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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦8

 鳥海が属する高雄型重巡洋艦は、元々夜戦時における指揮統制能力強化のために旗艦設備を設けられた艦だった。それ以前の古鷹型、青葉型に続いた妙高型重巡洋艦とも、高雄型以後に建造された大型軽巡洋艦である最上型とも微妙にその性格が異なっていたのだ。


 軍縮条約の規定による性能上の制限による上限一杯で高雄型重巡洋艦が建造された当時、日本海軍は軍縮条約によって主力艦の保有数で仮想敵である米海軍に対して不利となってしまうために、我が主力艦隊が決戦を挑む前に航空兵力や軽快艦艇によって敵戦力を段階的に削いでいくという漸減邀撃作戦を立案していた。
 その後の軍縮条約の改定によって日本海軍の保有枠が拡大したことによってこの漸減邀撃作戦も見直しがかけられたが、高雄型重巡洋艦建造当時は日本海軍の戦備そのものがこの作戦を前提として整備されようとしていた時代だった。

 漸減邀撃作戦において主力艦以外に重点的に整備が図られたのは、条約の対象外となる航空兵力と雷撃を実施する外洋型駆逐艦などの軽快艦艇だった。これらの補助戦力で波状攻撃を実施して敵主力艦隊を弱体化させてから主力艦隊で決戦を挑むのが漸減邀撃作戦の骨子だった。
 この内、外洋型駆逐艦による雷撃は敵艦による迎撃を困難なものとするために夜襲が多用されることになった。しかも複数の駆逐隊を旗艦である軽巡洋艦が指揮する水雷戦隊に加えて、これを砲撃によって支援すると共に自らも突撃を敢行する巡洋艦戦隊などからなる夜襲戦力は次第に大規模になりつつあった。
 視界が効かないために混乱しがちな夜間戦闘において、増大する自軍戦力を統率する指揮艦が求められたのはこういった背景があったからだ。


 当時の構想では、この夜襲戦力の中には重巡洋艦よりも有力な金剛型戦艦も含まれていたのだが、これを夜襲部隊の指揮艦に指定することは出来なかった。
 元々、同等の砲力を有する戦艦に比して高速ではあるが弱装甲の巡洋戦艦として建造された金剛型は、大改装によって防御が格段に強化されて戦艦に類別されていた。
 その後のさらなる改装によって主機関を増強して速力を回復させたが、それでも巡洋戦艦に再類別されることはなく、非公式には高速戦艦と呼称されていた。

 日本海軍の高速戦艦という呼称は、正式な艦種を示すものではなかった。また、単に文字通り速力の高い戦艦という意味合いとも微妙に異なっていた。勿論防御を犠牲としたかつての巡洋戦艦でもない。
 この場合の高速戦艦とは、戦艦本来の主任務である艦隊決戦だけではなく、夜襲部隊に対する火力支援や、後には敵を求めて高速で海上を疾駆する航空母艦への随伴までも多用途にこなす万能の戦艦を示していた。


 要するにビックセブンとして世界の七大戦艦に数えられた長門型の様に単純に戦艦として運用される主力艦よりも、一段下となる喪失しても惜しくない2線級の艦艇として見られているということでもあったのだが、上級司令部にしてみれば他用途に使用できる使い勝手の良い艦ということになるし、仮想敵である米海軍にしてみれば巡洋艦同士の戦闘と考えていた場末の戦場にも出現しうる厄介な相手ということにもなる。
 つまり高速戦艦の優速は単に戦術上の優位ではなく、軽快艦艇や航空母艦といった高速艦に随伴しうるだけの戦略的な機動性を有しているという点にあった。

 日本海軍の上層部が高速戦艦をどう捉えていたのかは、改訂軍縮条約による保有枠の増大を利用して建造された磐城型戦艦が高速戦艦として運用された一例から伺えるのではないのか。
 磐城型は確かに砲力においては前級である長門型に劣る部分もあったのだが、使い勝手という点では優っていた。何よりもマルタ島沖海戦において金剛型4隻とともに実質上の主力部隊として運用された実績は、高速戦艦が2線級の戦艦というこれまでの見方を一変させるものだと言えた。


