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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦7

 日本海軍が1930年代にわたって軍縮条約のもとで整備していた戦力がはじめて大規模な戦闘に参加したといっても良いマルタ島沖海戦において露見したのは、雷撃や砲撃の命中率と言った表面的なことだけではなかった。
 むしろ最大の問題点は艦隊指揮のまずさにあった。しかも遣欧艦隊の指揮官であった南雲中将や、隷下の各級指揮官の能力に不足があるということではなかった。
 たとえ指揮官の統率能力が高かったとしても、それを十分に活かすことの出来ない組織構造になっていたことや、その為の機材が不足していた方が問題だったのだ。


 マルタ島沖海戦時の日本海軍遣欧艦隊は、実質上艦隊司令長官である南雲中将に権限が異常なほど集中していた。
 元々ユダヤ人移送計画の護衛艦隊として臨時編成されたはずの第一航空艦隊が、日本帝国の正式な参戦後に次々と送り込まれた増援部隊を受け取って肥大化していったのが当時の遣欧艦隊だったからだ。
 だが、増援として送り込まれたのは戦隊単位ばかりで、司令部要員はある程度増員されたものの派遣開始当初から南雲中将の司令部は貧弱なものに過ぎなかった。

 ある意味でそれも当然だった。日本海軍の序列では少将級の将官が任命される戦隊司令官の上は序数を冠した艦隊か、これまでの派遣艦隊のように臨時編成されたものしか無かったからだ。
 そして、制度上もいくら規模が大きくなったといっても南雲中将率いる臨時編成の艦隊司令部の指揮下に第2,3艦隊といった序数艦隊の司令部を中間司令部として配置することは難しかった。南雲中将が仮に先任だったとしても、平時から編制されている序数艦隊司令部を指揮下に置く根拠が無かったからだ。
 それ以上に、指揮下の戦隊全てを遣欧艦隊に派遣したわけでではないのだから、序数艦隊は平時同様に指揮下各隊の訓練や補給計画の立案と遂行といった任務が残されており、一部参謀要員の引き抜きと遣欧艦隊への配属を除けば司令部をまるごと移動するわけには行かなかったのだ。


 これらの事情の結果、南雲中将の司令部は平時編制の序数艦隊をも遥かに超える大兵力を、逆に貧弱な司令部要員で統率しなければならなかったのだ。もっとも司令部要員だけを増員するのは実際には難しかった。
 南雲中将の管理能力が高くて、大勢の司令部要員を統率出来たとしても、旗艦の物理的な収容能力にも限界があったからだ。

 この当時の遣欧艦隊の旗艦は第1航空戦隊旗艦を兼ねる空母天城だった。軍縮条約によって巡洋戦艦から航空母艦へと改造された天城型は、日本海軍の正規空母の原型ともなったと言われ概ね艦隊からの評価も高かったが、航空機運用能力を再優先にして設計された艦橋は小さく、旗艦としての能力は高くはなかった。
 母艦2隻、多くとも4隻程度の航空戦隊程度ならばともかく、収容能力にも通信能力にも劣る空母から膨れ上がった遣欧艦隊の指揮をとるのは難しかったのだ。


 マルタ島沖海戦の指揮権に関する戦訓を受けて、日本海軍は抜本的な制度改革を開始していた。
 手始めとして有事の際に臨時編成される組織ではあるが、艦隊と戦隊の中間結節点となる分艦隊が設けられていた。現在の分艦隊は戦艦分艦隊、巡洋分艦隊、航空分艦隊に加えて揚陸作戦に備えて輸送艦や一部の直衛部隊をまとめた輸送分艦隊が編成されていた。
 それらの部隊は中将か戦隊司令官経験を持つ古手の少将が分艦隊司令官として指揮をとっており、概ね分艦隊の名前の通り戦艦や雷撃戦用の軽快艦艇、航空母艦とその直衛艦で構成されていた。

 要するにマルタ島沖海戦で臨時編成された射撃隊や掃討隊を固定化したものといってよかったが、各分艦隊は戦隊と艦隊の中間程度の人数からなる固有の司令部要員と指揮官を配置していたから、これまでの臨時編成部隊のように先任戦隊司令官が指揮能力を超えた規模の部隊を統率するようなことはなくなっていた。
 それに分艦隊は制度化されたとはいえ、各艦隊や戦隊のように書類上で半永久的に規定される編制ではなく、艦隊司令長官の権限で部隊を配属させた編成だから、戦況に応じて指揮下の各戦隊を異動させるのは難しくなかった。
 例えば、戦艦相手の砲撃戦が予測される場合は戦艦分艦隊の指揮下に巡洋分艦隊や航空分艦隊の一部を配置することもあるし、逆に距離を置いての航空戦の場合は戦艦分艦隊と巡洋分艦隊を護衛艦艇として運用するために航空分艦隊の一元的な指揮下に置くこともあった。


