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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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水先案内人は星の海原へ向かって

 翌日の朝、アシェリィは不思議な夢を見たなと伸びをしながら起き上がった。何故だか、外出着のままベッドで寝てしまったようだ。おかしいなと首を捻ると部屋の隅に木の板が立てかけてあるのが見えた。


 脇には2つ、薄い青い泥団子のようなものが転がっている。次の瞬間、彼女は昨晩の出来事を鮮明に思い出して、それが夢で無いことを認識した。


「え……あ……あの丘犬様の夢は夢なんかじゃなかったんだ……」


 ポツリとそう口に出しながらアシェリィは昨日教わったことをを思い出しつつマナガムを靴下に貼り付けてマナボードに乗ってみた。確かにマナボードは不思議な力で床からわずかに浮き上がった。


 しかしその直後、マナボードはツルッっと滑るように前進してアシェリィはまたもや仰向けにすっ転んだ。腰から床に直撃したが、再びローブが衝撃から守ってくれた。


「ちょっと、アシェリィ。どうしたのバタンバタン音を立てて。大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ!! 寝ぼけてベッドから転げ落ちただけだから!!」


 母の声にギクリとしたが、アシェリィは適当な言い訳をしてその場を取り繕った。このままの服装では夜遊びしていたのがバレてしまうと思い、彼女はすぐにゆったりとしたパジャマに着替え直した。


 早いうちに家族にはマナボードに乗れるようになった事を伝えておきたいとは思っていたが、この調子ではしばらくこっそり練習を積まないことには心配をかけるだけだ。


 それに格好もつかない。アシェリィはマナボードにマナガムを貼り付けて、窓際に置いたまま部屋を出た。


 家族との朝の団欒を終え、アシェリィは再び普段着の上にローブを羽織った。「散歩に行ってくる」と家族に告げて家を出た。


 散歩に出ていくふりをしつつ、裏庭に回りこんで自室の窓際に立てかけておいたマナボードを取り出した。まだ返却期限が過ぎていない「ナマケ=アホ=エテモンキーにも乗れるマナボードの本」も持ちだした。


 学校が休みになって以来、暇を持てあましていた彼女にとってマナボードはとてもいい刺激になった。


「えっと、Q&Aの……仰向けに転んでしまう場合にはどうすればいいですか?……かぁ……。何々? 仰向け、もしくは前のめりに転んでしまうという事はマナをボードに均等に分散できていない証拠です。まずは心を落ち着かせて、ゆっくり上昇するボードをイメージして、足からボード全体に広がる波のようなものを意識するといいでしょう……だって」


 さっそくアシェリィは瞳を閉じてスイスイ乗りこなせるようになりたいという、はやる気持ちを抑えて、マナの制御に集中した。


 一応、注ぎ込んだマナに応じてボードが浮き上がるのだが、均等にマナを割り振って低空ホバリングを保つのがとても難しい。少しでも気を抜くとマナボードが滑るように前進したり後退したりして前のめりや仰向けに転んでしまうのだ。


「ぐぬっ!!」


 何度目かわからないが、アシェリィは静止させようとしたマナボードが不意に前方へと動いたために足を滑らせて仰向けに倒れこんだ。


 ほんの少し静止状態を保つ練習をしているだけなのに汗が全身から噴き出してくる。まだ練習を始めてから5分と経っていないはずだ。


 このマナボードは出力面やエネルギー効率、ハンドリングなどにおいて非常に高いポテンシャルを秘めていた。だがその分じゃじゃ馬で繊細な操作を必要とした。


 そのため、ガイドブック通りにはいかない事がとても多かった。もっとも彼女がその真価に気づくことになるのはしばらく後の事になるのだが。


 彼女は自身のマナが尽きて疲労感を感じるといつも練習場所である丘の上のライラマの群生地に寝そべって空を眺めながらマナを回復していた。


 花が放出するマナを体いっぱいに取り込むと気だるさがスーッっと抜けていくような感覚があって実に心地が良い。マナを消費しているからこそ味わうことの出来る彼女にとっては新鮮な感覚だ。


