってるような奴じゃなくて、顔がでかくて、子供くらいの大きさの化け物」
「少なくとも、一面でピッ○ロさんが出るなんて勘違いしないでござるよ……」

 呆れたように言われる。誰だ、ピ○コロさんって。というか、一番くじでよく伝わったな、と感心した。まぁ、コンビニで働いているといつもこいつがくじを買占めにくるのだから、僕の知識なんて大体カバーしているか。

「恐らく、ゴブリンでござる」
「ゴブリン……?」
「日本で言えば、餓鬼という架空の存在が近いでござるな。最たる特徴は他種族を犯すという特徴でござろう」
「お前、臆面もなく犯すとか言うなよ……」
「あ、余り、掘り返してほしくないでござる。せ、拙者だって女の子でござるよ? 空洞殿には些か、デリカシーが欠けているでござる」

 自分から言ったのに、何故僕が責められるんだよ。

「こほん、んっんー。ゴブリン。創作物ではわりかしお決まりの登場モンスターでござるな、けれどもよくよく考えれば、これだけメジャーな存在であるにも関わらず、某有名RPGには登場していないのも不思議な話でござる」
「それは、どうでもいいから」
「そうでござるな。最たる特徴は先ほど説明した通り。けれども、それに付随するかのような特徴である繁殖力という面においては古今東西、最も強い架空生物と言っても過言ではないでござる。そういう面で見れば黒光るGと良い勝負でござるな、どちらもG。嫌われている存在でござる」

 まぁ、見た目がかなり悪かったもんな。這いずってきた時には恐怖よりも嫌悪感の方が遥かに勝っていたし。

「能力的には割と弱い位置づけであることが多いでござる。けれども、種類が幾つもあるでござるよ、小説によっては。キング、リーダー、コマンダー、マジシャン、ウォーリアー等と進化種が存在することも非常に多い。強さも最下層のゴブリンなら弱いパターンは非常に多いけれども、キングともなれば、小説によっては最強クラスのモンスターだったりするでござるよ。それに『戦いは数だぜ、アニキ』との言葉通り、繁殖力に任せて戦うパターンもよくあります。故に、油断ならない相手、というのが私の……じゃなく、拙者の判断でござる」

 さりげなく素に戻ったな、とか思いつつ。あの檜山を単体で組み伏せた相手が単体であり、雑魚であると考えれば、悪い夢にしか思えてこない。

「……大丈夫、でござるか?」

 上目遣いで覗かれる。短く「あぁ、何でもない」と答えてみるものの、小堂は未だに何かを考え込むようにこちらを覗き込んでくる。

「まぁ、空洞殿がそう言うのならば、拙者は何も言うことはござらんよ。それでは拙者、ドロンするでござる」

 そう言って、小堂は自分の席に戻っていった。話を聞き終えて、未だに騒ぎ続ける面々を見つめる。確かに、紫香楽は状況を判っていない。けれども、それは今、現在。他の奴らにも言えることじゃないだろうか。檜山がどんな目にあったのか、未だに知らないお前らは、その事実を知っても、尚。まだ、そんな風に楽観視できるのだろうか。


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「さて、リーダーという話はとりあえず、置いといて。今後の方針は帰るために動く。これに異論はないな?」

 ほとんどの人間が「ありませーん」と声音を合わせてくる。返事をしなかった奴はどういうつもりなのか……まぁ、いい。

「さて、その方法を分かる奴は……居るわけないか……」

 静まりかえる面子を見て、溜息。これも期待していたわけじゃない。状況も未だに十全と飲み込めていないのに解決策などわかるわけがない。

「なら、少なくとも今後、帰る方法を見つけるためにどういう動きをするか。これが重要だ。まず、食べ物、水。次に衣服」
「おじゃ」

 そこで手をあげたのは麻呂 公子である。名前が麻呂のせいか語尾とか返事におじゃがつく変人である。顔はふっくらしていて、百人一首に出てくる女性のような眉をしている。やせれば可愛いと皆が言っている女子。仲のよさでは同じオタクグループである、小堂と仲がいい。他には腐女子と呼ばれている奴らと仲がいい。未だに腐女子というのが何なのかわかっちゃいないけど。

