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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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あるマナ使いの産声

「……リィ……シェリィ……アシェリィ、朝ごはんよ」

 母の声に起こされてアシェリィはまぶたをこすりながらベッドから起き上がった。またもや寝間着に着替えず寝てしまったらしい。本当に夢だったのかと疑う程のリアルな夢だった。

 思わずマナボードを見ると壁に立てかけてあったはずのボードの位置が明らかに移動している。現実というにはあまりにも不可思議な出来事にアシェリィは首をかしげた。

 結局、夢での出来事だったのだろうと割り切って寝間着に着替えなおしてから部屋を出た。

 朝の食事をとっていると、なぜだか父と母の機嫌が妙にいいように思えた。いつもより元気があるというか、なんというか活気のようなものが感じてとれた。

 2人ともアシェリィより先に食事を終え、食後休みもほどほどにせっせとローブを作り出した。思わずアシェリィは2人に問いただしてみた。

「ねぇ、なんでお父さんもお母さんもそんなに機嫌がいいの? 何かいいことでもあった?」

 そう聞かれると夫妻は顔をアシェリィから背けて密かにニヤリと笑った。昨日、あんな出来事を見ただけあって思わずにやけずにはいられない。だがすぐに平静を装ってアシェリィの方を振り向いて答えた。

「そんな事はないんじゃないかな~。いつもどおりだと思うよ?」
「辛気臭い顔をしているより楽しそうにしているほうがいいに決まってるじゃない。笑顔!!笑顔!!」

 そういうと2人は隠す事なくアシェリィに微笑みかけた。彼女はいまいちスッキリしないといった表情を浮かべていたが、すぐに夫妻に向けて屈託の無い笑顔を返した。

 やがて彼女も食休みを終え、今日も散歩に行ってくると両親に告げ、出かけていった。夫妻は彼女が何に夢中になり打ち込んでいるのかを把握する事が出来たので普段通り集中して仕事に取り組む事が出来るようになっていた。

 アシェリィは丘の上に経つと深呼吸をした。おそらく夢だったのではないかと思うが、ここもあのお姉さんとマナボードを乗った場所の一つであった。昨晩のあっさりマナボードを乗りこなせた感覚を思い出しながら瞳を閉じて板に乗って集中した。

 マナを込めるとボードがわずかに宙に浮いて、地面の草をそよ風のように揺らした。彼女はそこで焦ると再びこけると思ったので今度は逆にマナの供給を絶って、着地した。

 浮いては着地する事を地道に繰り返していると段々ボードの上でバランスをとるコツが身についてきていた。

 マナボードをもらってから半月でようやくスタート地点に立ったのだと彼女は実感した。マナの限界値の成長もまずまずで、ボードを浮かす程度では汗もかかないし、息も上がらなくなっていた。

 彼女は一旦ボードから降りて、まだ読んだことのないガイドブックの次の段階のページを開いた。

「ステップ2、前進……マナボードは姿勢を一切変えること無く移動したり、方向を転換することが可能です。姿勢に傾斜を付けて旋回速度などを上げるテクニックは上級者のものですので、慣れる前は乗りやすい好きな姿勢を取るといいでしょう……」

 アシェリィはそれを読んで、正面を向いていた体を縦にして両足をボードの進行方向と平行に一直線に揃えて構えた。そして腰を落とし、右腕を前に突き出して顔だけ前方を向いて走る前の構えのような姿勢をとった。

