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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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クタクタのぬいぐるみとボロい板

 アシェリィはハンナに直前まで魔法が使えるようになった事を隠しておこうと思い、マナボードを降りて腋に抱えて、彼女の家を訪ねた。

 ハンナも長期間の休暇によってすっかり暇を持て余していたようで、彼女は腑抜けきっていた。いくら不真面目な生徒だったからとはいえ、学校はそれなりに楽しんでいたようである。親に呼ばれて出てきた彼女は笑顔になった。

「おっ、アシェリィじゃん! ちょうど暇してたんだよね~。まぁ毎日暇なんだけどサ……。で、今日は何して遊ぼうか? ……って、何そのボロい木の板は。ハァ~ン? 丘滑りでもやろうっての? じゃあ私も何か敷くものを――」

 そう言って部屋に引き返そうとした彼女をアシェリィは引き止めた。そしてニコニコしながらハンナに頼み込んでみた。ハンナはアシェリィの機嫌が妙に良い事をうっすら感じているようで、少し不思議そうな表情をした。

 それに気づいたアシェリィはすぐに平静な振る舞いを意識した。彼女は隠し事があるとつい両親と同じように素振りにそれが現れてしまう。正直者のクレメンツ家の血は争えなかった。

「えーっと、ハンナがぬいぐるみで飛ぶの、間近で見てみたいな~って」
「なんだ。そんなのしょっちゅう見てるじゃない。いくらアシェリィの足が速いからって競争したら私の勝率100%だし、そんなんで勝っても嬉しくないしなぁ……」

 あまり乗り気でなさそうなハンナをどう説得するか少し思い悩んだが、自分だけでなく村人や年少の子どもたちを引き合いに出したらどうだろうかと話題を振ってみた。

「学校が休みになってしばらく経つでしょ? 皆、久しぶりにハンナがぬいぐるみに乗るの、見たいんだって。小さい子からおじいさんおばあさんまで皆見てみたいって言ってたよ?」
「え? そ、そうなの? エヘヘ……て、照れるなぁ……。じゃっ、しょうがないなぁ。いっちょハンナちゃんのドラゴンライダー、見せてあげちゃおうかな!!」

 アシェリィはハンナがおだてに乗ったのを確信してまた密かにニヤリと笑った。彼女にとってハンナとのマナを使っての競争は悲願と言っても過言ではなく、どれだけこの日を夢見たかわからないという程だった。

 本来の趣旨を話さないまま連れ出してしまった事にいささか背徳感を抱いたが、ハンナとの真剣勝負の予感にアシェリィは奮い立った。

 2人がとぼとぼと村の中央広場にたどり着くと、村人の半分以上が広場に集まっていた。仕事をほっぽり出して見学に来ている人もちらほら居た。

 こんなに人が集まったのはレンツ先生の生還祝い以来だった。その様子をみたハンナは片腕にぬいぐるみをかけながら思わず目をこすった。

「あれ……いくらアタシの魔法が見たいからってこれは集まりすぎでしょ。みんな見たこと無いわけでもあるまいし……」

 そうハンナがボソッと言った隣でアシェリィは板を地面に置いて、その上に乗った。マナガムを介してマナがボードに供給され、板がわずかに浮き上がった。横目でそれを見ていたハンナは驚きを隠せないと言った顔だ。

「アシェリィ……アンタ……魔法が……!?」
「えへへ……なんかおびき出してきちゃったみたいでごめんね。せっかくだし、皆が私とハンナの競争が見てみたいっていうもんだから……」

 アシェリィはボードを静止させたままジャンプして身体を一回転するトリックを見せた。あれほどボードの制御に苦労していた彼女だったが、ジャンプしたにも関わらず、着地時に殆どバランスを崩さなかった。

 彼女がジャンプしているのは一瞬だったので、ボードが地面につく前にアシェリィの足の裏のガムがが板に接触して浮いた状態を保っていた。それを見ていた村人たちは声を上げて沸いた。

