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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア海峡航空戦9

 日本海軍は、開発の遅れている次期主力夜間戦闘機と現行の月光の就役期間に生じる間隙を埋める機体として運用するために、試製銀河を原設計として夜間戦闘機に転用していた。


 だが、正確には夜間戦闘機の原型機として転用された試製銀河は、十五試双発陸上爆撃機計画を受けて海軍内部で航空機関連技術の実験、開発を行う機関である海軍航空技術廠で設計されていた当時のものではなかった。
 空技廠で設計された試製銀河は、生産業者である中島飛行機で本格的な量産体制を構築するために必要な各種工事用詳細図の作図と試作機の製造を行った時点で計画が中断されていたのだが、空技廠の許可を受けた中島飛行機ではその試作機を英ブリストル社から技術供与を受けて、国内の工場で生産が開始される予定だったセントーラスエンジンの搭載実験機として転用していたのだ。

 このエンジン実験機を原型として、転用された次期主力夜間戦闘機用に開発されていた機材を、余剰空間となる爆弾槽などに追加搭載される形で急遽開発されたのが四三式夜間戦闘機極光だったが、その運用は現行の夜間戦闘機である月光とは異なる部分が少なく無かった。
 開発目的が長距離援護用であったとはいえ、戦闘機を原型とした月光と、陸上爆撃機から紆余曲折の末に夜間戦闘機となった極光では構造からして差異があったのだ。
 ただし、原型機となった試製銀河は急降下爆撃の可能な攻撃機として設計されていたから、降下時の制限荷重などはかなり高く見積もられており、過荷重時の激しい戦闘機動であっても可能なはずだった。


 月光と極光の差異は、むしろ機体の艤装方式にあらわれていると言っても良かった。
 極光の原型となった試製銀河は、高速の陸上爆撃機として開発されていたから、魚雷や爆弾は空気抵抗とならないように胴体下部に設けられた爆弾倉に収納されることになっていた。
 用途変更にあたって、夜間戦闘機に必要な電探などの電子兵装の多くは、廃止された機首の偵察員席が配置されていた空間に搭載されていたが、爆弾倉も電源などの一部の電子機材と機首下部に設置された前方固定機銃の機関部が収納されていた。

 それでも試製銀河の爆弾倉は長大な魚雷であっても搭載可能なものだったから、夜間戦闘機に改造される際に多少空間を使用された程度で大部分は空き空間として残されていた。
 もちろん、そのままその空間を爆弾倉として使用できるわけではなかった。
 一体の空間として設定されていた爆弾倉のうち、前方部分は電探や機銃機関部などの部品で占拠されていたから爆弾倉の前後寸法全てを使用する魚雷は格納すら出来なかったからだ。

 爆弾倉後部は空間が空けられていたから、ある程度の爆弾搭載能力は残されているかのようだったが、実際にはそれも難しかった。
 機銃機関部は兎も角、電探の部品は脆弱で温度や湿度といった外部環境の急速な変化にも敏感だったから、仮に高々度を高速飛行中に爆弾倉を開放でもしたら部品が凍りついて正常な作動は望めないのではないのか。

 結局その空間は爆弾槽として使用されることはなかった。万が一のために開放扉は残されていたが、その用途は爆弾投下用ではなく、内部に搭載された電探部品の点検や、機銃の整備、弾倉の交換を行う際の整備用扉としての機能を持たせたものだった。

 ただし、残された空間は単に無駄な空間とされたわけでは無かったし、扉の開放機能も試製銀河と違って前後部の開放操作を分離できる複雑なものになっていた。
 そのようなことになったのは、前部に搭載された機材を保護すると同時に、後部に搭載された機材を場合によっては投棄する可能性があったからだ。

 もちろん搭載されるのは爆弾などではなかった。
 というよりも爆撃照準を行う偵察員がおらず、更に空気抵抗を削減するために胴体左右幅を限界まで切り詰めた操縦席には戦闘機として必要な本格的な射爆用照準器を追加搭載するので一杯であり、水平爆撃用の爆撃照準器など搭載する空間がなかったから、仮に爆弾を搭載しても満足な命中精度を発揮させることは出来なかったはずだった。
 その代わりに旧爆弾倉の後部空間に搭載されていたのは、極光専用に倉内の寸法に合わせて製造された落下増槽だった。


