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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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癒やしの春野原

 レイシーがサユキ、パルフィー、アレンダと打ち解けたある日の事だった。サユキがレイシーを誘って気分転換に近くのスプリングスポット、通称、春野原はるのはらへ行ってみないかと話を持ちかけてきた。

 レイシーは個々とは仲を深めていたが、それぞれ訓練や家の用事があって遠征の時の3人が揃うことは中々無かった。

 レイシーは今まで何度かサユキからスプリングスポットへ誘われた事があったが、そのたびにトレーニングを優先してきっぱり断っていた。

 訓練を疎かにすることは出来ないという強い義務感というのもあったが、単に面倒くさかったという事もある。第一、普段行動を共にしているサユキと2人で出かけて行っても大して話すこともないわけだったし。

 極端なことを言えば屋敷の中で毎日訓練を積むのが当然と思っていたレイシーは行楽という行為に全く価値を見いだせていなかった。

 だがそれはあくまで以前の話であって、今回の申し出を聞いてレイシーは魅力的に感じ、心躍った。サユキに行きたいという旨を伝えると彼女も笑顔で頷いてくれた。

 ウルラディールで家の者の予定を管理しているのは執事であるルーブ爺だった。多忙なラルディンの手を煩わせないように、よほど大事でなければ彼に申請するだけで外出許可が下りるようになっていた。サユキがルーブに行楽の件を伝えると、顔をほころばせながら許可してくれた。

「ほっほ……レイシェルハウトお嬢様が行楽とは。サユキ様の招待に乗ってくるのは初めてなのではないですかな?」

「ええ。気まぐれというよりは、彼女自身が変わって来ているように思えます」

 それを聞いてルーブは遠い目で感慨深い様子を浮かべながら満足気に頷いた。

「ええ、わかりますとも。最近のお嬢様は本当にお変わりに……いや、ご成長なされた。私の講義も真面目に聞いていますし、何より私に対する態度も柔らかくなって……。もちろん私相手に限ったことではないんですじゃが」

老紳士は遠い目で柔和な表情をしながら何かを考えこむような間を挟んだ。そして少しして続けた。

「私にはレイシェルハウトお嬢様が立派にウルラディールを背負って立つ栄光の未来が見えますじゃ。私も齢にして73。果たしてあと何年生きられるか分からんのですじゃが、命を燃やしてでもお嬢様を立派なご当主として押し上げてやりたいと思っておりますじゃ」

 実はルーブ爺はレイシーの母親であるマーネの実父にあたる。ノットラント東部のエッセンデル家という武家ではない名家の出身で、屋敷の運営に関して非常に長けた人物として知られている。

 娘が東部トップの武家に嫁ぐというわけで、世話人兼、お抱え執事としてウルラディール家にやってきたというわけだ。今は彼の息子がエッセンデル家の当主を継いでいる。

 つまり、レイシーとは母方の祖父と孫娘という関係にあるのだが、彼女はルーブ爺に対してほとんど他人同然の態度をとっている。

 ウルラディール家は伝統ある家系なので、直接の血を引く父方の祖父、祖母が重視されて母方は軽視される傾向にあったからだ。ちなみに父方の祖父と祖母は既に亡くなっているのだが。

 とはいえ祖父として親しんでもおかしくない間柄なのにそんな関係であるのは、若いうちに母であるマーネが亡くなったためである。、その環境でレイシーとルーブを繋ぐパイプは構築されようが無かった。

 レイシーもルーブとの血縁関係を知らないわけではないが、あくまでただの教育係としか思っていなかった。もっとも、今はどう思っているのかはわからないが。

 レイシーのそっけない対応はさておき、ルーブは祖父という実感を持っていて彼女を見守っている様子だった。もしかしたら家内の誰よりも慈悲深く彼女の事と行方を見守っているのかもしれないとサユキは思った。

