1943ローマ降下戦3
艦隊型の水上機母艦や敷設巡洋艦といった高速艦ばかりを輸送艦に転用した日英混成の強襲分艦隊が編成されたのは、イタリア半島南東端のプッリャ州に位置するイタリア海軍の要地であるタラントに上陸する国際連盟軍の部隊を輸送するためだった。
このタラントへの上陸作戦に先んじて、全土がすでに占領下にあるシチリア島から出撃した英第8軍隷下の1個軍団がイタリア本土に上陸を行っていた。
一挙に2個師団が上陸した地点は、欧州から突き出された長靴に例えられるイタリア半島において、そのつま先に位置するカラブリア州のなかでもシチリア島に隣接するシッラからレッジオに至る幅10キロほどの海岸地帯だった。
ごく狭いメッシーナ海峡を挟んで対岸に位置する為、シチリア島から上陸地点までの距離は4、5キロ程度でしか無かった。そのためにこの上陸作戦では日本海軍の着岸型の輸送艦といった本格的な揚陸艦は投入されなかったようだ。
そのような大型艦を投入しなくとも、揚陸艇だけで十分に狭い海峡を渡ることが可能だったし、日本製の特型大発動艇であれば大重量のチャーチル歩兵戦車でも二両まで搭載可能だったから歩兵部隊だけではなく重装備も母艦の支援無しで揚陸は可能だったのだ。
それに、上陸部隊を援護する火力支援も重厚なものであったようだ。メッシーナ海峡のシチリア島側に砲列を敷いた25ポンド砲などを装備する英国軍主力の砲兵部隊は重砲まで合わせると100門以上を用意していた。
砲兵部隊の指揮中枢も十分な機能を有するものが用意されていたから、充実した回転翼機や観測機などによる着弾観測を合わせると相当に集中された火力がメッシーナ海峡のイタリア本土側に構築されていた枢軸軍の野戦陣地に叩き込まれたようだった。
また、火力支援は陸軍自前の砲兵部隊だけではなかった。メッシーナ海峡を挟んで北のティレニア海と南のイオニア海に別れる海域には、英海軍地中海艦隊主力が遊弋していた。
地中海艦隊司令官であるサイフレット中将が直卒するH部隊と呼称されるこの部隊は強力な戦力を有していた。
シチリア島内に点在する占領済みの航空基地からの援護が期待できるために空母部隊こそ対潜哨戒や対地攻撃用の護衛空母数隻しか配属されなかったものの、水上戦闘艦の数は多かった。
特に大火力を有する戦艦は貴重なネルソン級戦艦が2隻とも配属されていた。艦橋より前方に三基の主砲塔を集中配置したネルソン級は、日本海軍の長門型などと同じく軍縮条約時代に建造された16インチ砲艦だった。
軍縮条約が無効化されてキングジョージ5世級戦艦が建造されている今では最新鋭艦では無かったが、16インチ9門という火力は未だに英国戦艦で最強の砲力を有すると言っても過言ではなかった。
さらに、この部隊には旧式の戦艦主砲を搭載したモニター艦まで配属されていた。
このような上陸作戦などに際して対地攻撃を実施するために英国海軍が建造していたモニター艦は、排水量は中型の巡洋艦程度である上に装甲も備砲に対すると貧弱なものだったが、1基だけとは言え戦艦と同級の主砲塔を備えていた。
弱装甲に加えて沿岸での作戦しか考慮していないために機関出力も小さく鈍足ではあったが、H部隊に今回配属されたモニター艦は3隻あったから少なくとも対地砲撃に限れば戦艦1隻が加わったのに等しい戦力と言っても良かった。
ただし、国際連盟軍が陸海から大規模な火力投射を行ったのに対して、枢軸軍も予めこのような事態を予想していたはずだった。イタリア駐留ドイツ軍の中には投入されうる戦力の正確な見積もりまで済ませていたものもあったのではないのか。
というよりも、最後まで残ったエトナ山の山岳陣地が陥落してシチリア島が完全に国際連盟軍の制圧下に置かれた時点で、次はメッシーナ海峡を渡ってくることは容易に想像できたはずだった。
上陸地点であるカラブリア州周辺には、確認された限りでドイツ軍2個師団とイタリアの沿岸警備師団らしき哨戒部隊が配置されていたが、直接上陸を阻むように沿岸地帯に配置された部隊は少なかった。
精々が堅硬に築かれた砲兵陣地から揚陸作業を妨害するために放たれた砲弾が着弾した程度で、近接戦闘に突入した箇所は殆どなかったようだ。沿岸に配置されていたイタリア沿岸警備師団の中には先を争って投降する部隊もあったらしい。
