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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942エル・アラメイン砲撃戦2

 エル・タカ高地のはずれに構築されたちっぽけな陣地は、ほんの僅かな粘土質の地形を利用して構築されていた。北アフリカ戦線では、大半を占める砂漠地帯では強固な塹壕を構築するのが難しく、部隊の配置ではなく、地質を優先して陣地を構築するしか無かった。
 本格的な工兵部隊の数が限られているものだから、小隊単位で配置される陣地は、各部隊で構築するほか無かった。機材もなく、人手も足りなかったから、陣地は浅く、脆弱なものとなった。
 どちらかと言うと、敵部隊からの攻撃を耐え忍ぶための防御陣地というよりもは、部隊の存在を遮蔽させる効果のほうを重視していた陣地だった。

 足りない機材は、築城用のものばかりではなかった。小隊の兵員は相次ぐ戦闘による損耗の結果、定数を満たしていなかったし、砲火力も乏しかった。本格的な砲といえるものは、たった1門のアンサルドM35、47ミリ対戦車砲が小隊に配属されただけで、後は小銃と弾薬を共有するブレダM30軽機関銃が各分隊に1丁づつ配備されていだけだった。
 しかし、イタリア陸軍の主力機関銃であるブレダ軽機関銃は、構造上の問題から故障が少なくなかったから、いざというとき3丁全てが使えるかどうかは分からなかった。

 そのうえ、アフリカ装甲軍の主力をなすアフリカ軍団などに所属する優良な機械化部隊の大半が、最近になって作戦予備として前線から抽出されて、一旦後方で再編成を受けていたものだから、パヴィア師団などの一般的な歩兵部隊は、比較的広い範囲の防衛に当たらなくてはなからなかった。

 兵力が足りないものだから、陣地と言っても単線の軽易なもので、主陣地の前方に展開する警戒陣地などは存在していなかった。警戒陣地を無理に構築しても、兵力が分散されて、主陣地の戦力を低下させてしまうからだ。
 各分隊の壕は一応、相互に援護射撃が出来るように構築してあったが、小隊の貧弱な火力では、歩兵戦車を前面に押し出して、歩兵部隊の盾として運用する英国陸軍に対抗するのは難しかった。
 ドイツ軍の88ミリ高射砲のように、長射程で大威力の火砲があれば、遠距離から敵歩兵戦車を撃破することも不可能ではないらしいが、小隊に配属された47ミリ対戦車砲では、英国軍が主力として運用する重装甲のマチルダ歩兵戦車はおろか、高速だがより軽装甲のクルセーダー巡航戦車に対しても困難な戦闘を強いられるはずだった。
 47ミリ対戦車砲では、正面からでは相当に近距離でない限り、敵戦車の装甲を貫くことは出来ないのではないのか。確実に敵戦車を撃破しようとすれば、側面をついて連続射撃を行うしか無いが、単線の陣地しか無い状況で、正面から接敵するであろう敵部隊の側面となる場所に、数少ない対戦車砲を配置することは実質上不可能だった。

 正確な敵部隊の接近経路を予想するのは難しいから、場合によっては貴重な対戦車兵器が遊兵化してしまうし、そもそも1門だけ大隊の対戦車隊から小隊に配属された対戦車砲を指揮できる人材がいなかった。
 陣地の防衛戦闘と協同して、小隊の陣地から離れた壕で単独で戦闘を行うには、相当な指揮能力が必要だったが、この小隊には、小隊長を除いて正規の士官教育を受けたものはいなかった。
 結局、貴重な対戦車砲も、小隊長が直率する形で指揮分隊の壕に隣接した射撃壕に隠蔽して配置するしか無かった。だが、砂漠に構築した陣地では隠蔽も難しいから、一発でも発砲すれば、不利な状況下の戦闘を余儀なくされるかもしれなかった。