 数少ない残された身内であるし、関係が深まればいずれレイシーにとっても重要な存在になるのではないかとも思えた。

 数日後、外出許可が出たレイシー、サユキ、パルフィー、アレンダの4人は支度を整えた。最寄りのスプリングスポットはウォルテナの少し東にあった。

 スプリングスポットとは年中極寒のノットラントにおいて、ポツポツと点在する気候が春のように温かいエリアの事を指す。

 噂によれば青々しく草が生え、緑色の葉の広葉樹の木があり、花が揺れて蝶が舞っているらしい。面積は広めの公園程度の広さ程度しかないとのことだ。

 それでも行楽客が絶えない人気のスポットだ。ウォルテナ東のスポットは当然ウォルテナの市民が多く居る。

 そのため、迂闊に普段着のまま出かけて行くと素性がバレる可能性があったので支度をする4人はそれぞれ買い物に出かける時のように変装をした。

 レイシーは燃えるような紅いツインテールを解いてまとめてお団子にして後頭部でまとめた。そして黒いハンチング帽を被りワイシャツの上にジャケットを羽織た。

 最後にスラックスをサスペンダーで吊って少年の姿を装った。レイシーの男装は着慣れて居ることもあって、声変わり前の少年としてなら十分通用する仕上がりだった。

 サユキは大きな黒縁の伊達メガネに両サイドから三つ編みを垂らしてブラウスとスカートの上にトレンチコートを羽織った。

 いくら目立つ髪の色とはいえ、ワフクを着ずにここまで髪型やメガネで印象を変えると気づかれることは無い。以前、屋敷に帰ってきた時に門前で捕まってしまったこともあるほどだ。

 パルフィーはいつも通り自分で首輪をはめると座り込んで尻尾を太ももにピッタリくっつけてつま先から特製のガーターバンドを通してパチンとはめた。

 ふくらはぎに2つめのバンドをはめると尻尾はピッタリと足に沿う形となった。その上からゆったりとしたズボンを履くと完全に尻尾は隠れた。仕上げにサングラスをかけて準備が終わった。

 彼女はとても目立つ体格ではあるが、耳と尻尾をどちらか隠す、あるいは両方隠すという組み合わせをしていると意外とバレないものだ。

 アレンダはそのままの姿で出かけて行っても問題なかったが、念の為にミディアムのダークグレープの髪を隠すために白のストローハットを被った。

 普段、汚れる仕事の多い彼女は白っぽい服装は滅多にしないという事もあって、帽子と色を揃えた白のワンピースを選んで着た。

 出発の準備が完了すると早速、一行は屋敷を出た。今回は戦闘を想定していなかったので護身用の必要最低限の装備しかしてこなかった。だが、アレンダの使い魔達が彼女たちの周辺を警戒、護衛してくれる事になっていたので心配はいらなかった。

 流石に街道にまで近づけると目立ってしまうので、彼らには彼女たちから見えないところで活動してもらっているという。言われてみれば先程から大きな鳥が辺りを飛んでいるような気もする。

 レイシー、サユキ、アレンダは身軽だったが、パルフィーだけが布にくるまれたとても大きな包みを背中に背負わされていた。相当重たそうだったが、彼女は顔色一つ変えずに荷物を運んでいる。

 レイシーとサユキは一体何が入った包なのかと疑問に思ったが、パルフィーが文句ひとつ言わずにニヤニヤしながら歩いていることから包の中身の予想はすぐについた。レイシーとサユキは思わず顔を見合わせて笑った。

 屋敷から最寄りのスプリングスポットまでは肉体エンチャント無しでも片道1時間程度で辿り着く事ができる。4人が雪景色の街道を歩いて行くと徐々に気候が暖かくなってきて、やがて雪がなくなり辺りは緑の草や木々に包まれた。

 そして更に少し進むと開けた広い草原に着いた。大抵のスプリングスポットはこうやって切り拓かれてており、人の手が加えられている。

 ここ一帯だけは重苦しい雪雲もなく、日光が差し込んで青空が広がっていた。草原を見ると20人ほどだろうか、行楽客達が思い思いに一時の春を味わっているようだった。

 座り込んで談笑している者達も居れば、花を摘む少女や虫取りをしている少年もいた。サユキの話によればこのスポットはウォルテナから近いこともあって普段から人足が途絶えることはないそうだ。

 パルフィーが背負っていた包みをどっかりと地面に下ろした。そして荷物を包んでいた布をバサッっと乾いた音を立てて広げて草原に敷いた。

 その上に4人はゆったりと座り込んだ。レイシーはこの時、初めて春の陽気というものを身体で感じ、非常に心地良い気分に包まれていた。

「これが……春……。暖かくて……気持ちがいい。確かに屋敷のフレイム・オーブは温かいけれど、こんな心地いい気分にはなれないわね」

 満足そうに目をつむり、深呼吸しているレイシーを見て他の3人はクスクスと笑った。それに気づいたレイシーはむくれた表情をした。だが、すぐにそれも笑顔に変わって彼女は苦笑いを始めた。

