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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦6

 地中海上空を飛行する一〇〇式輸送機の両翼に据え付けられたエンジンの音は大きかった。奥山大尉は、輸送機の座席に背を預けながら唸りを上げるエンジンの様子を伺うようにその音に耳を澄ませていた。

 もっとも、エンジン音はともかく板切れを組み合わせたような軍用輸送機に相応しい粗末で硬い椅子にも関わらず、奥山大尉は機体の振動を殆ど感じられなかった。
 予備弾倉などの各種装備品を納めた弾帯の上からさらに落下傘と頑丈に結合された縛帯を着込んでいたから、分厚い座布団の上に座っているかのように感じていたのだ。
 奥山大尉達半個小隊の将兵達を乗せた一〇〇式輸送機は過積載もいいところだったが、今のところエンジン音を聞く限りでは順調に飛行を続けているようだった。


 奥山大尉が乗り込んでいる一〇〇式輸送機は、本来は陸軍が航空部隊を高速展開させることを目的に整備されたものだった。
 陸軍の飛行戦隊には、実際に航空機に乗り込む操縦者や偵察、機上通信などの空中勤務者の他に、機体整備や警備、管理などに当たる地上勤務者が多数含まれていた。
 飛行戦隊が有する絶大な打撃力は、膨大な数の地上勤務者の支援があって初めて可能となるものだった。

 しかし、飛行戦隊が戦地で移動する際、空中勤務者を含む航空機材は自力で進出することが出来たとしても、地上勤務者を高速で移動させるのは困難だった。
 シベリア―ロシア帝国とソ連との実質上の国境であるバイカル湖畔からモンゴル、満州国境に至る日本陸軍が仮想戦場とする広大な地域は原生林や荒蕪地が広がっており、シベリア鉄道などの鉄道網を除けば、交通網がおそろしく貧弱だったからだ。
 それに飛行分科が重爆などであれば、爆装しなければ機内に整備兵などを同乗させることも可能だったが、戦闘機であれば機内に収容できるのは一人か二人が限界だったし、それも短距離に限られるから実質上単独での進出を行っても短時間の行動しかできなかったのだ。

 陸軍の輸送機は、こうした状況下において整備兵などの最低限の地上要員を飛行戦隊の航空機材と同時に高速進出させるために開発されたものだった。
 最近では人員だけではなく、銃弾や爆弾、予備エンジン等の消耗品と言った機材の輸送が可能なより大型の貨物輸送機の整備も進んでいたから、滑走路さえあれば他の交通手段に頼らずに飛行戦隊の航空機のみでの展開も可能となっていた。


 陸軍が制式化していた輸送機は、それ以前にも輸入機などを転用した機体が存在していたが、一〇〇式輸送機は国産機としてはまとまった数が採用された初の機体と言ってもよかった。
 後に採用された重量級の貨物輸送機が、四発の重爆撃機や飛行艇を原型としたせいで長大な滑走路や多くの消耗品を必要とするために運用面でも負担が大きかったのに対して、重爆撃機を原型としているとは言え一〇〇式輸送機はより小型の双発爆撃機を原型としていたから、野戦飛行場での運用が可能な使い勝手の良い寸法に収まっており、日本陸海軍だけではなく国際連盟軍に参加する他国軍に譲渡や売却された機体も少なくなかった。

 一〇〇式輸送機が原型としたのは、航空撃滅戦で使用することを前提とする高速爆撃機として開発された九七式重爆撃機だった。
 日本陸軍の仮想敵であるソ連軍は、日本帝国や日英が支援するシベリア―ロシア帝国に対して前線に展開する保有機数で上回っており、戦端が開かれた際はこれを緒戦で撃滅できない限り、日露両軍は圧倒的な航空戦力に飲み込まれてしまうのではないかと考えられていた。
 そのような恐怖が日本陸軍航空部隊の戦備を航空撃滅戦に特化したものにしていたのだ。


