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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア海峡航空戦11

 サルディーニャ島に展開するヴィシー・フランス空軍の機載式電探を装備した機体が、高速の双発爆撃機であるということが確認されてから、これを撃破するのに投入されるのが単発単座の昼間戦闘機となることは早々と決定されていた。
 相手が鈍足の四発爆撃機や輸送機などであれば鈍重ながら重武装の双発戦闘機などでも十分なはずだが、双発の高速爆撃機であれば戦闘機並の速度が出てもおかしくはなかった。これに追随して撃墜するには単発の戦闘機を投入するのは一番手早かったのだ。

 だが、もちろんのことながら単発戦闘機であれば何でも良いというわけではなかった。例えば対戦闘機戦闘に割り切って機体の軽量化をはかった軽戦闘機である一式戦闘機などでは兵装が貧弱だから撃墜までに時間がかかってしまうのではないのか。
 それに日英海軍の空母部隊はシチリア島上陸作戦で受けた損害を回復するために再編成を行っているか、占領した航空基地が貧弱で展開する航空戦力が手薄なシチリア島東岸方面での対地攻撃支援を行っていたから、今回のサルディーニャ島への攻勢に投入することは出来なかったようだ。
 元から数の少ない海軍の基地航空隊に所属する戦闘機部隊も多くはシチリア島に投入されているようだった。

 これに加えて、当初から攻勢作戦に投入される予定だった戦闘機分科の飛行戦隊は複雑な多方向からの重爆撃機隊の同時侵入時の直接援護に組み込まれていた結果、簡単に特別任務に抽出できる戦闘機隊が存在していなかったのだ。
 電波源の観測結果やサルディーニャ島に存在する航空基地の規模や数から推測すると、ヴィシー・フランスの電探搭載機の数はそれほど多くは無いはずだった。
 その後の強行偵察でもそれらしき空中線を吊り下げた機体に随伴機は見られなかったから、電探搭載機への攻撃にはそれほど多くの戦闘機は必要無いはずだった。


 最終的に電探搭載機への攻撃に当たることとなったのは、後から作戦に投入されることとなった自由フランス空軍所属のノルマンディー連隊だった。
 一飛行士官でしかない桑原中尉には事情はよくわからなかったが、自由フランス軍は北アフリカ戦線終盤で被った損害を受けた主力の補充や再編成作業などで部隊が身動きできない間に、ヴィシー・フランス軍が駐留するサルディーニャ島を超えて国際連盟軍が自分たちに相談もなしにフランス領であるコルシカ島まで戦線を押し広げることを警戒しているのではないのか。
 そのような政治的な事情でもなければ、北アフリカ戦線での戦闘が一段落して、遅れていた新機材への装備転換中の飛行連隊を強引に抽出することはないだろう。

 実際に北アフリカ戦線に派遣されるまで桑原中尉も知らなかったのだが、ノルマンディー連隊は対独戦敗戦後に英国に亡命してきた兵力をまとめ上げたというその成立経緯から航空戦力の乏しい自由フランス軍のなかで、元々国際連盟軍の支援を受けて古くから編制されていた部隊らしい。
 現在の自由フランス軍航空部隊が、本土周辺を除く植民地軍などから志願した搭乗員と英国製のハリケーンや、日本陸軍の一式戦闘機といった旧式化した戦闘機が中心の装備であるのに対して、ノルマンディー連隊は戦前からのフランス空軍将兵を中心とした精鋭部隊と言っても良い存在だった。

 ノルマンディー連隊の装備は、仏領インドシナ駐留の植民地軍に所属する独立飛行群から整備兵の大半を抽出したせいか、アジア方面からの補給体制が確立していた日本製のものが多かった。
 これまでは一式戦闘機二型を配備されていたらしいが、最近になって三式戦闘機一型乙に装備機種を転換した所だったらしい。


 実はノルマンディー連隊では以前から軽戦闘機である一式戦闘機から三式戦闘機への機種転換が計画されていたのだが、シリア方面での戦闘を終えてからから急遽自由フランス軍が主力となることが決定された北アフリカ戦線へと引きぬかれて最前線での配置が続いていた結果、再戦力化に必要な機種転換訓練の期間などが捻出できずに機種転換計画は延期され続けていたらしい。
 これまでノルマンディー連隊が装備していた戦闘機は、原型機からエンジンを二速式過給器と中間冷却器を追加したものに換装した他、戦訓を受けて細々とした改正を行った一式戦闘機二型だった。