 しかし、高速戦艦である金剛型戦艦や事実上その後継となる磐城型戦艦などを夜襲部隊の旗艦として指定できない理由は、その高速戦艦としての性質そのものだった。

 漸減邀撃作戦において高速戦艦が夜襲に参加したとしてもそれはあくまでも戦隊単位で一時的に配属されたに過ぎない。連合艦隊司令部等の上級司令部からすれば使い勝手の良い戦力である高速戦艦は、作戦が終了すれば配属先から次の作戦を行う別の部隊に移動すると考えるべきだった。
 敵主力の数を十分に減衰できていなければ昼間の航空雷撃に引き続き夜襲が行われるだろうし、彼我の主力艦に戦力差がなくなれば高速戦艦も戦艦群に合流して艦隊決戦が実施されることになるだろう。
 いくら性能が高かったとしても、そのように上級司令部の都合で指揮下から取り上げられる可能性の高い高速戦艦を旗艦とすることが出来無いのも当然のことだった。配属先が変わるたびに旗艦を変更することなど容易には出来ないからだ。


 結局は夜襲部隊の旗艦は、巡洋艦戦隊、水雷戦隊からなる夜襲部隊自らの中に置くしか無かったのだ。そして、肥大化し始めていた夜襲部隊の旗艦としてこれまでの同種艦よりも指揮機能の高められた重巡洋艦として建造されたのが高雄型重巡洋艦だったのだ。

 高雄型重巡洋艦は、建造当初から夜襲部隊として軽快艦艇を集約した連合艦隊第2艦隊の旗艦とするために司令部施設を盛り込んだ結果、巨大な艦橋構造物をもつ異様な姿で就役していた。
 同時期に建造された日本海軍の巡洋艦が、居住性を犠牲にしてまで兵装を搭載した事に伴い、上部構造物さえ最小限に抑えこまれたために見せる研ぎ澄まされた白刃のような鋭さは高雄型にはなかった。
 また巨大な艦橋構造物のために重心が高く復元性が低いといった性能上の問題もあったが、司令部施設を含めた居住性は高く、艦隊からの評価は高かった。


 旗艦設備を有した高雄型重巡洋艦は、就役直後から第2艦隊と第4戦隊の旗艦を兼任していた。第2艦隊は日露戦争の頃から存続する歴史の長い部隊だった。
 設立当初から、戦艦を中心として編成した重装備だが鈍足の第1艦隊を、弱装甲だが高速の第2艦隊が補佐するという基本戦術は変わっていなかった。第1艦隊の主力艦は戦艦で変わりはないが、第2艦隊は装甲巡洋艦から巡洋戦艦、そして水雷戦隊と巡洋艦というようにその主力を時代とともに切り替えていた。
 それでも部隊としての性格に変化は無かったとも言えた。


 そして第2艦隊の中でも第4戦隊は基幹戦力の一つだった。時代ごとに構成艦は変化していたが、以前は金剛型巡洋戦艦で編制されていたように常に最新鋭の高速戦闘艦が配属された部隊だった。
 軍縮条約の改訂を受けて行われた連合艦隊の大規模な編成替えによって第2艦隊が航空母艦を中心とした部隊となった後も、高雄型重巡洋艦の位置づけは変化していなかった。
 巡洋艦と水雷戦隊を集約した第3艦隊、その中でも重巡洋艦で編制された第7戦隊は高雄型重巡洋艦で占められており、第3艦隊旗艦の座も同様だった。

 高雄型重巡洋艦の就役後、最上型大型軽巡洋艦や、最上型の艦体設計を一部流用した伊吹型重巡洋艦が相次いで就役していたが、第3艦隊旗艦は新鋭艦の就役後も高雄型重巡洋艦のままだった。
 新鋭艦の戦闘能力、残存性よりも高雄型の充実した旗艦設備の方が艦隊旗艦としては評価されていたからだった。


 マルタ島沖海戦では高雄型重巡洋艦4隻が揃って戦隊を構成しており、掃討隊の旗艦も兼ねていた。同海戦では高雄、愛宕の2隻が喪失、残存は鳥海と摩耶の2隻となってしまった。
 同海戦での損害がより大きかった摩耶は戦列を離れて復旧工事を行った後、残存した重巡洋艦と水雷戦隊で再編成された巡洋分艦隊の旗艦に指定されていた。