 九七式重爆撃機は、他の列強各国軍が保有する同級の大型双発爆撃機と比較すると、速度や防御力は優れていたものの、性能表上の爆弾搭載量は少なかった。
 だがそれは九七式重爆撃機に限った話ではなく、日本陸軍重爆隊の標的となるのは重度に防護された施設や戦闘艦、ましてや前線の遥か後方の敵国都市などではなく、野戦飛行場に蝟集する敵航空機だったからだ。

 兵器の細分化が進んだ現在では、戦略爆撃理論に従う敵国都市への爆撃の際には炸薬量の多い通常爆弾、分厚い装甲を有する戦闘艦や掩体壕を攻撃する際には装薬量が少ない代わりに一体鋳造の頑丈な筐体を持つ徹甲爆弾を使用するのが常識だった。
 特に徹甲爆弾などはその性質は大型戦闘艦の砲弾に近く、海軍では実際に戦艦の主砲弾を転用した特殊な徹甲爆弾を保有しているらしいが、機密度が高いのか詳細は工兵科出身の奥山大尉も知らなかった。

 九七式重爆撃機に限らず、日本陸軍が保有する重爆撃機の爆弾搭載量が機体規模と比べて少なく見えるのは、比重の大きい鋼材を多用するためにその容積に対して大重量となる徹甲爆弾などではなく、軽量でも嵩張る特殊爆弾や多数の軽量級爆弾を投下するのが前提となっていたからだった。

 航空撃滅戦を重爆撃機が実施する場合、飛行場に敵機が在地している間に破壊してしまうのが最も効果的だった。
 それには、広大な飛行場全体を焼き払う必要があるのだが、それには一箇所を徹底的に破壊する大型爆弾や徹甲爆弾を少数投下するのではなく、広範囲を火網で包み込むように攻撃する必要があった。
 航空機は地上にある限り脆弱な標的に過ぎなかったからだ。

 だから小型爆弾や、着火性の強い焼夷弾を広範囲に散布させる特殊な集束爆弾を日本陸軍では多用していたのだが、それらは重量級の爆弾と比較すると重量の上からは効率が悪くなってしまうから、仮に爆弾倉の大きさが変わらなければ、同級の機体よりも搭載量が性能表上で減少してしまっていたのだ。
 実際には、航空撃滅戦の一環として日本陸軍でも滑走路破壊用の時限信管式の徹甲爆弾を使用する場合がないわけでもないが、投下される爆弾の比率で言えばそれほど多くはなかった。


 速度や防御力の充実も、航空撃滅戦への特化と無関係ではなかった。敵飛行場への攻撃を敢行するためには、まず敵戦闘機による迎撃を掻い潜って進攻する必要があったからだ。
 敵戦闘機を空中で遠距離から制圧するために、日本軍の重爆撃機は直接防御力となる乗員や重要機材を防護する装甲板を充実させるとともに、次第に防御火力の大口径化や射界の拡大を図っていった。
 同時に一世代前の単座戦闘機にも匹敵する速度は、電探網による迎撃態勢が十分に構築されて早期に発見されない限りは、高速を利して敵戦闘機の迎撃をすり抜けることも可能だった。

 つまり、日本軍重爆撃機の爆弾搭載量の少なさ、それに反比例するような高速性能と防御火力の充実は、敵陣深くまで切り込んで敵野戦飛行場を殲滅するために求められたものだったのだ。


 そしてそのような九七式重爆撃機を原型とした一〇〇式輸送機もまた機体特性に色濃くその影響を残していた。
 九七式重爆撃機は、荷重の掛かる爆弾倉を重心近くに設けるために構造上中翼配置としていたが、一〇〇式輸送機は左右主翼を繋ぐ横桁を主床の下に配置して低翼とすることで、操縦席直後から水平尾翼取り付け位置近くまで一体化された客室を設けていた。
 また、これに加えて敵中深くに進攻する重爆撃機に必須の防御兵装を廃止したことなどから、一〇〇式輸送機は相応に形状は変化していたが、胴体主桁の配置など大部分の構造は九七式重爆撃機の設計を踏襲したものだった。