 実は極光の原型機となった試製銀河には、胴体後部内に配置された機内増槽の他に爆弾倉内に前後に分割された落下増槽の装備が可能だった。
 これは元々南洋諸島などに展開しての漸減邀撃戦術に使用する陸攻隊にとって必須である遠隔地への自力進出を目的とした特別装備だったのだが、この試製銀河の倉内増槽を原型として、残された空き空間を専有するまで巨大化した極光の倉内落下増槽は実質上の常用装備となっていた。
 燃料消費の大きい大出力エンジンを搭載した極光は、正規状態の場合は月光よりも書類上での航続距離が短くなってしまうのだが、この倉内落下増槽の搭載を前提とした過荷重状態の場合は月光どころか四発の大型爆撃機に匹敵するほどの航続距離を発揮することができていた。


 夜間迎撃に有利と考えられていた銃塔が未装備であったことと、この長大な航続距離を併せ持った極光に対して、日本海軍はこれまでの迎撃戦闘を主任務とする夜間戦闘機とは異なり、長距離侵攻をも任務に加えていた。
 その航続距離を活かして、夜の闇を味方につけて敵制空権内に長駆侵攻して神出鬼没な襲撃を行うというのだ。

 従来機では長距離飛行すら困難な夜間時の攻撃作戦は前提からして破天荒なものとしか思えなかったが、極光の充実した電子兵装を最大限活用すれば不可能ではないらしい。
 極光に搭載された電子兵装は捜索、射撃指揮用の電探だけではなく、地上の無線局と連動した自位置確認用の電子機材や電波を用いた高度計などの航法支援用の機材まで含まれていたからだ。

 場合によっては夜間爆撃を行う陸軍の重爆撃機隊の援護を行うことも有り得るが、陸軍にも夜間戦闘機隊は存在しているし、航空撃滅戦を前提として重爆隊の整備を行っていた日本陸軍は重爆撃機による夜間爆撃を戦法として常用化していなかったから、極光がそのような任務に借り出される可能性は低いようだった。
 爆弾倉が廃止されたせいで大重量の爆弾を搭載することは出来ないが、機体に大きな負荷のかかる急降下爆撃を可能とするために強化された主翼には小規模な改設計で爆弾架を追加することが可能だったから、本格的な爆撃機として運用することは出来なくとも、銃撃と降下角度の浅い緩降下爆撃を併用する戦爆として運用することで爆弾搭載量の減少はある程度補えるのではないのか。


 そのような事情を聞かされた桑原中尉達は、これまでの夜間戦闘機とは異なる攻勢を前提とした使用法に高揚していた。

 それまで敵艦隊を先手を打って攻撃する中核部隊として整備されていた陸上攻撃機部隊は花形とも言える隊だったのだが、最近では存在価値すら疑われていた上に夜間戦闘機隊に転属となったことで多くの隊員たちが不満を感じていたのだ。
 夜間戦闘機隊のことを軽視しているつもりはないのだが、これまで艦隊決戦の前哨戦として華々しく米艦隊に雷装突撃を敢行することを夢見ていた陸上攻撃機部隊の隊員達にとってみれば、やはり防御用の部隊であるということでどこか格下に見ていたのは否めなかった。

 それが一転して攻勢用の機体であるという説明を受けたことで落ち込んでいた士気も回復していたのだ。
 その傾向は実際に生産されたばかりの極光が部隊に配属されてから益々強まっていった。
 生産が開始されたばかりの極光の配備数はまだ少なく、実質上桑原中尉達の航空隊の専用機状態だったから、部隊の定数を満たすまでの期間はそれほど長くはなかった。

 部隊の装備定数が揃うまでの間も操縦士や電信員達は皆熱心に機種転換訓練に取り組んでいたから、新編成の夜間戦闘機部隊にも関わらず部隊の練度はかなり高かった。
 それまで彼らが乗り込んでいた九六式陸攻や一式陸攻は勿論、同じ夜間戦闘機であった月光と比べても大出力エンジンによる大きな余剰出力を有する極光は双発機であるにも関わらず機動性が高く、純粋な戦闘機のような空戦機動も可能なものだったから搭乗員達が新たな愛機にかける情熱は強かったのだ。


 そして、本土で編制作業を行っていた航空隊に最前線である地中海方面への移動命令が下された際に彼らの高揚は頂点に達していたのだ。
 地中海方面ではドイツ空軍を始めとする枢軸軍と国際連盟軍との間で激戦が続いていたが、最近では北アフリカ戦線は終結を迎えつつあると認識されていた。

