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魔法少女は空へ飛び立つ夢を見る 作者:楠楊
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第一話

 時が経ち、翼と空音の邂逅から数えて四年の月日が巡った。
 黒い天幕に覆われた街に特別な変化はなく、ゆったりとしかし競い合うような成長は続けている。
 翼はあの時から全く変わらない状態を維持し、対して空音は心身ともに大きく成長した。空音は高揚した気持ちを翼にぶつけ、さながら翼の妹のように振る舞い、翼も空音を家族として接した。度々空音の行動に驚かせられながら、体の中にある止まりかけた時計を動かしていた。
 一秒。一分。一時間。動きゆく時間を記録していないと、将来時間に取り残されてしまう。空音と比べて既に成長を終えた翼の変化は緩やかだ。まるで止まっているように変化を表さず、永遠(とわ)に漂う。

「ツーちゃん、今日だね……試験」
「なんだ、緊張しているのか?」
「緊張してないよ! 楽しみでちょっと眠れなかったぐらいっ」

 ぽよよんと空音は一回転すると、白く綺麗な髪がスカートのように広がった。丁寧に整えられた髪と服、年相応にほどよく肉がついた体は四年前の面影をどこにも残していない。明るい表情と元気な様子はこの四年がいかに充実で幸せであったのか訴えている。

「そうか。まあお前のことだ、いつも通りやれば受かるさ」
「はーい! 空音、頑張るよ!」 

 桜がほころぶ三月。二人は春季魔法少女入隊試験の会場へと踏み入れた。会場には飛行機械系統の装備が展示され、技術力をアピールするための説明がくどく綴られている。この翼は従来のものより飛行力を高める、鋼鉄のブーツは着地時の衝撃を吸収する等々。廊下には『次代の魔法少女(アイドル)を求めて』というポスターが貼られている。翼は空音に引っ張られるまで、その場から離れずにポスターを睨みつけていた。

 魔法少女入隊試験の合格率は高く、飛行機械との調和率が高ければ誰にでも受かる。できるだけ装備を減らし、また機動力を高めるために装備者の重量を軽めに想定したため、十代の少女であれば九分九厘通過できるというぬるい試験だ。
 勿論入隊後には研修期間があり、そこで一人前としてのハンコをもらえなければパトロールとして街中を飛ぶことはできない。
 空音の夢は「空を見ること」であるため、まずはこの入隊試験の突破が第一関門であった。

 出席名簿に名前を告げ、翼と空音は奥へ進む。用意された試験会場は屋根が高く、リノリウムの床に照明の光が反射している。強い照明に翼は目を細めながら、興奮気味の空音を待機用のパイプ椅子に座らせ、自身も隣に腰をおろした。

「なにあの女の子……いくつ? 小さっ。胸ないし、みすぼらしい」
「隣にいる黒髪も背は高いけど胸はないよね……あんな外見で魔法少女を目指すなんて馬鹿みたい」
「白い髪ってもしかしてフケ?」

 羽虫のざわめきが空気を揺らし、聞いている者に不快感を届けてくる。女社会特有の僻みを翼は痛くも痒くもないと受け流しているが、空音は自身の白髪が注目を浴びているのに気付き、そっと翼の腕をつかんだ。

「あのおねーちゃんたち、空音のことじっと見てる……」
「そういう人間なんだ。空音は空を飛びたいという夢だけに突っ走ればいい」
「わかった! 受かればお空飛べる!」
「そうだ、他人を気にするな。虫は(たか)るから困る」

 激励され、空音は心の落ち着きを取り戻す。真剣さを宿す瞳はしたたかで、その威圧感は目を合わせた者をメデューサのごとく硬直させる。照明の光は空音の頭上から降り注ぎ、より輝きを強めた。彼女の前では誰もが脇役で石ころだ。神聖な夢を砕く権利をもった者はここにいない。先に地面から足を離した者達は不格好なものが多く、空中でバランスをとるだけでも一苦労であった。
 まもなく空音の順番が来て、彼女は膝まである白い髪を揺らした。