 小隊を取り巻く環境は厳しいものばかりだったが、それだけに陣地などの防御態勢には工夫が施されていた。陽炎の発生しやすい昼間の間は、相当近距離まで接近しないと陣地を発見することすら難しかった。隠蔽にはそれだけ気を使っていたのだ。
 それに加えて、陣地への接近経路となる箇所には、地雷原が構築してあった。
 地雷原は、マニュアルに加えて古兵たちの経験を駆使して、陣地周辺に巧妙に配置されていた。地形上敵部隊が取りそうな接近経路は、ほとんどカバーされているし、ある程度地雷原に踏み込んでしまった敵部隊が、危険を察知して退避しようとしても、その退避ルートになりそうな個所にも地雷が仕掛けてあった。
 また、地雷原に敷設された地雷は、対人、対物に加えて地雷処理作業を遅滞させるためのダミーとなる金属片などが織り交ぜてあった。だから小隊の兵力は決して多くはないが、この陣地を突破するにはかなりの損害を覚悟しなければならないのではないのか、そう考えられていた。

 そして、地雷原の役割は、敵部隊に損害を与えることだけではなかった。陣地からの視界外を接近する敵部隊でも、地雷に接触して爆発すれば存在を暴露してしまうから、監視の目を補うためのセンサとしての役割もあった。
 そして今、地雷原は暗闇の中、監視の目を補うセンサとして十分に機能していた。見張りの声を聞いた覚えはないから、地雷を爆発させたものは、密かに接敵しようとしていたのではないのか。


 アルフォンソ伍長は、大して深く掘り下げられたわけでもない射撃壕から、そっと身を乗り出して爆発のあった方向に顔を向けた。
 そこには、目視でもよく分かるほど赤々とした炎が見えていた。当然だが相手は歩兵などではなさそうだった。可燃物を搭載していない限りあんな燃え方はしないはずだ。それに加えて炎の上がり方も不自然だった。暗闇の中、遠距離の目標を把握するのは難しいが、炎が妙にちらつくのは分かっていた。陣地からは、直接火元が見えているわけではなく、目標に開けられた破孔の向こう側の炎が垣間見えている状態なのではないのか。
 だが、そのことに気がつくと、アルフォンソ伍長はわずかに首を傾げていた。今の推測が正しいとすると、相手は少なくとも装甲に覆われた車両ということになる。オープントップの車両であれば、あのような炎の見え方はしないのではないのか。
 それに対戦車地雷に、脆弱なオープントップ式の車両が接触したのならば、跡形もなく吹き飛んでいてもおかしくないはずだ。火災が発生したとしても、脆弱なオープントップ式の車両では、爆発によって搭載物も吹き飛んでしまうだろうから、あんなに燃え盛るほど可燃物が一箇所に固まっているとは思えなかったのだ。

 ――それとも爆発したのは偵察用の装輪装甲車なのか……
 アルフォンソ伍長はそう考えていた。ここから見る限りでは目標は一両で行動していたようだ。炎で照らされた範囲に動くものの気配は無かったし、監視の兵も何も見ていないと言っていた。
 少なくとも小隊単位で行動していたとは思えない。僚車がいたとしてももう一両程度ではないのか。
 相手が戦車部隊であれば、一度に投入される数はもっと多いはずだし、他の部隊も随伴しているはずだ。何よりも錯綜しがちな夜間に、多種な部隊を投入し無くてはならない攻勢を行うとは思えなかった。


「相手がなんだか分かるか」
 陣地から身を乗り出すようにして観察していたアルフォンソ伍長に、唐突に声がかけられた。伍長が、戸惑うこともなく振り返ると、いつの間にか小隊長のボッツァ少尉が、同じように陣地から顔をあげようとしていた。
 ボッツァ少尉は、モデナの陸軍士官学校を出て間もない正規の将校だった。若いだけに血気盛んなところもあったが、人当たりはよく、責任感の強い男だった。
 だから兵たちからは、概ね好かれてはいたが、いささか軽率なところがあるのも確かだった。もっと経験を積めば良い指揮官となるだろうが、今はまだ新品少尉という評価を覆すところまではいかなかった。
 今も無防備に階級章をつけたままのサハリアーナ熱帯服を律儀に着込んだままで、壕から身を乗り出そうとしていた。