「ん、麻呂か」
「おじゃもし。発言してもよろしいでおじゃるか」

 返事が奇特すぎる。

「恐らく衣服に関してはこの宿屋……おじゃ、委員長風に言えばホテルの隣に」
「わざわざ言いいなおさなくても分かる!」
「ほっほ。そうでおじゃるか? 宿屋の隣に防具屋や武器屋と言った、ゲームでお馴染みの扉があったでおじゃる。中は覗いていないでおじゃるが、状況的に考えれば、服飾屋というのも存在するのが考えられるでおじゃる」

 なるほど。ゲーム知識と現実は違うと切り離すのは簡単だが、それでも何もない状況から考えるよりか、遥かにマシである。

「そう、か。わかった、探索という方法を取らなければならないというわけか。次に衣食住でいう住という観点は既に解決済みだ、問題は食、だ」
「それも食材屋があるでおじゃるよ?」
「……あの、なぁ」

 僕はボリボリと頭をかきながら至極当然の部分を指摘してやることにする。

「仮にここがほて、じゃなくて宿屋だとして、最も大切な部分が欠けている。気づいた奴はいるか?」
「……はっ!」

 仙道が何かに気づいたかのようだ。お願いだから、黙っててくれと祈る。多分、その発言は間違いなく的外れだから。

「アメニティ用品がないわ!」
「やっぱ、黙っとけ、お前」
「な、何よぉ……」

 姉御肌の女性が涙目になっている。いや、別にどうでもいいんだけれども。そもそも、問題はそこじゃないし。

「フロント、だよ。フロント。何で、無人なんだよ、ラブホかよ、ここは……」

 一部のラブホテルでは受付が無人で、お金を入れて部屋の鍵を受け取るだけのシステムはあるが、あれだってシーツを整えたり、部屋を掃除したりする人が居るのだ。少なくとも、この場所のように人気が全くと言っていいほど感じられない場所なんかではない。

「なんで、空洞なんかがラブホについて知ってんだよ! 絶対におかしいだろ!」

 ヤンキーの渡辺が噛み付いてくる。そうか、こいつ、確か童貞だったな……いや、別にだからといって、何も思っちゃいないが。

「今は関係ねぇだろ」
「関係あるわよん!」
「ねぇよ!」

 男子(?)という種族の野母 辰が何故か主張してきた。そのせいで、クラスメイトの視線が痛い。おい、こっち、見んな、てめぇら。

「空洞ちゃんが処女なのか、あたし気になるわん!」
「そっちは大丈夫に決まってんだろ! 何があっても守りぬくからっ!」
「そっち?」

 さりげなく恐ろしい発言をする。けれども、言って気づいた。これは誘導尋問である、と。く、くそっ。野母の癖に、巧みな罠を仕掛けやがった!

「ま、まさかここに来て、委員長様の非童貞説!?」
「う、嘘ですの! 委員長はBLだと聞いていた筈ですの!」

 腐女子シスターズと呼ばれている多々良と矢口が絶句していた。ちなみに苗字が違うことから実の姉妹ではない。何でも義姉妹の契りを結んだらしい。なんだ、それ。

「お、おい。あれ、だろ? ソラっちが見栄を張ってるだけだろ……?」
「そ、そうよね。そんな素振り、一切なかったわけじゃない」
「ふっ、非童貞同士、仲良くしようぜ! 委員長!」

