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魔法少女は空へ飛び立つ夢を見る 作者:楠楊
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第五話閑話

 空という言葉は地上に広がる空間を指す。地面から上に飛び上がればそこは空と呼ばれる場所であり、特に空音が喉から手が出るほど望んだ場所だった。

 ――違う。

 初めて魔法少女として滑空した空音が抱いたのは、むず痒い違和感であった。じいじから空物語を聞いてあんなにも恋焦がれていたのに、ぽっかりと胸に穴が空いた感覚を拭えずに戸惑う。

 違う、これは自分が思い描いた空ではない。
 違う、ここは自分の言う「空」ではない。
 立ち止まって見上げると、天蓋と呼ばれる黒い傘が視界を邪魔してきた。自分の求める空は天蓋の向こうにあり、写真で目に焼き付けた空をこのアルビノの目で見るためには……天蓋から出るか天蓋を壊さなくてはならない。

「なんで――」

 知っている。耳にタコができるほどツーちゃんとコーノに教わった。世界の始まりらしいビックバンという現象から天蓋が作られた経緯までつまびらかに教わった。人間の歴史を巻き戻すと猿に行き着く……とか、逸話として残る男の豪傑が実は女だった……とか。思えば妄想を語られたものである。
 パワードスーツのおかげで空気抵抗をあまり感じない。鋼鉄の翼は空気さえも断絶する推進力を与えてくれる。

「――あそこが高校よ。学校周りは厳重にお願い。生徒同士で傷害事件が起こる可能性もあるから、巡回ルートに入れてね」
「おい金糸雀。学校まで私達が視察しなくてはいけないのか? 学校は教師に任せればいいだろう」
「先生の仕事は授業よ。周囲にいちいち気を配れないわ」
「敷地内には監視カメラがあると聞いた。情報部が風紀の確認をしているんだ、私達が首を出すところではないはず」
「あら……翼くんはそこまで知っていたの。でも甘いわ。更衣室や化粧室といったところには取り付けられていない。そういう死角で何かが起きるかもしれないの」
「学校の中までどうやって巡回すればいいのさ」
「……実際は警備員が乗り込んでいるし……合意の上で、犯罪性のないことなら……見逃されているのかも」
「随分と虫食いな警備だな」
「ふふ……事件の防止って難しいものよ。事件に関わりそうなことを検挙し続けていたら、そんなつもりのなかった人に濡れ衣を着せてしまうかもしれない。例えば殺すと呟く人がいて、その殺したい相手が人間ではなかったら? 仮想世界や虫だったら? 現行犯逮捕できればいいけれど、犯罪中はどんなことをするのかわからない。加害者も被害者もどんな行動に出るのか予想がつかないわ」
「予想がつかないって、予想のためにシミュレーションがあるんだぞ」
「シミュレーションには、型にはまった行動しかプログラミングされていないの。型通りでなかったら、理不尽と批判されてしまうからね。恋愛したいのに、好みの子が奪われるゲームなんて誰がやりたい?」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのよ。可愛さ余って憎さ百倍ということわざがあるように、愛は憎しみに変わるわ。シミュレーションに当り散らすならいいけれど、現実の人間に手を上げることになったら大変ね」

 ……カナとツーちゃんが難しいお話をしている。
 学校。シミュレーション。
 学校は国の教育機関。シミュレーションは疑似体験ができるシステム……とツーちゃんに教わった。コーノは本当のような嘘のような尾びれをひっつけるのが好きだからなあ。
 学校がなくても教育は受けられるし、疑似体験をしなくても今の生活はある。世界には理解できないことだらけで、学ぶのは楽しい。
 真下に広がる世界へ興味を向けると、今まで見えなかったものが見えてきた。建物の屋根の形。森の規模。公園のある場所。煙の長さ。そして――地面の色。地面なんて今まで気にしたことがあっただろうか。灰色のコンクリートばかり気にして、土を観察した経験なんてなかった。そこにあるのが当たり前で気にする必要なんてなかった。

「ツーちゃん……」

 声をかけると、なんだ? とツーちゃんが速度を落として隣についてくる。話しやすいように近寄ってくれたのだ。飛行中はできるだけ前を向いていないと鳥や高層ビルに衝突してしまう。だから前を見ながらでも会話できる位置をツーちゃんは選んだ。

「綺麗だね」

 言いたいことは全てその言葉に収束してしまった。もっと伝えたいことがあるのに、どうして上手に言えないのかな。
 自分がツーちゃんやコーノよりも若くて劣っているから? 目標とすべきは知識の宝庫である二人。歩く広辞苑とまでは言わないけれど、自分の好きなものを研究していた二人。
 自分は空が好きだ。空に関することなら勉強した。天蓋のせいで新書は少なく、数十年前の資料を漁った。難しい漢字が読めなくて勉強した。ときにはツーちゃんに音読してもらった。

「……そうだな。空を感じるだけでなく、こうして人の生き様を見るのもいい」

 人間の社会は人間が作ってきた。自分とツーちゃんは作る側と作られた側であり、本来ならばこうして出会うこともなかっただろう。奇跡が起きたというならば、この巡り合いのことだ。父親と母親のことはしらない。自分を引き取ってくれたじいじの顔も臭いもだんだん忘れてきてしまった。今自分にあるのはツーちゃんとコーノといった研究所の関係者との思い出。
 お前は普通の女の子だ、と囁かれたのを思い出す。
 あのね、ツーちゃん。ツーちゃんだって普通の女の子なんだよ? 厳密な意味での女の子ではないかもしれないけれど、空音は……そう思っているの。

「空音ね、だーいすきだよ。この街の人みんな優しいから! この前ね、お菓子もらったの! あとね、えらいね、って言われたの!」

 飛行警備隊が守るものは天蓋と市民だ。ヒーローが悪を倒すという物語が昔流行っていたように、魔法少女は悪から人を守るのだ。かっこいい技を放って、敵の気持ちを知って、迷いながらも善の道に進むヒーロー。
 あのね、空音知ってるよ。本当に優しい人っていうのはツーちゃんみたいな人なんだってこと。見返りもなく空音を助けて、育ててくれた。

 ツーちゃんありがとう。
 魔法少女になりたいという夢を叶えてくれて。
 空音、魔法少女になるよ。
 空を飛んで人々を守る魔法少女に――。



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