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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942ベイルート航空戦8

 プレー軍曹の至近距離に姿を表したのは、やはり水冷エンジンを機首に備えた単発単葉引き込み脚の近代的な姿を持つ戦闘機だった。

 全体的には、最初に受けた印象通りにスピットファイアによく似た配置だったが、水冷エンジンに必要不可欠な冷却液用らしきラジエーターはスピットファイアやメッサーシュミットBf-109がそうしているような両主翼下面ではなく、ドヴォアチヌD.520と同じく胴体下面に設けられていた。
 ただし、D.520が両主翼の間に、空気抵抗を削減するために計算され尽くした小型で薄いラジエーターを装備しているのに対して、敵戦闘機のラジエーターは寸法も大きく、一見無造作に取り付けられているような様子だった。
 だが、出力増強装置を作動させた上に降下による加速まで併せた高速度で飛行していたD.520に、この敵戦闘機は十分に追いついていた。それに、見る限りではこの敵機が黒煙の噴出や異常な振動などの形で現れる出力増強装置の類を作動させた形跡はなかった。
 つまり、この敵戦闘機は純粋な機体性能のみで改造されたドヴォアチヌD.520に追随出来るだけの能力を有しているということになる。だが、機体の規模は大して変わらないようだし、空気抵抗という意味ではD.520の方が優位にあるのではないのか。

 ドヴォアチヌD.520のコクピットは、エアレーサー機の一部がそうであるようにかなり後退した配置を行なっていた。コクピット先端と主翼後端の前後位置はほぼ同一線上にあった。また、コクピット後端はそのまま垂直尾翼までなだらかな曲線を描いて連続するファストバック方式の形状になっていた。
 このような配置は、コクピットが重心より外れるため旋回時に搭乗員にかかる加速度が増す他に、視界悪化をもたらした。その代わりに水冷エンジンを搭載した尖った機首からコクピットまでは遮るものが何もない流麗な形状をしており、空気抵抗は局限することができた。
 それに対して敵戦闘機のコクピットは胴体中央部の主翼取り付け位置とほぼ同一線に備えられており、スピットファイア同様に天蓋もやや膨らんでいたから突出部の断面積はドヴォアチヌD.520よりもずっと大きいのではないのか。
 さらに機首下面には吸気口か何かの開口部も設けられており、空気抵抗はドヴォアチヌD.520よりもずっと大きいことが予想された。

 だが、やや上部に張り出した上に機体の重心近くにあるコクピットは、戦闘時の視界や機動時に搭乗員に掛かる加速度の面では有利に働くはずだ。しかも、空気抵抗がより大きいにも関わらず、改造されたドヴォアチヌD.520に追いつけるということは、エンジン出力も相当に大きいということではないのか。
 ドヴォアチヌD.520よりもずっと大きな無造作に取り付けられたようにみえるラジエーターも、大出力エンジンを十分に冷却するために用意されたものだとも考えられる。

 長大な敵戦闘機の主翼からは、左右各翼に二門ずつ、計四門の機銃らしき突出部が見えていた。モーターカノンがあるかどうかは分からないが、主翼の機銃装備位置だけ見れば無改造のドヴォアチヌD.520と同一だが、7.5ミリ機銃のような豆鉄砲だとは思えなかった。
 機銃カバーに覆われて細部までは確認できないが、先ほどの銃撃密度や曳光弾の様子からして少なくとも12.7ミリ、あるいは20ミリ程度の口径はあるのではないのか。
 そんな大口径機銃弾を連続して撃ち込まれれば脆弱なD.520の構造などひとたまりもないだろう。
 だが、独伊が戦線に投入している最近の枢軸軍の新鋭機はいずれも防弾装備が充実していると聞いていた。そのような重装甲の機体を確実に撃破するには、この程度の武装はすでに最低限度必要なレベルになっているのかもしれなかった。


