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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter3

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劇薬でカンパイよろしくて?

再びテレポートの扉をくぐると二人は市街地の裏路地に戻っていた。

どうもテレポートには慣れないもので、アシェリィはまだどこか心がざわざわしていた。

自分の体がしっかりそこに存在することを確認している彼女にリーリンカが声をかけた。

「さ、まずはバルベナス薬貨品店やっかひんてんに行って、薬の材料を買うぞ。それなりに値段はかかるが、薬代は受験への餞別とでも思ってもらえばいい。ついてきてくれ」

リーリンカは入り組んだ裏路地を慣れた足つきでジグザグと歩いて行く。

自分より一回り以上小さいのに、その背中は頼もしかった。

十分としないうちに、街のメインストリートらしき大きな通りへと合流した。

「ここがミナレートの大通り、”ルーネス通り”だ。人通りも多いし、なによりそこらでやってる露天商は客引きが上手い。何を話しかけられても無視して私についてきてくれ」

振り向いてそう言うメガネの女性にアシェリィは頷いて答えた。

明るい場所に出て、彼女の服装が目立った。薄手の白いローブの下に深緑色の制服を着込んでいる。白い布が日光を反射して街並に映えた。

「あの、リーリンカさん、こんな暑いのにローブを羽織っていて暑くないんですか?」

聞きながら少女はうざったくなった艶のある緑髪をかきあげ、ポニーテールにまとめた。

そして吹き出すように出る汗を腕で拭った。

「リーリンカでいいぞ。あぁ、これか? これはレイニー・ドロップという特殊な布でな。まるで雨にしっとり濡れたように熱を吸ってくれるんだ。こんな暑いのに制服だけでウロウロしたら汗びっしょりだぞ。学院の女子のマストアイテムだ」

