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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter3

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縁の下の仲裁人

いかにも不味そうな、というか人が飲むべきで無さそうな液体を飲み干したアシェリィとリーリンカは互いの顔を見て思わず笑いあった。

とても笑えるような状況ではないとわかっていても、ただただ笑いしか出てこない。

付き添いまで劇薬を飲むなんてそんな馬鹿な事があるだろうか。

そんな二人を見てファイセルは怪訝そうな顔をして尋ねた。その顔はわずかにひきつっている。

「ま……まさか、二人の笑いが止まらないのは、薬の効果なのかい? 効くのが早すぎる……。いや、魔法薬だから即効性があっても……」

深刻な表情で首筋の漆黒のチョーカーをいじる青年に向けて腹をかかえたままのリーリンカが声をかけた。

「フフッ。ハハハッ。いや、ちがうぞ。違うんだファイセル。これはただ笑ってるだけだ。我ながらあまりにもバカバカしくてな。だが、そうこうしているうちに効果は出始めている……。どうだアシェリィ?」

そう問いかけを受けた少女は思わずてのひらを額に当てた。まるで熱を確認するかのような仕草である。

「あれっ……。私、カゼっぽくはなかったんですが……、なんていうか、こう……”カッカする”というか……」

リーリンカはクイッと薄型の眼鏡を持ち上げた。綺麗で美しい瞳がチラリと覗く。

「よし、効いているようだな。ラン・アロウド・ランの甘汁は人間の睡眠を妨害するマナで構成されてる。ただ、そう都合のいいことばかりではなくてな。本来の体のマナの流れが抵抗するんだ。よって熱っぽくなったり、強いイライラ、激しい焦燥感、落ち着き、集中力が欠ける、重度に至ると幻覚を見たりする。いずれも重大な副作用だ」

そう告げられたアシェリィは首をかしげた。確かに熱っぽい感じはあってもそれほど平常時と気分も思考も変わらなかったからだ。

「あのぉ……。熱っぽいだけなんですけど、本当に効いてるんですかね?」

それを聞くと劇薬の作り手は指を立ててベッドに座るアシェリィの周りを回りながら解説した。

「健康な人間でも徹夜は可能だろう? だから、本来の活動限界量を超えない限りは副作用はあまり目立たないんだ。だが、人間は三日以上徹夜が続くと精神に重大な悪影響が出てくる。本来ならそのあたりで眠気の限界が来て寝るか昏睡に陥るかする。それを妨害するのがこの薬。つまり、二徹、三徹と重ねるに連れ、嫌でも副作用を感じるようになってくというわけさ。何も対策をしなければ副作用でとても勉強など手につかないだろう」

思わずアシェリィは固唾を呑んで話に聞き入った、

「そこで、だ。覚えているかもしれないが、ここでリラグゼーション効果のあるお香、コーラル・オブ・マーメイドを使う。これはマーメイドが住むとされる北極の秘海ひかいで取れるサンゴを加工したマジックアイテムでな。火で炙ると精神のたかぶりをおさめるという効果がある。かなり高価な代物だが、背に腹は変えられん」

リーリンカは解説しながら袋のところへと向かい、そこから美しくキラキラと光る朱色に近い塊を取り出した。

「ふむ。これを焚く。これによって”なんとか”受験勉強出来る精神状態を維持することが出来るはずだ」

彼女はそう言いながら加工されたサンゴから伸びる火付け紐に点火した。たちまちなんとも言えない空気が部屋に漂いだした。

部屋にお香が行き渡ると同時にファイセルがあくびをしはじめた。どんどんあくびの感覚は縮まっていく。

「ふぁぁ~あ……。なんだか気が抜けるなぁ。昼寝したくなってきたよ……」

傍から眺めていた女性の眼鏡がキラリと光った。

「ふむ、これも確かに効果が出ているな。精神状態の維持のため、かなりお香の濃度を高めてあるんだ。我々にはちょうどいいかもしれんが、ファイセルが眠くなるのも仕方がないな。やはり私も甘汁を飲んでおいて正解だったか……」

気づくと彼はうつらうつらとしていた。間もなく、横からベッドに寝そべる感じで仰向けに転がった。

「…………ちなみにこれは催眠用のお香では無いからな。ここまでよっぽど疲れていたに違いない。しばらく寝かせておいてやろう。なに、そのうち起きるはずだ。で、計画の確認を続けるぞ……」

リーリンカは横たわるファイセルの寝顔を横目で追いつつ、インソムニアック・メソッドの続きについて話した。

「それでだな。当然、このままだと私も君も一睡もする事が出来ずに極度の興奮状態に陥って……死ぬ。一番最初にこの薬を開発したアバーチェという男は街中を四六時中走り回った末に死んだ。では、どうするか? 答えは簡単だ。薬の力を借りて眠り、ラン・アロウド・ランの甘汁の効果をリセットするんだ」