 何故か、カタカタと小刻みに震える檜山と仙道。何故かいい笑顔で北村がサムズアップしている。いいから、その話題はもういいから。

「そんなことより、この宿屋が無人ってところが問題なんだよ!」
「なんでー?」

 花畑がきょとんとして尋ねてくる。

「別に泊まる場所が無人でも構わない。けれども、食べるものはそうはいかないだろう? 一体、誰が『管理』するんだよ」

 何人もが「あっ」と今更、気づいたかのように口を開けている。

「やっぱ、気づいてなかったのかよ……いいか、思っているよりもかなり、せっぱ詰まっている状態なんだよ。ここに来てから、今は……十一時半か。三時間は経っている」

 古臭い懐中時計を見て、時間を確認する。何だかんだあって、もう昼前である。まだ、誰も腹が減っていないけれども、これから腹が減ってくることだろう。僕の場合は三日くらい食べなくても大丈夫だけど、他の奴らは半日も抜くことが辛いことだろう。

「だから、僕達はまず、やらなきゃいけないのは水と食べ物の確保だ。だけど、外を探索にするにあたって一つ、問題がある」
「問題? んだ、そりゃ?」

 後藤も普通に聞いてくれている。なんだかんだ、いって、このおかしな状況に危機感を持ってくれているのだろう。

「化け物……小堂から聞いた情報だと、ゴブリンという化け物が外にいた」
「「「ゴブリン、キター!」」」
「……紫香楽、椿、野原。何が嬉しいのか、僕に説明してくれないか?」

 いきなり、騒ぎ出した三人に僕は責める。だって、アレは、あの化け物はそんな生易しい、ましてや喜んで、喜べるわけもなく。檜山の方をチラリと伺う、同じ感情なのか、酷く冷めた視線で三人を見ていた。

「な、何を怒っていますの? 委員長、す、少し知っていた情報が出たから驚いただけですわ」
「そ、そうそう」
「問題ないんだな」

 三人は慌てて、取り繕うかのように呟いていた。怒る必要もない、怒るなんて僕らしくもない。大きくため息を吐いて、冷静になる。

「体長は一三〇センチくらいで、緑の皮膚を持ち、顔が大きく、つぶれたような顔をしていた。正直、強さは……」

 チラリと檜山を伺う。すると頷いて、立ち上がり、僕の言葉の後に続けてくれた。

「正直、速度は無ぇ、けど、暗闇から、鈍器で一撃くらっちまうかもしれねぇ。ドラ○エとかである棍棒みたいなもんをもってやがる。あと、腕力はそこそこあった、組み伏せられたら解けない程度には。正面からやったら、わかんねぇけど、少なくとも、あたしは一回、負けた。そんだけだ」

 檜山はそれだけ告げると、乱暴に座り、目を瞑る。よく見れば小刻みに、気をつけなければ、気づかない程度に身体が震えていた。その事から、小堂や勘のいい人間は顔を青ざめている。

「つまり、外は危険……いや、もしかしたら、この場所ですら危険かも知れない。けれども、女子の部屋も含めて、危険がないのを確認しているので、少なくともこの宿屋から中は危険が少ない。万が一は入口から化け物がやってくることがあるかもしれないが……他の場所よりかは遥かにマシかも知れない」

 そう、外も中も『安全』ではないのだ。安全など、日常など既に手の届かない所にある。当たり前に食べていたもの、当たり前に過ごしていた家、当たり前に着ていた服。そんなものは、今、現実。どこにも存在しえない。未だに悪い夢であってくれと、思ってすらいる。

 けれども、思うだけで逃げてはならない。少なくとも、槍、化け物と、危険は確かに存在し得るのだ。そして、危険を避けるための方針は二つ。

 全員で行動するか、小規模にグループを別れるか。

 全員で行動する、ナンセンスだ。あり得ない、それだけは多分、やってはならない事だ。もし、全員で行動して、化け物が集団で現れたら『弱いもの』から襲われていく。少なくとも全員でまとまって逃げ切るだけの自身がない。

