03-18 彼の戦い方
これで納得してもらえるか不安だが彼が他と違う理由が明らかに。
納得できなかった方はこの物語の中では、そういうもの、と思ってください。
『………へえ、なかなかちゃんとやってるな』
おおよそ300メートルほど離れた建物の屋上でソレを眺める黒衣の姿がある。
彼の視線の先では一直線の道を利用して前衛がなだれ込んでくる輝獣を抑え、
反撃しながら数を減らし、後衛のふたりが射撃にてそれらを援護する姿がある。
時折弾かれたり建物を保護する者にも輝獣が向かうこともあるが彼らは彼らで
フォスタからエネルギーを引き出して周辺建物を、その中の人を守っていた。
そして後衛の二人がそういった零れを後ろから射撃とスキルで排除する。
今夜だけの即席チームにしてはそれぞれが良い動きをして撃退していた。
『ランクの方は………』
姉弟を視界に収めたまま一枚の白紙カードで遮るようにかざす。
するとそこに謎の文字が浮かび上がりその一部を除き、読み上げた。
『陽介は筋力B+ 体力B+ 耐久B 敏捷AA+に魔力はAAAだって?
陽子は筋力AA+ 体力B 耐久A+ 敏捷B+ 魔力B+か。
こちらの基準では何の問題もないみたいだな………良かった』
ここの一般的な常識においてエリート一歩手前のランク。
伸び代はまだまだあり十二分に先を目指せる有望な素質。
コレでは精神のランクが判断できないがこれならば標準以上と推察できる。
その事実を確認できて、安堵の声をもらすと共にカードを仕舞う。
『けどなんか昼間見た模擬戦とイメージ違うな。
やっぱり元々対輝獣用の装備なのかな。ガレストの武器は』
強力な武装が使えない制限があると言っていたのも関係しているのだろう。
魔法で風を操って声を拾えばこの距離でも会話内容はほぼリアルタイムで知れた。
街中で重宝されるのは一撃殲滅の破壊力ではなく街の住人や建物を守りつつ、
襲いくる脅威を排除できる者達だ。世界が変わろうとそれは変わらない。
『そしてあれが武器のスキル……道理でみんなして“低い”わけだ。
攻撃動作のほとんどの部分がフォスタ頼りになってる。
短期間で使える兵士を作るには向いてるが一騎当千の猛者は生まれにくい。
まあ、どっちが国や世界に求められるかっていったら前者なんだけどね』
輝獣という明確で話し合いの余地がない脅威が身近に多数いるガレスト。
必要なのは一人の強者ではなく数多くの戦える兵士なのであろう。
その考えは正しいと感じておりスキルのシステムはその理に適っている。
ただそれで衰えた部分を得意とする彼にとって相性が一方的に良過ぎるのだ。
『となると昼間見た模擬戦のあれは本当は野外戦向けの装備で
“扱って”たのは本人だけど“使って”たのはだいたいフォスタなわけか?