 ボッツァ少尉は、アルフォンソ伍長のように、一見無造作に見えて、その実陣地周辺の地形を利用して慎重に行動していたわけではなかった。寝入りばなに起こされて寝ぼけているわけでもないのだろうが、その行動はいかにも無防備だった。
 敵部隊を警戒して焚き火も起こしていない壕内は、暗闇に覆われてはいたが、慎重に越したことはなかった。特に物資や人員が限られるこのような部隊では、軽率な行動は厳に慎むべきだった。僅かなミスが原因であっさりと戦闘力を失う可能性は少なく無かったからだ。

 アルフォンソ伍長は、自然な動作でそっとボッツァ少尉を壕内に押し留めると、素早く自分の判断を伝えた。相手は偵察用の装甲車だと思われるが、正体は不明だった。
 その頃には、ボッツァ少尉以外にも、何人かの下士官兵が姿を見せていた。一人が双眼鏡を向けていたが、暗闇の中で肉眼よりも大した情報は得られなかったようだ。
 その兵は、ボッツァ少尉の方を向いて、無言で首を振っていた。やはり夜の間に敵の正体をつかむには、接近して間近で観察するしかなさそうだ。


 しばらく考え込んでいたボッツァ少尉は、アルフォンソ伍長の顔を見つめながらいった。
「とにかく正体がわからんことには対処のしようもないな。アルフォンソ伍長、難儀だが偵察してきてくれ。ロッソ上等兵とヴィオーラ一等兵、あとトーマ一等兵を連れて行け」
 名前を呼ばれたトーマ一等兵は律儀に敬礼をしたが、古参兵であるロッソ上等兵とヴィオーラ一等兵は、一瞬顔を見合わせていた。その様子を見なかったふりをしながら、アルフォンソ伍長は素早く復唱すると、カルカノ小銃だけを持った軽装で三人の兵を連れて陣地から飛び出すようにして出て行った。


 陣地周辺に埋設された地雷原に、わずかな幅で設けられた安全通路を通り抜ける間は、四人とも無言で背を屈めながら歩いていた。新月に近かったから月の光はひどく弱々しく、星明かりしか頼れるものはなかった。
 通路の目印もわかり辛くなっているから、皆慎重になっていた。ただし、余りこういった経験のないトーマはともかく、残りの二人が無言のままであるのは慎重になっている以外にも理由がある気がしていた。

 アルフォンソ伍長は、この小隊に配属された当初から、下士官はともかく、古参兵からの隔意を強く感じていた。特に指揮分隊の兵の中でも最古参のロッソ上等兵は、アルフォンソ伍長への反発を隠そうともしていなかった。
 だが、それも無理もないことかもしれなかった。第17パヴィア歩兵師団は、北アフリカ歩兵師団として編成された部隊で、北アフリカ戦線の初期の頃から戦線に投入されていた部隊だった。
 古参兵の多くは、その当時から師団に配属されていたから、義務兵役期限が過ぎても除隊を許可されずに現役兵のままであるものが少なくなかった。それに北アフリカ戦線では常に補充の兵隊が不足していたから、何年も環境劣悪な前線で軍務についたままの古参兵も珍しくないらしい。
 そんな中に、精鋭部隊である空挺から、下手をすると自分たちよりも年若い下士官が配属されたのだから、古参兵たちは面白く無いのではないのか。実際にはアルフォンソ伍長の階級は、正規の下士官教育を受けない限り戦時昇進によるものだから、実質的には伍長勤務上等兵と大して違いはないのだが、古参兵たちにとっては、大した違いは感じられないのだろう。

 配属から暫くの間は、アルフォンソ伍長はそのような古参兵の反発に困惑していたのだが、最近では無視することにしていた。どうせアルフォンソ伍長が何を言っても聞きはしないだろうし、下級下士官でしか無い伍長に、古参兵が反発したところで、小隊の戦力に影響が出るわけでもない。
 アルフォンソ伍長は、小隊長付になっていたから、戦闘においては、直接古参兵達を指揮することはなかったからだ。

