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魔法少女は空へ飛び立つ夢を見る 作者:楠楊
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第十三話

 熱い視線を浴びる中、翼は自身の長い髪をつまんだ。髪に触れると落ち着くのは、体を構成しているパーツの中で唯一好意的に触れられるものが髪だからだろう。食事をいらない体は伸びたり縮んだり太ったり痩せたりしない。外見で気をつけられる場所があるとするならば、髪ぐらいである。空音の頭を撫でるのが癖になったために、知らず知らずの間に自分の頭も気にするようになっていた。
 顔をしかめるたくなるほど真新しい制服はぴったりで、木花が関わっていたことは早々に想像できた。
 緊張は特にしていない。元々機械であるため体が強張ることもないが、木花の開発した精神的ストレス計測装置のせいでまれに体に異常が起きる。他にも人間の心を真似した装置は翼の人間らしさを促した。翼本人にとっては大半がいらない機能であるが。
 泰然自若な面持ちで、翼は用意していた言葉を教壇の隣でなぞらえる。

「空野翼だ。短い間だがよろしく」

 生真面目に翼は一礼した。



 制服なるものを着ている生徒軍団は、まるで組織に配属された機械のようだった。個性や名前といったものは設定されているのに、外見が著しく似ていて間違える。同じパーツで作られたので似るのは当たり前であるのだが、とするとほぼ同じ元素構成である人体の個体差が大きいのは不思議だ。
 書物や人から学校生活について聞いたことがあるのに、こうして実体験してみるとどうも居心地がよくない。まず三十人から四十人の少年少女が同じ空間に押し込められているのはどうなのだろう。子供だから気にしないのかと思っていると、一部の生徒の視線には熱いものがこもっているように感じ取れた。
 有象無象。玉石混合。こんなところに身を置いていたら雑念に邪魔され脳内が煩悩で埋め尽くされてしまいそうだ。
 周囲から感じる視線曰く、翼に話しかけようか迷っている者も数人いるようだ。会話は互いの理解へと繋がる。ただ二週間という短い在籍期間を考えると深入りはよくない。
 初めての授業は知っている内容だったので流す程度にしておいた。技術者である木花このはなが昔教職を目指していたということで、翼は稼働してから多くの知識を吸ってきた。一番多く学んだのは機械と人間についてだった。その知識のおかげで人間社会に溶け込めているのだから、無駄にならなかったといえる。

「ではこの問題……空野! 答えてくれ」
「はい」

 不意打ちとして向けられた質問に正解すると、教師は幾分か満足気な顔をしていた。
 五十分も椅子に座っているのは耐え難い辛さがあった。よく他の奴は騒がずにじっとしていられるなと翼は足を組み替えて退屈をしのいでいた。

「空野くんってどこから来たの? もしかしてこの学校に会いたい人がいるとかっ?」

 休み時間になると数人の女子に囲まれて根掘り葉掘り問いただされた。今までどこにいたのか。短い間だけだなんて寂しいと言われ、数時間前に会った人物に人間はそこまで言えるのかと、翼は感心していた。論をまたなく、自分の正体については口を割らなかった。
 ――空音も、本来ならば彼女達のように……。
 そこまで考えて翼は黙り込んだ。後悔していないと空音は何度も言ってくれているのに、翼の頭をよぎるのは後悔の二文字。最善だなんて結果を見なければわからない。今していることが最善かどうか、誰が知っているのだろう。

「……神様、か」

 四時間目まで終えて、翼は教室から抜き出した。空音とのかくれんぼで鍛えた存在感消去も、周りにいた人物が誰一人気付かなかったので上出来だろう。潜入して一日目ということで特別仲の良い人物もいないため、翼はゆったりと一人になれる場所を探し求めた。
 昼休憩の時間は教室だけが騒がしいだけで、外に出れば静かだ。屋上という場所は密会に向いていると木花から聞いていたが、この学校では解放されていないようである。中庭の緑の葉を垂らす樹木は元気そうであるけれども、この木も太陽を知らないのではと思うとなぜだが見るに堪えない。
 最終的に翼は壁にもたれかかって一息ついた。外で食事をしようとする者はいなかったのか昇降口は静かで人が滅多にやってこなかった。そう思い、目を閉じようとしていたら印象的な橙色が目に飛び込んでくる。翼は近寄りそっと後ろから声をかけた。

「雲雀」
「どへぇぇぇぇぇぇえ!」

 翼が声をかけると、橙色のツインアップ少女は奇声をあげて横に飛び跳ねた。
 まさかそこまで驚かれるとは思っていなかったので、翼はぷっと吹き出す。

「え、あんた……!? つ、翼!? なんでここに……ってかなんで男子用の制服着てんのよ」

 雲雀に質問されても、翼は笑い転げたままだ。拳づくった片手を口元にあてるように笑う姿は少年そのもの。美しいという表現は性別を超えるという。中性的な翼が見せる態度としては少年よりで、ふとした瞬間に見せるようないたずらっ子の顔だった。

「ははは……雲雀はわかりやすくていいな。お前に会ったら聞かれると思っていた」

 笑いやみ、しかしどこか楽しんでいる様子で翼は雲雀の隣に歩み寄る。胴体は触れないが、手を伸ばせば触れられる距離。パーソナルスペース内。当初衝突していた二人は、互いを理解しようとしているうちにここまでの距離を許すようになっていた。

「今日から私はこの学校の生徒だ。空野翼っていう名前のな。なかなかに洒落ているだろう?」
「ふうん。洒落ている以前に馬鹿っぽく聞こえるけどね。それで何? 魔法少女関係の用事?」
「……雲雀のくせに勘がいいぞ。さてはお前偽物か」