 鳥海の方は魚雷発射管の喪失などがあったものの砲撃能力に支障がなかったことから、マルタ島沖海戦後も沈没艦や損傷艦の戦線離脱によって戦力の低下した遣欧艦隊に残留し続けていたが、損傷艦の戦列復帰を受けて昨年末からインド帝国のコルカタに設けられた英国資本の造船所で損害復旧工事を受けていた。


 だが、鳥海が受けたその工事の内容は損害復旧だけではなかった。
 同型艦の摩耶は、マルタ島沖海戦での損害で低下していた遣欧艦隊の戦力を回復させるべく、早急に損害復旧工事を行うにあたって、設計変更による行程遅れを防ぐために可能な限り旧状態で復旧させたのに対して、鳥海が改装工事に入る頃には大きく事情が変化していたからだ。
 遣欧艦隊の戦力は損傷艦の復帰や、新造艦の編入によって大きく回復していたから、重巡洋艦一隻を慌てて復帰させる必要性は薄れていたし、重巡洋艦級の大型戦闘艦に雷撃能力が本当に必要なのかその点から議論が巻き起こっていた。


 鳥海の改装工事内容の変更は、日本海軍全体の水雷に対する混乱の隙を突くようにして決行されたものといっても良かった。あるいは現在が日本海軍の戦力整備そのものが無条約時代に対応したものへと変化する過渡期であったのかもしれない。

 いずれにせよ、第1航空艦隊の新たな旗艦へと改装するには鳥海は艦体規模や基本性能、それに改装工事の開始時期も最適だった。

 それに司令部機能を強化するといっても大部分は指揮所や司令部要員を収容するための居住区の増設となるから、増設される通信機や指揮統制支援のための電子装備を除けば工事内容は大半が隔壁の追加、それも水密性のさほど要求されない上部構造物となるから、摩耶などで行われた魚雷発射管や砲塔の修復、増設などと比べると、さほど工事の難易度が高くはないことも、改装工事内容の早期承認に役立っていたはずだ。


 実はこの時期になって日本本土まで回航されることなく、英国資本のインド領内などの空いていた船渠で修復工事が行われた艦艇で発生した不具合が問題となっていた。
 鳥海が改装工事を行ったコルカタで修理を行った艦艇でも、砲塔や魚雷発射管の取り付け精度が悪く、前線部隊に復帰後直ちにアレクサンドリアに停泊中の工作艦、特設工作艦のもとに送られたり、浮きドックで再整備を行う艦もあった。

 コルカタの造船所などでは英国資本とはいえ、技師陣はともかく実際に作業に従事するのは現地で雇用された非熟練工が多かったから工作精度は本土の工廠と比べると悪かった。

 ただし、不具合の原因は必ずしも造船所の技術力だけにあるわけではなかった。不具合を起こした艦艇の多くは、軍縮条約期に日本海軍が対米戦を念頭に戦闘力を再優先に建造した艦が多かった。
 その一方で戦時量産が開始された松型駆逐艦や鵜来型海防艦などではそのような不具合が発生している件数は少なかった。

 つまり条約期の建造艦は、性能を再優先に設計されたものだからそれだけ余裕のない、言い換えれば本土の海軍工廠のような高い技術力を持つ施設でなければ整備すら難しい構造になっていたのだ。
 何日か改装工事で鳥海に増設された区画で寝起きしていた村松少佐の見る限りでは、コルカタの工員の練度はそれほど悪くはないように思えた。本土の工廠と比べるのは難しいが、ここ数年で急速に広まった感のある電気溶接にも十分に対応しているようだった。


 ―――もしかするとこの戦争が終わった時に最も大きな変化を起こしているのは、戦場となった欧州ではなくてアジア圏なのかもしれない。
 シチリア島に接近して艦砲射撃をこなっている戦艦群から聞こえてくる砲声を聞きながら、村松少佐は艦橋から鳥海を追い抜かすようにして海岸に向かっていく特型輸送艦を眺めながらそう考えていた。