 マナの限界値やスタミナを鍛える訓練とライラマの相性は抜群だった。通常ならば一日中特訓するならば、スタミナ切れを起こさないようにそう安くはない薬品を多用しつつマナの回復と消費を繰り返さねばならない。


 ところがライラマが近くに生えていればそこで休むことによって特別資金を割かずともマナの効率よい自然回復が可能だった。


 この方法はどのタイプの魔術師にも有効だったが、アルマ村があまりにも辺境の地にあるためにそれだけを目当てにやってくる者は居なかった。


 わざわざアルマ村に寝泊まりしようにも宿屋という宿屋はないし、薬品類など諸々のコストを含めて考えたとしても現実的では無いのだ。


 同じような理由でライラマを外部から採取しに来る者もほとんど居なかった。観光客や研究者がまれに訪れる程度である。


 それからも毎日毎日アシェリィは夕方から日暮れにかけてのライラマ摘み以外の時間はマナボードに乗り続けたが、半月経っても初歩中の初歩である静止状態を維持することが中々出来ずに居た。


 ボードはまるでツルツルした氷の上に乗っているような状態で、少しのマナでも敏感に反応して前後に滑ってしまうのだった。


 ガイドブックを参考にして均等に板全体にマナを行き渡らせるイメージトレーニングも何度もやった。しかし、旧式のボードはマナガムの接する足の裏の2点からしかマナが注げないために均等にマナを注ぐのは最近の本には載っていない独特のコツが必要だった。


 アシェリィは元々、魔法が使えなかっただけあってやはり自分はマナ使いには向いていないのではないかという不安に何度も駆られた。


 それでも少しでも魔法が使えているという事に確かな手応えを感じており、何度転んでも諦めること無く言うことを全く聞かないマナボードに乗り続けた。


 そんな練習の日々の中でいくらアルマ染めのローブを着ているとはいえ、完全に衝撃を防ぐことはできなかった。彼女の体には着実にあちこちに擦り傷や軽い打ち身が蓄積していった。


 いつの間にか頬には絆創膏が貼られ、膝小僧は擦り傷だらけでその見た目はさながらやんちゃ坊主といったところだった。


 最初の頃は普段着のスカートを履きながら練習していたが、それではしょっちゅう膝小僧を擦りむいていた。


 そのため、練習を開始してから間もなくアルマ染めのパンツスタイルに切り替えてより防御力を重視した服装になっていった。愛用してきたアルマ染めのローブもあちこちがスレていたり、ほつれていたりした。


 服装の変化や生傷に両親が気づかないわけはなかった。小さな物だが顔の擦り傷は日に日に増えていくし、打ち身なのか痛みをかばうような仕草も見て取れた。


 それに並みの布類より頑丈なローブがスレるとはかなり強い衝撃や摩擦を受けなければありえない。相当荒っぽい使い方をしなければここまではほつれることは無いはずだった。


 夫妻は一体娘がなぜ、どこでこんな傷を負って来るのかがわからずに困惑していた。ハンナと遊ぶにしてもこんな激しい動きはしないはずだし、村には彼女に攻撃的な態度をとるような人物は存在しなかった。


 それにいくら暇だからと言って毎日毎日どこでどうやって暇を潰しているのかもわからなかった。更に彼女は生傷に関してあえてはぐらかすような素振りをしていた事が両親の不安を加速させた。


 しかし、無理に詮索するのも考えものだと思って夫妻はアシェリィの自立性を尊重し、もう少しだけ様子を見てみることにした。


 だが満月クラゲの月末のある日、2人は悪いとは思いつつ、結局心配のあまりこっそりとアシェリィが丘を登っていく跡をつけていった。


 バレないように丘の頂上付近で左右を囲む雑木林の草の茂みに2人揃って隠れて娘の様子を窺った。するとアシェリィが立ち止まって板を床に置いた。


 その後、靴を触った後に板の上に乗ったのを夫妻は見た。それからすぐに2人は思わず驚きの声を上げそうになって口に手を当てた。魔法が使えないはずのアシェリィの乗っているボードが確かに宙に浮いていたのだ。