「いい。空音、飛び方知ってる」

 飛行装備の装着方法を教えてくるトレーナーにそう言い放ち、空音は手馴れた手つきで装着を行う。まずは着地の衝撃を和らげるブーツを履き、ベルトをきつく締める。次は胴体部と翼部が繋がったプロテクターの装着だ。十歳の少女にはやや大きかったのか、空音は何度もベルトとマジックテープを引っ張った。翼部にはジェットエンジンが搭載されており、急加速は翼部で行うこととなる。長期間の飛行を可能とさせるのは足裏のエンジンで、ブーツのスイッチを押すことで風を噴出する。
 本来の魔法少女はパワードスーツを身につけて全身強化をするのだが、簡略された試験には用意されていない。
 数分後には空を自由に滑空する一人の魔法少女がいた。長い髪が尾を引くように見え、準備中の他の少女達が一斉に空音へと目を向ける。
 ――翼が生えた鳥。
 白い権化は己の羽を儚く撒き散らすように空を飛び交う。いつか天蓋の向こうにある世界まで飛び立つ予行練習として。
 空音が地上に舞い降りて、周囲にいた人々が魅了を解かれて我に返った。先程まで空音に対して(いぶか)しんでいた少女達も、力の差をみせられて口を開けたままだった。
 魔法少女が空を飛ぶのは当たり前である。ただ入隊試験時には飛べない鳥が多く、試験時に満足に飛べる者はひと握りしかいない。若干十歳の少女が飛べたということで会場は静まり返っていた。拍手も賞賛もないのは驚きで行動を封じられていたからだった。
 そんな周りの反応はいざ知らず、装備を外して空音は翼のもとへ走りゆく。

「ツーちゃんっ。空音飛べた?」
「飛べたよ。誰よりも華麗だった」
「かれー? 今日の夕飯はカレーなの?」
「そういう意味じゃないよ空音」
「ぽよー……日本語は難しいね」
「次、試験番号二十番!」

 会話を切り上げて、翼は試験監督の前に立って一礼した。腰まである髪がさっと揺れては戻る。翼は他の少女よりも背筋が良く、凛とした雰囲気を放っていた。同時に怜悧(れいり)な刃を仕込んでいるような生真面目さも伝わってくる。外見に拘泥しておらず華美に飾ってもいないのに、しゃんと伸ばされた背や動作の静動さは人の目を引いた。

「君のことは木花(このはな)技師から聞き及んでいる。君は引く手数多(あまた)でここよりずっと適した場所があるだろうに、なぜこの試験を?」

 試験監督に問われ、翼は目を閉じて逡巡する。再び目を開いたときには「これから話すことは真実である」と豪語する目つきに変わっていた。

「友の夢を応援するために()せました。空を飛んで青空に近付きたい――友の夢を実現するために私は人類の〝翼〟になります」

 ほう、と一息つき、試験監督は翼を値踏みするように見つめる。
 足のつま先から頭のてっぺんまで見られても、翼は動じることなく胸を張っていた。

「なかなか良い心がけだ。ただしそういう気持ちが間違いに繋がることもある。例えば君の仲間が違反行為をしたとする。君はどうするかい?」
「……意味のある違反ならば許します」

 翼は後ろに控えている空音を一瞥し、それから試験監督に視線を戻した。

「その後に処罰します」
「処罰とは、血も涙もない回答だね」
「私には血も涙もありません。ご存知でしょう」
「すまない、試すような真似をしたな。君の実力は群を抜いている。一級飛行隊員として迎えよう」

 試験監督が「一級」と宣言すると、会場は凍りついた。空音のときよりも大きな動揺だ。「一級」という資格を得るにはいくつかの条件がいる。そして飛行や機械への調和を試さずに試験を通過したことが、周囲の人間の心を激しく揺さぶった。
 空音だけが一人状態を飲み込めず、疑問符を浮かべている。

「翼君。君には期待している。――そこの小さな雛鳥(ひなどり)にも」
「ぽよ?」

 目が合って、空音は首を傾げた。
 そんな小鳥のような仕草を目にし、試験監督は己の髭をいじりながら朗らかに笑う。

「白と黒の魔法少女よ――君達はどんな夢を見せてくれるのかな。人間を――我々を超えてほしい。可能性というものを、人間とは一体何であるのかを……我々に見せてくれ。
 さて失礼したな。試験終了者から順々に結果を言い渡そう。十九番の空音と二十番の翼については特待生として迎えることが確定されている。それ以外は適当にやってくれ」
「監督長! 失礼ですが、その発言は試験の公平さに関わります。撤回してください」

 鷹揚に手を振っていた監督長に、一人のスタッフが抗議の声を上げた。

「試験試験と言うが、魔法少女は女の子ならば誰にでもできる簡単なお仕事だよ。一部そう思っていない輩もいるようだが、私はそう認識している。ならば特別な修練を積んだ者を手厚く出迎えたっていいじゃないか」

 試験監督長と呼ばれた男は手を叩きながら軽い足取りで会場を出て行こうとする。年若い試験監督が幾度呼び止めても、監督長が止まることはなかった。爆弾を落とした当事者は姿を消し、残された爆弾だけがわだかまりを誘発する。

