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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア海峡航空戦10

 ―――こいつらは新兵だな。
 どこか嘲るような気持ちで桑原中尉は目の前で繰り広げられる戦闘を冷ややかに見つめていた。


 サルディーニャ島に対する先制夜間攻撃に投入されるのではないのかという桑原中尉達極光航空隊の期待はまたも外れていた。というよりもシチリア島への上陸作戦に間に合わなかったのとはまた別の意味で極光航空隊はサルディーニャ島への攻勢にも出遅れていたのだ。

 極光航空隊を含む攻撃隊が投入するよりも早く、各種の偵察機が入念にサルディーニャ島への航空偵察を実施していたのだ。これは単にサルディーニャ島の敵戦力を詳細に把握するだけが目的というわけではなかった。
 この航空偵察は威力偵察を兼ねた強引なもののようだった。その証拠に投入された機材は純粋な非武装の偵察機である日本陸軍の一〇〇式司令部偵察機や英国空軍のモスキート各種だけではなかったのだ。


 日本陸軍が開発した一〇〇式司令部偵察機は、現在の国際連盟軍において唯一と言っても良い専用の偵察機だった。もちろん、他にも日英両国は各種の偵察機を保有していたのだが、それらは全て他種からの転用機や当初から多用途機として開発されていたものだった。

 例えば英国空軍の高速木製機であるモスキートは原形は高速爆撃機であり、その高速と搭載量を買われて戦闘爆撃機型や夜間戦闘機、偵察機などの派生型が開発されていたものだった。
 他にも戦闘機を転用した写真偵察機もあったが、それらは戦闘機譲りの高速性能や使い勝手の良さと引き換えに航続距離や搭載量に不安があったから戦術偵察機にしかならなかった。


 日本陸軍の場合は英国とは多少事情が異なっていた。
 例えば軍司令部などに隷属する軍偵察機は戦線後方を偵察する戦術偵察機と戦略偵察機の中間に位置する機体だったが、同時に地上部隊の支援を行う襲撃機と共通の機体構造を持っていた。
 襲撃機、軍偵察機は飛行戦隊に配備されてある種の万能機として広く使用されていた。

 軍司令部級に戦隊単位で配属される軍偵察機、襲撃機戦隊に対して、より規模が小さい飛行中隊単位で師団司令部などに配属されるのが直協機だった。
 より簡易な軽飛行機である直協機は、短距離離着陸性能に優れ、軽武装ながら師団司令部などの要請で柔軟な行動が可能なことから、地上部隊との連絡が密に取れることを利用して近距離支援に多用されていた。

 特に最近では標準では武装を有せず、最大でも軽機関銃程度の武装が可能な搭載能力しか持たないが、その機体構造上滑走路すら必要としない回転翼機である二式観測直協機が配備されるようになっていたから、より小規模な部隊にとっての使い勝手が向上していた。
 それに直協機の場合は敵地上部隊の偵察だけではなく砲兵隊の着弾観測にも投入されていたから、二式観測直協機などはオートジャイロであるカ号観測機の後継機として砲兵情報連隊などにも配備が行われていた。


 こうした万能機としての性格を持つ各種偵察機に対して、軍司令部以上の上級司令部が使用する司令部偵察機は、元々航空撃滅戦に使用する偵察専用に開発された単能の長距離偵察機だった。
 長距離陸上偵察機として実質上の海陸軍共有機種となっている司令部偵察機のなかでも、最新の一〇〇式司令部偵察機は、今次大戦への日本帝国の本格的な参戦をうけて生産数が増大していた。
 その初期型では同乗者用の後部旋回機銃を有していたのだが、最近の型では元々貧弱だった武装を完全に廃してしまっていた。

 一〇〇式司令部偵察機が後部旋回機銃を廃したのはより高速を求める一環の重量対策という側面もあったが、最近の機体では高高度飛行能力の増大が図られたためでもあった。
 つまり、高々度飛行中の乗員の保護を図るために操縦席の与圧装置が導入されたものだから、風防を一部開放しなければ使用できない後部旋回機銃など搭載する余地などなかったというのだ。


