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第六話

 空想的な願望も将来実現したい願いも、「夢」という一言で表現できる。

 この「夢」はどちらなのだろう。

 現状を鑑みるに、危険を犯さなければ叶えられない「夢」であることは確かだ。

 いくら足場を積んでもこの「夢」には届かないだろう。

 いくら努力してもこの「夢」には触れられないだろう。

 近付こうとすればするほど遠くなる。

 数年越しに手に入れた切符は片道のみ。行ってしまったら帰ってこれるかどうかわからない。そんな博打に出てまで叶えたい「夢」なのか。

 ――迷っている。この「夢」を叶えたときに自分がどうなってしまうのか。不安に駆られながら空を覆う天蓋を一瞥した。






 初出撃を終えた頃には闇色のライトが街を彩っている。これから徐々に多くのライトは消されていき、足元を照らせるぐらいの街灯に切り替わる。


「お疲れ様。二人とも綺麗な飛び方だったわ」


 金糸雀が花丸判子を押すと、翼は眉一つ動かさず、空音は手を広げて喜びを表現する。

 初出撃ということもあり、翼と空音は金糸雀の指揮のもと滑空した。怪しい人物を発見したら空中から追跡。明らかに犯罪行為をしている者がいたら警告をし、相手が武器を所持していたら速やかに救援を要請。

 魔法少女は民間の警備隊であることを何度も金糸雀は言い聞かせ、面白いものを見つけては別方向に飛んでいこうとする空音を翼は引き止めた。

 魔法少女が飛行警備隊として扱われ、殺傷武器(銃等)の所持を認められていないのは一般企業に属していることに原因がある。そしてなによりも、魔法少女が「社の飛行技術をアピールする人間」と上に思われているためだ。

 魔法少女と一括りに言っても、どの企業に配属しているかで派閥がある。担当地域が違うため目立った小競り合いはないが、他社の領域に侵入してしまったら、強い糾弾を浴びる未来が訪れるだろう。


「空音。仕事中は勝手な行動をとるな」

「……ごめんなさい」


 帰り道に三つの影が降りた。大きな影に中くらいの影に小さい影。大きな影は小さな影に寄り添い、手を引く。


「私は空音と共に空へ飛ぶ。お前がいなくなったら、私が不安になる」

「空音もツーちゃんと空を飛びたい。今日、とおっても楽しかった。空からでしか気付けないこともあって、だから……その、一人で行こうとしちゃったの」


 翼が低めな声で語りかけると、空音は翼の言葉に素直に応えた。


「反省しているか?」

「うん」

「ならいい」

「ありがとーぽよ!」


 空音はお菓子をもらった子供のように喜ぶと、翼の腕に絡みつく。小さな影は大きな影を求め、自らの支配が及ぶ場所に導こうとしていた。

 大きな影は特に拒む様子もなく受け入れる。そうして二つの影は重なった。


「ツーちゃん。いつか一緒に、青い空を見られるよね?」

「……ああ。お前にも見せてあげたい」


 歯切れの悪い台詞を隠すように翼は空音の頭を撫でた。すると横から「まぁ」と声が上がり、どこに驚く要素があったのかと翼は不機嫌気味に声の持ち主へと視線を動かす。


「翼くんって、天然タラシ? さっきから空音ちゃんのこと口説いている自覚ない?」


 一歩離れたところにいた金糸雀が上品に微笑み、翼と空音の関係を疑うようなニヤついた表情を浮かべた。


「今まで何人の女の子を手篭めにしてきたのかしら翼くん。あら、女の子じゃなくて男の子と言った方が正しいのかしら」

「隣を許すのは空音だけだ。それ以外の輩に心を砕くつもりはない」

「一途でいいわねぇ……。翼くんは少女よりも青年という表現が似合いそう。身長も成人男性と同じくらいよね?」


 金糸雀が顔を近付けると、翼は気まずそうに明後日の方向を見やった。

 傍らで空音が眠たそうに目をこすっている。


「機械への適合が高かったから女の子だと思うけど、同性だからってからかわない方がいいわよ?」

「空音は私の家族だ。好きで何が悪い」

「親バカ……親バカがここにいるわ……」

「親バカどんとこい。何を言われても痛くない」

「……わーお」


 街は仕事を終えて一日を閉じる準備をのんびりと始めていた。数人の大人が会話を弾ませながら三人の横を通り過ぎる。暗かった家に明かりが灯る。学校といった大きな建物は逆に静かになる。そうして街は眠りにつく。

