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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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花冠への願い

 春の陽気と満腹感が相まって眠気を感じてウトウトしていたレイシーはアレンダに声をかけられてハッっとした。姿勢を正して彼女を見ると手には小さな白い花のついた植物の茎を持っていた。

「レイシーお嬢様、"ハルツゲグサの冠"って知ってますか?」

「ん……ん? え、ええ。知らないのだけれど……」

「このですね、小さい白い花はハルツゲグサって言います。スプリングスポットに来たことのないお嬢様はわからないかもしれませんが、幸せを呼ぶ事で有名な花なんですよ。それでですね、こうやって茎を揉んで柔らかくして編んで、花輪を作るんです。そしてそれを頭にかぶると花の精霊が家来となって、かぶった者に幸せをもたらすんだそうですよ。ただし、冠は自分で作らないと効果がないそうです。一緒に冠を作りませんか?」

 アレンダはそう言って手を差し出した。レイシーは女子にしては珍しく、占いやジンクス、ゲン担ぎなどといった事を信じない質だった。

 だが、せっかく誘われたのだしやってみようとアレンダに手を差し出して引き上げてもらい立ち上がった。そしてサユキやパルフィーから少し離れた森の際に2人はしゃがみこんだ。

 スポットのあちこちに春風にそよぐ白い小さな花が生えていた。アレンダはそれを摘むと茎が折れないように器用にしならせて、花の茎を編んでいった。

 一方のレイシーはというと、どうしても茎が折れたり、ちぎれてしまったりして上手く編むことが出来なかった。レイシーはふと自分の両手を見た。

 雪のように白くて汚れのないように見える両手だが、この両手は今まで生き物を殺めたり、物を破壊することにばかり使ってきたのだとふと思った。

 いくら何かを生み出そうとしても、この両手はそれを許さないのだ。それに対して花を摘むアレンダの手はやや不格好ながらも滑らかに冠を紡ぎだしていく。

 花を摘むことはたとえ植物相手とはいえ殺生であることに変わりはない。しかしアレンダはただ奪うだけでなく、摘みとったものから別のものを生み出している。

 だが果たして自分は他者の死から何かを見出すことが出来ただろうか? 今までただいたずらに数々の命を奪ってきたとしか思えない。思わず言いようのない虚無感に包まれて、レイシーは手を止めた。

 いつのまにか彼女は大して疑問や抵抗感を抱かずに命を奪ってきたことに関して、強い嫌悪感を示すようになっていた。以前に比べて相手の気持を考え、相手の立場に立った想像をするようになっていたからだ。

 今まで紙クズの様にちぎり捨ててきた相手にも家族が居て、友人がいて、恋人がいたかもしれない。どれだけのならず者とは言え、そのことに変わりはない。その心情を知ってか知らずかアレンダがレイシーの手を取った。

「冠を作るときに手先が上手く動かない時はこうやって手を握って温めるといいんです。それにしてもレイシーお嬢様のお手は白くて綺麗ですね。羨ましいなぁ~。見てください。私の手なんて黄色がかってて、まるでクグクイモみたいですよ」

 アレンダはそうやってしゃがんだまま、優しく撫でるようにレイシーの手を擦った。触れられてみて気づいたが、自分の手はまるで雪のように冷えきっていた。

 彼女から自分の手へと人肌の温かさが伝わってくる。最初はまるで凍ったような状態だったが、やがて緊張が解けてきてこわばった手が生気を帯びてきた。

 レイシーがふと顔を上げるとアレンダが優しさに満ちた表情で自分の手をさすっているのが見えた。まるで、割れやすい卵を肌で暖めているかのようだ。

 これまで、レイシーにはなぜ彼女がそんなに人や動物に優しくなれるのかがわからなかった。損に見えるような役回りや世話焼きもしていて、なぜ彼女がそう行動するのかも理解できなかった。

 だが、こうやって手を擦ってもらっていて感じた。相手が誰であれ、優しくするのに理由なんていらないのだと。

 かつてのレイシーならばこれを当主の娘への媚売りと思い、払いのけるところだっただろう。だが今は、素直にこの優しさを受け止めることが出来た。

 手を擦ることに集中していたアレンダは視線を感じて上目遣いでこちらを覗いた。レイシーがじっと見つめているのに気が付くと慌てて手を離して飛び退いた。

「あっ、ああっ!! お嬢様すいません! 私のような身分の低い者の、こんな、こんな汚らしい手でお手を汚してしまいまして!! さぞかしお気に障られたでしょう、今、ハンカチを……」