そういうとローブの裾を翻して彼女は通りの中央へと歩みを進めた。

リーリンカの言うとおり、ストリートには歩く旅人や観光客を捕まえようと露天商がそここに展開していた。

さすがに通りの真ん中に出店するものは居ないので、通行自体には支障がない。

ただ、時折、露天を覗く人だかりが出来ていたりすると迂回する必要があったりはした。

なんでもリーリンカの話によるとレアアイテムを競りにかけたりするとそういった人だかりが出来るらしい。

田舎で売るより、ここのような大都会で競りに出したほうが高値で売れるからだという。

脇目でちらり、ちらりと露天を見ながらアシェリィはあちこち覗きたい好奇心を押し殺して白いローブの背中を追った。

受かったらいくらでも見物することは出来る。いや、落ちてからでも見物は出来る。そう、自分に言い聞かせて歩いた。

にしてもここはどうしてここまで暑いのだろうか。調整されているといえばそれまでだが、それにしても暑い。

だが、そこに暮らす人達はまったくそんな素振りを見せる事はない。

皆、この夏の暑さというのに慣れているとでもいうのだろうか。

フレリヤが暑さで弱っていたが、人のことを言えた立場ではない。

いくら愛着があるとは言え、この暑さで厚手の魔力の抜けきったライラマ・ローブを脇に抱えて歩くのはバカバカしく思えた。

止まらない汗を拭って、前傾姿勢になり思わず膝に手をついてしまった。

それに気づいたリーリンカがすぐ近づいてきた。

「大丈夫か? ……暑さに当てられたな。無理をするな。ほら、これを飲んで。ホテル・アーナンテは空調が効いている。もう少しの辛抱だ」

彼女はフレリヤが飲んだのと同じ粉の入ったミント色の袋をアシェリィに手渡してきた。

毒味というと誰かさんに失礼な気もするが、安全だという確信があったので迷いなく彼女はその粉を飲んだ。

「ハァ……ハァ……、ブリージン・リベリオン……でしたっけ……。あ、なんだかこう、スゥーっとして……」

薬の効果はおもったより早く現れた。滝のように出ていた汗がピタリと止まり、全身がスースーしだした。

慣れない感覚に襲われる。まるで一糸まとわぬ姿になったような感覚だ。

思わず自分が服を着ていることをポンポンと手で叩いて確認した。

「フッ。どうだ。いいだろう? スースーしすぎるのも考えものだがな」

そう言うとリーリンカは柔らかな笑顔を見せた。いつも気難しげな顔をしているが、こんな表情も浮かべるのだとアシェリィは思わず見とれた。

誰がどう見ても美少女なのではないか。女子からしてもそう思えるほどだった。

もっとも、かつての彼女はここまで垢抜けては居なかった。彼女自身の必死の努力があってここまで到達したというのが正しいのだが、アシェリィがそれを知る由はない。

それほど立たずに目標のバルベナス薬貨品店やっかひんてんについた。広くて2階建ての立派な店だ。

田舎の少女は思わずその店を色んな角度から見渡した。

「へぇ~~~。おおきい~~~~。こんな大きなお店、見たことないですよ!!」

はしゃぐ彼女をよそに、リーリンカが話しかけてきた。

「私だけで買い出しに行ってくる。少し時間がかかるかもしれないが、待っていてくれ。あ、くれぐれも他所にいかないでくれ」

一緒に買物するつもり満々だったアシェリィは内心、がっくりした。

その言いつけを真面目に守って30分程過ぎただろうか、袋を両手に抱えたリーリンカが店を出てきた。

「うう、ふぅ。重かった。ああ、半分持ってくれ」

彼女から手提げ袋を受け取ったが、これがどうしてなかなか重い。一体何が入っているのだろうと袋の封を開けて覗いてみようとするとリーリンカがそれを止めた。

「待った! 待った! 何のために私だけで買い出しに行ったと思ってるんだ。くれぐれもその袋の中身は見ないほうが良い。別に中身を知っても薬の効能には一切関係ない。だがな、世の中には知らなくても良いことがたくさんあるんだ。覚えておくと良い……」

心なしか袋が内側からガサガサうごめいている気がする。いつも未知に対する好奇心に溢れているアシェリィでもさすがに今、この中身を知るのは得策でないように思えた。

二人でガサガサ音を立てる袋を抱えながら歩くと、またもや大きな建物が見えてきた。三階建てで白塗りのおしゃれな建物だ。

「ホテル・アーナンテ」という大きく書かれたこれもまたおしゃれな垂れ幕がかかっていた。

その玄関ではファイセルが手を振って二人を待っていた。

「やあ、準備は整ったかい?」

「ああ、予定通りだ。さ、アシェリィ、こっちへ……」

三人はホテルの中へ入った。フロアはいかにもリゾートホテルといった感じで、明るい雰囲気に包まれていた。

ところどころにある高級感のあるインテリアなどから見るに、少なくとも安いホテルではないように思えた。

宿泊客が皆、物珍しい魔法都市に心躍らせる中、いささか場違いな緊迫感を帯びた三人がロビーを横切った。

「え~っと、借りたのは202号室だね。二階かぁ」

ファイセルは手の甲を二人に向けてかざした。そこにはホテル・アーナンテというロゴが浮き上がっていた。

タトゥーのようにも見えたが、うっすらと赤く光っており、魔術的な刻印であることは一目瞭然だった。

「まったく、凝ったことをする。高等魔術に疎い観光客をたぶらかすにはその程度で十分ということか。くだらんことはせずに物理的なカギで十分だろう」

そういうとリーリンカはファイセルが開いた手のひらに円陣を組むような形で手のひらを重ねた。

するとリーリンカの手の甲にも魔法円が出現した。ファイセルのものと同じである。

「ほら、アシェリィも。この刻印は部屋のカギなんだ。今回の宿泊契約主の僕にはカギの譲渡、分配権があるのさ」

ファイセルに促されて彼女も手を重ねると、自分の手の甲にも赤い刻印が移った。

まるで本当に自分たちを鼓舞する円陣のようになったが、あながち間違いでもなかったため、三人はうっすら笑いを浮かべた。

早速部屋に入ると期待を裏切らない豪華な作りで、大きなシングルベッドが2つ、広い机、それにバスルームにトイレも付いていた。

窓の外からはオーシャンビューが見える。下を見下ろせば賑やかな通りの様子も窺えた。

これだけ設備が充実していれば仮に長期の滞在になるとしても十分生活出来るだろう。

「さ、て。私は薬の調合に入る。バスルームを使うからな。よく洗い流してから入るように。あとは念のために忠告しておくが覗かないほうがいいぞ。気分を害しても私は知らん」

そう言いながらリーリンカは袋を両腕に抱えてバスルームへと入っていった。

時間を潰すついでにファイセルはこのホテルを選んだ訳を話し始めた。

「もっと安いホテルでも良かったんだけど、ここにした理由はやっぱりルームサービスかな。ここはルームサービスが充実しててね。食事は朝、昼、晩と運んでくれるし、チップを渡せば買い物だってしてきてくれるんだ。ここはお金さえ持ってれば、外に一切出る必要がないのさ」