 高速重爆撃機である九七式重爆撃機の設計を流用した為に、制式化された当時の一〇〇式輸送機は同級輸送機と比べると胴体が細く、巡航速度は高かったものの、機体前後方向に独立した座席が並列に並ぶという旅客機の構造を参考にした座席配置もあって収容人数はそれほど多くはなかった。
 元々の日本陸軍内における輸送機の役割は航空部隊の要員輸送だったから、それほど大人数の人間を輸送することは想定していなかったようだった。
 それよりも飛行戦隊に配備された一線の機体と同時の前線への進出、それどころか場合によっては戦闘機等の航法能力に劣る単座機を誘導することも考えられたから高速性能は一〇〇式輸送機にとって重要な能力でもあったのだ。

 ただし、製造業者である三菱重工や陸軍内にあって航空行政を一手に担う航空本部も一〇〇式輸送機の搭載量不足に関しては十分に把握していた。
 当時すでに欧州では今次大戦が勃発していた。日本帝国本土から満州、シベリアーロシア帝国領内への飛行戦隊の移動程度ならともかく、激戦が予想される欧州と本土を往復させる航空路に投入するには一〇〇式輸送機の性能では輸送効率が悪いと考えられていたのだ。


 日本陸軍は、主に人員輸送にあたる一〇〇式輸送機と並行して、より大型で重量級の装備を搭載できる貨物輸送機を就役させていた。例えば一式重爆撃機を元にした二式貨物輸送機や、海軍の二式飛行艇の主翼構造などを転用した四三式貨物輸送機などがそれだった。
 それらの貨物輸送機の搭載量は一〇〇式輸送機を凌駕していた。二式貨物輸送機は九七式重爆撃機から一〇〇式輸送機を改設計したのと同様の手法で中島飛行機が製造している機体だが、四発の大型重爆を原型としているだけあって離陸重量は大きかった。
 通常は長大な貨物室を用いて日本本土から欧州までの重要物資の輸送に従事していたが、選択装備の長椅子を取り付けた場合は、噴進砲などの対戦車兵器のおかげで重装備になってきている日本陸軍の機動歩兵換算でも1個小隊以上を輸送することが可能だった。

 二式飛行艇を原型に川西飛行機と川崎飛行機が共同開発した最新の四三式貨物輸送機は二式貨物輸送機以上の搭載量があった。原型が重爆撃機ではなく飛行艇であったため設計変更点は多かったが、陸上機ながら高翼配置は原型に倣っていた。
 この高翼配置の為に四三式貨物輸送機は整備が困難なことから、施設の整っていない野戦飛行場での運用を困難なものとさせていたが、それを上回る利点もいくつかあった。


 低翼配置の場合は胴体最前部や多発機であれば主翼前面にエンジン取り付け架が存在するために、最近になってプロペラ端部と地面との余裕が問題となっていた。
 単発機でも2000馬力を超えるような大出力エンジンを搭載するのが珍しくなくなってきたものだから、その大馬力を推力に変換させるのに効率の良い大口径プロペラを使用するようになっていたからだ。
 特にエンジンナセルや主翼に主脚を搭載する場合はこの問題が顕著になっていた。複雑な折りたたみ機構を備えた長大な主脚を狭い空間に格納しなければならなかったからだ。

 また、戦時中ゆえの制約で開発期間に余裕が無いために機体の設計を流用してエンジンを大出力のものに換装するのも珍しくなかった。
 英国空軍のスピットファイアなどは、次期主力仕様の設計頓挫などといった様々な理由があったらしいが、機体構造が初期生産型とほとんど変化なかったにも関わらず搭載するマーリンエンジンが出力向上を続けた結果、初期の1000馬力級から現行の主力機では2000馬力級とほぼエンジン出力が倍増していた。