おそらく沿岸に構築された陣地は野戦であれば警戒陣地ですらない前進陣地に相当するものに過ぎなかったのだろう。正確な上陸地点を確認した警戒部隊も早期に撤退して後方の主要陣地に収容されていたのではないのか。
ただし、その主要陣地も安全とは限らなかった。少なくとも戦艦主砲の射程内にとどまっている限りでは、上陸部隊による誘導で大口径大威力の砲弾を継続して射撃される可能性が高かったからだ。
シチリア島での戦闘の戦訓を取り入れていたのか、カラブリア州に何重にも構築されていた枢軸軍の陣地は主に内陸部に構築されているようであり、上陸した部隊は海岸堡を確保したものの攻めあぐねているようだった。
火力支援が間に合わずに不用意に突出した部隊の中には、機動力の高い部隊を集中して行われた逆襲を受けて大きな損害を受けたものもあった。
もっともこのような作戦の一時的な停滞は国際連盟軍にとっても予想されたものだった。単に陸軍部隊による自前の火力支が間に合わなかったというだけだったからだ。
上陸当初は海岸堡を確保するのするのが優先されていたから、当座の戦闘力にならない砲兵部隊は後回しにされていたのだ。
だが、それも解消されつつあった。狭い海峡は速力の低い揚陸艇でも一日に何往復も出来るから十分な砲弾薬の集積も行われつつあったのだ。
それに沿岸地帯では相変わらず艦砲射撃が猛威を奮っていたから、カラブリア州内の戦闘は沿岸部に限れば平坦な地形の連続による進出の容易さもあって予定よりも進軍速度は上がっていたようだ。
南北に伸びたカラブリア半島は、東西方向への膨らみは薄いから、半島内の大半は巡洋艦級はともかく戦艦主砲の射程に大半が捕まってしまうはずだった。
おそらくカラブリア半島内を戦線が北上して州内から枢軸軍が追い出されるのも時間の問題なのではないか。
タラントへの上陸作戦は、そのようなカラブリア州内の戦闘に対する助攻となるはずだった。イタリア半島のつま先に位置するカラブリア州内の防衛線から見た場合、踵に当たるタラントを制圧されると後背地を扼されてしまうことになるからだ。
そのタラントに上陸する部隊は、ソサボフスキー准将率いるポーランド第1空挺旅団と英国陸軍第78歩兵師団だった。もっともこの2個師団相当の戦力は、実際には統一した行動は難しかった。
第1空挺旅団が国際連盟各国軍の混成部隊である空挺軍団から配属されたのに対して、英第78歩兵師団はモントゴメリー中将率いる英第8軍から抽出された戦力であり、統一した軍団司令部を持たなかったからだ。
常識的には先任である英第78歩兵師団の師団長が空挺旅団の指揮を合わせて執ると解釈すべきだが、師団司令部の陣容はそれほど大きくないからそれも難しいはずだった。
この2個師団が選抜されたのは、師団としての所属や能力などが理由ではなかった。単に戦闘による損害後の再編成中だった第78歩兵師団と落下傘降下を行う空挺旅団が部隊規模の割に重装備が少なく、それゆえに船舶輸送が用意だったからだろう。
ただし、この2個師団の戦力は枢軸軍にとって無視できるものでは無いはずだった。2個の部隊全てを合わせれば二万弱の兵員数があるし、火力支援は2隻の重巡洋艦や英軽巡洋艦群、更には大口径砲を装備した一部の水上機母艦による艦砲射撃である程度補うことが出来るはずだった。
少なくとも、タラントを制圧された枢軸軍にカラブリア州内の最前線へ向かうはずだった増援部隊を転用したプッリャ州方面への戦力展開、あるいはプッリャ、カラブリアの双方からの攻勢に対応しうるイタリア半島の足首に当たる位置までの前線の大胆な後退という選択を強要しうることは出来るのではないのか。
だが、その部隊を輸送する側となる強襲分艦隊ではこの作戦をどのように考えているのか、ソサボフスキー准将はそれが気になっていた。
これまでも実質上は高速輸送艦として運用されていた日本海軍の水上機母艦や英海軍の敷設巡洋艦だけではなく、英海軍の軽巡洋艦群も艦内は装備を抱えた将兵でごった返しているから、彼らを揚陸させるまでは満足に自衛戦闘すら行うことは難しいはずだった。