 現在は高級指揮官の数に限りがあるから見送られていたが、将来的には各分艦隊を更に分割することも考慮されていた。
 航空分艦隊はそれぞれ一隻から二隻の空母を中核とする4個航空戦隊を指揮下においていた。だがこれでは一人の指揮官が直率出来る範囲を超えていたと考えられていたのだ。
 最近では空襲時には脆弱な空母を中核においた輪形陣をとることが多かった。しかしこの輪形陣は対空火力と機動力の割合を考慮すると中心の空母は多くとも3から4隻程度が妥当ではないかと考えられていた。
 輪形陣間の距離は回避行動の自由などを考慮して目視圏外まで広がるのが当然だったから、初撃ならばともかく、混乱しがちな航空戦の最中では攻撃隊の出撃時間を統一することすら難しかった。

 つまり日本海軍の大型空母の大半を投入した為に、航空分艦隊の規模ではこれでも一人の指揮官が一元的な管理をするのが大きすぎるのだ。
 おそらく将来的には更に分割されて1個から2個程度の航空戦隊を中核に護衛部隊を編入したものが航空分艦隊と呼称されるようになるのではないのか。陣形の問題だけではなく、これから先戦域が地中海から広がれば複数の海域で同時に艦隊航空戦力を展開しなければならない場合も増えてくるだろうからだ。


 日本海軍ではこのような変則的な編成をとる部隊は少なかったが、英国海軍では各部隊に艦艇を柔軟に臨時編入させる事が多かった。中には英国海軍の部隊に日本海軍などの外国軍の艦艇を編入することすら少なくなかった。
 米海軍でも任務部隊という名前で臨時編成される部隊があったが、このように平時からの編制である戦隊を指揮下に置く上に、更に上位に臨時編成部隊を置くのはさほど例がないのではないのか。


 今回の制度改革で新たに誕生したのは中間結節点となる分艦隊だけではなかった。村松少佐が通信参謀を務める遣欧艦隊司令部が新たに上位司令部として設けられたのだ。
 これまでも遣欧艦隊という呼称は通称として何となく使用されていたが、戦域の名を関した部隊が制度上存在していたわけではなく、南雲中将が指揮する部隊は書類上は第一航空艦隊のまま変わりはなかった。
 つまり曖昧なまま名前だけが先行していた遣欧艦隊が実態を持ったとも言えるのだが、遣欧艦隊の位置づけはそれまでの概念とはやや異なっていた。


 遣欧艦隊の指揮官に任じられたのは大賀大将だった。階級では南雲中将よりも上だったし、参謀長が同階級の栗田中将なのだから、遣欧艦隊の格は第一航空艦隊どころか序数艦隊に匹敵するか、それ以上だとも言えた。

 新たに編成された遣欧艦隊司令部はアレクサンドリアに設けられていた。ただし司令部に新たに固有の施設が準備されていたわけではない。英国の半保護国と言っても良い立場にあったエジプトには英国資本の近代的なホテルが幾つか存在していたが、遣欧艦隊はその一つを借り上げて臨時の司令部を設けていた。
 勿論そのような施設からでは第一航空艦隊に加えて陸上部隊なども多数存在する指揮下の部隊を直接統率することは難しいから、通信などに関してはアレクサンドリア港に停泊する特務艦などを使用していた。

 遣欧艦隊が地上に司令部を置いたのは、司令部要員の数が膨大になってしまったからだ。遣欧艦隊が指揮下に置く部隊は少なくなかった。欧州に派遣された水上戦闘部隊の大半を指揮する第1航空艦隊に加えて本土の第11航空艦隊から分派されていた陸上航空部隊、さらには間接的ながら遣欧第2軍隷下に置かれた海軍第2陸戦師団も遣欧艦隊の指揮下にあった。
 それに遣欧艦隊指揮下の部隊は固定されたものだけではなかった。戦域の名称を与えられた遣欧艦隊は、原則的に担当区域内の海軍全部隊を指揮することとなっていたからだ。

 つまり、連合艦隊隷下ではなく戦時になって増強されている海上護衛総隊指揮下の船団護衛部隊なども、遣欧艦隊の担当海域内ではその指揮に服することになっていたのだ。
 通常護送船団は予め定められた船団航行計画に従っているから遣欧艦隊司令部の負担はさほど大きくはないが、それでも船団が航行する付近の航空隊に対する哨戒飛行の手当など作業量は少なくなかった。

 このように遣欧艦隊司令部の負担が大きくなっても指揮下の部隊規模を大きくするのは、日本本土の連合艦隊司令部や軍令部からでは通信一つとっても時間がかかりすぎて戦機を逸してしまうからだ。
 結局は現地司令部の負担が大きくなったとしてもそのほうが効率が良くなるということだが、それだけに遣欧艦隊司令部は指揮官層は勿論、事務手続きなどに必要な庶務要員が膨大な人数になってしまっていた。
 平時の連合艦隊や軍令部の機能の一部を分担しているようなものだからそれも当然だが、必要な人数を考えると艦上に司令部を設けることは出来なかったし、前線での指揮統率ではなく管理部隊としての性質のほうが強いのだからその必要も無かったのだ。


