1943ローマ降下戦24
イタリア王国首都であるローマへの直接進攻作戦に際して、シチリア島上陸作戦時に損害を受けていたK部隊は大規模な再編成を行っていた。その陣容は以前よりも格段に強化されていたと言ってよかった。
その主力となっているのはキング・ジョージ5世級戦艦のアンソンとハウの2隻だった。シチリア島沖海戦においてプリンス・オブ・ウェールズが撃沈され、旗艦であったキング・ジョージ5世も中破判定を受けていたから、その代替として同型艦の配属を受けた形だった。
だが、K部隊にはキング・ジョージ5世級戦艦2隻の他にもう1隻の戦艦、ウォースパイトまでが配属されていた。
先の欧州大戦時に建造されたクィーン・エリザベス級戦艦のウォースパイトは、日本海軍で最古参の金剛型戦艦に匹敵する旧式艦だった。代艦建造の制限があった軍縮条約の影響で艦齢は30年以上に達していたが、やはり金剛型戦艦同様に大規模な近代化改装を戦間期に受けていた。
英国海軍でも最古参の戦艦であるクィーン・エリザベス級戦艦に施された近代化改装は徹底したものだった。同級の後に建造されたリヴェンジ級戦艦が中途半端な艦齢や海軍予算の関係から大規模な改装を見送られていたのとは対象的とも言えた。
簡易な三脚檣からネルソン級やキング・ジョージ5世級にも類似した塔型への艦橋構造物の改装などによって、一部の未改装艦を除けばクィーン・エリザベス級戦艦の艦容は一変していた。
その一方で、性能表の数値だけを見れば新鋭艦に見劣りする部分が同艦に多数見られるのもの事実だった。
主砲の口径は15インチと就役当時は世界最大を誇っており、その点では14インチ砲搭載のキング・ジョージ5世級戦艦に優越していたが、相次ぐ改装にも関わらずクィーン・エリザベス級戦艦では機関出力の抜本的な増強は図られなかった。
クィーン・エリザベス級戦艦が就役した当初は、鈍足だが自艦の主砲に対応した重装甲を持つ従来の戦艦と、その反対に速力を持って防御を成すと割り切って弱装甲であった巡洋戦艦のそれぞれの利点を併せ持った「高速戦艦」として注目されていた。
だが、今では機関関係技術の進歩から、小型軽量化が求められる戦闘艦の機関出力の増大が急速に進んでおり、キング・ジョージ5世級戦艦のような新鋭艦と比べると、先の欧州大戦時に就役したクィーン・エリザベス級戦艦の速力が相対的に低く見られるのはやむを得なかった。
しかし、笠原大尉は必ずしもウォースパイトは現代戦に対応した能力を失ってしまったとは考えていなかった。むしろ、クィーン・エリザベス級戦艦の「高速戦艦」という概念は万能艦とも言うべき日本海軍のそれに近いのではないのか、そう考えていたのだ。
日本海軍における高速戦艦とは固有の艦種を指し示す言葉ではなかった。それどころか必ずしも速力の優越も求められていなかったのではないのか。
非公式ながらこれまで日本海軍で高速戦艦と呼称されていたのは金剛型戦艦だった。
元々金剛型は英国方式の軽装甲重武装の巡洋戦艦として建造され、先の欧州大戦において最大の海上決戦となったユトランド沖海戦にも出動した古参艦だったが、その後の相次ぐ戦訓を反映した近代化改装によって装甲の強化が図られていた。
クィーン・エリザベス級戦艦とは異なり金剛型戦艦は機関部の大出力化もあって最終的には就役時を超える速力を得ていたが、一度戦艦に艦種類別されたものが戻されることはなかった。
ただし、その運用は当初から戦艦として建造されていた扶桑型戦艦以降とはやや異なっていた。主力艦隊たる第1艦隊隷下で昼間の艦隊決戦の戦列に加わる一方で、巡洋艦群や水雷戦隊を援護するために夜襲に参加する可能性もあった。それに最近では空母部隊の直掩艦としても運用されていた。
元々は金剛型の夜戦への投入では、劣勢な夜襲部隊を確実に仮想敵である米海軍主力艦群まで接敵させるための火力支援艦として運用される予定だったのだが、扶桑型戦艦以下を虎の子の主力として扱う一方で、高速戦艦の運用方針の裏側には最古参の金剛型戦艦は喪失しても惜しくないという本音があることも透けて見えるものだった。
だが、実際には新鋭の磐城型、常陸型戦艦も金剛型と同じく高速戦艦として扱われていることから見ても、軍縮条約の緩和後の日本海軍が戦艦という艦種をより積極的に運用し始めている傾向があるのも事実だった。
そして、日本海軍よりも戦艦の保有数が多い英国海軍でも高速戦艦の扱いは同様に積極的な運用を行うものだったのではないのか。遣欧艦隊の編成開始から金剛型戦艦が参加していたように、クィーン・エリザベス級戦艦も今次大戦の開戦直後から出動が相次いでいた。