 しかし、それもつかの間、彼女はバランスを崩して滑るように前のめりにコケた。この暖かさだというのに足先までのパステルカラーの紫色をした長いローブと長ズボンを身につけて見るからに暑そうな服装で彼女は転倒の衝撃を和らげていた。


 そしてすぐに立ち上がってその服の胸と膝についた草と泥を手で払った。再びボードに乗って集中しているようだったが、ボードが浮くや否やまたボードが先行して転んでしまった。


 彼女はライラマの群生地での休憩を挟みながらこんなことをずっと繰り返していた。


 一連の出来事を見守っていた夫妻は生傷の理由が想像していたより悪質でなかった事に安堵したが、突如として娘に魔法が使えるようになった事に関して驚きが隠せなかった。


 また、なぜアシェリィがこの事を隠しているのか理解できずに居た。だが、そう遠くないうちにこの事について彼女が打ち明けてくれるだろうと信じて、夫妻は仕事へと戻っていった。


 そんな両親の心配を知ってか知らずか、彼女はその日も予定が入っている日暮れまでみっちりマナボードの制御練習を繰り返していた。


 満月クラゲの月の最後の夜、アシェリィはライラマ摘みを終えて、家族と夕飯をとったあと、気だるくなってベッドに横たわっていた。すると窓に何かがコツンコツンと当たる音がした。


 窓から外を覗くと月明かりに照らされて家の裏庭が見えた。再びコツンと音がしたのでなんだろうと目を凝らしてみるととても小さな小石が飛んできているようだった。誰かが小石を窓に投げているらしい。目を凝らすと森の向こうから見覚えのある女性が姿を現した。


「あれは……お姉さん!?」

「あれ、言わなかった? 私は常にアナタと共にって。さぁ、マナボードに乗って、冒険に行きましょう」


 アシェリィは上手くマナボードに乗れないのでこの誘いには乗る事が出来ないとまごついたが、それでもマナボードに乗った彼女が手招きするのを見て思わず自分もマナボードに乗った。


 不思議とマナボードが言うことを聞いて、静止の姿勢を保つことが出来た。そのまま器用にジャンプして窓枠から飛び出し、裏庭に躍り出た。まるで手足を動かすかのように思い通りにマナボードがついてくる感覚がした。


「嘘……こんなに思い通りに乗れるんなんて……」

「ほら、できるじゃない。今晩は私と一緒に遊びましょ……」


 アシェリィはあまりにもマナボードの制御が上手くいった事にとても驚いた。だがそれもすぐに忘れ年上の少女から誘いを受けて橙の月明かりの元、2人で夢中になり一晩中野山をマナボードで駆け巡った。


 全く疲労感はなく、むしろとても心地いい爽快感につつまれていった。特に女性が何か話しかけてくる事も、こちらから話しかける事も無かったが心はどこかで通じ合っている気がした。


 ひとしきりマナボードで駆けまわった後、年上の女性の乗っているマナボードは少しずつ宙に浮き始めた。


「……出来ないとおもうから出来ないの。無いと思うから無くなってしまうの。可能性を自ら潰してはだめ。可能性にかけてみなくっちゃ……」


 彼女はそう言いながらアシェリィに手を差し伸べた。それを握り返すとアシェリィの体もどんどん軽くなってやがてマナボードが宙に浮き始めた。そのまま2人は宙高く夜空に舞い上がった。


 そのままどんどん高度を上げていく。どんどん月や星が近づいて、大きく見えるようになっていった。このままならどこまでも行けるだろう。アシェリィはそんな気がしていた。


「さて、おつきさまにはどんなお宝があるかしらね……」


快活な印象のその少女は長めのポニーテールをはためかせた。一見、お転婆なように見えたが歳相応の落ち着きのある微笑みを見せながらアシェリィの手を引いて夜空へ舞った。


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