 実際には、この与圧装置は開発の遅れている次期司令部偵察機用に開発されたものを転用したという噂もあったが、開戦後の急速な航空技術の発展で高速化した敵戦闘機の脅威などが増して、速度面での優位性が低下していたとしても、その代わりに高高度飛行性能を向上させた一〇〇式司令部偵察機の戦力価値は高かった。
 その一〇〇式司令部偵察機はこれまで多くの戦場で本格的な航空撃滅戦が開始される前の偵察を行っていた。つまり、司令部偵察機が収集した敵航空基地の情報を元に高速で敵地に進入する重爆撃機飛行戦隊、飛行団が爆撃目標の選定などを行うのだ。
 裏を返せば、これまでの日本軍の行動から枢軸軍も司令部偵察機による偵察飛行が航空撃滅戦の開始を意味することを察知しているはずだった。

 今回の作戦はこれまでのそのような自軍の行動原理を逆手に取ったものだった。つまり実際には司令部偵察機の偵察直後の航空撃滅戦が予定されていないにもかかわらず、それらしい偵察行動を断続的に実施することで、敵航空部隊にその都度防備を固めさせて牽制しようとしていたのだ。


 国際連盟軍がそのような消極的な行動を行っていたのは、シチリア島と大して変わらない面積を有する広大なサルディーニャ島への攻勢を実施するのを中々決断しきれなかったせいだった。

 北アフリカ戦線終結後の仮想戦場として、敵味方陣営ともに有力候補に挙げていたはずのシチリア島程ではないにせよ、サルディーニャ島には数個師団の防衛部隊が配備されているとの諜報による情報があったらしい。
 実際にはこれまでの戦闘で大きな損害を被っているはずのイタリア軍の現状を考慮すると、駐留する部隊は正規軍ではなく、急遽招集を受けた予備役兵を中核とした警備師団ではないのかと推測されていたが、仮に2線級の部隊であったとしても複数の師団という兵員数はそれだけで無視できなかった。

 それに予備役兵であっても地元のものが大半だろうから、地形を巧みに利用した堅甲な陣地に立て篭もられてしまえば練度の差はそれほど戦力差には現れないだろうから、数倍の戦力を投入しないかぎりサルディーニャ島を完全に占領することは出来ないはずだが、シチリア島に侵攻したばかりの国際連盟軍にはそのような大規模の予備兵力は存在していなかった。


 結局、国際連盟軍上層部が判断したのは、サルディーニャ島には陸上部隊は投入せずに、航空撃滅戦によって敵航空戦力のみを撃破してしまうというものだった。
 シチリア島上陸作戦の過程で急遽戦略価値が上昇したせいでサルディーニャ島の完全占領に必要な戦力のあてがなかったせいでもあるが、シチリア島、チェニジアという国際連盟軍の最前線から同島との間が数百キロもの距離があるためでもあった。
 つまり航空戦力さえ撃破してしまえば、お互いに手を出す事自体が不可能になるからだった。

 確かにサルディーニャ島にはコルシカ島という後方連絡拠点が存在するはずだったが、対独戦による敗北による損害から再建中であるはずのヴィシー・フランス空軍がイタリア領であるサルディーニャ島に投入できる兵力が無限に存在するとは思えなかった。
 滑走路や格納庫などの航空基地施設に加えて、航空機材そのものを破壊してしまえば戦力をこれ以上投入せずにフランス本土、あるいはコルシカ島の防衛に専念するように戦略方針を転換する可能性は高かったのだ。


 だが、航空撃滅戦に専念すると決意したとしても、それはそれで準備に時間が必要なことに変わりはなかった。
 司令部偵察機によって確認されたサルディーニャ島に駐留する敵部隊の規模を考慮すると、航空撃滅戦に投入する主力部隊である重爆撃機部隊は、最低でも複数の重爆撃機飛行戦隊を集約した飛行団程度は必要だったのだ。