 翼が雲雀の鼻をつまむと、痛い痛いと雲雀は抗議の声を上げる。つまみたくなったという翼の弁解を聞いても、むすっと雲雀は頬を膨らませていた。

「偽物じゃないわよ、もう。……むしろ男物の服を着てるあんたの方が偽物だったり」
「男物を選んだのは体型を隠すためだ。腰の細さや胸といったものが私にはない。身長も相まってこっちの方が似合っているだろう? 用意されていたのが男物だった、とも言う」
「なんていうか翼らしい。周りに女の子女の子した子が多かったから、ちょっと新鮮かも」

 雲雀は手にしていた紙パックのジュースにストローを差し込み、ちゅうちゅうと吸い始めた。

「女の子女の子か……度の過ぎた共通認識をもたされて人間は大変だな。学校というものは初めてだが、私は馴染めそうにないってわかったよ。お前みたいな人がたくさんいるなら楽しい学校生活をおくられそうだけれど」
「……どういう意味よ」
「お前は私にないものを持っている。少し羨ましいということだ」
「例えばどんなところ?」
「臆せずに発言できるところや聞きたいことを聞けるところだな」

 翼が寂しそうに言ったため、雲雀は目をしばたたかせた。紙パックに残っていた液を全て吸い上げ、ずずずずと音を立てる。

「あたしに言わせれば、聞きたいことを聞けない方がおかしいって。我慢する必要なんてないじゃん」
「関係が崩れる可能性があるんだぞ。おいそれと言えるわけがない」
「言わなきゃわからない、相手の事情を勝手に想像するなって言ったのは翼じゃない。逃げ腰になってどうするのよ」
「…………言いたいことを言える機械がいるならば、それは本当に機械なのか……?」

 なんでもない、と翼は首を振る。忘れてくれとうつむき、自分の教室に戻ろうと雲雀に背を向けて立ち去っていく。
 かけてあげるべき言葉を見つけられず、苦々しく雲雀はストローの先端を噛んだ。



 チャイムが鳴り、昼休憩が終わって午後の授業が始まる。
 五時間目は日本史だった。古代文明から順々に教えてきたのか、翼の初日本史は国内で勢力を競っていた戦国時代である。
 領土を守るために、民を守るために。時として理由なき侵略に出た者もいれば、戦争を嫌い奥地へと逃げた者もいる。どちらの行動が正しかったのかという問いかけはナンセンスだ。他人の行動を評価するのは高慢でしかない。
 カリカリとノートをとる音が聞こえる。歴史というのは勝者が作るものであるから、同じ教室で机を並べている生徒の中で敗者の行動に興味を持った者は少ないのではないだろうかと頬杖をつく。教師の言葉が全て机上の空論に聞こえるようになって、翼は片目を閉じて聞き流した。

「空野って他の天蓋にも行ったことがあるんだって? どうだった? ここみたいに魔法少女みたいな制度があんの?」

 休憩時間、放課後も翼に話しかけてくる人は絶えなかった。中途半端な時期に転校してきた麗しき男子生徒ということで高校生の注目の的になったのである。

「あるぞ。だが大抵の場所では天蓋補修のできる専用ロボットが飛んでいる。ここの天蓋みたいに、知識のない素人が飛ぶのは珍しい」
「へー。そんなに詳しいなら、天蓋の外に出たこともあるんだよね?」
「天蓋から出たことはない。移動は地下だからな。君は天蓋の外に興味があるのか?」

 身近にいた女子生徒の質問に、顔色変えることなく翼は答えた。その冷酷で影のある瞳は周囲の生徒の心を惑わせ、くすぐる。

「わたしはあるよっ。外には"空"があって、海があって……日本人とは違う人が住む大陸もあるんでしょう? 行ってみたいな」
「えーうちは興味ないなあ。天蓋があればうちらは安泰だよ? 十八歳になって、大人になって、興味のある分野に就職できるんだからさ。天蓋ができる前は大変だったっていうじゃん」
「でも、そこまで決まってるのって逆に怖くない? 生まれたときには死が決まっているんだよ?」
「言い過ぎだって。親は選べなくても、どの仕事に就くか、誰と結婚するかは個人の自由。むしろここまで順風満帆なのに、不満を唱える方がおかしい」

 翼を抜きにして、話は進んでいく。天蓋の有無が将来の安定性への話に変わり、不安を抱く者もいれば充足した生活を送っている者もいるということがわかっただけでも話を振る価値はあった。

「魔法少女といえば、隣のクラスに雲雀っていう魔法少女いるよね。あの子に、魔法少女って楽しい? って聞いたことあるんだけど苦笑いを浮かべられちゃってさ。魔法少女って楽しくないのかな?」
「楽しい楽しくない以前に機密だから話せなかっただろう。関係ない私が言っても仕方ないかもしれないが、事業内容や魔法少女については聞かない方がいい。君達だって秘密にしたいことを強引に聞かれても困るだろう?」
「……そっか。空野君って物知りなんだね。……魔法少女も仕事かぁ、仕事している人の邪魔しちゃうのはよくないね」
「いや、興味をもつことは大切だと思う。もっと具体的かつ機密に抵触しない範囲なら、その雲雀という子も話してくれるんじゃないか」

 クラスメイトの反応を確認しながら翼は話す。落ち着いている翼の言葉には納得させる迫力があるのか、聞き入っていた生徒は一人残らずうんうん頷いていた。

「――そうなのか。機密でない内容なら――」

 群れの中、とある男子生徒の呟きが重苦しく床の上に落ちた。



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