道理でやたらと違和感を覚える無茶苦茶ぶりだったわけね』
野外での輝獣戦用の装備を人に向けて、且つ機械が操作してるのだ。
それもすべてではなく使用のタイミングは人間側が請け負っている。
これではうまく歯車が合う訳がない。いくら機械が正しい動きをさせても、
タイミングと体勢次第ではそもそもそれが不可能な場合もあるだろう。
またスキルのモーションデータがどこまで正しいかも疑問である。
『だから鍛練ばっかしてステータス上げてるんだろうな』
無茶な動きでも、下手な動きでも、最大値が伸びれば基本の威力は上がる。
だからステータス評価基準が同じなのにファランディアと見方が違う。
世界文化の差なのだからどっちが優れているということではない。
ファランディア流が合っている彼からするとガレスト流が合わないだけ。
『問題はあっちとこっちの違いを俺が隠し通せるか。
なんだよなぁ。ああぁ……すっごく不安。これっぽっちも……………』
彼らの戦いを見ての考察を一通り終えての不安をこぼしている途中で、
黒衣は急に黙り込むと額を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。
仮面ではっきりしないがどこか渋面のような気配がする。
『…………………………………相変わらず独り言が多いな、俺……』
たっぷりと間をとって大きなため息と共に嘆く。
誰もいない場所で物事を考えているとつい独りで喋っている。
自覚はあり、やったあとすさまじい“痛さ”を覚えてしまうが、
気付けば呟いており誰もいない場だけなので彼しかそれを知らない。
『なんかすっげぇ寂しい奴じゃないか……いや実際寂しかったんだけどさ』
2年に及ぶ旅の中で誰かと行動を共にしていた日数を引いても、
おおよそ1年半ほど一人旅を続けていたために完全に癖になっていた。
一番付き合いの長いヨーコでさえ4、5か月前からの付き合いなのだから。
『話し相手なんてろくにいなかったからな。
うわぁ、振り返るとぶつぶつぶつぶついってる危ない奴じゃねえか。
いや、人前だと絶対しなかったけど……人じゃない奴の前だとよくやったな』
苦笑しながら、飛び込んできたナニカを見る事無く掴む。
ごわごわした毛の塊の感触に何も思わず立ち上がりながらソレを投げ返した。
『悪いけどさ、お前ら俺の独り言に付き合ってくれない?』
闇夜に浮かぶ三十を超える双眸が赤く光りながら初めて彼を認識する。
輝獣に対しても有効だったという実証を終えた黒衣はもう駆けていた。
毛むくじゃらの集団に飛び込んだ彼の拳が数体の輝獣ごと床を砕く。
『……しかし。
これ以上のカルチャーショックはやめてほしいんだけど。
イヌとサルが一緒になって人間を襲おうだなんてさ』
輝獣の群れの中心に立った彼は緊張した様子もなく軽口をたたいた。
彼の周りには体長60センチ程のサルに似た腹に発光体を持つ輝獣の群れ。
本物に比べて大きく裂けた口から覗く牙は長く鋭く、凶暴性の表れか。
赤く輝く瞳は怪しげに輝きながら目の前の標的を鋭く睨んでいるように見えた。
この群れが本当にドッグ型輝獣の群れと協力しようとしたかは定かではないが、
その進行ルートは重なっており遭遇するのはほぼ間違いがなかった。
だからこそ、この地点で彼は待ち構えていたともいえる。
『これぐらいしかやれることないんだ……来いよ』
挑発するかのように呼びかけ、手招き。それを輝獣がどう受け取ったのか。
愚かにも自分たちに突っ込んできた黒衣を優先してか次々と飛びかかった。
小さな口の牙を向け、爪を伸ばして跳躍あるいは疾走しながら襲いくる。
猿を思わせる外見に違わず動きは素早く、個体ごとに好き勝手に動くそれに
協調性や法則性など皆無で全方位からの襲撃は防ぐのも躱すのも困難だ。
普通、ならば。
『……遅い』
呟いて頭を横にずらせば背後から襲ってきた輝獣が通り過ぎていく。
前の群れの中に落ちていくのを見ることなく次に飛びかかってきた輝獣を
