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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦23

 ローマ沖を遊弋する英国海軍地中海艦隊K部隊の旗艦アンソンの艦橋は静寂が支配していた。K部隊司令官であるカナンシュ少将の決心はすでに下されていた。
 艦隊司令部の全員が司令官の方針に賛成しているわけではなかった。もちろん司令官の命令に反抗するというわけではなかったのだが、積極的に支持するものは少なかった。
 単に情報の少なさからなし崩し的にそれ以外の方針をとなえるものが少なかったというだけだった。日本海軍遣欧艦隊から派遣された連絡士官である笠原大尉は内心で嘆息しながら艦橋を見回していた。


 英国海軍でキング・ジョージ5世級戦艦の4番艦として建造されたアンソンは、昨年度に就役したばかりの新鋭艦だった。
 就役後しばらくは乗員の訓練を兼ねて英国本土とカナダを往復する船団の護衛任務についていたのだが、先のシチリア島上陸作戦における英国海軍の損害を受けて地中海艦隊に増援として送られていた。

 キング・ジョージ5世級戦艦は、当初は軍縮条約規定による既存艦の代替として計画されていた関係などから、その主砲はネルソン級の16インチ砲を下回る14インチ砲とされていたが、その装備数は10門と多く、また速力の高さなどから有力な戦力とされていた。
 ただし、軍縮条約の無効化後もキング・ジョージ5世級戦艦の主砲が14インチ砲のまま建造されていたのは、英国海軍が砲力に満足していたからではなく、ドイツやイタリアの急速な軍備拡張に対抗するために新鋭戦艦の数を揃えるのを優先したためでもあった。
 その甲斐もあって現在ではキング・ジョージ5世級戦艦は5番艦であるハウまでが就役していた。

 だが、今次大戦の勃発を受けてキング・ジョージ5世級戦艦は就役が急がれたせいもあって全計画艦5隻が早々と就役していたが、今次大戦の激戦に投入された結果、すでに2番艦プリンス・オブ・ウェールズは戦火の中に消えていた。
 しかも、プリンス・オブ・ウェールズが撃沈されたのはこのK部隊の指揮下にあったときで、その時から司令官はカナンシュ少将のままだった。
 作戦の推移などとは関わりなく、当時と同じキング・ジョージ5世級戦艦2隻を中核とするK部隊に配属されたのが、笠原大尉がアンソン固有の乗員の士気が低いように感じている原因なのかもしれなかった。


 本来マルタ島を根拠地として通商破壊作戦を実施するために編成されていたK部隊に大規模な増強が行われていたのは、地中海艦隊の主力と言っても良いH部隊を援護させるためだった。
 マルタ島をめぐる幾度かの攻防戦に勝利を収めて周辺海域の制海権を盤石とした国際連盟軍は、北アフリカ戦線終結後の欧州大陸反攻、つまりはイタリア本土への上陸を睨んで英国海軍地中海艦隊の再編成作業を行っていた。
 その再編成作業で上陸支援部隊としての主力と目されたのがH部隊だった。緒戦におけるジブラルタル陥落によって本国艦隊から切り離された地中海艦隊を再編成されていたH部隊だったが、上陸支援部隊として再び大規模な再編成を受けていたのだ。
 シチリア島上陸作戦を控えた時期に行われたこの再編成作業において、H部隊は独自の航空援護を可能とする艦隊型空母や低速ながら強力な砲力を有するネルソン級戦艦などを集中配備された有力な艦隊に生まれ変わっていた。

 だが、H部隊は部隊規模や構成艦の火力が大きい代わりに小回りがきかなかった。
 軍縮条約の規定を厳守して建造されたネルソン級戦艦は排水量制限内で火力と防護力を優先した結果、機関に割り当てられる重量の少なさから速力は低かったし、今回の作戦ではさらに航行能力の低いモニター艦や護衛空母などまで配属されていた。
 地中海艦隊配属艦としては歴戦のリアンダー級軽巡洋艦であるエイジャックスなどの軽快艦艇が直援についていたものの、H部隊に代わって周辺海域の警戒や、万が一敵艦隊が出現した際に迎撃を担当する部隊が必要とされていた。

 その一方で、この時K部隊の本来の編成目的だった通商破壊作戦の必要性が急速に低下していた。通商破壊の対象となるイタリア本土から北アフリカに向かう枢軸軍勢力の輸送量が激減していたからだ。
 そこで軽巡洋艦を基幹としていたK部隊に新たに戦艦などの有力な艦艇を配属させて、H部隊を援護する支隊として再編成されることになっていたのだ。


 先のシチリア島への上陸作戦においては、K部隊はその編成目的を達成したと言ってよかった。戦闘の終盤で有力な日本海軍の増援があったとはいえ、国際連盟軍橋頭堡への突入を試みていたと思われるヴィシー・フランス海軍艦隊の阻止に成功していたからだ。
 だが、その戦闘におけるK部隊の損害は大きかった。艦隊の中でも主力である戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、重巡洋艦カンバーランドが撃沈されていたからだ。