 原型となる一型と比べて一式戦闘機二型では速度性能や最大離陸重量などが向上していたが、元々対戦闘機戦闘に用途を絞って低出力エンジンを搭載した軽単座戦闘機だったから、機動性能はともかく銃兵装は比較的貧弱だった。
 速度と機動性の兼ね合いで翼面は薄く設計された結果、他の戦闘機のように主翼内に機関銃砲を搭載出来なかったから、エンジン上部に搭載された機首の12.7ミリ機関砲2門だけでは防弾装備が充実していた最近の戦闘機でも撃墜機会を失うこともあるのではないのか。
 一応主翼下部には爆弾搭載の代わりに機関砲を外装することも可能だという話だが、おそらくこれは地上攻撃用の追加兵装なのだろう。戦闘機には半ば素人である桑原中尉であっても、機外にそんなものを搭載すれば大きな空気抵抗になることはすぐに分かったからだ。


 機動性の優れた対戦闘機戦闘に特化した軽単座戦闘機である一式戦闘機に対して、三式戦闘機は万能機である重単座戦闘機として開発されていた。
 最近ではその境目は曖昧になってきたとも言うが、大出力の液冷エンジンを搭載した三式戦闘機が一式戦闘機と比べて格段に高速かつ重武装の機体であるのは間違いなかった。

 旋回性能などの機動性こそより軽量の一式戦闘機に譲る部分もあったが、大出力で空気抵抗の少ない水冷エンジンの搭載によって最高速度は格段に速く、また余剰出力の高さから自重に対して最大離陸重量もかなり大きかったから、爆弾等の機外搭載重量も大きかった。
 内装される銃兵装に関しても、12.7ミリ機関砲2門を機首に装備するのが一杯の一式戦闘機に対して、より寸法の大きい三式戦闘機では全武装を分厚い翼内に収めたうえで、12.7ミリと20ミリをそれぞれ2門づつ搭載する重武装だった。

 この重武装と速度差を活かせば重単座戦闘機は軽単座戦闘機の苦手とする対大型機戦闘だけではなく、対戦闘機戦闘もこなせるはずだった。
 つまり、格闘戦に敵戦闘機を引き釣りこむのが軽単座戦闘機の戦い方だとすれば、速度差を活かすとともに、一瞬の射撃機会に多くの重量の射弾を叩き込む縦方向の格闘戦、一撃離脱を得意とするのが重単座戦闘機だったのだ。


 日本陸軍初の重単座戦闘機類別となった三式戦闘機だったが、元々重軽単座戦闘機の類別を定めた兵器研究方針の改定とはかかわりなく、同じ製造業者である川崎航空機が水冷エンジン搭載機である九八式戦闘機の後継機として開発していたキ60がその原型だった。
 本来は三式戦闘機となるキ61の試作機扱いに過ぎなかったキ60だったが、本格的な重単座戦闘機開発の遅れや九八式戦闘機の旧式化などから、水冷エンジンの取り扱いに慣れている九八式戦闘機配備の飛行戦隊などに限定的に配備されていた。

 実は、完全に新規に編制された外国の部隊であるにもかかわらず、シリア方面に展開していたノルマンディー連隊にも少数のキ60が供給されていたらしい。
 九八式戦闘機を配備されていた部隊以外にも、将来の重単座戦闘機部隊への改編を見越して幾つかの練成部隊にもキ60が配備されていたらしいから、日本軍からの三式戦闘機の供与を見越して練習機を兼ねた意味もあったのではないのか。
 それがその後の相次ぐ戦闘の連続で装備転換の機会を逃したまま現在に至ってしまったようだった。
 配備されていたキ60も1個小隊分4機程度だったらしいから、戦闘による損耗がなかったとしても、激戦の中で消耗していったのではないのか。


 皮肉なことにその後に編制された自由フランス軍隷下の航空部隊には、英国製のスピットファイアなどに混じって日本から三式戦闘機を供与された部隊もあったのだが、常に最前線にあったノルマンディー連隊はその対象外となっていたのだ。
 それが北アフリカ戦線が一段落したものだから急遽機種転換が実施される事になったらしいのだが、そのような状況では以前に配備されていたキ60に搭乗した経験のあるノルマンディー連隊の搭乗員の数はかなり限られるのではないのか。

 また、供給される三式戦闘機にしても、北アフリカ戦線が集結するまでの間に一型甲から一型乙への主力が切り替わっていた。
 三式戦闘機一型甲では開発当時の最新エンジンだったマーリン45をライセンス生産されたものが搭載されていたが、一型乙ではこれが英国空軍で現行機種であるスピットファイアMk.IXと同じ高々度性能に優れたマーリン66に換装されていた。

 2段2速過給器を装備したマーリン66を搭載したおかげで、やはりスピットファイアMK.IXと同じように機首の延長などいくらかの改良点を施された三式戦闘機一型乙だったが、開発中という噂のグリフォンエンジンを搭載する三式戦闘機二型とは異なり、一型乙は完全に一型甲の後継として開発されていた。
 それどころか正式な書類上では一型甲と乙には違いはなく単に生産時期の違いでしかないらしい。