右手の裏拳打ちで弾き、次の個体を左手の手刀で叩き落とすと
それを踏みつけながら前に出て4体目を掴むと背後から来る個体に向けて
振り返って見る事もなく投げつけて衝突させるとその場でしゃがむ。
その一瞬前まで彼の頭があった位置に輝獣の集団が跳びかかっていた。
彼らが激突しきる前に黒衣はそのまま屋上に手をつくとそれを軸にして
後続の輝獣達もろともブレイクダンスのような動きで体を回して蹴り払う。
『…………もろすぎだろ、お前ら』
やっているのはただ殴り、叩き、蹴っただけの単純な攻撃。
たったそれだけで輝獣は体を裂かれたわけでもないのに霧散していた。
その一撃や衝撃が彼らの耐えられる限界値を越えていたのだ。
『ん、違う、のか………動きがなんか?』
立ち上がった際に2体の輝獣を踏み潰しながらその違和感に首をひねる。
そこに襲いかかろうとした1体を裏拳で殴り飛ばして、また違和感。
『この感じはなんか嫌な予感が、ってどこに行く気だお前ら!』
視界の隅で何体かの輝獣が当初の目的通り進もうというのか。
黒衣や他の個体を無視して次の建物へと飛び移ろうとしていたのが見えた。
『弾き戻せっ、重力!』
追いかけても全てを止められないと判断した彼の手段は早かった。
命令と属性名の宣言。それにより彼の魔力は魔法となって現象を起こす。
不可視の壁が屋上のふちから跳んだ輝獣の前に出来上がり、衝突した途端。
輝獣たちをまるで“落とす”ように黒衣に向けて弾き飛ばした。
一直線に飛ばされて戻ってきた輝獣に彼は右手の手刀を構える。
『こっちでの試し斬りだ、味わえ!』
瞬間右手に、その先端の爪に魔力を流せば極光に輝く。
打ち返された輝獣にそれをぶつけるように一閃すれば“斬り”裂かれた。
まるで最初からその形だったような美しい切断面を一瞬だけ見せて。
されど霧散する定めゆえ極光の輝きと共に猿型輝獣は闇夜に消えていく。
魔力を流動させるだけで輝き、驚異的な硬度と特殊な力場を作る鉱石。
それによって形作られた爪を持つ彼の右手の手刀は文字通り刃となる。
『さっすがオロル鉱石の爪。こっちでも切れ味抜群!
………ってだけじゃないな。これもなんか、変?』
慣れているはずの攻撃や動作に付きまとう違和感。
ただそれが初めて味わうものでないのが不安を煽る。
無論輝獣たちは彼がそう感じていることなどお構いなしに襲い続けている。
だがどの動きも攻撃も黒衣をかすめることもなく避けられ、反撃で消えていく。
本人は不思議そうに自らの手を見下ろしてろくに周囲など見ていないのに。
『うん、変っていえばこれも変だわ。いつもより明確に感じ取れる』
全方位からバラバラにとびかかる輝獣の群れ。
それを近い順から叩き、弾き、蹴り、避けて、潰す。
淀みも空振りもない動きで輝獣が退治されていく光景は傍から見れば、
まるで最初から決められた動きをしている映画の殺陣にも似ていた。
ただし相手は輝獣で動きは即興である点が大きく違う。
彼はそも輝獣の動きを目で見てなどいない。
モノが動けば周囲の空気も動く。大気の流れ、気流の微細な変化。
奇襲や不意の一撃に対して脆い自分の弱点をカバーするために
彼はそれを無意識に近い領域で感じ取れるように感覚を使っている。
加えて戦いになると分かっているなら風の魔法で事前に補助もしていた。
何が、どこから、どうやって、どの速さで、どの距離から、を
彼の頭は目を瞑ってもレーダーのように正確に把握しているのだ。
ただそれが、以前よりかなり鋭敏になっていた。
いやその感覚以外でも全てが強力になっている。
『試すか───縫い付けろ、重力』
違う命令で同じ魔法を使う。
すると残った輝獣たちが一斉に屋上に伏して倒れる。
否、潰されるように押し付けられていたといった方が正しい。
まるで自らの重みに耐えられず屋上に縫い付けられた彼らは動けない。
それが『ガ・ゴルガ』の正体。重力を操る魔法の本領だった。
『……どっかしくじったわけじゃないよな?
