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42.戦後 1

 町までの長い道のりを、敗残の騎士達およそ200名が、二列の縦隊となって歩く。

 それぞれの首には数珠繋ぎのように縄をかけられており、両腕は手首の位置でぐるぐると縛られ、その様はまるで犯罪者を連行するようであった。


 一つ例外があるとするならば、ミレーユである。

 列の最後方を歩くミレーユ。

 その首にかけられた縄は、他の騎士には繋がっておらず、その縄の先はミラに委ねられていた。


 無論のこと、理由はある。

 騎士らに混じってミレーユが用を足そうとし、それを慌てたように信秀が制して、以後は、ずっとこのような扱いになっているのだ。


 さて、当初は死に体といってよかったサンドラ王国の騎士達。

 暑い日差しに晒されつつ縄に縛られての行進は非常に辛いものであったが、腹に物が入ると体に力が戻り、命の保証がされたことにより目には段々と生気が宿っていった。

 生への安堵はやがて慣れ、現状の不満へと変わっていく。


 そして騎士達は屈辱を感じた。


 下民よりもはるかに惨めな扱い。

 さらには、自分達を縛り無理矢理に歩かせる者達が獣人だという事実。

 人間以下の存在であるはずの、“あの”獣人なのだ。


 これにより騎士達の心には徐々に腹立たしさが湧いていった。

 そしてそれは態度になって現れる。


 たとえば、休憩が終わったのに立ち上がろうとしない。

 たとえば、愚痴が多くなる。

 たとえば、罵詈雑言を獣人に聞こえないように、浴びせる――などなど。


 武器を持っている獣人を恐れ、これくらいならば大丈夫だろうという線を引き、それを踏み越えないようにしつつ、騎士達は態度に表したのだ。


 もちろん全員が、というわけではない。

 中にはただ自身の未熟を恥じて、現状を受け入れようとしている者もいた。

 だがそれは所詮僅かであり、大部分の者は、騎士らしからぬ自慰に耽っていた。


 そして、ついに猫族の一人が騎士の口にした悪言を聞いてしまう。

 その猫族は逆上し、短槍でその騎士の頭を強く叩いた。


 叩かれた騎士は「ぐぁっ」という声をあげると、ぐらりと揺れるように倒れ、他の騎士達も縄に引っ張られて横倒れになる。


「何事だ」


 信秀が車を停止させて、尋ねた。

 それにより他の獣人達の視線が、一人の猫族の者へと注がれる。

 信秀のオレンジのゴーグルの奥から覗く瞳が、その猫族の者へと向けられた。


「こ、こいつが我々を獣人の分際で、などと……」


 猫族の者は、モゴモゴとした口調で弁明する。


 信秀は人間である。

 人間と戦うに当たって信秀に一切の容赦はないが、戦いの後、人間に対する配慮があるのを獣人達は知っていた。

 それは信秀が人間であるからだと多くの獣人達が思っていた。


 信秀のオレンジのゴーグルが、猫族に指差された騎士へと向く。

 当該の騎士はまだ目を回しているようだった。

 すると言葉を発したのは、目を回している者とは別の騎士である。


「あんた、もしかして人間のフジワラ……さん、か?」


 鉄帽に、オレンジのゴーグル、フェイスマスクなんていう信秀の格好について知っているのは、騎士の中でも僅かしかいない。

 だが、人間が獣人達の長であることは、誰もが知ることである。


 獣人達の信秀への対応。

 今までも信秀が獣人を指揮していたが、今回の猫族の見せたいささかの怯え。

 それを見て騎士は、その怯えは同族に対するものではない、と考え、信秀の正体を看破したのだ。


「その通りだ」


 獣人の町の長フジワラであるか? という問いに対する信秀の答えは是。

 それを聞いた騎士は、途端に口を滑らかにした。


「あんた人間だろ、だったらなんでこんな真似をするんだ! 俺達は同族! 人間という同族じゃないか!」


 人間は人間でしかなく、獣人は獣人でしかない。

 人間は人間のために生きるべきであり、なぜ人間が、他種族の味方になっているのか。


 ――というのが、騎士の言い分である。

 これに騎士達の中から、そうだ! という声が一つ上がれば、また別のところで、その通りだ! という声がした。

 たった一粒の水滴がすぐに大きな雨となり、数多の雨音を鳴らすかのようであった。


「お前が人間ならば、我らを解放せよ!」


 騎士の言葉を、信秀は黙って聞いていた。

 それが騎士達の勢いに拍車をかける。

 集団心理ともいうべきか、言葉はより暴力的なものへと変じ、信秀を断罪しようとする。


「裏切り者!」

「人間の裏切り者!」

「神の教えを忘れたか! この異端者め!」


 大陸の第一宗教たるラシア教。

 大陸に住まう人間は国の隔てなく、これを信仰する。

 ラシア教の信徒であるということは、この大陸においては人間が人間であるための必須の要素といっていいだろう。

 それゆえに、異端者と呼ばれることは、人間にとって最大の恥辱の一つとされていた。


「この異端者!」


 やがて騎士達の放つ悪言が「異端者」の一つに統一された。

 そして騎士達の中に、『もういいだろう』『少しは反省したか』という考えが浮かんだ頃――。


「もう悪口は、いいか?」


 まるで堪えた様子のない信秀に、騎士達は面食らった。