それに大発動艇などをスリップウェイや艦内ドックに収容した専用の輸送艦などに比べれば、純粋な戦闘艦から兵員を揚陸させるのは時間がかかるはずだった。
ソサボフスキー准将の知る限りでは、この強襲分艦隊がタラント上陸作戦に駆り出されたのは、その高速力を買われたからのはずだった。現在も分艦隊は戦闘艦並の15ノットを超える速度で巡航していた。
これは上陸部隊を乗艦させた輸送艦隊としては格段の速度で、一部の上陸作戦に特化した輸送艦の最高速力にも匹敵するほどだった。水上機母艦転用の高速輸送艦や巡洋艦のみで主隊を構成したためにこのような速力を長時間発揮させることが出来たのだ。
強襲分艦隊のこのような速力は、単に揚陸部隊を高速で輸送できるということだけを意味しているのではなかった。この速力は枢軸軍で多用される通商破壊用の千トン級潜水艦の水上速力にもほぼ等しいために、潜水艦による襲撃を実質上無効化できるのだ。
独海軍の大型戦闘艦は、タラントで航行不能状態で修理中になっているとされるテルピッツを除いて地中海方面から撤退していたが、未だに独潜水艦隊に所属する潜水艦が何隻か地中海に残留していることが確認されていた。
だが、潜水艦が輸送船団を襲撃する場合、自艦の位置に向かってまっすぐ船団が向かってくるという幸運でもない限り、発見後に高速を発揮できる水上航行で鈍足の船団を追い抜かして襲撃位置まで遷移する事が多かった。
最近ではレーダー等の電子兵装の発達で少なくなっていたが、護衛戦力が弱体の場合は水上航行のまま襲撃から離脱まで済ませる場合も多かったらしい。
このような戦術を取ったのは、潜水艦が比較的安全に襲撃を行うことの出来る水中航行では速度がおそすぎる上に、水中での航行に使用するモーターを駆動するための電池の充電量にも制限があるから、短時間の襲撃時はともかく継続した船団の追撃など不可能だったからだ。
しかし、高速輸送艦の集中投入はそのような戦術さえ無効化することが出来るはずだった。
敵潜水艦が強襲分艦隊を発見したとしても夜間では重巡洋艦級で構成された艦隊に誤認される可能性が高かった。上陸部隊を伴わない牽制目的の艦砲射撃部隊とでも判断されるのではないのか。
仮に潜水艦が強襲分艦隊を襲撃したとしても、その機会は艦隊前方からの一度しか無いはずだった。側面からでは射点に近づくのが難しいだろうし、襲撃に失敗すれば、艦隊からの反撃がなかったとしても後方に取り残されてしまうからだった。
強襲分艦隊主隊の数に対して護衛の駆逐隊の数が少なかったのも、実質上艦隊前方の警戒しか必要なかったからではないのか。
ただし、タラントを狙う強襲分艦隊どころか、メッシーナ海峡を渡った部隊にしても国際連盟軍全体の戦略からすれば助攻となるはずだった。ソサボフスキー准将には全体像は説明されなかったが、作戦に投入された戦力だけ見てもそれは一目瞭然だった。
そして、そのことは枢軸軍も把握しているのではないのか。
メッシーナ海峡を渡ってカラブリア州に上陸したのは、英第8軍指揮下の2個師団に過ぎなかった。海岸堡が確保されたことである程度の増援も上陸していたはずだが、それでも投入された戦力は1個軍団程度でしかなかったのではないのか。
2方面に日英をそれぞれ主力とする部隊が上陸したシチリア島進攻作戦と比べると、上陸岸が狭かったことを除いたとしても投入兵力は少なすぎるはずだった。
英第8軍には第78歩兵師団を抽出されたことを除いたとしても無傷の1個軍団規模の部隊が残されていたはずだし、第8軍と同程度の戦力になるにまで本国からの増援を受けたとされる日本軍の遣欧方面軍や、英国軍の第9軍といった大兵力が控えているはずだった。
それにメッシーナ海峡を渡るのに使用されたのは小型の大発動艇ばかりで、その母艦となる輸送艦艇や護衛の日本海軍第1航空艦隊も姿を消していたのだ。
彼らが全力を投入すればシチリア島への上陸と同規模の上陸作戦をメッシーナ海峡とは別個に実施することが出来るのではないのか。
おそらくはその上陸作戦こそが国際連盟軍のイタリアへの攻勢作戦にとって主攻となるはずだった。