ちゃんと魔力量も術式もきちんとやったぞ、俺』
目的は達して輝獣はどれも身動きとれていないがその声に明るさはない。
ファランディアの魔法は系統ごとの属性名と命令の組み合わせで使われる。
同時に体内で必要な分の魔力をその魔法に応じた術式通りに走らせる必要もある。
まるでフォトンを特殊プログラムでスキルとして用いるかのように。
『なんで捕縛命令でここまですごいことになるんだよ……』
それらをどこも間違っていないのに効力が“強すぎる”。
何体かが押さえつける強さに敗けて、消滅していっている。
嫌な予感に襲われながらも動けない輝獣の体躯に白紙のカードをかざす。
瞬間またもカードには謎の文字が浮かんでいき何かを記してしく。
それは地球のどの言語ともガレストの文字とも違う文字。
『筋力:C 体力:D 耐久:C+ 敏捷:B- 技量:E-、魔力は無いか……』
その謎の文字の羅列をそう読んで余計に頭を抱える黒衣。
目を見張るモノが何もない以上、おかしいのは自分だと明確になった。
これはファランディアにあるステータスをチェックするための道具。
登録した持ち主以外に反応しない特性から安全だろうと彼が持ち込んだ物だ。
『となればやっぱ問題は俺のステータスか。
うわあ、見るの数か月ぶりだけど見たくねえ』
口ではそういうも確かめないことには事実はわからない。
仕方がないと溜息を吐きながらカードを自分に翳して表示させる。
浮かび上がるファランディアの文字を目で追って、途端にその場で崩れ落ちた。
『…………なんでそうなるっ……ただでさえ隠しづらいのに!
余計に隠すのが面倒に……くそっなんで急に上がってるんだぁっ!?』
頭を抱えるようにしてその場に蹲ってしまう。
それほどまでにそのランク上昇は情報秘匿をしたい彼にすれば迷惑千万。
誰にも認識できないのをいいことに大絶叫してしまうのも無理はなかった。
ステータスを記すこのカードに浮かび出た文字を日本語に翻訳すると、
おおよそこのようなことが書かれていた。
-----------------------------------------------------
筋力:D(300)
体力:D(300)
魔力:D(300)
耐久:D(300)
敏捷:D(300)
技量:S+
------------------------------------------------------
これがファランディアにおけるステータス表示の日本語訳。
個人情報は無く精神の代わりに魔力があり“技量”という別の項目がある。
そしてそれ以外の項目の後ろに数字が表示されているのがあちらの普通。
この技量の概念が無いことが彼の力量をこの世界でややこしくしていた。
技量とはその個人の技・知識・経験・器用さなどの総合値をランクで示し、
これが高ければ高いほど己のステータスの性能を十全に使えるようになる。
ファランディア流の鍛練においてはこれを上げる事を念頭に行われるほど重要で、
項目後ろの数字はその割合を意味していた。
仮にDの筋力の最大値を100。
Aの筋力の最大値を1000と仮定しよう。
技量S+の者は300%“まで”の力を自在に操ることが可能になる。
だが技量Dの者ではせいぜいが10%前後が限界になってしまう。
つまり前者の筋力がDで後者がAだったとしても三倍近い差が生まれている。
さらに技量値が低いとその使い方が拙いために余計に力は無駄に拡散され、
実際に筋力を行使したさいは1000の10%どころかその半分以下になる。
そして彼が折を見てカードで確認した限り学園の生徒は高くともE+まで。
初心者にしてはそれなりの戦いをみせた千羽姉弟が率いるチームは全員Eランク。
それで引き出せる力は本来の最大値の1~3%が限界であった。
だからこそあちらでは最も重要視されるステータス項目であり、
そしてこちらでは今の世界のルールを崩壊させかねない情報だった。
なにせランクの高さが絶対的な評価基準の一つとなっているのは
技量ランクを誰も知らず、またそれが世界的に大差がないからだ。
ランクが低い事で辛酸を嘗めている者には救いとなるかもしれない話だが、