 英国資本で建設されたコルカタの造船所は、すでに戦艦級の大型艦艇の造修能力を保有していた。当初はさほど大きな造船所ではなかったらしいが、今次大戦の開戦に前後して、戦雲急を告げる様子にアジア圏の英国海軍の拠点の一つとして集中的に整備が行われた結果、急成長を遂げたらしい。
 造船所の中核技術者となっているのは英国人だったが、規模の拡大によって単純労働者だけではなく、造船所に併設された技術学校で教育を受けた現地人の技術者も大量に採用されていた。

 インドが存在感を示しているのは造修や補給物資の提供といった後方支援だけではなかった。前大戦と同じく、今次大戦においてもインドはかなりの兵員を供給していた。
 シチリアに上陸する部隊の中にも1個インド師団が含まれていたし、自由フランス軍の後詰めとして北アフリカに残されたスリム中将率いる第9軍はほとんどがインド師団で編成されていた。


 それに自由フランスが兵員の供給などの国際連盟側にたっての協力と引き換えにインドシナ植民地の独立を承認したことをうけて、英領マレーやインドでも独立派が勢力を増していた。
 おそらく日本帝国などの後押しを受けてアジア圏の植民地は戦後大部分が経済的にはともかく、政治的には独立を果たすのではないのか。

 すでに植民地の現地人知識人階層には民族自決の権利が知識として広まっていた。そのような状態の植民地を本国から一極支配することは難しくなっているのではないのか。
 それにかつて植民地を競って手に入れようとしていた時期とは欧州の宗主国の状況も著しく変化している。シンガポールや香港などの戦略上の要地を除けば、収支が赤字の植民地はむしろ本国から切り離されるのではないのだろうか。


 上陸作戦が順調に進んでいるのを目にしたせいなのか、村松少佐はそんなことを考えていた。

 鳥海を追い抜かしていく特型輸送艦は、二等輸送艦の成功を受けてそれを大型化した輸送艦で、原型となった二等輸送艦と同様に船首に設けた扉から戦車などの大型車両を含む上陸部隊を直接海岸に揚陸させることが出来た。
 しかし、二等輸送艦に比べて大型の特型輸送艦は戦車であれば1個中隊を一気に揚陸させることができるが、それだけに図体が大きく小回りがきかないと判断されたことから、上陸第一波ではなく海岸堡を確保したうえでの第二波以降の増援部隊用とされていた。
 それがほぼ時間通りに海岸に向かっているのだから、上陸作戦は予定通り進んでいると考えるべきだった。

 おそらく事前の情報通りに海岸線付近には二線級の装備の上に戦意の低いイタリア沿岸警備師団が展開しているだけだったのだろう。
 それに今朝早くシチリア島南岸付近に降下した日本陸軍機動連隊や英第77特殊旅団などの各国軍の挺身部隊が行った遊撃戦による陽動作戦も無視できない影響を与えたはずだ。
 いずれにせよ二等輸送艦で構成された上陸第一波は無事に海岸堡を確保し、戦果拡張用の重武装部隊を積んだ特号輸送艦が上陸地点まで進んでいるのは確かだった。


 上陸前に追加で乗艦させた歩兵を移乗させるために大発動艇の搭載数を増載した特型輸送艦は、物資や人員を満載した艦体を重そうにしながらも鳥海を追い抜かして視界から消えようとしていた。もちろんその頃には次の同型艦が途切れることなく視界にはいろうとしていた。

 艦橋の隅の方に突っ立っていた村松少佐の耳に騒ぎが聞こえてきたのはそんな時だった。何か通信がはいったのか、艦橋にいた何人かの第一航空艦隊の司令部要員が怪訝そうな顔で通信用紙を覗き込んでいた。
「フランス艦隊が、こちらに向かっているだと……」
 つぶやくにしては大きすぎる声に、村松少佐は思わず眉をしかめていた。なにか大事件が起ころうとしている。そんな予感がしていた。
高雄型重巡洋艦鳥海の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cachokai1943.html
磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html
伊吹型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/caibuki.html
特1号型輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lsttoku1.html
二等輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji.html
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