K部隊に新たに配属されたウォースパイトは、同級艦の中でも戦歴は特に豊富であり、船団護衛任務の他にノルウェー戦ではドイツ海軍の駆逐艦を殲滅しているし、地中海戦線でもマタパン岬沖海戦に同級艦2隻と共に参加しており、イタリア海軍の戦艦カイオ・ドゥイリオの撃沈に一役買ってもいた。
ウォースパイトはそのような激戦をくぐり抜けていたから、就役後は船団護衛任務についていたために水上砲戦を実施する機会のなかったアンソンやハウよりも、笠原大尉の目には旧式艦ながらどことなく頼もしく見えていた。
勿論、再編成によって増強されたK部隊に配属されたのは戦艦だけではなかった。撃沈されたカンバーランドの準同型艦であるノーフォーク級重巡洋艦のドーセットシャー及び今のところ英国海軍で最後の重巡洋艦であるエセクターが配属されていた。
カウンティ級とひとくくりにされるケント級からノーフォーク級までの重巡洋艦が条約型巡洋艦として制限一杯で建造されていたのに対して、エセクターと準同型艦のヨークの2隻は建造費用を抑制するために排水量は8千トン級に抑えられており、それを反映して主砲も8インチ連装砲塔3基、計6門しか装備されていなかった。
ただし、機関出力はカウンティ級と同等で速力も変わらなかったし、装甲は増厚されているほどだったから、戦闘能力に大きな差はないと考えても良いはずだった。
このカンバーランド代替の重巡洋艦2隻の他に、駆逐艦群も損傷修理を終えた以前からのK部隊所属艦に加えて新鋭といっても良いJ型、L型駆逐艦の3隻が新たに配属されて数量の上では倍増していた。
これらの戦艦以下の水上戦闘艦を見れば、現在のK部隊は少なくとも以前の5割増し程度の戦力まで増強されたといっても良かったのではないのか。
それにK部隊には今回の再編成によってこれまで配属されていなかった航空母艦までが含まれていた。J型、L型計3隻の新鋭駆逐艦は実際には空母直援として配属されたといっても良かった。
この措置はK部隊が本格的に独立した運用を行うのを前提として再編成された為と考えて良かった。つまり、地中海艦隊本隊からの援護が不可能なほど遠隔地に単独で進出するために独自の航空戦力を与えられたと解釈すべきだったのではないのか。
配属された空母は1隻だけだったから、航空戦力による攻勢など積極的な運用は難しく、防空や対潜哨戒に用途を限るしかないが、独立した機動部隊として最低限の体裁は整えたといったところだろう。
ただし、K部隊に配属された空母は旧式のハーミーズだった。同艦は初期の改装空母に続いて英国海軍で初めて計画段階から純粋な空母として建造された艦だったが、それだけに旧式化が進んでいた。
クィーン・エリザベス級戦艦などは旧式化していたとしても軍縮条約の制限で新世代艦の建造が限られていた為に未だに備砲の威力は失われていなかったし、余裕のある艦体に装甲の強化を図る余地もあったから新鋭艦との交戦は不利であっても不可能ではなかったが、旧式空母の場合は大型化高性能化が図られた新鋭機の運用そのものに支障をきたす可能性が少なくなかった。
日本海軍でハーミーズと同世代の空母と言えば、やはり世界最初の起工時からの空母として建造された鳳翔だった。当時は、列強各国の海軍を見渡しても航空母艦という艦種そのものに定見を持つものは少なく、何処の海軍でも試行錯誤しながら運用法を確立していった時期だった。
その後各国で建造されていた正規空母は、それら第一世代とも言える初期の空母の運用から得られた知見が生かされていたと言っていいだろう。
だが、それだけに新鋭空母と比べるとハーミーズや鳳翔の性能が大きく見劣りするのも事実だった。
各国で軍縮条約で廃艦とされるはずだった戦艦や巡洋戦艦を転用した天城型やコロラド級などの改装空母は、当初空母としては大型すぎるのではないのかとの意見も一部であったのだが、現在では新造艦であっても速力や、航空機運用能力に直結する飛行甲板面積などを確保するために基準排水量で三万トンを超えるものも少なくなかった。
すでに一万トン程度の空母では艦隊型として機動運用するのは難しくなっていたのだ。
すでに日本海軍の鳳翔は実質上戦列を離れていた。
一応は戦艦部隊である第1艦隊隷下にあって航空援護を担当する第3航空戦隊に配属とはなっているのだが、第1艦隊の長門級以下の旧式戦艦群が遣欧艦隊への将兵供給源や新兵の教育を行う練習艦隊扱いをされているのと同様に、鳳翔も半ば練習艦としての任務についていた。