 それに、能天気に馬鹿騒ぎをしているが、少なくとも。それは表面上だけの奴が何人も居ることを僕は察している。本当は泣き出したい、逃げ出したい、そんなことを思っていても、口に出せば、また朝の二の舞になるから必死に我慢している奴はたくさんいる。女子の奴ら、メイクが崩れていることに気づいてないし。

「探索のグループを作る」
「み、皆で行動した方が安全じゃないかなぁ?」

 菊池先生が恐る恐る手をあげて言う。

「いや、先生。僕は皆を庇って、殿を務めるほど情に厚くない。多分、真っ先に逃げると思います。皆を見捨てて、自分の保身に。そんな人間です」
「……酷いよ、それは」

 正直な話をすれば、僕はそういう奴だ。友情を友情とも思わない、大切なものだって捨てられる、正義なんてものに傾倒してすらいない、裏切らないなんて幻想を持ち合わせてもいない。期待されているような人物なんかじゃ、到底、足りえない。

「午後の探索について、話し合おう」

 だから、僕は無表情に。落胆されていることを見たくなくて、少し視線を下にずらしながらも話を続ける。

「一人は僕が行く。体力的にも、足の速さでも、総合的に見れば男女の中でも上の方だから」
「結局、てめぇは……」

 何かを呟いて、ハァァと大きく溜息をついたのは後藤だった。その視線には色々な意味が込められていた。

「俺は、連れてってもらえないんだろ?」

 折れた手をプラプラと見せられて、僕は頷く。いつもの後藤ならば、勿論、ついてきて欲しかったが、今のあいつは戦力にならない。

「あぁ。悪い」
「悪くねぇよ、腕を治すまで筋トレしてらぁ」
「どういう理屈だよ……」

 僕は呆れながら、後藤に向かって呟く。けれども、まぁ、ありがたい。少なくとも、もし、こんな悪い夢が簡単に醒めないのならば、暴力という力は必要になってくる可能性が非常に高いからだ。それは『抑止力』となりうる。今は、まだ、不必要だけど。

「わ、わたくしが行きますわ!」
「お、俺も!」
「僕もなんだな!」

 紫香楽、椿、野原が手をあげる。少し考えて、紫香楽以外を却下することにした。

「悪いが、連れて行くとしたら紫香楽のみだ」
「ど、どうしてなんだよ!」
「お、横暴なんだな! 委員長はアリア様を独り占めする気なんだな!」
「そ、そうですの……?」

 なんで、てめぇが照れてんだよ……というか、腕が折れた後藤を連れていかないのに、野原と椿を連れて行くわけにはならない。

「何でだよ……むしろ、精神的な面では連れていきたくねぇわ」
「な、なーっ! あ、あなた、事もあろうに! わたくしを嫌ってる発言をしましたわね! 許しませんわよ!」
「天に唾、吐いてんなぁ……違ぇよ、紫香楽と僕じゃ相性が悪いだろ。顔を合わせればそれなりに言い合いをする仲なんだ、離れていた方が無難じゃねぇか?」
「……ッ! そ、それはあなたが!」

 何故か、激昂して立ち上がる紫香楽。よく見れば目じりに涙を浮かべて、睨みつけるように僕を見てきた。

「……?」
「……なんでもっ、ありませんわっ!」
「まぁ、じゃあ、ついてくるんだな」
「えぇ、不本意ですけれども」

 苦虫を噛み潰したかのように頷く紫香楽。さて、残りは三、四人と言ったところか。この時点で殆どの生徒を除外しておく。少なくとも運動能力の高い人間が必要だ。

「北村? いけるか」
「おぅ、いいぜ!」

 イケメングループのリーダー格。北村 洋介をピックアップする。

「野母も、大丈夫みたいだな」
「まっかせてぇん。よろしくねぇん、リーダー、北村ちゃん、うふっ」
「ひ、ひぇっ」

 北村が青ざめる。何を隠そう、野母はクラスでナンバーワンの怪力の持ち主である。制服の下はむっきむきなのだ。あの腕力、喧嘩百段の後藤をもってしても「戦いたくない奴、ナンバーワン」にあげられる。隣町の番長とタイマンするのがよくても、野母だけは無理らしい。