それはそれ以上の数の人間と社会を混乱させてしまう可能性がある話だった。
ガレストという異世界にとっては長年信じてきた当たり前の常識であり、
そして地球側がこの8年でやっと飲み込めるようになったその知識を
いってしまえば間違いだと指摘にするに等しい情報なのだから。
彼にとっては混乱程度ならまだマシでありそれ以上の最悪のシナリオもある。
今の考えの下で否定された者達の暴動や高い地位にいる者の権威の失墜。
それに伴う治安の変化や法整備の遅れや待遇への不満はさらなる暴動を生みかねない。
勿論そんなことは起こらないかもしれないが一度起これば連鎖していく。
ファランディアならともかくこの世界の彼にそれを止める手立てはまだない。
それを避けるためというのが何とか力を隠そうとしている理由の一つであり、
現在進行形でランクが上昇したのに激しく落ち込んでいる理由だった。
『ああ、もう……いったいなんで急に?』
俯いたまま嘆く黒衣。
こちらに戻る前はまだSであったのだ。
それはあちらで充分に神話級のランクなためそれで打ち止めとも思っていた。
本来技量の上昇は様々な経験や技術を積み重ねたうえで身に付いた場合に起こる。
戦い続けていてもスキルや武装の力で戦うガレスト流では滅多に上がらない。
また一朝一夕で上がる項目ではないのだが現在の技量ランクが高いと話は別。
『まさか………学園に来たから?』
そこまで考えてようやく、その可能性に気付いて愕然とする。
『別の異世界の戦い方……その武器やスキルの使い方を学んだことで
俺は新たな技術や経験が増えた扱いになったのか………うそ、だろ?』
技量が高ければ身に付けた新たな経験や技術をすぐ血肉とできる。
例え技量を上げるに向かないものでもその選択肢一つ増えただけで
高い技量値を持つ彼の場合いくつもの戦闘方法を確立させたに等しい。
それをステータスでは技量値が上がったと解釈されてしまったのだ。
『なんだその本末転倒!?
隠すために来た場所でランク上げてどうすんだよ!?
もうやだ、絶対誰とも関わらない。卒業まで何もしない!
幽霊学生として三年間無事平穏に過ぎ去らせてみせる!!』
いきなり立ち上がって高らかに宣言するも頭の中で無理だろという声がする。
自覚している彼だがそんなことを口にしなければ精神の均衡を保てなかった。
どうしてか。帰還も含めて戻ってからの彼の行動にはどうしてかケチが付く。
それが帰還してから続く様々な衝撃で動揺し続けている彼を追い込んでいる。
学園への入学はそれを落ち着かせるためだったのは既に語られたが、
それさえも想定していなかった様々な問題がついてまわってきていた。
『どうしてこう自分のことに関する選択は逆効果になるんだよ』
大きく溜息を吐いて、痛くもない頭を押さえる。
他のことならば、滅多にこんな事態にはならないのに。
誰にでもいいから文句の一つもいってやりたい気分だった。
『だからじゃねえが………』
内側で乱れる感情と落ち着かない精神を誤魔化すように“乱入者”を睨む。
輝獣の群れがやってきた方角から遅れてやってきたこれまた猿に似た輝獣。
『そこのボスザル! 八つ当たりに付き合え!!』
されど2メートルを超える巨躯のそれを見上げながらケンカを売る。
自分がマスカレイドの状態だという事も忘れて飛びかかりその顔を殴りつけた。
一発で仕留めては面白くないとかなり手加減したうえで。
『へ?』
ただ、群れとの戦いを見ていなかった巨躯の輝獣は彼を認識できていない。
突然顔面に襲った衝撃を受け止めることなどできずそのまま殴り飛ばされた。
冗談のようにその巨躯は宙を舞うと屋上のフェンスを飛び越え落ちていく。
続けて何か金属を押し潰すような音が聞こえて一気に血の気がひいた。
慌てて駆けよれば眼下に落ちた輝獣が何かを下敷きにしたのが見える。
食堂で見たのに似た清掃機械の残骸が目に入り他に気配を感じず息を吐く。
『良かった……下に誰もいなくて』
安堵の声をもらして夜は基本出歩かないこの街のルールに感謝する。
『でも、大丈夫かな。あれ壊したのあいつらの責任とかにならないか?』
