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第十二話

 夜明け前、帰還とともに翼は今回の誘拐事件の詳細を上部に報告した。家宅侵入については事前に報告したため深く罪を問われなかった。一級という特権が翼の行動を承認させたともいえる。誘拐犯の名を翼が証言すると、「我関せず」と水を打ったように上層部は静かになった。滞りなく処理されるだろう事件は事の発端を母親と学校にあるとして幕を閉じた。

 子供が救いを求めていた件については、親のデジタルコードを解析中に原因特定された。母親はヒステリーもちで、子供が学校で事件を起こすたびに発狂して責めたらしい。成長途中である子供は自分が責められているとわかっていてもどう行動を改めればいいのかわからず、小さな事件を起こしていく。負のスパイラルは家庭を蝕んでいき、ついに魔法少女九藍が子供を誘拐しにきた……というのが事の顛末だ。

 朝の訪れは街灯の一斉点灯により告げられる。日の出のような淡い光は――日の出を知らない者も多いが――静まっていた街を目覚めさせた。翼はそんな街の目覚めを暫時立ち止まって窓から見渡していた。


「翼くん。お仕事ご苦労様」


 報告を終えて寮に戻ろうとすると、金糸雀とすれ違った。金糸雀の俯きがちな顔は青白く、翼は目を疑ったが、起床後間もないからだと理由づけて気付かないフリをした。


「ああ……してやられたっていう感じだが」

「けれどあなたの活躍で事件は早期解決されたのよ。子供についてはいつか戻ってくるでしょうし、翼くんが心を砕く必要はないと思うわ」

「お前は相変わらず九藍の肩を持つんだな。彼女が子供に危害を加えないと、断言できるのか?」

「誘拐された子は数ヶ月後に一度ひょっこり戻ってくるの。まれに九藍のところに帰りたいとぐずる子もいる。どの子も肉体的にも精神的にも改善が見られたから、九藍は人畜無害の救世主だと呼ぶ人もいるわ。……それで、彼女はどんな人だった?」


 翼は左下に視線をそらし、一呼吸おいて金糸雀へと戻す。


「変な奴としか言いようがないな。神がどうとか、どこぞの信仰者めいたことを言われたよ。……私と空音が……いや、お前に聞かせることじゃないか」

「先輩に内緒ごとなんて、翼くんもよそよそしくなったわねぇ。金糸雀金糸雀って懐いてくれたじゃない」

「それは私ではなく空音だろう。お前はふわふわしていて苦手だ」

「ふわふわってどういう意味かしら。ぜひ参考にさせてほしいわ」

「発言と行動が食い違っているんだよ。私にはわからない"大人"の話を教えてくれ、と頼んでもお前は教えてくれないんだろう? わかってくれなくてもいいと思っているのか? そもそもわかってほしいと思っているのか? そんなところがふわふわしている」


 翼の落ち着いた声には、金糸雀を馬鹿にするような響きは含まれていない。そしてその真剣さが、さらに金糸雀を困惑させることになるのだと翼は気付いていない。


「雲雀ちゃんが直球ならば、さしずめ私は変化球かしら。……ごめんなさい、これから学校なの。その話は後でいい?」

「ひどい言い逃れだな。お前は夜間学校に通っているんじゃないのか」


 翼は報告のために朝まで拘束されたため、現在は朝方である。金糸雀が夜間学校に通っているのは事実であり、そうでなければ平日の昼間に翼と空音の面倒を見ることはできなかっただろう。

 金糸雀が首を傾けると、同じように髪も揺れる。普段なら輝いて見える髪と瞳に影が落ち、精彩さを欠いていた。


「翼くん……あのね、人が助けられる数には限度があるの。大勢を助けたいならば、それこそ神になるしかないわ」

「神様とかいう偶像を崇拝して何になるんだ。人間はシミュレーションで未来を予測できるんだろう? 今更形のないものを信じて何になる」

「かといって、形のある人間を信じられるとでも……? 私は信じられないわ。自分でプログラミングできる機械の方が信じられる。あなたが守らなきゃいけないのは空音ちゃんただ一人よ。空音ちゃんのために他人を切り捨てる覚悟でないとだめだわ」

