挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Atheist 澪標廻廊 作者:はちゃち

一年生

6/32

五話「予定」

 一週間ほど経った。最近はずっと昼休みと放課後につき合わされている。相沢は、いつも楽しそうで、いつもドジをしている。子供のように無邪気で、でも時々大人びている。
 なんだか最近口数が少しずつ増えてきた気がする。こいつといるのは、嫌ではない。どことなく、あいつに似ている気がするからだろうか。もしくは気まぐれか気の迷いか。
「少し聞いてもいいですか?」
「ん?」
 帰り際、美術室で相沢は尋ねてきた。
「翔君って時々口調変わるよね? あれってどっちが本当なの?」
 俺の顔を覗き込みながら、興味深そうに聞く。
「丁寧な言葉遣いの時もあれば、淡泊な時があるよね」
 俺は押し黙る。こいつは、こういうことを平気で聞いてくる。だからこそ、俺は時々素が出てしまう。
「後者だよ」
 最近は特に猫をかぶることをしないことが確かにあった。特に相沢以外に人がいない時にふと口から漏れていたのだろう。最近は特に気にしていなかったが、この際なので吐露しておく。
「むっ! 酷い人がいる」
「じゃあ、相沢さんは出来の悪い人だよ」
 意地悪にそう返す。
「うーっ!」
 事実、画力は一向に変わらない。絵は、一日二日で急にうまくなったりはしないけれど、相沢は要領があまりよくない。いや、悪い。絵以外でもそうだが、同じ失敗を何度もしてしまったり、忘れていたり。本当に出来が悪いのか、絵を教えてもらうのは単なる口実なのかは分からないが。
「じゃあ。また明日」
 いつものように、俺はここで相沢に別れを言う。ずっとそうだった。残って練習してるのかは知らない。ただ少なくとも、一緒に下校はしたことはなかった。


 手入れの行き届いていない門をくぐる。
 玄関前を通るとき、運悪く戸が開き中から出てきた人と目が合う。そこから出てきた中年オヤジはこちらに気づくと、ふんと鼻を鳴らして入れ違いに出て行き消えていく。
 離れの狭く暗い部屋。
 足の踏み場のない床には、画用紙が散らばっている。ここに来るとよく思い出せる。それで嫌悪に陥る。何をしているのか疑問に思えてくる。俺の居場所はここだけで、ここしか俺には残されていない。
 それでも、俺は相沢が嫌いにはなれなかった。教師も生徒も、大人も子供も、男も女も、自分自身すらも嫌っていた俺が。好きではない。けれど、嫌いではない……そんな感情を抱いていた。
 ……無邪気な笑顔は、やはりどこかあいつに似ていて――俺が奪ったあの笑顔を、もう一度見ている気がした。


「おはようございますっ」
「おはよう」
 何気ない朝。何回、何十回繰り返しただろうか。時が流れるのは早いものだ。俺たちが知り合って一ヶ月以上の時間が流れていた。
「早いねー。もう終業式だなんて」
 相沢は、俺の気持ちを察したのか、そう語りかけてきた。
「まるで、昔から仲良かったような感覚ですっ」
 似合わないことを言うものだから、俺は先に終業式の行われる体育館へ向かう。
「もう! 人がせっかくちょっといい事言ったのにっ!」
 後ろから怒りの声が聞こえてきたとき、俺は思わず口元が緩んでいた。

「うー……校長先生の話長すぎだよ。今の校長はどうしてああなのかな。もうちょっと聞く身にもなって話して欲しいよー」
 相沢がうなだれながら教室に戻る。
「相沢さんは人のことあまり言えないけどね」
「むーっ!」

 担任が夏休みの間の注意事項を、必要もないのに事細かに知らせてくれる。そのどれもが、小学校で言われるのと大差はない。
「そういえば翔君!」
 一学期最後のホームルームも終わり、生徒は歓喜の元に夏休みに突入した。そんな最中に相沢は声をかけてくる。
「夏休みはどこかに旅行とか行くのですか?」
 目が輝いている。お土産でもねだるつもりか?
「特に予定はない。だからお土産もなしだ」
「くっ! なぜばれてるのですかっ!」
 本当だったとは……。そう半ば呆れながら、ため息とともに俺は思った。
「そういう相沢さんは、どこかいくの?」
 仕返しに、お土産を要求しようかと俺はそう尋ねる。
「え? わ、私は……」
 相沢は言葉を濁した。目が泳いでいる。それは、彼女にとって聞かれたくないことなのだろう。
「ま、いいさ」
 不意に丹波の言葉が頭をよぎった。
 ――適当にペアで共通のものでも描いてきてね! とか言ってたな。一番テキトーなのは丹波自身であろう事を指摘すべきか悩ましい。
「そういえば、美術の宿題どうする?」
 別にサボっても俺は問題ないだろうが……こいつはそうもいかないだろう。
「俺は予定ないから、そっちに合わせるよ」
 それに、この時期はあまり自室にもいたくない。夏祭りの準備で母屋の出入りが多くなるこの時期は。それならば絶対に相沢といた方がマシだ。
「あ、あの……」
 もじもじと体を動かしている。
「夏休みは……」
「ん?」
「その、まったく予定はないのですが……その――」
「何だ。同じか」
 思わず口に出して突っ込んでしまった。
「え? 翔君も?」
 聞いてないと言わんばかりの顔をするな。
「さっき言ったはずだが」
 なぜそこでほっとしながらも目を輝かせるのかが分からない。同類でも見つけて喜んでいる、ってところなのだろうか。
 でも、その輝いた瞳はすぐに色あせてしまう。
「でも、迷惑です。私のためにわざわざ――」
 気を使っているのだろうか。そんな事を考えながら、俺は答える。
「それはつまり、俺に宿題を出来なくさせて、嫌がらせでもしようってか?」
 冗談交じりにそういうと、相沢はさらに慌てふためいている。
「い、いい、いえっ! そんなつもりはないですよ!」
「じゃあ、いいだろ」
 その言葉に、相沢は目線を落とす。
「じゃあ――」
 少し待った後、相沢が口を開いた。
「場所は私が決めていいですか?」
「ああ」
「じゃ、じゃあ……」
 再びためらいを見せる相沢。
「学校でいいですかっ?」
 少し間を空けながら、相沢は力強く言いつつ俺に顔を近づける。
 なぜ学校か。その理由は聞かないほうがよさそうだと、相沢の顔に圧倒されながら思った。きっとそれは、相沢の事情だろうから。
「分かった」
「私はいつでもいいです。時間のある日はいつですか?」
 毎日予定が入ってないからな。特に暇な日というのもなければ、忙しい日というのもない。
「じゃあ、明日から」
「えぇっ?」
「冗談だよ」
 過剰反応するのは、目に見えていた。少し苦笑しながら、俺は何時が良いか考える。
「いいですよ」
 その最中、そう相沢は小さく言った。
「明日、全然大丈夫ですっ」
 特に問題はないが、言葉が本気でなかっただけに、少々戸惑ってしまう。
「あ、やっぱりダメでしたか?」
 不安そうに覗き込まれる。
「いや、いいよ」
 ま、俺としてもその方が好都合だったわけで。ダメだと答える要素は微塵もなかった。
 その答えに、無邪気に喜んでいるのはいつもの相沢だ。
「校門でいいですか?」
「じゃ、明日の九時に校門で」


 夜。その日はなかなか寝付けなかった。
 よく分からないが、俺は家族に包まれながら布団の中で朝が来るのを待った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