 会話をしてのんびり歩いていると、やがて本部が見えてきた。暗闇の中でも目印となる強烈な光が幾箇所から発せられている。大きな建物は権力を示しやすいため、本部も無駄に広い敷地の上に建っている。本部の中に寮が併設されており、翼や金糸雀といった訳ありの少女達はここで寝起きしている。

 自動扉をくぐると三人の前を橙髪の少女が通り過ぎていくところだった。


「雲雀」


 呼び止めてしまったのはどうしてだろう。翼が口からこぼれてしまった言葉を訂正する暇はなく、橙髪の少女は振り返る。


「なっ……! あんた……!」


 橙色の髪をツインアップにした雲雀は翼の顔を見ると、敵に邂逅したかのように全身の毛を逆立たせた。驚きで丸くなっていた目を鋭くさせ、すぐさま近寄るなと威嚇する。


「嫌味女! 陰険女! ぺったんこ!」


 ただ彼女の口から放たれた言葉は棘といったものを含んでいなかった。お前の母ちゃんでべそ、という調子でそのまま雲雀は罵詈雑言を浴びせようとするが上手くいかない。胸の大きさを批判したときには、雲雀はちょっとだけ自分の胸を確認して頬を赤くした。


「……私を罵倒しているつもりなのか」

「そうよ! ここで会ったが百年目。あんたのことをボコボコにしてあげる! ……ううん、あげる……じゃなくてする!」

「昨日、入隊式の後に会ったぞ」

「うっさいわね! 正義は絶対に勝つのよ!」

「子供向け作品に触れすぎだ」

「う~う~う~」


 翼は静かに対処しているつもりなのだが、どの言葉も雲雀の足元をすくうのに十分なものだった。このような不毛なやり取りを前回も前々回もしたはずであるのに、二人とも学習していない。


「見てなさい、あたしも絶対に一級魔法少女として世間をあっと言わせてやるんだから!」

「無理だ」

「無理なわけないのよ、努力は叶うものなんだからっ。あんたみたいなのがあたしよりも上だって? 正義の味方は強くてかっこいいの! あんたみたいないけ好かないあんぽんたんが一級だなんて認めないッ」

「往生際が悪いな。一級になるにはある資格が必要なんだ。その資格をお前が得ていない以上、一級にはなれない」

「なによ……」


 無理と否定され、雲雀はわなわなと肩を震えさせた。思春期の子供にとって己を否定されることは存在意義を否定されたのと同じ。ツリ目をさらにつり上がらせ、柔らかい唇を尖らせ、翼を言い負かそうと雲雀は一歩前に躍り出る。


「イカサマをして特待生までになって、あんたは恥ずかしくないの!?」

「やめなさい」


 雲雀の叫びを撃ち落としたのは真面目な顔をした金糸雀だった。黄色の鳥は褐色の鳥へ怯えることなく、これが事実であると真正面から向き合った。


「翼一級魔法少女の力は本物よ。判断力も機動力も高く、一級を名乗れる理由はそれ以外にもあるようだけれども、魔法少女になったばかりのあなたができる発言ではないわ。取消しなさい」


 思いもよらなかったところから反撃され、雲雀は眉間に深くシワを寄せた。口調は相変わず強く、一歩も引かないという態度をとる。険しく攻撃的な表情は他を竦み上がらせるほどで、息を呑んだ空音が翼の後ろに隠れた。

 