「では、次の休憩時、お前達の食事は無しとする。

 獣人達も、この者達が言うことを聞かないならば、遠慮せずに叩くといい」


 騎士達からの文句は、獣人からの更なる一打によって、強制的に黙らせられることになる。


 そして四日後。

 漸く一行は町に到着した。

 小規模の人数での行進でありながらこれ程の時間を要したのは、やはり縄によって騎士達の動きが阻害されていたからであろう。


 町は大地の色が変わっていたが、死体の山はきれいさっぱり無くなっていた。

 信秀の指示により、町の者総出で数日のうちに穴に埋めたのだ。

 言わずもがな、疫病を恐れてのことであった。


 町を前にして、やっと着いたのかと内心でホッと息を吐く騎士達。

 かつての同僚、ローマットがどの様な扱いを受けていたかは、騎士達の多くが知るところである。

 それゆえ、捕虜という屈辱的な立場であっても、少しばかりの安心感や幸福感があった。


 だが、その考えは甘い。


 町の外で休憩した後、ミレーユとサンドラ王国への連絡用の騎士、さらには治癒術が使える者を残して、一行は再び出発する。


 町の横の負傷者の住みかとなっている煉瓦造りの家すら越え、さらに南へと歩き出したのだ。


「お、おい! ここじゃないのかよ!」


 ある騎士が疑問を発したが、獣人が降り下ろした槍の一発で黙らされた。


 またも始まった行進。

 今度の行進は目的地もわからず、いつ終わるとも知れぬものであり、騎士達の心身は再度衰えていった。


 だが二日が過ぎ、ついに一行は目的地にたどり着く。

 町からさらに南へ40キロ

 そこにあったのは100メートル四方で囲った高さ10メートルの石垣である。


 こんなところに、こんなものがあったとは、獣人達でさえ知らなかったことだ。

 もちろんそれは、信秀が急遽【購入】したものに他ならない。


 この行進の最中、信秀は車を飛ばしてただ一人何度も南へと行き帰りをしており、その理由の一つがこの石垣の【購入】であった。


「ここが終着地か……?」


 先頭の騎士がポツリと呟いた。

 見れば、石垣についている城門の閂は外側にある。

 これが何を意味するのかわからない者はいないであろう。

 騎士達も、すぐにそこが自分達を閉じ込めておく牢獄だということがわかった。


 中には、あばら家のみがあり、騎士達は以後、獣人の監視の下、そこで暮らすことになるのである。



「なんだと! もう一度言ってみろっ!!」


 王都サンドリアは王城、玉座の間にて、サンドラ王の怒り狂ったような声がこだました。


 その怒りを一身に受けるのは、玉座の正面に跪く一人の騎士。

 彼は信秀らの夜襲の前に、ミレーユが本国に送った伝令兵である。

 馬を四頭引き連れて、それを乗り替えながら日に80キロの距離を進み、その日漸くサンドリアにたどり着いたのであった。


「で、ではもう一度申し上げます! 南伐に赴いたサンドラ王国軍は、敵の奇っ怪な攻撃により全滅! 黄竜騎士団は団長バルバロデム並びに赤竜騎士団は副団長トマスの両名は戦死!

 味方の現存数は千数百ほどにまで減り、本国に撤退するとのこと!」


 伝令兵が再び発した報告に、ふるふるとその身を震わせるサンドラ王。

 顔中の皺が眉間へと集まり、鬼気とした表情を浮かべている。


「て、敵の残存兵数は……。何人殺した……」


 怒りで震える口から、やっと絞り出した声。


「ぜ、ゼロです……!」


 瞬間、伝令兵の隣をカンッという音と共に、王冠が飛び跳ねた。

 サンドラ王が怒りに任せて投げつけたものである。


 王は、その瞳を烈火のごとく燃え上がらせて立ち上がった。


「ふ、ふざけるな!! 5000の兵が一人も殺せず全滅するだと! 我が最強の騎士団が二つも揃っていながら、一人も殺せないだと!

 殺せ! この者の首を刎ねよ! こやつは虚偽を申しておるぞ!」


 王の更なる激高に、ヒィッという悲鳴が伝令兵の口から漏れた。


 だがそれを諌める者がある。


「お待ちください」とそっと口を挟んだのは、王の隣にたたずむ最高顧問官であった。


「陛下、この者が偽りを申す理由など一つもありません。今は早急に南へ事の調査の兵を派遣すべきかと」


 王はギロリと最高顧問官を睨んだ。

 伝令兵が嘘を吐いていないことなど、王も承知している。

 だが、承知していようとも認められないこともある。

 そして王の怒りの矛先は最高顧問官へと向いた。


「元をただせば貴様が、南を攻めよなどと言うから……っ!」


 そもそも、サンドラ王は南征に反対であった。

 未知の魔法。

 これに対し、サンドラ王は拭いきれない憂虞を抱えていたからだ。

 されど、周囲の意見に圧されて仕方なく王命を下した。

 特に最高顧問官の理路整然とした上申こそ、優柔不断なサンドラ王にして、南征を決意させるものであったといえよう。


「確かにその通りです。しかし、それは陛下も賛同なさったことではありませんか」


 王に否を求めるは、臣下としてありえぬ行為である。

 だが、その老齢の最高顧問官は現サンドラ王の祖父にあたる先々代の王からの忠臣、また、サンドラ王が子供であった際の教育係も務めており、師が弟子を諭すように度々このような発言をすることがあった。