 それを見た3人も笑い出し、思わず声を上げて4人は楽しげに笑いあった。サユキが口に手を添えながら声をかけた。

「レイシーお嬢様がこんなに喜んでくださるとは思いませんでしたわ。誘った甲斐があったというものです。今まで気乗りしないご様子でしたから」

 それを聞いてレイシーは笑うのを止め、気まずそうに申し訳なさげな顔をした。今にも彼女が謝ろうとした時、サユキはそれを遮るように言った。

「お嬢様、今までの経験や出来事というのはとても大事なことです。でも、それよりも大事なことがあります。”本当に大事なのはこれから”なんですよ。だから、今は振り向かずに前を向きましょう。ここにいる皆がそう思っています。それに、今更お嬢様の粗相を気にする者なんてここにはいませんし」

 レイシーは顔を上げて3人を眺めた。皆、優しく微笑んでいる。それぞれ生い立ちや境遇、思うことや考える事は違うが、心で繋がっているという確かな実感があった。

 きっと、これは気のせいではない。いや、気のせいであってほしくない。彼女は皆に向けて微笑み返したつもりだったが、目から自然と溢れる涙を止めることが出来なかった。

 思わずサユキとアレンダも目をうるませ涙を拭った。パルフィーはただただ満面の笑みを浮かべ、無邪気に笑いかけていた。

「ちょっとちょっと。こりゃ行楽だぜ? 泣いてちゃご飯は食べられないじゃんか。ほらほら、皆拭いて。そろそろお昼にしようよ!!」

 しんみりした空気を味わうのもいいが、せっかくやってきた行楽の場にはいただけないとばかりにパルフィーは話題を振った。せっかく遊びに来たのだから楽しまなくては損だと彼女は思っていた。

 このままでは最後までこの調子が続きかねない。そんな彼女の軌道修正を知ってか知らずか、残りの3人は涙を拭いながらまた笑い出した。サユキは大きめな懐中時計を取り出して時刻を確認した。

「ふふっ。パルフィー、まだ11時過ぎよ? お昼までまだ少し時間があるじゃない。もうお腹が減ったの?」

「もう、パルフィーったら……。まぁでもお昼を楽しみにしていてくれるのは嬉しいかな。今日は私と厨房の皆の合作で、パルフィーがお腹いっぱいになるくらい作ってきたからね」

「アナタ、本当に食欲の塊ね。まさに色気より食い気ってヤツだわ。まぁかといってアナタが色ボケになんかなったらそれこそ世界の終わりでしょうけど」

 パルフィーの陰ながらの機転を利かせた発言によって場の雰囲気を変えることは出来た。空気を読めるか読めないかスレスレのところを狙ってねじ込んでみたが、なんとか成功したようである。

 その代わりに他の3人からは少し呆れられたようだが、これはいつもの事なのでパルフィーは気にせずスルーした。

 早速パルフィーが荷物を調べ始めた。黒い木箱のようだが、開け口がない。横に節目のようなものが走っているが、どうやって開けるのかサッパリわからなかった。その様子を見かねたサユキが立ち上がって解説を始めた。

「これはね、ジパのお弁当箱によく使われる”ジュウバコ”というものなの。こんな大きいのは普通無いけれど……。こうやって節目を持ち上げて開けるんです」

 サユキは大きな木箱の両端を掴んでひょいっと持ち上げた。木箱自体、決して軽くはないはずだが、サユキは難なく箱の上部を持ち上げた。

 パルフィーが持ち上げられた箱の中を覗き込むとそこには色とりどりの料理が所狭しと敷き詰められていた。彼女はそれを見て思わず歓声を上げた。

「おおおおぉぉぉぉ!!」

「今回は五重のジュウバコみたいね。特製のようだし、一段でこれだけ入っていれば貴女でも満足できるでしょう……」

「いっただきまーす!!」

 パルフィーはサユキが持ち上げた分の重箱をあっという間に受け取り、どっかり座り込んですぐさま一心不乱にがっつき始めた。サユキはやれやれと言ったなんとも言えない表情を浮かべて目をつむり、首を左右に振った。

「さて、気を取り直して私達も食べましょう。食べ始めないとパルフィーが全部食べてしまうわ」

「はい!」

「そうね」

 レイシー達も重箱を持ちだして昼食をとり始めた。重箱は5段づくりだったが、実にそのうち4箱分がパルフィー用に作られた物である。レイシー、サユキ、アレンダは3人で分けて1段分食べれば十分だった。昼食が終わって、パルフィーは敷物の布に大の字になって寝そべった。

 普段なら「食べてからすぐ横になるとグータラ・ウシになる」とサユキが言うところだったが、今日はあくまで休養で来ているのだから堅苦しいことは無しにしようと大目に見た。

 レイシーも両手を後ろに着け、上半身を後方にのけぞらせて空を見上げながら座っていた。心地良い気候で満腹になり、ウトウトしているとアレンダが声をかけてきた。手には小さな白い花のついた植物の茎を持っていた。
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