「……後は」
「委員長」
「ん、剱山、か……」
「委員長、何故、私の名前をあげない? 少なくとも、身体能力、という意味では私は劣ってはいないつもりだが」

 濡れ羽色の黒髪を馬の尻尾のようにまとめた剱山 剣花が睨みつけるように僕を見てきた。確かに、武力という面において、彼女を外す道理は無い。クラスの中でもし、最強を決めるのならば後藤でもなければ、檜山でもない。剱山 剣花、彼女を差し置いてそれを名乗ることなど出来ないだろう。

 凛とした立ち姿、歩く動作、座る仕草において、すべての部分において彼女は綺麗である。けれども、顔の右半分の爛れた火傷の痕。顔の作りは非常に綺麗であったとしても、彼女の美しさを半減させるかのような痕。それでも、彼女は強く美しい。それは生き方という面においてだ。

「……正直、僕は紫香楽も連れて行きたくないと思っていた」
「な、何故ですか!」

 僕の発言を聞いて憤慨するかのように、紫香楽が立ち上がる。

「ゴブリンの特性というものを小堂から聞いている。だから、女子はなるべく連れて行きたくない」

 僕の言葉を聞いて、剱山は「ふっ」と微笑む。

「私のような女を女扱いするのはあなただけだ、委員長。だからこそ、尚更、ついていきたいと思う。生憎、と言っては何だが、私もいい加減に部屋に篭るのは飽いてな。ここいらで一つ、委員長に恩の一つでも返さなければなるまい」
「僕は恩を売った覚えはないけど」
「ふっ、それは委員長がそう思っているだけだ」

 相変わらず男前な奴だ。けれども、確かに剱山がいるというだけで、危険からはかなり遠ざかる、そんな気がする。

「それじゃあ、頼む。剱山」
「相、承った」

 さて、五人か。後二人は欲しいところだろう。

「後、二人くらい……」
「……そらくん」

 透き通るような声が耳に届く。懐かしく、それでいて、泣きたくなる。衝動的に叫びたくなる。それでも、今はそんな無様は晒せない。一度や二度だけじゃない。いつも晒してきた身だ。なのに、今更、と思う。

「神威……」
「……私も、いきます」
「……」

 平常心が保てない、皆に見られていることに気づく。多分、普通じゃないくらいの表情になっているだろう。情けない表情を晒しているだろう。けれども、それだけ、僕にとって神威 撫子という少女は業が深い。

「……今は、緊急時……でしょう?」
「そう、だな」
「……だから、私を連れてってください」
「……」
「……合理的が好きな、そらくんなら、そうするはずです」

 ゆっくりと噛み砕いて、赤子に説明するかのように、僕のことを知っているかのように、僕のことをわかっているかのように、彼女は言い放つ。

「……違いますか」

 二つの瞳で覗かれて、逃げ出したくなる。化け物の比ではない、全員の責任を負った時の比でもない。前者は逃げ出せなくて、後者は逃げ出した。今だって、逃げ出したい。神威 撫子が居ない場所へ、逃げ切ることが可能ならば逃げ出したいのだ。

 けれども、僕は逃げ出さずに居た。彼女が覚悟を決めたのなら、僕も腹を括らなければならない。僕に話をかけてきた、ということはそういうことだ。彼女は過去と今を切り離して、今、ここで僕と対話している。だからこそ、僕も腹を括ろう。

「違わない。神威、君の能力なら申し分ない」
「……よかったです」

 そして、いつものように微笑む。

「……あのよぉ、お二人さんよぉ」

 何故か檜山が机をトントンと指で鳴らしながら、不機嫌に喋りかけてきた。というか、なんか滅茶苦茶、怒ってねぇか……?

