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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦6

 ひどく長い夜だった。勿論子供ではないのだから、時間の流れが変わるはずがないことは遣欧艦隊通信参謀を務める村松少佐も理解はしていた。
 だがアレクサンドリアから離れた久々の艦上勤務のせいか、あるいは第一航空艦隊の司令部の中でただ一人の遣欧艦隊司令部からの派遣要員ということで孤立しているせいなのか、時間が経つのがひどく遅く感じられていたのだ。


 村松少佐が南雲中将率いる第一航空艦隊司令部と共に乗り込んだのは、少佐が以前通信長として勤務していた重巡洋艦鳥海だった。
 アレクサンドリアの遣欧艦隊司令部ではじめてそれを知った時には何処か懐かしい思いをしたのだが、第一航空艦隊を追うようにして鳥海に乗艦して見るとあまり懐かしさは感じられなかった。
 それも無理は無いのかも知れなかった。村松少佐が鳥海で勤務していたのは、ほんの一年前のマルタ島沖海戦までだったが、同海戦で上部構造などに損傷を負った鳥海はこれまでに大改装を行っていたからだ。
 船体構造そのものにはさほどの損傷がなかったことから、改装工事は日本本土に戻ること無くイギリスがインドのコルカタに建造したドックで行ったらしい。

 しかもマルタ島沖海戦直後は鳥海よりも損傷の大きかった艦が前線から一斉に引き上げられたものだから、一応は主砲や機関には損傷が少なかったことから本格的な改装工事に入る前には、応急修理だけで陸上部隊支援の艦砲射撃に限定して運用されている時期もあったようだ。
 ドイツ軍がアレクサンドリア近郊にまで迫ったエル・アラメインの戦いでは、魚雷発射管や艦橋設備の一部が使用不可能な状態ながらも、実際に戦艦比叡と共に緊急出動して艦砲射撃で現地陸軍の支援をも行っていた。

 その小規模、大規模な相次ぐ改装工事期間の間に、村松少佐が乗り込んでいた頃の乗員は殆ど転出してしまっていたらしく、艦内で知り合いと会うことはなかった。
 それに加えて大改装によって増設された区画や、用途を変更された区画も少なくなかったから、鳥海に勤務していた村松少佐は逆に以前の記憶があるものだから困惑する事が多かったのだ。


 改装工事の終わった現在の鳥海は、改装前とは外観どころか用途すら大きく変化していた。あるいは従来の重巡洋艦という準主力級の戦闘艦としての性格を捨てたといっても良かった。
 マルタ島沖海戦で艦橋が被弾した際に一部が損傷していた三番砲塔は改装工事で撤去されたものの、20.3センチ連装砲塔は四基が残されていたから計八門の正8インチ砲は巡洋艦級の戦闘艦としてはそれ程弱体というわけではないはずだった。
 英国海軍では長期間の哨戒任務のために航続距離や居住性を重視して主砲を連装砲塔三基6門に抑えた重巡洋艦もあったのだから、改装工事で長10センチ砲に換装された高角砲も加えれば少なくとも砲兵装では一線級の戦力があるといってもよかった。

 ただし、現在の鳥海が水雷戦隊を支援するために先頭を切って敵艦隊に突撃することは考えられなかった。対艦兵装の切り札といっても良い魚雷発射管が四基全て撤去されていたからだ。
 元々魚雷発射管はマルタ島沖海戦時の被弾で損害を受けて、すでに発射管開口部をアレクサンドリアでの応急工事で塞いでいたのだが、結局コルカタで行われた大改装でも雷装の復旧は行われなかった。


 巡洋艦級の戦闘艦に雷装を求めないのは主に米国海軍の重巡洋艦に共通した特徴だった。

 日本海軍の重巡洋艦や一部の大型軽巡洋艦は、突き詰めて言えば敵主力艦隊に対して襲撃を敢行する水雷戦隊を援護するための艦艇だった。軍縮条約の艦艇保有数制限によって仮想敵である米海軍に対して主力艦で劣勢にある日本海軍は、これを補うために太平洋に点在する島嶼に展開する長距離攻撃機や航洋力を重視して主力艦隊に随伴可能な駆逐艦などの雷撃戦力の整備に努めていた。

 だが、軍縮条約の保有量制限は巡洋艦や駆逐艦でも同様だから、そのままでは米海軍も主力艦隊の護衛に軽快艦艇を随伴してくるはずだった。
 日本海軍の大型巡洋艦は、これらの敵軽快艦艇の防衛網に自らの火力、あるいは雷撃でもって突破口を開口してそこから水雷戦隊を突入させるとともに、いざとなれば自らも敵主力に対して突撃を刊行することを目的としていた。
 そして、しばしば防護力の貧弱な水雷戦隊の襲撃は闇夜を防御に利用して夜襲の形で行われることになる。自然と夜間戦闘では照準や索敵の困難さから戦闘距離が昼間と比べて短くなることが予想されていた。
 日本海軍の巡洋艦が船体のそれに対して砲塔の防御が弱体なのもそれが理由だった。つまりどのみち夜戦では砲塔の防御を多少厚くしたところで巡洋艦に施せる程度の装甲では貫通される可能性の高い近距離砲戦となるのだから、それよりもは速力の維持や残存性に影響を与える船体の防御に回したほうが有利と判断したためだ。