 だが、そのように大出力のエンジンに従来型の面積の少ないプロペラを取り付けていては、推力に変換されずに無駄となる出力が少なくなかった。
 だからと言ってプロペラに合わせて主脚を極端に延長することも出来ないから、機種の中にはプロペラ径の延長ではなく、視界の悪化を承知でプロペラ枚数の増大という強引な手法で効率問題を解決するものもあったようだ。


 だが、原型が飛行艇であるため、海面との接触を避けるために取られていた高翼配置を踏襲した四三式貨物輸送機は無理なく爆撃機用に開発されていた大出力エンジンの推力を活かせる大口径プロペラを搭載することが出来ていた。
 それに加えて、高翼配置となったことによって別の利点も生じていた。低翼配置のようにエンジンナセル内に主脚を搭載できなかったために不安定性を承知で胴体側面の張り出しに主脚を収容した上で前輪式としたのだが、そのおかげで地上での姿勢が飛行時と同じく水平となっていたのだ。

 また、プロペラと地面との接触を気にする必要もなかったから、四三式貨物輸送機の主脚は頑丈ながらごく短いものであり、自然と地上駐機中の胴体は低い位置にあった。
 これと胴体後部に設けられたほぼ胴体貨物室断面と同寸法にまで大型化された後部扉の効果もあって、四三式貨物輸送機は車両の自力での搭載すら可能だった。
 これは大きな利点だった。他の尾輪式の輸送機は駐機姿勢が飛行姿勢と比べて傾斜してしまうために貨物の固縛にも一苦労するし、胴体扉と地面が離れてしまうから貨物を搭載する時点で困難があったからだ。


 ただし、後発のこれらの大型貨物輸送機はその寸法故に前線の野戦飛行場での運用は難しかった。機体寸法や整備性もそうだが、重量があるために離陸距離も長いから長大な滑走路を必要としていたからだ。
 低翼配置の二式貨物輸送機は原型となった一式重爆撃機が運用できれば十分なはずだが、四三式貨物輸送機は特殊な高所作業車がない限りエンジンの点検すら困難なのではないのか。

 結局、最前線の満足な施設のない野戦飛行場に展開する単発の戦闘機や襲撃機分科の飛行戦隊を支援するためには一〇〇式輸送機は必要不可欠だったのだ。
 それに、現在生産されている一〇〇式輸送機は初期生産型よりも大型化が図られていた。原型となる九七式重爆撃機がより大火力、高速度を狙った三型に改良されるのに合わせて、同機と部品の共通性を図っていた一〇〇式輸送機も改設計が行われていたのだ。

 奥山大尉達挺進第1連隊第4中隊の将兵が乗り込んでいるのも、初期型から改良された一〇〇式輸送機二型だった。
 この型式は、九七式重爆撃機三型に準じて胴体の延長が図られるとともに、揚力を生み出す主翼の延長などが図られていた。
 換装されたエンジンの出力向上の割に速度性能は殆ど変わっていないが、搭載量は増大しており、収容効率の高い長椅子式の採用もあって空中挺進仕様では、初期型にほぼ倍する半個小隊分の将兵を収容することが可能だった。


 一〇〇式輸送機二型に搭載されたハ112エンジンは、海軍でも金星の呼称で採用された生産数の多いエンジンだった。特に空母部隊で使用する零式艦上戦闘機の最新型でも採用実績があったから、信頼性は相当に高いはずだった。
 だが、そのような事情にも関わらず、奥山大尉はエンジンの調子が気にかかっていた。

 本来であれば落下傘などで重装備となった挺進連隊の兵たちを収容人数一杯まで詰め込んでも一〇〇式輸送機二型の離陸重量には余裕があるはずだった。
 しかし、今奥山大尉達を乗せた一〇〇式輸送機二型は、その後方に自機にも匹敵する巨大な滑走機を牽引してあえぐようにして飛行していた。
一〇〇式輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100c.html
九七式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97hb.html
二式貨物輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2c.html
一式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbb.html
四三式貨物輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/43c.html
二式飛行艇の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/h8k.html
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