「金糸雀……」


 翼に呼ばれて金糸雀はふんわりと上品に微笑み、始業の準備をするからと翼の隣を通り過ぎていく。金糸雀の目から涙がこぼれても、翼は知る由もなかった。

 空音のこと、雲雀のこと、金糸雀のこと、九藍のこと。助けられる人数に限度があるとしても、全員を理解して支えようとするのは無理なのか。片手で繋ぐことができるのは一人だとしても、言動で多くの者へ己の生き様を示すことはできる。全員と仲良くなるのは無理だ。多様性を目指す社会とは、自分の嫌いな相手さえも認めるということなのだ。それでもやるしかない。

 考えごとをしていると部屋につくのもあっという間だ。扉を開けると、空音がちょうど起きだしたところだった。


「おはようツーちゃん……ふあああ」

「おはよう空音。しばらく留守にしていたが大丈夫だったか?」

「うん! カナがいてくれたから、寂しくなかったぽよ!」

「そうか……金糸雀が。あとでお礼を言いに行かないとな」


 上手く笑えているか心配になり、翼は手で顔を隠した。


「あっさごはん♪ あっさごはん♪ あ、ツーちゃん、コーノから通信来てたよー」

「木花から? 何の用件だろう」

「お仕事頼みたいんだって」


 備え付きの端末でデジタルコードを読み取り、ネットへアクセスする。画面が浮かび上がり、木花への通信が繋がるまで五秒もかからなかった。数回コール音が聞こえ、木花の声が耳に届く。


『――留守番に切り替えます。ツー、という音のあとに――』

「起きているんじゃないか木花」

『いくらなんでも朝早すぎですー。老人の体を労わってください』


 早朝に起こされたせいか、木花は眉間のしわを濃くして不満をこぼす。遠くから電子音が聞こえてくるので、発明品の動作テストでもして徹夜だったのかもしれない。画面には木花の寝起き顔と散らかった部屋が映し出されていた。


「お前が連絡してきたと聞いて。用があるなら私に直接語りかけてくればいいじゃないか。私を作ったのはお前なんだからさ」

『何度も呼びかけましたよー? でも電波が悪くて通じなかったみたいなんです。まあ今回の指令を受けてくれれば水に流しますので、頑張ってください。……おっと出立の準備準備。持ち物はアレとアレとアレ……』

「おい、指令ってなんのことだ」

「頑張ってください……ふふふふふふふはははははは」


 壊れた笑い声を最後にし、通信は途切れた。


「ツーちゃん、コーノなんて言ってたぽよ?」

「……はぁ、まずは朝食にしようか。今日は何が食べたい?」

「すくらんぶるえっぐ!」






 ゆるやかな朝食のひと時を終え、翼はソファーに腰を下ろす。ネットに接続して情勢に変化がないか確認し、一日で急変するものもないかと胸をなでおろす。空音は始業時間まで本を読んだり勉強したりして過ごすつもりらしく、静かに椅子に座っていた。

 梅雨の時期に入ったため、天蓋に雨粒がぶつかるようになってきた。雨ぐらいで天蓋は壊れないが、この世には雨を求める生物がいる。人工川以外はせき止められてしまったため、水を欲する生き物は住み場所を失ってきていた。地下水や外からの供給がなくなれば、いつ水が枯渇してもおかしくはない状況にある。