彼の言葉を聞いてアシェリィは思わず息を呑んだ。彼が言わんとする事がわかったからだ。

おそらく―――試験当日まではずっとこのホテルの一室で過ごすことになる―――

こんな綺麗で美しくて泳いだら楽しそうな海。散策したり、食べ歩きしたり、面白いマジックアイテムが見られそうな通り。

それらを目の前にしてこの仕打とはなんと酷だろうかとアシェリィは思った。だが、他の二人も同じ事を考えていた。

しかし、真っ先に覚悟を決め直したのはアシェリィだった。

「リーリンカさん! 今年の白本はどこにあるんですか?」

バスルームまでその声は届かなかったが、聞いていたファイセルが代わりに彼女の荷物から本を取り出した。

新しい出題範囲、出題傾向、例題が載った参考書「ゾリーの白本」だ。それをアシェリィへ渡した。

彼女はその本を受け取ると、誘惑だらけの窓際を離れてどっしりと机に備え付けのイスに座った。

もうここからてこでも動かないという意思が感じられた。

彼女が勉強し始めて一時間かかるかどうかといったところでビーカーを両手に一つずつ持ったリーリンカがバスルームから出てきた。

ビーカーの中には紫でブクブクと泡立つ極めて不気味な液体が入っていた。

「またせたな。さ、アシェリィ。これを。これがインソムニアック・メソッドを実現するための睡眠抑制薬、ラン・アロウド・ランの甘汁だ。これを飲んで追い詰められた者が死ぬまで走り回ったことからこう呼ばれる」

リーリンカが差し出してきたビーカーを受け取るとアシェリィは液体を観察した。傾けると粘液質に液体が移動した。

出処のわからない泡がくつくつと湧き、水面でボワボワと泡が破裂していた。とても人が飲めるようなものには思えなかった。

「ところで……リーリンカ、なぜ二人分の甘汁を用意したんだい? ま、まさか……」

疑問に思ったファイセルはそう尋ねたあとに呆然とした表情になった。尋ねられた方はうつむいたままだ。

一気に飲み干してしまおうかと悩んでいたアシェリィは空気が変わったのを感じて二人の方を見た。

「…………私が……。私が、ザティスをスパイとして送らなければ……。薬品提供をエサにしなければ……あいつは無茶をすることがなかったはずだ」

「リーリンカ、ど、どうしたのいきなり……」

困惑した様子のファイセルを前にリーリンカは続けた。

「全部、私の醜い嫉妬から起こった問題なんだ!! 妹弟子とは言え、もしファイセルが他の女とくっついたらと思うと!! 私は……、私は……」

どうやら彼女は激しい後悔の念に苛まれているらしい。

ザティスの喋っていたとおりだったのでその内容自体に二人は驚くことはなかったが、リーリンカは珍しく取り乱しているようだった。

「まぁまぁ。実際、ザティスが一緒に来てくれたから命拾いした事もあるし、むしろ、君がザティスをつけてくれなかったら今頃、僕らは死んでいたかもしれない。だから、理由がどうあれ、君が気に病む必要は無いんだよ」

ファイセルはうまい具合に彼女をなだめたが、リーリンカの表情は晴れない。

「お前とアシェリィが一緒にいるのをひと目見て思ったよ。私は嫉妬に狂う、醜い女なんだってな!! …………私は……私はそんな嫉妬に狂った女は嫌いだ……いや、大っ嫌いだ!! そんな自分に嫌気がさす!!」

ファイセルは黙り込んでしまった。と、いうよりあえて聞きに回ったほうがいいと判断したと見えた。

しばらく重苦しい沈黙が続いた後、リーリンカが口を開いた。

「ファイセル……アシェリィ……。だだをこねるようでほんとうにすまない。私は今回の件にけじめをつける必要があると考えた。そうでもしなければ私は後ろめたくて、ファイセルともう並んで歩けないよ…………」

彼女は力なくベッドにへたりこんだ。だが、手にはしっかりラン・アロウド・ランの甘汁のビーカーが握られていた。

「……それで、君も甘汁を飲んでインソムニアック・メソッドの状態に入ろうっていうのかい……?」

ファイセルは大きなため息とともに肩をすくめた。

「はぁ~~~。ま、君は一度決めると聞かないからね。とんだ頑固者だよ。でも、僕はそういうところ好きだけどね。確か魔法薬科はドーピング検査無いんでしょ。二人揃って無茶しすぎないでよね……」

彼は呆れたように額を抱えると視線をそらして窓の外の海を眺め始めた。

机に座っているアシェリィにリーリンカが歩み寄ってきた。若干憔悴したような表情だったが、不敵な笑みを浮かべている。

「フフフ……旦那の妹弟子という事は私の妹弟子と言っても相違ない。今更あとには引けないぞ。いいんだな?」

なんだかんだで話は丸くまとまったらしい。それにほっとする間もなく、彼女は毒々しい液体の入ったビーカーをアシェリィの前に突き出した。

これはまるで宴会かなにかの乾杯のノリである。

いいだろうとアシェリィは立ち上がり、リーリンカと向かい合うとビーカー同士をカチンとぶつけた。

そして、二人は揃って一気に劇薬を飲み干したのだった。

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