現在の鳳翔の任務は、主に内海である瀬戸内海で日本本土に駐留する航空教育部隊の離着艦訓練を行うことだった。
そのような任務では着陸速度の早い新鋭機にも対応する必要があるから、鳳翔は制動索などの着艦関係機器を最新のものに換装すると共に飛行甲板の延長工事を実施していた。
だが改装後の鳳翔が荒天時に外洋航行を行った場合は、本来の艦体から大きくはみ出した飛行甲板が破損する可能性が高かった。それ以前に上部に集中した重量によって復元性が悪化していたから、艦体自体にも危険性が高かったのではないのか。
しかも、そこまで無理をして延長した飛行甲板でもまだ短すぎて軽快な戦闘機ならばともかく、重量のある艦上攻撃機などが外装式の電探などを抱えたまま着艦するのは難しいらしい。
おそらく同世代のハーミーズも本来であれば鳳翔と同じように練習艦として運用される方が相応しいのではなかったのか。それに最近では船団護衛用に建造されていた日本海軍の海防空母が続々と就役していた。
その中の少なくない数が英国海軍に貸与、譲渡されていたが、それらの最新の航空兵装を施された護衛空母は基準排水量ではハーミーズや鳳翔と同程度だったが、搭載機はより多かった。
K部隊にそのような護衛空母ではなくハーミーズが配属されたのは、単に速力が機動部隊として編成されていたK部隊の基準を満たせなかったからではないのか。
その証拠に速力を要求されない上陸作戦を援護するH部隊には海防空母が配属されていた。
実はK部隊司令官であるカナンシュ少将は、当初は旧式化しているハーミーズよりも新鋭空母であるイラストリアス級の配属を希望していたらしい。
開戦後に就役を開始したイラストリアス級は、戦間期に建造されたアーク・ロイヤルの改良型だったが、脆弱な艦載機を収納した格納庫を分厚い装甲で覆った世界初の装甲空母でもあった。
分厚い装甲を有するせいで排水量の割にイラストリアス級の搭載機数は少なかったが、それでも二万トン級空母だけあってハーミーズと比較すればまだ搭載機数は多かった。それに速力も高いから、装甲防御も考慮すれば水上砲戦部隊である機動部隊に配属する空母としては最適だったのではないのか。
だが、最終的に地中海艦隊に配備されていた2隻のイラストリアス級空母は、敵地付近で上陸部隊を援護するために自由な機動ができないという理由で危険性の高いH部隊に優先して配属されていた。
K部隊は独立行動を取る機動部隊であるから空襲の危険のある場合はいざとなれば陸地から離れれば良いし、作戦行動中は強大な航空戦力を有する日本海軍第1航空艦隊が付近で航行中のはずだから、友軍の航空援護も期待できるのではないかと判断されたのだ。
笠原大尉の見る限りこの説明には矛盾があった。いち早くローマに降下する空挺部隊に続いてK部隊は敵中深く進攻する事になっていたはずだった。
確かに日本海軍の有力な空母も付近で行動しているはずだが、彼らは日英仏混成のローマ上陸部隊主力を輸送する一大船団の援護も任務に入っているから、K部隊に十分な航空援護を振り分けられるかどうかは未知数だったのだ。
それに、上陸援護を行うH部隊がより危険性があるために装甲化されたイラストリアス級空母が必要だとするのであれば、ハーミーズよりも無防備な護衛空母が同隊に配属されていることをどのように解釈すればいいのか。
実際には、K部隊は英国海軍の存在を明らかにする。その一点のためだけに再編成されたのではないのか。笠原大尉は意地悪くそう考えていた。
今回のローマ進攻作戦において、英地中海艦隊主力に与えられたのは、メッシーナ海峡からイタリア半島の爪先部分へと上陸する助攻の英第8軍支援という目立たない役割だったからだ。
磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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常陸型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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天城型空母の設定は下記アドレスで公開中です。
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コロラド級空母の設定は下記アドレスで公開中です。
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