41.終戦
町で休憩をとった後、車両の燃料を満タンにして、再び獣人達と共に出撃した。
この時、それまで牽引していた大砲は町に置いてきているため、高速度での車両運行が可能だ。
時速80キロで北へと進み、たどり着いたのは南から数えて三つ目の村。
これを前日同様に焼き払い、さらに北へ数十キロ移動し、四つ目の村も躊躇いなく焼き払った。
これで、町の北およそ200キロには、もう村がないことになる。
まだまだ北には村があったが、とりあえずはここまでとした。
焼かれた村の住人達が、他の村々に行けば、自ずといなくなるかもしれないし。
そしてこれよりは、補給地を焼かれて消沈している敵兵を追い立てて、その心をさらに挫くつもりで進路を南にとったのだが……。
「見当たらないな」
装甲車の運転席で俺はポツリとこぼした。
二つ目の村のところにまで戻ったのだが、それまでに敵の姿は影も形も見当たらなかったのだ。
道中にいたのは、先に焼いた村の住人ばかりである。
もうじき来るだろうかと思い、村の西にある小さな丘に車両を隠し、敵兵を待つことにした。
村が焼け落ちているのを知った、その絶望の瞬間に襲いかかるためだ。
されど敵はなかなか現れず、遂には夜となり、仕方なく町に帰投した。
一夜明け、俺達は早朝から出撃し、昨日と同じ場所で待機する。
そして、昼過ぎのこと――。
「来たか」
南東より現れた人間達。
1000人は確実にいるであろうその集団は、鎧こそ着ていなかったが、皆武器を持っており、紛れもなくサンドラ王国軍の者達であった。
「皆、フラフラだな」
丘の上で身を屈めながら、双眼鏡で敵の様子を探る。
獣人達については敵を発見した瞬間から乗車済みだ。
憔悴しきっている。
そんな印象を受ける敵に対し、俺は思わず笑みが溢れた。
他人の不幸は蜜の味なんていうつもりは更々ないが、己に害をなそうとした者達の不幸を笑わないほど、人間ができているわけでもない。
あえて奴等になにか言葉をかけるならば、『ざまあみろ。自業自得だ』といったところか。
俺は胸がすくような気持ちで装甲車に乗車し、トランシーバーで他の車両に出発を伝える。
「これより出発。トラックは装甲車の左右、やや後方に位置するように」
『了解』
『わかりました』
敵に威圧感を与えるために、車両隊形は俺の装甲車を真ん中にして、横に広がった逆V字の形で進ませた。
土煙をあげながら、馬よりも速く走る巨大な鉄の車。
この世界の者には、さぞや恐ろしく映ることだろう。
俺としては、『さあ、逃げろ』といった心持ちだ。
しかし敵兵達は、こちらに気づいたにもかかわらず、逃げようとしない。
よく見れば、彼らは荷車などを一つも引いていなかった。
「なるほど、食料が足りないからあの弱々しさか」
食べ物もなく、逃げる気力もない。
もう既に限界なのだろう。
まあ、俺もそのつもりで村を潰したんだが。
敵に近づくにつれ、誰も彼もが立っているのがやっとであり、半死半生という言葉が相応しい有り様であることがわかった。
これならば、追いたてる必要もない。
俺は、敵兵の集団から、ある程度の距離をとって車を停止させると、【拡声器】を使って呼びかける。
『武器を捨てよ!』
敵兵達は、【拡声器】を使った声の大きさに僅かに動揺を示した。
その驚きのせいか、一向に武器を捨てる様子はない。
仕方がないので、もう一度言う。
『武器を捨てよ! 皆殺しにするぞ!』
すると皆、ギョッとした顔になった。
そして誰か一人が武器を捨てると、それに続くように他の者も武器を捨てていく。
続けて、俺は問いかける。
『何故、我々の町を襲った!』
これは別に尋ねるまでもないことだ。
その理由は【香辛料】を我が物にしたかっただけだろう。
そしてサンドラ王国は、俺や獣人達を奴隷のように扱うつもりだったに違いない。
では、何故こんなわかりきったことを、わざわざ尋ねたのか。
決まっている。
相手を困らせるため――要は勝利者という立場を利用した嫌がらせであり、俺の憂さ晴らしだ。
現に、目の前の者達から返答はない。
それはそうだ。
もしかしたら、サンドラ王国側には何かしらの大義名分が用意されていたかもしれない。
だが、それはあちら側にしか通用しない話。
こちら側からしてみれば、何を言おうともただの侵略行為にすぎず、今彼らの命が俺に握られている以上、下手なことを述べれば、殺されてしまうかもしれないのだから。
『我々から、お前達の国に害を与えたことはない! むしろ利益を与えていたはずだ!
だというのに、強欲にもお前達は、我が町を己のものにしようと攻め込んできた!