「何、二人でいい雰囲気、作っているわけ? 少し空気を読んでくれない?」

 仙道の奴もジト目で睨んでくる。いや、いい雰囲気って、そんなもんと真逆だったろ。男子も何故か、ブーイング、し始めた。

「はいはい、そんなんじゃねぇから。んじゃ、あと一人……」
「拙者が必要でござろう」

 手を挙げたのは意外にも小堂だった。何故なら、運動能力という面で見ればクラスでも普通くらいの彼女だ。いや、足だけはかなり速かったような気がする。何でも、コミケなる場所で生き残るためには影のように移動する術が必要らしい。なんだ、そりゃ。

 とはいえ、彼女の言葉通りに小堂の知識は必要なのかもしれない。紫香楽アリアが無能と自分を隠すのなら、その手の知識が必要なのは明白である。

「ちょ、ちょっと、待てよ! あたしも――」
「檜山、お前は休んでいろよ」
「な、なんでだよ」

 僕に強く言われて、若干どもっている。けれども、そんなのは当たり前だ。化け物に借りを返す為についてくるというのなら困る。それに、あんなことがあった後に、お前を連れて行けるほど、僕は強くない。

「休んでいてくれ」
「……」
「頼む」
「……あーっ、くそっ。わかったよ。めんどくせぇ」

 どうやら、聞き入れてくれたようだ。

「仙道には少し頼みたいことがあるんだけど、後でいいか?」
「……ということは、強制的にお留守番確変なのね」

 なんで、確立が変動するんだよ。確定だろ……まったく。

「それじゃあ、この七人で行くことにする。各々は休むなりして、英気を養ってくれ。僕達は三十分後に出発する、んじゃ、解散」

 全員が返事をしたのを確認すると、僕は出て行く那賀島と三浦のカップルコンビに声をかける。どちらも言っては何だが、顔のつくりが非常に独特的であり、奇跡のカップルと呼ばれている二人だ。

「那賀島」
「どうした、空洞?」

 男子の中でもあまり目立たない部類(ただし、顔的には目立つ)那賀島が声をかけられるとは思っていなかったのか驚いている。

「お前には渡すものがある。ちょっと、来い」
「ほーい」

 そして、僕は四角い真空でパックされた物を渡す。

「こ、これはっ……」
「いいか、お前らの理性に僕は期待をしていない。けれども、やれば出来る。この言葉を絶対に忘れるな、絶対に気をつけろよ、戻った時に退学とか洒落にならねぇだろ」
「か、感謝っ……圧倒的感謝ッ!」
「……やっぱ、やる気満々だったのかよ」
「というか、空洞もこういうの持ち歩くのな」

 意外とばかりに僕の顔を見てきた。当たり前だろ、僕だって男だぞ。いや、まぁ、正直に言えば、財布に入れっぱなしだったのをつい、思い出しただけだが。確か、なんか賞味期限っぽいのがラベルされていた気がするんだが、ここ一年の奴なんで大丈夫だろう。あれは生産日だったか? まぁ、いいや。

「当たり前だろ、お前は僕をどう思ってるんだ」
「いや、不能の聖人君子」
「……ぶっ飛ばすぞ、てめぇ」
「うわわ、嘘嘘。けど、本当に意外だった。まぁ、空洞のこと、俺達はまだ、本当にあんまり知らないんだな、と思っただけだよ」
「別に、そんなに深い人間じゃねぇよ」
「どうだか。けど、ま! 本当にサンキュー! 実は箱単位で持ってるんだけど、これなら一ヶ月くらいは持つぜ!」
「返せよ!」

 なんだ、こいつ! 箱を制服で持ち歩くなんて、猿かよ。いや、猿はわざわざ装着なんぞしないか。呆れたような視線を那賀島に送る。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 廊下に出ると、仙道が待っていた。