『一級魔法少女翼。至急司令室まで来てください。繰り返します。一級魔法少女翼。至急司令室まで――』


 これが木花のいう指令に違いない。放送を耳にして、翼は気持ちを奮い立たせた。

 司令室にたどり着くと、木花と見たことのある男性が椅子に鷹揚と座っていた。既視感のある男性について記憶をたどると試験監督がヒットし、この人かと翼は息を吐いた。


「やあこうして会うのは初めてかね、翼君」

「お初にお目にかかります。私は一級魔法少女・翼です」

「うむ、魔法少女としての君に会うのは初めてだったか。儂の名は大鷲おおわし。大きな鷲と書いて大鷲だ。よろしく頼む」

「よろしくお願いします」


 これは冗談で笑うべきところなのかと翼が迷っている傍ら、大鷲の話は順調に進んでいく。


「木花氏の協力を得て、君に特別任務を与えることになった。……例のものを」


 目の前に数個のスーツケースが並べられる。それとともに一枚の画像が大鷲の前に投影された。


「先日、我々魔法少女科のデータベースにハッキングを試みた輩がいた。無論我々の情報を暴かれることはなかったが、念には念をということで彼の尋問を頼みたい」


 投影された画像には高校生と思しき少年の姿が映っている。天蓋に守られた世代にとって平均的な容姿と経歴で、特別議論すべきところはない。

 天蓋という蓋は人間の向上心までも封じ込めてしまった。昔ほど経歴が重視される世界でもなく、そもそも経済は沈黙し始めているので、出世しても大金が得られる夢はない。例外なのは機械産業だ。人口の穴はアンドロイドによって補充されている。


「失礼ですが、相手の素性がわかるなら私を使わずとも対処できるのではありませんか」

「子供は大人を目にすると虚勢を張って嘘つきになる生き物なんだ。ぜひ君の手で、彼がハッキングした理由を突き止めてはくれぬか」


 大鷲の目元は柔らかいが、控えている木花は刺々しい表情だ。さっさと受けなさいという無言の圧力を感じる。

 そんなにこの指令は面倒ごとなのかと察しながらも、翼に拒否権は与えられていなかったので、答えは一つしかなかった。


「――了解しました。この指令、わたくし翼がお受けいたします」


 翼は丁寧な口調で了承の意を伝え、スーツケースに手をかける。そのスーツケースに詰まっていたのは――。

 男子制服、通称学ランであった。

 数秒静止したのち、しばらくして翼は制服を広げ、意匠や素材を確かめ始める。何度触れてもそれは学ランというもので、翼は無機質な視線を木花に向けた。


「ほら翼さん、頑張ってくださいね」


 制服とご対面している翼に木花は学校の資料を無遠慮に渡す。高く積み上がりそうな教科書は全て真新しいスーツケースの中だ。生徒手帳と学生証と編入許可証を握らせ、満悦しながら木花は眼鏡の位置を直す。


「朝の連絡はこれか」

「はい。学校への潜入任務です。今のあなたに必要なのは多くの人間と触れ合うこと。自分の世界を広げてください。あなたの翼は羽ばたくためにあるんです」

「失笑ものの台詞だな」

「いいではありませんか。名はていを表すんですよ。かつて、左右から補佐する人物も翼と呼びました。左翼と右翼という言葉もありますが、あなたには大きな翼となって社会を導いてほしい」


 木花の口を動かすのは鋼鉄さえも溶かしてしまいそうな熱意。木花知流姫神という大層な名を名乗っているが、羽を交わす相手を得ずに自らの手で機械という子を増やした彼女の言葉には、心を痺れされる力が宿っていた。その力によってか翼は反駁やお茶を濁す発言を飲み込む。願いの真意のみは上手く汲み取れなかった。

 機械仕掛けの心臓がざわついた瞬間、再び視界に亀裂が入る。群青の線が数多の場所へ伸びていき、藍青らんせいのオーロラが上空で揺れ、体を夢へ落とし込む。

 立ち止まって緊急再起動を行うと青い霧は晴れたが、異変の糸が体に絡まっているようで落ち着かない。


「木花。一つ聞きたいんだが、私の体に異常はないんだよな?」

「――ええ」


 司令室を後にして翼は自室で己の体をくまなくメンテナンスするが、これといった問題を見つけられなかった。






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