寝ることが解決策だと彼女は言う。だが、いまいちしっくりこなかったアシェリィは顎に指を当てて考え込んだ。

「アバーチェの失敗を見たガンテスという研究者は自分を実験台にしてあれこれ試してみたんだ。そんな得体の知れない薬をよく飲もうと思ったものだ。その結果、発狂寸前で不眠の効果を打ち消せないか睡眠薬で眠ったんだ。そして一命をとりとめた。どうやら自伝からするとヤケクソだったようだが……」

リーリンカはバルベナス薬貨品店やっかひんてんと書かれた紙袋の底を漁った。そして真っ白な液体がチャプチャプと揺れるフラスコを取り出した。

「ガンテスは発見した。R・A・Rの甘汁は一度眠ると不眠効果が消えると。つまり、ギリギリまで踏ん張って睡眠薬を飲めば死ぬまで暴走せずに済むということだ。しかし、今日は首長蛙の月の8日、試験は15の朝から。14日は徹夜の無理を埋めて丸々一日眠る必要がある。よって今日を含めると君は6日間眠れないことになる!!」

薬を片手に、片手の人差し指はアシェリィの喉元に向いた。

「6連徹……一日睡眠でリカバリー出来るギリギリのラインだ。もっと早めに睡眠薬を飲むことも出来る。だが、やれるだけやるというならやはり6連だ。だが、無理をすることはない。どうしても辛くなったら3日や4日で睡眠薬を飲んでも良い。だが、私は6日間、見守るつもりで居る。あとの判断は君に委ねよう」

その日からアシェリィの猛受験勉強は始まった。

最初の一夜は何の問題もなかったが、徹夜一日目にしてアシェリィに変化が見えた。クセのようにあらっぽく髪をかきあげるようになったのだ。

これはリーリンカも同じで頭をかきむしる仕草が多くなっていった。

本人は気づいていないのかも知れないが、傍から見ると明らかに苛立っている雰囲気だ。ファイセルはそれを見て薬を飲んでも居ないのに焦った。

勉強はファイセルとリーリンカが交代で担当して教えた。もっとも、ファイセルが夜寝ている間はリーリンカが手伝うことになるのだが。

絶えずお香を炊いているはずなのだが、二人のイライラは日に日に増して行った。

しまいにはリーリンカがアシェリィに食って掛かることもあった。

「なんでこんな事がわからんッ!! 何度同じことを言わせれば気が済むッ!!」

「リーリンカこそ!! 教え方がヘッタクソなんじゃないの!?」

「まーまー、二人とも、どーどー……」

その度にファイセルが割って入って仲裁役を果たした。

本当に危険な薬物というのは恐ろしいもので、3日目の夜には二人とも、性格が本来のものとすっかり変貌していた。

リーリンカはいつにも増して態度がきっつい。いくら普段きついからといってここまで理不尽な怒り方は見たことがない。

ファイセルへのとばっちりも慣れっこになるほど飛んできた。

アシェリィに至ってはいつもの落ち着いた癒し系の雰囲気がどこへやらで、喧嘩を売られたら必ず買うような物騒な態度になってしまった。

普段からきつめなリーリンカと違って、普段つっかかられない相手からからまれるのは変な汗が出る。

二人っきりにするとしょっちゅうぶつかるので4日目からはファイセルが徹夜してアシェリィの面倒を見ることにした。

「す、すまないファイセル。わ、私とした事が……」

「いいよいいよ。しょうがないって。そういう副作用なんだからさ……」

ファイセルは皮肉なしにフォローを入れたつもりだったが、苛立っているリーリンカは髪の毛を両手でグシャグシャと荒した。自己嫌悪に浸っているのかもしれない。

ファイセルは時々食って掛かってくるアシェリィをうまくいなしながら受験勉強に付き添った。

これで本当に頭に入っているのだろうかとか、アシェリィとリーリンカに軋轢が生じないかとハラハラしつつ、ファイセルは自分にできることをやった。

そして、13日の12時を回って14日になった直後、リーリンカがヨロヨロと立ち上がった。

「はぁっ、はぁっ、な に も し て な い の に こ の ざ ま……」

そして満身創痍の体で袋の中から睡眠薬を二人分取り出した。

「こ……これが、睡眠薬……スリーパー・モスの鱗粉を溶かした……さぁ、アシェリィ……」

この段階になるともはやアシェリィは無言だった。目の下にでっかくて群青色のクマを作ったまま机に向かっていた。

リーリンカに促されてようやく気づき、彼女もおなじくヨロヨロと机から立ち上がった。

そのさまはまるで超高齢者が独り歩きするようなもので、とても見ていられたものではなかった。

自分もボロボロではあるが、程々に余裕のあるファイセルが二人をベッドへ誘導した。

そして二人は劇薬を飲んだときと同じように睡眠薬のフラスコを軽くぶつけて一気飲みした。

衝突もしたが、共に6日間を乗り越えた達成感からか、二人の仲は決裂していなさそうだ。むしろ、深まったようにさえ思える。

もっとも、ファイセルが居なければ決裂していてもおかしくなかったが。

次の瞬間、二人はノックダウンするようにベッドに倒れ込んだ。

試験まではまだ丸々一日あるのでファイセルもソファーで眠りにつくことにした。

まだ試験の前だというのに、三人は大きな山を乗り越えた気分で夢に浸った。
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