別の群れに対応しているとはいえこれは輝獣が街を壊した扱いになるだろう。
そしてここはまだ彼らが担当している区域の内側だった。限りなく隣に近いが。
自分のミスを落ち度ない相手に、特にあの姉弟に押し付けるのは彼の本意ではない。
どうすべきか悩みながら押さえつけていた輝獣達をそのまま重力で押し潰す。
他の系統の魔法と違って使った痕跡が極力残らないのが重力魔法の利点だ。
炎は焦がした跡が残り、水なら水滴が残り、風は魔力が残留しやすい。
発光器官ごと霧散させれば自分がここで戦った痕跡は残らない。
あの輝獣が落ちたことでここにいたことは推察されるだろうが、
それにより屋上に残る彼の徒手空拳での破壊の痕跡は輝獣のせいにできる。
『できれば馬鹿な輝獣が足を踏み外して落ちた、とかいう風にならんかな?』
街中には監視カメラがあって人が来る前に片付けても意味がない。
ましてや管理されているだろうロボットが一体潰されているのだ。
データ上の数字は誤魔化せても実機の数が誤魔化せないのでは意味がない。
どうしたものかと落ちた輝獣と潰れたロボットを見下ろしていると
機械のどこかで使われていたのか何かしらの液体が大量にもれ出していく。
『ほんとどう……この臭いは、まさか………ガソ、リン?』
久しく嗅いだことのない、されどその特有の臭気を感じ取って鳥肌が立つ。
胸中でわいた様々な疑問を棚上げして即座に彼は得意の魔法をまた使った。
潰れた機械が、火花を散らしている。
『囲み閉じよ。重力!』
重力波による囲む壁が完成した直後、火花が気化したガソリンに引火した。
壁の内側で爆風や衝撃が渦を巻いて対流しているが重力波に完全に抑えられる。
そしてそのまま囲みを縮めていき爆炎と輝獣ごと力技で押し潰した。
操作するために握りしめた手の感触から威力を疑似的に感じ取り冷や汗を流す。
遮蔽物のない道の真ん中で爆発されれば周辺の建物は壊滅的だったろう。
『………なんでガソリンが、それに魔力をまったく感じなかった?
ここの機械は全部それで動いてるはずだろ、なんで………』
消え去ったのを確認すると棚上げした疑問を再び考察する。
ガソリンで動く物をこの都市で使う意味や必要性はない。
全てがフォトンで動いているのがこの都市のアピールの一つでもあるのだ。
ガソリンを初めとした化石燃料を使わない自然に優しい都市といった方向で。
機械工学の知識が彼にないので別の用途で使うのかどうかすら解らなかったが
何らかの目的で使われていたとしても溢れだした量が異常だった。
そもそも、何故この時間に清掃ロボットが動いているのか。
人が少ない時間帯だが同時に最も輝獣が出る時間帯でもある。おかしい。
違和感がある。自分が、どこかでこうなる可能性を見逃していた気がする。
──よしっ、全滅確認!
──ほとんど初めてにしては上出来かな
──はいっ、ありがとうございます!
そこへ勝ち鬨をあげる彼らの声が魔法の風に乗って届けられる。
あちらも終わったのかと視線を向けて彼らの姿を視界にいれた瞬間。
『バカッ気付け!』
怒鳴りながら屋上の床を蹴って、一直線に建物の上を駆けていく。
『駆けて飛ばせ、風!』
風を操って自らを吹き飛ばすように空を飛ぶ。
間に合えと胸中で悲痛な叫びをあげながら必死の形相で。
なにせ、
ひとりの少女が
フォトンを感じさせない清掃ロボットに
無防備に近づいていこうとしていた─────
主人公がなんでそこまで技量を上げれたのか。という点はのちのち。
余談だがガソリンの爆発力って調べたけど結構すごいのな。
この世界におけるステータスランクは03-08にある通り、
最大値なのであとはもうどれだけ引き出せているかっていう考え。
ガレスト系文化では誰もが10%も引き出せていない。
それでもランクを上げれば当然基本能力が上がるので強くはなる。
そして強力な武装やスキルを使っても問題ない身体になる。
ガレスト流の鍛え方はそういう考え方による。
技量の概念がないので本人たちはそんなこと知りませんが。
個人的に100%以上の数字って理解できないんですけど、
解りやすさ重視。日本語訳による表現の限界と思ってほしい(汗)