 K部隊と対峙したヴィシー・フランス艦隊は新鋭のリシュリュー級戦艦2隻を基幹とする有力な戦力を有していた。数の上でもK部隊に匹敵していたし、質という点では重巡洋艦や大型駆逐艦を揃えていたからK部隊の方が不利だったはずだ。
 特に巡洋艦以下の軽快艦艇は実戦力に大きな差があった。

 英仏彼我の巡洋艦は共に3隻を揃えていたが、K部隊に配属されていたのは航続距離や居住性を優先させた代わりに弱装甲のカウンティ級重巡洋艦であるカンバーランドと、高角砲としての機能を兼ね備えさせたために、水上砲戦には不利な中途半端な口径の両用砲を主砲とする防空巡洋艦でしかないダイドー級に属するフィービ、ロイヤリストだった。
 当然のことながらこれらの巡洋艦群は、砲力を重視した大型巡洋艦などを相手にした水上砲雷撃戦では格段に不利だった。

 これに対してフランス艦隊は軍縮条約の規定一杯で戦闘能力を高めたシュフラン級2隻と準戦艦と言ってよいほど防護力を強化した新鋭のアルジェリーという有力な重巡洋艦3隻を投入していた。
 さらにフランス艦隊の駆逐艦は、一部の他国海軍軽巡洋艦にも匹敵する大型のモガドル級であったが、K部隊には先の欧州大戦時に建造されていたV級駆逐艦まで配属されていたのだから個艦性能では比較にもならなかったのではないのか。


 結局、巡洋艦群の戦闘は英国海軍の一方的な敗北になっていた。ただし、実際に敵巡洋艦と交戦したのはカンバーランド一隻だけだった。
 戦艦同士の戦闘の中、先任艦長として軽快艦艇群を率いていたカンバーランドの艦長は、当初からフランス艦隊の重巡と撃ち合うには防空軽巡洋艦では不利だと判断していた。
 また、駆逐艦も旧式小型艦と大型駆逐艦との戦闘になるからやはり不利だった。しかも大型の艦体を有するモガドル級駆逐艦は計10門の雷装を左右舷に分けて配置していたから、軽快艦艇との交戦で雷撃を敢行した後に反対舷の魚雷発射管を用いて主力艦への襲撃を実施される恐れもあったはずだ。
 このような状況に対して、カンバーランド艦長は自艦のみで3隻の重巡を相手取って時間稼ぎをするとともに、後続するフィービ、ロイヤリストを駆逐艦群に合流させて敵駆逐艦群を撃滅させることを決心していた。


 戦死したカンバーランド艦長以下が示したこの時の勇敢な判断に対して、現在ヴィクトリア十字章の授与が検討されていたが、この判断が正しかったかどうかは評価が難しかった。カンバーランドが撃沈された一方で、有力なフランス艦隊のモガドル級駆逐艦も撃沈破されていたからだ。

 ただし、フランス艦隊軽快艦艇の脅威が去ったわけではなかった。カンバーランドを撃沈したフランス艦隊重巡洋艦群が未だ戦闘能力を残していたのに対して、溺者救助や応急修理に追われていたK部隊の軽快艦艇群の中で、戦闘行動が可能だったのは旧式駆逐艦のヴァンパイア一隻だけだったからだ。
 ヴァンパイアはカンバーランドとの交戦で損傷を負った重巡洋艦アルジェリーの撃沈という戦果を挙げていたが、そのままでは主力艦同士の戦闘に残存するフランス艦隊の重巡洋艦群に介入されるのは必死だった。


 この時、K部隊主力は危機的な状況にあった。フランス艦隊重巡洋艦群の介入だけではなかった。戦艦群もまた不利な状況にあったのだ。
 ヴィシー・フランス海軍が投入したリシュリュー級戦艦は前ダンケルク級戦艦と同様に四連装の主砲塔2基を艦橋前方に集中配置した特異な形状をしていた。
 ただし、その主砲は条約規定を下回る中型戦艦とでも言うべきダンケルク級戦艦の33センチ砲ではなく、キング・ジョージ5世級戦艦の14インチ砲をも上回る38センチ砲に強化されていた。

 戦艦群の交戦は、この砲力の優劣が現れた形になっていた。キング・ジョージ5世級戦艦は分厚い装甲による高い防御力を備えていたが、14インチ砲ではいくら砲門数が多くとも38センチ砲対応のリシュリュー級戦艦の装甲を貫通して有効打を与えるのが難しかったのだ。
 これに対して、キング・ジョージ5世に残された被弾痕などを分析した結果、リシュリュー級戦艦の38センチ砲は比較的砲弾の重量は小さいものの、初速は大きく、近距離砲戦での貫通能力は極めて大きかった。
 より小口径の14インチ砲を搭載したキング・ジョージ5世級戦艦は距離を詰めて交戦する必要があったから、リシュリュー級戦艦との戦闘は極めて不利だったのだ。