 そのまま、前に進む姿をイメージすると板がゆっくりと浮いたままスーッっと前進し始めた。

 そこまでは良かったのだが、思わず力んでしまって過剰に魔力がマナボードに供給され、板は一直線に急加速した。

 当然、減速など出来るわけもなく、そのままアシェリィは丘の脇の太い樹の幹の真正面に顔面から突っ込んだ。樹が大きく振動して葉っぱがハラハラと散った。

「でッ!!」

 アシェリィは顔面と腰の両方を強打した。腰の方はまだいいが、顔面はかなり痛い。思わず鼻頭から額にかけて掌でさすった。幸い鼻血などは出ていないようだった。

 この様子なら多分アザもできていないだろう。さすがに顔面にアザができれば両親に隠すのは難しくなる。用心しようとアシェリィは立ち上がった。

「痛っつつ……ハンナが木にぶつかりまくったっていうのはこういう事かぁ……」

 暦は次の月の巨大怪鳥の月へと移った。その間もアシェリィは何度も転び、木にぶつかり雨の日も風の日も文字通り血の滲むような試行錯誤を続けた。

 その様はまるでさながら苦痛を伴う修行のようだった。それでも彼女は毎日マナボードに乗るのが楽しくてしょうがなかった。

 もし魔法が使えるようになったら今まで読んできた冒険譚のように、修行じみた特訓をして苦難を乗り越え、技術を研磨したいと夢見ていたからだ。

 アシェリィは例のお姉さんの影響というのもあるが、冒険譚を好んで読んできた為に多数の女性が憧れるであろう人を癒やすヒーラー(治癒師)と言うよりは皆を引っ張って先陣を切って活躍するタイプに憧れていた。

 そんな彼女は自然と努力家で若干熱血がかった性格に育った。故にストイックな特訓や訓練というのは非常に彼女向きだった。

 今日もアシェリィは新品とは思えないほど使い古された感のあるガイドブックを眺めながら前進と後退を繰り返してウォーミングアップしていた。よそ見をしているにも関わらず、バランスを崩す事無く乗りこなしている。

 夢の中で掴んだ感覚が重要なベースとなって、あれ以来マナボードの操縦技術は格段に上達していた。

「もう一回おさらいだな~。えーっと、ステップ6のトリックを決めようのクイックターンっと……」

 アシェリィはボードに乗ったまま草むらにガイドブックを置いて、丘の両端を囲む雑木林の片側ギリギリまで移動した。一気に板に魔力を注ぐようにイメージするとボードは急加速した。

 そのまま向かい側の雑木林めがけて突っ込んでいった。おそらくこのスピードならば並の犬と競争していい勝負だろう。その勢いを維持したまま彼女は木に向けて激突するかのように向かっていった。

 慣れた手つきで向かい側の雑木林の一本の木に両手を突いて思いっきり押し返した。するとボードはそのまま後ろ向きにスピードを維持したまま滑空した。

 そこで彼女は素早く体を捻って重心移動し、ボードごと進行方向へとスピンさせて見事に方向転換した。

「う~ん……木への跳ね返りと同時に向きを変えなきゃダメみたいだからクイックターンはまだまだまだかなぁ……ターンと同時に加速もできてないし。次はいつもの基礎練で耐久往復やろうっと」

 そういうとアシェリィは丘の麓へとさきほどと同じくらいの速さで下っていった。頂上付近でゆるやかなUの字を描いて再び丘を下っていった。彼女は額に汗を浮かべながらそれを地道に何往復も繰り返した。

 耐久往復を始めた頃はとてもではないが丘を往復できるレベルではなかったが、地道なトレーニングが功を奏し最近では徐々に乗れる時間が増えていった。

 今なら緩急を付けて走れば休憩を挟まずに30分間程度乗り続ける事も不可能ではなくなった。平坦ならそれよりさらに長く乗れそうだった。

 オモチャとはいえ長時間、速度を維持したままマナボードに乗るにはそれ相応のマナの持久力、もしくは限界量が多くなければならない。ガイドブックによればアシェリィが練習で出す速度だと大の大人でも適正がなければ3分程度しか速度を維持できないようだ。

 そういえば街で見た子どもたちも30秒と持たなかった。しかし、アシェリィはどういうわけかずば抜けてマナボードの持久力が高かった。

 アシェリィはこのことに関して、あまり疑問に抱かなかった。そもそも人語を介する狼に貰ったという時点で常識から大きく逸脱しており、当然なにかしら手の加えられた物なのだろうと思っていた。

 もし、高価なものだったらどうしようかと考えたこともあったが、ボードもマナガムも見た目からして値が張るものとは到底思えなかった。

 巨大怪鳥の月が中旬に差し掛かった頃、練習を開始しておよそ一ヶ月弱でアシェリィはついに「マナボードに乗れる」と自信を持って宣言できるレベルまで乗りこなせるようになっていた。トリックに関してはまだまだだったが、基本的なコントロールはほぼ完璧になっていた。

 マナガムの別の使い方も発見し、今まで使えなかったマジックアイテムを使ってみる事にも成功した。もっとも、彼女が触れる機会のあるマジックアイテムの質はたかが知れていたが。