 だから、今回ノルマンディー連隊が機種転換したのは、機体構造の変更を除いても、原型機であるキ60が搭載していたマーリン12に対して5割程度は出力が高いマーリン66を搭載した三式戦闘機一型乙だったのだ。
 ここまでエンジン出力に違いがあるのだから、キ60と三式戦闘機一型乙では艤装方針を同一とするものの事実上は別の機体と考えたほうがより正確だったのではないのか。
 おそらく、以前にキ60に搭乗していたものであってもその特性の違いを感覚として掴み取るまでには機種転換訓練には長期間の練成期間が必要だったはずだった。


 本来であれば、北アフリカ戦線は一段落し、シチリア島上陸作戦の実施からそれほど日も経っておらずに国際連盟軍の戦線が大きく動く気配もない状況だったから、自由フランス軍は将来におけるイタリア本土での戦闘を見越した地上部隊の再編成や航空部隊の装備転換を余裕を持って行えるはずだった。
 それが、彼ら自由フランス軍にしてみれば突然とも言えるサルディーニャ島への侵攻作戦の開始によって大きく計算が狂うことになってしまったのだろう。
 陸上戦闘部隊の展開が予定されていないサルディーニャ島への攻勢において、自由フランス軍が急遽参加させることが出来たのは、これまでの戦闘で大きな損害を被って再編成を行っている部隊を除けば、機種転換訓練中のノルマンディー連隊しかなかったからだ。

 自由フランス軍が無理をおしてまで自軍の部隊をサルディーニャ島への侵攻作戦に参加させたのは、政治的な理由があったからだった。
 対独戦の敗北後に英国に亡命してきた将兵を中核に編制された自由フランス軍を率いているのは、シャルル・ド・ゴール将軍だったが、国際連盟軍における彼の政治的な立場は常に危機に晒されたものだった。
 ド・ゴール将軍は国際連盟軍側に残った側のフランスを代表する人物とはいえ、その階級は准将に過ぎず、対独戦降伏時の立場も英国内にて折衝を担当する国防次官というものだった。
 それに、開戦直後は機甲師団を率いる師団長であったとはいえ階級は大佐に過ぎなかったし、准将に昇進した時も50歳前のフランス軍最年少であったから重鎮といえるほどの貫禄はなかった。


 ド・ゴール将軍はヴィシー・フランスの支配下を離れた雑多な旧フランス勢力を自由フランスという単一の組織にまとめ上げた政治的な手腕を持っていたが、その組織の一本化を図る過程はかなり強引なものだった。
 敗戦前後に英国に亡命してきた自派とも言える戦力を背景にした強引な説得も合ったようだし、幾つかの海外植民地を自由フランスのもとに糾合する過程ではかなり後ろ暗い手段をとった場合もあるようだった。

 その最右翼とも言えるものが、国際連盟軍の大戦力、特に英国植民地軍や日本帝国軍を投入したインドシナ植民地の解放だった。これによりヴィシー・フランス政権から解放されたインドシナ植民地は一応の独立を果たしたものの、自由フランスに対して兵力や物資の供給を行う一大後方根拠地となっていたのだ。

 しかし、このインドシナ植民地の独立を伴う解放が本国に残されたフランス国民の国粋主義的な感情を刺激した結果、ヴィシー・フランス政権の枢軸側にたっての参戦を引き起こしたのも事実だった。
 結果的に自由フランスとヴィシー・フランスの対立が先鋭化するとともに、今次大戦の枠組みの中で内戦が勃発した形になっていたのだ。

 そのような背景があるものだから、自由フランス軍は自らの正義と正当性を国際連盟の中で主張するために、積極的にヴィシー・フランス軍と交戦して彼らの植民地を解放しなければならないという強迫観念にとらわれるようになっていたのだろう。


 だが、どのような言い訳をしたところで、政治的な理由で未だ戦列化されていないはずの部隊が強引にサルディーニャ島への侵攻作戦に参加させられたという事実は変わりようがなかった。
 そして、上層部のこのような軍事的に見ればひどく健全ではない判断のツケを払わせられるのは常に現場の将兵に他ならなかった。
 今回貧乏くじを引かされたのは一見すればノルマンディー連隊の隊員たちのように思えるが、実際には戦場で彼らのお守りを命じられた自分たちも相当なものではないのか、桑原中尉はそう考えざるを得なかった。
一式戦闘機二型の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1lf2.html
三式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hf1.html
一式戦闘機一型の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1lf1.html
九八式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/98f.html
キ60の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hfp.html
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