 ハンナはしばらく驚きのあまり声がでないと言った様子だったが、すぐに不敵な笑いを浮かべてアシェリィの方を見つめた。

「いいじゃん。望むところよ。やってやろうじゃない!! ただし、マナ使いとしてのキャリアはアタシのほうがずっと長いわ。そう安々と負けるわけにはいかないんだからね!!」

 ハンナは肩にかけていた年季の入った大きなドラゴンのぬいぐるみを地面に降ろしてまたがったが、ハッっとしたような素振りをみせた。すぐにアシェリィの方を向きなおして質問した。

「ちょい待ち。アシェリィ、アンタそれどれくらい速度維持したまま乗ってられるの?」
「う~ん、いまのところ30分くらいなら休憩しなくてもいけるかな~」
「あ~、待った待った待った!」

 アシェリィの耐久時間を聞いてハンナはまたもやビックリしてとてもかなわないとばかりに目を閉じて首と腕を横に振った。村人たちは30分と聞いて耳を疑った。

 30秒の間違いじゃないのかなどと指摘されたが、確かに分だと答え返すと村人達はざわめいた。

「ウッソでしょ!? 信じらんない。ダメ、ダメだわ。悔しいけどその持久力じゃ到底アタシにゃ勝ち目がないわ……持久走はアンタの勝ちよ」

 ハンナは目をつむり両手を広げて首を横に振ったが、勝負ルールを指定しつつすぐに微笑み返してきた。その瞳は確かに勝利を見据えており、表情からは明らかに勝算があると言わんばかりの自信が見て取れた。

「スピード勝負なら受けて立とうじゃないの。村の中央広場前の真っ直ぐな小道から広場端までで勝負よ。距離は……そうね、およそ100mってところかな」

 2人は中央広場の端までそうやりとりしながら歩いて行った。アシェリィは受けて立つと言わんばかりに満面の笑みで頷いた。スタート位置につくと2人はお互いに見合ってニヤリと笑みを浮かべあった。

 試合方法の決定を聞いた少年が広場の入口から奥まった小道までついてきて、ゴール地点の小道付近には村人達が集まった。

「持久力では負けてたとしても、スピードじゃ譲れないわね……。アシェリィ、多分アンタには私の全速力を見せたことがないわ。これはコントロールが利かないから直線でしか使えなくて実用性低いんだけど……」

アシェリィはハンナが最も速く飛んでいる様子を思い浮かべたが、並みの犬程度の速さが限界で、ウィールネールほど速度は出ないと思っていた。だが、それはどうやら思い込みだったらしい。

 耐久レースを選ばなかった事から、飛行可能時間は想像している時間と大して差はなさそうだったが、瞬間速度に関しては皆目見当がつかなかった。

 だが当然ハンナに有利な条件を指定してきているはずなので爆発力のある加速のカードを持っていると推察できた。

 一方、こちらは持久力は高いものの、瞬発力ではどこまでハンナに対抗できるか未知数だった。

 トリックの一つにボードに大量のマナを一度に流し込んで瞬時に加速する”モーメント・バーステン”という技があるが、練習でのこの技の成功率は今のところ4割程度しか無かった。

 もちろん失敗すればスタートダッシュし損ねてしまうため、短距離では致命的な差が生じかねない。かといって通常の加速ではスピードが乗るまでに少しの間だが時間がかかってしまい、これも勝敗に影響してくる。難しい選択だった。

「何か考えてるって顔ね。油断してると間違いなくアタシが勝つわ。後悔しないようにベストを尽くす事ね!!」

 それを聞いてアシェリィは目を閉じて集中力を高めコンセントレートした。悔いの無い戦いをするというならば間違いなく挑戦してみるべきだと決心した。

 森のそよ風が囁くように2人を撫ぜた。やがて、少し風が強くなってまるで2人の心を示すかのように森はざわざわと揺れていた。

「よーし、じゃあハンナ姉ちゃん、アシェリィ姉ちゃん、『せーの』でいくよ~!!」

 アシェリィは普段のように進行方向と並行に向いてマナボードの上に立ち、軽く腰を落としつつ、両腕を胸側に曲げて左腕の肘を前に突き出して構えた。顔は進行方向を向いているが、まだ目をつむったままで集中していた。