 今後は、本格的な欧州大陸への反攻作戦、つまり敵国本土への上陸作戦が敢行されるはずだった。その際には上陸前に有力なドイツ空軍などの航空戦力を予め弱体化させるために熾烈な航空撃滅戦が行われるのではないのか。
 その主力となるのは、航空基地に在地する間に敵機を破壊してしまう航空撃滅戦を前提として開発されていた長航続距離、高速の陸軍重爆撃機であるはずだが、その尖兵となるのは長距離侵攻戦闘機である極光になるのではないのか。
 敵夜間戦闘機を撃滅すると共に、夜間の奇襲攻撃によって航空撃滅戦の一翼を担うことになるのだ。
 航空隊の隊員達はそのようなことを具体的には口に出してはいなかったが、いつの間にか彼ら全員の共通認識となっていた。


 そのような期待があったものだから、整備兵などの地上要員を便乗させた輸送機とともに極光隊は意気揚々と北アフリカ戦線に赴いていたのだ。
 だが、彼らが日本本土からほぼ地球を半周して北アフリカに到着した時、すでに欧州大陸への反攻作戦は極光航空隊の着任を待つことなく開始されており、シチリア島は国際連盟軍の軍門に下っていた。

 そして、彼らが密かに期待していた欧州大陸反攻作戦における先制攻撃への参加の代わりに与えられたのが、アフリカ北端のチェニジアへの駐留だった。 シチリア島への上陸作戦に間に合わなかったことで著しく低下してしまった航空隊の士気は、それで僅かに盛り返していた。


 未だ島内での抗戦は継続してるは言え、シチリア島の国際連盟軍による完全占領は時間の問題だった。少なくとも島内から発進する敵航空機との戦闘があるとは思えなかった。
 この局面ではシチリア島に展開する国際連盟軍に必要なのは矛としての長距離侵攻戦闘機などではなく、イタリア本土から襲い来る多数の枢軸軍機を迎撃するための盾となる迎撃戦闘機に向いた単発単座の重戦闘機のはずだった。

 主戦場となっているシチリア島の状況に対して、チェニジアの北方海域のティレニア海に浮かぶサルディーニャ島はその例外となっていた。
 先のシチリア島上陸作戦において、フランス本土から出撃したらしい高速艦隊を援護する大規模なヴィシー・フランス空軍を主力とする航空隊がサルディーニャ島から出撃していることが確認されていたからだ。

 新たに参戦してきたヴィシー・フランス政権を含めて枢軸国内の政治的な事情はよくわからないが、イタリア領のはずのサルディーニャ島に大規模なヴィシー・フランス空軍部隊が駐留しているようだった。
 シチリア島に進出した部隊や、北アフリカに残留する部隊から派遣された日本陸軍の高々度偵察機である一〇〇式司令部偵察機によって撮影された航空偵察写真の解析によりヴィシー・フランス空軍の存在が確認されていたというから、間違いはないのではないのか。

 枢軸軍の事情は分からないが、シチリア島上陸作戦において出撃したのはフランス艦隊だったから、その上空援護には連絡が取りやすいヴィシー・フランス空軍機があたったのではないのか。
 その後もイタリア領のサルディーニャ島にヴィシー・フランス空軍機が展開し続けている事情もまたよくわからないが、連絡拠点となるシチリア島が陥落したことで本土との連絡線が断たれたイタリア軍に代わって、北方のコルシカ島経由の補給路をもつヴィシー・フランス空軍が防衛任務に転用されたのかもしれなかった。


 敵枢軸軍の事情がどうであれ、規模はそれほど大きくはないが、サルディーニャ島の航空戦力は無視できなかった。
 ただでさえイタリア本土からの枢軸軍による反撃となる空襲を受けているシチリア島に展開する国際連盟軍にとって、サルディーニャ島は横合いを突く側面陣地となっていたからだ。
 つまり、サルディーニャ島に僅かでも敵航空戦力が存在する限り、シチリア島の国際連盟軍は側面への警戒に戦力を分散せざるを得なかったのだ。

 だから、極光装備の航空隊も今度はサルディーニャ島の敵航空戦力を撃滅する作戦に参加するはずだったのだ。
夜間戦闘機月光の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/j1n1.html
四三式夜間戦闘機極光の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/p1y1.html
九六式陸上攻撃機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/96g3.html
九六式陸上攻撃機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/96g3.html
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