 英国海軍にはリシュリュー級戦艦同様に主砲塔を前方に集中配置したネルソン級戦艦が存在していた。このような集中配置は防御区画の短縮による重量軽減などの利点が知られていたが、構造上艦橋構造物に主砲塔の旋回が制限されるために後方への射界が極端に狭いことが知られていた。
 これに対してキング・ジョージ5世級戦艦は連装砲塔と四連装砲塔の混載という特異な形状ながら、配置そのものは艦橋構造物の前後に主砲塔を振り分けるという常識的なものだった。

 この場合、後方に回り込むように機動し続けることが出来れば、敵艦の発砲を禁じつつ自艦の全砲門を使用できるという一方的に有利な状況を作り出すことが出来るはずだった。
 マルタ島沖海戦のときのように両勢力が多国籍艦隊で、多数の戦艦群が単純な単縦陣を形成しなければならないような場合は、各艦が自在な機動を実施することは難しいが、この時は英仏共に同型艦二隻同士の戦闘だったから、制限は無かったはずだった。

 だが、実際にはそのように有利な状況は訪れなかった。K部隊側は果敢に機動を繰り返していたのだが、キング・ジョージ5世級戦艦よりもリシュリュー級戦艦の方が優速であったために迂回機動が成立しなかったのだ。
 それ以上に、リシュリュー級戦艦の砲力の優越が有利な態勢をK部隊が占める以前に勝敗を決してしまったと考えるべきだったかもしれなかった。


 最終的にキング・ジョージ5世が中破判定、プリンス・オブ・ウェールズを撃沈された状態で仏重巡洋艦群の介入を受けようとしていたK部隊主力の危機を救ったのは、日本海軍が派遣した部隊だった。
 この時、二分されていたフランス艦隊を迎撃するために、日本海軍第1航空艦隊隷下の戦艦分艦隊を中核とする部隊がK部隊と同時に動いていた。海岸での艦砲射撃任務を一時中断して抽出されたこの部隊の戦力は大きかった。
 K部隊がキング・ジョージ5世級戦艦2隻を主力としていたのに対して、戦艦分艦隊は磐城型、常陸型の計4隻を基幹としていたからだ。

 もっとも、戦艦の隻数以上にK部隊と交戦したのが新鋭で性能に不明点の多いリシュリュー級であったのに対して、16インチ級砲搭載艦を揃えた日本艦隊の前に現れたのがダンケルク級戦艦であったのも無視できなかった。
 何れにせよK部隊よりも優位にあった日本艦隊が派遣した戦力が戦局の終盤で大きな影響力を発揮することになった。

 この派遣部隊は重巡洋艦1隻と定数を満たした1個水雷戦隊という大規模なものだった。重巡洋艦は軍縮条約の無効化後に初めて建造された石鎚だった。
 就役間もない新鋭艦だったからフランス海軍に満足な情報があったとも思えないが、無傷の大型巡洋艦の出現があった時点で彼らにとって大きな脅威と映ったのは間違いなかった。
 それに先のマルタ沖海戦でその存在価値に疑問が抱かれていたとはいえ、水雷戦隊に所属する10隻以上の艦隊型駆逐艦が一斉に雷撃を行えば新鋭戦艦と言えども大損害を被るのは必死だった。


 結局、日本艦隊の出現を受けたリシュリュー級戦艦は、残存する重巡洋艦と共にその後すぐに撤退していた。だが、K部隊も追撃を行えるほどの余裕はなかった。
 プリンス・オブ・ウェールズなどの沈没した艦から脱出した溺者の救助を行わなければならなかったし、旗艦であるキング・ジョージ5世も損害が大きかった。
 増援の日本艦隊の損害は殆ど無視できるものだったが、リシュリュー級にはそれなりの損害を与えたと判定されていたものの、主砲の発砲は可能なはずだったから、重巡洋艦1隻の火力援護では水雷戦隊による雷撃は危険すぎた。

 この戦闘ではK部隊の損害は大きかった。プリンス・オブ・ウェールズが撃沈された上に、残存するキング・ジョージ5世も損害が大きかったために損傷復旧工事のために戦列を離れて本国送りとなっていた。
 勿論軽快艦艇群の損害も大きかったから、実質上K部隊は壊滅したと言っても良かったのではないのか。


 だが、フランス艦隊の上陸岸への接近を阻止するという戦略目的を達成し得たことは英国艦隊の上層部に意外なほど高く評価されていたのかもしれなかった。
 新たに本国艦隊から地中海艦隊に配属になったアンソン、ハウなどの有力な艦艇の配属によってK部隊はより強力に再編成されていたからだ。
 もっとも、K部隊の再編成の影には政治的な思惑が見え隠れしていたことも笠原大尉は感じ取っていた。
磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html
常陸型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbhitati.html
石鎚型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/caisiduti.html
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