お前達のその傲慢さが、自身の身を滅ぼしたのだと知れ!』
うむ、この正論。
ちょっと説教っぽいが、正直いって気持ちがいい。
というか、二度も攻めてきやがって、このすっとこどっこい共。
本当にいい加減にしろよ。
すると、敵兵の中から一人が立ち上がって前に出る。
それは女だった。
赤竜騎士団の団長が王の娘であることは、捕らえた兵から聞いている。
名前はたしか、ミレーユ・サン・サンドラだったか。
「私はサンドラ王の娘、ミレーユ・サン・サンドラ。
国の罪は私の罪でもある。だから、私を殺せ。その代わり、他の者は助けてほしい」
ミレーユは跪いて、願いを乞うた。
その目には光がなく、その声も酷く弱々しい。
他の者のために己が死んで犠牲になる、というよりも、ただの自殺願望者のように思えた。
俺は、ミレーユの願いを無視して言う。
『農民の兵には罪がない。お前達の罪は国が背負うべきものだ。
それゆえ、農民兵は助けてやる。食料も渡そう。
だが騎士は違う。お前達は国に所属し、戦うことを生業としている。国の罪は、騎士の罪でもある。よって、騎士は許すことができない』
捕らえても銀貨一枚の価値にもならないであろう農民兵など、逃がすに限る。
あとは地元に帰って、俺の慈悲深い心について宣伝でもしてくれ。
だが、騎士は許さない。
といっても、殺すわけじゃないが。
捕らえて多額の賠償金を要求する。
それだけだ。
しかし、当の騎士達は殺されると思ったのだろう。
これまでの元気のなさが嘘のように、口々に文句を言い始めた。
農民兵は助かる、おまけに食料も手に入る。
それすなわち、目の前に“生”が転がっているということ。
それゆえ、騎士達も必死なのだ。
だが、俺は一切取り合わない。
『ミレーユ・サン・サンドラ。お前が決めろ。
おとなしく従うのか、従わないのかを。
言っておくが、こちらは考えを曲げるつもりはないぞ』
従わない場合は、まあ一戦交える以外に道はないだろう。
いや、その必要もないか。
一旦引き返し、飢えて完全に動けなくなったところでまた来よう。
その頃には、農民兵と騎士で仲間割れが起こって、悲惨な結末が待っていそうだが。
俺はミレーユの顔をジッと見つめて、返答を待った。
「……そちらに従おう」
潔い答えだと思う。
しかし、騎士達は納得いかなかったようで、非難の的はミレーユへと向かった。
お前が死ねと。お前だけが責任をとって死ねと。
他の騎士を巻き込むなと。
挙げ句、ミレーユがこの戦争を始めたのだと、俺に訴える者まで現れた。
それは、もしかしたら正しいことなのかもしれないが、今の俺には判断のつかないことである。
というわけで、俺はハンドルのクラクションを鳴らした。
やかましい音が辺りに響き、それにより、その場にいた者は皆、面白いように驚いて地面に尻餅をつく。
音というものに、相当の恐怖を抱いていることがよくわかる結果だ。
『言っておくが、逆らう者は容赦なく殺す! これは決定事項だ!』
つまり、逆らわない者は殺さないということなんだが、相手側からしたら切羽詰まった状況であるし、冷静に言葉を読み取ることはできないだろう。
そして俺の言葉に、なにやら農民兵同士がボソボソと話し合い、騎士らしき者達から距離を取り始めた。
自分達にまで累が及ぶのを避けるための行動だ。
うん、騎士と農民兵が別々になるのは、わかりやすくなっていい。
すると、農民兵らの中に何人かの騎士が混じろうと試みた。
鎧は着てなくとも、服でわかる。
騎士と農民兵の服では、たとえ血や泥で汚れていようとも、明らかに物が違うのだ。
そしてその騎士らは、農民兵に蹴り飛ばされて転がると、そのまま集団で蹴りつけられる。
騎士を踏みつける農民。
まさに下克上といった様相を呈していた。
特に、赤い髪をした農民兵が鬼のような形相で騎士を踏みつけている。
なにか騎士に対し、恨みでもあったのだろうか。
しかしこのままでは埒が明かないので、話を先に進めようと思う。
『心配するな。騎士達は人質だ、命を奪いはしない。国から対価が得られたなら、解放してやる』
俺のネタばらしに、あからさまにホッとした顔を見せる騎士達。
『獣人達は下車。ロープを渡すので、それで騎士全員の首と腕を一繋ぎにしろ。決して油断するな』
トラックの後部座席から、下りてくる獣人達。
武器を持つ屈強な獣人に囲まれては、弱りきった騎士など怯えることしかできない。
獣人の数人が、騎士達の首と腕に縄をかけていき、騎士達は数珠繋ぎとなって縛られた。
この一連の行動に、獣人達はどこか誇らしげな顔である。
なお農民兵には、【味噌】、【煎餅】、【干物】を布に包んで渡してやった。
あまりに準備がよすぎると疑われるかもしれないが、今更な話だ。
農民兵達は、貰った食べ物を少しだけ口に入れると、俺にお礼を言って去っていった。
また、騎士達にも【味噌】と【煎餅】を配り、その場で食事させる。
その横で俺達は【唐揚げ弁当】を美味そうに食べた。
【唐揚げ弁当】5万円(定価500円)×63=315万円(定価3万1500円)
そして食事の後、俺と獣人達は、騎士達に80キロの道を歩かせながら、ゆっくりと町へ戻ることになる。
――こうしてサンドラ王国との攻防戦は一応の幕を閉じたのであった。