 しかし、アレクサンドリアに設けられた遣欧艦隊司令部と南雲中将率いる第一航空艦隊では事情が異なっていた。遣欧艦隊は隷下の部隊は膨大だが、直接戦闘の指揮をとるわけではないのに対して、第一航空艦隊は遣欧艦隊実働部隊の中核たる機動戦力なのだから、司令部にも機動力が要求されていたのだ。

 各分艦隊に指揮権を移譲したとはいえ、その分艦隊の編成が流動的ということは部隊配置を柔軟にその場で決定しなければならないということだが、そのような微妙な判断は前線近くで生情報を入手していなければ難しいのではないのか。
 例えば防御から攻勢転移に移行する決意には敵味方の正確で迅速な情報が必要だが、これを入手するには事前の準備は勿論だが、前線近くでなければ現在の通信機の性能では不可能に近いだろう。
 いくら通信機や電探によって情報の伝達速度が向上したとはいえ、未だ後方の司令部から前線に展開する部隊を効率よく統率することなど不可能だったのだ。

 だが、第一航空艦隊司令部は実際に前線に立つ各分艦隊に指揮権を移譲したのだから、これまでのように航空母艦や他の戦艦などに司令部を置くわけにはいかなかった。
 それらの戦闘艦は分艦隊や戦隊の旗艦に指定されていたし、最前線に立つ以上は戦闘にも投入されるのだから、水上戦闘部隊に加えて空母部隊や揚陸部隊などの多種に別れる各分艦隊を指揮することは出来ないからだ。

 だからといって指揮能力だけを高めた艦を旗艦に指定するわけにも行かなかった。


 この時期、遣欧艦隊ではシチリア島への上陸作戦のために、これまで海上護衛隊指揮下で護送船団の護衛艦として運用されていた一部の艦を、第一航空艦隊に配属させていた。
 その大半は、上陸部隊の移送を任務とする輸送分艦隊に配属された特設運送艦や護衛の松型駆逐艦だったが、中には去年のマルタ島沖海戦で撃沈された赤城と龍驤の代替として配属された元特設航空母艦である隼鷹と飛鷹の二隻の航空母艦などの有力な艦艇も含まれていた。
 また、特異な構造をもつ特設巡洋艦である興国丸もその中に含まれていた。

 一万トン級の大型貨客船を原型とする興国丸は、建造途中で海軍に徴用されて大規模司令部の収容や電探、通信情報の集約を可能とする指揮所を増設した姿で就役していた。
 新たに設けられた指揮所の機能は大きく、大規模艦隊の統率を行うのに十分だった。

 今年初め頃までは興国丸は性能も不揃いで航行や護衛計画の難しくなる大規模船団とその護衛艦隊の指揮にあたっていたのだが、最近では基本性能が統一された戦時標準規格船や松型駆逐艦といった戦時量産型の艦船ばかりで船団を構成することが多くなったことや、船団構築の経験が蓄積されたことなどから、興国丸のような大掛かりな設備を前提とするほどの指揮機能は必要ではなくなっていた。

 性能が統一され始めてきた護送船団からは過剰な性能として外された興国丸の高い指揮機能であれば、艦種の異なる複数の分艦隊からなる第一航空艦隊の統率も十分にこなせるはずだった。
 しかし、実際には第一航空艦隊の旗艦として特設巡洋艦である興国丸を選択することは出来なかった。

 主力艦たる戦艦をも含む正規軍艦が数多く在籍する分艦隊を、軍艦どころか徴用された特設艦艇でしかない興国丸から指揮することの制度上の問題は置いておくにしても、状況の変化もありうる戦闘において原型が貨客船であるために戦略的な機動力に劣る特設巡洋艦が機動艦隊の指揮をとるのは難しかった。
 今回の戦闘は上陸戦であるために、積極的に敵艦隊を求めて大洋を疾駆するわけではないが、それでも事態が急変して艦隊を大きく動かすことがないとも言い切れなかった。
 艦隊旗艦は実際に最前線で戦うことは想定はしないものの、予想外の事態に際して対応できる機動力は必要不可欠だった。


 結局遣欧艦隊に配属された特設巡洋艦興国丸は、輸送分艦隊の旗艦として運用されていた。輸送分艦隊隷下の艦艇は性能の不揃いな特設艦も多く、さらにさして広いとはいえない上陸岸に多くの輸送艦が集中することから、これの管理には興国丸の高い指揮能力が必要とされたためだった。
 そして、指揮能力に特化したものの機動力に劣る特設巡洋艦興国丸や、最前線で戦闘を行う実戦力として必要な戦艦や航空母艦のいずれも旗艦として不適切とされるなか、第一航空艦隊の旗艦として指定されたのが就役時の姿から指揮能力を向上させた姿で改装を終えた重巡洋艦鳥海だった。
天城型空母の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvamagi.html
隼鷹型空母の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvjyunyou.html
特設巡洋艦興国丸の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/hskkoukokumaru.html
高雄型重巡洋艦鳥海の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cachokai1943.html
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