 慌ててワンピースののポケットをまさぐっているアレンダの肩に手を優しく置いた。顔を上げたアレンダは驚いた顔をしていて、レイシーにはひどくまぬけに見えた。

 とは言っても彼女の立場になればこうも取り乱すのも仕方のない事だと彼女は相手の気持を汲んだ。そして、微笑みながらアレンダに声をかけた。

「いえ、温めてくれてありがとう。貴女は手だけじゃなくて心も温かいのね。クラリアの手も、温かかったわ……。貴女はそうやって身分の高い低いを気にするけれど、いくら身分が高いからといって死人の様に冷たい手……いえ、心をしているようではどうしようもないわ。まるで私には不死者のような冷たい血が流れているような気がするの。死を運ぶような……」

 そう言いながらレイシーはうつむいた。そしてまた左右の両手を見つめた。そして軽く指を折って拳を握り始めた。かなり強く握りしめているようで、手首に青筋立っているのがアレンダからも見て取れた。

 力強く握りしめられた拳はかすかにふるえていた。そして彼女は力なくつぶやいた。

「……ごめんなさい。さっき、サユキにこれからが大事だって言われていたのにね。それでもわたし、何も考えないまま動物だけでなく人も殺してしまった……。確かに武士としては当たり前で正しい事なのかもしれない。サユキもパルフィーも、そして貴女もその点について割り切っているのかもしれない。でもわたしは……。わたしは……」

 顔を下に向けたまま硬い表情をしたままの彼女に向けてアレンダは優しい口調で語りかけた。

「お嬢様、それは誰にでもあることです。サユキ様だって、何くわぬ顔で殺生をしますが、決して心を痛めていないわけではないんですよ。私もそういうことがあるたび、よく悩みます。全く抵抗がないのはパルフィーくらいなんじゃないでしょうか。だからそういう時、私は”生き残った者には生き残った者としての責務”が生まれるのではないかと思うのです。それを果たすために簡単には死ぬ訳にはいかない……。まぁ、自分勝手な解釈なんですけれどね」

 レイシーはそれを聞いて顔を上げた。アレンダは肩をすくめて軽く微笑んでいたが、切なく物悲しげな様子を覆い隠すことはできていなかった。そのままこちらを見つめて話を続けた。

「お嬢様はここでご自分の責務や運命から逃げ出すことも出来ます。……本音を言えば、私はこれ以上、お嬢様に戦ってほしくはありませんし、そうやって相手を殺めてお悩みになるお姿も見たくありません。しかし、今までお嬢様に斃されていった者たちはお嬢様が”立派な次期当主”になるために死んでいったように思えます。もしここで貴女が歩みを止めてしまったらその者たちが浮かばれるでしょうか。わたしはそうは思いません。それがお嬢様に課された責務だと思います」

 アレンダはこちらの目をじっと見つめて語ったが、そう言い切ると目をつむった。真剣な顔つきから眉間にはシワが寄り、困ったような憂鬱なような顔色に変わった。そして悩ましげな様子で続けた。

「ん~、そう言っておいて何ですが、次期当主になるという目標はお嬢様の自身の意志で決めたわけではないですからね。難しいことですが、それほど次期当主という使命に縛られる必要はないと私は思うんです。今は特に思いつかないかも知れませんが、きっとお嬢様にもなにか”やりたいこと”が見つかるはずです。もし、それが家の跡継ぎより大切な事だと思えたら、その時はやりたいことを優先したらいいかなって思いますよ」

 レイシーは夢のなかのクラリアの言葉と似たような内容であるアレンダのこの言葉にも衝撃を受けた。生まれて、物心つく前からずっと次期当主になることが自分の存在意義の全てだと思っていた。

 それなのに、夢の中のクラリアには「それは貴女自身の本当の生きる意味か」と問われ、アレンダからは「当主という使命に縛られる事はない」と言われてしまった。

 彼女を変えるきっかけとなった出会いからわずか1ヶ月程度で今ままで生きてきた彼女の中の価値観は揺らいだ。それによって良い影響はたくさんあったが、同時にそれと同じくらいの困惑と混乱、そして不安が彼女を襲った。