 そんなある日の朝、母、アキネが洗濯物を干している時だった。アシェリィがモジモジしながら木の板を抱えて母の前に立った。とうとう打ち明けてくれるのかとアキネは心躍ったが、わざとらしいリアクションをしてしまうとまずいと思い、彼女の能力について無知を装おうと決めた。

「あ、あのね……私、魔法が使えるようになったんだ」
「また~アシェリィったらまた夢の話? で、今度はどんな魔法使いになったの? スカイ・フライヤー? それともスペルマスター?」

 アキネは普段、夢の中でアシェリィに魔法が使えたという話題さえ茶化すことが無い。

 だが今回ばかりは彼女が夢や冗談の話をしていないことを既に知っていたので思わず少しおちょくったような態度をとってしまった。これはまずかったかなとアキネが思っているとアシェリィが板を地面においた。

「今回は……夢じゃないんだよ……!!」

 そうアシェリィがつぶやきながら板に乗ると彼女の乗った板は一瞬で浮き上がり、マナボードはアキネの周りの洗濯干しの周りをクルクルと地面を擦るような低高度で滑空した。

 それを見た彼女は覗き見していた時よりも更にアシェリィのマナボード操作の精度が上がっていた事に思わず感嘆の声を上げた。

「やったー!! やったよお母さん!!」

 アシェリィはマナボードを降りて母に駆け寄って抱きついた。アキネは彼女の頭を優しく撫でて褒め続けた。2人はお互いに嬉し泣きで顔をくしゃくしゃにしては長いこと抱き合っていた。

 それを室内から眺めていた父バルドーレは思わず天井を仰ぎ、親指と人差指で目頭をつまんで流れそうになる涙をこらえた。その晩はちょっとしたご馳走が出て、家族全員でアシェリィの覚醒を祝った。

 次の日の朝、ようやく窮屈な思いをして練習する必要がなくなったアシェリィはさっそくマナボードに乗って村の中央広場を抜けてハンナの家まで行ってみようと朝食をとってから出発した。

 今までは村の中央広場まで通学していて徒歩なら40分、走っても20数分はかかるところだった。だが、マナボードで小道を走り抜けた結果、村の中央広場まで予想以上に遥かに速い10分弱で到着した。

額に汗は浮かんでいるが、走って行き来するよりは明らかに楽なうえに速くまだ余裕がある。

 突然に村の中央広場に弾丸のように滑りこんできたアシェリィを見て村人は何事かと一様に思い、大人も子供も駆け寄って来た。もう一回やって見せてくれとせがまれたのでアシェリィは村の中央の井戸の方へ向かっていった。

 そして井戸の縁スレスレにコンパスで線を引くかのような鮮やかな軌跡を描いてグルっと一周した。少しずつだが、体重移動や姿勢の微調整、マナの強弱をつけるテクニック等も身につき始めていて、ボードの扱いに慣れているのが他人から見ても明らかだった。

 このマナボードは確かにどうしょもないじゃじゃ馬だったが、上手く扱えさえすればハンドリング面やマナの伝達面において高性能であるといえた。

 そのため、アシェリィの努力によって何とかそのボードの真価は引き出され、旧式ながらそんじょそこらのマナボードには負けない性能を発揮していた。

 年少の子供などがボードを貸してくれと頼み込んできたので、彼女は快諾してボードを村人たちに貸した。直に地面に靴の裏のガムが接したが、特に汚れはついていないようだ。どうやら、くっつけようと意識しない限りは対象以外の物には張り付かないらしい。

 これはマナガムの存在を隠したり、手入れをするのに便利だった。村人たちは板を回しながら挑戦したがその中の誰一人としてマナボードを動かせるものは居なかった。

 やはりマナガムを介さないと十分なマナをボードに送れなかったためだろう。確かにマナをやりとりする機能がこのボードにもあるようだったが、最新型に比べてその機能はとても弱いのだろうと思えた。

 アシェリィはハンナにマナボードを披露したいと思っていたという旨を村人に伝えると是非、村の中央広場でハンナのぬいぐるみと競争してみてほしいという要望が多く上がった。

 それを聞いてアシェリィは腕試しがてらにやってみるのも悪く無いとそれにも応じてハンナを呼んでくることにした。ハンナの家は広場からそう遠くない場所にある。マナボードに乗って行けば5分とかからなかった。
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