「そこの金髪ロール……あんた、誰よ。あたしに文句あんの?」

「名乗るのは自分から、が礼儀ではありませんか?」

「……三級魔法少女・雲雀」

「私は二級の金糸雀よ。少なくとも、入隊したばかりのあなたよりは魔法少女について多くのことを知ってるわ。求められる能力も、異常事態が起きた時の対処方法もね」

「っチ……先輩を味方につけるなんて卑怯じゃない」

「卑怯かどうかはあなたが決めることではないんじゃない? ほら、三級であるあなたはまだ研修期間のはずよ。行きなさい」

「……フンっ」


 鼻を鳴らし、雲雀は踵を返した。あっかんべーと翼に向かって舌を出し、小走りで逃げるように去っていく。

 三回目になっても雲雀の逃げ方からは小物臭が漂っているな、と仏頂面で黙りながら翼はそんなことを思っていた。


「……ヒバヒバ」


 一方で、小さくなる雲雀の背中を空音はくりくりとした目で静かに見つめていた。誰とでも仲良くなれるはずなのに、雲雀とは仲良くなることができない。どうしてなのかなと未発達な心で考えている。


「なぜあの子は翼くんに突っかかってきたのかしら」


 金糸雀がそうこぼすと、翼は目を細めた。


「自分と違う存在を認めたくないんだろうな、あいつは。私も空音も彼女にとっては理解を超えた存在なんだ。違う世界で生きている以上、理解できると思っているのは高慢かもしれないが。無関心であるならば私達の言葉を無視する。そうしないでいちいち反応を返してくるということは、こちらを理解しようとしてくれている……姿の表れか」


 翼は空音の肩を叩き、眉を開く。


「大丈夫だ。いつかきっと雲雀とも仲良くなれる」

「……本当に? ツーちゃんはヒバヒバと友達になりたいって思ってる?」

「思ってるよ」

「よかった!」


 理解できるできないのではなく理解する姿勢が重要なのだと二人は確認し合い、暗かった空音の表情が一瞬で明るいものに変わった。

 他者である金糸雀は二人のやり取りの意味がよくわからないものの、二人の間だけで通じる暗号のようなものだろうと深入りしない。


「ヒバヒバの髪は太陽みたいぽよ。太陽サンサンあっちっちぃ」

「太陽を知っている人はほとんどいないぞ、空音。金糸雀は太陽を知ってるか?」

「え、ええ……存在だけ。天蓋が建設され始めた三十年ぐらい前のことね。本物を見たことはないけれど……美しいと思うわ」

「太陽の光がないとね、みんな病気になっちゃうの。空音は空が見たいぽよ。空を目指して――」


 目を輝かせる空音。空の音なんていう名前を授かった因果か、空音は空だけを求める。

 ――叶わない夢だというのに、熱く空に焦がれている。


「翼くんは空音ちゃんの夢がどんなに危険なものであるのかわかってる?」


 金糸雀は空音に聞こえないよう、翼の耳元でささやいた。


「――空音の夢ならば最善をつくすだけだ」

「あなた達の夢を踏みにじるつもりはないけれど、天蓋の外は危険よ。外に出ようとした人間が焼け死んだという話、知らないわけではないでしょう? 紫外線は人間に毒なのよ」

「紫外線は光だ。人間を焼き殺しはしない。病気にさせたり皮膚に穴を開けることはあってもな」

「……はぁ。強情ね。魔法少女の仕事は抜かりなくよろしくね。明日からしばらくは一緒に行動させてもらうわ」






 誰も簡単には他人を理解できない。近付く努力をしなければ一生離れたまま。あのときこうしていればよかった、という後悔をしないように歩み寄らなくてはいけないのである。

 その努力を怠ってしまったために悲劇へと転びゆく。

 機械の体であったからか。人間とは違う理の中で生きていたからか。どちらもお互いを本当に理解してはいないのに、自分は彼女のことを理解していると驕ってしまう。

 もう一度やり直せるならば、この時に戻りたい――。





 




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