 これに対して欧州での緊迫した政治状況を反映して最近では戦闘能力を追求した艦艇が優先されてはいたが、伝統的に英国の巡洋艦は世界各地に散らばる植民地や王室属領などを防衛するために航続距離や長期間の単独哨戒任務を行うための良好な居住性を追求していた。

 航続距離を求めたという点では米国海軍の重巡洋艦も英国海軍のそれと似ていなくもなかったが、その目的は大きく異なっていた。英国とは異なり、米国が本土周辺以外に防衛しなければならない海外領土は少なかった。
 実質上植民地といえるのは極東のフィリピンしか無いといっても良かった。他にもカリブ海や太平洋に幾つかの島嶼を保有していたが、生産能力は低いから純粋な利益というよりもは、グアムやミッドウェーのように艦隊の泊地や航路の中継拠点としての性格のほうが強かった。

 米海軍が重巡洋艦の航続距離を重視したのは、平時における哨戒、警備能力ではなく、戦時における偵察能力を追求した結果だった。主力艦隊前方に進出したうえで、搭載した水上機と合わせて広範囲の偵察を実施するのだ。
 日本海軍と異なり主力艦の数に不足を感じていないのだから、巡洋艦に過剰な戦力を期待すること無く主力艦の補佐に専念しているのだろう。

 主目的が偵察なのだから、対大型艦戦闘を行うための雷装は必要ないし、それよりも独力で敵偵察艦を撃退できる程度の砲力の方が重要だった。米海軍では、仮想敵を偵察行動中に遭遇する巡洋艦と想定した場合は雷装はむしろ被弾時の損害を招きかねないと考えて廃止されていたのではないのか。
 しかも日本海軍と違って夜戦を前提とはしていないから、軽快艦艇に対する戦闘でも長距離砲戦を想定して自艦の砲撃力であればある程度耐久出来る砲塔装甲をも有している。

 重巡洋艦ではないが、米海軍では軽巡洋艦の備砲である15.2センチ砲と艦上機を運用できる広大な飛行甲板を併せ持ったアーカム級航空巡洋艦を実用化していた。
 これも就役当時は軽巡洋艦としても軽空母としても中途半端な性能から各国で運用目的などが噂されたが、米海軍としては世界最大の大型潜水艦であるバラクーダ級巡洋潜水艦などと同じように艦隊の前衛となる偵察艦として考えていたのだろう。
 耐候性や航続距離といった使い勝手という点では従来の巡洋艦級艦艇が搭載する水上機よりも、陸上機と変わらない形態を持つ艦上機の方が優れていたから、哨戒範囲も増大するはずだった。


 ある意味において滅多に起こらない主力艦隊同士の決戦以外に使い道のない戦艦よりも、使い勝手の良い巡洋艦の方に各国の独自性が色濃く反映されたと言えるだろう。
 ただし、鳥海の大改装工事はこれまでの日本海軍の重巡洋艦級艦艇の整備方針に従ったものではなかった。というよりもこの時期の日本海軍は重巡洋艦を含む軽快艦艇の整備方針を見直している最中だった。
 あるいは、昨年度のマルタ島沖海戦において得られた戦訓を消化しきれていないとも言えた。


 マルタ島沖海戦で明らかとなったのは、電探関係技術の急速な発展が夜戦においても長距離砲戦を可能としたこと、そしてこれまで日本海軍が期待していた大威力長射程の酸素魚雷を使用した水雷戦隊による雷撃が実際には非効率ではないのかということだった。

 この戦闘に参加した戦艦は両軍合わせて20隻近くに達したが、そのいずれもが技術の差はあれども実用化された電探を装備していた。また島嶼部などの電探の使用に影響のある地形が付近にないものだから、両軍ともにある程度の着弾修正を実施することが出来た。
 実際には電探だけで照準を補正するのは難しかったが、国際連盟軍は戦闘の開始直後は英国空軍から派遣された大型探照灯を搭載した特殊戦機を用いて敵艦隊を一方的に照射して電探と目視による照準を行っていたし、枢軸軍、特にイタリア海軍は電探技術に自身がなかったのか、より積極的に主砲弾の幾らかに照明弾を使用していた。
 いずれの方法にせよ、目視を併用ししつつも電探を用いた夜間照準は少なくとも戦艦級の大型艦では不可能ではなくなっていたのだ。


 電探を用いたのは当然ながら射撃管制だけではなかった。むしろ目視圏外で敵艦を察知する捜索機能のほうが高い精度を必要としない分だけ技術的には容易だし、探知距離も大きかった。
 海戦前から地中海に展開していた一部の独伊海軍の大型艦艇に捜索用と思われる電探が装備されていることは確認されていたが、特にマルタ島攻略に備えて用意していたのか、国際連盟軍の事前想定以上に電探を装備した艦の数は多く、またその性能も高かった。
 そして、これが日本海軍に夜間雷撃の実用性に疑問を抱かせる結果を招いたといっても良かった。