 たった1ヶ月程度で人生の価値観がひっくり返るのである。多感な年頃の少女にとっては苦痛を伴う革命であった。

 放心状態の彼女を見て、アレンダは深くため息をついた。そして両肩にかるく手を置いて優しく揺すった。

 我に返ったレイシーがこちらを見返してきたのを確認するとニッコリと笑った。そしてまた小さな子供に言い聞かせるような穏やかな口調でフォローを入れた。

「お嬢様が今まで跡継ぎの為だけに生きてきたのは承知しています。家のものとしては、こうやってお嬢様を惑わすような事を言うのは論外です。それでも誰かがそれを伝えないと、いざというときにお嬢様が重圧に引っ張られてご自身を見失われるのではないかと。サユキ様も私と似たようなことを考えていますが、口が裂けてもこんな事を言える立場にありませんからね。一番苦しんでいるのはあの方かもしれません……」

 しゃべり終わるとアレンダは膝に手を当ててゆっくりと立ち上がり、伸びの姿勢をとった。

「ん、ん~~~っ。ながいこと屈んでいたら、すっかり脚がしびれてしまいましたね。お嬢様は大丈夫ですか?」

「あ……」

 レイシーは自分の脚がすっかり痺れているのに今更気づいた。自力で立ち上がろうとしても脚に力が入らない。思わず後ろによろけそうになった。その様子を見たアレンダはすぐに中腰になって彼女を支えた。

 そしてそのまま手を取るとゆっくりと引いて立ち上がらせた。彼女は完全に立ち上がると前に屈んだり、伸びをしたりして脚の痺れをとっていった。そして落ち着くとポツリとつぶやいた。

「本当に大事なのはこれから……か。これから……これから、私は、何を……?」

 困惑した表情をしたレイシーを見てアレンダは人差し指を立てながらすぐに答えを返した。

「何をすべきかがわからない。そんな時は目の前の事をやるといいですよ。忘れてはいませんか? ハルツゲグサの冠の事」

「あ……」

「きっと、冠が私達の未来を幸福へと導いてくれるはずですよ!! やり方を丁寧に教えますからまた1から作りましょう!! よ~く手を温めてです!」

 レイシーとアレンダは思わず笑い合った。そしてまたハルツゲグサを摘みながら2人で自分のかぶる冠を編んでいった。

 見てくれに差はあったものの、何とかレイシーも緑と白の映える綺麗な花冠を完成させることが出来た。お互いにかぶるとまるで天使を思わせる出来になった。

「これが、幸せのスプリング・フォーチュン・クラウンです!! 早速サユキ様達に見せに行きましょう!!」

 2人がクラウンをかぶったままサユキ達のところに戻ると彼女は正座したまま背筋をピンと伸ばしてお茶を飲んでいた。彼女はリラックスしている時でもいつもこうやって畏まっている。

 幼少期からそうするように何度も言われていたため、すっかりこの堅苦しい姿勢が身についてしまったという。レイシー達がやってくるのを見ると彼女は昔を懐かしむように2人の頭の上の花冠を眺めた。

「懐かしいわね。昔、私もここに来るたびによく作ったものだわ。結局、その花冠がどんな幸せをもたらしてくれるのか未だにわからないのだけれど、それでも今ここに生きていられるということ自体が冠のおかげなのかもし……」

「ス~~、んにゃんにゃ。まだ足りない。おかわり~~んにゃ……」

 サユキがいい話でまとめようとしている時にその脇で敷いた布の上に寝転がって熟睡していたパルフィーが腹を掻きながら寝言をつぶやいた。

 今に始まったことではないが、あれだけ重箱のお弁当を食べたのに夢のなかではまだおかわりしているらしい。これには3人とも苦笑するしかなかった。

 そのあと3人は普段の窮屈な日々をしばし忘れてスプリングスポットを満喫した。花占いをしてみたり、草笛を吹いてみたり、布の上に寝そべって雲を眺めたりした。

 若いレイシーとアレンダにつられてか、サユキもまるで少女のようにはしゃいでいた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、帰りを予定していた時間になった。パルフィーは叩き起こされ、再び重箱を背負わされた。

 帰り道につこうと背を向けるサユキ、パルフィー、アレンダの後ろ姿がレイシーの印象に強く残った。こうやって、いつまでも皆と楽しく遊んでいたい。彼女はそうクラウンに願った。
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