 するとサンドラ王は、玉座の肘掛けに握りしめた右手を強く叩きつける。

 これに伝令兵はビクッと身を震わせたが、さすがともいうべきか、最高顧問官は微動だにしなかった。


 それからサンドラ王は大きく息を吐いた。

 右手の痛みが、王の怒りを鎮めていく。


「……よし、わかった。これより何をするべきかだ。一から考えるぞ」


 そう言って、王は伝令兵に戦いの詳細をつぶさに聞いた。

 わかったことは、対軍を目的とした未知の攻撃が行われたということ。

 その全てを聞き終わると、王は伝令兵を下がらせ、落ち着いた様子で口を開く。


「まず騎士団の全滅。これはまずい。外は元より内側からも乱が起こりかねん」


 封建制を敷いているサンドラ王国。

 各諸侯においては、己が領地にて半ばある程度の自治が認められており、言い換えるならサンドラ王国は小さな国の集まりといっても過言ではなかった。

 それゆえ、サンドラ王は各領主にその威光を示すため、王都サンドリアに常備兵たる2000名からの四竜騎士団を保持していたのだ。


 だがその四竜騎士団の内、二つは崩壊の憂き目にあっている。

 これは他の領主への“睨み”が弱まることを意味していた。


 最高顧問官は言う。


「直轄地にて農民兵を集め、演習を行いましょう。これで、よからぬことを考える諸侯はいなくなります」


 直轄地の人口は多い。

 王の領地を富ませるために、戦時下であっても徴兵はなく、安寧の中でその数を増やしていった民達だ。

 その農民達を徴兵して演習を行い、サンドラ王の武威を示す。

 金こそかかるが、その数の多さゆえに各諸侯に対する楔には打ってつけであった。


「しかしな……」


 最高顧問官の意見に、王は及び腰であった。

 直轄地が敵から攻撃を受けたわけでもないのに、民を徴兵する。

 演習とはいえ、その先に戦争があるのは明らかである。


 これまで戦争とは縁遠い位置において甘やかしてきたからこそ、民は不満に思うだろう。

 そして、それはいずれ反乱の種になりうるものだ。


「四竜騎士団の半分が壊滅したと知られれば、他国がどう出るかわかりません。

 我が国にいずれかの国が侵攻してきた際には、敵はまず各領主を離反させようと試みるでしょう。

 早期の演習は、必要不可欠であると愚考します」


「ううむ……わかった。この際、仕方がないことだ。民には我慢してもらうとしよう。

 では次に南の処置だ」


「早急に調査の兵を送るべきです。

 それと同時に人を送りましょう。

 停戦協定を結び、南部の安定を確かなものとするのです」


「応じるのか?」


「少なくとも、獣人の数が少ない今、フジワラとやらに北への野心があるとは思えません。可能であるかと」


「誰を送る。前回赴いたブラウニッツェは、今は不在だぞ」


「待つ暇はありません。敗北を他国に知られるより早く準備をしなければなりませんので。

 懇意にしていた商人を特使に任命して送りましょう。他の者は要りません」


「商人を特使に、だと? 国への忠誠も薄かろう。大丈夫なのか?」


「心配いらないでしょう。その商人が店を開いているのは、あくまで我が国なのです。その意味がわからずに務まるほど、商人という職業は優しくありませんよ」


「だが、フジワラが頷くのか?」


「思いますに、フジワラは少しばかり、普通の人間とは違うようです」


「そんなことはわかっている。どこに獣人を率いて人間に敵対する者がいるというのだ」


「フジワラにとって、獣人かどうかはあまり重要でないかと。

 おそらくは、個人的な目で世界を見ているのではないでしょうか。

 自らに悪を為すか、善を為すか。

 ただそれだけを基準に、付き合う者を選んでいるように思えます」


「……ふむ。

 よし、わかった。ことは急を要するだろう。ただちにとりかかれ」


 サッと手を振るって、下命するサンドラ王。

 だが一つ、いまだ触れられていないことがあり、最高顧問官はそれを口にした。


「……ミレーユ様のことはよろしいので?」


「自分で選んだ道だ」


「そうですか」


 礼をとって、最高顧問官は玉座の間より去っていく。


「ふぅ」


 語る者がいなくなった玉座の間で、王は小さく息を吐いた。

 守護にあたる近衛はいるが、王にしてみればそれは物でしかない。


「ミレーユか……無事であればよいが」


 父としての情はある。

 だが、所詮は父としての情でしかない。

 たとえ愛娘が殺されようとも、軽挙は慎み、サンドラ王は王として行動しなければならないのだ。



遅くなりました、すみませんm(__)m


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