 この海戦において英国海軍からの増援と共に主力艦隊を直率していた遣欧艦隊司令長官の南雲中将は、戦艦及びその護衛に当たる一部の重巡洋艦、大型軽巡洋艦を射撃隊、水雷戦隊を中核にこれに火力支援を行う残りの重巡洋艦群を掃討隊として戦闘に参加した艦隊を二分していた。
 常識的には砲力に優れた戦艦を主力として、敵の水雷襲撃に備えるための護衛艦艇としても大型の巡洋艦ばかりを揃えた射撃隊のほうが主隊であり、実際に先任航空戦隊司令官の山口少将に空母部隊の指揮権を一時的に委任したうえで南雲中将が射撃隊を直率していた。

 しかし、実際には射撃隊はむしろ囮とも言える存在だった。戦艦群が派手に砲撃戦を実施することで敵主力を引きつけている間に、強力な雷装を有する掃討隊が闇夜に乗じて密かに雷撃を実施する作戦だったからだ。
 だから純粋な打撃力で見れば掃討隊の方こそ主力といっても過言ではなかったのだ。
 開戦前の日本海軍の試算では、状況にもよるが打撃力の大きい吹雪型以降の艦隊型駆逐艦で編成された一個駆逐隊であれば戦艦一隻を無力化することが可能だとされていた。
 この時の海戦では3個水雷戦隊10個駆逐隊という日本海軍が保有する外洋型駆逐艦の半数程度という強大な雷撃戦力が参加していたから、これに火力支援を加えるそれぞれ四隻からなる2個重巡洋艦戦隊を加味すれば敵主力艦を撃滅するのも不可能ではない、はずだった。


 だが、夜間照準が可能となっていた戦艦群を主力とする射撃隊が、電探技術の格差によって枢軸軍艦隊よりも高い命中精度を武器に概ね優位に戦闘を進めたのに対して、事前の思惑とは異なり掃討隊が実施した雷撃はそれほど多くの主力艦を無力化することは出来なかった。
 敵艦隊の捜索用電探によって遠距離から接近を発見された掃討隊は遠距離から雷撃を行うしかなかった。高速かつ長射程の酸素魚雷である九三式魚雷だからこそそのような遠距離雷撃が可能だったのだが、そのせいで命中率は戦前の訓練時と比べると格段に低下してしまったのだろう。

 本来であれば長距離雷撃の可能な九三式魚雷であっても肉薄するつもりで接近しないと命中はおぼつかなかった。いくら電探で敵位置を正確に把握していたとしても、未来位置を予測して発射する雷撃の命中率はさほど向上しなかった。
 九三式魚雷が従来の空気式魚雷と比べて雷速が向上したとはいっても、音速を超えて飛翔する砲弾と比べると敵艦までの到達時間には雲泥の差があるのだから、電探で着弾点を正確に計測して射撃値を修正させることの出来る電探砲撃と比べると新技術の導入が難しかったのも雷撃の有効性を実質的に低下させていたのかもしれなかった。


 そしてこの鳥海を含む重巡洋艦戦隊は、期待されていた掃討隊主力である水雷戦隊の火力支援を全うすることが出来なかった。
 遠距離から大戦力の掃討隊を発見した枢軸軍は、大規模な巡洋艦戦隊を迎撃に差し向けてきたが、この迎撃戦力との混戦に巻き込まれた重巡洋艦群は得意の雷撃を敢行する機会も失したまま、主隊同様に巡洋艦としては遠距離からの砲撃で次々と打撃力の要であるはずの砲塔を破壊されていったからだ。

 だが、最大の問題は別にあった。この混戦に巻き込まれた重巡洋艦戦隊に掃討隊を率いる司令官も座乗していたからだ。ある意味において水雷戦隊が腰の引けた長距離での雷撃を行ってしまった理由は、この実質的な指揮官不在にあったかもしれなかった。


 マルタ島沖海戦以後、日本海軍は一度は強力に整備を推し進めていた雷撃戦部隊を半ば持て余し気味になっていた。砲撃とは異なり艦艇の水線下を直接破壊できる雷撃が強力な攻撃手段であることに変わりはないのだが、従来のやり方ではその強力な打撃力を活かすことが出来なかった。

 水雷をめぐって日本海軍が混乱している間、もう一つの問題に対する解決策の一つが鳥海の改装内容だった。
 現在の鳥海の兵装はあくまでも自衛のためのものに過ぎなかった。かつて大打撃力をもって水雷戦隊を先導するはずだった重巡洋艦は、通信用の空中線を乱立させて、大人数の司令部要員を収容するために甲板室を拡大させた指揮艦へと変貌していたからだった。
高雄型重巡洋艦鳥海の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cachokai1943.html
アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfarkham.html
バラクーダ級巡洋潜水艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/sfbarracuda.html
ボストン爆撃機(タービンライト仕様)の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97tr.html
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