だが、表舞台から離れて、助攻の助攻とも言える支作戦に実質上輸送艦として投入されたことを左近允少将はどう考えているのか、ソサボフスキー准将はそれを確認したかったのだ。
しかし、ソサボフスキー准将が艦橋の暗がりのなかで左近允少将に何事かを尋ねるよりも先に、艦橋内に押し殺したような見張員の声が響いていた。見張員の日本語はよくわからなかったが、見張長や当直将校らの命令の調子を聞く限りでは何か異変が起こったらしい。
ソサボフスキーは慌てて艦橋の隅にへばりつくようにしていた。艦橋内に緊張が走っていたからだ。艦長らしき声も聞こえていた。
乗艦前の説明では戦闘配置を意味する言葉が行き交っているような気がしていた。
もっとも艦橋内の号令の様子を見る限りでは、すぐさま戦闘が始まると言った様子はなかった。強襲分艦隊は敵地において目視距離で単縦陣をとっていたために無線連絡はもちろんレーダーなどの電子兵装を使用せずに電波管制を行っていたから、見張員の目視以外に探知するすべはないはずだった。
だが、ソサボフスキー准将が艦橋の外を見ると、いつの間にか月は完全に沈んで僅かな星明りしか見えなかった。曙光が差し込むまでにはまだ間があるはずだから、海上は漆黒の闇に包まれているのではないのか。
こんな状況で何かを発見したとしても、それは即戦闘圏に入ったことを意味するのではないのか。ソサボフスキー准将はそう考えて眉をしかめたが、意外なほど近くから落ち着き払った様子の左近允少将の声が聞こえていた。
「本艦に向かって接近する艦影を発見したそうです。一応戦闘配置はかけますが、おそらく戦闘にはならんでしょう」
ソサボフスキー准将は左近允少将に首を傾げながらも矢継ぎ早に聞いた。
「確か艦隊の前方には対潜哨戒を行っている駆逐艦が進出していたのではないですか、対潜行動中の艦艇は、聴音機の性能を活かすために低速で航行せざるを得ないと聞いていますが、それで艦隊が追いついたのではないですか。
逆に、接近するのが敵艦であれば、すぐに対応しなければ危険なのではないですか」
左近允少将は、なんでもないかのような声で言った。
「前路哨戒に出ていた飛梅に追いつくには早すぎます。それに見張員が発見したのは10キロほど先です。まだ敵艦に発見された可能性は低いから対応に余裕はあります。いざとなれば針路を変更すれば、駆逐艦にできることはありませんよ。
それよりも気になるのは発見された艦が2隻並列で航行しているらしいことですが……」
「この暗闇で10キロ、ですか……」
何かの誤認ではないのか、ソサボフスキー准将はそう考えていた。それにこのような悪条件下で、目視で敵艦の詳細な隊列まで可能とは思えなかったのだ。
だが、やはりソサボフスキー准将が何らかの反応を返す前に、遥か彼方で星が瞬くような明滅が見えていた。
―――あのような低い位置に星などあっただろうか……
准将は咄嗟にそう考えていたのだが、艦橋を再び緊張が走っていた。
どうやらそれは星の瞬きなのではなかったようだった。減光されてはいたが、おそらく発光信号だったのだろう。
「片方は飛梅だったか……」
安堵のため息を付きながら左近允少将はいった。だが、ソサボフスキー准将の疑問は解決されなかった。何故予定よりも早く駆逐艦が合流しようとしていたのかがわからなかったからだ。
発光信号は瞬きながらまだ続いていた。誤射を避けるために自艦の識別情報を最初に送信したものの、相当に複雑な内容を送信しているようだった。
しばらくしてから艦橋内を復唱しているらしい日本語が飛び交っていた。
「飛梅と同行しているのは、イタリア海軍駆逐艦……アルティリエーレだそうです。我が艦隊をタラントまで案内するために現れたようですな、あの艦は」
左近允少将は事も無げな様子で言ったが、ソサボフスキー准将は唖然とした表情になっていた。
「どうやら、イタリア王国がドイツを見限ろうとしているというのは本当のようですな」
左近允少将一人が納得した様子で何度も頷いていた。目が暗闇に慣れたせいなのか、何故かソサボフスキー准将は少将の動作をようやく把握できる様になっていた。
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