 もっとも、古参兵達の反発を無視することにした一番大きな理由は、アルフォンソ伍長が積極的な人付き合いを避けるようになっていたためかもしれなかった。故郷での経験が、アルフォンソ伍長を人間関係にひどく臆病な人間にしていたのだ。
 別に他人がどうなっても構わないとまでは言わないが、アルフォンソ伍長がこのパヴィア師団所属となってからそれほど月日は経っていなかった。それほど親しくしているものもいないから、別に一人になってもたいして困るものもなかった。
 それにアルフォンソ伍長が、下士官としてふさわしいだけの素質を見せれば、自然と兵たちもついてくるはずだった。逆に、もしも伍長にそれだけの技量がなければ、自然と淘汰されているはずだ。自分自身のことなのに、何故かひどく他人ごとのようにそう考えていた。
 だが、結果的にアルフォンソ伍長にとってそのような行動が最善の判断となっていた。伍長の考えているとおりに、古参兵達は言葉では容易には納得するはずもなかったし、一度そのように考えてしまえば判断に迷うことも無くなって自然体でいられたからだ。


 地雷原を慎重に通り抜けて、目的地まで辿り着いた頃には、すでに日付が変わっていた。時計を確認したわけではなかったが、糸のように細い新月の動きで、おおよその時間経過は把握することが出来た。
 緊張感を強いられた行軍で、四人は疲れきっていたが、明るくなる前に陣地に戻らなくてはならないから、手早く確認作業を進める必要があった。
 しかし、四人は暫くの間、困惑した表情で黙りこくって目標を見ていた。

 地雷の爆発によって生じた火災は、すでに鎮火していた。おそらく可燃物が燃えきってしまったのだろう。燃えていたのは燃料油か何かのようだったが、大した量はなかったのではないのか、この車両の燃料搭載量はよくわからないが、もしも燃料満載の状態で火災が起きていれば、大爆発になっていたはずだ。
 あるいは、補強用かスタックした時の為に搭載した木材か何かが燃えていただけかもしれない。

 陣地からの観察で予想したとおり、火災の明かりは装甲板に生じた破孔を通して見えていたようだった。その車両には、陣地の方向に向かって大きな破孔が生じていた。
 火災によって熱せられた装甲板は、一時的に相当な熱量を与えられたようだった。高熱によって生じたのであろう塗膜の剥がれた痕が、破孔を中心に広がっていた。だが、既に装甲板は、砂漠の夜の冷え込みによって、急速に温度が下がっているらしく、収縮して周囲の構造材に干渉しているのか不規則に耳障りな金属音をあげていた。

 まだ熱い破孔の存在によって、目標のおおよその装甲厚が確認できた。側面の破孔からめくれ上がった装甲板を見る限り、20ミリ程度の装甲はあるようだった。
 やはり目標は、オープントップなどではなく、完全に装甲に覆われた重車両だった。しかも地雷の爆発によって引きちぎられて吹き飛ばされた履帯を見るまでもなく、装軌式の車両だった。
 リベット留の十トン程度はありそうな巨大な車体の上には、全周旋回式の砲塔が載せられていた。そして、やはりリベット留の砲塔からは長大な砲身が伸びていた。

 目標はどう見ても純然たる戦車だった。しかも、長大な砲身長からすると、歩兵支援用の榴弾砲ではなく、対装甲目標を前提とした対戦車戦闘用の車両なのではないのか。
 だが、目標が戦車であることは分かったが、それ以上のことは何も分からなかった。それは、北アフリカ戦線に出回っている識別帳では見たことのない戦車だった。
 全体的な印象はイタリア陸軍のM13中戦車と似ていなくもなかったが、細部は全く異なっていた。というよりも各部の艤装に関する思想がイタリア陸軍とは異なっていたのだ。かと言ってイギリス軍のものとも違うような気がしていた。M13と似ていると言うのも、強いて言えばというレベルだった。
 装甲板の取付はリベット留によるものだったが、リベットの寸法、構造や取付間隔などは、イタリア軍のものともイギリス軍のものとも思想からして違っているようだった。
 そこにあったのは、アルフォンソ伍長達にとって全く未知の戦車だった。

 周囲を確認する限り、砂漠に残された履帯のあとは、その車両のものだけだった。少なくとも他の車両と緊密な隊形をとっていたわけではなさそうだった。ならば、対戦車戦闘を前提とした戦車が、何故たった一両でこんなところで地雷原に踏み込んでいたのか、それが分からなかった。
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