「それで、話って?」
「……ん、檜山の奴を気にかけておいてくれないか?」
「桃香を?」
「あぁ。色々、辛いと思うからさ、こんなことになって」
「ん、それを言われたらあたしが平気だと思われてるみたいで嫌なんだけど」
「そうは言ってねぇよ。唯、お前なら他人を気遣うくらいは出来るだろ?」
「……ん、できるけどさぁ。あたしだって女の子であり、辛いのよ? わかってる?」
「あーあー、わかってる、わかってる」

 おざなりに返事をすると仙道は肘をゲシっと入れてきた。ぐぉっ、鳩尾にばっちりいれやがった……コイツ、いつも、皆の前ではお姉さんぶるのに、どうして僕にだけこんな扱いをするんだ、納得がいかねぇ……

「まったく、わかったわよ。桃香といれば、寂しさも紛れるしね」
「ん、頼んだ」
「はいはい」

 さて、と。まぁ、色々と問題児を放っておくことに心配になるんだが、小学生じゃあるまいし、大丈夫だろう。廊下を進みながら、宿屋を見渡す。Ψのような造りであり、頂点に先ほどの広い部屋。一、二階があり、基本的に男子は一階で寛いでいる。部屋の数は数えなおしたら全部で四十三あった。そのうち一つが全員入るほどの大部屋、一つは食堂のようにテーブルクロスが敷かれた長いテーブルがあった。また、一つはキッチンのようなものがあったが、これが何をどうしても使えない。鍋やフライパンはあるのに火がつかないのだ。冷蔵庫もない。そして、空っぽの倉庫があり、一つは暖炉のようなものがついた部屋がある、用途不明。それにすべての部屋に窓は存在しなかった。どの部屋も同じであり、トイレが付属している。トイレというよりは穴であり、確かに傍らに葉っぱがおいてあった。トイレットペーパーなどなかったんや……

 ともあれ、メモ帳にそれぞれの部屋を記録して、いく。どうやら、各部屋のマークには法則性があるようだ。各部屋を訪ねながら、マークを記録していく。最後の部屋は先生か。二階の最奥。これで地図が完成できる。

 コンコンとノックをして、返事を待つ。中から「はーい」と間延びした声が聞こえた、何とも先生らしいやな。

「あ、空洞くん」
「一応、全部の部屋を回って、誰がどこに居るのかを確認しています」

 メモ帳に文様の後に「菊池 裕子」と書き込みながら、地図の方には「38」と書き込む。地図の方には1~43と書き込み、別ページに1~43の数字を書き込み、1~37が生徒だ。39が倉庫、40が食堂、41がキッチン、42が暖炉の部屋、43が大部屋である。

 そう、ぴったりと人間の数と部屋の数が一致している。不気味にすら思えてくる。偶然には思えない。まるで僕達に対応したかの如く。いや、事実、そうなのだろう、仙道は「部屋が増えた」と言っていた。あの時は軽く流したが、事実なのだろう。

 まるでファンタジーだな、と思える。いや、事実、ファンタジーなのだろう、けれども、ファンタジーが現実になった時、僕達はそれをどう呼べばいいのか。幻でもなんでもなくなったとき、どう思えばいいのか。

「凄いね、空洞くんは」
「凄い……?」

 何故か、自嘲気味に笑っている先生。何も凄いことなどしていない。むしろ、取り乱して、過呼吸で倒れて、皆に任せっぱなしにした分、迷惑をかけた。その分の借りくらいは返さなければ誰に対しても申し訳が立たないのだ。

「凄いよ、私は何も出来ない。教師なのに、先生なのに」
「……」
「嫉妬しちゃうな」
「すれば、いいじゃないですか」
「え?」

 嫉妬? すればいい。だって、僕だって、皆に常々嫉妬している。それでいて折り合いをつけて生きている。嫉妬することは悪いことばかりではない。嫉妬して、自分の身の丈を知ることを誰が悪いというのだろうか。凡人で平凡で、何も無い僕には嫉妬くらい許してくれ、そう思う。