 一方のハンナはぬいぐるみに前傾姿勢でしがみつき、乗っているというよりはぬいぐるみの角を握り、しがみつくような姿勢をとった。

「位置について~……せーのッ!!」

 少年の掛け声と同時にアシェリィは目を見開いて一気にマナをボードにマナを流し込んだ。確かに手応えはあったが、ハンナのスタートダッシュはその更に上を行った。

 右手から一直線に抜けていくハンナに遅れること数コンマ、アシェリィのマナボードも送られたマナに反応して一気に加速した。何とかモーメント・バーステンに成功したようだったが前を飛ぶ全力のハンナは恐ろしく速い。

明らかに並みの犬より速い。後先を考えたペース配分では勝ち目がないと判断したアシェリィはトリックの勢いを殺さずそのまま全力のマナを込めて加速を続けた。

 この時、彼女は意識していなかったがモーメント・バーステンの発展トリックで初期化速を維持したまま可能な限り進むという”キーピング・バーステン”を決めていた。

 一秒がとても長く感じられ、じわじわとハンナとの距離が縮まっていく。スタートでは差を開けられたものの、マナボードの最高速度も中々で、ハンナのぬいぐるみに必至に喰らいついていた。

 3秒くらい経っただろうか、2人は森がぽっかりと口を開けたような広場への入口への道を並んで疾走していった。どんどんその口は近づいて大きくなっていく。

 すぐに小道から広場へと抜ける地点へさしかかり、太陽の光の下に2人は飛び出した。アシェリィは勝負に必死ですっかり忘れていたが広場に抜けた直後、目前に村の広場中央の大きな円形のつるべ井戸が待ち構えていた。

「これを待ってたのよッ!!」

そう言うとハンナは高度を上げた。井戸の上空を一直線に抜ける気らしい。この事態を予測していなかったアシェリィは一瞬、頭が真っ白になった。この円形井戸とは言え、かなりの周囲がある。

 先ほどは周りスレスレをクルッと回ったが、同じように迂回したら間違いなく負けるのがわかりきっていた。そんな彼女の目に止まったのは井戸の上部にあるつるべを吊るしてある滑車のついた支え棒だった。

 滑車のついた柱は地上からそれなりに高い位置にあり、井戸の両端の2つの支柱の間を渡すように作られていた。その真上をハンナは抜けていく。

 幸いなことに進行方向と同じ方向につるべの柱がかかっていたため、アシェリィもまた柱の上を伝って一直線に井戸の上を突破しようと試みた。支柱はジャンプで乗るには高く、これもまた厳しい賭けになると彼女は思ったが、負けん気に火が付いて決心した。

 思い切り右足を踏み込んで重心を後方に傾けてボードの前方を浮かしてウィーリー走行のような姿勢をとった。その後、重心移動をして井戸の端の支柱の上めがけて思いっきりマナボードごとジャンプした。足の裏にボードを付けたままジャンプするトリックの”オーリー”を駆使した。

 何とか支柱の上に立った彼女を待ち受けていたのは柱というよりは太めの棒だった。滑車のついた柱は柱と言ってもしっかりした造りではなく、太めの丸い棒がまっすぐかけてあるだけだった。

 この上をマナボードで渡り切るのは相当な集中力とコントロールが必要とされるだろう。井戸の真上を先行するハンナはアシェリィの方を振り向いてしてやったりといった様子だった。

 アシェリィは咄嗟の判断でジャンプから着地する直前に足先を使って身体とボードをの向きを横向きに変えた。するとボードの長い部分とつるべの丸太が垂直な位置取りになった。