 投入される部隊が飛行団だとすると、事前に集積される燃料や弾薬と言った消耗品の量は膨大なものになるはずだった。
 しかも多方向からの同時侵攻という作戦上の前提からすると、一個以上の飛行戦隊はシチリア島を出撃拠点とせざるを得ないから、占領したばかりの同島の航空拠点を再整備して大量の物資を運びこむところから準備しなければならなかったのだ。

 必要な戦力は重爆撃機隊だけではなかった。いくら日本軍の重爆撃機が高速で重武装だとはいっても、迎撃機に対して無防備で飛行するのは危険だった。
 過去の戦訓からも重爆撃機隊に少数機であっても戦闘機隊が随伴した場合は損害が激減することが確認されていたから、護衛戦闘機部隊は必須だったのだ。
 勿論、重爆撃機部隊がサルディーニャ島に対して2方向から侵入する以上は、直掩の護衛戦闘機部隊も2分割されることになるから、指揮系統や補給体制を考慮すれば部隊数もある程度必要だった。
 少なくともシチリア島とチェニジアで各1個以上の戦闘分科の飛行戦隊を投入する必要があるのではないのか。


 戦闘機隊を投入する目的は重爆撃機の護衛だけではなかった。最近では日本軍でも航空撃滅戦そのものの認識にやや変化が表れていたのだ。

 これまでの航空撃滅戦では高速で敵航空基地に侵入する重爆撃機による集束爆弾や焼夷爆弾による制圧、あるいは滑走路を長期間使用不能にする徹甲爆弾の投下が主な攻撃手段だった。

 しかし、最近では敵味方共に電探関連技術が発達して前線基地であっても対空捜索用電探を配備するのが当然となっていた。
 そのせいでいくら高速で爆撃機を侵入させたとしても、奇襲が成り立たなくなっていたのだ。

 勿論これに日本軍が無策というわけではなかった。
 日本陸軍の重爆撃機は迎撃機に対する備えとして大口径の防御機銃座を備えていたし、戦術面においても電子妨害や敵迎撃機の捜索に専念する電子戦闘用機の編隊への随伴や、敵戦力を分散させるための多方向からの同時侵入が行われるようになっていたが、1番容易なのは電子戦闘用の機体が発見した敵機をこちらの護衛戦闘機で撃破してしまうことだった。

 まるで最近の艦隊防空戦闘のようだったが、実際に守るべき対象が水上の艦隊から空中の編隊に置き換わっただけで、航空戦闘の基本はそれほど変わらないのかも知れなかった。
 それに、当初の目的は防衛戦闘であったとしても積極的なものである場合は、これも航空撃滅戦の一貫と捉えることも出来るかも知れなかった。
 つまり在地の敵は重爆撃機隊による制圧爆撃で、離陸してしまった機体は積極的に戦闘機で撃墜することで敵航空戦力をどちらの状態であっても撃滅してしまうのだ。

 裏を返せば、これまでの編隊護衛任務だけだった状態よりも多くの戦闘機隊が必要とされるということでもあった。
 幸いなことに、サルディーニャ島と出撃拠点となるシチリア島、チェニジア間の距離であれば脚の長い海軍機ではなくとも、陸軍の戦闘機でも増槽を使用すれば島内での戦闘時間分の余裕を見ても十分に往復できるはずだった。


 さらに、一〇〇式司令部偵察機や、電子情報を収集する一式重爆撃機の電子戦型などの偵察飛行から得られた情報を検討して作戦計画を修正した結果、投入される部隊はさらに多種多様なものになっていた。
 事前に国際連盟軍上層部が予想していたよりも、サルディーニャ島の防衛体制が周到に構築されていることが判明していたからだった。