 プレー軍曹は、愕然としながら、上昇を続ける敵戦闘機を見つめていた。少なくともこの機体は英国空軍のスピットファイヤと同程度の性能は有している。そのことに気がついてしまったからだ。
 同時に今の愛機ドヴォアチヌD.520では、目の前の敵戦闘機に勝てない。それも確信してしまっていた。
 この改造されたD.520は、第6飛行隊どころか現在のヴィシーフランス空軍が用意できる機体の中では最速かそれに近い機体のはずだった。しかもその高速性能は、兵装や通信機器などの撤去によって速度以外の性能を大きく犠牲にしてようやく得たものに過ぎなかった。
 だが、ヴィシーフランスが敗戦によって航空技術の停滞を強いられていた間にも新型機、改造機の開発整備を進めていた列強各国空軍の技術力はいつの間にかヴィシーフランス空軍の水準を大きく引き離してしまったようだった。

 前欧州大戦では日本帝国の航空技術は貧弱極まりないものだったとプレー軍曹は聞いていた。欧州の戦闘に投入された日本軍が使用したのも、自国産の機体などではなく、フランスが支給したスパッドやニューポール製の機体だったのだ。いわばフランス製の航空機によって日本軍の航空部隊は成り立っていたのだ。
 しかし、残念ながら今では仏日の航空技術の優劣は逆転してしまったようだった。
 そして肝心の速度性能を支えていた出力増強装置の作動時間が過ぎてしまった今、この日本製の戦闘機に対してD.520が取りうる手段はさほど多くはなかった。

 改造されたドヴォアチヌD.520には兵装が機首のモーターカノン1門しか残されていない上に、最低限の弾数しか無い以上は積極的な反撃は難しかった。だから、やはり逃げの一手を打つしか無いのだが、これまでのような読まれやすい安易な直線飛行を続けるのはもう不可能だった。
 出力増強装置が使えない今の改造D.520の速度は無改造機にも劣るものでしか無いはずだ。出力増強装置を使っていた状態でも追いつける敵戦闘機ならば、容易に落ち着いて最適な射撃位置に遷移出来るはずだ。
 だからここから先は直線飛行ではなく敵機の射撃タイミングを読んで、適切な回避行動を連続するしかなかった。もちろん敵機が隙を見せれば反撃することもありうるが、必ずしも撃墜する必要はなかった。
 ここはヴィシーフランス空軍にとっては友軍の勢力圏内なのだから、万が一撃墜されても脱出に成功すれば本隊と合流するのは難しくないが、敵機にとってはそうではない。帰還に十分な燃料を残したまま離脱しなければならないのだから、こちらよりも条件は難しくなっている、はずだ。
 そこをうまく突くことができれば、撃墜はできないまでも敵機を撤退に追い込むことは出来るかもしれなかった。


 プレー軍曹は覚悟を決めて敵機を睨みつけながら、次の機動を読もうとしていた。
 だが次の瞬間に、プレー軍曹は呆けたような顔になっていた。今まで角度が悪くて見えなかった敵戦闘機の国際標識がはっきりと確認できたからだ。
 確認された国際標識は、予想していた日本軍のものとは異なっていた。日本軍の国際標識は、彼らの国旗を単純化した赤丸だったはずだ。しかし、目の前の敵戦闘機に描かれていたのは赤・白・青の三色の同心円、つまりフランス空軍の国際標識を示すラウンデルだった。
 ただし、ラウンデルが描かれていたのは主翼だけだった。本来は主翼の国際標識と同じものであるはずの胴体に描かれているのはラウンデルではなく、白地に鮮やかな青で描かれたロレーヌ十字だった。

 プレー軍曹は、その国際標識を使用する軍が何なのか、すでに説明を受けていた。この敵戦闘機は日本軍機ではなく、裏切り者のシャルル・ド・ゴール准将を首班とする自由フランス軍に所属するものに間違いなかった。
 これまでの戦闘では、この方面に自由フランス軍の存在は確認されていなかったから、新たに日本製の航空機で新編成された部隊が投入されたのではないのか。
 もしかすると、地上で少数派宗派からなる反体制派を組織化して武力闘争に借りだしているのも日英ら国際連盟軍ではなく裏切り者の自由フランス軍であるのかもしれない。
 自由フランス軍がどれだけの規模の組織かは知らないが、組織内を探せばシリア、レバノン地方に駐留経験があって、土地勘のある人間がいてもおかしくはないだろう。