「僕だって、皆にいつも嫉妬してますよ。後藤や剱山みたいにかっこよければ、もっと胸を張って生きていけるだろうし、小堂や紫香楽達みたいに趣味にのめりこめたら、もっと楽しく生きていけるだろうし、檜山や仙道みたいに強く生きれたら、もっとまともな人間になって生きていけるだろうし、嫉妬くらい誰でもしますよ」
「空洞……くん」
「僕は先生にだって、嫉妬してるんですよ?」
「え? 私に?」
「だって、先生美人だし、胸が大きいし、異性に困らないだろうし、それに大学でてるくらいだから、僕よりも遥かに頭がいいし、それに私立教員という職についているから給料だってそこそこな筈だし、間延びしたような声でほんわかしていて、人生楽しそうだし、そもそもどんなエンジョイとした青春を送ってくればあんな能天気になれるのか……」
「く、空洞くん! 暗い、暗いよ! むしろ、怖い!? というか、さりげなく私、かなりディスられてない!?」

 ハッ!? まずい、まずい。ついぞ、ネガティブモードに突入してしまった。いかん、嫉妬は大罪である。

「ん、こ、こほん。つまりはですね、先生の嫉妬なんて、僕の嫉妬に比べたら、まだまだ業が浅いわけです。もっと、業を深めてくださいね」
「あ、あっれー? えっと、ここは慰めるというか、優しく声をかけてくれる場所じゃないのかなぁ……業を深めろって慰め……?」
「そんなわけないでしょう……」
「だよね」

 どうやら、いつも通りの先生に戻ったようだ。まぁ、戻らなくてもいいんだけど、嫉妬でも何でも勝手にしてくれと思う。酷い言い草になったが、そもそもが僕は優しくなんてないのだから。

「ありがと、空洞くん」
「はぁ?」

 何を言っているのだろうか……ヤバイな、先生の精神状態、まともかと思ったらまともじゃなかったパターンか。よし、適当に流そう。

「よくわかりませんが、はい、どういたしまして」
「うん」
「それじゃあ、今から外を探索してきますけど……」
「うん?」
「あの問題児が問題を起こさないと思えませんから、後、よろしくお願いします、くれぐれも外にはでないように」
「えぇぇぇっ……やだなぁ、それは……」

 面倒を見ることに全力で拒否感を表す聖職者。凄いと思った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ロビーと言えばいいのか、フロントと言えばいいのか、受付と言えばいいのか。ただ、いえることは唯一の入口である玄関に向かったとき、全員が集まっていた。懐中時計を見れば十二時半。ぴったり三十分にやってきた。

「遅かったですわね」
「時間通りだろ……」

 紫香楽にジトっと睨まれて、肩を竦める。残念なことに僕は余裕を持った行動というものに縁が遠い。学校だって遅刻ギリギリが多いし、バイトだって、出勤ギリギリが常なのだ。けれども一度たりとも遅刻したことないのは自慢の一つである。

「……そらくんらしい、ね」
「そうかよ」

 僕はあまり、広げたくもない話題だったので神威の言葉に短く返す。

「なーなー、委員長。なんか、合コンみたいじゃね? 女四で、男三、ここいらで一発、自己紹介でもしておこうか?」
「何でだよ」
「そうよ、そうよ! 北村ちゃん、失礼だわ! 男二に女五でしょぉん!」
「ひぃっ!?」

 北村の奴が一歩さがる。というか、緊張感。まぁ、下手に気張りすぎるよりかはマシ、かな。

「では、行こうか、委員長」
「そうでござる」

 剱山と小堂が促してくる。そうだな、ここでいつまでグダグダとやっている暇は無い。

「……行こ、そらくん」
「あぁ」

 僕はゆっくりと宿屋の扉を開く。そこにはまた、闇が広がっていた。一寸先も、二寸先も闇である空間に僕達は足を踏み出した。


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