 シチリア島もパレルモ周辺に対空警戒用の電探や夜間爆撃に対応した夜間戦闘機隊を備えた大規模な航空基地が設営されていたのだが、そのパレルモ航空基地への爆撃の際に電子機材を搭載した機体が記録していた敵電探波らしき電波源と、サルディーニャ島への偵察の際に確認された電波源の周波数などの諸元が一致していたのだ。
 すでにシチリア州の州都であるパレルモは国際連盟軍が占領していたが、航空基地に設置されていた電探は破壊されてはいたものの、残骸の調査や捕虜の証言などからドイツ製の機材が配置されていたことが判明していた。

 おそらくサルディーニャ島に配備されているのも同じ機種なのだろう。もしかすると制式化前の試作兵器を最前線であるシチリア島やサルディーニャ島に配備して実戦試験を行っているのかも知れなかった。
 この地上配置電探を無視するわけには行かなかったから、英国空軍は初撃で敵電探を無力化するべく、高速爆撃機であるモスキートを投入する計画を立てていた。
 奇襲となる初撃にモスキートを投入して早期に枢軸軍の警戒網を破壊、そして敵部隊が混乱している隙に一気に指揮中枢を含む航空基地群を高速重爆撃機で制圧してしまうのだ。


 だが、地上設置型の電探群は全体的に見ればそれほど大きな脅威ではなかった。刻一刻と変化する状況に対応する機動力がないから、度重なる偵察行動で設置位置さえ把握しておけば初撃で破壊できるからだ。

 最近では戦車運搬車を転用した大型の牽引車などに搭載して移動可能な電探も開発されているらしいが、本体以外にも電源車が必要だったり、空中線の寸法に制限があることなどから、地上設置型よりも性能上の制限が大きいし、イタリアにしてみれば辺境であるサルディーニャ島の道路事情で迅速な移動が可能とも思えなかった。
 だから、地上設置の電探に関しては直前の電子偵察さえ十分に行えればそれほど問題にはならないはずだったのだ。


 爆撃のためにサルディーニャ島に侵入を図る重爆撃機隊にとって最大の脅威となるのは、サルディーニャ島周辺空域を飛行していた電子戦闘用機によって確認された機載式の電探だった。
 確認された空中の電波源の波長や出力からして地上設置式の電探と比べると探知距離などの性能は劣っているはずだが、自在に位置を移動できる機載式電探の利点を考慮すれば、性能差以上の能力を発揮してもおかしくはなかった。
 極端なことを言えば、地上設置型と機載式の電探の探知距離性能差の分だけ電探搭載機を前方に進出させてしまえば見かけ上の性能差などなくなるのだ。

 実際、日本海軍でも艦上攻撃機に外装式の魚雷型電探を装備した捜索機による艦隊前方の捜索を実施して大きな成果を挙げていた。電探装備の艦攻によって敵編隊を遠距離から察知するだけではなく、艦隊直援の戦闘機を指揮して艦隊のはるか前方の空域で敵編隊を阻止してしまうのだ。
 ヴィシー・フランス軍がこのように積極的な機載式電探の使い方を実施しているのかどうかは分からないが、単に空中に電探を上げただけであっても機動性を持つ以上は大きな脅威となるのではないのか。


 国際連盟軍上層部もそのように判断したのか、地上設置型電探や航空基地への制圧爆撃に先行して、空中配備の機載式電探の無力化を図ろうとしていた。
 だが、空中の電探を確実に無力化しようとすれば、電探を搭載した高速爆撃機らしい敵機を撃墜してしまうしかなかったのだが、それに必要な戦闘機の手当がつかなかった。
 作戦に投入される戦闘機分科の飛行戦隊は、すでに爆撃機隊に随伴する直掩機などに指定されていたし、シチリア島の防衛にも単発単座で機動性の高い戦闘機が不可欠だったからだ。

 結局、作戦の開始直前になって投入が決まった戦力が、急遽動員された自由フランス軍の戦闘機隊と夜間戦闘機極光を配備した桑原中尉達の航空隊の混成部隊だった。
四三式夜間戦闘機極光の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/p1y1.html
一〇〇式司令部偵察機三型の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100sr3.html
二式観測直協機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2o.html
一式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbb.html
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