 しかし、プレー軍曹が呆けたような顔になったのは自由フランス軍の国際標識を確認したからだけではなかった。むしろ、自由フランス軍のロレーヌ十字のことなどすぐに忘れてしまいそうだった。
 ロレーヌ十字の隣には、飛行隊か個人のマークがどこか誇らしげに描かれていた。余り目立つマークではなかった。機体色と入り混じって、遠距離からでは見分けがつかないほど地味な色使いだった。
 あるいは低視認性を狙ったのかもしれないが、鮮やかなロレーヌ十字が描かれている以上はそれは考えづらかった。単に元デザインが地味だというだけなのだろう。
 プレー軍曹は、初めて見るにもかかわらず、そのマークのことをよく知っていた。


 目の前の敵戦闘機のマークは、真っ直ぐに伸びた麦穂を描いたものだった。それは、ケルグリコミューンで始めてフランス空軍の青い機体を、麦畑の中から友とともに見た懐かしい記憶に直結していた。
 あの時に、この日の思い出を忘れないために、いつか麦穂を機体に描くのだ。そう二人で麦畑の中で誓ったのをプレー軍曹は今でも覚えていた。
 ―――まさか……クロードがこの機体には乗っているのか
 呆然としながらプレー軍曹はそのマークを見つめていた。

 インドシナ駐留部隊に所属していたクロード・リュノは、国際連盟軍の仏領インドシナへの侵攻時に行方不明となっていた。プレー軍曹は親友の生存を信じていたが、同時に国際連盟軍の捕虜となっているのだろうとも考えていた。
 仏領インドシナには決して少なくない数の部隊が駐留していた。空軍の戦力はさほどのものでもなかったが、陸軍は小型の植民地師団ではあるが2個師団を駐屯させていたし、海軍もサイゴンに極東駐留部隊の司令部を置いていた。
 軍の公式見解ではその膨大な数の仏領インドシナ駐留軍の将兵たちは、国際連盟軍の侵攻に伴う戦闘で戦死するか、捕虜となっているはずだった。噂ではその中の少なくない数の将兵は実際には自由フランス軍に寝返っているとされていたが、プレー軍曹はその噂を信じていなかった。
 さらに言えば、祖国に忠誠を誓い、自由、平等、友愛というフランスの標語を固く信じていたあのクロードだけは決してフランスを裏切るようなことはしないはずだ、そう考えていたのだ。

 しかし、未だ下士官の上に撃墜数もエースの規定に達していないプレー軍曹は機体に個人マークを描くのをためらっていたが、それでもフランス空軍で麦穂などという地味なマークを描いた個人や飛行隊が他に存在していないことは調べあげていた。
 だとすればこの機体を操縦しているのがクロード・リュノである可能性は高いはずなのだが、プレー軍曹の感情はその可能性を強く否定していた。


 プレー軍曹が呆けていたのは、あまり長い時間ではなかったはずだ。だがその間に敵機の状態は一変していた。失速気味に急上昇をしていた敵戦闘機は、頂点に達し始めた時から急速に機位を変えていた。
 無理矢理に機体が振り回されているかのように見えるが、急上昇による減速で旋回半径が狭まっているというだけだった。だが旋回する様子を見る限りでは、敵戦闘機は高速であるだけでなく、機動性も高いようだった。
 ドヴォアチヌD.520は同世代の独空軍機と比べて速度では劣るが、運動性能で優るとされていたが、この敵戦闘機の前ではその運動性能も霞むような気がしていた。
 それがヴィシーフランス空軍の航空技術の停滞のせいなのか、それともこの日本製だろう敵戦闘機が純粋に優れているせいなのかはプレー軍曹には分からなかった。

 ふとプレー軍曹が我に返った時、すでに敵戦闘機は恐ろしく小さな半径で180度近くの旋回を終えていた。その一方で、プレー軍曹のドヴォアチヌD.520はゆるやかな旋回を続けながら、無防備な機体を晒していた。
 そして、旋回を終えた敵戦闘機の機首はぴたりとプレー軍曹のD.520の予想遷移位置に正対していた。敵戦闘機が射撃を再開したのは、それからすぐの事だった。
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