 そのまま彼女はヤジロベエの様に両腕を広げ、バランスを取りながらスピードを落とさず一気に丸太の上を駆け抜けた。運動神経抜群の彼女だからこそできる荒業だった。

 この無茶なルート選択にハンナは流石に度肝を抜かれたが、丸太の上を渡ったことによってアシェリィのスピードがわずかだが落ちたためにゴールを間近にして有利な状況を維持していた。

 ただ、自分も井戸の上を抜けるために多くのマナを消耗していたため、ラストスパートをかけるもあまりキレが無かった。

 一方のアシェリィは井戸の柱から地面に降りつつボードを元の向きに戻してハンナを追った。ショートカットの甲斐あってなんとか大差を付けられずハンナについていく事に成功していた。

 引き離されてたまるものかとアシェリィも全力で加速する。すると最初あれだけ速かったハンナとの距離がぐんぐん近づいていった。おそらく、井戸の上で高度を上げたのが響いているのだろうとアシェリィはハンナの隙を見抜き、すかさず猛追した。

7~8秒経っただろうか、もはやゴールは目の前に迫っていた。あと数秒でどちらかがゴールテープを切るだろう。一気にアシェリィは距離を詰めたが、ハンナも最後の意地を見せて2人は横並びになり勝負は拮抗していた。

 2人とも吹き出すような汗を流しながらゴールめがけて突っ込んでいく。村人たちが見守る中、手に汗握る緊迫の瞬間が訪れた。

 短い距離で追い越し追い抜きを繰り返し、先にテープを切ったのはハンナだった。最後の最後にほんのわずか余力を残していたようで、デッドヒート時にラストスパートをかけたのだ

 。頭ひとつ分くらいの差をつけてハンナは見事に先にゴールテープを切り、真剣勝負を制した。アシェリィはそのあとすぐにゴールしたが、やはりマナ使いとしての年季の違いを思い知らされる結果となった。

 ハンナのペース配分や、自分の有利な土俵の勝負に持ち込む事、とっておきのマナを温存するなどはまだまだアシェリィには思いつかないテクニックだった。

 ハンナはゴール地点から30m程進んだ先でようやく勢いを殺し終えてぬいぐるみを止め、息を荒げながら大の字になってライラマの生える草むらに転がった。

 アシェリィも体重移動してマナボードを地面にこすりつつ減速してハンナの側に近づいた。彼女もまた呼吸を乱したままボードをほったらかしてハンナの側に寝転がった。

 深呼吸するとむせ返るようなライラマの花の香りがした。身体中にマナが補給されていく心地よさを感じる。2人はしばらく無言で寝そべっていたが、言葉をかわさなくとも健闘を褒め称え合っているのが伝わって来てお互いに満たされた気分になっていった。

 アシェリィは魔法を使えたらまさにこんな事をやってみたいと常々思っていた。立て続けに夢が叶っていくのを感じてアシェリィは少し出来過ぎているようにも思ったが、これこそがマナを使える人間の日常なのだろうと深呼吸をしつつ改めて幸せを噛み締めた。

「ハァ……ハァ……。これじゃ追い抜かされちゃうのもそう遠くはないかなぁ。あ、でもそう簡単に追い越されちゃたまらないわ。勝ちを譲る気は全くないんだからね!!」

 ハンナが立ち上がりながら手を差し出してきたのでアシェリィは頷きながらそれを握り返して自分も立ち上がった。2人が服についている草をはらっていると、先ほどの名勝負を見届けた村人たちが駆け寄って来て彼女たちの周りを囲んだ。

 それぞれが驚きや感心した表情を浮かべ、賞賛の声を送った。ハンナが肩に腕をかけてきたのでアシェリィも腕を組返して村人の声援に答えるように2人で拳を突き上げた。すると村人たちは新たな能力者の登場に更に沸いた。
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