「ツーちゃん、ツーちゃん。あのお髭が可愛いおじいさん、なんて言いたかったの?」
「私も空音も合格だと言いたかったんだよ」

 空音にぐいぐいと服をつかまれ、翼は極力噛み砕いて答えた。実際は「特待生」であることへの妬みや羨望に打ち勝てと喧嘩を売られたのだが、幼い空音にはわからないだろうと、翼は空音の頭を優しく撫でた。

「やったぁ! これで空音、魔法少女になれるんだね!」
「そうだ。入隊式を迎えたら、正式に空を飛べるぞ」
「屋根よーりたかーい」
「こいのぼりじゃないんだからさ」

 苦笑しながら翼は空音の手を引いた。試験の結果も出たことだし、ここにいる必要はない。早く帰ろうと足を外に向けたとき。

「待ちなさい!」

 橙色の髪の少女が翼の進路上に立ち塞がった。手と足を広げ、通せんぼするかのようにずしんと立っている。つり上がった眉と張られた胸に込められているのは「この行動は正しい」という矜持(きょうじ)
 翼はその少女を一瞥した後、興味なさそうに少女という障害を越えていこうとする。

「待ちなさいよっ!」

 無視して通り過ぎようとした翼の腕を、橙色髪の少女はいきなり引っ張った。そのまま細長い翼の上半身を引き寄せて、橙色の眼光で威嚇する。

「あんたら、特待生ってどういうこと!? イカサマでもしたんじゃない!?」
「卑怯な手は使っていない。私も空音も数年前から準備をしていた。それだけのことだ」
「卑怯な手は、って……!? 卑怯ギリギリのいやらしい手でも使ったんでしょ! 白状しなさいっ」

 橙色の少女は翼の言葉を最後まで聞いていなかったのか、前傾姿勢を崩さずに(まく)し立てる。彼女の言葉は全て的外れの推論であり、感情的で耳に逆らう暴言だった。騒ぎになったのが会場の出入り口で、同じ試験を受けていた魔法少女志願者達も自然と二人の方へ意識を向けた。

「……脳のない奴に聞かせる言葉はない」

 短く言い切り、翼は少女の腕を振り払った。
 少女は馬鹿にされて頭を沸騰させ、わけわかんないとさらに糾弾しようと息を吸う。

「――おねーちゃん、太陽みたいな色してる」
「っ! な、なによ……」

 しかし空音の的を射ていないトンチンカンな発言で、橙色の少女は息を止め視線を泳がした。
 天蓋が作られてから空も惑星も人間の知るところではなくなった。十代の橙少女も例外ではなく、太陽ってなんだっけと少しだけ怒りの思考を止める。

「空音の夢はね、空を飛ぶことなの。おねーちゃんはどうして魔法少女になりたいって思ったの?」

 白い空音と橙色の少女。前者は後者を見つめ、後者は前者の視線から逃げるような態度をとる。

「そこまでにしておけ、空音。この女は魔法少女というネームバリューとアイドル性に惹かれた豚。お前のような目的はなく、せいぜい有名になれればいいってやってきたんだよ」

 膠着状態になり、やれやれと翼が空音に声をかけた。
 その言葉を受けて、空音は橙色の少女の顔を正面から覗き込む。

「そーなの? おねーちゃん」
「……うっ」

 翼の発言に言い返せず、橙色の髪をツーアップで束ねた少女は黙り込んだ。
 平均的な体型。目をひくものがあるとすればその威風堂々とした立ち姿。すらりと伸びた手足と意志の強そうな瞳は周囲の目を集めてしまいそうな輝かしさを持っている。図星か否か、少女は何も言わずに唇を噛んで反論の機会を伺おうとしていた。

「お前、名前は?」
「……雲雀(ひばり)
「雲雀。魔法少女は子供のままごとじゃないんだ。時と場合によっては死を伴うんだぞ。制服を見るに、近くの中等学校の生徒だろう。内職 の身で神聖な場所に踏み込まないでくれないか」
「な、なによ言わせておけば! あたしは魔法少女に憧れて入隊を決めたの! 四月から高校生だし、あんたに馬鹿にされるいわれもないっ! 子供が街を守るのって素晴らしいじゃない! あんたはそうじゃないかもしんないけど、あたしはそう思ってる!」

 心の内を大声で叫び、ぜえぜえと雲雀は息を荒くする。(すご)んだ目つきは嘘を語っておらず、どこまでも純粋で真摯だ。
 だが翼は人でないものを見るような目で、雲雀を見つめ返した。それから空音に行くぞと声をかけて歩き出す。二人のやりとりについていけなかった空音も素直に翼の後をとてとてついていった。

「なによ、あんた……なんなのよ」

 一人残されて、呆然と雲雀は呟いた。




以降も三人称視点で進みます。
それぞれ考えた方が違うため、どのキャラ視点で物語を楽しむかは読み手次第です。
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